いまのしゅんかん -25ページ目

週末のTo-do-list

とりあえずやりたかったことすべてやった。

 

- 庭仕事

- テントの片付け

- 客用シーツと布団カバーの洗濯

- 地下室の掃除

- 出張のためのパッキング

- 11月の日本行きの航空券購入

 

来週末はお客さんが泊まりにくるので出張前にちょっと準備したかった。

庭仕事は、、、、

 

 

色々プロジェクトがあるのだが、その一つが「裏庭の芝生の再生」で、ずっとやりたくて、やっと着手した。

とりあえず実験的に小さい区画で始めてみたのだが、思っていたよりも重症で、雑草はただ取ればいいというものではなく、深く掘り起こし、土の中から完全に根を取り除かないと雑草は無くならないことが判明、こんな小さな範囲でもかなりの重労働となったのだった。

雑草のぶっとい根を何本も取り、芝生の種を植え、柔らかい市販の土をかぶせ水をまいた。

しかしどおりで、今まで散々雑草を抜いてきたのに一向に減らなかったのは、常に土の中に太い根が存在していたから。。

大変だけど、この作業を繰り返さないとならない。

 

夕方には、熟しているブラックベリーの実を彼が大量に収穫し、、、

 

 
甘く煮て、ヨーグルトにかけて食べたがマジうまだった。

 

 
あと、一番の懸念事項だった、日本への航空券のチケットをやっと購入した。
11月は高いと聞いていたが、本当に高かった。
いろんな航空会社を見てみたけど、かかる時間も妥協したくなかったので、無理して安いチケットを買う気にもならず、高い値段をそのまま受け入れた。というか、エミレーツとかも結構時間がかかるのに、全然安くない。。。
 
スキーを目的にしない日本行きは久しぶり。
オリエンテーリングレースの参加がメインの目的で、ずっとやってみたかったのでとても楽しみ。
あとは、恩師のお墓参り。。。やっと、私の転職を報告できる。恩師の専門分野の会社に入社したので。
2年弱ぶりなので、やりたいこともたくさんあり、久しぶりの日本滞在、とても楽しみである。

休暇明けの1週間

やっと週末。
休暇明けの1週間は仕事でもバタバタしていたのに娘の緊急入院もあってハードだった。
昨日一緒にアジアンショップに行って買い物に行き、忘れ物をとりに我が家に戻り、娘の自宅に送っていった。
コペンハーゲンの2往復、大混雑で疲れた。。。
 
平日もやっていたが今日も庭仕事。昨日までは芝生のメンテをやっていたが今日は主に木や垣根で伸びきっている枝を切る作業をした。

 

ブラックベリーも熟しているのも結構あってつまみ食いしながら作業。
しかし、今のところ、現状維持だけで庭仕事はエンドレス。
 
火曜日から3日間、朝の6時に出勤してラボ仕事を手伝っていたが、やっぱり教えてくれるラボの人、クセがあってなかなか厳しいなぁと思った。
教え方が機械的で理屈がないから覚えにくいし、だからこそ彼女が帰った後に勉強してプロセスの意味を理解しようとするも、(私にとっては意味のない)細かいこと全て彼女のやり方に従わないとすぐダメ出しして、わからなかったら聞いてというのに、じゃあと聞くと、それもう何回言ったと思うの、といちいちケチがつく。自分が思っている通りの動きをしないと満足しない。
私は全てを吸収しようと思っているから、文句言わずに従順になっているけど、このやり方だと5年間で誰一人定着したラボアシスタントがいないはずだわ、、、と思った。
 
社長も、また新しい人を雇っても続かないだろうと思ってて、あまり積極的に雇おうと思っていない。現状では私がアシストに入り、彼女がやめたら完全に新しい人を雇おうと思っている感じ。
私もそれでいいような気がしてきた。。。その際には、もっとラボラントが働きやすい環境をつくるようにしよう。。。
今までマネージメントなんて絶対やりたくないと思っていたけど、前職ではそう思えるほど恵まれた環境にいたんだな、、と思った。
 
