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エフォートアカデミー塾長日記

静岡県三島市の学習塾「エフォートアカデミー」のブログです。
塾での出来事やお知らせを、私塾長の鈴木がお知らせいたします。
エフォートアカデミーのホームページは、
http://www.effort-aca.com
です。よろしくお願いいたします!

我が家から文字通り「数歩先」にはそこそこの病床を持つ病院があります。そしてこの病院こそが、現在認知症である母がお世話になっている病院なのです。

 

もっとも、我が家は極めて至近でありながら、長らくこの病院を利用することは「禁忌」とされてきました。というのは、私の叔母(私の父の妹)が若くして子宮がんで亡くなっており、最初に「誤診」したのがこの病院だと言い伝えられてきたからです。

叔母が亡くなったのは、私が生まれる前年であり、当時は現在ほど医療技術が進んでいなかったのは明らかで、「誤診」だと断言するのには無理があるのでは?と今になって思うのですが、それでも20代前半の若さでこの世を去らなければならなかった娘の無念を思えば、「誰かのせいにしたかった」という気持ちが、わからなくもない私なのでした。

 

そんな長年の「禁忌」がようやく明けたのが、他でもない私自身の病気がきっかけでした。今から20年ほど前、とある塾の「雇われ教室長」だった私が、塾生から「おたふくかぜ」をもらってしまい、42度を超える発熱でフラフラ状態になってしまいました。当時は妻との結婚が決まっていて、成人男性の「おたふくかぜ」が、生殖能力に影響を及ぼすのではないかと随分心配したのですが、そんな時お世話になったのがこの病院でした。

今は母に連れ添って病院に通っていますが、当時の私はとにかくフラフラで(笑)、恥ずかしながら母の肩を借りながら病院まで「たどり着いた」というのが正直なところでした。無事に2人の子供に恵まれたのは、こちらの病院の方々の尽力が大きかったのです。

 

もともと「内科」と「精神科」を標榜している病院で、母のような認知症の患者さんも散見されていました。当然のことながら、母には精神科系の先生が担当になってくださっていますが、母の「訳の分からない話」だけでなく(笑)、介護する家族としての私の話も実によく聞いてくださいます。

 

「今(ボケているのに、体だけは丈夫で、徘徊が酷い状態)が一番辛い時ですね。でももう少し、悪い意味ではありますが、落ち着く時期が来ますから、もう少しの辛抱です!」

 

「この病気は、一所懸命に介護する身内には「わがまま放題」で、「外面」だけは良くしようとするから、ご家族の皆さんはやり切れないですよね・・・」

 

経験ある医師とは言え、あまりにも的確に「私の心情」を言い当ててくれた言葉に、何だか救われたような気がしたのです。人間には「寿命」があり、医師でさえその「運命」には抗うことができないという現実を直視した上で、いかに患者に寄り添い、同情し、その時々に的確な助言や労いを提供できるのか、医師の「腕」は何も医療技術そのものだけではないように強く感じた次第です。

 

少なくとも、長年「禁忌」扱いにするような病院ではありませんでした。家族として心からお詫び申し上げるとともに、病院関係者の皆様に改めて感謝申し上げたいと強く感じた日曜日の朝なのでした。

 

やっかいな「ボケ老人」で恐縮ですが(笑)、母が安らかな最期を迎えられるその日まで、引き続きよろしくお願いいたします。

 

頑張りましょう!

「勉強」と「スポーツや部活動」の両立を目指すことが、開塾以来の当塾の「塾是」です。ですが、文字通り「言うは易し 行うは難し」であり、決して容易く達成できるものではなく、だからこそ価値があるのだと、私は考えているのです。

 

これはあくまで私自身の「経験則」ではあるのですが、高校時代、野球部で活動していた私は、学業成績が上がるにつれ、野球の技術も見る見る向上していくという「事実」を実体験することができました。もちろん「私レベル」の話ですから(笑)、もっと高次元で頑張っている人の足元にも及ばないことは言うまでもないのですが、それでも、少なくとも「両立を目指す」ことに大きな価値があるということは、私の実体験からも間違いのない事実だと思うのです。

