いまのしゅんかん -24ページ目

聖書の会 - ydmyghed(謙虚)について

自分は正しい人間だとうぬぼれて、他人を見下している人々に対しても、イエスは次のたとえを話された。

「二人の人が祈るために神殿に上った。一人はファリサイ派の人で、もう一人は徴税人だった。ファリサイ派の人は立って、心の中でこのように祈った。『神様、わたしはほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者ではなく、また、この徴税人のような者でもないことを感謝します。わたしは週に二度断食し、全収入の十分の一を献げています。』ところが、徴税人は遠くに立って、目を天に上げようともせず、胸を打ちながら言った。『神様、罪人のわたしを憐んでください。』言っておくが、義とされて家に帰ったのは、この人であって、あのファリサイ派の人ではない。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」

(ルカ18章9-14節)

 

昨日、引越し前の地元教会の聖書の会の案内が来て、連日6時出勤で午前中ずっとラボ仕事で疲労困憊し帰ってきて昼寝をしてそのまま行くのをやめようかと逡巡したものの、ルカのファリサイ人と徴税人の聖句は今とても話し合いたい箇所だったので眠気を引きずりながらも教会に行ったら、とってもいい会で参加してよかったと思った。

 

ちなみに、地域のリーダー職で、19年前の私の二度目の結婚式を取り仕切ってくださった牧師さんが、来年の1月に退職されるらしい。67歳だというので定年退職かと思ったら、年齢が理由ではないとのこと。

私の洗礼式を取り切ってくださった牧師さんの退職も感慨深かったが、この牧師さんは、結婚式前のミーティングで、自分の人生が色んな人との関わりによって成り立ってきたことを示唆され、自分中心のperspectiveを省みさせられ、キリスト教のレクチャーではないものの、教会に対し印象を一新させてくれたキーパーソンでもあったので、やっぱり感慨深い。

 

考えてみれば、今日のテーマだった、「ydmyghed=謙虚」について、その結婚式のミーティングで初めて触れたことでもあったかもしれない。それまで、自分の人生は自分の力で切り拓いてきたと思っていたのが、実はそれだけではなかったことに気が尽かされたというか。色んな人の助けも大きかったし、運もあった。自分の思い上がりにハッとさせられた瞬間だった。

 

興味深かったのは、私は、デンマーク人こそ、ヤンテローの価値観を有し、ヨーロッパの中でさえも特に「謙虚」を美徳とする国民だと思っていたのに、それでも「ydmyghed」という言葉についてああでもないこうでもないと議論しあっていることだった。

それで私が、「例えば私はハンドボールが好きなんだけど、Mikkel Hansenは、いつも自分の力のお陰ではなく、チームのおかげという言い方をする、そしてデンマーク人はそういうMikkel Hansenが大好きだよね。」というと、「確かにJonas Vingegaardもそうよね」と続き、その正反対人物として、トランプがあげられた。

ヨーロッパの中でもデンマークが圧倒的にカマラハリスを支持していたらしい。確か95%とか。いつも自分の成果にしたがるトランプをデンマーク人はものすごく嫌っているのである。

 

また、私がこの聖句を話し合いたいと思った一番大きなモチベーションがSNS疲れだったのだが、他のみんなもそうで、SNSの弊害について話すのも面白かった。

やっぱり、SNSは「謙虚」の真反対の温床になるらしい。

 

私が最近特にうんざりしたのは、羅臼岳のヒグマ事故に関するポストである。

コロナの時も思ったけど、日本人って、なぜ物事を完璧にコントロールできると思うのだろう。思い通りにならないと、自分以外の何かに原因を追求しようとしたり。

私からすると、北海道に15000頭もヒグマがいて、30年前と比べても倍以上増えているのに、今まで人身事故がほとんどなかったのもすごいと思うのに、やれヒグマがいるとわかっていてなぜ登山したのか、ましてやなぜ走って下山したのかと被害者を非難するようなコメントの数々にうんざりした。

