
10日目 Champex lac - Trient, 17km, 900m+, 1100m-
知っていたが、今日は一日中雨だった。
割と距離がある日なので5:30に起床、7:30には準備できたので出発した。
最初は悪くなかった。
小雨だったし、前日暑さにやられたので、むしろ涼しくてハイクしやすかった。
しかし、徐々に雨がレインジャケットからしみてきて、それにいつもだったら二時間くらい歩いて休憩できるところがあるのに、今日通り過ぎたところは10時開店では入れず、いつものコーラ注入ができず徐々にエネルギー切れに。
それでチョコレートでエネルギー補給するが、雨と汗でTシャツが濡れているため、外で止まってるとどんどん凍えてくるという。。
彼には、そのためにも化繊のTシャツにするべきだと言われ、綿ラブの私も同意せざるを得なかった。
しかも容赦なく急登の登りが続き、フリースを脱ぐがレインジャケットからしみてきた雨で腕が冷たい。。
(なかなか写真を撮るタイミングがなかったため、この写真はたいしたことのない斜度だけど、もっと斜度のあるトレイルが続いた。)
谷を越えるのに、脇に雪渓がある大きな沢を渡るときにアドレナリンが全開になって少し元気になったのだが。
1週間前まで雪渓の上を通って谷を渡れたらしいが雪が溶けて沢を渡らなければならなくなりFBのグループでも話題になってたらしい。
去年ノルウェーで沢を渡る経験を積んで良かったと思った。
ほぼ最高地点のAlp Bovineの休憩所に着き、コーラとケーキを頼んだが、標高1945mだったので寒かった。
しかもトイレが長蛇の列で、待っているときに初めてダウンを着た。
そこからちょっと登ってからずっと下りだったが、トレイルは完全ぬかるみだった。
UTMBの観戦ポイントのForclaz峠に到着。
知人の応援で夜に来たところでもある。
そしてTrientへ。
ピンクの教会が見える!
日本人有名ランナーをピンクの教会前で見たな、、、
累計119km、6700m登り、6400m下り
Le Peutyのキャンプ場に着いたら奇跡的に雨がやみ、スムーズにテント張りできた。
市営キャンプ場で期待してなかったのにいい感じのところ!
しかし、レインパンツとブーツが泥だらけだったので、山小屋のバーでビールを買って飲んだ後、土間でポータブル桶とスポンジで泥落としした。
滅多にない長時間雨天ハイクもなんとか終わってホッ。
明日で実質の「縦走」ハイクは終わるので頑張りたい。
9日目 La Fouly - Champex Lac, 16km, 600m+, 700m-
一晩中雨が降っていたが、、、
朝は晴れ間も見えるほど。
6時に起きてパッキングしてから、使い捨て布巾で、雨と結露で濡れているテントをひたすら拭いては絞って、、を繰り返した。
他の人たちははたくだけだけど、うちのは大きいテントだしはたくだけだと水分が抜けず重いし嵩張ってバックパックに入らない。
今のところ雨に降られることはあっても、撤収の時に降られることがないのが幸いしている。
8時半に出発し、わりとゆるやかなトレイルを歩き、、
Praz de Fort手前のLa Kabanaというところで食事パンケーキを食べ、、
Les Arlaches
Issert
宿場町?というような日本の郷愁をそそるような集落を通り過ぎ、、、
最後の登りがかなりキツかった。
高尾山みたいな登山だけど、湿度が高く暑い。一度雨が降ってきたのでレインジャケットを着たが、サウナみたいで死ぬほど辛かった。
幸いすぐ止んだのでレインジャケットをすぐ脱ぎ、しばらく涼んで再開した。
14時頃、Champex Lacに到着。
累計102km、5800m登り、5300m下り。やっと100km超えた!
