師走とは師匠も走る。下っ端である所の私も当然バタバタでございます。
本家ブログでも書きましたように、カンニング中島さんの訃報でちょっとヘコんでおります上に、このど深夜。
とりあえず小説の続きを書きまして、今日のところはお暇させていただければいいかなぁ~…なんて。
何とか年内までには完結…できるかな?いや、しなきゃ。
「ご無事のご帰還、何よりです」
コンファクラーの城門でパーンとエトを出迎えたのは。カシューだった。後ろには、影法師のようにシャダムが立っている。
フレイムの飛び地となったマーモは、当分の間シャダムが残り、平定に導いていくこととなった。おそらく、後事について話し合っていたのだろう。
「ありがとうございます、カシュー王」
エトは如才ない笑顔でそれに応じる。
「パーンもご苦労だったな」
「とんでもないです、カシュー陛下」
「カシュー王は、こちらで何を?」
「いえ、一応ダークタウンを見ておこうと思いましてな。その帰りなのです。そういえば、近くの民家に、ファラリスの司祭たちが隠れておりました」
「ファラリスの、司祭たちが?」
エトが思案に暮れた顔をしている。まだ、残党は数多いということか。
「それで、その者たちは?」
「相手が暗黒の力を使ってきては、我々も太刀打ちができません。むろん抵抗してきましたので、ひとまずスレインとアルド=ノーバに眠りの呪文をかけさせて、地下牢に捕らえております。司祭などに関しては、エト王の指示を頂こうと思いましてな。後で引き出して、聖なる裁きをお願いいたしましょう」
「分かりました。色々な配慮、感謝いたします」
「何の。私は何もしておりません」
四人に、城の方から声がかかる。
「おお、これはエト王。お帰りなさいませ。パーンも、無事のようだな」
カノン王レオナーだ。大陸から持ち帰ったという鎧を身につけ、槍を握っている。
「ただいま戻りました、レオナー王」
「エト王に何かがあるとは思えませんが、お元気な姿を拝見すると、嬉しいです。パーン、無事な姿を早くディードリットに見せてやれ。先ほどから全く落ち着かず、明日は私もついていくと息巻いているぞ。お前の出番は今日で終わりだが」
その姿を想像し、カシューとエトも笑う。
「そうそう。あのエルフの姫君は心配性の上に気が短い。癇癪を起こさんうちにな」
「お疲れ様でした、パーン卿」
「…行ってきます」
三人に急かされ、パーンは一礼して、苦笑しながら走っていく。
「これでよかったのですな、エト王」
「ええ、女性が傷つく姿は見たくないので」
今回、王たちの率いる討伐隊には、一つの条件があった。
特定の王国軍に属さない女性は、従軍を禁ずる、というものである。
もちろん、女性たちからは差別だという批判が相次いだ。ハイランド公妃のシーリスからも不満の声があがった。
だが、カシューとエトがそれを説き伏せ、何とか可決に導いたのだ。
別に低く見ているわけではなく、少し休養してほしいという配慮で決めたわけだが、予想以上に女性たちの反発は大きかった。特に、ディードリットの。
「ハイエルフというのは、あんなに好戦的な種族なのですか?」
納得いかない、と会議の席に怒鳴り込んできた彼女をなんとか宥めて部屋から出した後、ロペス王が首を傾げてぽつりと呟いた。
「彼女は特別です」
しれっと言い放つシーリスに、エトたちは笑いを噛み殺すのに大層苦労した。パーンは耳まで赤くして、「すいません…」と謝っていた。
三人で中枢部を目指して歩く。エトの部下たちも一部を残して、事後処理などに散っている。
「もうすぐ、ご帰還ですな」
「はい。申し訳ありませんが、妻が心配しておりますので」
「そうでしょうとも。フィアンナ殿下によろしくお伝え下さい」
「私からもお願いします」
「恐縮です。必ずや、ご厚情を伝えましょう」
もちろん、エトは妻の心配を取り除くためだけに早期に戻るわけではない。マーモの残党と領土回復という、重要な案件が山積みになっているのだ。
「両王も大変でしょうが、どうかご尽力なさって、平和のために歩んでいきましょう」
本音はおくびにも出さず、得意の笑顔で二人に協力を呼びかける。
「もちろんですぞ。この島と母国のためなら、粉骨砕身しましょう」
「及ばずながら、私も」
三人は平穏な口調で話し合い、廊下の先へと消えていった。