それまでも山の遭難事故が起きるたびに非難の嵐だったのでさもありなん、ではあったが。

 

彼もアルプスで滑落して死にかけたけど、もし本当に遭難していたら何か言われたのだろうか。

滑落を目の当たりにして思ったのは、

「一瞬先は何が起きるかわからない」

正直、その時に、生かされていることを自覚させられたのだが。

実際は明日も生きているなんて100%の保証はない。

 

私も物事をコントロールしたい欲求に駆られるし、キャンプ場で雷雨にあって思い通りにならないことに心折れたりするが、実際には自分は非力であることを意識し、何が起きても受容し、「謙虚」に生きていけたらと思う。

日曜日の仕事

昨日、夕飯食べた後、娘と3人でコペンハーゲンに飲みに行き、久しぶりに飲んだせいか調子はイマイチだったが、今日も今日とてやることは山積みだった。
 

シロツメ草を駆除するため、今週毎日のように芝生を剥がしていたのだが、、、

 
半分近く駆逐されててキリがなく、しかもシロツメ草は雑草といっても窒素取り込みを助け土壌改良する働きもするいい草であるらしく、とりあえず打ち止め。
実際にホムセンであるBauhausに芝生の種を買いに行ったら、シロツメ草の種も混ざった種のボックスも売られていて苦笑。
確かに、裏庭と違って、シロツメ草の芝生を剥がすと大量にミミズが出てきて、いい土壌であることが窺えた。しかも、シロツメ草が強いせいか、タンポポなどの本当の雑草の根はほとんど出てこなかった。
(それでもシロツメ草の見た目は好きじゃない。。しかも花が咲くとハチがものすごく飛んでくるので、芝生の上が使えなくなる。)
 
しかしここまでやったからには、とりあえず耕してできる限り根っこを除去し、土を固めて平にし、種を蒔いて、薄く土を被せ、水を撒いた。

 

どうなるか、、、とりあえず実験。

 

あと、ずっと放置していた、額縁に入れて本棚の裏に置いたままだった古い地図。

 

やっと彼が壁にネジを嵌め込み、額縁をかけてくれた。

 
しかし、まだ壁に飾りたいものがあるんだけど。。。

 

あと、葡萄が色づいてきて、食べてみたらだいぶ甘くなってきたので、いよいよ熟してきたら収穫してどうしようかな、、と考えている。

夫の会社のファミリーイベント

 

彼の会社のファミリーイベントに、娘も一緒に3人で参加してきた。

従業員の家族が、会社の内部に案内してくれる、というイベントで、娘は先週の面接で訪れたけれど、私は当然入り口までしか入った事がなく、特に新社屋に引っ越してから見学することに興味があった。

しかも、エントランスに入ったのは、彼がまだ引っ越したばかりのバタバタ期にどさくさに入ってみただけで、ドアもできていないし、一階部分はまだ工事中で完全に出来上がってなかった頃だった。

 

まず腹ごしらえをして、、、

 

生産部門の見学ツアーに。

 

この時勢でデンマークだけで製造しているとか。

まぁかなり基礎マテリアルに近いPCB基盤だけはどうしようもないが。

それでも、かなりニッチで高額でも売れる商品だからこそ、それが可能なのだろう。

8年前はデンマークで50人しか従業員がいなかったが、今は600人ほどいるらしい。彼が入社した6年前も200人ほどで、それからも収益を増大させ、かなり成長したことが窺える。

まぁ、私が同僚から、エンジニアをかなり欲しがっているという情報を聞き、彼にサイトを見せて応募するよう促したのだが。彼は新しいビジネスのグループに入り、そのビジネスも成長している。

 

また、新社屋の建設のモチベーションは従業員が増えてキャパを増やすためと、製品の最終試験をするためのチャンバーを設置するためで、それを見るのも興味深かった。

製品の物理波を試験するので、引っ越す前はいろんなものに干渉され、結構大変だったらしい。

 

シミュレーションゲームで遊び、、、、

 

