白石和彌監督、門脇麦、井浦新、山本浩司、タモト清嵐、毎熊克哉、伊島空、藤原季節、岡部尚、高岡蒼佑、大西信満、満島真之介、高良健吾、寺島しのぶほか出演の『止められるか、俺たちを』。

 

1969年、映画監督の若松孝二(井浦新)が代表を務める若松プロに助監督として入った吉積めぐみ(門脇麦)は、男たちの中で「女」であることを捨てて映画作りに邁進していく。

 

2012年に逝去された若松孝二監督と若松プロダクションにかかわったひとりの女性助監督の姿を通して、60年代末から70年代初頭の彼らの「映画」に懸けた二年半を描く。

 

 

 

映画サイトでこの映画の存在を知って、若松孝二監督や若松プロを描いた話だということで気になっていました。

 

といっても、これまで僕は若松監督の作品をほとんど観たことがなくて、映画館で観たのは2010年の『キャタピラー』1本だけ。

 

日本映画史には必ず名前が出てくる人だし、その人脈も広く多岐に渡るから、「映画」界隈に興味がある人ならどうしたってその作品は気になるでしょう。

 

若松監督といえばピンク映画、というイメージがあるけど、ちょうど僕が映画を意識して観るようになった1980年代後半~90年代初め頃にはすでに一般映画を撮られていたので、監督のお名前やいくつかの作品名は知っていました。

 

 

 

 

ただ、なんとなく自分にはハードルが高くて、じっくりとその作品に触れるタイミングを逃してしまっていた。

 

90年代に何本かヴィデオ(当時はまだDVDはなかったので)で70年代頃の作品を観てみたんだけど、この『止められるか、俺たちを』で高岡蒼佑が演じている大島渚の映画と同様に僕にはチンプンカンプンで、何がそんなにいいのかさっぱりわからなかった。だから同じ監督の一般向け映画も進んで観てみようとは思わなかった。単純に僕には興味がない内容だったし。

 

 

 

 

“シネフィル(映画狂)”という奴に憧れて当時観た他の監督(鈴木清順、寺山修司 etc...『止められるか』では大西信満が演じている大和屋笠監督の『荒野のダッチワイフ』なども)と同じく「映画の勉強」のために観たんだけど、自分はこういうアートとか前衛みたいなのが好みではないことがよくわかった。

 

劇中で“オバケ”こと秋山道男(タモト清嵐)がめぐみに「イケてる映画ってさ、生身の人間とか政治とか世界に興味のない、エロにしか興味のない人たちが観たって、心が動いてしまうものなんじゃないのかな?」と言うけれど、「イケてる」かどうかはともかく、僕は誰にでもわかるような形の映画の中に心動かされるものがあればいいなぁ、と思います。

 

小難しい言葉を駆使してアヴァンギャルドなことをやる映画の存在も否定はしないけど、それを楽しめる人の数は限られてる。

 

だから身も蓋もないけどそもそも若松監督の映画にあまり興味がなかったんですが、でも、たまたま90年代の終わり頃に若松監督と作家の町田康さんを囲んで一泊する合宿みたいな催しがあって、思い立って参加してみたのでした。

 

その時に監督も交えて旅館でみんなで一緒に何本か若松監督作品をヴィデオで観たんだけど、やっぱり僕にはその良さがわからなくてボンヤリしていたら、他の人たちは口々に感心したり褒めたりしてるんで、あぁ、これは場違いなところに来てしまった、と大いに後悔した。

 

当然ながらというか、他の参加者の皆さんは若松監督の映画や町田さんと彼の曲や小説のファンばかりで、その夜は作品について細かく質問したり、作品作りや映画業界で働くためのアドヴァイスを仰いだりと両氏と一晩中熱く語り合っていて(確か途中で町田さんは中座されたと思うけど、若松監督はかなり遅くまでお付き合いされていた)、僕はその熱量に圧倒されて輪の中にまったく入っていけず、とっとと布団に入って寝てしまった。

 

目の前に監督がいるにもかかわらず、こちらから積極的に教えを乞おうともせず、自分の想いをぶつけることもなく。

 

何かすでにそこで自分はふるいにかけられていたように思う。向いてないことをその時点で気づくべきだった。

 

で、結局その後も長らく若松監督の新作映画を観ることはなくて、ようやく今から8年前に『キャタピラー』を鑑賞。

 

