いまのしゅんかん -23ページ目

反知性主義とは

予定のない週末だったが、明日からスウェーデンに出張で、木曜日の深夜に帰ってきて、金曜日にドイツからクリスチャン仲間を招待することになっているので、色々とやることのある週末だった。
出張準備とか、買い物とか、ゴミ捨てとか、掃除とか。
 
また、食べごろの葡萄が大量にあり、毎日2房ずつ食べていたが全然減らず、しかもかなり熟してきちゃっていたので、今日、葡萄を処分することに。
 
これだけ収穫しても、まだ半分以上残っているという。。。

 

実を房から取りながら、洗って、実についている虫などを除去。小さなカタツムリが大量に出てきた。。
ペクチン入りの砂糖を大量に投入して煮て、濾してジュレに。

 

冷蔵庫に入る容器がなく、ショッピングセンターに探しに。
無事に見つかって、熱湯消毒した後にジュレを流して冷蔵庫に冷蔵保管。
 
昨日は、リビングの電球が切れそうになったので、家にあった電球を入れたら、スイッチを切っても照明がきれなくなってしまい、彼が調べたところ、どうも、リビングの照明スイッチは明るさの強弱を調整できるdiming型で、家にはdimingには使えない電球であることがわかり、IKEAに買いに行くことに。

 

はぁ、、、電球にも色々種類があったのね、、、
前のアパートには、dimingスイッチはなかったので、こんなことも知らなかった。
 
しかし、IKEAで買った電球も、スイッチを切っても微かな明かりがあって完全に切れないことが判明。
それで彼は昨日の夜中、ずーっと調べていたらしい。
なんでも、今のLEDランプはほんの少しの電流でも明かりがついてしまうこともあり、特にdimingだとオフ状態でも微小電流が流れているため、完全に切れないだろうとのこと。
でももっといい電球であれば、微小電流ではつかないようにしているはずだから、ちゃんとしたブランドの電球を買ってみようと、今日電器屋でフィリップの電球を買い、早速装着してみたらきちんとオフできた。
彼はこれで、ものすごく勉強したらしい。
 
私も調べてみた。
 
 
なるほど、、、オンオフの割合を変えることで明かりの強弱をコントロールするのか、、、
もしかしたら、100%も0%もできなくて、明るい分にはいいけど、完全に暗くすることはできないのかもしれない。。
(後でもっと勉強してみよう。。)
 
一軒家って、色々あって楽しい。
 
***************
 
モルモン教の本山、ユタ州で起きたチャーリーカークの暗殺を機に、彼と、「反知性主義」について話した。
チャーリーカークは、大学の権威に否定的な、反知性主義のインフルエンサーだったからである。
wikiで見たら、そもそもキリスト教が反知性主義の思想を持った宗教であると書かれており、聖書原理主義を唱えているチャーリーカークが反知性主義だったのも、さもありなんである。
 
 
聖書の会で、イエスがアカデミアのファリサイ派と社会の底辺にいる徴税人を比較し、へり下る徴税人を義としたのだった。
まさに反知性主義を表すエピソードと言える。
 
ただまぁ、この徴税人とチャーリーカークを同列にはできないが。人を断罪しまくっていたと聞いているので、むしろ態度はファリサイ人に近かったのでは、と思う。
反知性主義というと、文化大革命や、ポルポトによるカンボジア大虐殺がまず思い浮かぶので、そもそもキリスト教が起源である発想もなかった。言われてみて、納得はしたが。
 
私は、クリスチャンだけど、やっぱり今の反知性主義の潮流は怖いな、と思う。
特に、トランプのハーバード大学への攻撃があったときは。
中国やカンボジアでのインテリの抹殺の歴史からの恐怖ではなく、今の「知性」に対するリスペクトのなさへの嘆きというか。
実際に、日本では、私が学生だった時よりも、勉強に対しガツガツすることも無くなってきて、SNSや投資などでもっと簡単にお金儲けできればいいという風潮もあるらしい。
チャーリーカークは、短大に一学期だけ行って中退したが、組織を立ち上げてYoutubeでバズり、あっという間に大富豪となった。若者の羨望の的になってもおかしくない。
 
