外国に住むということ
娘が保育園で作ったアベンドクランツ
粘土に葉などをさして、ろうそくを立てたもの。
***************
ようやくクリスマスらしいこともぽつぽつとできるようになってきた。
さすがにクリスマス前とあって、人にお呼ばれしたり、ツアーがあったり、お茶会があったり。
人に会う機会が多い。
ここの国と縁ができた契機を作った人でもあり、大学でわたしの世話役もしてくれる人のお宅におじゃました。
彼の奥さんは、偶然日本人であるので、ここに来たばかりのときは、それこそ多大なお世話もしていただいた。
最近ご無沙汰していたのだが、今月娘の誕生日があるということで、ささやかなお祝いをしてくださると、ご招待してくださったのだった。
本来なら、わたしの方がアレンジするべきであるところを、本当にありがたいことである。
その奥さんに、離婚について告白した。
すると、
「今すぐサインはしない方がいいよ。プロジェクトが終わって、日本に帰ってからでも遅くはないから。」
奥さんは、日本に帰った方がいいとしきりに勧める方である。
10数年も住んでいるだけに、どれだけ外国に住み続けることが困難なことなのか、熟知しているからなのだろう。
ここの国の言葉ができないと、仕事も得られないどころか、当たり前のように享受できるはずの文化さえ乏しい生活になってしまう。
本や新聞が読めないし、テレビを理解することもできない。
衣食住を満たすことはできても、人間として生きている実感を得るのが、日本に住むよりもはるかに難しくなってしまう。
人とのコミュニケーションだって、やはり日本人に比べると理解しあうことが難しい。たとえ言語を習得したとしても、ことばのもつニュアンスを理解するのは、やはりバッググラウンドあってこそである。
日本語だって、ネイティブな日本人ですら、人それぞれ表現の仕方が異なる。それだけ言語というのは、深いのである。
だから奥さんは、どうせ日本では使わない英語に労力を費やすよりは、研究に特化して、それを日本で還元させるのが得策ではないか、という意見をもっておられるのだ。
彼に、こう言ってみた。
「わたしと話して充実する?こんなに貧しい英語能力だし、もっている文化も違うし。やっぱり、外国人同士が関係をもつのって難しいのかなぁ。」
すると、
「君と話すのはとても楽しいよ。それに、誰もが違う文化をもつことは自然じゃないかな。みんなそれぞれもっている文化を大切にすることは大事なことだと思う。だけど同時に、それを認め合うことも大切なんだと思う。」
彼は、この国のことをたくさん教えてくれる。
近所のいいところに連れていってくれたり、クリスマスにしても、ホットワインの作り方を教えてくれたり、一緒にクッキー作りもした。
アンデルセンの話をしたり、キルケゴールの話をしたり。
もちろん、最近のニュースについても教えてくれる。
同時に、日本のことにも興味をもってくれる。
わたしもいろんな話をしたし、いろんな日本料理を作った。漫画をみせて説明もした。
宗教の話をしたときに、病気を受け入れ病気と共に生きた三浦綾子の話をしたら、えらく神妙に聞き入っていた。
確かに、日本に比べると情報量も少ないし、享受できる文化も乏しいけれど、そういうやり取りが楽しい。
まぁ、先のことはわからないけれど。
あと1年ちょっともたてば、彼と一緒にやっていけるかどうか、判断できると思う。
子供のために
クラフトショップでみつけた、ガラス製のトナカイと天使
こういった、手作りものが好きである。
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彼の子供が、突然大泣きしたそうだ。
誰も、その息子さんの本当の心理はわかっていない。
ただ、今週から、彼と奥さんが実質的な別居生活になり、ときどき彼と奥さんが電話するのをみて、突然、離婚という事実を認識したからではないか?というのが、彼のお父さんの見解である。
別居する前から、母親が帰ってこなかったり、数ヶ月も母国に帰ったりというのはあった。
だけども、こんなに長いこと家には帰らずにおじいちゃんちに泊まりつづけ、しかも母親はここには来ない。
そんな状況から、母親と父親の関係性について、ある変化を察知したのかもしれない。
これは、彼の努力によるところが大きいのだが、奥さんにどんなに理不尽なことをされようとも、彼は一回も声を荒げたことがないそうである。
決して子供の前では、両親の不仲を見せなかった。
わたしも何度か、彼と奥さんが話しているのをみたけれど、ときどき笑っていたりするほど、いたって普通の夫婦の姿そのものであった。しょっちゅう、奥さんの悪口を言っているにもかかわらず、あれはなかなか不思議な光景だった。
確かに、あの様子だったら、まさか別れることになろうとは思わなかったのかもしれない。
かといって、、、彼とわたしが仲がいいこともわかっているし、わたしにもそれなりに懐いているので、それが微妙なところなのだけど、、、やっぱり、母親の存在は大きいのだろう。
ちなみに、最近の食生活がひどいので、保育園から病院に行くことを勧められたらしい。
それに対して、うちの娘は、わたしと夫が別れたことは認識しているし、受け入れてもいる。
あまりにも理解があるので恐ろしいほどだが、とりあえず今のところ問題らしいところはみられない。
娘は、夫のことを好きだったと思う。
