歴史を残す街並み
皆様こんにちは😃
今日は風が強く吹いていますが小春日和です。
ホテルの窓からの優しい日差しに
PCを打つ手も、とまりがちになります。
今回は長崎に来ていますがコロナのために
名だたる博物館や資料館などが休館と
なっております。![]()
こんな時だからこその
非日常を味わい尽くそうと!
今まで読んだ本を片手にシーボルトが来航した
野母崎岬などを歩いています。
シーボルトが来航してから(1823年)
199年を迎えた日本
当時の面影を残す、長崎の街並みに感動しつつ
一歩一歩、踏みしめながら
歴史探訪。
長崎といえば
島原や雲仙など数々の名所があり
一日中運転しても周りきりません![]()
なので、今日は雲仙岳を目指しました‼️
本当に遠い往復約120キロほど走行。


疲れました。
自然って、すごい
写真‼️に収まりきらない
そして、その自然に育まれた
偉人たち
どんなことを感じて
どんなミライを目指したのか
また、そのうちゆっくりと
ご紹介させてくださいませ。
良い夢を🌟
藍より愛を纏う
皆様こんにちは😃
朝は晴れていましたが
いまや小雨がぱらつきだしています。
天気予報では、雪が降る予報です。
まだまだ、気が抜けない寒さ‼️
どうぞ、暖かくお過ごしくださいませ♪
さてさて、写真の整理をしていると
青い色が印象的なものばかり…。
個人的に青い色が好きなのか?
いやいや、民族性なのか?と
ひとりごちながら
ジャパンブルーに魅せられた文学者が
いたことを思い出しました。
その昔
日本の藍色を見て
小泉八雲(ラフ・カディオハーン)が感嘆し
「日本の面影」
に日本の藍色文化を記しています。
小泉八雲は、
世界に日本文化を広めた人ですが
日本の藍色にも魅了されています。
そして藍色は、一色ではなく
「48色」の色があります。
瓶覗(かめのぞき)
藍色に少し染めた状態の水色を指します。
また、
白花色、などと名前と藍色の
濃度を変えながら表現されています。
繊細な染めの違いで現れる
色を名前を変えて楽しむ日本文化🌸
大切にしたいと思います。
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日本文化を支える代表格な着物にも
もちろん藍色が使われています。
そして、遥かなるいにしえから
万葉集にも藍色は詠まれています。
しな照る 片足羽河の さ丹塗りの 大橋の上ゆ 紅の 赤裳裾引き 山藍もち 摺れる衣きて ただ独り い渡らす児は 若草の 夫有るらむ橿の実の 独り寝らむ 問はまくの 欲しき吾妹が 家の知らなく
高橋虫麻呂 巻9-1742
昔の人は裳が揺れるさまに
いたく心を動かされました。
丹塗りの橋、紅の裳、山藍で染めた衣。
この色の対比がなんとも美しく、
言葉を重ねるリズムが軽やかで、
唐の技法で架けられた橋を、
唐風の衣装をまとった乙女が
胸を張って歩いてゆくさまが
眼前に迫ってくるようです。
和歌などでも、藍色が💕愛を交わす
言葉として使われています。
藍より
愛の糸をよりあい
藍染で着物という形にし
愛を纏ってきたのかもしれませんね。
いにしえからのラブレター
皆様こんにちは♪
今朝は窓を開ける瞬間がワクワクでした。
昨夜の雪は❄️積もっていましたね!
近年、あまり❄️雪が
降らなくなってきたなぁ〜って
思いながら!
外出するのに勇気がいる寒さです。
というわけで、写真の整理
珊瑚と真珠のリングとピアスの写真です。
そういえば、古事記に登場する
真珠にまつわるお話があります。
古事記の上巻に掲載されています。
『赤玉は、緒さへ光れど、
白玉の、君か装し、貴くありけり』
海神の娘の「豊玉姫」が
夫である「山幸彦」に
出産の現場をのぞくことを
固く禁じていたにもかかわらず、
山幸彦がひそかに覗いてしまい⁉️
豊玉姫の本性である「ワニ」
の姿を見られてしまいました。💦
そのことを恥じて海神のところへ
帰っていく際、夫である
「山幸彦」に対して、
自分の子を妹の「玉依姫」に
預けた場面で詠まれた歌です。
赤い宝玉は玉飾りにすると
玉を通している紐の部分さえも
輝くものですが、
あなた(山幸彦)そのお姿は、
その赤玉よりも気高く
まるで真珠のようです。
という歌です。
この歌の「白玉」が「真珠」を
指し、真珠がとても貴い高貴さを
表しています。
恥ずかしい思いをしながら、
だけど悔しいくらいにお慕いしています。
という意味がとれます。
真珠が産まれる過程は
貝の内側に何らかの原因で
小さな異物が混入すると、
これを外套膜が包み込みます。
これが「核」となって、
その後ゆっくりと丸く形を作ります。
これが真珠です。
↑
真珠を創る貝が異物から
自身の身を守るために形成される真珠。
いにしえの時代からラブレターとして
真珠は私たちのこころを掴んで
きたのでしょうね。
なにしろ、山幸彦はその後
亡くなるまで
豊玉姫を思い独身を貫きましたから。
山幸彦!
580歳まで生きたと記されています。
中々、長生きですね。