また、最近、デンマークに移住したいという若者の声をたまに聞くようになったが、自分を成長させるための具体的な目標ではなく、better lifeのためにというのが匂ってくるのが寂しいなと思う。
例外的に、コペンハーゲン大学に留学していてできればPhDをやりたいという24歳の女の子は、元々やりたい研究があって、念願の研究室に入って楽しくてもっと続けたいと言ってたので本気で応援したくなったが。

 

しかし今は、別に必死になって勉強しなくても簡単に情報が入手できる時代になったから、学んだ気になって、勉強するのも馬鹿らしい価値観になってきたのか、、、

もう少し考察してみたい。

過酷だった1週間

 

昨日は、師匠がお稽古している初心者の方を我が家に招待し、盆略点前の次にくる風炉の運び点前の練習をした。

その方は、ご主人の仕事の関係で11月にデンマークから別の国に引っ越されるのだが、師匠が来週から一か月くらい日本に一時帰国してしまうので、ほとんど先に進めず、一番基本の平点前さえも習得できないままやめてしまうのはもったいなく、我が家で練習できないかと師匠に頼まれ快諾した次第である。

 

しかし、柄杓の扱いは、師匠と割り稽古でたった一度だけやってみただけ、とあって、教えるのはとても難しかった。

それに実は、盆略点前から風炉運び点前に進むのがもっとも大きな山だとも思う。

大学の茶道部で活動していたときは、一年かけて風炉の運び点前を習得したが、デンマークに移住し、師匠に稽古つけてもらってからまた改めて柄杓の扱いについて直されたくらいである。家で自主練もやったほど。

逆にこれを習得すれば、基本の流れはほぼ共通しているので、別のお点前も習得しやすくなるのだが。

 

また、茶道のお点前を人に教えるのがこんなにも難しいとは、という驚きもあった。

まぁわたしは、仕事でも教えるのは滅茶苦茶苦手ではあるのだけど、茶道は特に口で説明するのが難しいので、教えることにとても苦労した。

そういう意味で、教える側のperspectiveというものも認識でき、いい経験になった。

 

****************

 

夏休み以降、仕事がとてもハードだったのだが、今週は特にきつかった。

ラボにもだいぶ慣れてきて、できるタスクも増えて楽しくなってきたのに、とにかくラボで世話してくれるボスニア人の機嫌がずーっと悪くて、ちょっとでも間違ったり、理解してなかったりすると、指摘だけにとどまらず、嫌味も長々と続いて、一度は泣かされもした。

 

- Horsensの工場から来た検体を分析したら、ここでの検体もなぜ同じように分析しないのか責められ、

- 自社で作ったある製品のテクニカルシートがおかしいから、見て欲しいと頼まれ、色々調べた上で質問しようとしたら、早朝からそんな話をしたくない、もうその話は忘れて、といつの間にかなかったことにされただけでなく、なぜ他のタスクを後回しにしてまでそんなことを調べたのか延々と責められ、

- 頼まれた表の修正が、全然違う表だったことが判明し責められ、

 

それ以外にも色々と細かいことを指摘されては、その後に漏れなく嫌味もセットになってくるという繰り返しに、毎朝出社するのが気が重くなるほどだった。

(もちろん、社長に相談なんかしたら最後、もっと私への攻撃が増すだけなので、誰にも相談せず私一人で溜め込んだ)

 

昨日、Novoの5000人解雇の話になり、

 

「Novoは給料が高いから、何かがあったときにこういう大規模レイオフのリスクがあるよね。わたしはね、今まで給料交渉で、こっちから要求したことは一度もない。それは、やっぱりそれだけの存在価値をだせるか自信がなかったから。特に、前の職場では、わたしの言語能力の限界もあってクライアントを獲得するのを苦手としていたからどうしても強気になれなかった。ここでの給料だって、前の職場よりもらってるわけではないよ。私は、給料ではなく、プロジェクトをもらえることを目的に転職したから。」

 

と言ったら、彼女の態度も軟化し、本音を打ち明けてくれた。

 