江戸川乱歩の「芋虫」を翻案した(クレジット表記は無し)ユニークな映画だったけれど、やはり僕はその後、若松監督が撮られた作品を観ることはなくて、それから2年後に監督は不慮の事故で亡くなってしまった。

 

映画監督・若松孝二にも若松プロにかかわった業界の人たちにもまったく思い入れのない僕ですが、何か後悔の念だけは残っていた。

 

そこで一度きりだけどかつて実際にお会いした若松監督を描いたという映画を、監督が80年代に名古屋に作られた映画館「シネマスコーレ」で観ておこうと思った。

 

でも若松監督に縁のある映画館にもかかわらず一日に2回しか上映してなくて(スクリーンが1つだけで席数も少ないミニシアターだからしかたないが)公開が始まってまもなく行った時にはその日の分はすでに完売で観られず、だいぶ日にちを置いてからの鑑賞。

 

まだ混んでるかもと思って早めに行ったら、公開から結構経ってるからか、平日の午前中の回だったからなのか空いてました。なかなかタイミングが掴めない^_^;

 

 

 

 

この映画については非常に高く評価している人がいる一方で、わりと辛辣な感想も散見しますが、僕はこの映画の舞台となっている時代をリアルタイムで知らないし、さっき述べたように若松プロの作品やあの当時の他の映画もほとんど観たことがなくて登場する人々に関する知識もないので、そういう点からどうこう言うことはできません。単純に自分の映画の好みに従って感想を書いていきます。

 

文章の中の薀蓄めいた部分は劇場パンフレットから得たものですからご了承ください。ストーリーの中身に触れるので、これからご覧になるかたはご注意を。

 

 

まず、僕は若松プロが描かれるということ以外は予備知識なしで観たので、途中まではこの映画の一応主人公といえる門脇麦演じる吉積めぐみという女性はてっきり映画のために作られた架空のキャラクターだと思っていたんですね。ちょうど韓国映画『1987、ある闘いの真実』のヒロインがそうだったように。

 

 

 

 

若い女性である彼女を主人公に据えて同時代に交錯していたさまざまな人間模様と絡ませることでひとつの物語にまとめる、という方法を取ったんだと思っていた。でも、この映画の終盤の彼女の最期の描写を観ていて、「…あれ?これ全部実話なのかな」と。

 

そしたら、あとでパンフを読むと吉積めぐみという助監督さんは実在した人で、映画で描かれたエピソードも概ね史実に基づいているのだそうで。

 

 

映画とご本人たち。若松監督の後ろで口に手を当てている女性が吉積めぐみさん

 

ただ映画のスタッフというのはよほど有名じゃなければその人についての個人的な情報は公けにされることは滅多にないし、だから関係者以外の一般の人たちにはなかなか知られることがない。ましてや、めぐみさんは若くして亡くなっているので(1971年没。享年23)詳しい記録もない。そこを脚本家のかたが数少ない当時の資料や関係者への取材などから劇中での人物像を作り上げていったんですね。

 

「止められるか、俺たちを」というなかなかに勇ましいタイトルと映画制作の現場が描かれるということで、観る前はモノ創りに懸ける人たちの熱き日々が活写されるんだと思っていたんだけど、そして確かに映画作りの過酷な現場の様子がいくつも映し出されはするんですが、いわゆるスポ根物のような汗と涙と笑いののちの作品完成!みたいな明るい青春映画ではなくて、これは時代もあるのだろうけれど、どこか冷めていてアンニュイな雰囲気もある、そして青春時代の大いなる痛みを感じさせるものでした。

 

まぁ、それはピンク映画の現場とか70年代のアングラな世界を描いているんだから、ある程度予想できたことだけど。

 

要するに、思ってた以上にシリアスで暗い話だったのです。そして、途中から急に映画と関係のない政治的な要素が入り込んでくる。

 

若松監督が政治的な映画を撮ってたことは知っていたけど、でもいきなりパレスチナに飛んで現地の武装組織と合流して自分たちも軍事訓練を受ける、というのはずいぶんと飛躍があるし、正直なところ「この人たちは一体何をやってるんだろう」という疑問符の方が強く浮かんできて、ちょっと入り込めない部分があった。なんかノリだけで暴力の世界にかかわっていったようなイイカゲンさを感じて。

 

僕はあの時代の学生運動のことも日本赤軍とか連合赤軍とかもその区別すらろくにつかないぐらい無知だし、ぶっちゃけ関心もないんで(当時の映像などの過激派の運動家の演説やインタヴューを聴いても何を言ってるのかさっぱりわからない)、観念的なことをホザいて暴れるテロリストにしか見えず、あるいは学園祭に夢中になってる人々を見てるようなどーでもよさすら覚えてしまった。学園祭とかサボってた人間なんで。