日本バージョンもあった。

 
ゴルフは全くやった事がなく、思った通り難しくて空振りを繰り返した。
そもそもきちんと体のフォームを作るのが難しいようだ。。

 

バットに触るのも超久しぶり。

 

最後に彼のオフィスも見学。

コーヒーメーカーの近くで、ガラス張りなので、よく彼のスクリーンが外部見学者にも見られるらしい。

色紙点前

今日のお稽古は、わたしの希望で色紙点前だったが、、、

 

 

紐の結び方さえもままならず、、、

(私が慣れている普通の結び方の逆の結び方なのでなかなか手が覚えてくれず。昔はこういう結び方だったという)

 

 

ただでさえ手順を覚えるのが大変なのに扱いも難しく、繰り返し練習しながらだったので時間もかかり大変だった。

本も読んだし、動画も見て予習してたけど、実際手を動かさないと覚えられない。

一番難易度の高い茶箱だけある。。

 

色紙点前は、4枚の古帛紗を用いる茶箱点前で、元々「色」が好きな私、本でその色紙を散らすような色合いの美しさに目を奪われ、御用箱をお借りして独学で学ぼうと思っていたところ、師匠の勘違いでお稽古してくださることになったが、やっぱり一人でお稽古するのは無謀だった。

紐を結ぶのもそうだけど、茶巾箱を袋から出す扱いも実際やってみると難しくて教わる事ができてよかった。

 

まだ暑いのでこの格好だけどそろそろ着物着たい。。

 

師匠の作った、道明寺粉と寒天で作られたお菓子。アクセントになる味付けの材料がなく苦し紛れにラム酒入れたそうだが美味しかった。見た目も夏にふさわしい。

働くこと、稼ぐことの考え方の変化

昨日、前職で4月に入社したばかりの人とアポを取って、実験室で説明してサンプルを作るトレーニングをやってもらったのだが、その時に現状について聞いてみたら、今メインで携わっているプロジェクトがあまり面白くない上、営業活動もして欲しいとプレッシャーかけられてつらそうな感じだった。

わかる、、、私も前職の時、彼女が携わるようなことが今後も大きく占めていくのかなと思った時に、私の専門にかぶらない上興味が持てないと思い、前職で続けることの限界を感じたからである。

営業も試み、できることをやってみたけど、最終的に現職の社長にコンタクトして、私の時間を売ろうとして結局フルタイムで働くことをオファーされ、その時は絶句したけど、私にはやっぱりそれしかオプションがなかったんだなと思った。

今は社長がバリバリ営業をやってくれるので、かなり気楽になった。というか、私が営業をかけたところ全て転職先でクライアントになっているという皮肉、、、。

 

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今日、朝食で、11月にefterløn受給資格を得られるのに伴い早期定年退職する女性従業員の話になり、思っていたよりも受給金に課税され手取りが減るかもしれないということで、組合に話に行くと聞き、私には無縁のefterlønについてにわかに調べてみた。

 

30年間失業保険基金に、通常の失業保険以外にefterløn保険掛け金を別途払い続けた人だけが、国民年金受給年齢の3年前からefterlønとして受給できる制度で、国民年金のように完全に税金を財源にするわけでもなく、かといって個人年金のように個々に年金口座に貯蓄しそこから支払われるのと異なり、他人のefterløn掛け金をメインの財源にし、不足分を税金から賄うという、日本の年金制度に少し似ている。

70年代に、若者の就業機会を増大させるために早期退職を促すために導入された制度で、徐々に財政が厳しくなったのと、少子高齢化で制度の趣旨が合わなくなってきたのとで、徐々に条件も厳しくなり、2011年には、1976年生まれ以降は基本制度を使えないという、実質廃止になってしまった制度である。

とはいえ、私が配偶者ビザを取った2006年以降に失業保険基金の会員になったときには、すでにefterlønは使えないと言われ掛け金を払わなかったような気がする。

しかし、2007年には14万人も受給していた人気のある制度なのに、よく思い切って廃止したなとは思う。

 

