いまのしゅんかん -22ページ目

限られた時間

今日の朝食の話題は、末期癌患者の従業員についてだった。

その方は多分60歳くらい、経済的な理由なのか、バツイチで子供はいなく一人暮らしで人恋しいというのもあるのか、今も働いている。11月に早期定年退職される人の妹でもあるから、お姉さんに会いたいというのもあるのかもしれない。

もちろん具合が悪くなれば家も近いので早く帰ったりするようである。

 

50歳を超えてから、時間は有限であることを意識するようになった。

寿命だけでなく、体を自由に動かせる期間についても考えるようになった。

ここ数年、チャレンジを含むアクティビティにシフトするようになったのは、まさにその意識からくるものである。

 

以前は、ハンドボールの観戦にも嵌っていたし、バレエ鑑賞にもよく行ってたし、受け身だけのエンターテイメントも結構好きだった。

だけど今は、積極的にはやらなくなった。

 

旅行でも歴史を学べるようなところであればまだ興味はある。

去年学会参加ついでに週末ウィーンに延長滞在したのは、神聖ローマ帝国とオーストリアハンガリー帝国の歴史を勉強することができて楽しかったし、ビザンティン帝国とオスマン帝国について学べそうなコンスタンティノープル、、ではなくイスタンブールにはいつか訪れたいと思っている。

 

でも実際、今までも、ただ見るよりも、手や体を動かした体験の方がずっと思い出に残っている。

大学生の時に入っていた自転車部の合宿でも、美しい景色のことはほとんど覚えてなくて、ハプニングをよく覚えている。

岩手の寂れたところで買い物もままならず、しょぼいお店でなんとか食材を買ったものの、辿り着いたのは無人のキャンプ場。。。暗い中照明のスイッチも見つからず、やっと見つけて、自前のコンロで作った伸びきったうどんの味は忘れられない。

北海道合宿で一番覚えているのも、嵐の中決行したキャンプである。男子グループのテントの一つは水没し、砂湯で一晩中浸かってたという。。

 

初めてのヨーロッパ旅行で、シャモニーでロープウェイに乗って標高3800mまで上がってモンブランを見たことも記憶が完全に喪失していた。今でもその時に見たはずの景色を全く思い出せないでいる。

一方でこの夏、初めての縦走ハイクでキャンピング込みの重装備TMBに挑戦し、累積150km歩いてきて終盤で見たモンブランは決して忘れないと思う。

 

あまりにも印象的だったため、次のチャレンジとしてモンブラン登山に挑戦してみたいという気持ちが芽生え、この冬から雪山登山のトレーニングを始めることになったほどで。

 

なので日本滞在も何かチャレンジを含みたいと思っていて、今回OMMに当選したので2年ぶりに日本に行くことになったけど、私にとっては初めての参加なので、色々と準備が。。。

 

過去のレースの地図をプリントアウトし、戦略について考察。
 
11時半上がりの金曜日には、コペンヒルに行って久しぶりに坂練をする予定である。

自宅でサンプル切り出しのその後

日曜日、オランジェリーで万力とのこぎりとパワーツールで無事切り出し、、、
 
 
Silvanで100番、400番、1000番のサンドペーパーを購入。

 

 

昨日、断面をそのサンドペーパーで磨いてみたものの、粗すぎて光学顕微鏡で確認するもスクラッチだらけで何も見えず、彼に聞いたらもっと番数の高いサンドペーパーがThansenで売っているというので、オンラインで注文し閉店間際で2000番のサンドペーパーをピックアップ。

 

早速今日その買ったばかりの灰色のサンドペーパーで試してみると、かなり鏡面に近い仕上がりになっていい感じ。

 

 
さらに、以前業者で購入していた、0,25ミクロンの極小粒子のサスペンション液と専用研磨プレートで仕上げ磨きをすると、、、

 

まだスクラッチは残っているけど、かなりいい断面が出てきた。

 

電子顕微鏡で組織が認識できることを確認。

 
次期社長に写真と知見コメントを送ったが、今まで大学のファシリティを使ってやっていた作業を、それに頼らずにほぼこなせたことにとても満足した。
デンマークのホムセンでかなりのラインナップが揃っているのも大きいが。
前職でも、よくThansenやBauhausに実験に必要な物品をよく買いにいってたし。(仕事にかこつけて遊びにいっていたともいえるかもしれない。)
 