 

いや、若者たちが社会の矛盾や欺瞞に対して疑問を投げかけて、不当な圧力に声を上げて抗議したこと自体は重要だと思いますよ。当時はそのようなことが世界中で同時に起きていて、だから映画もまたそういう流れの中である役割を果たしていたんだということは理解できる。

 

ただ、それとテロ集団にシンパシーを感じてその行動を支持したり自分も暴徒と化すことは同じじゃない。若い頃に自分をヒドい目に遭わせた警官を恨んで「警官を殺す映画」を撮るのと、ほんとに暴力で「革命」とやらを目指すのとはまったく違う。少なくとも僕にはこの映画を観ただけでは若松監督や、やはり映画監督で脚本家の足立正生氏らが大勢を巻き込んでやってたことがまったく理解できないし共感もしようがない。

 

劇場パンフレットで、この映画で若い俳優たちが演じて実名で登場する若松プロの当事者ご本人たちが映画について感想を述べているんだけど、白石監督や脚本家たちから「レジェンド」と持ち上げられて居丈高にダメ出ししている彼らに僕は反感を覚えて、どんな大層な作品を作ってきたのか知らないけど、なんかいけ好かねぇジジイどもだな、と思った。怒るタイミングもよくわかんないし。

 

 

 

僕がこういう「革命」かぶれみたいな人々に物凄く距離を感じるのは、世代や生きてきた環境、ものの考え方の違いもあるけれど、年取った彼らがかつての自分たちを美化して酔っているように見えてしかたがないから。いまだにインテリ崩れのように意味不明な専門用語を使って若い頃に暴れていた自分たちを正当化して悦に入るジジイは大嫌い。あんたらの青春時代なんか知らねぇし、どーでもいいよ、と。

 

まぁ、あの若松プロの後輩たちに対するダメ出しは、同時に若き日の自分たち自身へのダメ出し、ツッコミでもあったのだろうけれど。

 

昔の仲間たちが互いに褒め合ったり、かと思えば急にdisるようなこと言ったり、ただ甘噛みし合ってるだけにも見える。こういう内輪の対談って、憧れも思い入れもない部外者が読むと凄く醒める。

 

とはいえ、この「レジェンド」さんたちの映画『止められるか、俺たちを』へのダメ出しそのものはかなり的を射ており、僕が観ててモヤッとしたところを見事に突いていて(ご本人たちのことは知らないから似てるかどうかはわからないけど、映画の登場人物たちがみんなキャラが薄過ぎる、というのは確かにそう思った)、パンフは一冊1000円とお高いですが読み応えがありました。

 

…というか、パンフの中の解説がないと映画観ただけでは背景がよくわかんないところが結構あるので。せめて映画の最後に、登場人物のその後について字幕と写真で説明を入れるべきだったと思う。

 

若松プロ関係やあの時代を知らない者にしてみれば、「そんなことは知ってたり興味を持ってることが前提」みたいな端折り方は不親切だし、これはシンパとか信者向けの映画なのか?という苛立ちも若干感じた。

 

わからないから自分で勝手に解釈するしかない。だからそうします。

 

劇中でTVで報道されていた三島由紀夫(白石和彌監督自ら演じている)の割腹自殺を井浦新演じる若松孝二が称賛する場面があるけど、とにかく「ぶち壊したかった」んだろう、彼らは。ムチャをやる奴はかっこよかったのだ。

 

一方で、若松孝二が映画作りにたずさわる若者たちに放つ「お前は何をぶち壊したいんだ」という言葉には確かに惹かれるものもあって、そりゃ僕にだってぶん殴ったりなんだったらぶっ殺してやりたいような奴らは今もいるから、そういう怒りのエネルギーを「映画」というものに押し込めて「世界」に叩きつける快感はわかんなくもない。

 

それが自分一人だけじゃなくて仲間たちとの共闘、という形で「祭り」のような熱気を帯びていけば、なおさら気持ちいいだろう。

 

酒飲んで騒ぎ朝まで語り明かす、加藤登紀子の「時には昔の話を」の歌詞のようなみんなで疲れを忘れてワイワイやる楽しさがあって、しかも自分たちは意義のあることをやっているんだと思える行為にのめり込んでいく、そういう若者の姿をここでは「映画」そのものに重ねている。

