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エフォートアカデミー塾長日記

静岡県三島市の学習塾「エフォートアカデミー」のブログです。
塾での出来事やお知らせを、私塾長の鈴木がお知らせいたします。
エフォートアカデミーのホームページは、
http://www.effort-aca.com
です。よろしくお願いいたします!

当塾でインフルエンザによる欠席者が相次いでいることは以前に書いたのですが、その後も罹患者の増加に歯止めがかかりません。

当塾程度の規模で8人もの塾生がインフルエンザもしくはコロナに罹患して欠席が相次ぐ事態は、かつてのコロナ禍でさえ経験がない出来事です。まさに「異常事態」なのです。

 

学校ごとに流行時期が微妙にずれてはいるようですが、当塾に限っては学校を跨いだ形でも「感染者だらけ」の状況で、本日も1名が欠席となっています。塾生たちに聴取したところによれば、塾生本人は「大丈夫」だけれど、兄弟姉妹や保護者など、家族内で誰かがインフルエンザに罹患しているケースが極めて多く、この状況は来週になっても継続するのではないかと大いに危惧しております。

現時点において、今週は7コマの授業が「お休み」となり、明日の授業も既に2コマの授業の「お休み」が決まっています。今週については一時的な「塾閉鎖」を真剣に検討したほどでした。

 

当塾塾生のみならず、特にインフルエンザ等の感染症が蔓延している地域の方については、少しでも具合が悪ければ、学校や塾を「休む」という選択肢を真剣に検討していただきたいと強く願います。特に現在は「受験期真っ只中」であり、万が一でも受験生が感染するようなことがあれば、ある意味で「人生を変えてしまう」ことになりかねません。一人が「無理をする」ことで、感染症の蔓延がいつまでも続いてしまうことになるのです。少々調子が悪くても、「頑張って継続する」ことはひとつの立派な美徳であることは確かですが、しっかりと状況を見極めた上で、「お休みする勇気」を持っていただきたいと、私は考えているのです。

 

人間は「社会に参画」することで生きていくことができるのは当然のことですし、そこに「人が集まる」のもまた「当たり前のこと」です。それによって感染症が拡大してしまうことは、ある意味においては「仕方がないこと」なのかもしれませんが、それでも個々が状況を正確かつ適切に把握し、「今、何をすべきか(何をしないべきか)」をしっかりと考えてみることが重要なのです。感染の収束が見通せない中で、無理をして学校に通うことが果たして社会にとって、自らにとって「有益」なことであるのか、俯瞰的に考えてみることが大切なのです。健康に勝る価値などあるはずもなく、「休む勇気」を持つことが、この状況においては何よりも大切であることを理解すべきでしょう。

 

インフルエンザ等に罹患され、辛い思いをされているすべての皆様の一日も早いご快癒を、心からお祈りしております。

 

頑張りましょう!

先日、神奈川県の秦野にて所用があり、朝早くから出かけました。まだ暗いうちに家を出たので、朝食もとらないままの出発でした。明るくなりかけた頃に現地近くに到着、約束の時間までまだ間があるので、迷わず朝食をとることに。向かったのはもちろん「あの店」でした(笑)。

 

糖尿病に罹患している私にとっては、蕎麦は血糖値の急上昇を抑える効果があるとのことで、積極的にとるべき食材のようです。何よりも私自身が蕎麦に目がないので(笑)、現状の私としてこれほど理想的な食材は他にないのです(笑)。加えてこのお店は「モーニングメニュー」がお得であり、これをみすみす見逃す手など、私には存在しないのです(笑)。

上掲の写真が「大〇松〇店」での朝定食です。このボリュームで550円なのですから、クレームなどつけられるはずがないのです(笑)。ただし、日常的に「富士店」を利用している私としては、こちらのお店にかなりの「違和感」を感じざるを得なかったのです。

 