11月に早期退職する女性とちょっと話したら、「もう働きたくない」とのこと。

工場勤務で、肉体的にすり減ってもいたのだろう。

でも、ホワイトカラーで部長職まで上がり肉体労働ではなかった父でさえも、17年前にやはりもう働きたくないと言って60歳で定年退職したのをみても、52歳の私があと20年働きたいというのとは感覚がだいぶ違っていたのだなと思う。

80歳で亡くなった恩師は、70歳まで非常勤講師を務めていて生涯現役と亡くなるまで研究を続けていたから、年代だけでなく個人によるところも大きいけど、それでも全体で見てみて、働き方が時代でだいぶ変わってきたと思う。

私も、高校生でアルバイトしていた時は、仕事は苦行に近かった。同時に稼ぐことが簡単ではないことを体感で学んだとも思う。

 

娘は13歳の時に広告を配達する仕事を始めたけど、結構大変で私もかなり手伝ったけど(その代わり、その期間はお小遣いは全くあげてなかった)、娘にとってはかなりいい経験になったはずでやってもらってよかった。

25歳に至る今までほとんど切れ目なく働いてきているけど、娘はかなり真面目に働くのでどこでも重宝されているようである。

 

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このニュースを見て絶句。
昔から詐欺はあったけど、この人手不足と言われる時勢で、工場やコンビニは全然日本人が応募してくれないから、やむをえず外国人を雇うという時代に、若者がお金に困っているといって海外に行ってまで詐欺に加担することに驚く。
 
でも今は、SNSでもお金を稼ぐことが可能になったり、投資が簡単にできるようになって、以前よりも「簡単に稼ぐ」ことの敷居が下がり、同時に苦しい思いをしてまで稼ぐことがかなり敬遠されるようになった気がする。
社会でどれだけ必要とされているか、よりも、どれだけ楽にお金を得られるかが重視されるようになったというか。
 
それはそれで、深刻な事態を生むことになっているようでもあるが。。。。

フィジカルワーカー不足

 

また庭仕事三昧の日々である。

表側の庭の芝生は、裏の庭よりはマシな見た目だが、よくよく見ると、3分の1くらいの面積でシロツメクサに駆逐されつつあり、思い切って芝生を再生することにした。

シロツメクサはタンポポほど醜くはないし、土壌改良の働きもするので、芝生の代替え植物として活用することもありうるそうだが、芝生ほどは美しくはないし、伸びてくると見苦しいので駆除したい。

芝生が種から育つのは8月一杯がリミットらしいので、今急いで掘り返している。

 

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昨日、先週のスウェーデン出張で得た情報をまとめたものを社長と次期社長に送り、朝食のあとにプレゼンをしてコメントをもらいながら今後のことも話したら、彼らが期待していたよりも成果があったとしてしばらくスウェーデンに行かなくてもいいと言ってくれた。

正直、隔週で行くのはかなり重荷だったので、よかった。。。庭仕事もしたいし。。

スウェーデンの会社のクラウドにアクセスできなかったので情報を集めるのは結構大変だったけどがんばった甲斐があった。

あと、わたしはまったく貢献していないけど、思っていたよりもプロセスがうまくいったのも大きい。

 

しかし、さすがトップマネージャーの目の付け所はちょっと違うことも認識したり。

生産効率を量的に聞いてきてすぐに答えられなかった。

ただ、そこでの生産は、若いスウェーデン人の肉体労働に依存しているというと、神妙に反応され、より自動化を進め、人の労力を減らそうとしているうちの会社で、工場の設計が肝になることは間違いないと思った。

同時に、スウェーデンで若い子たちが精力的に働いているのをみて感動したとも言った。

 

ちなみに、わたしは今週はまた朝6時に出勤してラボの仕事をみっちりやっているのだが、昨日、ラボアシスタントのポジションに興味があると、30代半ばのデンマーク人女性が次期社長と話に来たそうだ。