でも、わたしほどには信頼はしていなかったようである。
夫の前では、わがままも言わず、きわめて聞き分けのいい、「いい子」だった。
そのかわり、わたしへの執着はスゴイ。
わたしの微妙な変化にも敏感に感じ取る。
どんなにいろんな人にかわいがられようとも、最終的にはわたしの存在が絶対。
わたしにだけは、なんとしても受け入れてもらっている。そんな信頼がある。
かなり頻繁にめちゃくちゃな要求をしてくる。
だからか、こっちの国で2人きりの生活が始まってからも、夫を恋しがることはなかった。
わたしは、「子供のために我慢する」というのはどうか、と思うタチだ。
常に正直に、真正面から立ち向かっていく。そういう姿を見せたいと思っている。
もちろん、これが正しいわけではないが。
わたしの母親もがまんして、仲のいい夫婦像をみせる努力をしていた。
でも、がまんしていることは、うすうす感じていたし、それがものすごい嫌だった。がまんしてわたしに八つ当たりするくらいなら、もっと本質的な問題に向き合って欲しいと思っていた。
わたしの好きな友達は、わたしよりも7歳も年下でありながら、しっかりしていて自分をもち、彼女が21歳のとき、6ヶ月の子供を連れてさくっと離婚して以来、愚痴もこぼさずに親の援助を受けることもなく、娘さんと2人一生懸命生きている。
娘さんは、きちんと自己主張もして、とても活発でいろんなことに挑戦もする、とてもすばらしい女の子である。5メートルくらいある竹棒を、するする登ったときは感動させられたものだ。
片親であっても、それに卑屈にならずに、ウソをつかず、一生懸命生きている姿を子供に見せることが大事なのではないか、と思ったのである。
もちろん、娘に対して何も懸念がないわけではない。
でも、問題が起きても、何が何でも娘の味方になる。
娘が6ヶ月のとき、絵を描きながらそう決意した、それだけは変えない。
違い
今日、日本人のお友達とお会いした。
彼女とは不思議とウマが合う。
何が大事なのかとか、感情の機微とか、共感しあえる感じ。
とても、楽しいひとときだった。
彼のことは、大好きだけれど、どうしてもわかりあえないなぁ、と思うことがある。
こないだの、奥さんへのクリスマスプレゼントでもめたときも、彼にとっては、なぜわたしがここまで怒るのか理解できなかったようだ。
それに、もはや変えることのできない過去をいつまでもうだうだと、非生産的なことにエネルギーを費やすことにもよしと思わなかったよう。
わたしからしてみたら、逆に、かなりの大金を奥さんにつぎこむまで、なぜ問題意識をもたなかったのか、実態はすでにないのに問題を先延ばしにして家族というものに執着したのかがわからない。
彼は、奥さんが出産を母国ですることを勝手に決めて、妊娠3ヶ月で母国に帰ってしまったり、出産後養育を拒否するなど問題が多発したため、ph.-D(博士課程)プロジェクトを断念し、国立研究所を退職している。以来、パートタイムでお父さんの事業を手伝っている。
日本人だから、ということでもないのかもしれない。
でも、わたしだったら、仕事や家庭の経済状況に支障をきたしてまでも、家族の問題を受け入れることはできないと思う。
悲しいかな。
自立できるように育てられて、実際に子供を得ても、親からはろくに援助を受けることもなく、わたし自身そういうことを求めてもこなかったし、できる限り自力で対応してきた。
夫にも期待せず、代わりに保育園や乳児園などの公的機関や、友達などの助けを得ながらここまでやってきた。
いや、夫にも参加してもらったけれど、「一緒に」というよりは、「助けてあげてる」。恩着せがましいので、むしろ友達に頼む方がラクだった。
だから、「家族」は、もはや必要ない、と思うようになってしまった。
社会的なつながりこそ、わたしには必要、と。
実際に、外の人と交わることで、学ぶことは多かった。
逆に彼は、ご両親の多大な援助によってここまでやってきている。
友達との助け合いはほとんどない。
だから彼は家族が必要だった。
たとえ、奥さんとのお互いに刺激を与えあうような会話や、一緒に育児に携わり成長しあう過程がなくとも、そして外でそういう場がなくとも、家族と一緒にいる時間さえあれば彼には満足だった。
まぁ、社会的なつながりを求めたがるのは、日本人だから、というのも多分にあるだろうし、家族というプライベートな枠組みに執着するのはこの国の典型的な特性でもある。だからこそ、離婚もさくっとしてしまうお国柄だ。
彼女とお話して、やっぱりわたしは安心してしまう。共感しあえることに。
そして、彼とこの違いをすりあわせていくことができるのか、覚悟を決めなければならない、と思った。
彼女とは不思議とウマが合う。
何が大事なのかとか、感情の機微とか、共感しあえる感じ。
とても、楽しいひとときだった。
彼のことは、大好きだけれど、どうしてもわかりあえないなぁ、と思うことがある。
こないだの、奥さんへのクリスマスプレゼントでもめたときも、彼にとっては、なぜわたしがここまで怒るのか理解できなかったようだ。
それに、もはや変えることのできない過去をいつまでもうだうだと、非生産的なことにエネルギーを費やすことにもよしと思わなかったよう。
わたしからしてみたら、逆に、かなりの大金を奥さんにつぎこむまで、なぜ問題意識をもたなかったのか、実態はすでにないのに問題を先延ばしにして家族というものに執着したのかがわからない。
