でもとっても指が弾みました。ところで最近入力しすぎなので、キーボード胼胝(って言うのか?)が出来てしまってちょっとブルー。というか、これはイフな話ですからね。これが終われば、ちゃんと元気になって出てきますからね。
痛いの嫌な人にはちときついかも。
エトの両手が二本の柱のように、まっすぐ天へ突き出されている。詠唱を続ける彼の周囲には、言い得ぬ金色の光が漂い、違和感から彼を包むように時折踊っている。
もしかしたら、あれもファーン陛下かもな。
不安を言い出せばきりがないほど、パーンの心には暗雲が立ち込めていた。だが、それを言い出せずにいる。きっとみな、同じだろう。しかし、どこかで確信してもいるから、あえて動こうとはしない。
エトならば、きっと戻ってくる。元気な笑顔を見せて。
パーンも、もちろん信じている。心から。誰よりも。
けれど、それでも拭いきれない、この不安は、エトのものなのだろうか。自分が何かを予期しているからだろうか。
俺たちが思うほど、事は簡単には片付かない、と。
それでも、大丈夫だ、と言い聞かせる。何を言ってるんだ。エトはファリスのお気に入りだ。ファラリスになんて負けない。絶対にだ。
なぁ、そうだろ?エト…。
エトの口から最後の詠唱の言葉が紡ぎだされた。
「ファリスよ、御身が魂、迎えまつる!」
言葉とすぐに、荘厳な違和感を持つものが、エトを目がけて降りてきた。エトはカッと目を開き、天を見ている。天井すらも突き抜けそうな強さで。
「これで、もう安心ね…」
リアがため息をつく。ファリスが降りてきて、どんな方法かは分からないが、ファラリスを撃退すれば、もう大丈夫だ。フェネアも聖印を切り、まだ祈りながらも、涙を零して王を仰ぎ見ている。
だが、降臨の瞬間でも、パーンの動悸は治まらなかった。叫びだし、エトを強引に引き戻したい。そんな衝動に駆られるほどだ。
いやだ。エト。お前、何か、隠してる。ずっと、言えないことがある。俺には、分かる。
帰ってこい。来るんだ。絶対に。絶対に!
「エ…」
呼びかけと同時に黒い違和感が襲い、そしてエトの声がした。
『目を閉じて』
反射的に目を閉じてしまった。
だから、何が起こったのか、パーンには分からない。
気付くと、そこにあったはずの神殿が全て瓦礫になっていて、近くにカシュー王が倒れていた。ディードリットの姿も見当たらない。
「エト…ディード…」
カシュー王を起こすより前に、これも本能だろうか、親友と恋人を探した。
一番に、親友を。
何だろう。何があったんだろう。俺達は勝ったのか?負けたのか?それとも…。
「あ…」
首を巡らせていた時だった。首の向きなら左斜め前方。方角なら北北東。
エトがいた。一人、ぽつねんと立っている。その”左手”には、見たこともない剣。
駆け寄ろうとして、雰囲気が違うことに気付いた。
目の色が、違う。青ではなく、黄金色に輝いているのだ。
そして、何の感情もない。鏡像魔神がいたときの方がもう少し人間味があるくらいだ。
「エト…」
震えた声で呼びかけると、彼はついと顔を上げ、焦点を最初からなくしたような瞳で、パーンを見据え、そして、
剣を、構えた。正眼の構えだ。俺を、殺す気でいる。
また、何かがエトの中に宿ったのだろうか。だが、彼に感じるのは、空虚。何もない。真っ黒でもなく、真っ白でもなかった。
「どうしたんだよ?」
エトには殺意すらなかった。戦意も、憐憫も、憤怒もない。だがその左手に握られた剣は、パーンの喉元を確かに狙いすましている。
「俺を…殺すのか?」
エトになら、殺されても、何をされてもいいと思っていた。エトの望みなら、何でもできる、と。
だが、今のエトに殺されることは、恐怖を感じた。命が惜しい。そんなことではない。何か別の存在に殺される気がするのだ。
もう一度、呼びかけよう。例え、心が通じなくても…。
『聞こえてるよ』
エトの声は、頭の奥の方で聞こえた。
『ごめんね。こうするしかなかったんだ』
『エト…どうしたん、だよ?』
エトは一瞬黙り、また重々しく口を開く。
『僕は、もうほとんど死んだようなものさ。それでも、これで救えた』
死んだ…?