化学エンジニアリングの教育を受けていて、おしゃれな美しい女性だが、今までお役所系のペーパーワークの経験しかないらしい。月に50000kr(110万円)の要望がきて断ったという。

手を動かせなくても、それだけの報酬をもらえるだけの価値を供出できる自信があるのがすごい。

 

今日の朝食では、今建設中の工場で、ちょっとしたことでも業者をよぶと人件費コストだけで20万円とかすぐに請求がくるという話になり、それも、働くひとが足りてなくて、業者の言い値で払わざるをえなくなっているのかと。

社長いわく、20年前のタイでさえ工場で働くひとは減り、街に出てサービス業に携わる若者が増えていたという。

東京オリンピックは、人手不足で当初の見積もりよりも出費が2倍にも3倍にも膨れ上がった話をした。

だからこそ、一軒家を買うときに、修繕しなくてもいい家を探したのである。お金の問題よりも、業者をつかまえることの難易度に怯んだため。アパートで屋根が問題になったときに、業者になかなか相手にされず、ものすごく大変な思いをしたのである。

 

それだけに、やっぱり今後は、難易度に関係なく、フィジカルワーカーの単価がすべて値上がりするような気がする。

大工や工場のオペレーターだけでなく、運転手や介護士なども。

全世界での高学歴化でホワイトカラー希望者が増えすぎているのと、肉体的負担が大きすぎて長期で続きにくいフィジカルワーカーの人手不足はグローバルな問題なので。

 

そういえば、週末に泊まりに来た友達は、日本で農作業の日雇い労働アプリを入れて、単発で働くことも考えているらしい。

秋になると重機の経験が求められるなど敷居が高くなるが、それまでは特にスキルがなくても誰でも応募できるという。

農業は重労働な割に見返りが小さく、家族が仕方なしに引き継ぐことでなんとか成り立ってきたけど、今は継ぐ人もいなくなってきて、労働力を確保するのが難しく、アプリで敷居を下げて労働力を集める工夫が必要なのだな、と。

 

 

わたしはせめて長く手を動かせるようにするべく、その経験を継続するのと、体力の維持をがんばろう。。。

友達の来訪

 

ここんとこ毎年8月に遊びにきてくれる日本在住の友達が、昨日泊まりに来てくれて、今朝空港まで送り、今回は色々行き違いがあって短い時間になってしまったけど、また濃い会話ができた。

 

元々彼女が住んでいた地域に私たちが家を買ったので新居に来るのを楽しみにしていたらしい。

あまりにもこの町が好きすぎて狙い撃ちでアパートを買ったほどなので、私たちの決断が嬉しかったという。

彼女が行きつけだった地元のスーパーに一緒に買い物に行くのも変な感じだった。

でも私もこの町が大好きなので、お互いにいいところだよねーーと言い合った。

同じコムーネなのに、前住んでいたアパートのあたりと雰囲気がまるで違う。

私のアパートはリノベされてなんと2500万円も上乗せされて売り出されたが、不動産を持っていない場合、7000万円はローンしなければならず、月々40万円のローンを払えるようなレベルの高い人たちが買う物件になるんだろうかと疑問。。。

住んでいた時はあまり思ってなかったけど、引っ越して本当に良かったと思っている。

 

彼女は、毎年デンマークに来るのは、デンマークで人と話す事が彼女にとって必要としているかららしい。

海外在住歴も長かった彼女は、日本で人と話すと物の見方など物足りなさを感じるという。

デンマークに移住して、自分の浅い考え方を何度も省みさせられたのでよくわかる。

 

例えば、第二次世界大戦下でのヨーロッパに関しては、ナチスやヒトラーだけが悪であったという単純な見方をしていたが、デンマークの歴史を学んだり、ベルリンで歴史博物館や壁センター、ユダヤ博物館などを訪れ、ナチスが台頭した背景を知り、悪だけを言及するほど簡単ではないと思ったし、だからこそ、2度と同じことを繰り返さないように、戦後にまずフランスとドイツが発起人となってヨーロッパの経済的共同体を形成していく歴史をブリュッセルで学び、異なる国々がまとまることの困難さがあっても、手を取り合っていくことの意義を初めて認識したのである。