彼は、奥さんが出産を母国ですることを勝手に決めて、妊娠3ヶ月で母国に帰ってしまったり、出産後養育を拒否するなど問題が多発したため、ph.-D(博士課程)プロジェクトを断念し、国立研究所を退職している。以来、パートタイムでお父さんの事業を手伝っている。
日本人だから、ということでもないのかもしれない。
でも、わたしだったら、仕事や家庭の経済状況に支障をきたしてまでも、家族の問題を受け入れることはできないと思う。
悲しいかな。
自立できるように育てられて、実際に子供を得ても、親からはろくに援助を受けることもなく、わたし自身そういうことを求めてもこなかったし、できる限り自力で対応してきた。
夫にも期待せず、代わりに保育園や乳児園などの公的機関や、友達などの助けを得ながらここまでやってきた。
いや、夫にも参加してもらったけれど、「一緒に」というよりは、「助けてあげてる」。恩着せがましいので、むしろ友達に頼む方がラクだった。
だから、「家族」は、もはや必要ない、と思うようになってしまった。
社会的なつながりこそ、わたしには必要、と。
実際に、外の人と交わることで、学ぶことは多かった。
逆に彼は、ご両親の多大な援助によってここまでやってきている。
友達との助け合いはほとんどない。
だから彼は家族が必要だった。
たとえ、奥さんとのお互いに刺激を与えあうような会話や、一緒に育児に携わり成長しあう過程がなくとも、そして外でそういう場がなくとも、家族と一緒にいる時間さえあれば彼には満足だった。
まぁ、社会的なつながりを求めたがるのは、日本人だから、というのも多分にあるだろうし、家族というプライベートな枠組みに執着するのはこの国の典型的な特性でもある。だからこそ、離婚もさくっとしてしまうお国柄だ。
彼女とお話して、やっぱりわたしは安心してしまう。共感しあえることに。
そして、彼とこの違いをすりあわせていくことができるのか、覚悟を決めなければならない、と思った。
試験で得ること
この街の中心街。
市名に「王様の」がつくので、王冠のイルミネーション。
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とても重要な課目の試験をパスした。
とはいえ、足繁く教授のところに通い、さんざんディスカッションさせてもらって改善させた結果であるが。合格できたのは、わたしの力のおかげではない。
実際に、何度も練習したおかげで、本番はほとんど緊張しなかった。
本当、快く相談に乗ってくれた教授に感謝!である。
それにしても、この大学の試験のやり方は本当にすばらしいと思う。
自分で関連文献を選び、それについて得た知識を駆使しながら理論的に自分の見解を発表する。
この国では、小学校のときから口頭試験を重視するという。
この試験でも、「もっと英語の力を磨きなさい。人に伝えることで、より世界が広がるから。」と別の評定員にサジェスションされたように、ただ与えられた質問に答えるよりも、自分なりの見解を人に伝えるやり方の方が、得た知識を自分の中で構築しなおす必要があり、理解しなければ合格できない。それに対して、所定の答を書くだけでは、「覚える」だけという荒技でも通用してしまう。
それに、実際の文献を引用するとなると、複数の知識が結合したり交錯したりして、理論的に説明するのがより複雑になる。
ただ個々の知識について説明するよりも、得た知識を実践に回帰させる方が、より理解力が要求されると思うのである。
例えば、先月に提出した試験課題などは、自分の研究に関係する文献を10件ほどピックアップし、しかもじかに著者の方にお会いしてお話をうかがったりもした。
ただ授業で学んだ知識をなぞるだけでなく、実際自分のプロジェクトをこの授業の角度から理論的に考える作業を徹底的にこなした。そして、研究の方向性にも多いに影響を与えることとなった。
その得た知識を使って自分のテーマについて深く洞察するようになったのである。実際に何度も自分がした考察について、ただ教科書を省みるだけでなく、データベースなどもひっぱってきたり、わたしが得たデータなどからさんざん考え抜いた。
この試験のやり方は、評価するためのものではなく、実社会に還元していくため、ということが前提にしてあるように思う。
高校の英語の試験でたくさんの単語を覚えたが、だからといって英語で文章を書いたり、英語で話せるようになったわけではない。いくら試験をこなしても、何も得るものがなければ意味はないのである。
だけど同時に、「表現すること」の必要性、も痛感させられた。
知識は利用してナンボ。アウトプットできなければ意味がない。
来週に英語の試験があるけれど、合格しようがしまいがもっともっと英語の力を改善させなければならない、と思った。
いずれにしても、来年から別途、英語のレッスンを受ける心積もりをしている。
ユーレが我が家に
今日は、M(娘)と一緒に保育園から帰りました。
Mはぼくたちのために、ミルクがゆを作りたいと言ったけれど、Mのお母さんは作り方がわからなくて、なんとかレシピを手に入れてくれたんだよ。
それでぼくたちは一緒にミルクがゆを作ったんだ。
思ったよりも、お米がたけるのに時間がかかって、時々ふきこぼれるからずっと見張ってなければいけなかったんだ。
でも、食べるのが楽しみ。
Mが牛乳と砂糖とバターを入れて、最後にはシナモンでトッピング。
う~ん、いいにおい!