 

一見すると、学業とスポーツやその他の活動に関連性があるとは思えないのですが、平たく言えば「賢くなる」ことが、あらゆる面において「効用」をもたらすことは間違いがありません。

活動期間が限られている「学生スポーツ」においては、いかに効率的に研鑽を積んでいくかということが極めて重要となります。指導者の「言われるがまま」に、何の主体性もなく日々を「やり過して」いるのであれば、大きな成長はとても望めないでしょう。

自ら考え、試行錯誤しながら主体的に鍛錬を重ねていくことこそが、「上達」への唯一の道だと、私は考えているのです。学業以外においても、「自ら考えて行動する」ことは極めて重要であり、そのための素養を養うためには、学業においても「決して手を抜かない」姿勢が大切だと思うのです。

 

「考える」ことを端折って、ただただ「行動に移す」ことは、まさに「暴挙」だと言えるのではないでしょうか?「思索の先」に見えてくるのは、自らの成長のための効率的な道筋であり、「自ら考えて行動する」という主体性を養うことに繋がるのだと、私は信じて疑いません。

 

そして「思索する能力」を大いに助けるのは、他ならぬ「学業への取り組み」なのです。「学生の本分」は「学業」であることは当然ですが、スポーツや部活動に情熱を捧げる皆さんにとっても、「学業」が足を引っ張ることになるどころか、「ひと皮むける」ための助けになることがあるという真実に、ぜひ気づいていただきたいと強く願っております。「思索の先」に見えてくるものは、きっと皆さんの想像以上の「結果」であると、私は考えているのです。

 

「勉強」も「それ以外」も、ひたすら頑張る子供たちを、これからも全力で応援したいと強く願っている、土曜日の朝の私なのでした(笑)。

 

頑張りましょう!

私はすこぶる体調が悪い時を含め、学生時代に「学校に行かない」という選択肢は全くありませんでした(大学時代は除く(笑))。幸いにして私には「野球」という、青春を捧げるに値する対象があり、「野球」の前では「流行り病」が流行しようが、台風が吹き荒れようが、とにかくチャリンコで学校まで通い、必死に練習し、眠い目を擦りながら勉強する日々が「当たり前」だと思っていました。精神的・肉体的には決して楽ではない日々でしたが、それでも大変有意義で、ありがたかった学生時代を過ごすことができたと、今でも感謝しているのです。

 

一方で、現在はどの学校においても「不登校」の子がたくさん存在しています。学校は時に煩わしく、面倒な場所ではありますが、「学校に行くのが当たり前」だった私には、彼らの「本当の気持ち」は理解できないのかもしれません。

ただ単に親子揃って「怠惰な生活」を送っているだけが理由なのであれば、文字通り「論外」なのですが、実のところ「通いたくても通えない子」が相当数いることも、また事実なのです。幼くして体調が優れずに、どうしても学校を休みがちになってしまう子を見ると、私自身も胸が締め付けられるような気がします。私のようなうらぶれたおっさんのことはどうでもいいので(笑)、未来のある、大いなる可能性を秘めた子供たちの「健康を守ること」に対して、国や自治体はもっと知恵と労力とお金をつぎ込んでいただきたいと強く願います。

 

また、人間関係に悩み、学校にいけない子も数多く存在します。「いじめ」の問題が叫ばれて久しいですが、学校における「いじめ」は一向に収束の兆しを見せず、年を追うごとに深刻化・凶悪化しているようにさえ感じます。私は学校に行くことによって、「心」が耐えられなかったり、身体的危険が迫っている状況があるのであれば、躊躇なく「学校に行かない」選択をするように勧めています。まずは自らの「身の安全」を確保すること、そして本来「楽しい」はずである学校がこのような事態に至った原因は、専ら「学校関係者の大人たち」にあるのであり、不登校の子たちが負うべき責任ではないと思っています。

 