おまけ:前職では頻繁に行ってたThansenに昨日久しぶりに行ったら、、、

 

 

いつのまにかトラムが完成してた。

うちのコムーネよりも進捗がずっと遅れていたのに、今や追い越されている。。。

3月まで住んでいたアパートの最寄りのインターチェンジから高速道路を出て下道を通って店までいったのだけど、ほぼできているトラムをみながら、懐かしくなった。引っ越すまでは頻繁に通っていたところだったので。

週末のTo-do-list

4月末から、ほぼノンストップでやってきた庭仕事も、秋も深まってきたし、再生させた芝生も順調に育っているし、ここらで休止ということに。
ほんの少し残っているイタドリの根っこの駆除と、落ち葉拾いはあるが。
 
醜かった裏庭の芝生も再生させて、このように美しく生まれ変わった。
 
なので、昨日は久しぶりにコペンヒルでのスキー→Reffenでビールとストリートフードという王道チルタイムを過ごしたが、それ以外にもやりたかったことを片付けた。
 
1 次期社長に頼まれたサンプルの処理
 
 
断面を見ることを頼まれ、オランジェリーで万力とノコギリとパワーツールを使って切り出しをした。
そしてホムセンに行き、サンドペーパーも購入。
しかしぼちぼちアネックスのワークショップもセットアップしたいところ。
 

 

2 日本帰国の準備

 

取引している日本企業の会社訪問の調整をし、恩師のお墓参りのために恩師の奥様にコンタクトした。

車じゃないと行けないところで、車で行きますと言ったら、娘さんも来られるとのこと。

多分、奥様も娘さんも運転できないため、なかなかお墓参りに行けていない感じ。タクシーじゃないといけないとは、、大変。。

 

 
また、日本行きのメインイベント、OMM(オリエンテーリングレース)のためにシューズを新調。
店頭でなかなか底が硬い良さげなシューズが見つからなかったが、サロモンのスピードクロスを無事入手。
帰宅し、2kmのジョグをした。
夏明けから仕事で疲労困憊でなかなか走れていないけど、もっと走らなければと思っている。
わかってる。わかっているのだが。。。
 
そして彼は、OMM用のレギンズをオンライン購入。
 
 
3 年末のスキー旅行の予約
 
今年は、冬登山メインで考えていたのだが、結局去年と同じHemsedalのアパートをクリスマスまで予約した。
7泊でリフト券込みで二人で10000kr、安い。自炊もできるし。
やっぱりクリスマスの後が高いのかもしれない。
雪はまた少ないかもしれないけど、今回はアイゼンとピッケルでの登山や、ゲレンデ横で山スキーで登るアクティビティを混ぜようと思っているし、1週間なので飽きることはないかな、と。
楽しみ楽しみ。

危機に対する耐性

 

昨日、もうすぐ別の国に移住される人が我が家に茶道の練習に来て、ついでに夕飯も食べて行ってくださいとご主人にも来てもらって4人で食事したのだが、そのお話がなかなか興味深かった。

 

偶然にもそのご夫妻は、私と同年生まれで彼と同じ学年という同年代の方々だったのだが、ご主人は私の翌年に就職したにもかかわらず、氷河期世代の認識は全くもてないほど、30年弱の間、何の障害も壁もなく今に至るまで仕事に没頭してきたという。

エンジニアとして優秀だからプロジェクトには恵まれてきたのかもしれないが、同じプレーヤーでも私や彼のようなアップダウンの激しい経歴とは真反対である。逆に、「お二人とも珍しい経歴ですよね」と言われ、確かにそれも認めるけど。

いやいや、同年代でその方のように順調にキャリアを築いてこられた方に会ったのはほぼ初めてでその方が珍しいと思う。(え、違う?ちょっと自信ない。。)

 

特に興味深い、と思ったのは、仕事で何の支障もなくやってきて危機を感じてきたことがなかったのに、ここ数年で急に日本は貧しくなったのか?と思うようになり、社会に目を向けるようになったと言われたことである。

私もここ最近の日本人の強い危機感を感じていて、その理由を聞くと、円安と、海外旅行者の激増のせいではないか、とのこと。

確かに、私がスレッズで、

「20年前はデンマーク人は皆タイに旅行に行っていたのが、今は日本に行く人が多い」

とポストしたら、まぁまぁ反応された。

 

