友達の来訪
ここんとこ毎年8月に遊びにきてくれる日本在住の友達が、昨日泊まりに来てくれて、今朝空港まで送り、今回は色々行き違いがあって短い時間になってしまったけど、また濃い会話ができた。
元々彼女が住んでいた地域に私たちが家を買ったので新居に来るのを楽しみにしていたらしい。
あまりにもこの町が好きすぎて狙い撃ちでアパートを買ったほどなので、私たちの決断が嬉しかったという。
彼女が行きつけだった地元のスーパーに一緒に買い物に行くのも変な感じだった。
でも私もこの町が大好きなので、お互いにいいところだよねーーと言い合った。
同じコムーネなのに、前住んでいたアパートのあたりと雰囲気がまるで違う。
私のアパートはリノベされてなんと2500万円も上乗せされて売り出されたが、不動産を持っていない場合、7000万円はローンしなければならず、月々40万円のローンを払えるようなレベルの高い人たちが買う物件になるんだろうかと疑問。。。
住んでいた時はあまり思ってなかったけど、引っ越して本当に良かったと思っている。
彼女は、毎年デンマークに来るのは、デンマークで人と話す事が彼女にとって必要としているかららしい。
海外在住歴も長かった彼女は、日本で人と話すと物の見方など物足りなさを感じるという。
デンマークに移住して、自分の浅い考え方を何度も省みさせられたのでよくわかる。
例えば、第二次世界大戦下でのヨーロッパに関しては、ナチスやヒトラーだけが悪であったという単純な見方をしていたが、デンマークの歴史を学んだり、ベルリンで歴史博物館や壁センター、ユダヤ博物館などを訪れ、ナチスが台頭した背景を知り、悪だけを言及するほど簡単ではないと思ったし、だからこそ、2度と同じことを繰り返さないように、戦後にまずフランスとドイツが発起人となってヨーロッパの経済的共同体を形成していく歴史をブリュッセルで学び、異なる国々がまとまることの困難さがあっても、手を取り合っていくことの意義を初めて認識したのである。
あまりにも日本での戦前と戦時中と戦後の歴史の扱いが違いすぎて、そうなった理由について深く洞察することをしてこなかった自分に対し省みることになったのだった。
なので今、石破首相が終戦記念日の挨拶で、13年ぶりに「反省」という言葉を使ったことに対し、批判も上がっていると聞き、逆に驚きもした。今後同じ過ちを繰り返さないように過去を省みることが重要だと思ったのに、日本では批判されるのか、、と。
また、不動産を買うことによって経済の仕組みを改めて理解したりとか。。
ローンを組むときに、利率だけでなく、借りるお金そのものの価値も変動することを初めて知ったり。例えば、2000万円借りるとしたら、実際に2200万円の元金が設定されたり。
別の友達は、途中で借り換えをして利率は上がったが、その代わり元金を1000万円も減らす事ができたらしい。
なので、支援金の給付や、高齢化による医療費の増大で国債が増えても、金利はそのまま据え置きだとしたら、国債の価値も下がり、円の価値が下がるのは避けられないだろうね、と。
友達はまだデンマークにお金を残しているらしいが、今のところ円の価値が上がる材料はないので、そのまま残しておいた方がいいとアドバイスした。
しかし、日本では、現状を変えないために苦し紛れの策がとられるという。都合よく物事が回るわけないのだが。
とはいえ、私も22年前まで日本に住んでいた時は、日常の忙しさに忙殺されていたので、生活以外のもっと大きく物事に関心を寄せる余裕はほとんどなかったので、わからなくはない。
しかし、その余裕のなさが、少しずつ社会に歪みを与えているようにも思えてくる。