ただし!(笑)、「学校に行かないこと」と「勉強しないこと」は決して同義ではないということだけは忘れないでください!考えてみれば、学校に「嫌な奴な嫌な先生」がいたところで、「たった3年間」の付き合いなのです。高校へ進学すれば、また新たな人間関係が構築できるはず、そのために学校へ行かずとも、勉強を継続することは何よりも大切なのです。図らずも「不登校」という苦境に陥ってしまったことは実に不幸なことでしたが、そんな状況から「抜け出す」ことが、自分自身の新たな「価値」を見出すきっかけになるのだと、私は考えているのです。

 

困ったら、ぜひ当塾にお気軽に声を掛けてください。私は決して優しくはありませんが(笑)、「諦めない」のであれば、トコトン付き合いたいと思っております。

 

以前このブログにも書いたのですが、中学時代は「完全不登校」だったにもかかわらず、何とか進学した高校では、卒業式に「皆勤賞」をしらーっと貰っていた猛者がいました(笑)。小学5年生から大学入学まで通ってくれた、私にとっては「忘れ難い子」でしたが、日々私からの厳しい叱責を受けていたにもかかわらず、なぜか「一番乗り」で通塾し(そりゃ、学校行ってないから来るのは早いのです(笑))、「塾と高校」だけは確かに「皆勤賞」でした(笑)。

 

人生を変える小さな「きっかけ」が当塾であったならば、私にとってこれほど嬉しいことはありません。

 

頑張りましょう!

「じゅくちょう、私ね、この学校に来て本当に良かったと思っている。あんまり勉強が好きじゃなかったから、小学4年生から受験勉強するのは正直辛かったけど、だからこそ今が楽しんじゃないかと心から感じるんだよね。

 

受験の直前にお母さんが突然亡くなった時は本当に悲しくて、こんな状態で受験なんてできるのかな、と本気で悩んだけど、このまま周りの人から同情され続けるのはどうしても嫌だった。何だか「負けたくない!」って気持ちが強くて(笑)。それで頑張れたのかな、と今になって思う。

 

普通は中学3年、高校3年と別々の学校で過ごすのだろうけど、私は6年間をこの学校で過ごす。大学にも進学するだろうけど、大人になってからも、私の「母校」だと胸を張って言えるのは、やっぱりここだと思うんだよね。」

 

お母様が亡くなる直前に、私に送信されてきた、

 

「娘の受験、どうぞよろしくお願いします。」

 

というLINEのメッセージを今も消すことができません。

来年はいよいよ大学受験を迎える彼女、頑張れ!

 

 

「俺はね、知っての通り勉強はあまり得意じゃない(笑)。でも、小学6年生の時に「一日体験入学」に参加したのをきっかけに、「ここしかない!」って感じちゃったんだよね(笑)。そこからは受験勉強にもより真剣に取り組めたんじゃないかと思う。

 

普通の子と違って、僕らはここで「6年間」を過ごした。だから学校への「想い」も普通の子の倍くらいはあると感じるんだよね。俺にとっては、「高校受験」がなかったことも大きかった。ただ単に高校受験の勉強を避けたかっただけじゃなくて(笑)、受験がなかったからこそ「ビブリオバトル」に出会えて、情熱を注げたから。今は何とか大学生になれたけど(笑)、俺にとっての中高一貫校での6年間は、きっと一生忘れることができない、大切な思い出になるはずだと思うよ。」

 

勉強が苦手なはずの次男が、「一日体験入学」を契機に、なぜか頑張り始めてしまったのは、今や懐かしい思い出です(笑)。彼にとっては、この中学受験が今後の長い人生における重要な転機になったことだけは確かなのです。

 

 

私がいくら「中学受験の効用」を熱弁したところで、実際に自ら受験を経験し、貴重な6年間を過ごした彼らの「想い」に耳を傾ける方が、ずっと有用なのは言うまでもありません。

「6年間」だから、「母校への想い」も「倍」になる!この事実だけでも、中学受験を志す「理由」として十分過ぎるのではないかと、私は考えているのです。

 

中学受験まであと1か月、全国の中学受験生の皆さんの健闘を、心から祈念しております。ファイト!