どんなに親身になって教えてもどの人も長く続かず、去年やっと長く働いてくれそうな人が入ったと思ったら、入社してから脳梗塞の病歴を告白し、ラボでアシスタントはできるが、自立して働くことはできないと言われ(つまり、彼女が不在の時、一人でラボで働くことはできない)、そんな人を会社は雇えないので、ものすごくがっかりしたそうだ。

しかしまだ教育を受けている最中でインターンとして1年間はいたいというので仕事を教えはしたが虚しかったと。

その途中フィリピン人を雇ったが、全くラボ経験がないことが入社してから判明、あまりにも基礎が無さすぎて驚愕したらその子は逆ギレし1日で辞めてしまった。

そして私がエンジニアとして雇われたが、私が補助としてラボに入る=ラボラントはもう雇わない、という社長の思惑を認識し、ものすごく失望したらしい。私がフルタイムでラボラントとして働くわけではないからだ。

教えることは大変な仕事でストレスなのに、何度も何度もやらされた挙句に、それなりのリスペクトも評価もないことで、会社に対して不満が爆発したという。

 

教えることが負担なのはものすごくわかる。。。

しかも、私はコミュニケーションに難があるので、私が思うように動いてくれず余計にイラついただろう。

 

彼女の根底には、会社だけでなく、人に対する不信感が根強くあるので、せめて私は、名誉や報酬などの私益ではなく、本当に仕事が好きで働いていることを示して、彼女の私に対する信頼を獲得できるよう頑張らないと、、、と思った。

彼女が安心して引退するまで絶対辞めない。

 

とりあえず、来週にまたスウェーデンに行くので、今週やりたかったタスクは全部できてホッとしている。

特に最も懸念していたサンプル作りもできて、無事大学に渡しに行けたのでよかった。

複雑な現代世界

 

今朝は、ラジオではデンマーク随一の大企業Novo Nordiskの大規模レイオフのニュースの話題で持ち切りだった。

なんでも、世界で9000人、デンマークで5000人を解雇するという。現在、デンマークで34000人の従業員がいるので、15%弱がレイオフの対象になり、かなり深刻な事態といえる。

今でもかなり利益はあげているが、今後は期待していた成長よりも低く見積もられることで大規模レイオフを実施することになったらしい。

  

 
そして、ポーランド領域内でのドローン攻撃のニュース。
国境近くなので、ミスの可能性もあるが、NATOの反応をみるためのテスト攻撃だった可能性も大きく、今NATOで緊急会議を行っているらしい。
 
 
わたしは個人的に、石破さんの辞任をとても悲しいと思っているが、政治的にはともかく、デンマークもまた不穏な日々である。
 
 
 
そんな中で目にした記事。
高村薫さんのメッセージに頷かされるばかりだった。
 
"戦後を戦争をしなかった年月と数えるのは、私はおこがましいんじゃないかという気がします。米国の「核の傘」の下、日本が軍事大国になることを米国も求めず、ひたすら経済発展を追求できた。日本が積極的に平和のために外交で身を削った年月ではないですから。受動的にたまたま戦争をする必要がなかっただけのことです。"
 
本当そのとおり!!!と思った。
「失われた30年」と言われるけど、むしろ逆で、戦後から冷戦終了まで「恵まれた45年」を享受できていたにすぎない。
アメリカの庇護でぬくぬくと、防衛や外交にコストをかけずに、西側マーケットで経済成長に専念できた。1990年に東西が融合し、グローバル化で競争激化したのに、日本はその変化に追いつけなかっただけにすぎない。
 
"日本の政府も国民も、戦争を清算する発想すらなかった。まず天皇の責任を問わなかった。米国は、日本を共産圏に対する橋頭堡(きょうとうほ)にしたいということで、それを認めた。日本人は東条英機(太平洋戦争開戦時の首相)とかに責任を押しつけ、それでなんとなく終わったと思っている。けれども本当に責任を負うべきは、当時の天皇以下、軍人はもちろん大政翼賛に賛同した政治家全般です。彼らは戦後返り咲き、それを国民が許した。戦争をきれいさっぱり水に流したんです。"
 