まずは受付のおばさまが驚くほど不愛想で、朝から非常に嫌な気分になってしまいました(笑)。お客さんには仏頂面(これは私だけが嫌われていたのではなさそうで、次々に来るお客さん全員に同じような対応でした。ある意味で一貫性があるとも言えるのかもしれません(笑))、それでいて同じ従業員同士の会話はニコニコと楽しそうに話しているので、何だか複雑な気分になってしまいました(笑)。肝心の朝食そのものについてですが、蕎麦の味は富士店と変わらなかったものの、かき揚げの分量が小さめで、かつ揚げ方が不十分な感じでした。何よりも私が楽しみにしている「蕎麦湯」が全く準備されておらず、ひと言で言えば「がっかりしたお店」という評価を下さざるを得なかったのです。

 

塾業界においても「同じ看板」で商売をされている全国チェーンの学習塾グループがあるのは、皆さんご存知だと思います。同じ看板を掲げていても、教室によってその「質」は様々で、「いい教室」もあれば「ダメな教室」もある、結局は教室長と講師の責任感と能力によってその優劣がはっきりと分かれているのは、当然と言えば当然のことなのです。何事もテレビコマーシャルのようにうまく事が運ぶほど、世の中は甘いものではないのです。お蕎麦屋さんですら「同じ看板」であるはずの店ごとに「格差」があるのに、人間相手の「学習塾」では、担当者の「責任感」によって、より大きな格差があって然るべきだという現実を、決して忘れるべきではないと強く感じます。

 

そりゃそうよ、「どこも同じ」なはずがないのよ(笑)。

 

頑張りましょう!

昨日、ちょっと気になる記事を目にしました。

 

まさに「文武両道」を追求している素晴らしい子供たちです。決して恵まれているとは言えない環境に置かれていても、創意工夫で「何とかしようとする」、まさにこの点が「学び」であり、彼らが実に「優秀」であることを物語っています。現在の高校野球は、文字通り「私学全盛」であり、公立高校は質量ともに私立高校には遠く及ばないのが現実です。そんな歪な現状について、私はあえて改善する必要などないと思っているのです。いつの世だって、スポーツにおいて感動を呼ぶのは「ジャイアントキリング」であり、私自身も「私立に負けるか!」という精神で取り組んできました。甲子園を目指す彼らにとって、まさに「今」の勝負がすべてではあるのですが、私は彼らの5年後、10年後に本当の意味での勝ち負けが現れるのだと思っているのです。

 

一方で、いかに優秀とは言えども、彼らが「高校生」であることに変わりはありません。若さゆえの「慢心」や「過信」も必ずあるはずなのです。だからこそ「指導者の責任」は極めて重いと改めて感じます。

もうかなり昔の話になりますが、地元でトップの進学校が夏の甲子園に出場したことがありました。当時は夜間照明設備もなく、冬場の練習時間はたった1時間半だったと聞いています。それでも持ち前の「優秀さ」で効率的な練習を繰り返し、甲子園でも見事な活躍を披露したのでした。

2年生が中心の若いチームで、翌年の活躍も大いに期待されていたのですが、1年後の「結果」は実に惨憺たるものでした。当時私は某新聞のアルバイト記者として高校野球の取材をしていたのですが、昨夏甲子園で躍動していた選手たちの「変貌ぶり」には、率直に驚いてしまった記憶があります。

 

チーム事情に詳しい関係者に聞いたところ、昨夏の「2年生」たちは甲子園での活躍で大いに自信をつけたところまではよかったものの、その後は明らかに「天狗」になってしまっていたとのことでした。何よりも問題なのは、監督の指示を一切聞かず、個々にセルフィッシュなプレーを漫然と続けていたそうです。そんな様子を苦々しく感じていた有力OBの「懸念」が、1年を経て「現実」となってしまったようでした。

私が抱いていた当時の監督さんのイメージは、とにかく「温厚でいい方」だったように思います。もしかしたら、選手の自主性を何よりも尊重していた、選手想いの監督だったのかもしれません。しかしながら、その想いが逆に自信過剰に陥った選手に「勘違い」をさせてしまったのかもしれません。

 

