ダークネスへの序章 | 或る獣の太陽への咆哮

或る獣の太陽への咆哮

エトバカ三兄弟、長男のブログです。ちょっと滞りがちですが、まぁ許してくだされ。

ただいまにござります。GW中も明けてからもぐだぐだしておりました。どうも申し訳ありませんです。

もう小説の連載も終わります。明後日には連載終了の運びです。

そんな訳で、軽めな序章を。引かないで欲しいですね。この後のくだりを読んでも。


 やがて、エレナが一つため息をつき、腕を下に降ろした。
 パーンは慌てて、腕の中の温もりを確かめる。
 エトは微かであるが、息をしていた。脈を計ってみたが、ちゃんと規則正しい脈が打てている。先ほどまで彼の周囲に漂っていた黒い気配は、もう微塵も感じられない。
「エト…」
 ホッとしたのと疲れで、パーンは抱き締めたまま、へなへなと床に座り込んでしまった。慌てて、ディードリットとレイリアが走ってくる。
「パーン!」
「だ、大丈夫…。レイリア、先にエトに癒しを…」
「はい、すぐに」
 リアも近づいてきて、エトを覗き込む。
「大丈夫なの?エト」
「大丈夫さ」
「随分、断定するじゃない」
「分かるんだ」
 静かな寝顔を見下ろす。
「何でよ?」
「だって、ファーン陛下があいつを倒してくれたから。だから、絶対大丈夫だ」
「あいつって…何だったの?結局」
 ディードリットが口を挟んでくる。少し、機嫌が悪そうだ。
 無理もないだろう。大広間以来、パーンはエトに心を配り、自分はすっかり蚊帳の外だったのだ。しかも、ここでも幼馴染とばかり話している。それに、エトが吐き捨てた一言が気になって仕方がない。
「クリスやエレナが言うには、上位の鏡像魔神じゃないかって話だったわ。ただ、正体は分からない。結局何者だったのかしらね」
「実体がない人でなければ倒せない。確かにその通りですね」
 スレインも少しふらつきながらではあるが、近付いてくる。その肩を支えているのはウッドだ。
「でも、これでよかったじゃない。一件楽ちゃ…」
 やれやれとため息をついたリアの顔が、一瞬凍った。
「どうしたんだよ?」
「何かさ…大事なことを忘れてる気が…してるの。ね…すっごい大事な…こと…」
「何を…」
 そこに聞こえてきたもの。それは呪詛にも近い響きだった。


『ファラリスよ…!』

 そう、一瞬誰もが忘れていた招かれざる客、ガットだった。彼は安堵する人々を尻目に、詠唱を続けていたのだ。
「まずい!!」
 レーベンスが剣を構え、走る。
 が、彼の到着よりも早く、暗黒語のルーンが響き渡ってしまった。


『エトの身を寄り代に、この世に降臨したまえ!』


 レーベンスに袈裟懸けにされたガットは、この上ない邪悪な笑顔で、死んでいった。
「苦しめ、泣け、もがけ。お前たちが取り返した者は、ファラリスのものだ。さあ、全てを闇に帰すがいい…!!」
 誰もが、呆然とエトを見下ろすだけだった。

「エト!!」
 腕の中の彼に、再び何かが襲ってくる。それを感じ、パーンは絶叫した。必死に揺さぶり、目を覚まさせようとする。
「エト、目を覚ますんだ!!エト!!」
 彼の目は開かない。その間にも、とてつもない違和感がエトへと降りてくる。
「いけません!これは!」
 エレナが慌てて精霊召喚の構えに入る。だが、それよりも早く、巨悪が降りてくる。
 もはや、打つ手はないと、誰もが思った。