Mもごはんが好きなんだって。赤ちゃんのときからずっと食べているから。
だから、Mはいくらごはんで、ぼくたちはミルクがゆ。
Mが食べさせてくれたよ。
ごはんのあと、Mはひとつしかない部屋の中で、椅子とか箱を使って自分の部屋を作ったんだ。
その中で一緒に遊んだよ。
Mは上手にもてなしてくれて、レーズンをお花のように盛り付けして出してくれたんだ。
Bamse(くまのぬいぐるみ)の家にも招待されたんだ。そこで、BamseとKylling(ひよこのぬいぐるみ)に会ったよ。
今日も、いい一日だった。
おやすみなさい。
***************
保育園から預かった、ユーレのぬいぐるみ。
まさか試験前に、英作文の宿題が出るとは思わなかったわ。
ま、楽しかったけど。
「肥満問題」とクリスマス
この国に来てから、クリスマスが好きになった。
飾りつけを作ったり、プレゼントやカードを用意したり。
娘は、毎朝彼のお父さんからもらった小さなプレゼントを開けるのを楽しみにしている。
保育園では、「ユール」という、サンタクロースに似た小人のぬいぐるみを各家庭順番にまわして、親が添付のノートに、あたかも「ユール」が体験したことを日記として書くというのをやっている。
先週の週末は、ちょっと遠くまで古い蒸気機関車を乗りに行き、汽車の中で子供たちはプレゼントをもらい、グロッグというホットワインを飲みながら皆でクリスマスソングを歌った。
近くのショッピングセンターで、無料でクッキー製作の体験をした。
日本でのクリスマスよりも、もっと心あたたまるクリスマス。
***************
英語の試験課題で、「肥満の問題」についてエッセイを書いた。
3つのテーマから選択したのだが、ほとんどの学生が「肥満」を取り上げたそうだ。
何気に興味深いテーマ。
記事の中で、著者は、「肥満の問題」は個人の問題ではなく、環境の変化によるところが大きいのだから、政府がもっと「肥満」について問題意識をもち、税金対策等で対応するべきではないか、という主張をしている。
わたしも、著者の意見に同意している。
日本は、欧米に比べるとはるかに「肥満」の率は低いといえよう。
だけど、日本の「食生活」に関して問題意識をもっている。
いつでもどこでも「食」に関する欲求がかなえられる環境。
そういったお手軽感が逆に、「食」の浪費につながっているように思えてならない。
基本的な「食」において、味わうことも愉しむことも乏しくなり、食べ物を捨てることもいとわなくなり、逆に満足感を得るためにコストをかけて高級なものを味わおうとする。
わたし自身、日本にいるときは、そんな環境が当たり前で、こっちの国に来てから、お店の営業時間の短さと、食品の種類の少なさに失望したけれど、徐々にそんな環境にも慣れてきた。
デザートも手作りするようになったし。
それはそれで、自ら工夫しようというプロセスが楽しさに変わったのである。
彼は太っていて、
「肥満の問題」について議論したときに、「誰もが肥満をいいと思ってないよ。誰もが過剰消費はよくないと思っているし、誰もが健康のために運動することはいいと認識している。にもかかわらず現状の生活を変えられないのが、肥満の問題なんじゃないの?政府の力なんて限界あるよ。」
わたしも、生活というのは、環境によるところが大きいからこそ、いくら政府の力をもってしても変えることはほとんど不可能だと思う。
結局は、個人の感覚によるところが大きい。
限定された状況の中で、自ら愉しむことができるかどうか。運動だって、楽しくなければ続かない。
***************
はっきりいって、日本のクリスマスは嫌いです。
なぜかって考えると、、、、
こちらの意思おかまいなしに、半ば強制的にクリスマスの雰囲気を味あわせて購買意欲を刺激させようという、商業的な意図がみえみえだったのが不愉快だったのかもしれない。
こっちも、もちろん経済活性のねらいも介在している。
だけどもっと自分が参加しているという感覚が得られる。
その過程が楽しいのである。
「肥満の問題」、そのものよりも。
自ら働きかけなくても、何でも与えられる環境。
何も考えなくても何でも得られ、流されるばかりになり、自分から感じることに乏しくなることが、問題だと思っている。
自分を大切にすること
保育園の更衣室。
各自作った飾りつけ。
手前が、わたしが作ったリース。
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英語の試験課題