ここからはあくまで私個人の「私見」ですが、指導者たるもの、特に幼い子供たちを指導する者としては、常に「厳しさ」を持ち合わせていることが必須であると確信しています。その「厳しさ」は、時に子供たちから「理不尽」だと指摘され、嫌われる結果となるかもしれませんが、それでも「指導者」であるならば、「嫌われること」を決して恐れてはいけないと、私は考えているのです。誰だって「好かれたい」という本質的な欲求はあるものですが、こと「指導の場」においてその欲求を貫こうとするのは、まさに「指導者のエゴ」だと、私は思います。「自らが「理想の指導者」として、万人から尊敬の念を受けること」よりも、「子供たちが決して慢心することなく、しっかりと成長していく」ことの方が大切に決まっているのです。

慢心を厳しく諫め、少なくない反発があろうとも、時には必要不可欠な鍛錬は何が何でも完遂させようとする厳しさがなければ、真の意味での「指導者」とは言えないのではないでしょうか?「指導者」として真に評価されるのは「卒業時」ではなく、5年後、10年後で十分だと、私は考えているのです。

 

翻って、私自身はどうかと言えば、まだまだ道半ばなのです(笑)。敬愛する恩師の域には到底及ばない「出来損ない」ではありますが、「嫌われ役」をあえて引き受ける「覚悟」だけは、常に持ち合わせているつもりではいるのです。

 

おそらく「これで完ペキ!」などということは、ないんだろうな~。

 

頑張りましょう!

昨日は所用で朝から遠出していたため、ブログを書く体力が残っておらず、久々にサボりました(笑)。意図せず「書けなかった」ことはなかったので、日に日に体力の低下を実感している私なのです(笑)。

 

ところで、全く関係のない話題で恐縮なのですが、妻は毎日「念入り」にメイクをしてパートに出かけています(笑)。塾の創業当初は塾の手伝いをしてくれていたのですが、独身時代は販売職に就いており、もともと販売の仕事が好きだったこともあって、現在は販売職のパートとして働いています。お金を稼ぐための仕事という側面はもちろんありますが、それ以上に「お客様」と接することが彼女のライフワークになっているようです。

 

そんな妻ですが、結婚以来(というか、独身時代も含め)、それこそ「念入り」に、私からすれば驚くような時間をかけて「メイク」をしています(笑)。このようなことを言うと妻に叱られてしまいますが、メイクをしようがしまいが、私から見ればそうは変わらない(もちろん、どちらも美しいという意味で(笑))と思うのですが、そこは妻の「美学」が決して「妥協」を許さないようです(笑)。

 

10時からの勤務だというのに、朝5時過ぎには起きて、風呂に入ってから朝食を摂り、「朝のお勤め」が始まるのです(笑)。子供たちの「弁当作り」からも既に解放されたというのに、「早起き」の習慣に変化はありません。もっとも、私自身もそうなのですが、年齢を重ねると、意味もなく早く目が覚めてしまうことが多いのですが(笑)。

 

私から見ればまったく無駄の多い行為に見えるのですが、妻からすれば「一日の始まり」への「大切なルーチンワーク」なのでしょう。彼女にとっては時間をかけるだけの「価値がある」行為なのだと思います。私としては、長過ぎるメイクの時間を少しでも削れれば、もう少し睡眠時間が確保できるのでは?と考えてしまうのですが、妻の独自の「価値観」は尊重してあげたいと思います。繰り返しになり恐縮ですが、妻がメイクバッチリだろうが、スッピンだろうが、私はどっちでも構いません。でなければ、そもそも結婚していませんので(笑)。

 

他人から見れば「意味がないこと」であっても、本人にとっては「大事なこと」というものが誰にでもあるものです。それを尊重する気持ちは、実はとても大切なことかもしれない、とふと考えた月曜日の朝なのでした。

 

毎朝「パタパタ」とメイクしている妻に、この映像を捧げます(笑)。

 

おそらく私と同世代に方には「刺さる」歌ではないでしょうか?(笑)。

 

頑張りましょう!