『ファリスよ、神聖なる力で、この者たちを守りたまえ!!』

 巨悪が、少し闇へと戻った。
 パーンが慌てて見下ろすと、そこにはしっかりと目を開け、生気を取り戻した表情で虚空を見つめるエトの姿があった。
「エト!」
 エトはパーンに視線を移して、にっこりと笑った。
 エトだった。優しくて、誰よりも可愛い、笑顔。
「パーン、ごめんね。ありがとう」
 パーンの腕からゆっくりと起き上がる。
「ごめんなさい、皆さん。ご迷惑をおかけしました」
 全員に頭を下げる。
「ロエル…」
 リラとフェネアが付きっ切りで癒しを唱え続ける、信頼する右腕の側に跪く。
「陛下…ご無事で…」
 フェネアがぽろぽろと涙を零す。
「フェネア、心配をかけましたね、ごめんなさい。ロエルの癒しを続けてくれて、ありがとう。リラも、本当にありがとう」
 リラは笑って会釈をする。相当の時間癒しを唱え続けたのだろう。彼は相当に疲弊しているようだ。
「もう、大丈夫です。僕が彼を癒します。彼を傷つけたのはこの手から放った魔法。僕は止められなかった。大切な家臣であり、親友であった人を、僕は傷つけてしまった…」
 エトは両手を天に翳した。ゆっくりと、ルーンを紡ぎ出す。
“偉大なる至高神よ、御身の癒しの力以て、この者の傷を全て癒したまえ”
 空から降ってきた黄金の光が、ロエルを柔らかく包む。エトは同じように黄金の光を放つ両手で、そっと彼の頬を包んだ。
「ごめんなさい、ロエル…」
 赤く染まっていた彼の顔に、ゆっくりと肌色が戻っていく。エトはその様を、潤んだ瞳で見下ろす。
「ロエル様…」
 エトの癒しの力は絶大だった。もはや完治しないのではないか、そう思われた彼の顔の火傷を、エトはたちどころに癒したのだ。それは、絶対に治って欲しい、ひたすらに願うエトの意志の強さによるのかもしれなかった。
 やがて、ロエルの顔は完全に元に戻った。エトはそっとため息をつき、両手を離す。
「後は、彼の目覚めを見守ってください。お願いしますね、フェネア」
 フェネアは慌ててその場に跪き、深く深く頭を垂れた。
「はい、命に代えましても!」
 エトは納得したように頷くと、しっかりした足取りで、祭壇へ向けて歩き出した。
「陛下…」
 フェグルスの問いかけに、祭壇の最上段に登ったエトは少し寂しそうに微笑んだ。
「諸卿もお分かりでしょうが、今私の身に、ファラリスが降臨しようとしています」
 そう告げるエトの声に、震えは微塵もない。
「降臨してしまえば、私は完全に暗黒神の虜になってしまうでしょう。しかし、私は絶対に防がねばならない。ですから、今から至高神の降臨を願いたいと思います」
 フェネアがまた、泣きそうな顔をした。レーベンスとフェグルスは止めたそうに動き、スレインは何事か口を挟もうとしている。
 だが、誰にも分かっているのだ。この役目は、彼以外には不可能なのだ、と。生贄として選ばれた彼でなければ、未曾有の危機を救えないのだ、と。
「しかし、私は必ず生きて戻ります。戻らなければなりません。妻のためにも、ヴァリスの民のためにも…」
そして、と一言切り、パーンを見下ろす。
「ですから、お約束します。私は必ずここに戻り、そしてこの世界を救うと」
 パーンから全員に視線を移し、一人一人の顔を確認するように頷いていく。
「分かりました。あなたならば必ずこの世界を救い、そして生きて戻られましょう。我々にできることであれば、お手伝いいたします」
 代表するように、カシューが答える。それにエトは慈愛の笑みをたたえ、マタゆっくりと頷く。
「ありがとうございます。では、もう時間がありません。少し、下がってください」
 とてつもない力の拮抗が発生しますので、という言葉に、全員従い、後ろに下がった。
 パーンもディードリットたちに促され、後ろへと下がる。
 けれど、俺はエトに、どうしても伝えなければならないことがある。
 そう、俺の命に賭けても伝える、と決めたあの言葉。
「エト…」
 今は、無礼もいいだろうと祭壇の下からエトに語りかける。
「パーン?」
「俺、エトに伝えなきゃいけないことがあるんだ。だから…聞いて欲しい」
 うん、とエトは頷く。エトは、ファーン陛下の前では、どんな顔で頷いてたのかな。笑ったり、泣いたり、拗ねたり、したのかな。
でも、分かる気もする。エトなら、ファーン陛下だって、好きになったと思う。エトはとっても魅力的、だから。
戻ってきて、聞かせてくれよな。ファーン陛下との、話。
「ファーン陛下からの伝言だ」
 エトがす、と口元を隠した。ファーン様…と呟いている。
 ファーン様。そうやって、呼んでたんだな。
「しっかりと、手を離さないようにしてくれ。パーン、全てはそなたに任せた。エトは今、そなたを頼りにしている。それでいい。それでいいのだ。私は青春の思い出で十分なのだ。それ以上を望むのは、この子に辛すぎる重みを遺すことになる。だから、パーンよ。この子のことを頼んだ。必ず、守ってくれ。間違った時には叱ってやってくれ。そして、私の愛は変わらない。いつまでも。心から、愛している…と」
 エトが一瞬震え、少し涙ぐみ、そして懐かしそうに、暖かく笑った。
「ありがとう…パーン」
 何かが見えるように上を向き、もう一度花が綻ぶように笑い、何事か囁いた。
「確かに、受け取ったよ、ファーン様の言葉。さあ…」
 ぎゅっと唇を噛み締め、ファリスの護符を掴んだ。
「はじめよう。全てのために」


さあ、はじまるんですよ。はじまるんです。というか、終わるんです。

うぉ!明日5:30起床なのにもう23時じゃぁぁぁぁぁぁ!寝ます!