あまりにも日本での戦前と戦時中と戦後の歴史の扱いが違いすぎて、そうなった理由について深く洞察することをしてこなかった自分に対し省みることになったのだった。

なので今、石破首相が終戦記念日の挨拶で、13年ぶりに「反省」という言葉を使ったことに対し、批判も上がっていると聞き、逆に驚きもした。今後同じ過ちを繰り返さないように過去を省みることが重要だと思ったのに、日本では批判されるのか、、と。

 

また、不動産を買うことによって経済の仕組みを改めて理解したりとか。。

ローンを組むときに、利率だけでなく、借りるお金そのものの価値も変動することを初めて知ったり。例えば、2000万円借りるとしたら、実際に2200万円の元金が設定されたり。

別の友達は、途中で借り換えをして利率は上がったが、その代わり元金を1000万円も減らす事ができたらしい。

 

なので、支援金の給付や、高齢化による医療費の増大で国債が増えても、金利はそのまま据え置きだとしたら、国債の価値も下がり、円の価値が下がるのは避けられないだろうね、と。

友達はまだデンマークにお金を残しているらしいが、今のところ円の価値が上がる材料はないので、そのまま残しておいた方がいいとアドバイスした。

しかし、日本では、現状を変えないために苦し紛れの策がとられるという。都合よく物事が回るわけないのだが。

 

とはいえ、私も22年前まで日本に住んでいた時は、日常の忙しさに忙殺されていたので、生活以外のもっと大きく物事に関心を寄せる余裕はほとんどなかったので、わからなくはない。

しかし、その余裕のなさが、少しずつ社会に歪みを与えているようにも思えてくる。

大宗匠の訃報

 

隔週でスウェーデンに行くことになりそうなので、仕事と家のこと以外であまり余力はないのだけど、来週またお稽古が復活するので、ずっと興味があってやることになっている色紙点前の予習を始めている。

本当はスウェーデンで予習しようと本も持っていったのに、ホテルで全然気力がなくて本を開くことはなかった。

しかし見てみて、月点前以上に複雑な感じ。。。

 

そして昨日聞いた、大宗匠の訃報、、、、

 
 
100歳を超えてもお元気で、近年は自身の特攻隊入隊の経験をもとに、反戦活動をされていたと伺っていた。
終戦記念日の前日に亡くなられるとは、、、ちょうど80年後に亡くなられるとはなんという運命なのだろう。
80年前に戦死する寸前だったのが、戦後、世界平和のために茶道を通じて世界中を回り精力的に活動された。
ヨーロッパでも茶人を育成することに熱心で、フィンランドにも何度かいらしたという。
 
一昨年の1月には、日本からデンマークに帰る直前で、義理ママさんがつけていたテレビで、偶然大宗匠が出ているのを見て、ずっと探していた掛け軸の意味を知ったのだった。

 

 
去年はまさに身動き取れないような不安に囚われていて、乗り越えなければならない何かをずっと感じていて、大宗匠の言葉にガツンとやられたと思う。
それで今年はまさに「関」の年で、自由になった身を感じている。

 

今も、大宗匠の本には心うたれる。

 

 
ご自身が同志社大学を出られていて、奥様があの渡辺和子シスター(「置かれたところで咲きなさい」の著者)とご交流があったこともあってキリスト教にも精通しておられ、なんと躙口についてマタイの7章からの聖句を示唆している。
 
「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」
(マタイ 7:13-14)
 