本日のヤフーニュースにこんな記事が。

 

毎年恒例の「インフルエンザ」ですが、今年はなぜか「B型」が流行しているようです。「B型」はあまり流行する印象がなかったのですが、今年は少し様相が異なるようですね。本日土曜日は3時間の振替授業を設定していたのですが、塾生の子がやはりインフルエンザB型に罹患してしまったとのことで、急遽お休みとなってしまいました。来週からは私立高校の受験も始まります。受験生の皆さんはぜひご注意・ご自愛ください。

 

まずは「無事に」受験を迎えられ、とにもかくにも持てる実力をいかんなく発揮できる状態を維持することもまた「実力」と言えるのではないでしょうか?私は元野球少年で、何事も野球に例えることが多いのですが(笑)、特に「投手」においては、「ブルペン」での投球練習では、

 

「こんなすごい球、いったい誰が打てるの?」

 

というような圧巻な投球を披露する一方で、いざ試合本番のマウンドに立つとカラッキシで、そもそもストライクを取ることだけでさえ四苦八苦する「未完の大器(とはいえ、おそらく開花することは永遠にない(笑))」を何人も見てきました。「ここ一番!」という「勝負時」に、怪我を繰り返す「実に勝負弱かった人」もいました。能力はありながらも、それを「本番」で十分に発揮できないのは、いかなる理由があったにせよ、やはり「実力不足」の烙印を押されても仕方がないのではないかと思います。

 

いくら注意しても「病気になるときはなってしまう」のが「ナマモノ」たる人間の性ではありますが、「ここぞ!」という時のために万全の対応をしておくことは、特に「勝負時」を目前に控えた受験生にとっては最低限の義務なのです。万全の態勢で受験を迎え、それでも「力及ばず」であったのならばまだ諦めもつきますが、持てる実力の片鱗さえも見せることができずに、言わば「戦わずして敗れる」ことになれば、それこそ「一生の後悔」として胸に刻まれてしまうでしょう。感染対策に「これで万全!」などということはありませんが、手洗い・うがい・マスク着用等々、「できること」はすべからく実行するという「当たり前のこと」をしっかりと、かつ必ず実践するようにしましょう。

 

「持てる能力をいかんなく発揮できる」こともまた「実力」のひとつなのだと、私は考えているのです。

 

頑張りましょう!

昨日、車検を目前に控えたかなりくたびれた軽自動車を点検していました。もともとは母が運転していた車ですが、もはや置いておくだけでも危険なので(笑)、今春就職のため自宅を出る予定の「元・長男(現・三男)」(笑)が持っていく予定の車です。一応車検は取りますが、就職後比較的早期に乗り換えてもいいように、必要最低限の整備で済ますつもりです。

 

そんな折、母の妹である、私にとっては「おばさん一家」の皆さんが、お祭りへ行った帰り際に寄って下さいました。母の様子を気にかけてくれていたようです。実はおばさんのお宅でも、母と「同級生」であるご主人が5年ほど前から認知症を患っていて、私どもと同じような悩みを抱えており、私自身もおばさんには時折相談に乗って頂いておりました。

 

ボケる前から元来「外面」だけはよかった母は(笑)、この日も突然の妹の訪問に気を良くしたのか、嬉々として会話を楽しんでいたのでした。自らが全く「ボケている」という意識がない母は、

 

「まだまだ元気で、歩いてスーパーまで行くのよ!」

 

と、何だか自慢げに話していたのですが、我が家にとってはこれが現状における最大の問題となっているのです。

 

母は歩いて30分ほどのスーパーまで、「隙あれば」私たちの目を盗んで勝手に行ってしまうのですが、「必要な買い物」であればまだしも、毎日「同じもの」を繰り返し買ってきてしまうのです。それが「保存がきくもの」であれば「まだマシ」なのですが、悪いことにそのすべてが「ナマモノ」であったり、「保存がきかないもの」であるから、実に厄介なのです。

決まって買ってくるのは、「生たらこ(もしくは明太子)」「釜揚げシラス」「わさび漬け」「惣菜(ほとんどコロッケ)」、この4品を大袈裟ではなく、本当に「毎日」買ってきます。酷い日には、帰宅後すぐに買ったことさえ忘れてしまい、「ナマモノ」が何日もバッグの中に放置されていたり、家族が発見しづらいような、茶箪笥の奥の方にしまいこんでしまい、気づいた時には冷蔵庫がいっぱいになっていたり、謎の異臭が漂っていたりするのです。