ちょうど知人が スレッズで、パートタイムで古巣に戻ったものの、以前自分が構築したやり方でやろうとしたら、ボスにもう別のやり方で定着してきているから、戻そうとしないでと嗜められたという。
彼女は、子供がいなくて身軽だったこともあり週末も返上し、クライアントにも満足してもらえるような働きができたけど、今はそういう働き方ができる同僚はいないので、残業しなくても回せるようにしてきたから、今更一人の働きに依存するようなやり方に戻したくないからだという。
そう、一人が無理して回すのは全然持続可能ではない。
 
それを見て、うちの環境についても考えさせられた。
明後日からスウェーデンで始まる新しい工場のプロジェクトもあるし、、、
やっぱり転職で色々学ばさせられる。

娘の緊急入院

昨日、娘から電話があり、朝激しい動悸が起きたためクリニックに連絡し、お昼に受診したところ、そのまま救急車で病院に搬送され緊急入院することになってしまい、スマホを充電するためのアダプターとケーブル、Macbook、眼鏡などをアパートからピックアップしてほしいと言われ、彼と病院にいってきたのだった。

 

実はお昼前だかに彼は娘とチャットしていたとか。

娘が彼の会社で卒業プロジェクトをやる希望をもっていて、彼がUI/UX部門のマネージャーに直接聞いてくれ、無償でも会社としては具体的なトピックなしにプロジェクトをやるのは難しいけど、アプリを使うユーザーの要望を調査するテーマだったらスーパーバイズする必要もないし興味あると言われ、その旨伝えるべく娘とやり取りしていたという。

 

なんでも、動悸が起きたのは出勤してまもなくで、電話してクリニックとアポがとれたのはお昼くらい、彼とチャットしたあと、クリニックまで同僚に送ってもらえたらしい。

家に帰るタイミングもなく入院となってしまったが、まさか家に帰れないとも思ってなかったと。

 

気になる病名は、先天性の心房中隔欠損症らしく、今まで症状というものはなかったが、子供の時に山に行くと吐いてしまったのは、それが原因だったのではないかと思ったと。

とりあえずモニタリングするために数日入院、ということになったらしい。

 

ショックで、調べてみたところ、、、、

 

 

そもそも胎児のときには誰もがもっている心臓の穴だけど、1500人に一人は、生まれてもその穴が塞がらない疾患をもってしまうらしい。

子供の時にはほとんど症状がなく、検診で発覚することが多いそうだが、デンマークでは当然その可能性はなく、、

山に行くと吐いてしまうのも、ただ高い標高に適応できないタイプなのかなと思うくらいで、まさか心臓疾患のせいだと思いもしなかった。確かに、ノルウェーでスキーに行って標高1500mくらいのところに行ってもなんともなかったので、標高のせいにするには苦しかったと今は思う。

運動は好きでバレーボールを長く続けていたけど、有酸素運動はそれほど好きではなく、筋トレを中心にやっていたな、とも。バスケットボールを続けていたら、もっと早く発覚したかもしれない。

 

実は、娘は一か月ほどBFのアメリカの実家に遊びにいっていて、火曜日にデンマークに帰ってきたばかり、長いフライトの疲れとひどい時差ぼけで出勤し、それが引き金になったのかもしれない。

アメリカ滞在一日目で雷雨に見舞われ、なんと家の屋根に雷が直撃し、停電になった上、屋根も壊れたという。

もちろんすぐに修繕されたが、写真を見せてもらったところ立派な一軒家で、犬もいて、とても快適なアメリカ滞在だったそうだ。

 

しかし、すでに今日、入院した病院では治療できないということですでに退院することになり、彼に迎えにいってもらった。

後日、王国病院で手術することになるので、手紙で知らせが来るらしい。

昨日初めてその病院に行ったが、正直あまりいい雰囲気の病院ではなく、王国病院で治療することになってちょっとホッとした。

今まで、前の夫の入院や自分自身の手術、ほかのひとのお見舞いや検査などなどで、デンマークで7-8の病院に行ったことあるけど、ワーストといってもいい感じのところだった。

 