実はジワジワと変化はしていたものの、皆日常生活に忙殺されていたが、2020年代になってCOVIDとウクライナの戦争でインフレが急激に進み、その変化を無視できなくなった、というふうに思う。

私も、日本に住んでいた時は、普段の生活が忙しすぎて社会に関心を持っていなく、デンマークに移住して冷戦前後の世界の大変動を初めて認識したくらいだが、冷戦時日本はむしろ恩恵を受けていたので、世界情勢に関心を持つ必要もなかったのかもしれない。

それでも、デンマークでも影響が大きかったリーマンショックでさえ、日本ではさほど危機はなかったそうで、日本というのは、変化が起こりにくく、同時に変化に対する耐性は小さいのかもしれないと思った。

デンマークだって、今ものすごいインフレで、チョコレートが一袋2000円とかびっくりするけど、そこまで過剰な反応はない感じ。決して給料アップがインフレ率をカバーしているわけではない。我が家も、家を買ったせいもあるけど、旅行の頻度は激減した。

 

それに、今かなり危機状態にあり、月曜日以降プライベートではない正体不明ドローンは飛びまくっているし、Novoはレイオフが始まっていて社内の雰囲気は戦々恐々としているらしい。

 

 
前職の会社のメイン顧客の一つがNovoで、改めて転職して良かったと思う。。。
新工場のラインのセットアップも着々と進捗してて、社長や次期社長は、展示会やら顧客とのミーティングであちこち行きまくってて忙しくしている。
彼らは私の働きにとても満足してくれてて、おかげで楽しく働かせてもらっている。
 
そして、最終プロジェクトのために彼の会社にコンタクトしていた娘は、逆に学生ジョブをオファーされ、11月からユーザーリサーチの仕事をすることになったらしい。
今の仕事はチャレンジもなくつまらなくなってきているし、新しい仕事はより教育にrelevantで、しかもアプリユーザーの使い勝手や要望を調査する仕事は学びも大きいと思う。
 
 
ちなみに、デンマークはスウェーデンからのアンチドローンシステムの提供オファーを受けることにしたらしい。
指をくわえて何もしないではいられない。
常に何ができるのか考えられる危機管理ができるようでありたい。

悪のコスト

 

昨日は、DRコンサートホールまで、よく参加するサイエンスイベントに行き、ミニライブのあと、「脳と癌」という講演を聴いたのだが、いつもはもっと一般者向けの内容なのに、今回はアカデミア色が強く、ちんぷんかんぷんだった。

まるで10年前に初めて太陽光発電学会に参加したときのようだった。

(そういえば、その学会で明日PhDの学生がポスター発表があるため、月曜日に要旨とポスターが送られてきて昨日チェックしていたのだった。)

 

 

神経系の活動を介してどのように癌腫瘍が成長していくか、複雑なメカニズムを説明されたが、詳細は理解できず、腫瘍がどれだけエネルギーを食い荒らしていくのかその脅威だけ伝わった。

特に子供の脳腫瘍は神経が集まっている脳幹にできることが多く、進行も早いらしい。

 

改めて、「悪」がエネルギーを費やすんだなと、つくづく。

 

*********

 

今週は、ラボに私一人しかいないので、慣れない仕事を一人で悪戦苦闘しているが、非効率でも一つ一つじっくり考えながら作業できるので楽しい。

昨日も、自動分析機によるある分析が何度やってもエラーが出て測定できないので、一瞬ボスニア人にメッセージしようかなとも思ったけど、マニュアルで分析してみようとしたり、機械が示すグラフをじっくり観察することによって原因がわかってきて、色々チェックして、結局少しやり方を変えて測定することができた。満足。

今日も、あまりやったことのないお客さん仕事をやったので時間はかかったが、おかげで細かいことを理解できて楽しかった。

 

毒を含む言葉って本当にエネルギー消耗するんだな、、、

今は一人で平和そのもの。

 

*********

 

昨日友達が無事ドイツに帰って行ったが、なんと30000人もドローンによる空港閉鎖で影響を受けたらしく、昨日は空港が大混雑だったようである。

しかし職場でも、彼とも、一体どうやってドローンによるインフラ妨害を防げるんだろうね、と話した。

確かなのは、その対策にまた大きなコストをかけなければならない、ということである。

 