4度目にしてやっと自分の足で来て感慨が、、、
2018年に彼のCCC(100km)レースのアシストで初めて来て、かなりの山道で車で来るのも怖かったが、
二度目は彼がTDS(145km)レースを終えたあとにUTMB(100マイル)を観戦しようと二人でドライブで来て(でも彼が免許持ってなかったので私の運転)、
三度目は彼のUTMBレースのアシストでフィアットのチンケチェントでやっとの思いで来て、
今回自分の足できて、いかにChampexが急登の台地の上にあるのかを実感できた。
かろうじて残っていたAirBnbのアパートを予約したので期待してなかったが、、、
絶景ビューも望めるアパートでびっくり。
キャンプ場で3泊したあとだったのでありがたかった。。。特に二泊したところは、ロケーションは良かったけど、シャワーはぬるま湯しか出ず、天気も悪かったので、髪を洗ったり洗濯をしようと思ってたけどできなかった。3日髪も洗えず着のみ着のままだけど仕方ない。。替えがほとんどないけど乾かすこともできないのだから。
(とはいえ、キャンプ場で洗濯ものを雨の中干している人は沢山いたが)
アパートに着くなりすぐに洗濯し、乾燥機も使わさせてもらった。もちろん髪の毛も含め熱いお湯で全身シャワーを浴びた。さっぱり。
せっかくキッチンがついているし、スーパーも近くにあったので自炊することに。
美味しかった。。
現地調達できる分だけでも自炊はやっぱりいい。オリーブオイルは高価なのに泣く泣く置いていくほかないが。でもオリーブオイルをかけただけの生野菜サラダ美味しかった。
明日はまた天気が崩れる上、水場しかない市営キャンプ場に泊まることになるし、明日明後日と2日連続ハードな山行になるが、その後はホテル連泊になるし終盤頑張ろう。。
8日目 La Fouly
今日は休息日。
朝から雨が降ったり止んだり。
とりあえず充電することにし、人の少ないシャワー室でスマホを充電しながらブログの記事を投稿し、テントで朝食を食べ、またシャワー室でガーミンを充電し、もう人がはけているだろうと共有スペースの建物に行って、パワーバンクの充電をしに行った。
それでもこんな状態。
充電している間、パスタを茹でてジェノベーゼを作って食べ、シャワーを浴び、コーヒーを作ろうとお湯を沸かそうとしたら燃料ギレ。お湯を沸かしているときでよかった。。。しかも燃料を買えるところでよかった。
パワーバンクを回収したあと、町に買い物に。
燃料と食料を買い、オーベルジュに食べに。
ラザニア、、、美味しかった。
デザートまで食べたら満腹になってしまい、夕飯にまたラーメンを作るつもりだったけど、ハムとチーズだけで済ますことに。
夕寝をしたあと、最後のプランが決まってなかったのでビールを飲みながら話し合い、追加でホテルも予約した。
今も激しく雨が降っているが、明日の朝は止んでいる予定だし、終盤に備えて行こうと思う。
7日目 Plampincieux-La Fouly, 16km, 900m+, 900m-
この日は距離のある日。
少しでも短縮しようと、始発のバスに乗るべく5時半に起きて準備を始めた。
20分前にはバス停に行き、案の定大勢のハイカー客がバスに殺到、早くから待ったことが無意味なほど結局後ろのほうで乗り込めたが、無事に座ることもできた。
Chalet Val Ferret近くの終点のバス停からハイク開始。
4年前に峠まで同じところをハイクしたことがあったので問題もなく。
イタリア最後の山小屋でコーラとケーキを食べ峠へ。
標高がすでに1900mを超えていたのでキツかったが、インド系デンマーク人の姉弟二人組と知り合い、なんと私たちが住んでいたアパートの近くに住んでいるということで、思いもかけず地元ネタで盛り上がり互いに励まし合いながら登っていった。
しかし、彼が沢を避けようと進んだトレイルでバランス崩して滑落!!
