「肥満問題」とクリスマス
この国に来てから、クリスマスが好きになった。
飾りつけを作ったり、プレゼントやカードを用意したり。
娘は、毎朝彼のお父さんからもらった小さなプレゼントを開けるのを楽しみにしている。
保育園では、「ユール」という、サンタクロースに似た小人のぬいぐるみを各家庭順番にまわして、親が添付のノートに、あたかも「ユール」が体験したことを日記として書くというのをやっている。
先週の週末は、ちょっと遠くまで古い蒸気機関車を乗りに行き、汽車の中で子供たちはプレゼントをもらい、グロッグというホットワインを飲みながら皆でクリスマスソングを歌った。
近くのショッピングセンターで、無料でクッキー製作の体験をした。
日本でのクリスマスよりも、もっと心あたたまるクリスマス。
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英語の試験課題で、「肥満の問題」についてエッセイを書いた。
3つのテーマから選択したのだが、ほとんどの学生が「肥満」を取り上げたそうだ。
何気に興味深いテーマ。
記事の中で、著者は、「肥満の問題」は個人の問題ではなく、環境の変化によるところが大きいのだから、政府がもっと「肥満」について問題意識をもち、税金対策等で対応するべきではないか、という主張をしている。
わたしも、著者の意見に同意している。
日本は、欧米に比べるとはるかに「肥満」の率は低いといえよう。
だけど、日本の「食生活」に関して問題意識をもっている。
いつでもどこでも「食」に関する欲求がかなえられる環境。
そういったお手軽感が逆に、「食」の浪費につながっているように思えてならない。
基本的な「食」において、味わうことも愉しむことも乏しくなり、食べ物を捨てることもいとわなくなり、逆に満足感を得るためにコストをかけて高級なものを味わおうとする。
わたし自身、日本にいるときは、そんな環境が当たり前で、こっちの国に来てから、お店の営業時間の短さと、食品の種類の少なさに失望したけれど、徐々にそんな環境にも慣れてきた。
デザートも手作りするようになったし。
それはそれで、自ら工夫しようというプロセスが楽しさに変わったのである。
彼は太っていて、
「肥満の問題」について議論したときに、「誰もが肥満をいいと思ってないよ。誰もが過剰消費はよくないと思っているし、誰もが健康のために運動することはいいと認識している。にもかかわらず現状の生活を変えられないのが、肥満の問題なんじゃないの?政府の力なんて限界あるよ。」
わたしも、生活というのは、環境によるところが大きいからこそ、いくら政府の力をもってしても変えることはほとんど不可能だと思う。
結局は、個人の感覚によるところが大きい。
限定された状況の中で、自ら愉しむことができるかどうか。運動だって、楽しくなければ続かない。
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はっきりいって、日本のクリスマスは嫌いです。
なぜかって考えると、、、、
こちらの意思おかまいなしに、半ば強制的にクリスマスの雰囲気を味あわせて購買意欲を刺激させようという、商業的な意図がみえみえだったのが不愉快だったのかもしれない。
こっちも、もちろん経済活性のねらいも介在している。
だけどもっと自分が参加しているという感覚が得られる。
その過程が楽しいのである。
「肥満の問題」、そのものよりも。
自ら働きかけなくても、何でも与えられる環境。
何も考えなくても何でも得られ、流されるばかりになり、自分から感じることに乏しくなることが、問題だと思っている。