これも、わたしがデンマークに移住し、第二次世界大戦前後の歴史の扱い方が違いすぎることで認識したことである。
特にドイツ、ベルリンに頻繁に訪れるようになってから、同じ敗戦国でもどうしてもこうも違うのだろうとショックを受けたことも大きい。ドイツは、戦争の反省から、いち早くフランスとヨーロッパの経済共同体の組織成立を模索し、そして今はEUでドイツだけがEUから享受されるよりも、供出金が多い国になっている。
2015年の難民危機のときには、ドイツだけで100万人もの難民を受け入れた。
冷戦後にEUに加盟し、どの国よりも西側諸国に移民を輩出しているポーランドは、EUのアドバンテージを享受しながら、同時に難民受け入れは完全拒否したり、EUの法律に批准しなかったり、不利なことを拒否しているのとは大違いである。
ドイツは、80年たっても、第二次世界大戦の負債を負っているのである。
 
"冷戦下と比べて世界の枠組みを言葉でとらえ、説明するのが難しくなっています。基軸のない世界で、どこに正義があり、どこに問題があってどう考えたらいいのか。なかなかひと言で語ることはできません。ですが、ネットの言論は切り取りたいところだけ切り取って単純化する。あれかこれか二項対立で切り取ります。だから広がるんです。言い換えれば、私たちは複雑な世界をきちんと言葉で捉えるだけの忍耐を持っていない。忍耐がないし、時間もない。難しくて複雑で曖昧(あいまい)な思考に耐えられないんです、私たちの頭が。だから単純な言説にどうしても流されてしまう。日本社会には産業、経済、少子高齢化と問題がたくさんありますが、全部に目配りをする政治が本当は必要なんです。ただ、それでは有権者の心を捉えることができない。目立つものがないから。"

 

最近、彼とはこういう話ばかり。

彼は、アメリカのポストもよく見るので、日本だけでなく、アメリカのSNSにもげんなりしているそうだ。

デンマークは正直全然まともで、少なくとも私が見聞きする限りでは、現在の社会情勢はかなり複雑であることが認識されているように思う。

だから、選挙でも、日本とデンマークは全然違う。

デンマークもインフレはすごいけど、その理由はみなわかっているので、政治家にどうにかしろ、という言論はあまり見当たらない。

 

わたしは、石破さんの政策に賛成していたわけではないけど、今のこの時勢にもっともふさわしい総理大臣だったと思う。

決して物事を単純化して有権者を容易に引き寄せようというのではなく、今の複雑な世界情勢に、真摯に向き合い、正直に、誠実に、国民に伝えようとした首相だった。

意図的に、太平洋戦争について「反省して」というのは、石破さんらしい、真面目で正直なことばだったと思う。

月食茶会

今日が月食見られる日とは知らなかった。。

 


 

月を見るために、もっともベストな場所だからと寝室でお茶会し、お茶を点てるひと以外は皆ベッドに座るというシュールな会だったけど、ヒュゲリだった。

 

私ともう一人以外皆デンマーク人だったけど、意外にも好評でホッ。

家では彼にあげたので私もそこで初めて食べたが、美味しかった。本当にあんみつだった。。羊羹単品よりも味にコントラストがあってスルスル食べられる美味しさ。

 

ホストのデンマーク人夫妻は今年もストックホルムのセミナーに行ったそうだが、今回は亡くなられたばかりの大宗匠の話が1時間近くあったりとお点前そのものだけでなく背景や歴史も学ぶ機会になったという。私も参考したかった。

彼らは本当に勉強熱心だし、こういう風情のある会をアレンジしたり感心する。

 

我が家でもオランジェリーから月が見えるのでお茶会やろうかな。。

 


月見ウサギ羊羹

月見茶会に招待されたので、またオリジナル和菓子を作ってみることに。
 
参考の写真を見ながら色々考えたが、手で象りする練りきりのお菓子は苦手だし、白玉団子で何かを作れないか、いっそのこと私の大好物であるあんみつのテイストになるよう工夫できないかと考え、羊羹に白玉団子をのせ、寒天でとじ、ダークシロップをかけて、その上にういろうで型取りしたウサギをのせてみるのはどうか、、というアイデアがわき、実践してみることにした。
 