自覚してなかったが、普段は聞けないような絶叫を発したらしく、すぐに近くのハイカーたちが集まってくれ、幸い彼は3-5mほどの滑落ですんだので、自力で沢を登って復帰でき、しかもバックパックがクッションになったおかげで怪我もしないですんだ。
しかし、彼曰く、足元の下は地面が見えなかったので、あれ以上滑落していたらヤバかったと。
崖で滑落したので、目の前で落ちた彼を見て絶対ダメだと思ったほど。
ものすごく運がよかったが、しばらくは動悸がおさまらなかった。
やっぱり、だからTMBで重い荷物は避けられるんだなと思った。危なすぎる。辛いとかそういうレベルではなく生死に関わる。
イタリア-スイス国境、大Ferret峠
あとはのどかな下り道を延々と。
何気に距離はあった、、
累積86km、5100m登り、4600m下り
キャンプ場はフルサービスだが町の近くなので店やレストランはなく、町に行って買い出しに。
彼が生きててよかった。。このビールはいつもに増して沁みた。
ちなみに、途中出会った二人組は、デンマークの旅行会社で宿をすべて手配してもらうサービスを買ったという。
一泊山小屋であとはすべてホテル泊で、場合によっては送迎もあったという。
彼が宿の手配でやたら手こずったのは、山小屋だけでなく大きな街以外の町で宿がほとんどブックされていたからだろう。
自力でアレンジする場合、ほとんどがキャンプ場泊になるので、どこもキャンプ場は満杯、ここでは予約したけど、私たちのテントは大きいのでオプションはあまりなかった。
滑落騒ぎで大きな重いテントもいかがなものかと考えたけど、自炊するとなるとやはりこれくらいがいい。雨も降ってたので、食事できる共有スペースのある建物はやはり満員御礼だった。
スーパーで見つけたラーメンを土間で作って夕飯。美味しかった。。
6日目 Courmayeur-Planpincieux, 12km, 900m+, 500m-
またTMBを再開。
しかし今日の登りセクションは4度登ったことがあるので気がラクだった。
最初の山小屋Bertoneまで軽装で2時間かかってたので3時間かかると思ってたら2時間ちょっとで到着。
いつもシーズン外に来てたので閉まってたので初めて入った。
そこからの谷に平行したトラバースは初めてだったので楽しみにしていたが、氷河があって壮大な景色でとてもいいルートだった。
途中で下山してGrandes Jorassesキャンプ場へ。
なんだかんだまぁまぁ歩いた山行だった。
累計で70km、4200m登り、3700m下り。
早く着いたのに場所はあまりなく、しかも地面が硬い。
空いてたので早々にシャワーを浴び、、
売店にいいものが売ってたので初めて自炊することに。
ペンネのジェノベーゼと生ハム。さすがイタリア、瓶のペストでもまじ美味だった。(デンマークのはイマイチ)しかも、この3点でたったの8ユーロ。
今まで、行水用にお湯を作った以外でコンロを一度も使ったことがなく、鍋もやっと持ってきた甲斐があったという。。
明日明後日もキャンプ場なので自炊にするかな、、
5日目 Courmayeur
今日は本当に休養日。
彼が安いという理由だけで選んだホテルだが、ファシリティもまぁまぁ悪くないし、インテリアが可愛い。いちいち置いてあるアンティークも味があるものばかりで目を楽しまさせてくれた。特にこのスズランのランプに一目惚れ。
ロケーションも中心地にあり申し分なし。
参議院選挙
石破さんには続けて欲しいと思っている元日本国籍者である。
あのトランプと正面から対峙し取引できるのは石破さん以外でいるのだろうか。(というか、タリフのディール成立を評価されないのは何故?)