 

頑張りましょう!

当塾の「そろばん教室」に通っている子の中には、いわゆる「習い事」を3つ、4つと掛け持ちで頑張っている子が散見されます。

それこそウイークデーはほぼ全部が「習い事」で埋め尽くされ、週末にもスポーツ教室なんかを予定に入れている親子もいます。参加する子ども自身はもちろんのこと、参加させている親御さんの時間的・肉体的・経済的負担はいかばかりかと、ただただお察しするのみの私なのです(笑)。

 

幼少期に「習い事」をさせる目的は様々だと思いますが、ひとつには将来の「勉強」に資するための素養を身に着けることもあるでしょう。このブログでも何度か記事を書きましたが、幼少期における計算の訓練は、後の数学的能力の成長に大きな影響を及ぼします。あくまで私見ではありますが、幼少期における計算訓練は非常に重要だと実感しているところです。

 

また、親として我が子に様々な「経験」をさせてあげたいという気持ちもあると思います。色々なことに「手を出して」みて、その中から我が子の特性に合った分野を見つけてあげることも、親としての重要な仕事だと思うのです。

私の愚息の例でいえば、「ビブリオバトル」という摩訶不思議なイベントにすっかりハマってしまったあまり(笑)、もともと好きだった読書がもっと好きになり、言いたい放題の「書評」が、なぜか褒められて、全国大会まで出場できることになった事実は、次男にとっては「のめり込む」には十分過ぎる理由だったのではないかと思うのです。情熱を傾けるべき「対象」が見つかった人は、やっぱり「幸せ」なのではないでしょうか?

 

あくまで子ども自身が「嫌がっていない」ことが前提で、自ら望んで通い出し、途中で投げ出すようなことさえしなければ、親の「ゆとり」がある限り、我が子を様々なことに「首を突っ込ませる」ことには、私としては賛成の立場です。そのすべてが「自分に合っている!」などと感じるはずはありませんが(笑)、それでも数多の「体験」の中から、子ども自身が情熱を傾けるべきものが見つかったのであれば、すべての「習い事」は成功裡に終わったのだと、私は考えます。「可能性」というものは、きっと「些細な事」の中に隠れているのかもしれません。親子で子供の「可能性」を探ることこそが、真の意味での教育なのかもしれないと、ふと考えた水曜日の午後なのでした。

 

それでも、付き合う親は大変だけど(笑)。

 

頑張りましょう!

受験においては、当然のことながら受験生自身の「頑張り」が最も重要ではあるのですが、受験生を取り巻く「家族」をはじめとした周囲の人間の動向によって、その成否が決定づけられることが「意外に多い」ような気がしてならないのです。

 

私は常々、受験生については「年末年始のイベント」について、自粛するように伝えています。受験生本人は勿論のこと、ご家族の皆さんにもぜひ協力していただき、「個人戦」ではなく「団体戦」として、家族で受験に向き合ってほしいという強い思いから、このような「非情なお願い」をしている訳です(笑)。

 

ところが、そんな受験生の「人生における頑張り時」に至ってもなお、何かと水を差そうとする「身近な存在」が散見されてしまうものなのです。

もう数年前になりますが、受験まで1か月という時期に、なぜか一族郎党で「海外旅行」に出かけるという決断をした「猛者」がいました(笑)。受験生本人は、受験直前に海外旅行に出かけるということに少なからず不安を感じていたようですが、「親」というよりも「祖父母」が本当に「ダメダメな方たち」だったのです。

お金持ちのご一家だったことは言うまでもないのですが、このご一家では1年に一度、必ず海外旅行へ行くことが「決まり」になっていて、その「決まり」を孫の受験直前期であろうとも「強行する!」という決断をされたそうです。受験生本人が懸念を抱える前に、既に「おばあちゃん」が海外旅行の予約を済ませてしまい、もはやキャンセルできなかった状況だったようです。私も長年様々なご家族を見てきましたが、この時ほど「開いた口が塞がらない」状況になったのは、過去から現在に至っても「これっきり」ですし、おそらくは今後も現れないのではないかと思うのです(笑)。ちなみにこのご家族、受験直前でありながら、冬休みなどの長期休暇を利用しての「旅行」ではなく、「受験直前期を迎えた受験生」に、「学校を1週間ほど休ませて」旅行に向かったのでした。呆れて物も言えません(笑)。