とりあえず、娘はしばらく我が家で静養したいらしい。。。

 

休暇明け

昨日から早速出勤しているが、3週間前と同じように6時に出勤し、分析仕事を手伝っている。
 
 
慣れてしまえばやり方を覚えてすむ話かもしれないが、この年になると一気に多くのことをただ覚えることはできないので、ひとつひとつロジックを追求するべく詳細に調べながら勉強しており、目新しいことではないにもかかわらず知らなかったこともあったりして楽しい。
今日も、工場でトラブルがあり、テスト結果からその原因について調べていて、自分が今まで誤解していたことを認識したり。
やっぱり現場って、ラボとは全然違う、、、と思うことしきりである。

 

 昨日の朝食は、休暇中にあったEUとアメリカの関税合意に関して話題があがり、そしてこの話も。

 

 

関税導入のせいで、デンマークきっての大企業Novo Nordiskの株価が暴落しているそうで、そんな状況下、新しいトップが就任した。

なんでも、イラン生まれのオーストリア国籍者、アメリカ育ちで、かなり強めのレトリックの人だという。

直接Novo宛てに薬価値下げの懇願の手紙を書いたというトランプに対峙できる人物として採用されたような気がする。Novoは日本でいうトヨタみたいな会社で、デンマーク人以外でトップに就任するのも初めてである。

 

うちの会社で新しい事業を始めることにしたのは今のアメリカ事情に影響を受けたことも少しはあるし、とにかくトランプのことがよく話題になる。

まぁ、関税が導入されれば、アメリカ国内でも国外でも経済の影響を受けることは避けられないので、そもそも無関心ではいられないけど。

 

そして、わたしはその新しい工場立ち上げプロジェクトのために頻繁にスウェーデンに行ってほしいと打診され、早速来週4日間スウェーデンに滞在することになった。

1年前は、大きなプロジェクトが終わりつつあり、パイプラインも細ってて先のことを懸念していたけど、大統領選直前までトランプが再選されるなんて思ってなかったし、そのせいで前職の会社も雰囲気が一変、年明けにはいよいよヤバイと危機感を抱き、2月に転職を決め、今はこうしてまったく別のことに携わっているなんて、人生本当にわからないものである。

  

あと、社長にはこの話も、、、

 

 
富士山も問題になっているらしいけど、ドロミテではこの夏だけで83人も死亡者が出ているという。
旅行中に彼から、ドロミテで韓国人夫婦が誤ってクライミングコースに入ってしまい、岩壁でにっちもさっちもいかなくなり、幸い翌日に救助されたというニュースを聞いていたが、そんなにも事故が多いとは。
 
しかし、記事の中に書かれているが、温暖化の影響もあって、山岳地帯でのバケーションが流行しており、アルプスへの旅行者が増えているという。
ちなみに、会社の工場責任者はギリシャのサントリーニ島に旅行に行ったが、とても空いてて飛行機もホテルも安かったそうだ。
3月に地震があって敬遠されたというが、わたしは2年前のアテネ旅行で猛暑にやられたので、ギリシャに行くなんて勇気あるなぁと思ったものである。ただ気温は思ったほど高くはなくずいぶん快適だったという。
 
また、非ヨーロッパ人の旅行者が多かったが、特に目を引いたのはアメリカ人ツーリストの多さである。
アメリカ人は目立つので半分くらいアメリカ人では?と思ってしまうほど多かった。(実際には2-3割くらい?)
5年前でもこうも多くはなかった。
アメリカにいくと、観光客のほとんどがアメリカ人だったので、アメリカ人はアメリカ国内を旅行するものだと思ってた。
やっぱりインフレのせいなのかな、、、と勘繰ってみたり。
逆にヨーロッパ人は旅行でアメリカに行かなくなったと思う。去年シアトル行ったとき飛行機の乗客の95%はアメリカ人だった。
 
関税のせいで、インフレはおさまる気配はなさそうである。

TMB振り返り2

 