現実を顧みず、ポピュリズムでその場限りの耳障りのいい言葉で誤魔化すようなペラペラな政治家にはできない。
今の日本には重厚型政治家じゃないと外交は務まらないと思う。私もタカ派が好きなわけではないけど石破さんは信用していいと思っている。
まぁ、この状況でもって首相をやりますと言える政治家がいたら、お手並み拝見といったところ。
一方で、参政党の躍進も、憂いながらもわからなくはない。
この度の旅行でも、高額のパックツアーに参加する中国人団体を見て、どんどん裕福になっていることを改めて認識し、ましてや隣国にいる日本で中国の脅威は大きいだろうし、「失われた30年」から強い日本を取り戻してくれるかもしれない希望を見せた参政党に票が入ったのもわかる気がする。
そもそも、政治家がすべて解決してくれる幻想をもつことに日本の弱さがあると思う。
私は、「失われた30年」ではなく、90年代の冷戦の終焉と東西の融合が転換点であって、二度と90年代の前の日本に戻ることはできないと思っている。
あのアメリカだって、中国にタリフの圧力をかけたらレアメタルの取引はしないと言われて早々に諦めたくらい。もはや中国抜きでは成り立たないことを示すエピソードでもある。
誰かが解決するのを期待するのではなく、皆がその転換を受け入れなければならない。
それが難しいからこそ、ポピュリズムに流れるのだが。
自分が何もしなくても、日本人というだけで自分が優位にたててる感覚をもてて、投資でも運用でもどこからか金が湧いてきて、ついでになんか知らないけど節税?で負担は減り、なおかつサービスもよくなるのかもと思えるのなら、それが一番容易ではある。
デンマーク首相のメッテさんが、
これから厳しくなります、防衛費をGDPの3%まで増やします、だから老若男女皆働いてね(祝日も1日減らしたよテヘ)、70歳まで働いてね、そうそう女子も徴兵制導入ね、
と言うのと正反対だが。
デンマークにいるとむしろ厳しい情勢ばかり聞かされて悲観的になるくらい。
石破さんに続投して欲しい。。
4日目 Val Veny - Courmayeur 6km, 450m+, 200m-
目的地まで目と鼻の先の日だったので、ゆっくりできる朝だった。
フルファシリティのキャンプ場といっても、大勢の宿泊客がいるので、設備もなかなかアクセスできない。
多くのハイカー客が出ていったあとに、シャワーを浴び、カフェでパワーバンクを充電しながら朝ごはんを食べた。カフェにあった蛸足充電端末の多くがUSBライトで、数少ないUSB-Cはいつも争奪戦だった。トイレのコンセントは常にスマホが充電されてた。
ちなみに、持参したポータブル太陽光発電パネルはノルウェーに比べると威力を発揮せず。ノルウェーよりも日差しは柔らかく、日焼けのリスクもそれほどではないので、夏は北欧に比べると太陽光エネルギーが弱いのか。ノルウェーは夕方でも充電できアテにしてただけにちょっとガッカリ。。
天気がよかったので、私たちお気に入りの山小屋まで軽くハイクしてランチを食べてクルマイユールまでロープウェイも使って下山することに。
しかし「軽く」のはずが、スキー場の脇の森林の中をほぼ直登で登るトレイルだったので思ったよりもキツかった。
しかも思っていたよりもキャンプ場の標高が低かったことを登り始めて初めて判明。昨日、バス停でガーミンを切ってたので、そこまで下がっていたとは知らなかった。1700mくらいと思ってたら実は1560mくらいだったらしい。やっぱり前日はトータルで1000mも下りてたのか。
でもTMBにはない、木の根っこがたくさんあるいかにも山道というようなトレイルで、それはそれで登山みたいで楽しかったかも。
ちなみに私のトレッキングブーツはTMBには堅すぎるのでは?と指摘されたほど。ほぼ平らなので防水性能のあるトレランシューズで充分だと。女性ハイカーに、同じブーツでモンブランに登頂したが靴擦れに閉口したと言われた。
200-300m登るはずが、ちょっとしたハイクに。
(これは下りも含めちゃってるけど)
Maison Vieille(古い家)山小屋に到着。