 

もちろん私としては何度も窘めたのですが、

 

「家族の問題だから!」

 

と全く聞く耳をもってもらえず、私自身も嫌~な気分になってしまったのでした(笑)。

 

一方で、同じ「お金持ち」であり、ハワイにコンドミニアムを所有されていて、例年お正月は家族でハワイに旅行し、ホノルルマラソンに参加するのが「恒例」であったご家族もいらっしゃいましたが、3人のご兄弟が立て続けに中学受験を迎える際、私が恐縮しながら、

 

「数年はお正月のハワイを我慢して頂けますか?」

 

とお願いしたところ、その趣旨を理解して下さり、子供たちの受験がすべて終了するまでの数年間、家族旅行を自粛して下さったご家族もいました。その間はコンドミニアムの維持管理のため、お父様だけが何度かハワイに出向かれたそうですが、いまだにちょっと申し訳ないことをしたな、と恐縮しております。もちろんお子様たちは皆、「無事合格」されています。

 

受験生とはいえ「子供」であることは事実であり、周囲の環境に影響されやすいのは、ある意味で仕方がないことだと思います。大切なのは、受験生を取り巻く「大人たち」がどのように振る舞うのか、ということではないでしょうか?そう考えた時、受験というものが「個人戦」ではなく、家族を巻き込んだ「団体戦」だと捉えることができるのではないかと、私は考えているのです。受験における「大人の責任」は、案外重いものなのかもしれません。

 

親として、祖父母として、孫の「受験」の邪魔だけにはなりたくないものですね~(笑)。

 

頑張りましょう!

数か月前に、新婚の頃妻とペアで購入した「某高級腕時計」を売却、そこそこの「臨時収入」が入り(笑)、妻が以前から欲しがっていた乾燥機や物干し台などを購入しました。もう20年前に購入した時計ですが、文字通り「プレミアム価格」となっていてびっくり(笑)、その割に身に着ける機会があまりなかったのが実情で、時計好きの方やお金持ちの方に使っていただいた方が「某高級腕時計」のためにもよかったのではないかと思います(笑)。

 

その際に「時計がなくなったから」と、新たに腕時計を購入したのですが、どうせならとそれほど高価ではない「スマートウォッチ」を、今度も「妻とお揃い」で購入したのでした(笑)。

スマートウォッチは実に便利で、特に健康維持に関する機能については非常に有用だと感じます。同時に、私自身も忘れていた様々な「情報」も提示してくれるのです。そんな中、先日気になるお知らせがスマートウォッチに映し出されたのでした。

名前のところはボカシてありますが、「34歳の誕生日」を迎えるのは、まごうことなき私の「かつての教え子」なのでした。おそらくはスマホの電話帳にでも誕生日が記録されていたのではないかと思います。こんな細かな情報まで掘り起こすとは、恐るべし「スマートウォッチ」(笑)。

 

彼女は倅たちと同じ地元の教育大学へ進学しました。言わば倅たちの「先輩」にあたります。大学卒業後、中学の先生になったこと、数年前に結婚されたことは聞いていましたが、それ以外の情報はわかりません。大学時代は当塾で講師として働いてくれていたこともあり、なかなかに思い出深い「教え子」でした。

彼女が高校時代、「職場体験」があったのですが、それが偶然にも長男の「幼稚園」での体験で、長男のお迎えの際に「さよならのハグ」をしていたのがこの子であったのにはびっくりしてしまいました(笑)。

 

「え!こんなところで何やってるの?」

 

「え!じゅくちょうこそ何してるんですか?」

 

「いや、ソレ、俺の息子(笑)」

 

こんな思い出が昨日のことのように思い出されます。

 

そんな彼女が、もう「34歳」とは、私も歳をとるはずです(笑)。きっと今頃は「仕事」に「子育て」に、日々奮闘されているのではないでしょうか?