家に帰ってきて早速オランジェリーでテントとシュラフを干している。

やはりこういうスペースが自宅にあることがありがたい。

アパートでは、シュラフはリビングで干せたけど、テントは無理で、地下室の共有洗濯干しスペースで無理矢理干してもらってたけど大変だったらしい。大きく占有してしまうので空いているタイミングを掴むのが難しかったとか。

とはいえ、縦走ハイクが終わってArgentiereのホテルでテントを広げ、ドライヤーを使ってだいぶ水分を飛ばしていたので、ほとんど乾いていたそうだが。

 

彼は、テントが濡れていても、岩や木に引っ掛けるのが嫌だからバックパックに入れるけど、逆にそれを嫌がってバックパックにテントを引っ掛けてハイクしている人も結構いた。

まぁ彼のバックパックは、底に独立した部屋があり、そこにテントを入れれば他が濡れないようになってるし、そもそも全ての荷物をスタッフバックに入れて完全防水している。

 

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TMBで初めての縦走、しかもキャンプ泊込みで、2週間にも及ぶハイキング旅行で最もネックになったのがパッキングである。

彼は私の負担が小さくなるように、テント、シュラフ、マットレス、コンロ、ヘッドランプなどキャンプ用品全てを持ってくれ、多分水込みで20kg強、一方自分の荷物だけで良かった私のバックパックも水込みでおそらく15kg近くあったかと思われる。

 

着る物が彼よりも多めだったのと、液体類が多かった。

化粧品はないが、保水クリームと日焼け止めクリーム、そしてボディーソープとシャンプーと洗濯洗剤を兼ねる液体洗剤250mL、重いのがわかっていて外すことはできなかった。彼は全て石鹸で済ませたようだが、私は髪の毛を石鹸で洗いたくなかった。。クエン酸の粉も持参すれば可能だったかもしれないが。。。

服は、ハイクで着る物を化繊にすることで軽量化できたかもしれない。

 

あと、電気用品も多かった。ガーミンもスマホもバッテリーの持ちがイマイチだったので、USB-AとUSB-Cのアダプター一つずつ、USB-C-Cのケーブル二つ、USB-A-Cのケーブル、ガーミン用ケーブル、パワーバンク3つを持っていったのだった。ほとんどの時間でフライトモードにし、極力スマホのバッテリーを消耗しないようにしていたので、結果的にパワーバンクは二つでも良かったけど、キャンプ場での充電アクセスはイマイチだったので、保険として持って良かったと思う。

逆に、彼が運んだ太陽光発電パネルは全然役に立たなかったので、持っていく必要はなかった。

 

要らなかったものリスト

- 水筒

- 太陽光発電パネル

- ナルゲンのボトル(二つ持って行ったけど一つで良かった)

- タープと、タープに使うポール

- 水着(使わなかったし、機会あっても時間がなくて使う暇なし)

- 本(重い上に、全然読まなかった。)

 

使わなかったけど除外するには微妙なもの

- ウールの帽子

- 山用のソックス

- コンパクトにできるタオル

 

使わなかったけど保険として必要だったもの

- 山用ドライフード

- 3つ目のパワーバンク

- スキー用レギンス

- 防水ソックス

- 防水手袋

 

持ってくれば良かったもの

- 物理的な地図(これがあったほうが、ルートを事前に把握しやすかった。)

- 化繊のTシャツ(雨の時に汗冷えを防げたかも)

- 使い捨て布巾(彼が一枚持ってきてたけど、テントを拭くのにもっとあっても良かった)

 

また、今回、初めてパッキングがかなりシステム化でき、毎日効率的にパッキングできたし、ハイク中に使うものは取り出しやすいようにパッキングしていたので、ハイク中も困らなかった。

特に、山の天気はしょっちゅう変わるので、しょっちゅう、Tシャツ・短パン⇄フリース、レギンスを着る⇄レインジャケット・パンツを上から着る、の3つのフェーズのトランジションをさせられ、いちいちバックパックを開けなくてもポケットの中に入れておいて出し入れできるようになっているとやりやすくなる。

 