招待が来たのが木曜日で、日曜日の夜までに作らないといけなかったので、金曜日にお稽古の前にアジアンショップで茹であずき缶を3缶買い、昨日の夜に茹で小豆を裏漉ししてこし餡にして羊羹を作り、今朝餅粉を丸めたものを茹でて白玉団子を作り、羊羹にのせ、寒天でとじ冷蔵庫に。

 

 
冷やして固めている間に、餅粉と片栗粉と砂糖と水を混ぜたものを、電子レンジで加熱してういろうを作り、片栗粉にういろうを落として麺棒で伸ばしウサギの型抜きをした。

 

 
月見羊羹が固まって、一つだけ切り、小皿に乗せてダークシロップを月見団子が隠れないようにかけ、ういろうのウサギをのせてみた。

 

 
結構かわいいかも。。。。この見た目、かなり満足。
実は、金曜日に勤務中なのにアイデアが出てノートに絵も描いていたほどなのだ。
 
それに、羊羹と寒天の切りはじにダークシロップをかけて味見したら、うん、確かにあんみつの味だった。
このウサギ羊羹は彼に味見してもらったが、寒天でとじられている白玉団子がいい感じだという。
ただ、羊羹を作るときに砂糖の分量を減らしたのでかなり甘さ控えめで、デンマーク人にはあまりウケない味かもしれない。
 
でも、木曜日に日本人の知人の方が来て、一緒にお茶のお稽古をすることになっているので、それまでにまた作ってみたいと思った。

オリエンテーリングレースの準備

11月に日本に行く予定になっているが、そのメインの目的は、オリエンテーリングのレースに参加することである。
 
しかし、私はオリエンテーリングをほぼやったことがなく、コンパスも使ったことがないので、ちょっと練習したいということで、彼にデンマークのオリエンテーリング協会の会員になって地図のアクセスを獲得してもらい、近場の森の地図をダウンロードしてプリントアウトし、試しでやってみることにしたのだった。
 
ちなみにコンパスは、自分のいる場所から行きたい目的地までの方向の磁北線に対する角度を測ることができ、磁針を見ながらその角度を維持し正しい方向に進むことを助けてくれるものである。

 

 
まず40の西側の角から森に入り、40から林道を東の方に進み、39から南下し、トレイルの五差路からコンパスで52までの方向の角度を測り、その角度で進むと、、、

 

52を発見。
 
そこからトレイルをたどり、、、

 

コンパスを使わずに36を発見。障害物もなく見つけやすかった。
 

 

これまたトレイルを辿って49を発見

 

 

コンパスで方向を示しただけで49から見えてあっさり37発見

 

またコンパスで43を目指すが、等高線が比較的密になってるだけにちょっとした斜面を下り、、、

 

43を発見

 

トレイルを辿って簡単に見つかると思っていた53はなかなか見つからず、、、

ありそうなところは藪が深く、トレイルからはアクセスできそうもなく、、、、

 

反対側の藪が薄いところからアクセスして53発見。

 

この辺りからだいぶ怪しくなり、、、、

56を探しながら、なんと道に迷ってしまった。

20分くらいウロウロして目印になりそうなものは何も見つからず、もっとわかりやすそうなところに出ようと、とりあえず南に向かって林道を目指すと、38を見つけ、そこからトレイルを辿って交差するところからコンパスを使って56を探し、、、

 

やーっと、56を発見。
 
どうやら、53からトレイルで東方向に進んだ時に、近くの並行したトレイルに惑わされてしまい、間違ったトレイルに入って道に迷ってしまったらしかった。
やはり、53から56までコンパスで方角を把握しておくべきであった。
ただ、道に迷ったことを自覚したら即座に探すのを諦め、位置が完全にわかるところまで出てみて、一旦リセットするべきだということも学んだ。
 