 
まさにインフレのニュース。
戦争と温暖化が食料品の値段を32%も上昇させているという。
日本で物価が問題視されているけど、日本だけではない、グローバルの問題なのである。
 
*********
 

ドイツ在住の友達と深く語り合ったのは、自分の中にある罪を認めたときの瞬間についてだった。

娘が学校で荒れた時とか、二度目の離婚の後に闇堕ちした時とか色々あるけど、直近では、家を欲しがっている彼を追い詰めていたことを猛烈に反省したことで、自分の闇を認識し、悔い改めることが転換点になる。

彼女もまさにそうで、20代で結婚を考えた彼に対し、自分のエゴが関係に執着させていることに気がつき、きっぱり別れ、アラフォーで結婚するまで独身として人生を全うしたという。

 

悪を手放すとポジティブな流れにドラスティックに変わる。

しかしまた別の悪が来るのである。

永遠の戦いになるかもしれない。

交流会

だれに対しても悪をもって悪に報いず、すべての人に対して善を図りなさい。
あなたがたは、できる限りすべての人と平和に過ごしなさい。
愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、「主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」と書いてあるからである。
むしろ、「もしあなたの敵が飢えるなら、彼に食わせ、かわくなら、彼に飲ませなさい。そうすることによって、あなたは彼の頭に燃えさかる炭火を積むことになるのである」。
悪に負けてはいけない。かえって、善をもって悪に勝ちなさい。
(ローマ 12:17-21)
 
家を買ったらやりたかったことを、この週末にやっと実現できた。
オンラインでの聖書の学びのメンバーとの交流会である。
ドイツから二人我が家に滞在してもらったが、神的なタイミングでの交流会だった。
 
金曜日の朝にドイツから二人デンマークに来て、コペンハーゲン在住の二人と合流し、マクドナルドで話し込んで、最後に移動がてらさっと観光してランチを食べ、お客さんだけが電車に乗って我が家の最寄駅まできて、ピックアップして今度は我が家で話し込み、夜にコペン組もきて5人でオランジェリーで畳の上で聖書の学びをやった。
  
 
夕飯は速くでき、大量に用意できるすき焼きもどきを作り、彼も入って6人で食事をし、しばし団欒して22時半頃二人はコペンハーゲンに戻り、翌日は昼過ぎまで我が家で話し込んだが、13時半頃に家を出てコペンヒルへ。
 
 
カフェでまたコペン在住の二人にきてもらい、閉店の17時までおしゃべりをした。

 

土曜日の食卓。お刺身と揚げ出し豆腐と豚の生姜焼きに味噌汁。
 
日曜日は5時に起きて、8時の便に乗る一人を空港まで送って行き、帰ってきて二度寝、8時半に残っている一人と彼女が毎週聞いているというオンライン礼拝のメッセージを一緒に聞いた。
ヨハネ18章の、祭司長が総督官邸にいるピラトを訪ね、イエスを反逆罪で死刑に求訴するべきだと言いに行く箇所である。祭司長とピラトと民衆の罪によって、イエスが十字架にかけられるプロセスに入るという、これまたタイムリーな内容だった。季節は全然合ってないが。
買い物に行く以外、ずっと家にいてこれまた話し込んだ。
 
今日は、朝だけ仕事に行き、スーパーでオープンサンドを買ってきて一緒にランチをし、共通の友達のお墓にお墓参りに行き、家に帰って夕飯の準備をしながらおしゃべりをし、早めの食事をし、彼女を空港に送って行った。
 
先々週に、職場でボスニア人の攻撃に遭い、スウェーデンで愚痴をこぼしてだいぶ気は晴れていたものの、聖書の学びで仕事で傷ついたことをシェアし、悪を悪で返さず、悪を善で返すという聖句について思いを馳せた。
今日は、社長と時期社長にボスニア人のことを話し、彼女は、自分の働きに対するリスペクトを欲しがっているので、それをわかってほしいと言った。
 
日曜日のオンライン礼拝で、この世はサタンに支配されているとメッセージにあり、本当にその通りだねと一緒に聞いた友達と言い合った。
日常で悪意に触れるし、私たちも自分の悪意と常に戦っている。
その彼女とは、イスラエル旅行でルームメイトとして出会い、初対面なのに親しくなって濃い10日間を過ごしたが、9ヶ月後に再会し、それからコロナ禍に突入して会わなくなり、6年ぶりの再会だったが、今回はイスラエルでは話さなかったこともたくさん話し、互いの闇も散々シェアした。
それに、会わなかった間に戦争も始まり、今や世の中の悪意にエネルギーを費やしている状態。インフレの本質的な原因は人間の悪意である。
こんな世の中で私たちは一体何ができるのか、、、これからも一緒に戦っていこうねと言って別れた。
 