 

「映画」の代わりが何か他のサークル活動でも「よさこい」でもとりあえずなんでもいいんだろうけど。

 

もしも僕が今10代の後半とか20代の初めぐらいなら、この映画に感化されて映画や芸術の世界に憧れたり、この映画をリアルタイムで映画館で観たこと自体が青春の1ページとしてかけがえのない経験にもなったかもしれない。90年代に観た映画たちが僕にとって懐かしくて、内容以前に鑑賞経験そのものが貴重な想い出であるように。

 

ただ今の僕は主人公のめぐみのように若くはないし、かといってこの映画で描かれた映画作りに懸ける若者たちに自分の青春時代を重ねてノスタルジーに耽ったり、当時の熱さを思い出してあらためて刺激を受ける、みたいなこともなくて、妙に冷めた目で遠巻きに眺めている自分がいたのでした。

 

それはちょうど20年前に若松監督を囲んで熱気に溢れていた若者たちの輪に入れなかった自分を思い出させた。ひと巡りしてまた元に戻ってしまったような、でも確実に年を取ってる自分はもうあの頃のように未来に向かって挑戦する気力も体力も夢もない。若さと青春を思いっきり燃焼させた、という充足感も何かをやり遂げた達成感もないから、ただ虚しさと後悔だけがある。

 

この20年の間に自分の中で失われてしまったものを確認するような、苦い気持ちが残った。

 

映画を観るのと撮るのとでは180度違う」という、めぐみの台詞は、まったくもってその通りでしょうね。

 

そんな自分でもあの頃は世界の一部であることを感じていた、あるいは世界の一部になることを求めてあがいたりさまよったりしていたのは事実だし、「革命」とまではいかなくても、「何か」を残せるんじゃないかという期待はあった。

 

この『止められるか、俺たちを』の中で自分はどんな映画が撮りたいのか悩みながら走り続ける“めぐみ”の姿に、かつての自分の残像のようなものを感じはした。

 

若松監督を目の前で見た僕は彼の世界に魅せられることはなく、あえなくはじかれて、一方では生前の若松孝二に会っていない女優の門脇麦が映画の撮影を通して全身で若松プロの世界に生きようとしたという不思議。

 

「映画」に選ばれる、というのはこういうことなのだろうか。

 

めぐみは「女を捨てた」みたいなことを言ってるわりには普通に男とも寝るし、その結果妊娠する。

 

妊娠六ヵ月で彼女は命を落とす。自殺なのか事故なのかももはやわからないのだという(映画では妊娠の相手が特定できるように描かれているけど、あれは大丈夫なんでしょうか)。

 

映画ではあたかも自殺であったかのように描かれている。直前の涙ながらの母親への電話や睡眠薬の服用が事実なら、自殺と思われてもしかたがないかもしれないが、長篇映画の監督をする予定もあったということだから、あのタイミングで彼女が死ななければならなかった理由がわからない。

 

自分の「映画」を撮ろうと必死に生きた、あるひとりの女性が志半ばにしてこの世を去っていく。

 

そこにある種の痛ましさや青春の疼き、挫折の美学みたいなものを感じて涙を流すことも可能かと思う。

 

劇場パンフ(なんかパンフの話ばっかでごめんなさい)で評論家の四方田犬彦さんが書かれているように、ヒロインが産んだ赤ちゃんをみんなで育てる、という若松監督の映画のような「もしも」の世界、ありえたかもしれない可能性が描かれてもよかった気はする。『ラ・ラ・ランド』のラストみたいな。

 

現実の人の死は伏線も予感もなく時にいきなり訪れるものだけど、「物語」として完結させるためには、その突然の死にもなにがしかの意味付けやカタルシスが必要だろう。

 

映画では、めぐみに寄り添えそうで寄り添えない、わかるようでわからない、モヤモヤとしたものがずっと残った。映画の作り手が実在のめぐみさんに遠慮しているようにも思えてしまった。

 

自分の若き日を確信を持って「俺は、俺たちはこう在った」と語れる人が率直に羨ましい。「あの時代」を生きた人々には熱い自分語りができる特権でもあるかのようだ。

 

死んだ人は何も語れないから、生き残っている人たちがあれこれと今はなき人の気持ちを想像して物語として綴る。事実とは違っているかもしれないが、そうやってかつて生きた人の一部が残っていく。

 

映画も、他者が語り継ぐ人生も、この世に夢見られた「共同幻想」なのかもしれないなぁ。

 

 

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