この山小屋は、2018年に彼がウルトラレースに参加するのに伴い初めてクルマイユールに来たときに、レースのあとロープウェイとリフトで来て好きになり、以降来れれば訪れるお気に入りの場所になったのである。
ずっと食べたかったボロネーゼスパゲッティを食べたが絶品だった。満腹だったが、彼がデザートも食べたいというのでパンナコッタも頼んだがこれまたコクがあって美味しかった。
フランスも悪くないけど、イタリアの食のレベルはさらに上のような気がする。
あと、モンブランは見えないけど、シャモニー側よりもクルマイユール側からの景色の方が好きである。
下山してホテルにチェックインし、シャワーを浴び、3つのパワーバンクの充電をし、洗濯をした。
道中洗濯しても乾かせず、荷物キャパの関係で替えもほとんどなく、靴下以外着のみ着のままで、連泊するこのホテルでやっと洗濯し着替えることができた。洗った靴下でさえ生乾きで履いてた有様だったので。私は化繊が好きではなく、乾きにくい綿ばかりというのも不運で。
一通りやりたいことやって、馴染みのレストランでメニューを頼み、プリンとエスプレッソで締め、食後ぶらぶらしてホテルに戻った。
長いハイキング旅行の間にこういう休息も必要である。
3日目 Chapieux- Val Veny, 20km, 800m+, 1000m-
Chapieuxでの夜は、雷の閃光と強い雨音でほとんど寝れなかった。
20kmの山行が控えているのに、こんな土砂降りだったら本当に出来るのか、、
事前にほとんど予定を把握してなかった私が悪かったのだが、延々と繰り返される不安と愚痴で彼は心底うんざりしたようだ。
2時半まで話したが、結局エスケープは簡単ではないので予定通り進もうと。しかし次の宿泊地であるキャンプ場も予約してないけど場所取りのための無理はもうしない、もしキャンプ場で泊まれなかったら公共輸送を使ってクルマイユールまで移動してホテル泊する、という結論に達した。
この時に、大惨事となったトムラウシの遭難事故を思い出した。
これもまた「縦走」山行で、しかも途中でエスケープできないコースだったため、引き返すことも下山もできず予定強行して雨風に打たれて低体温症で大勢が命を落とした。
よりによってChapieuxはもっともトリッキーな場所で、エスケープも難しければ、電波も入らなくて調べることもできないという。。
せめて、低体温症にならないように万全の対策をしようと心に決めた。
朝、天気は良くないが雨はかろうじてあがった。
5時半頃から準備を始め、雨風用に装備し、パッキングし、濡れたテントを拭いて、バックパックを出してテントをたたむというところでまた雨が降り出し、急いでしまい、バス停横のトイレの建物の軒下で雨宿りしながらバスを待ったが、おかげで歯磨きもできず足の潤滑クリームも塗る暇はなかった。
バスのチケットを買ってたのでスムーズに乗れたが、結果的に当日券でも乗れて、満席ながらもバスで3kmほど移動した。標高も200mほど稼げて助かった。
バスに乗った時は土砂降りだったが、降りた時は小雨になっていて、寒かったけど悪くもなかった。
グラベル道から山道に入ろうというときに雨も止んだので潤滑クリームを足に塗り登山開始。
しかしダラダラした登りでまったくキツくなかった。
途中からは快晴に。
風があったので、服の組み合わせをどうするか微妙だったけど、雨風の覚悟だっただけに嬉しい天候変化だった。なんせ電波が入らず天気予報も見れなかったので。
11時前に標高2516mのSeine峠に到着。
しかし、そこからの下山がやはり大変だった。
クリームのおかげで摩擦による痛みはないが、私の体重とバックパックの重みに下りにかかる加速度がプラスされた重力の跳ね返しによるインパクトの痛みである。
どうしても痛くなったら足の裏を揉んでマッサージすれば痛みはなくなってまた歩ける、、という繰り返しだった。
他のハイカーが皆軽量バックパックなのも理解した。
荷物の輸送を業者に頼むパックツアーのハイク客も多かった。中国人やアメリカ人の団体客は大体20Lバックパックだった。