でも、重くても、自力で全ての荷物を運びながら縦走したことは誇りにもなった。

デンマーク人で初めて無酸素エベレスト登頂を果たしたJakob Urthも、それを目指したモチベーションは、自分自身の記録のためにではなく、シェルパに頼って登山することに対する疑問からきたものだったらしく、その彼の気持ちが改めて理解できる気がした。

公共手段を使うことはあっても、旅行会社が提供するサービスを頼ることはしたくなかった。

確かに、サービスを利用すれば、ほとんどの人がTMBをコンプリートすることは可能になるだろうけれど、そこをあえて自力でやってみたかったのである。

 

Jakob Urth

TMB振り返り

昨日デンマークに戻ってきた。

案の定、庭は荒れまくってて一気に現実に引き戻された。

彼は苦にならないらしく、私が夕飯を作っている間に早速庭仕事していた。

 

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この度のハイク旅行に関しては、忘れないようにライブでブログにポストしていたが、毎回疲れている中やっつけで書いていたので、忘備録としてもっと詳細に書いておきたいと思う。

 

ツール・ド・モンブラン(TMB)は、モンブラン山群を1周する世界で最も有名なロングトレイル(170km)で、彼が2021年にUTMBに参加した時に、景色が素晴らしいトレイルなのにレースだから堪能もできず夜中にも走るから景色が全く見れなかったりと、いつかは改めて私と二人でTMBをやりたいと言うようになった。

しかし、そのUTMBの直前にTMBのルートを日帰りハイクをしてそれだけで疲労困憊だった私、11日間の縦走ハイクなどできるわけないと拒否していたのだった。

 

(まぁ、真夏対策をしていなかったことも大きいが。。)

 

でも去年ノルウェーでテント泊込みのロングハイクをするようになったり、スイスで3300mのMischabelhutteに登山をしていくらか経験を積んだことにより自信もつき、また転職先で7月に3週間会社を閉めると聞いて、いっそのこと今年はTMBをやろうかと急遽計画を立てることにしたのだった。

 

しかし、4月から3ヶ月間ダブルワークで、6月末に前職を完全に辞め、7月から転職先でフルタイムになったことから、5月6月ずっとバタバタしていて、準備は彼に全て丸投げしてしまい、これが旅行中後悔のタネにもなった。

なんせ何も予習していなかったので。。

 

とはいえ、彼がたてたスケジュールはとても練られていて、キャンプ泊込みで重装備でも無理のないスケジュールを組んでくれ、

 

 

1日目 レグ1:Les Houchesでケーブルカーで800mあがり12kmハイク、Les Contamines ホテル泊

2日目 レグ2:18kmハイクでLes Chapieux キャンプ泊

3日目 レグ3:バスで3km移動、20kmハイク、Val Veny キャンプ泊

4日目 レグ4:6kmハイク、ケーブルカーで下山、Courmayeur ホテル泊

5日目 Courmayeur ホテルで休息日

6日目 レグ5:10kmハイク、Plampincieux キャンプ泊

7日目 レグ6:バスで6km移動、15kmハイク、La Fouly キャンプ泊

8日目 La Fouly キャンプ場で休息日

9日目 レグ7:15kmハイク、Champex AirBnb泊

10日目 レグ8:17kmハイク、Trient キャンプ泊

11日目 未定

12日目 未定 Argentiereでホテル泊

13日目 未定 Chamonixでホテル泊

 

できる限りケーブルカーやバスなどの公共手段に頼り、自炊はなしで外食に頼り、CourmayeurとLa Foulyで休息日を設け、Trientからは電車でChamonixに移動することが可能になるので疲労具合で予定を決める、と、かなり私のレベルを考慮したスケジュールにしてくれたのだった。

それでも、最初の3日間がかなりハードになるのは避けられず、山行を把握していなかった自分を省みることになるのだが。

特に2日目は最もキツいレグ(18km、1350m+、1000m-)として知られ、私たちが一日中雨の中ChampexからTrientにハイクしているときに、ContaminesからChapieuxにハイクしていた人たちは、2400mの峠で雹に降られ大変な思いをしたらしい。

 

ちなみに、ざっと見た印象としては、キャンプ泊装備でハイクしていた人たちは少数派という感じだった。。2-3割、といったところだろうか。キャンプ泊でも荷物を輸送するサービスを使っているグループも見かけた。