51は沼を目印に、50は谷を目印にあっさり見つけ、既に16時半になっていたので帰ることにし、38→35→44→34を経由し、最後に55を探して森を出た。
なんだかんだ7kmくらい歩き回ったせいか、結構体は疲れていた。
本番では走ることもあるので、ジョギングも再開しようとのこと。
ギクっ、、、走らなければと思いつつ、夏休み明けはラボ仕事でバタンキューだったので、ずっと走るのをサボっていた。
 
でも、こんな近場の森で、目印がたくさんあって簡単だと思っていたけど、意外に難しくて面白かった。
森の中にいるのは気持ちいい上、オリエンテーリングで探す目的があるとより楽しい。
また他の森でもやってみたい。

やっと週末

今週は、特に何かあったわけではないけど、ブログを書く気力もないほど毎日追われるように過ぎていった。

 

毎日朝6時からお昼過ぎまでラボで並行して複数の仕事をこなし、、、
 
ラボ仕事はものすごく楽しいが、立ちっぱなしの上に手順を考えながらで疲労困憊、家に帰るとバタンキューだが、庭に癒され、、

 

葡萄もぼちぼち収穫。
皮が厚いうえタネが入っているので食べるところはあまりないけど甘くて味はまぁまぁ。デラウェアに似た味でノスタルジーに浸れる。

 

表側の芝生はほぼ復活。
裏の芝生も芽が一斉に出てきた。寒くなる前に復活できそう。

 

 

そして昨日はお茶のお稽古へ。

 

 
四ヶ伝の一つ、「台天目」の初稽古をした。
なんでも、お稽古に使ったのは本物の建窯天目茶碗で、お茶仲間のデンマーク人夫妻がわざわざ中国の福建省に買いに行き、師匠にプレゼントしてくれたお茶碗だという。
なので、流通が発達していなかった昔に比べたら、今は「唐物」が希少価値があるわけではなく、そこまで高価なものではないけれど、現地に行って調達してくるなんてすごいなーと思った。
ちなみに彼らは青磁ものも韓国に買いに行ったそうである。
 
一旦家に帰り、そしてまた友達とサシ飲みのためにコペンハーゲンへ。
ちょうどワールドカップの予選がパーケンで行われる日だったので、観戦しに行くであろうサポーターたちに溢れていたが、地下鉄で大物俳優、Peter Mygindに遭遇した!
 
 
私がデンマークに移住する直前まで放映されていたDRドラマ、「Nikolaj og Julie」で主演されてて、離婚して再婚したばかりの私は、離婚がテーマだったこのドラマのDVDを箱買いするほどハマった。
  
 
さらに離婚してまた観てたり。。。この時は、コンサル会社で働くストレスもあって、Peter Mygindが演じるNikolajの広告代理店事務所が営業に成功してお祝いに飲みに行く気持ちも理解できたりした。

 

 
これまた、飲んだ友達が小さなお子さんがいるので、やっぱり日常の中で夫婦でバトってる話を聞き、ドラマのことを思い出した。
実際にデンマークで、離婚率が一番高いのは子供が3歳くらいの時だそうで、夫婦仲が悪くなるリスクが高いのはさもありなんとも思ったり。
 
友達とは仕事の話もたくさんして、私が転職してむしろラボで缶詰になっていることを意外に思ったという。
転職でもっとマネージメントをするようなポジションに就いたと思ってたと。
 
でも逆に、ラボに入って、生産現場に近くなってからより会社の全容が見えてきたように思う。
夏休み以前までオフィスにいて、クラウドのエクセルシートを眺めている時とは全然違う。
あと、工場で働く、いわゆるブルーカラーの人たちを見て、彼らが働く場所としてこういう会社が必要だよなとも思ったり。デンマークでは珍しく滅多に解雇しない社長をちょっと見直したり。
まぁ前職のコンサル会社の同僚たちとは違って、タフな人生を送っている人が多い。
 
キラキラなオフィスワークからほど遠いけど、泥臭い現場で見えてくるものも多く、学びの毎日である。
 
 
ものすごく楽しくて、気がついたら0時を過ぎており、飲み過ぎた夜だった。

無償の愛

昨日は、日曜礼拝にいき、火曜日に教会で学んだルカ18章の聖句に関係するメッセージを聞いた。

 