妹が日々対応してくれてはいますが、それでも昨日は生たらこ(明太子含む)、釜揚げシラスをそれぞれ5個、コロッケ1パック(2パックあったのですが、うち1個は賞味期限が過ぎているものの、もったいないので私が食べることを決意しました(笑))を泣く泣く処分しました。

 

母が実に「悪質」なのは、それらの購入してきたものを決して「自分では食べない」という点です。常に、

 

「お前たちのために買ってきてやっているんだ!」

 

という、ボケているとはいえあまりにも傲慢なスタンスで、家族全員辟易としているというのが実情なのです。おそらくは「買い物をした」という事実のみで「実に満足」しているということなのでしょうが、付き合わされる家族としてはかなり大変です(笑)。加えて、何よりも食材を育て、製造されている皆様に対して、決して意図的ではないとはいえ、一所懸命に作られた食材を結果として「無駄にしている」ことに対して、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいなのです。

 

とりあえずの対応として、デイサービスを現状の週2日から3日に増やして、「買い物に行く機会」を極力なくす方向に動こうとは思いますが、それでも母の、

 

「お前たちのために「やってやっている」んだ!」

 

という傲慢極まりない姿勢は、きっと治らないのだろうと、ある種絶望的な気分の私(と家族)なのでした(笑)。

 

何かよい解決策はないものですかね~。

 

頑張りましょう!

先日、以下のような記事を書きました。

受験対策を過去問消化に依存するのは危険だという趣旨だったのですが、私が過去問を嫌う「別の理由」もあるのです。

それが、コレ。

国語の問題文において、例年「著作権の問題」により過去問に掲載不可なケースが多いのです。学校によっては、入試問題に著作権の絡まないものをあえて選択しているところもあるようですが、数年分の過去問を購入しても、「国語」についてはほぼ「使えない」状態を放置している学校も少なくありません。

 

書店などで売られている「過去問」は、その「実に乏しい分量と内容」とは反比例するように、価格だけは極めて高額で、少なくとも中学生が気軽に購入できる金額ではありません。出版社側からすれば、著作権の問題で「掲示したくても掲示できない」状況なのかもしれませんが、決して安価とは言えない対価を中学生に支払わせておきながら、完全なる「不良品」を平然と納めようとする姿勢は、私としては全く感心できないのです。せめて「国語」が使えないのであれば、その旨を一目でわかるように記載した上で、価格も抑えるくらいの配慮はあってもよいのでは?と感じてしまいます。

 

詳しい事情がわからずに、推測のみで話をするのはややアンフェアだということは重々承知しつつ、あえて申し上げますが、この過去問なるものの「決して安くはない購入価格」はいったいどのように配分されているのでしょうか?印刷等の業務にかかわる経費を除いた「粗利益」について、当然のことながら出版社として利益を得るのでしょうが、その一部は高校側に流れているということなのでしょうか?それでも「完璧なもの」であれば我慢もできますが、蓋を開けてみれば「全く使えないシロモノ」であったとすれば、それが著作権問題という「やむを得ない」問題であったとしても、受験生としては「理不尽極まりない!」と感じても仕方がないと、私は考えます。この点について、出版社の方は勿論のこと、高校側の責任者はどのようにお考えなのか、ぜひ一度お話を伺ってみたいと思います。

 

とある県外の高校では、「過去問」をホームページ上に掲載し、それこそ「誰でも自由に、無料で見れる」ようにしてくれています。受験生たちもきっと感謝しているはずです。諸々の「大人の事情」はあるのでしょうが、私の立場からすれば、まずは受験生本人が「割を食う」ような現状について、ぜひ改善していただきたいと強く願う次第です。

 

今のご時世、こんなことが許されているのは「過去問」だけじゃないのかな?

 

頑張りましょう!

