TMB振り返り2 | いまのしゅんかん

TMB振り返り2

 

家に帰ってきて早速オランジェリーでテントとシュラフを干している。

やはりこういうスペースが自宅にあることがありがたい。

アパートでは、シュラフはリビングで干せたけど、テントは無理で、地下室の共有洗濯干しスペースで無理矢理干してもらってたけど大変だったらしい。大きく占有してしまうので空いているタイミングを掴むのが難しかったとか。

とはいえ、縦走ハイクが終わってArgentiereのホテルでテントを広げ、ドライヤーを使ってだいぶ水分を飛ばしていたので、ほとんど乾いていたそうだが。

 

彼は、テントが濡れていても、岩や木に引っ掛けるのが嫌だからバックパックに入れるけど、逆にそれを嫌がってバックパックにテントを引っ掛けてハイクしている人も結構いた。

まぁ彼のバックパックは、底に独立した部屋があり、そこにテントを入れれば他が濡れないようになってるし、そもそも全ての荷物をスタッフバックに入れて完全防水している。

 

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TMBで初めての縦走、しかもキャンプ泊込みで、2週間にも及ぶハイキング旅行で最もネックになったのがパッキングである。

彼は私の負担が小さくなるように、テント、シュラフ、マットレス、コンロ、ヘッドランプなどキャンプ用品全てを持ってくれ、多分水込みで20kg強、一方自分の荷物だけで良かった私のバックパックも水込みでおそらく15kg近くあったかと思われる。

 

着る物が彼よりも多めだったのと、液体類が多かった。

化粧品はないが、保水クリームと日焼け止めクリーム、そしてボディーソープとシャンプーと洗濯洗剤を兼ねる液体洗剤250mL、重いのがわかっていて外すことはできなかった。彼は全て石鹸で済ませたようだが、私は髪の毛を石鹸で洗いたくなかった。。クエン酸の粉も持参すれば可能だったかもしれないが。。。

服は、ハイクで着る物を化繊にすることで軽量化できたかもしれない。

 

あと、電気用品も多かった。ガーミンもスマホもバッテリーの持ちがイマイチだったので、USB-AとUSB-Cのアダプター一つずつ、USB-C-Cのケーブル二つ、USB-A-Cのケーブル、ガーミン用ケーブル、パワーバンク3つを持っていったのだった。ほとんどの時間でフライトモードにし、極力スマホのバッテリーを消耗しないようにしていたので、結果的にパワーバンクは二つでも良かったけど、キャンプ場での充電アクセスはイマイチだったので、保険として持って良かったと思う。

逆に、彼が運んだ太陽光発電パネルは全然役に立たなかったので、持っていく必要はなかった。

 

要らなかったものリスト

- 水筒

- 太陽光発電パネル

- ナルゲンのボトル(二つ持って行ったけど一つで良かった)

- タープと、タープに使うポール

- 水着(使わなかったし、機会あっても時間がなくて使う暇なし)

- 本(重い上に、全然読まなかった。)

 

使わなかったけど除外するには微妙なもの

- ウールの帽子

- 山用のソックス

- コンパクトにできるタオル

 

使わなかったけど保険として必要だったもの

- 山用ドライフード

- 3つ目のパワーバンク

- スキー用レギンス

- 防水ソックス

- 防水手袋

 

持ってくれば良かったもの

- 物理的な地図(これがあったほうが、ルートを事前に把握しやすかった。)

- 化繊のTシャツ(雨の時に汗冷えを防げたかも)

- 使い捨て布巾(彼が一枚持ってきてたけど、テントを拭くのにもっとあっても良かった)

 

また、今回、初めてパッキングがかなりシステム化でき、毎日効率的にパッキングできたし、ハイク中に使うものは取り出しやすいようにパッキングしていたので、ハイク中も困らなかった。

特に、山の天気はしょっちゅう変わるので、しょっちゅう、Tシャツ・短パン⇄フリース、レギンスを着る⇄レインジャケット・パンツを上から着る、の3つのフェーズのトランジションをさせられ、いちいちバックパックを開けなくてもポケットの中に入れておいて出し入れできるようになっているとやりやすくなる。

 

でも、重くても、自力で全ての荷物を運びながら縦走したことは誇りにもなった。

デンマーク人で初めて無酸素エベレスト登頂を果たしたJakob Urthも、それを目指したモチベーションは、自分自身の記録のためにではなく、シェルパに頼って登山することに対する疑問からきたものだったらしく、その彼の気持ちが改めて理解できる気がした。

公共手段を使うことはあっても、旅行会社が提供するサービスを頼ることはしたくなかった。

確かに、サービスを利用すれば、ほとんどの人がTMBをコンプリートすることは可能になるだろうけれど、そこをあえて自力でやってみたかったのである。

 

Jakob Urth