「塾の先生」の数少ない「利点」は、かつての「教え子たち」の成長を実感できることに尽きると、私は考えているのです。実に幼かった中学生が成長して、今や私なんかよりもずっと立派な「大人」として社会に参画している、こんな「当たり前」なことにロマンを感じられるからこそ、「塾の先生」なんかを続けられているのではないかと、ふと感じた月曜日の朝なのでした。

 

私の「教え子」たち全員が、「幸せな大人」となっていますように。

 

頑張りましょう!

当塾はマンツーマンの個別指導塾ですので、どのような状況にも対応が可能です。

学習レベルを問わず、科目も問わず、とにかく学習上の問題について、それこそ「何でもござれ!」というスタンスなのです(笑)。

 

とある中学生は、とにかく「私を負かす!」ことにご執心でした(笑)。トップ校の合格のみならず、合格者の中でも上位の成績を獲得したかった彼は、とにかく私を学力的に「負かす」ことが当面の目標であったという不思議な子でした。これくらいの学習レベルの子だと、自主的に十分な学習量を確保していますし、塾として「教えること」は多くはありません。あとは実践的に「テストで点を取る」ことをメインに鍛錬を重ねればよいのです。この子との授業は、私と彼に同じ問題を用意して、「ヨーイ、ドン!」で同時に取り掛かり、まずは「どちらが早くできたか!」の勝負(笑)、その後解答・解説をして、間違った部分を検証するのは勿論のこと、「いかにして早く、正確に解答するか」という論点について何度も話し合ったものでした。その勝負のほとんどが「私の勝ち!」で終わった彼は、悔しい思いを抱えたまま高校に進学していきましたが(笑)、彼が9割以上正解という驚きの入試結果で高校に進学していったのは言うまでもないことなのです。

 

また別の子は、とても「心穏やかに」勉強に取り組めるような家庭環境に恵まれていない子でした。学校において課されている最低限の課題が消化できず、このままでは内申点が危ぶまれる状況での入塾でした。

まずは私と二人で必死に課題の消化に取り組みました。集中して取り組むことができる環境さえ整えれば、案外きちんと消化できることも少なくないのです。こういう子の場合、先に進むことばかりに気を取られ、「丸つけ」を疎かにすることが多々あるのですが(学校課題においては、自ら解答した後に、きちんと丸つけまですることが義務付けられていることがほとんどです)、そこは私がストップをかけ、きちんと「丸つけ」するだけでなく、間違った問題についてはしっかりと解説を読み、なぜ間違ったのか検証するように指導します。

学校が指定した期日までにきちんと課題を提出し、「それなりの態度」で学習に取り組んでいれば、定期テストの点数がどうであれ、基本的に内申点の評価が「1」になることはあり得ないのです。そこさえ何とか維持できれば、「進学できる高校」はいくつもあるのです。「ギリギリの状況」である子こそ、ぜひ当塾に頼って頂きたいと心から願っているところなのです。

 

色々と申し上げましたが(笑)、要はもっと私どもを「利用してほしい!」ということに尽きるのです。前途洋々たる君たちの「未来」のために、ぜひ私や講師たちを「踏み台」にしてほしいのです。3年後、5年後の、君たちの「輝かしい未来」を、私たち講師は楽しみにしていることを、ぜひお忘れなく!

 

頑張りましょう!