専門授業の試験用のプレゼンの準備
新しい実験の準備
とりあえず、なんとか進捗させている。
やっぱり、オーラルの試験が不安ではあるけれど。
この3ヶ月間、なんだかふりまわされていた感があるけれど、思い出してきた。
わたしは、深く学びたくて、日本を飛び出してまで学業を再開したんだってこと。
実際に、なかなか到達できない苦しさはあっても、何か新しいことを知ったとき、新しいことを思いついたとき、とてつもない喜びが得られる。
たとえ、誰かが何かをしても、こうして喜びを見出している自分がいる。
それで充分なはずなんだよね。
たとえ、彼が、別に好きなひとができたとしても、それはわたしが踏み込める領域ではない。
逆にわたしがこうして苦しさを感じたり、幸せを感じたりしているのは、誰のものでもない、自分のもの。
人と共感しあうことができても、感じることは自分自身であって、誰もコントロールすることはできない。
だから、人のことでとやかく敏感になっても、どうしようもないことであって。
コンプレックスって、本当に無駄なこと。
自分のもっているもので勝負するしかないのに、もってないことに自分を責めて消耗する。
なかなかコンプレックスから自由になれないけど、
それでも、自分の本当のきもちを見失わないように、
もっと自分を大事にしようと思った。
***************
このリースも、誰に頼まれたわけでもない。
わたしが作りたくて作ったものです。
コンプレックス(3)
きっと、コンプレックスが深く関わっている。
わたしは美しくないし、利発でもない。
運動でも勉強でも、何でも獲得するのにものすごく時間がかかるタイプの人間である。
理解するのも時間がかかるので、小学生のときから努力だけでここまできた。
そういう粘り強く物事に取り組めることは、わたしの長所でもあり誇りでもある。
だけど、一方で、努力しなくとも素質の備わっている人に対して、ずっと羨望のきもちをもちつづけてきた。
雰囲気で人を惹き付けるような女性、、、、も、うらやましかった。
彼はわたしとつきあうまでは、外見だけで恋に落ち、人間性が疑われるようなことをしても相手の愛情が喪失したと認識するまではできる限り受け入れていた。
対してわたしはどうか?
素直で真面目じゃなかったら、夫も彼もわたしを好きにならなかったと思う。
だけど、わたしだって怠けたくなることだってある。
わたしだって、むちゃくちゃなことがある。
実は、奥さんの話とは別に、スーパーで彼が安っぽい油絵の道具を買おうとしたとき、めちゃくちゃ傷ついていたんだから。
文句を言いたかったけれど、彼の状況を知っているだけに、「わたしはプレゼントなんていらないから。」というのがせいぜいで。
それなのに、「貧乏だからたいしたもの贈れないのだけど、、。」と言っていたその翌日に、6,000円の携帯をクリスマスプレゼントとして奥さんに贈ったなんて。
そりゃあ、ないよ。
相手の状況を慮っている自分が、ばかみたいじゃん。
ねだれない自分が悔しい。
本当は、欲しいものだって、ちゃんとあるのに。
結局、2日後に仲直りした。
本当は別れるつもりなんてない。いや、ボーイフレンドなんていなくてもいいのだけど、彼と一緒にいるとやっぱり幸せだから。
だけど、彼はバレエのコンサートチケットを入手しようとインターネットで検索していた。
1人10,000円程度するチケットである。
わたしが興味をもっていることを知って、喜ばせてあげようとがんばっているらしかった。
こんなときに買わなくても、、、と思うのだが。
彼も、コンプレックスを抱えている。
彼は、わたしを失うまいと必死だ。
コンプレックス。
やっかいな人間の性である。
わたしは美しくないし、利発でもない。
運動でも勉強でも、何でも獲得するのにものすごく時間がかかるタイプの人間である。
理解するのも時間がかかるので、小学生のときから努力だけでここまできた。
そういう粘り強く物事に取り組めることは、わたしの長所でもあり誇りでもある。
だけど、一方で、努力しなくとも素質の備わっている人に対して、ずっと羨望のきもちをもちつづけてきた。
雰囲気で人を惹き付けるような女性、、、、も、うらやましかった。
彼はわたしとつきあうまでは、外見だけで恋に落ち、人間性が疑われるようなことをしても相手の愛情が喪失したと認識するまではできる限り受け入れていた。
対してわたしはどうか?