 

先日、ヨーロッパのサッカー界で驚くようなことがあったようです。

 

スペイン代表の監督経験まである著名な監督が、自らが率いるロシアのクラブチームのトレーニング計画について、そのすべてを「チャットGPT」任せにしていたということ、それによって選手のトレーニング計画が「28時間睡眠なし」という、にわかには信じ難いデタラメな結果を導き出していたとのことでした。これを知ったチーム幹部は即座にこの監督を解任したそうですが、著名な監督でさえ「AI頼り」な思考になってしまうとは、かなり衝撃でした。

ただし、この報道の「信憑性」についてはやや「眉唾モノ」のようで、当の監督自身は練習や戦術の計画にAIを度々利用していたことは認めたものの、記事にあるようなエキセントリックな練習計画などは断じて立案・実行はしていないとのこと、そりゃそうです、プロスポーツ選手に睡眠さえ与えない練習計画など、文字通り「狂気の沙汰」なのですから(笑)。マスメディアの商業主義と欺瞞性に騙されることなく、「健全な疑問と批判精神」は常に持ち合わせていたいものです。

 

上掲の記事が「すべて事実」かどうかは別として、プロスポーツ界のみならず、すべてのビジネスにおいてAIの技術の重要性はますます高まっていることだけは確かです。かく言う私自身も、スマホのカメラで問題文を読み込み、ものの数秒でたちどころに解答と解説が表示されるシステムについては、時折利用させて頂き、大いに参考にさせてもらっています。

その「精度」もかなり上がってきてはいるのですが、それでも時折「実におかしな」回答をする場合があり、現状においては最終的な「人間によるチェック」は欠かせないと感じています。

 

そもそも「機械」というものは、人間の生活を便利に、豊かにするものであるはずで、「人間の意志」を代行する存在ではありませんし、機械が人間の意志を代行するような社会など、想像しただけでも恐ろしいことです。「機械」は「使うもの」であり、決して「使われるもの」ではないことを、我々は肝に銘じるべきでしょう。

 

「最も効率的に帰宅できるルートを探索して!」とAIに依頼すれば、きっと最短時間で、かつ省燃費なルートを即座に提供してくれるでしょう。けれども、「最短ルート」など辿らなくとも、冬は澄み切った空の満天の星を眺めながら、春は満開の桜を愛でながら、夏は心地よい夜風に当たりながら、秋は真っ赤に染まった紅葉を眺めながら「寄り道」して時間を「浪費」することが、「ミスだらけ」の人間にとって数値だけでは測りきれない「効用」だと、私は考えているのです。

 

ですから、塾生の皆さんは「宿題」を「チャッピー」に聞いてやってきてはダメですよ!(笑)。試験会場まで「チャッピー」を連れていくことはできないのですから(笑)。

 

頑張りましょう!

私が高血圧や糖尿病等々の「成人病」と呼ばれる病には漏れなく罹患していることはこのブログにも何度も書きました(笑)。そんな不健康極まりない私ではありますが、それでも小康状態を維持している要因は、まさに「食事制限」だと思っています。

某「ドン〇・ホー〇」には豊富に食料品を扱っている店舗があり、そこで「鶏むね肉」の塊をまとめて購入しています。細かくカットされていないのが「ミソ」であり、グラム60円台の驚愕の安さ、しかも脂肪分がほとんどないヘルシーなお肉です。一方で、脂肪分がない鶏肉は実に味気ないので(笑)、多少の工夫が必要ですが、元来ものぐさな私としては、極力手を掛けなくて済むように、市販のだし汁と焼肉のたれで味を調整して頂いています。キャベツもあらかじめざく切りや千切りにしてタッパーに詰めて保存していて、いつでも食べられる状態にしています。鶏肉をそのまま焼いて食べたり、あるいはキャベツいっぱいの鍋にして頂いています。

キロ単位で大量に買ってきた鶏肉を一気に消費できる訳がないので(笑)、ほとんどは細かく切ってタッパーに詰めて冷凍保存しておきます。これで少なくとも数日はもちますね。時折鶏むね肉に代えてグラム70円台の豚切り落とし肉を購入することもありますが、それは私自身への「ささやかなご褒美」でもあるのです(笑)。