10日間、毎日1000mのアップダウンがある縦走ハイクなので、荷物の重みはよりクリティカルになるはずである。
それをわかってて意図的に85Lのバックパックを担ぐ彼も、足の痛みだけは閉口しているという。
景色は素晴らしかったが。
最後はバスに乗ってキャンプ場に行こうとガーミンを止めたが、あまりの客の人数に乗ることができず、さらに2,6km歩くことに。。。
マッサージしてから歩き始めたが、お互い無言になる彼と私。。。
16:30頃到着。無事キャンプ場で場所も取れた。
翌日からしばらく緩いスケジュールなので、3日間のハードな山行を終えて安堵する私たちだった。
早い時間に爆睡したのは言うまでもない。。
2日目 Contamines-Chapieux, 18km, 1350m+, 1000m-
2日目、宿から林道を歩き、、、
ノートルダム教会へ
主が基をすえられた都は聖なる山の上に立つ。(詩篇87章1節)
日曜礼拝の準備をしていたので中に入るのは遠慮したが、マリア様にTMBでもっともキツイとされるセクションのこの日の山行の無事を祈りたかった。なんといっても獲得標高1350mである。
斜度はゆるいと聞いていたが、ローマ時代に作られた道というわりに最初から急登だった。
それでも順調に700mほど登って最初の山小屋に。前日飲んだコーラが登坂のエネルギーとしてものすごく効果があったので、またコーラを買うことにしたが、現金支払いのみだという。
それでうっかり前日コンタミンの街でお金を下ろすことを忘れていたことに気がつき、一気に不安に。
とりあえず現金は100ユーロあるが、宿泊地のキャンプ場でカードが使えるか確信はない。。。
しかし、もしキャンプ場でカードが使えなかったら夕飯はドライフードの山食にし、行動食を買い足すということにし、翌日は行こうと思えば街まで出れるので、そこの山小屋でコーラ二つとブルーベリータルト一つを頼んだ。
タルトはボリュームたっぷりでシェアでも満足度高かったが、すでに標高1800mくらいあって、そこからの登りはかなりキツかった。
12:45に標高2329mのBonhomme(イエスキリスト?)峠に到着。
しかし風が強くて寒いし、キャンプ場を予約してるわけではなく場所取りのことも考えてほとんど居座らず先を急ぐ。
あと120m上がってもう一つの峠に登るのがものすごく大変だった。補給もそうだが、岩登りっぽいのもあり、半分キレながら登った。
(追記:どうもこのトレイルは、イエスが十字架を背負った坂道になぞられているらしい。途中にジーサスと書かれた石があり、彼は気が付かずにその上に座ってしまったという。。)
14時過ぎに標高2443mのCroix(イエスの十字架?)峠に到着。
山小屋でコーラを飲んで休憩。
しかしそこから目的地のChapieuxまで900m一気に下山するのが一番つらかった。
最後は足の裏が痛くて完全ブレーキ、彼に先に行ってもらったが、彼も痛くて大変だったという。
ツールドフランスのコースも見たかったけどそんな余力はなく。遠くから見ただけで満足。
しかし足をやられているのは私だけではなかった。
さすがTMBをやる人でうちのようなテントの人は他に誰もいなかった。
結果的にわたしでも16:30頃着いたが、テントの場所取りはまったく問題なく、ずっとスペースは有り余る状態だった。
もう一つの懸念点、翌日のバスのチケットも買っている人はほとんどいなかったという。
カード決済も問題なかったので、心置きなくビールとピザを食べた。
しかし、20時頃から降り出した雷雨はほぼ一晩中止むことはなく、雨音で寝れないし、翌日からの山行に不安になるわで、不穏な夜を過ごすことに。
今までピストンハイクしかしたことがなく、この旅で初めての経験することになった「縦走」ハイクの難しさを痛いほど認識する夜にもなったのだった。






































