素直で真面目じゃなかったら、夫も彼もわたしを好きにならなかったと思う。
だけど、わたしだって怠けたくなることだってある。
わたしだって、むちゃくちゃなことがある。
実は、奥さんの話とは別に、スーパーで彼が安っぽい油絵の道具を買おうとしたとき、めちゃくちゃ傷ついていたんだから。
文句を言いたかったけれど、彼の状況を知っているだけに、「わたしはプレゼントなんていらないから。」というのがせいぜいで。
それなのに、「貧乏だからたいしたもの贈れないのだけど、、。」と言っていたその翌日に、6,000円の携帯をクリスマスプレゼントとして奥さんに贈ったなんて。
そりゃあ、ないよ。
相手の状況を慮っている自分が、ばかみたいじゃん。
ねだれない自分が悔しい。
本当は、欲しいものだって、ちゃんとあるのに。
結局、2日後に仲直りした。
本当は別れるつもりなんてない。いや、ボーイフレンドなんていなくてもいいのだけど、彼と一緒にいるとやっぱり幸せだから。
だけど、彼はバレエのコンサートチケットを入手しようとインターネットで検索していた。
1人10,000円程度するチケットである。
わたしが興味をもっていることを知って、喜ばせてあげようとがんばっているらしかった。
こんなときに買わなくても、、、と思うのだが。
彼も、コンプレックスを抱えている。
彼は、わたしを失うまいと必死だ。
コンプレックス。
やっかいな人間の性である。
コンプレックス(2)
なぜ、こんなに怒ったのか。
前のブログでも書いたけれど、彼は「貧乏だから」といって、わたしへのクリスマスプレゼントとして2,000円の低品質の油絵の道具で手をうとうとしたのである。
わたしは、クリスマスプレゼントは欲しくはない。
ただ、わたしの欲しいものではない安っぽいもので、「プレゼントをあげた」という満足感を得ようとしたいやしさが悲しかったのだ。
なんで、わたしには2,000円以上のものは躊躇したのに、セパレートした名実とともに別れた奥さんに対していとも簡単に6,000円のものをプレゼントしたのか。
思わず、「彼女のことまだ好きなの?」と泣きながら聞いてしまったほどだ。
わたしは、「美しくはないけれど、勤勉で自立している女性」とみなされている。
そう期待されればされるほど、「仕事を得られなかったらどうしよう」という不安を口にすることはできず、せめて今の経済状況をしっかり管理して万が一のための蓄えとすることと、将来のためにスキルを身につけるべく、できる限りの努力をするしかない。
英語など、プレゼンだの課題だのとものすごい時間をとっている状況で、にもかかわらずなかなか上達できず、ときどき不安で眠れないこともあるぐらいだ。
こんなに苦しい思いをしていても、彼に助けを求めることができない。
それなのに、奥さんは、セパレートして自立をせまられている立場にありながら、いとも簡単に援助を受けている。「美しい」ことだけで充分彼をひきつけて、4年間も彼の庇護を当たり前のように享受してきた。
それが悔しくてしょうがなくて。
わたしだって、甘えたくなることはある。
自立したいといいながらも、苦しくて不安でどうしようもなくなるときがある。
わたしだって、美しくないことにコンプレックスをもっていないわけではない。
彼がプレゼントしたという金のネックレスをつけた2番目のガールフレンドの写真を見たとき、わたしにはきっとこういう類のものをプレゼントしてくれないのだろうな、と密かに嫉妬心を燃やした。
わたしは、指輪だのネックレスだのが欲しいわけではない。
だけど、プレゼントしなくてもいい「安っぽい女」とみなされることが、矛盾するけれど女として悲しい。
夫など、「おごらせる女などつきあいたくない。」といって、それを暗にわたしを選んだ理由として示唆もしていた。
「わたしはね。あなたが貧乏だからといつも言うから、それを慮ってもきたし、ここで仕事を得られなければ日本に帰らなければならないくらいの覚悟でいたんだよ。それなのに、あなたはいつも買わなくてもいいようなものまでいつも奥さんに買ってたよね?クリスマスプレゼントって何?奥さんはあなたと愛してもないし、あなただって好きじゃないんだよね?愛情がなくてもあげるものなの?」
彼は、ずっとしゅーんとしていた。
それでも、わたしの怒りはとまらなかった。
「今後、金銭的な援助をした場合と、彼女がおばあさんのところでもらった家具をこの(彼の)アパートに置くことを許可した場合、わたしあなたと別れるから。これはわたしの問題ではないことはわかっている。でも、わたしの感情が許さない。だから、これ以上の援助をしたら別れる。」
それに対して彼は、
「ぼくが彼女に携帯をプレゼントをしたことは、素直に過失と認めるよ。ぼくが悪かった。だから、今後は一切の援助をしないって約束するよ。」
「それに、君にもこれ以上のプレゼントを必ずあげる。」
「プレゼントなんていらない。あなたが、彼女を援助する関係を絶つこと。それがすべて。」
