奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ -70ページ目

素敵なコメントを「君が代・・・」の記事でいただきました。(‐^▽^‐)

君が代は


千代に八千代に


さざれ石の巌となりて


苔のむすまで


・・・

君が代がうたえなくて。 君が代 さざれ石の秘密。 ~ 出雲紀行で発見 」でいただいた素敵なコメントを紹介します。

まず、この方には、怒られました。
A=´、`=)ゞ


Vivian 7 さん。
遠くアメリカはラスベガスから、コメントをいただきました。

■I am very surprised to hear that.

 

How old are you?

I am very very surprised to hear that so many other people don't know "Kimigayo."
I was a teacher here and taught "Kimigayo" to American kids here.
They can sing very well, respect and love it.!
I was born in Kobe and proud of Kimigayo.


(翻訳)
■私は非常に驚いています。

あなたはいくつですか?

多くの人が"君が代"を知らないと聞き非常に驚いています。
私は教師として"君が代"をアメリカ人の子供に教えました。
彼らは、それを上手に歌い尊敬していました。
私は、神戸で生まれて「君が代」を誇りに思っていました。


はい。

先日40歳になりました・・・
m(_ _ )m

翻訳には自信がありません。
(b^-゜)

おおよそ、内容はあっているかと。

日本の国歌が、アメリカの子供にも慕われていると聞くと、なんだかうれしいですね。

thank you !
Vivian 7 san



そして、もう一通です。


天川 彩 さんです。

 ■天河神社の七夕祭で君が代を

旧暦七夕の日に、奈良の天河神社では毎年七夕祭が行われています。
天河神社は今も神仏習合の祈りが残っているので、七夕祭りは、万霊の供養祭りもするのですが、今年は東日本大震災の供養もあり…

神事の中で「君が代」が歌われました。

宮司様に、以前「君が代」の君とは
き…イザナギの「き」 み…イザナミの「み」

要するに君とは「あなたと私」という意味でもあると教えていただいたことがあります。

「あなたと私がいるこの世が永遠に、みんなが、さざれ石のような一つの意識体になって平和でありつづけますように…」

という意味合いの、読み人知らず和歌歌であると知り

戦争と「君が代」が結び付けられてしまった
過去の歴史を乗り越えて、
日本人が、君が代を素直に歌える日が来ることを願っていました。

先日の七夕祭で、鎮魂の祈りの後で全員で唱和することになった「君が代」に、多くの人が涙を流していたのが、とても印象的でした。


天川 彩 さんありがとうございます。


先の記事でも書きました。

実に「君が代」が明治に国歌としてとりあげられるまでの間、

その由来には諸説語られています。

また、発祥の地といわれるところも、いくつか候補があがっているようです。

いずれにしてもお祝い事に、広く様々な人びとに慕われ、歌われていた証にほかなりませんね。

様々な意見があってもよいと思います。

そして、なによりも天川さんが経験したこの光景・・・

神事の中の「君が代」で、そこに参加された人たちは、涙したというではありませんか。

国歌として「君が代」については、現在、賛否両論ありますね。

しかし、どうやら、わたしたちのDNAに訴えかけるものがあるように思えましたね。


国歌・国旗には、肯定も否定もありますね。

この国は、
いずれの意見も容認する、ふところの広い風土をもちあわせていますね。




右も左も、世間知らずの奈良歴史ミステリーハンター☆鈴木でした。

o(゜∇゜*o)(o*゜∇゜)o~♪

・・・



この御祭りの ときに、西澤さん、


奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ-第一回 大和郡山・夕涼み大会

あのしぶい声で「君が代」を歌っていただけないかな。

いいと思います。


なんつって・・・

A=´、`=)ゞ

君が代がうたえなくて。 君が代 さざれ石の秘密。 ~ 出雲紀行で発見

2009年、神在月の島根県は、出雲を訪れたときです。

出雲大社の駐車場わきで見つけました。


なんの石か分かりますか?


奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ-さざれ石



右も左も、世間知らずの奈良歴史ミステリーハンターです。


・・・

長男が幼稚園を卒業したときです。

もちろん。

奈良の幼稚園です。


私自身は、大阪は羽曳野生まれ、幼稚園から、小、中、高校まで、河内ですごしました。


さて、長男の卒業式のときです。

演壇には、国旗が掲揚されています。


丁度、世間では、国旗掲揚がどうとか、とある教師が国歌斉唱をボイコットするなど、ニュースをにぎわせていたときでした。


ふとそれを見たとき、そういえば、私の少年期には、国旗をみることがなかったことを思い出しました。


いや、ホント。


奈良に来て驚いたのは、バスですね。


祝祭日には、バスのフロントに小ぶりの国旗が取り付けられていました。


さて、長男の卒業式のときです。

園長がマイクで、「国歌斉唱」といったとき、


・・・私は、エッと思いました。


更に、周りのお母さん方、一斉に立ち上がり、背筋を伸ばし演壇の国旗へ向き直ります。


私だけだが取り残されます。


あわててついて立ち上がります。


国歌!?


・・・卒業式の目録には、園唄はありますが、国歌は書いていません。


恥ずかしながら、知らなかったのですね。


このトシになるまで、「君が代」に触れることが無かったのですね。


オリンピックや、ワールドカップで歌われているのを目にすることはあります。


世界の舞台で、国歌が歌われる光景は、勇ましく、よいものです。


とっても日本が誇らしく思えます。


しかし、肝心の私は・・・


歌えなかったのですね。

注意:歴史的うんたらや、 

    政治的ななんたらとか、

    教育ほにゃららは、別にして、

    単に、私が無知であったということをいっています。


そんな思いが、遠く、この島根の地で、この岩をみたときにふつと浮かんできました。

出雲大社のそばの駐車場脇にありました。


奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ-さざれ石




そう。


これは、さざれ石です。


君が代は千代に八千代に

さざれ石の巌となりて

苔のむすまで


学名は石灰質角礫岩

長い年月の間に溶解した石灰石が多くの小石を集結して次第に大きく成長したものです。

成長する岩として、目出度い石とされています。


さて「君が代」は、

昔から敬愛するひとを”君”と称し、

小さな石が千年も八千年もかけて巨石になるように、そして表面が苔で覆われるまで、永い年月を息災でいてほしいという願いを込めた唄です。


古今和歌集の賀唄の一つです。


今でこそ国歌としてひとくくりでしかあつかわれませんが、国歌となったのは、明治です。

薩摩藩大山巌が国歌としてとりあげたのがはじまりです。


これが国歌となる前は、庶民の唄として、小唄、長唄、寺社での行事、酒の席でもうたわれていた、お目出度い唄だったのですね。


右も左も、世間知らずの奈良歴史ミステリーハンター☆鈴木でした。


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タタリ神取材 生駒某所 ~ 「生駒谷の七森信仰」より

このところ、奈良・生駒ではおかしな天気がつづきます。

前回お送りした「モリ神さまの信仰とタタリ ~ 生駒谷の七森信仰」の取材にいってきました。

集落だけが信仰し、守ってきたモリ(森、杜)があります。

そこでは、草木をおったり持ち帰ったりするとタタリをなすといわれています。

そんなモリへ訪れました。

この日は、おかしな天気でしたね。
晴天だというのに、強い雨が降っていました。

住宅街を地図をたよりに、ようやく目的地にたどりつきました。


奈良ふしぎ歴史徹底攻略! 学校・教科書では教えてくれない奈良を親子でも100倍楽しめる観光ガイドブックブログ-生駒谷 七森信仰

トタンの物置の屋根の向こう。

高台になったところに、こんもりとした森があり、祠らしきものが伺えます。


生駒市某所、生駒谷の七森のひとつです。

ここには「源九郎大明神」と刻まれた石碑があると文献にありました。

しかし、困ったことに祠へ至る道がみつかりません。

祠がある高台を、ぐるりと住宅にとりかこんでいるのです。

どう考えても、この手前の家の庭を通らないとたどりつかないのですね。

・・・

どうにも、今回はこれまでと話がちがうようです。


この取材自体、諦めることにしました。


この世には、どんどんと人をうけいれる神様もあれば、

このようにかつての集落の者だけを許し、他所者を受け入れない神様というのあるのでしょうね。

それは、いくら都市化がすすんで、その信仰が忘れ去られ、またモリ自体が失われても、人間のDNAに訴えかける畏れがあるような気がしました。


モリ神さまの信仰とタタリ ~ 生駒谷の七森信仰

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