今年も桜が咲いた。
当たり前の事なのだけれど、この季節になるとよく忘れずに咲くものだと感心する。認知症になった父は、今の季節が何なのかもわからない。今日は寒いから冬だとか、今日は暑いから夏だとか、毎日季節が変わる。それなのに、もっとずっと年上の桜の木は、毎年間違わずに同じ時期に花を咲かせる。私にとっては驚くべき事である。
20代の頃までは、桜が咲いても特に何も感じなかった。30代になって、桜の花の美しさと儚さに心を打たれるようになった。40代になって、桜の木は良く季節を間違えないものだと感心する様になった。
あと何回、この桜の花を愛でる事が出来るのだろうか。母は、6年前に亡くなった。6年前、この桜が咲いたのを母と見たとき、来年は母は見れないのだろうかと思ったら、とても悲しくなった。母は、それから半年後に他界した。
私は、一人っ子で長男である責任と、故人の伴侶である父が認知症である事から、喪主の仕事をはじめ、全てを取り仕切らなければならなかったので、悲しんでいる余裕は無かった。「泣いてはならない」というのは、母からの遺言でもあった。
この季節、桜の花を見る度にその事を思い出す。
さだまさしさんの曲で「桜散る」という歌がある。
切ない歌だが、この季節になると聴きたくなる。