『嘘だろ…?』
『僕が嘘をつくとでも?』
くすっと笑う。そうして、聖王宮で怒られたっけな。
『だって…』
あそこにいるじゃないか。それに、お前、答えてくれてる。
『あれは、僕じゃない』
きっぱりと言い切ってしまった。
『お前じゃないって…』
『あれはエトであって、エトじゃない。君を殺そうとしているのは、古の盟約に従っているから。それが最善であり、最良であると生まれながらに教え込まれてきたから』
『なぁ、エト…!』
『だから、分かって。あれは僕じゃない。僕の意志じゃなく、体が勝手にそうしている。例え盟約であれ、神であれ、絶対に君を殺させない。僕はね、その為の用意をしていたんだ。ファラリスはずっと僕を狙っていた。そして今も、狙っている。ファリスも止めようとして下さっているけれど、それは結果的に君を殺すことになる』
さっぱり分からない。全くもって、混乱している。
『いいから、最後まで聞いて。僕は君を生かしたい。絶対に。だから、二神にご退場いただくことにするよ。僕の最後のワガママだ。聞いてくれるね?』
『いやだ…』
いやな予感は、これだったんだ。
もう、分かる。分かったから、言うな。言わないで。
エトは非情なほどの速さで、言い切った。
『僕を、殺して』
どんな危機に直面した時よりも、一番目の前が真っ暗になった。
鏡像魔神の中から聞こえてきたエトの声。あの言葉は、やっぱり真実だったんだ。
エトの、意志なんだ。
『お願い。もうあれは、僕じゃない。この世を戦場として戦いを挑む、人形だ。君を殺して、完全な覚醒を遂げる。だから、お願い。僕を殺して。君の手で、葬って。悪いけど、フィアンナに謝っておいて。子供が見たかったと、伝えて』
『いやだぁぁぁ!』
『お願いだよ。この世界の、ヴァリスの、君のための選択なんだ。ね、頼んだよ。僕を、殺して』
心の声が切れ、自動的に両手が剣を構え、エトの心臓を狙った。
薄い胸のちょっと下。いつでも柔らかい鼓動で、俺を包んでくれた。
「いやだ…」
べそをかくくらいに、怖い。エトを殺すなんて、絶対にいやだ。
この世界なんて、どうだっていい!
『そんなに泣かなくてもいいよ。これは僕のお願いなんだから。ね、僕のパーン。上でなら、誰に気兼ねすることもないよ。ゆっくり本でも読んで待ってるさ。なるべくゆっくり、おいで』
笑顔が見えるようだ。それと裏腹に、エトの体はゆっくりと、助走をつけ始めた。
そうか。そうだな。
上なら、こそこそ隠れなくても、いいもんな。
でも、俺はこのお陰で。
パーンはぐっと唇を噛み締め、親友だった体の心臓に、狙いをすました。
「…いいよ。聞くよ」
王を殺した、謀反人になっちまうんだぜ?
『ごめんね…ありがとう』
気を遣ってか、エトの声が去った。
いつだって、お前はそうだったよ。
どこか、遠慮がちでさ。
俺達、親友だろ?そう言っても、うんと頷くだけでさ。
そういうところが、俺はとっても、
居合いの声を上げ、走り出した。
涙を空に飛ばし、想い出を投げ捨て。
大好きだったよ。
パーンは、今日ほど、自分の腕前を呪ったことはない。
手合わせではかわされっぱなしだった突きが、こんなところで、成功するなんて、な。
「辛かったろ…」
そっと、血に濡れた手で、頬を撫でる。ファーン陛下がそうしたように。この血は、パーンの血だ。エトの不思議な剣が、右肩に深々と刺さっているためだ。治癒をかければ、まだ治る。
でも、もう必要ないさ。
心臓を一気に貫かれたエトは、目を伏せ、眠るように息絶えている。
エトは、死んだ。俺が、殺したんだ。
俺が、この手で、エトの心臓を突き破ったんだ。
もう、微笑んでくれることもない。そっと囁いて、悪戯っぽく笑い転げることもない。
やっぱり、エトとの想い出は、笑顔ばっかり、だな。
「エト…」
俺を死なせないために、殺して。そう、言ってたな。だけど、それはお前の意志だ。俺の、意志じゃない、よな?
「やっぱり、無理だよ」
エトの腰から、ファーン王の短剣を抜き、エトの両手を取り、一緒に握り締めて、そっと首筋に当てた。
「お前のいない世界じゃ、俺は生きれないよ…」
お前がヴァリスにいてくれたから、俺はロードス中を飛び回っていられた。帰るところがあったから。
一瞬左手を離し、胸に踊る聖王宮のマスターキーを首から外した。
それも握り締め、微笑んで、短剣をゆっくり右へずらした。
ごめんな。俺、堪え性、ないからさ。
意識が遠のく寸前、パーンはエトの、お決まりの言葉を思い出していた。それも、かなり生々しい声での、リフレイン。
しょうがない子だね。
そうだろ?
向こう行ったら、頭でも叩いてくれよな。
ありがとう、ごめんな。みんな。ディード。
そして、これからもよろしくな、エト…。
あとは締めて、明日上げます。昨日はちょっと羽目を外しすぎました。はい、激眠いです。おやすみなさいませませませ。