毎週金曜日は次男が授業を手伝ってくれています。

 

次男の担当には少しだけ学習上問題がある子がいて、大学で学んでいる「教育心理学」からアプローチできないか、次男なりに悪戦苦闘しているようです。次男の出身校である中高一貫校の「後輩」もいて、単なる「仕事」以上の意識をもって取り組んでくれていることが、「塾管理者」としても「親」としても、何だか嬉しくなってしまうのです。

金曜日は22時頃三島教室を出るのですが、その後は決まって「隣の隣の」町にある「ゆで太郎」までわざわざ出かけて、蕎麦を食べるのが「定番」になってしまいました(笑)。蕎麦を頂きながらも、会話は自然と塾生の話題になってしまうのです。

 

本日土曜日は、朝から次男と二人で母が管理し切れなくなったアパートの「草刈り」に向かいました。先日業者さんが入ってくれて、隣家にはみ出していた木の枝は伐採してくれたのですが、まだ少し雑草が残っており、この際取り除いてしまおうということになり、次男と二人で眠い目を擦りながら作業をしました。

壁が見えないほどの雑草の山だったのが、次男との2時間足らずの作業でかなりきれいになりました。

 

大学生と言えば、私自身の経験からも遊びたい盛りでしょうし、親なんて「ただただ鬱陶しい存在」であるに違いありません(笑)。それでも、決して愉快だとは言えない作業に、嫌な顔一つせずに(本当はとても嫌なのかもしれませんが(笑))付き合ってくれる次男には、ただただ感謝の気持ちでいっぱいですし、親としてこんなに嬉しいことはありません。

 

とはいえ、このアパートの管理はなかなかに重労働であり、母が「管理していた」とはいえ、明らかに行き届いていない部分が散見されました。既に築50年を超え、今となっては「負動産」と化しているこの物件は、次男たちに負担を残さないためにも、我々の代で処分することを、私と妹と妻の間で決めています。母が強いこだわりを持って維持してきたアパートではありますが、愛する我が子たちに無用な負担だけを残すことは、親としてどうしてもできないと強く感じているところです。

 

午前中の作業の後、次男は夕方からオンラインにて「ビブリオバトル」全国大会の予選に臨みます。次男の健闘を心から祈念するとともに、いったい誰に似たのかわからない次男の「優しさ」に、親として感謝せずにはいられなかった土曜日の午後なのでした(笑)。

 

「オヤジに作業させられたから、負けた!」とはならないように!(笑)。

 

頑張りましょう!

本日のヤフーニュースのトップに、ちょっと気になる記事が掲載されていました。

 

まあ、そうなるよね、と(笑)。さもありなんと言った感じです。

 

大学入試のみならず、高校入試においても「英検」が時として語学試験の優遇措置として利用されることがあります。当地で言えば、「英検3級」に合格していると、内申点が「1」アップ扱いになるという経緯から、英検受験を希望する受験生が多くなるのです。

 

しかしながら、一方では記事にあるように不正な手段で優遇を受けようとする輩も少なくなく、現実として入試において優遇を受けられるような「重要な民間資格」でありながら、その試験における運用が実に杜撰であることは、「知っている人なら知っている」ことなのです。これはTOEICや英検に限らず、「民間資格」であればしばしば確認される「事実」です。このような「デタラメ」によって、受験生の未来を左右してはならないと、強く感じています。何なら、当塾で実施している「珠算検定試験」の方がより厳格に行われています(笑)。当塾の珠算検定の検定料は1500円ですが、べらぼうな受験料を取っておきならが、運用実態はいいかげん、そのせいで社会的信用を失っていくというのは、果たしてこんな「民間資格」が必要なのか?という疑問を禁じ得ないのです。比較的地味ながら、「まともな民間資格」はたくさん存在しているのですから、賢明な受験生の皆さんにはぜひそちらにも目を向けて頂きたいと思います。みんなが「受けている」からといって、必ずしも「正しい」とは言えないことを、きちんと認識すべきでしょう。

 

進学や自己研鑽のための「民間資格」というよりも、もはやひとつの「割のいいビジネス」と化してしまった結果なのかもしれませんが、大学側、とりわけ私立大学において無差別に「民間資格」の優遇を謳っている入試制度については、注意が必要なのかもしれません。

 

結局のところ、きちんと「入学試験」を受けて、「合格」を勝ち取ることが何よりも重要だということなのかもしれません。当たり前っちゃ当たり前なんだけど(笑)。

 

頑張りましょう!