彼はわたしにキスしようとしたけれど、それから逃げて振り向きもせずに彼の家をあとにした。
彼は、2日間、わたしを失ったらどうしようという不安で、あまり眠れなかったそうだ。
わたしは、悔しさで何度も何度も泣いた。
前のブログでも書いたけれど、彼は「貧乏だから」といって、わたしへのクリスマスプレゼントとして2,000円の低品質の油絵の道具で手をうとうとしたのである。
わたしは、クリスマスプレゼントは欲しくはない。
ただ、わたしの欲しいものではない安っぽいもので、「プレゼントをあげた」という満足感を得ようとしたいやしさが悲しかったのだ。
なんで、わたしには2,000円以上のものは躊躇したのに、セパレートした名実とともに別れた奥さんに対していとも簡単に6,000円のものをプレゼントしたのか。
思わず、「彼女のことまだ好きなの?」と泣きながら聞いてしまったほどだ。
わたしは、「美しくはないけれど、勤勉で自立している女性」とみなされている。
そう期待されればされるほど、「仕事を得られなかったらどうしよう」という不安を口にすることはできず、せめて今の経済状況をしっかり管理して万が一のための蓄えとすることと、将来のためにスキルを身につけるべく、できる限りの努力をするしかない。
英語など、プレゼンだの課題だのとものすごい時間をとっている状況で、にもかかわらずなかなか上達できず、ときどき不安で眠れないこともあるぐらいだ。
こんなに苦しい思いをしていても、彼に助けを求めることができない。
それなのに、奥さんは、セパレートして自立をせまられている立場にありながら、いとも簡単に援助を受けている。「美しい」ことだけで充分彼をひきつけて、4年間も彼の庇護を当たり前のように享受してきた。
それが悔しくてしょうがなくて。
わたしだって、甘えたくなることはある。
自立したいといいながらも、苦しくて不安でどうしようもなくなるときがある。
わたしだって、美しくないことにコンプレックスをもっていないわけではない。
彼がプレゼントしたという金のネックレスをつけた2番目のガールフレンドの写真を見たとき、わたしにはきっとこういう類のものをプレゼントしてくれないのだろうな、と密かに嫉妬心を燃やした。
わたしは、指輪だのネックレスだのが欲しいわけではない。
だけど、プレゼントしなくてもいい「安っぽい女」とみなされることが、矛盾するけれど女として悲しい。
夫など、「おごらせる女などつきあいたくない。」といって、それを暗にわたしを選んだ理由として示唆もしていた。
「わたしはね。あなたが貧乏だからといつも言うから、それを慮ってもきたし、ここで仕事を得られなければ日本に帰らなければならないくらいの覚悟でいたんだよ。それなのに、あなたはいつも買わなくてもいいようなものまでいつも奥さんに買ってたよね?クリスマスプレゼントって何?奥さんはあなたと愛してもないし、あなただって好きじゃないんだよね?愛情がなくてもあげるものなの?」
彼は、ずっとしゅーんとしていた。
それでも、わたしの怒りはとまらなかった。
「今後、金銭的な援助をした場合と、彼女がおばあさんのところでもらった家具をこの(彼の)アパートに置くことを許可した場合、わたしあなたと別れるから。これはわたしの問題ではないことはわかっている。でも、わたしの感情が許さない。だから、これ以上の援助をしたら別れる。」
それに対して彼は、
「ぼくが彼女に携帯をプレゼントをしたことは、素直に過失と認めるよ。ぼくが悪かった。だから、今後は一切の援助をしないって約束するよ。」
「それに、君にもこれ以上のプレゼントを必ずあげる。」
「プレゼントなんていらない。あなたが、彼女を援助する関係を絶つこと。それがすべて。」
彼はわたしにキスしようとしたけれど、それから逃げて振り向きもせずに彼の家をあとにした。
彼は、2日間、わたしを失ったらどうしようという不安で、あまり眠れなかったそうだ。
わたしは、悔しさで何度も何度も泣いた。
コンプレックス(1)
彼とケンカした。
とはいえ、ほとんどわたしが一方的に怒ったというのが正しいが。
先日、彼は、お父さんと一緒に担当弁護士に会いに行った。
以前、ある事件に巻き込まれた関係で、奥さんはある弁護士に会う機会があったのだが、そのときついでに離婚について話したそうだ。つまり、すでにアクセプトされている同意書を変更できる可能性があるかどうかを聞いたのだ。すると、「裁判にかければ、変えられる可能性は充分あります。」
この国では、いくら男女の性差が他の国に比べて小さいとはいえ、養育権はほとんど妻側がもつのが常識。そうでなくても、夫婦間でシェアするのが一般的である。それなのに、彼と奥さんの場合は、彼が100%の養育権をもつという、まさに異例のケース。おそらく、そういう常識をかんがみて、そして、奥さんの本当の状況を知るよしもないその弁護士は、「変えられる」とふんだのだろう。