そして「主食」はこれ、お決まりの「オートミール」です(笑)。大さじ6~7杯程度を器に入れ、少量の水を加え、さらに「化学調味料」をひと振りしてレンジで3分、これで立派な「白米の代用品」が出来上がりです(笑)。決して「白米のクオリティー」を期待してはいけないのですが(笑)、それでも私にとっては「白米の劣化版」としての「代用品」にはなっています。今ではほとんど白米を口にすることはありません。また、いろいろと苦言を呈されることが多い「化学調味料」ですが、上記のような「やや味気ない食生活」の中において、化学調味料はまさに私にとっての「救世主」となっているのが実情です(笑)。

 

このような食事を3食、もう1年以上継続していますが、以前は頻発していた糖尿病を起因とする「副反応」は、全く出なくなりました。血糖値の推移も良好で、継続的に服薬している以外は「健康で小太りな初老のおっさん」を維持できているのでは?と密かに自負しているところなのです(笑)。

 

まあ、味気ないといえば味気ない食事ではあるのですが(笑)、体重も増えず、血糖値も維持され、おかしな体調悪化もないから続けていられるのかな、と感じています。とはいえ、たとえ「命」や「健康」であっても、何を優先するかの価値観は人それぞれであり、こんな「鳥の餌」みたいな食事は耐えられない!というご意見も十分過ぎるくらい理解できる私なのでした(笑)。

 

「長く生きるだけが、人間の価値ではない」という考え方もよくわかります。私は「心地よい」と感じる限りは、今の食生活を続けていこうと考えています。

 

頑張りましょう!

昨日日曜日はブログを更新することができませんでした。時折面倒になってサボることはありますが(笑)、「書こうと思っていたけど書けなかった」ということはほとんどありません。にもかかわらず、「書けなかった」のには大きな理由がありました。

 

日曜日は朝から所有しているアパートついて、不動産屋さんと面会を予定していました。アパートまでは徒歩圏内であり、当然徒歩で向かったのですが、少しだけ気になることがありました。

私は普段「スリッポン」と呼ばれる、靴ベラや手を添えなくても踵がスムーズに入る靴を愛用しています。踵部分が頑丈に出来ていて、靴を履く際の手間が大幅に削減できる「スグレモノ」なのです。母が踵を潰して歩く癖があるため、急遽昨夏に購入したのですが、その際に「自分用」もちゃっかり購入したのでした(笑)。

 

この靴、実に履きやすい一方で、ちょっと気になる点もあるのです。踵部分を頑丈に作っている設計上なのでしょうが、かなり「厚底」の印象を受けるのです。他の靴を履いた後では、その「厚底」さが際立つ感じで、率直に言えば「やや歩きにくい」ケースがあるのです。

短距離とはいえ、この靴を履いて歩いていくのにやや不安を感じてはいたのですが、約束の時間も迫っていたことから、履き替えることもなく家を出ました。

自宅から数十メートル先のご近所さんが洗車をされていて、ご挨拶をした瞬間に、「その時」は訪れたのでした(笑)。

 

道路の小さな凹凸に足を取られ、それは見事に転倒してしまったのでした(笑)。瞬間的に「受け身」を取ったので、膝に僅かな擦り傷のみで済んだのが幸いだったのですが、ご挨拶をさせて頂いたご近所さんは、急に私が消えたのでさぞ驚かれたのではないかと思います(笑)。

 

その後、何事もなく小一時間の面会を終え帰宅したのですが、何だか膝周りが痛いのです。擦り傷は本当に大したことがない傷で、問題は一見すると「何でもない」ように見える膝の痛みです。筋肉痛なども同じなのですが、年を取ると「その場」での変化は感じませんが、時間が経ってからあちこち痛み出すことがあって、本当に困ってしまいます(笑)。こういう時は決して無理をせずに、大人しく休んでいる他に対処のしようがありません。いささか不本意ではありますが、ベッドの上で「大人しくしていた」のでした(笑)。昨日は授業を入れていなかったのが不幸中の幸いでした。

 

私立高校受験はもうすぐです。受験生のみならず、指導する私自身が自らの体調に十分配慮しなければならないと、肝に銘じた週末なのでした。

 

「歩いている時、自分が思っているより足が上がっていないんだよね~年かしら?」

 

妻の放ったひと言に、ただただ頷くばかりの私なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!