 

子供洗礼も含んでいたので、それを慮ってか、昨今SNSで自己アピールしようとする人が多いのは、自分の価値が信じられないからで、実際には私たちは神に無償の愛を注がれている神の子供なんだという内容で話された。

  

昨日の朝Xで、ある女性が東京出張から帰る直前にコンビニでお風呂に入ってないであろう小学校低学年の兄弟が、飲み物とおにぎりを買おうとしたらお金が足りなくて弟が泣き出してしまう場面に遭遇し、その女性がお金を出してあげて通報し、警察に来てもらったという投稿をみて、教会で見た、多くの親戚や友人たちに囲まれ受洗を祝ってもらっている赤ちゃんとなんという違いだろうと思ってしまったのである。

 

また、ラボで一緒に働く同僚が、昨日は孫とネイルで遊び、今日は午後に孫をピックアップしにアマーまで行かなければと言ってて、孫と遊んだことのないわたしの実母となんという違いだろうとも思ってしまった。

63歳になってもラボで忙しく働き、孫の面倒もよく見ている。

娘さんはさぞかし幸せ者だなと思った。

 

でもだからこそ、わたしは、自分も愛され、存在する価値のある人間であることを信じるために信仰が必要だったともいえる。

親からの無償の愛を感じることのできない子供も確実にいるのだ。残念ながら。

 

こうしてブログにせっせと書くのも、自分の価値を確認するための自己顕示欲からくるものといえるかもしれない。

少なくとも、わたしが17歳のときから日記を書いていたのは、自分の存在の証がモチベーションになってたと思う。

43歳のときに信仰をもち、自分が優れなくてもいいと思えるようになり、むしろ自分の欠点を直視できるようになったが。(例えば、人の話を全然聞いてない、とか。)

 

その東京のコンビニで泣いた子供たちが、母親にネグレクトされていることが現実だとしても、いつか愛を知り、自分が存在することの意義を信じ、生きていることに喜びを感じられる人生を歩めるようになるといいなと祈らずにはいられない。

 

世の中は不平等だけど、神の無償の愛は平等に受けられるはずなのである。

 

新しい芝生が出てきた!

裏庭プロジェクト

今の時期、2018年からほぼ毎年アルプスに行っていたので、デンマークで通常運転なのがちょっと不思議な感じである。
彼は、今週はずっとUTMBをライブで見ているようだ。
 

 

ちらっと見たが、7月に行ったTour du Mont Blancで歩いたトレイルだったりすると懐かしくなる。

全て重なっているわけではないけど、今回の縦走ハイキングでだいぶUTMBの解像度が上がった。

 

とはいえ、今はデンマークでとても忙しくしている。

毎日6時に出勤してお昼までラボに缶詰になって働き、昨日は新しくもらったタスクの調査をしていた。

おかげでラボにはだいぶ慣れ、物品のありかも装置の使い方もだいぶわかってきて、スムーズにラボ仕事できるようになって楽しいが。

しかし昨日は、昼に会社が閉まって帰ってきてベッドに入ってバタンキューだった。

 

それに、夏も終わりかけになって庭仕事の追い込みで忙しい。

 
アルプスから帰ってきた直後に始めた裏庭プロジェクト。
 
裏庭の芝生が雑草で駆逐されていたので、いつか全てを再生するつもりなのだが、とりあえず小さい区画で試そうと芝生をとり、耕して根っこを全て除去し、種を撒き、土を薄く被せたところ、、、

 

芝生の再生、成功。

 
あまりにもうまくいったので、この美しい芝生を維持するためにも、このセクションの残りもやろうということに。

昨日、彼がDHL(駅伝イベント)に行っている間、私が一人で芝生を剥がし耕す作業に着手。

 

 
思わず熱中して20時過ぎまで黙々と作業してしまったが、土が硬くて難航した。

 

今日、朝から彼に耕す作業をしてもらったが、なんと太い根っこがはりめぐされていたことが判明。どおりで、私の力ではなかなか耕せなかったはずである。

 