追記:
昨日、彼女は20時50分発の飛行機でドイツに帰る予定だったが、20時半に怪しいドローンが飛行していたため空港が閉鎖され、彼女はすでに搭乗していたのに降ろされたという。
 
22時10分頃ニュースをみて慌てて電話したら振替チケットを受け取るのに列で待機している最中で、長蛇の列だというので心配したがそのあと案外すぐにチケットと、タクシーのバウチャー、ホテルのバウチャーを受け取り、23時前に空港を出たそう。
中央駅の隣駅近くのモダンできれいなホテルがあてがわれ、快適に過ごせたそうで何よりだけど、正体不明のドローンが4時間も空港の上を飛ぶなんて気味が悪い。
デンマークはこの事態を重くみていて緊張が走っている。
今は、目に見えないかたちで攻撃されるリスクもあり、怖い。

帰宅

昨日、結局昨日は、1番の目的だったはずのクライアントのインスペクションがクライアントの都合でキャンセルになってしまったため、エストニア人の彼女と話して、11時くらいにはそのスウェーデンの会社を後にした。
 
翌日に客が泊まりにくることになっていたので、正直ホッとしてデンマークに向かったが、運悪く空港近くの高速道路で水害が起こり、高速道路が閉鎖したため、マルメからデンマークに入るのを回避しようとしたのか、Helsingborgのフェリーが激混みで、フェリー乗り場の手前から渋滞に巻き込まれた。

 

 
渋滞に入ってから1時間くらいでフェリーに乗れたが、、、

 

 
こんなギッチリなのは初めて。
パラレルで2艘運航し、2階部分ももちろん使われてもこの状態。
空港近くの高速道路は13時半には再開し、2時間半たっていたのに、朝から通行止めだったらしいので、殺到したダンプカーや一般車をまだ捌き切れてなかったのかもしれない。
 
無事17時頃には自宅に帰宅。

 

夜は人気のチェーン店の寿司屋に食べに行った。

 

 
私は食べるところがあまりなかったのと、ランチをたくさん食べていたので、スーパーのサラダバーで夕飯を済ませていたが、彼も、私の不在中サンドイッチくらいしか食べていなかったという。
4人前のメニューをたらふく食べた。。。彼は食べ過ぎで苦しそうだった。
 
今日は、会社を休んでよかったのに、マイクロソフトにブロックされてしまったので出社し、IT担当でもある次期社長とスウェーデンのこととか今後のことなどを話していたら、ちょうど避難訓練があり、まぁ朝食の後でいいやと思ったら、なんと次期社長のバチュラーを企む20人ほどが会社に忍び込んできて、工場に行ってた次期社長を捕まえてITのトラブルについて話し、IT担当につなげてくれてことなきを得てホッ。。その後、次期社長オフィスで忍び込んでいた20人によるサプライズ。セーフ。。。彼は月曜日はスウェーデンなので。。
なんで金曜日?しかも勤務時間内で、と思ったら、なんとフェリーでオスロに行き、明日はSnøでスキーをしてフェリーで帰ってくるという。。
マジか。。。本人はまだ知らない。。。明日の朝までくらいに思っているだろう。。。まさか2泊もするとは思ってないだろう。しかもスキー。。Snøは寒いし、ウェアはどうするんだろう。。それは流石にピックアップするのかな。
そこまでするんだ、、、と驚いたら、同僚は、バチュラーパーティでタイのパタヤに連れて行かれた人を知っているとのこと。
 
トラブルが解決されたので、急いで会社を出て、買い物をし、ガソリンを入れ、帰宅してからは掃除とベッドメイキング、、、

 

再生させた芝生だけがやたら長く伸びていたので、昨日と今日とで短く切ってなんとか体裁を整えた。。。

 
これから我が家で集会です。。。

道なき道


 

昨日一昨日と天気悪かったのでホテルに引きこもっていたけど今日は天気が良かったので、仕事の後すぐにジョギングに出た。

とはいえ、すぐにトレイルがなくなったので散歩みたいになったけど、どのルートをとるかなと考えながら岩の上を歩くのは楽しかった。

 