エトの帰還から三刻後、コンファクラーの謁見の間に、諸王の姿があった。それぞれ席につき、階下を見下ろしている。
緋色の絨毯の両脇には、パーンや各々の家臣たちが並び、厳しい視線を中央に投げかけている。
その中央には、揃いの黒色の衣に身を包んだ者たちがいた。総勢で二十名ほどだろうか。全員後ろ手に縛られ、親指同士を結わえられている。男たちの周囲を槍やメイスを手にしたファリスの神官戦士と聖騎士が取り囲み、憎悪に満ちた視線を注いでいる。
「…さて」
今日の王たちの中心は、エトだった。相変わらず静かな声音で、憎悪なども感じさせない。殺気立つ自国の騎士たちに比べ、その態度はあまりに平静だった。
「ファラリスの神殿から、わざわざ捕まりやすい、このウィンディスにまでやってきた、その理由を、お聞かせ下さい」
ウィンディスというのは、マーモ公国の首都の新名称だ。これも諸王国会議で決まった。今までのダークタウンという名前では相応しくないためだ。
エトの話し方は尋問というより、まるで会議だ。とは言え、普段の丁寧すぎるくらいに丁寧な彼からすると、少し命令口調が混ざっている。少し、だが。
男たちは答えようとしない。答えろ!と声を荒げる神官戦士を胡散臭そうに見上げ、そしてエトを憎しみに溢れた目で見上げるのみだ。
「答える気は、ありませんか?」
エトが語りかけたのは、先頭に座らされた男ではなく、真ん中辺りにいた男だった。他の男たちと変わらない装束で、特別目立つ風でもない。
「あなたが、高司祭ですね?」
取り巻く群衆がざわめく。男たちも呻きに近い声をあげた。
「…なぜ、気付いた」
「あなたから発せられる邪悪な気です。それに、ファラリスの高司祭は二十人いたという話ですが、我らヴァリス軍は十九人しか仕留められていません。消去法ですよ」
聖騎士が高司祭を一番前に引きずり出す。男は一度ため息をつき、抵抗を現すようにそりくり返った。
「理由を聞きたいと言ったな、ヴァリス王?」
「ええ」
無礼な物言いだが、相手はファラリスの高司祭だ。敬語などは使うまい。もちろん、ヴァリスの者たちは抗議の声をあげているが、エトも高司祭もそれを無視している。
「…貴様の」
高司祭が、腹から声を出した。
「貴様の最期を見るためだ!ヴァリス王エト!憎き至高神の申し子め!」
聖騎士が喉元に槍を突きつける。
「口の聞き方に気をつけろ!」
「およしなさい。それで、私の最期、とは?」
「邪悪な奇跡とやらも、エト王には無効だったのだろう?」
エトの許可を得てから話し始めたのはレオナーだ。
「そうだ。それに、お前たちにショーデル最高司祭はもうおらぬはずだろう」
カシューも加わる。
「そう、貴様に殺されたのだ、エトよ…だが!」
一歩を踏み出そうとして、高司祭は聖騎士たちに床に押さえつけられる。
「我らには偉大なりし暗黒神がおられる!暗黒神が貴様に終油をくれてやるのだ!地面に這い蹲り、喜ぶがいい!ふははははは!」
「もういい!即刻その男を処刑しろ!」
もはや我慢ならないと、聖騎士団長のレーベンスが大声を上げる。隣で、神官戦士団長のロファスも拳を握り締め、歯を食いしばっている。
「おやめなさい、レーベンス。まだ彼には聞かなければならないことがあります」
対して、あらゆる憎しみと罵声を浴びせかけられたエトは、微動だにしない。眉ひとつ、指ひとつ、声ひとつ変えない。
「は…申し訳ありません、陛下…」
怒りに震えながら、レーベンスが下がる。
「さて、その終油、とは?具体的に、何かあるのですね?」
青い瞳に、少し強い光が浮かぶ。
高司祭を刺すように見る。
「何か、あるのですね?」
もう一度繰り返した後、何事か詠唱をして、左手に青白い光を浮かび上がらせた。
「殺すつもりか…!」
「そうではありません。ですが、あなた方が素直に私の質問に答えるとは、とても思えないのですよ。あなた方が引き起こそうとしている何かをお聞きするには、多少荒い手でも使わなければ、と思いまして。いかがなさいます?」
左手を、まっすぐに高司祭に向ける。
エトが、拷問を行う。それは、家臣たちも今まで見たことのない光景だった。
何故か。それは、パーンだけが知っていた。主にヴァリスの家臣たちが並ぶ左側の先頭にいたパーンは、エトの焦りを感じ取っていた。