ただ、自力で山小屋を手配することはほぼ不可能、小さな町でのホテルもほぼ予約できないので、キャンプ泊を避ける場合には必ず旅行会社を介さなければならない。

彼はそれが嫌で全て自力でやりたいタイプなので、こういう珍しいハイブリッド型になったし、キャンプ泊でもほとんどが軽量テントで、4kgもあるテントを張っているのはうちくらいだったが、彼は重装備縦走をやりたがっていて、結果的にもとてもいいトレーニングになった。

 

まぁ、それで一度彼は滑落して死にかけたし、最後のレグは重装備では難しかったのでは、と思ったが。

 

8日目のLa Foulyでの休息日の時に、だんだん高い標高にも慣れてきて、体の疲れもそれほどなかったので、TMBループをコンプリートできそうだと判断し、

 

11日目 レグ9:TrientからTre le Champまでハイクし公共手段で移動しArgentiereのホテルに宿泊

12日目 レグ10:ホテルに荷物を置いて、バスでTre le Champの取り付けまで移動し、Plan Prazまで13kmハイクし、Plan Prazまでゴンドラで下山し、Chamonixから公共手段でArgentiereに移動し、ホテル泊

13日目 レグ11:ホテルに荷物を置いて、バスでChamonixまで移動、ゴンドラでPlan Prazまであがり、Les Houchesまで14kmハイク、Argentiereまで荷物を取りに行き、Chamonixに移動、ホテル泊

 

という予定に決め、元々予約していたArgentiereのホテルに前日にもう一泊予約したのだった。

11日目は完全に未定で、泊まるところさえも決めてなく、予約なしで泊まれるVallorcineのキャンプ場で泊まることを考えていたが、そうなるとTMBのレグ9ルートからかなり離れてしまうし、レグ10をやりたくなったらかなり面倒くさいと思っていたので、Argentiereのホテル連泊はかなりいい解になったのだった。ホテルを予約できたのも運が良かったが。

おかげで、レグ1から5はかなり変則でスキップもしてしまったが、レグ6から11までは全く欠けることなくコンプリートできたのである。

バケーション最終日

いよいよシャモニーを去る日が来た。


 

シャモニーに来たときに泊まった宿は中心地からちょっと離れてたし、バスルームは共用で不便を感じたが、TMB終わって二泊するホテルはワンランク上を選んでくれたらしくロケーションもファシリティも申し分なかった。

川沿いなので常に水が流れる音が聞こえたけど、温泉宿の情緒に似ているとも言える。

 

レトロな感じもいい。

 

セルフアレンジのTMBの最中はまったく買い物ができないので、TMBが終わってからシャモニーで買い物しようと決めてて、これらのものを購入。

 

日常で履く靴。最近はソールが厚いものが多すぎて決めかねてたが、私はずっとナイキだったけど初めてアシックスを買ってみた。デザインも履き心地も良し。

 

ベタだけど、地図が好きだしものすごく欲しかった。もちろん着る予定。

 

モンブラン挑戦の話も浮上。

とりあえず来年の春にアイゼンとピッケルでGaldhøppigenに雪山登山、夏にジョージアに4000m級登山、そしてハーネスつけたロープワークのセッションをどこかで受けることを考えている。

まぁモンブランは天候の運も大きいし難しいことは重々承知とはいえ、、しかもガイド付けないといけなくてお金もかかるし、、チャレンジのための準備とトレーニングも面白そうなので、、

 

わたしの買い物はすぐに終わったが、彼はものすごく時間をかけ、、、

 

通勤用バックパックを購入。

特別なマテリアルを使った完全防水のバックパックで350ユーロもしたらしい。

しかしスキーギアを作っているブランドで、アウトドアにも使えそうなバックパックだから興味をもっていたようだ。

 

夕方はバーでビールとナッチョスを食べ、、、



夜は日本食レストラン。

 

 

小豆島の酒蔵の日本酒3種、升で頂いたがいずれも美味しかった。

二人とも酔っ払った。。。

 