道なき道を歩きながら考えたこと、、

 

それは、お世話してくれている同年のエストニア人となんという人生の違いなのかと。

彼女は、国が独立して2年ほどたってからオペアとしてスウェーデンに移住し、結果住み着いている。

ソ連に実効支配されていたときは外に出れなかったので、出てみたかったという。

 

90年代初頭でバブル崩壊して就職活動したのは氷河期に入って二期目で先輩の話と違いすぎて戸惑いが大きく、就職してからも先輩が残業で稼いでいたのがそれができずギャップで大変だったけど、今思うと世界の大変化の中で、日本の氷河期は大したことはなかったな、と。

少なくともエストニア人の彼女が経験したのとは比べるべくもない。共産主義国家だったのがいきなり崩壊したのだから。

リトアニア人の元同僚いわく、その変化をすんなり受容出来なかった中高年も一定数いたと聞いたこともある。

 

でも、氷河期世代の悲劇も、それにちょっと似ているところもあるかもしれないとも思った。

教育は上世代となんら変わらず、大学まで敷かれたレールの上をひたすら走っていたのに、就職がまったくスムーズではなかった。

数年上まで、大学→就職→結婚がかなり王道だったのが、わたしの1973年生まれは未婚率も高くなった年で、自ら生き様を模索するよう強いられた年代ではないだろうか。同じ学科を卒業した女子のクラスメイトたちは皆見事バラバラの人生を歩んでいる。

 

一年近く前の記事で、すでに書いたかもしれないが、デンマークのフォルケホイスコーレが日本人に大人気だそうである。

 

 

スレッズでは、フォルケホイスコーレに滞在、もしくはこれから行こうとしているひとのポストが散見し、あるフォルケホイスコーレの生徒の大半が日本人であるというポストも見た。

姪っ子も来年行くことを考えているらしい。

この円安時代にも多くの日本人が来ることが驚きであるが、こういう先が見えない時代だからこそ、あえてレールから外れて、まったく教育のやり方が異なるデンマークで学びを経験してみたいと思う日本人が増えているのかな、と思った。

 

 

しかし一方で、世界で見られる右傾化は、逆に道なき道を行く自立を求められるよりも、権威にすがりたい、権威のもとで安心したいという志向の表れでもあるのかな、と。

国家主義を標榜する政党を支持するのも、国になんとかして欲しいという願望の示唆に見える。

 

私は、平らではないところを歩くのが好きだけど、はっきり道だと認識できるところを安心して歩いていきたいという人がそれなりにいることも理解している。

スウェーデン二日目

今日は、目的としていた情報集めを主にやっていたのだが、お世話になっている人のオフィスに間借りさせてもらっているので、いろんな話になり、デンマークでため込んでいたこともすべて聞いてもらった。

 

彼女もボスニア人のラボラントとサンプルの送付で揉めたことがあるので、わたしがどれだけstruggleしているかも察してくれた。

 

そして同時に、なぜ昨日、前回お世話になったもう一人のひとが号泣しながらこのオフィスに入ってきたのかも説明してくれた。

その人は、情報を100%正確に把握したいのに、いろんなひとのカジュアルな変更によって自分が完全にコントロールできなくなり、ついていけなくなったと感じてパニックになっているとのこと。

プライベートでもごたごたしていることでさらにメンタルが不安定になっていると。

前回はかなり親切にいろんなことを教えてくれたのに今回はやたらつれなくてどうしたんだろうと思っていたが、そういうことだったのか、、。

 

しかしその話を聞いて思ったのは、やっぱり働くことのモチベーションは、給料だけでなく、自分がどれだけcontributeできているかの感触を得ることも大きいのではないかと。

わたしがボスニア人と働いてつらかったのは、わたしがやることなすこと評価されるどころか、罵倒されることが多かったことである。

それでもわたしは、この新工場のプロジェクトや前職から続いているプロジェクトなど、彼女とは共有していない自分自身のプロジェクトがあるからまだ楽しめているけど、今までのラボラントたちは常に彼女にコントロールされ、自分がやっているという感触をつかめずにつまらなくなって辞めていったのかもしれない、と思った。

一人優秀だったラボラントは、別の会社に移り、教育を受けながら働いているという。

 