しかし、そう想像できても、彼はもしかすると養育権を失うかもしれないと不安になってしまい、しばらく眠れなくなったそうである。
奥さんは、出産後、「養育できない」といって、働いてもないのに、夫に養育をすべて託してしまったような人である。養育権など欲しいわけもない。100%養育権に固執している彼に対して、これ以上の資金援助を要求するための切り札として、「養育権」を利用しようとしたのである。
結局、担当弁護士いわく、
「すでにサインもした同意書を変えることなど、よほどの落ち度がない限りはほとんど不可能。」。
ついでに言えば、奥さんはわたしたちが彼の家に行くこともずっと文句言っていたそうだが、
「セパレートは、ほとんど離婚と同義だから、妻から一切の要求をすることは認められない。お互いに何をしようと干渉することはできない。」のだとか。
この話を聞いて、わたしもようやく「セパレート」の意味がわかった。
わたしは、セパレートとはいえ、「婚姻関係」は継続しているものと思っていた。離婚するかどうかの判断期間だと思っていた。
だけど、実際には、「セパレート」は、他の人と結婚できないということ以外は、離婚と変わらないのだそうである。
だから、逆にセパレート期間中は、3ヶ月以上の同居は、婚姻関係復活とみなされて、セパレートが認められなくなるそうである。すなわち、また1からのスタートになってしまうのだ。
それで彼は急遽、ご両親宅にしばらく移り住むことを決めたのだが。
同時に、わたしは納得いかないきもちが大きくなった。
セパレート後は、経済も分かれなければならないのに、家賃、光熱費などすべての住居費を彼がもっている上に、彼女のしばしばの無心にも応える始末。
いったいセパレートしているというのはどういうことなのか。
それで今週の水曜日。
「彼女に、クリスマスプレゼントで6,000円の携帯をプレゼントした。」
という彼のセリフに、
「なんでセパレートした妻にクリスマスプレゼントとしてあげたの?」
とてつもない怒りがこみ上げて、大ケンカに至ったのである。
とはいえ、ほとんどわたしが一方的に怒ったというのが正しいが。
先日、彼は、お父さんと一緒に担当弁護士に会いに行った。
以前、ある事件に巻き込まれた関係で、奥さんはある弁護士に会う機会があったのだが、そのときついでに離婚について話したそうだ。つまり、すでにアクセプトされている同意書を変更できる可能性があるかどうかを聞いたのだ。すると、「裁判にかければ、変えられる可能性は充分あります。」
この国では、いくら男女の性差が他の国に比べて小さいとはいえ、養育権はほとんど妻側がもつのが常識。そうでなくても、夫婦間でシェアするのが一般的である。それなのに、彼と奥さんの場合は、彼が100%の養育権をもつという、まさに異例のケース。おそらく、そういう常識をかんがみて、そして、奥さんの本当の状況を知るよしもないその弁護士は、「変えられる」とふんだのだろう。
しかし、そう想像できても、彼はもしかすると養育権を失うかもしれないと不安になってしまい、しばらく眠れなくなったそうである。
奥さんは、出産後、「養育できない」といって、働いてもないのに、夫に養育をすべて託してしまったような人である。養育権など欲しいわけもない。100%養育権に固執している彼に対して、これ以上の資金援助を要求するための切り札として、「養育権」を利用しようとしたのである。
結局、担当弁護士いわく、
「すでにサインもした同意書を変えることなど、よほどの落ち度がない限りはほとんど不可能。」。
ついでに言えば、奥さんはわたしたちが彼の家に行くこともずっと文句言っていたそうだが、
「セパレートは、ほとんど離婚と同義だから、妻から一切の要求をすることは認められない。お互いに何をしようと干渉することはできない。」のだとか。
この話を聞いて、わたしもようやく「セパレート」の意味がわかった。
わたしは、セパレートとはいえ、「婚姻関係」は継続しているものと思っていた。離婚するかどうかの判断期間だと思っていた。
だけど、実際には、「セパレート」は、他の人と結婚できないということ以外は、離婚と変わらないのだそうである。
だから、逆にセパレート期間中は、3ヶ月以上の同居は、婚姻関係復活とみなされて、セパレートが認められなくなるそうである。すなわち、また1からのスタートになってしまうのだ。
それで彼は急遽、ご両親宅にしばらく移り住むことを決めたのだが。
同時に、わたしは納得いかないきもちが大きくなった。
セパレート後は、経済も分かれなければならないのに、家賃、光熱費などすべての住居費を彼がもっている上に、彼女のしばしばの無心にも応える始末。
いったいセパレートしているというのはどういうことなのか。
それで今週の水曜日。
「彼女に、クリスマスプレゼントで6,000円の携帯をプレゼントした。」
という彼のセリフに、
「なんでセパレートした妻にクリスマスプレゼントとしてあげたの?」
とてつもない怒りがこみ上げて、大ケンカに至ったのである。