いいバケーションだった。。

13日目 PlanPraz-Les Houches, 14km, 600m+, 1500m-

いよいよ最後のレグ。

連泊していたArgentiereのホテルをチェックアウトし、置いていく荷物を袋に詰めてホテルに預け、バスでChamonixまで。

そしてゴンドラで昨日ハイクを終了した標高2000mにあるPlan Prazまで上がった。

 

 

まずは標高2500mにあるLe Breventを目指し登山を開始するが、どうも息が切れる。

今更彼に腹式呼吸を教わり深呼吸をしながらハイクしたらだいぶ楽になった。

いきなり標高2000mからスタートするのも滅多にないがそれだけに空気が薄い高い標高での呼吸がいかに重要か改めて認識。

 

 

スキー場の近くなのに思ったよりもずっとワイルドなトレイルで楽しかった。

 

しかもこんな断層の見える山を見るのも初めてだった。

 

モンブランも美しかった。

 

こんな視界くっきりなモンブランは滅多になく、双眼鏡で観察していた彼曰く、多くの人がモンブラン登頂を目指していたらしい。

 

 

しかし最高地点Le Brevent標高2525mから標高1000mのLes Houchesまで1500m下山しなくてはならない。

実際数人転んでいる人がいて、TMB最終日に足が疲れているのに平らではないトレイルをひたすら下山するのは相当タフかと思われる。

 

しかし私たちは重いバックパックを背負ってトレーニングされていたおかげか、軽量バックパックでかなりハイペースで下山できたのだった。まじで星飛雄馬の矯正ギブスをはめていた感覚。

足もそれほど痛くならず。

標高100m下がるごとに小休止する必要も覚悟していたが、標高2152mの山小屋Bellachatに寄ってスープとパンをいただき、そのあとは一気に下山して標高1500mあたりのところで足の裏をマッサージしたくらいで全然大丈夫だった。

森林限界以下ではずっと森で、自然なトレイルだったのも幸いした。

むしろ、アスファルトの道になってからが長く感じた。まず民家があるところを通り、鉄道駅があり、その横に高速道路が走っていてダウンタウンがある雰囲気がまるでなく、橋を渡ってしばらくすると目抜き通りにぶつかり、ああ、、やっとゴールが見えてきた、、という感じ。

 

ツールドモンブラン、コンプリート!

 

累積160km、9500m登り、9400m下り

 

諦めかけたし、元々ループするつもりもなかったので(なんだったらバスでゲートに行って写真だけ撮るつもりだった)、思いもかけず出発地のLes Houchesに自分の足で戻ってこれて嬉しかったけど、終わって寂しくもある。

間違いなく燃え尽き症候群になりそうである。

12日目 Tré le Champ-Planpraz, 13km, 1100m+, 400m-

いよいよ最後から二番目のレグ。

しかし初めて荷物をホテルでデポでき軽量バックパックでハイクできるということで、梯子がたくさんあって難易度高めの公式ルートに行くことに。

 

これだけの荷物をデポ

 

測ってないけど、水も含めると15kgはあったのではないかと思われる。なんたって綿ラブなので。

使わないけど万が一のための予備のものもあるのでなんとも言えないけど、もっと軽くすることは可能だったと思う。

 

まずバスでTre-le-Champの登山取り付きまで移動、、、のはずが停止リクエストボタンが機能せず終点まで行ってしまい、引き返したので20分ロスしてしまったが、軽量バックパックで足取りは軽く、サクッと400mアップし梯子の取り付きまで登った。

ほとんどのTMBハイカーがこんな快適にハイクしていたのかと感動さえ覚えたほど。

バスで一緒になったイギリス在住グループもホテル全泊とスーツケース輸送がアレンジされたツアーを買ったという。

 

順番待ちする人々、、、

 

念の為、落下防止のためにほとんどの物をバックパックの中に入れ、ドキドキしながら順番待ちしたが、、、

 

全然怖くなかった!爆

 

去年のMischabelhutteで鍛えられたおかげなのか、、あんなに怖いというレビューがついているわりに全然たいしたことなかった。

 