 
しかし隣の敷地には木はなく、なんの根っこかは不明。ちょっと離れた敷地にある大木の根っこなのか。。。わからない。。。とりあえず、芝生の手前のところで切ることにした。

 

 
なんとかセクション全て耕した。
明日根っこを取り除く作業をして種を蒔くつもりである。
 
思えば、去年9月末のウィーン出張から帰ってきてすぐに同僚の家を見に行き、私たちの一軒家購入プロセスが始まったのだった。
1年前は、8月頭にノルウェーにワイルドキャンプに行き、フランスにオリンピック旅行に行き、月末にストックホルムに茶道セミナーに参加し、帰ってきた翌日にスイスに行き登山旅行して、土砂崩れでヘリコプターで避難して帰ってきて、学会の準備をして9月下旬にウィーンに行き、、、といろんなところに行きまくってバタバタだった。
 
それが一軒家を購入し、生活が一変した。
旅行の頻度が減っただけでなく、週末は予定を入れずに庭仕事にかなりコミットするようになった。
でも、ほとんど庭仕事をしたことがなかった彼がかなり嵌っただけでなく、私なんか、なまじ一軒家に住んだことがあって庭仕事が負担であることを知っていたからこそ、一軒家の購入に躊躇していたくらいなのに、私も結構楽しんでいる。
彼が色々調べてくれて、根本的な解決になるような作業ができているからかもしれない。まさか芝生を再生するなんて発想も以前一軒家に住んでいたときは微塵にもなかったし。
やっぱりふさふさの芝生ができると嬉しい。
 
冬になったら、庭仕事も無くなるし、雪山登山のトレーニングをしたいので出かけるようになると思うけど、、、、
こういう夏の過ごし方も悪くない。

日本人留学生の訪問

 

昨日、娘と一緒にコペンハーゲン大学の修士課程に留学している日本人の女の子を夕食に招待した。

なんと修士二年目で座学の授業はほとんどなく、今は研究室に属し、毎日実験三昧だそうだが、もともとその研究室である具体的なテーマで研究をすることを目的にしていて、学部のときにも日本から二か月間ほどだか滞在していたほどで、とても楽しく過ごしているそうだ。

生活習慣病に関する研究なので、52歳になる私も個人的に興味がある内容だった。(やっぱり有酸素運動が健康にポジティブな影響があるらしい。)

バイオの研究だが、先月スイスで履修した二週間のサマーコースは生活習慣病の総合的な授業で、毎日いろんな分野の先生の講義を受け、それまたものすごく面白かったらしい。

 

わたしも大学4年生のときに研究室での活動にドはまり、母の猛反対にあいながらも自力で学費を稼いで大学院に進学しただけに、昔の自分をみているようでひたすら微笑ましいと思った。

しかも、今の研究が楽しいので、できることなら同じ研究室で博士プロジェクトもやりたいとのことで、それもまた、就職でいったん業界から離れたものの、その分野に戻りたくて、恩師のところで偶然出会ったデンマーク人PhDの計らいでデンマーク工科大学でPhDプロジェクトをやることになり、それから20年以上その専門に関わり、今は業界ど真ん中の製造業で働いている身として、好きな分野でキャリアを築いていきたいという希望が痛いほど共感できた。

 

デンマークでPhDをやるには、2500万円だかの資金を獲得しなければならないので難しいけど、それだけ好きで興味があるなら、きっと面白い結果を出して、自ずと道が拓けるのではと思う。

 

むしろ、そつなく教育を受けているけど、そこまでコミットする気もない娘の将来のほうが心配だったりする。

30代まではなんとかなるかもしれないけど、人件費コストがあがっていく40代以降はそれだけの付加価値を生み出せるほどの興味をもてるようになるかが肝になってくるし。

 

ちなみに、うちのラボアシスタントは新しいひとに来てほしいと言い続けているけど、正直この業界は劇薬を扱うしあまりいい労働環境とはいえず、新しい人が定着しにくい職場だと思う。

結局彼女も、わたしもこの仕事が好きだからやれているけど、興味をもてなければ続けたいと思わないような気がする。

 

その日本人の子の夢を応援したい。