ご冥福をお祈りします。

出張から帰ってきて

 
昨日、午前中に社長に私がまとめた生産ラインの表を送って電話で話し、ランチ後にミーティングをして14時過ぎに出て、400km運転して20時過ぎに自宅に帰ってきた。
行きが辛かったので、帰りの運転も気が重かったが、連日早く就寝し睡眠がよく取れていたおかげもあり、あまり辛くはなかった。やっぱり早朝の運転がことさら体に堪えるような気がする。
10日後にまたやらなければならない、、、ふぅ、、、(だからと言って日曜日を移動日として潰したくもない。)
 
自宅に戻り、彼と団欒し、庭をみて、私が作ったブラックベリーソースをかけたヨーグルトを食べ、やっぱり家はいいなぁと思う。
 
でも、スウェーデンの会社の生産現場から得たものを転職先でスタートする生産ラインに移行するミッションをもらって、前職で一貫していたプレーヤーとしての立場から管理する側の立場になって、見る視点も変化し学ぶことは多く、濃い4日間だった。
例えば、従業員同士の関係のあり方についても考えさせられたり、どうしたら無理せずにスムーズに事が進むようになるとか考えたり。
 
マネージメントなんて絶対やりたくないと思ってたけど、、、
52歳、そうも言ってられない。
プレーヤーとしてキレっキレっのスキルがあればいいけど、若い人よりも単価が高くてフルタイムでやれるだけのタスクも限界があるので。。。
 
父が40代前半で山形にある子会社に出向になり、単身赴任で5年働き、本社に戻って管理職になっていたけど、今思うと、子会社でマネージメントの経験を積むことが定年まで働くための必要なキャリアパスだったのかなと。
私は何も考えずにプレーヤーとしてアラフィフまでいってしまい、挙句に自分がエキスパートとして携われるプロジェクトも無くなってて。
もちろん、プレーヤーとしての28年間の経験は、今回のスウェーデン滞在でも役に立つことは多かったのであながち無駄とも言えないけど。
 
 
ちなみに、今日、娘が彼の会社でソフトウェア部門のマネージャーとミーティングがあるらしい。
無償プロジェクトの打ち合わせだけど、娘がエキサイティングなキャリアスタートのきっかけになるといいなと思う。
私も、大学3年生の時に恩師との出会いがあり、それが現在のキャリアにも繋がっているので。

スウェーデン出張

今仕事でスウェーデンにいる。

昨日は朝5時起きで5時間かけて400km運転してスウェーデンの会社に到着、午後仕事し、ホテルにチェックインして近くのカフェテリアでビールとスナックを食べたら撃沈、ホテルに帰ってそのままベッドに入って爆睡した。

やっぱりコンパクトカーのしーたんで5時間運転ってタフすぎる。400kmって、ドイツ•ハンブルクへの距離と同じで、私にとっては遠い。

 

 

今日は、たっぷり睡眠をとって余裕があったので勤務後近くを散歩した。

花崗岩の風景に圧倒させられた。

 

転職早々、スウェーデンの会社にもお世話になることになり、いろいろ新鮮だが、10時にチャイムが鳴ってフィッカの文化がある以外にデンマークとの違いを感じたのは、デンマークほど専門性を問われない、ということかな、、と。

デンマーク在住経験があり、スウェーデンにも住んだ友達が、スウェーデンの方がなんだかんだ働けるチャンスがあると言ってたけど、デンマークほど厳しい棲み分けがなくてフレキシブルな感じ。

私の友達のお子さんは、専門外の分野で正社員として働いているらしいし。

デンマークは、教育のない工場勤務は手順がきっちり決まったルーチンワークしかないけど、スウェーデンはそこまで狭まれてないような。

デンマークは本当シビアで、だからこそ前職でもプロジェクトがあっても経験がないとタスクは回ってこなくて、自分が携われるポテンシャルのあるプロジェクトのパイプラインが細くなって転職せざるを得なくなったし。

人件費の違いが大きいせいもあるけど。

 

ここまで労働文化が違ってて、同じような生産プロセスでも、どうデンマークの会社にトランジションできるのか考えあぐねてる。。。

 

なんと、ワンちゃんが二匹いて、癒されまくってる。