彼は、今朝からずっと、焦っていた。表面には出さないが、彼は何かに怯え、不調を感じ、そして焦っていたのだ。
その鍵を握ると思われるのが、このファラリスの司祭たちと、ファラリスそのもの。
パーンは右手で、愛剣の柄を確認した。
切れるものなら、俺が切る。もちろん、近衛騎士たちは何があってもエトを守ろうとするだろう。けれど、守りきれなくなった時のためにだ。
「さあ、お話くださいますね?」
青白い光が、エトの手を離れた。それはゆっくりと、司祭たちの下へと近付いていく。この距離が、彼らへの猶予。
「呪いだ…!」
一人の司祭が、声をあげた。
エトが左手を動かし、光を空中に止める。
「ガット!命惜しさに降伏とは、なんと浅ましい!」
「そうではない、同志よ!暗黒神は我らに確約した!その瞬間を待てと!ならば、この男にもその恐怖を味合わせてやればよいではないか!」
司祭たちの仲間割れを、エトは無表情で見ている。だが、その目は少しずつ揺れ始めていた。
「確約?何でしょう?」
「そう…暗黒神は我々の願いにこう仰った…」
ガットの口が、暗黒神の言葉を告げる。
「神の子か…面白い。よかろう。その瞬間をしかと見るがよい、とな!」
その言葉の効果は、エトに対して覿面だった。
今までたゆたいし水面のように静かだった顔に、今日始めての揺れが見える。
「陛下…?」
階下でエトの様子を見ていた高司祭のロエルが、気遣わしげに声をかける。
「…大丈夫です…」
だが、それが部下を安心させるための言葉であることは、隣に座すカシューとレオナーにも分かるほどだった。
「…暗黒神が、そう言ったのですね?」
「そうとも!貴様に、秘呪をかけて欲しい、その願いに、暗黒神がお答えになったのだ!」
エトが、右手で口元を抑えた。その手が、微妙に震えている。
「秘呪だと!!貴様、陛下に対して…!」
神官戦士が怒りに顔を歪ませ、一歩先に出る。ガットという司祭を振り返っていた高司祭が、エトに向き直り、いやな笑いをあげる。
「エト王、貴様にはファラリスの呪いすら通じなかった…。だが、それが内側へと及んだなら?我々はそう思い、この、残されし者たちで、秘呪に挑んだのだ。それを、暗黒神は受け入れてくださった。まさに、暗黒神万歳だ!」
差し出される槍がさらに増えた。中に剣を抜き放ち、首に押し当てる者までいる。
「陛下!もうこの者たち、処刑してもよろしいでしょう!」
時間を置いて、エトが答える。
「もう少し…お待ちなさい。まだ、聞かねばならないことがあります」
かすかなため息をついて、高司祭を見下ろす。
「秘呪…それは、一体どのようなものです?」
司祭の一人が口火を切る。
「貴様の中に影響を及ぼすものだ。そう、心にな!」
もう一人、苛烈な口調で告げる。
「暗黒神の呪い、その身で受けるがよいぞ!」
エトは再び右手で口元を隠し、長考に入った。じっと虚空を見据え、身じろぎもしない。
パーンは、彼が受けている戸惑いを、そのまま食らっていた。
特に、神の子という言葉を聞いたときの衝撃は、パーンの心臓すら縮ませたほどだった。
心への、呪い?なんだろう?
パーンが浮かべられる疑問はその程度だった。だが、エトは深い神学のことにまで考えを走らせている。
今や、言い知れぬ緊張と不穏なざわめきが、謁見の間を支配していた。
「…ねぇ、暗黒神の呪いって、何かしら?」
隣のディードリットが不安そうに尋ねてくる。
「…俺に、聞かれても、な」
パーンたちの背後には、スレインとレイリア、それに小さいニースが並んでいた。
「スレイン、知らないか?」
「…いえ…私はそちらには疎くて…レイリアは、何か知りませんか?」
レイリアは力なく首を横に振る。
「…ごめんなさい、私も。それにしても、暗黒神の呪いとは、恐ろしいものですね…」
レイリアの語尾と、突然立ち込めた禍々しい気配とは、ほぼ同時だった。
「な、何だ…」
ロペスの声が割れている。彼は腰を探るが、そこには頼りない短剣しかない。
「…!」
エトが目を見開き、上空を見つめた。その顔は張り詰め、身構えるように、両手を握り締める。
「おお、来た…」
高司祭が、心底嬉しそうに笑い、嘲笑うようにエトを見た。
「我らが、神が!!」
しぶとい&意外と素直なダープリ(略すな)さんたちの願い、どーやら成就しそうです。
エンディングはどうしましょうかなぁ…。