去年のMischabelhutteに行く途中の梯子

 

今回一番長かった梯子

 

Mischabelhutteは細尾根だから高度感もあったけど、今日のは特に感じず。あえて下を見ないようにしたのと、人がたくさんいて緊張感もなかったせいもあるが。

 

迫力なくはないけど、脇もあるし安心感がある。

 

Tete au Ventsからはモンブランを眺めながらひたすらトラバース。

 

 

しかしスキー場でリフトも動いているせいか、観光客もたくさんいてテンションダダ下がり、、、

ハイクというより、観光地に来ているような感じでもあり。狭いトレイルにひきりなしにすれ違うのもストレスで。

最初の登りでガシガシハイクしていたのにいきなりペースダウンした私を彼が心配したが、調子が悪くなったわけではなくただやる気がなくなっただけ、、、

(あとから、マジョリティが選んでいた、本ルートではないバリエントルート、Lac Blanc(白い湖)経由すればもっと景色も良かっただろうし、楽しかったかもしれないと後悔。ただ目的地まで距離があったので、もっと獲得標高を増やすと時間が足りなくなることを懸念して本ルートを選択した。)

 

 

しかし、目的地Plan Prazのゴンドラ乗り場でビールを飲み気分は上がった。

本当はレグ10はその手前のLa Flegereで終わりなのだが、そうなると最後のレグ11が厳しくなるのは明らかで、しかも私たちはArgentireから公共手段で移動する必要がありどうしてもスタートが遅くなってしまうので、Plan Plazまで行きたかったのである。

La FlegereからPlan Prazの間は完全にスキー場の中のトレイルなのでかなり退屈でだれてしまったが。

 

第10レグだん。

累積146km、8900m登り、7900m下り。

 

あと残りわずか。明日、ゴンドラでPlan Prazまで上がり、出発点のLes Houchesまでハイクし、TMBループをコンプリートする予定である。

11日目 Trient-Montroc, 14km, 1100m+, 1100m-

今日は朝から快晴だった。

ただ、そのせいか夜はものすごく寒く、初めてダウンを着て寝たほど。ダウンはスタッフバッグに入れて枕として活用していたが、ダウンジャケットなしではとても寝れなかった。

テントの結露もものすごく、撤収の時拭き取るのが大変だった。

 

しかしハイクの期待は高まる、、、

今日で「縦走」ハイクも終わるので感慨も大きい。

 

 

寒いくらいだったがハイクにはちょうどいい気温で、調子もよく、最初の850mの登りもサクサクと登れた。

 

Balme峠に到着!

 

Balme峠の山小屋に着くと、モンブランがくっきり見える絶景が。

谷に下がるのと、稜線から大回りして下山するのと二つのオプションがあったが、天気がよかったので稜線を歩くことを選んだ。

 

景色はいいし、平らじゃないトレイルで楽しかった。

 

懸念していた風もほとんどなく意外と凍えることはなかった。

思っていたより細尾根でもなかったので危なくもなく。

しかし今日のレグは日帰りハイカーも多い上、稜線の方はスキー場のリフトで上がってプチハイキングするひともいて、なんだったらトレラントレーニングする人も多く、私たちのバックパックは完全浮いていた。

たまーにTMBハイカーも見かけたが。

 

累計133km、7800m登り、7500m下り

 

最後の下りはかなりきつかったが。

鉄道で予約しているホテルのあるArgentiereまで移動しようとMontrocの鉄道駅に行ったが、小さい駅で切符を買う術がなく、フランス語を解する彼がフランス鉄道のホームページにアクセスし、ブラウザからチケットを買ってくれたのだった。

私たちは切符を買って直後に電車に乗れて運が良かったが、実はバスを使う方が便数が多くて便利だったっぽい。。。

 

ホテルに着くなりとりあえずシャワーをさっと浴びてホテルのバーでビール。

 

これにて重い荷物を背負っての縦走ハイクは終了、明日明後日はホテル滞在しながらほとんどの荷物を置いて、軽いバックパックでTMBルートをデイハイクする。