実際に、このスウェーデンの会社では、高卒並みの学歴しかもたないひとをメインに雇っているが、かなりの責任をそれぞれに与えていて、やりがいをもって働いているように見える。

なので、このお世話になっているひとに、新しい工場で、今までのやり方から完全に切り離して、もっとrobustな環境にしていけばいい、と言われ、本当にその通りだな、、と思った。

 

まぁ、ボスニア人のいらだちもわからなくはないが。

スウェーデンだけでなくデンマークでも教育を受けていないひとが上にあがっていくこともある一方で、大卒の彼女は一介のラボラントにすぎない扱いで、リスペクトされていないことにフラストレーションもたまるのだろう。

わたしなんか、あえて自分がPhDもっていることも言わないし、普段は忘れようとしている。

現場の経験がないからあくまでも謙虚に。

 

でも、生産現場の経験が乏しいだけでなく、職場の働く人のマネージメントも配慮したこともなかったなぁと思う。

PhDなんて何も役に立たない。

前職で、一番近くにいた同僚が、そのことにも気を配っていたことに改めて気づく。

例えば、わたしの隣に座っていた同僚は、わたしは大好きだったけど、まぁ結構難しいひとだった。

あまりにも怖がりでメンタルが弱く、突然心が折れて家に帰ったこともあるし、わたしが辞める3か月前から謎の腹痛でずーっと出社していなかった。それでも能力のあるひとだったので、その状態でも働けるように同僚がよくアレンジしていたのである。

 

ちなみに、このスウェーデンの会社では、マネージメントに入っている4人が、その彼女と号泣した女性を含めプライベートでゴタゴタしているという。

お世話になっているひとは、離婚間近にいて、なおかつお子さんが5年間謎の腹痛に悩まされたがADDの診断が下りて薬を処方されるようになってやっと改善するようになってきたそうだ。

わたしも前の夫と息子がADHDとアスペルガーだったので、その話でも盛り上がった。

考えてみればわたしもデンマークに移住して、離婚→結婚→離婚→結婚とゴタゴタしたけど、よく仕事と両立したなという感じ。ほとんどのひとがプライベートや病気でなんかしら起きるので、そこをうまくマネージメントするのも管理職の役割なんだな、と。プレーヤーに徹して、そこを全然気にしたことなかった。

 

実は、その方はわたしと同年であることが判明。

離婚が決まって別居してから、マッチングアプリで相手をみつけてデートしているという。

彼女は美人だし、はきはきしているし、すぐブラインドデート相手がみつかりそうな感じ。

 

学ぶことはひとつじゃない、、、お疲れビール。

スウェーデン出張

 

今週はまたスウェーデン出張。

前回移動が眠気との闘いでものすごく大変だったので、到着時間を二時間遅くさせてもらい、出発を1時間遅らせて6時半に自宅を出たら、とても楽に移動できた。

夏休み明けからずっと朝5時起きが定着していたので、早起きに慣れていたおかげもあるかもしれない。

また、わりと長距離で(5kmほど?)パンクしたんじゃないかと思えるほどの道のうねりがある箇所があり、前回とても気が張り、一度は停止帯に入ってタイヤを確認したほどだったが、今回はそういうものだと思えたので振動は不快だったがやり過ごせた。

 

ちょうどランチタイムだったせいか、お世話になってた二人とも不在で、しかも前回使わさせてもらったスペースが、食堂の改装でテンポラリーのキッチンとして使われていたため、不在だった方のオフィスを間借りさせてもらった。

その方が飼っているワンちゃんは最初寄り付かなかったけど、その方が戻ってきて挨拶したと思ったら、別のお世話になった人が泣きながらオフィスに入ってきて、すぐに泣いているひとのオフィスに二人で移動しワンちゃんもついていったもののすぐに飼い主さんのオフィスにもどってきて、わたしのそばに、、、

 

飼い主さんのことをずーっと待ってて喜んでついていったのに、取り込み中だという空気を読んで退散したんだね、、
くぅーん、くぅーんと泣いてて、きゅーんときてしまった。。
 
最悪のタイミングで来てしまったかも、、と思ったけど、そのあとミーティングをやって、やりたかったディスカッションもできて収穫があったのでよしとする。

 

今朝は、キッチンはほぼ完成していた。

IKEA家具だけど、それなりにさまになるのはさすが北欧。