ジコチューな日本人。。。
5/22(月) いつも、私は自宅から車で会社まで通勤しているのだが、自宅を出てすぐの交差点で、2日に1回ぐらい歩道の上に片側のタイヤを乗り上げたトラックをみかける。近くのコンビニに納品に来ているトラックなのだが、これがけっこう頻繁にここに駐めてくれるのである・・・。あぁ、いつもの違法駐車やなぁ。。。と、思うだけなら良いのだが、難儀な事に、この場所に、2トンの大きなトラックを駐車されると、見事に何にも見えない・・・。トラックの駐車場所が私の通る交差点から、2メートルも離れていないため、このトラックが邪魔で、このトラックの横をすり抜けるようにして走って来る他の車が、ホント、全く見えないのである・・・。
仕方が無いので、恐る恐る自分の自動車の鼻先を1回に5センチか10センチづつ交差点に、突っ込ませながら、通行する車やバイクの様子を見るのだが、これがなかなか怖い作業なのである・・・・。交差する道路に通行する車が全く見えなくて、まして、道幅から向こうの方が優先権がある交差点に、安全確認が出来ないまま入っていくというのは、まるで決死隊のような気分なのである・・・。広い方の道を走る車は、たいがい、クラクションを鳴らして、いっちを、にらめ付けて行きよる。。。おいおい、悪いのは、ワシの方かいなぁ。。。
何とか、かんとか、車の切れ目にラッキーにも当たって、いつもこの交差点を通過出来てはいるけど、いつ、事故になってもおかしくない危険な状況であることに変わりはない・・・。
あるとき、このトラックの運転手である人が、たまたま荷物を降ろしている時に、出くわして、一言、文句を言ってやった。この車はコ○コーラの車のようで、いわいるボトルカーというヤツである。「なぁ、兄ちゃん。こんなとこ、車、駐めたら、こっちから来る車、ぜんぜん見えへんやんか。もし、ここで事故起こったら、あんたの責任やで、これは。。。」実は、この注意するのも私自身2回目である。。。
恐らくコンビニの前にある自販機の補充をしに来ているのやろうけど、この担当者は、交代のようで、前の兄ちゃんとは、顔が違っていた。ウチは、運送会社だから、配達する人の気持ちは、痛いほど分かる。でも、この道路状況で、こんなところに車を置いたら、どういう不都合があるか。。。これぐらいは、最低限気にしてもらわんと、大事故が起こってからでは遅い。。。
不法駐車が原因で起こる事故というのは、意外と多いと思う。ところが、交通事故というものは、どうしても衝突した車と自転車とか、歩行者とか、当事者同士でいろいろ調書を取ったり、弁償し合ったりする。この交差点でもし事故が起こったとしても、この違法駐車していたコ○コーラのボトルカーの運転手におとがめが行く事は、ほとんど無いやろう・・・。これがおかしいのやけどね。。。
事故の統計にも、違法駐車が主因の事故という統計も残って無いのではないか・・・。事故は、当事者同士の不注意で起こる。でも、他の要因が大きく関わる事も多いやろう。まして、都市部の交通状況が極端に劣悪なところでの事故は、多くの他の要素が大きいやろう・・・。そういえば、最近、邪魔になっているのに平気な人が、増えて来ている。周りの人に気を遣うというのを知らない人である。ジコチューという言葉が、若い人の間で流行っているという・・・自己中心的なという意味なのだが、これは、古き良き日本人の風習ではない。
相手の身になる。自分が嫌やと思う事は、人にしない。これは、日本人がよく気を付けて来た基本的な事やろう。これがも最近崩れて来ている。どうしたら、より快適な人間関係を維持出来るか。これに、心を砕く。人を思いやる。これ、一番、忘れたらあかん、大事なことやね。。。。
オカマの市民権
5/21(日) 一夫多妻制を、勝手にやっておったオッサンが、警察から、出てきよった。男にとっては、何とも羨ましいオッサンなのだが、このオッサンが何の罪に問われるか・・・。重婚罪なのか、詐欺罪なのか、不当監禁なのか・・・。多くの「同居人」と一緒に住むだけでは、何も他の人に迷惑をかけるわけでもないし、人をあやめたりした事件が多いなか、この事件は、そんなに凶悪犯罪ではない。社会のルール無視ではあるが、何が悪いと言われて、反論出来るやろうか。。。
しかし、このオッサンがもし、多くの妻を妊娠させていたらかどうか。ひょっとしたら、少子化に困る日本は、こんなオッサンが増えたら、大喜びになるかもね。。。2人の妻に迎えに来てもらっていた、このオッサンは、15㎏も痩せていたそうだが、帰宅した家では、久しぶりの家族の団らんがあったそうな・・・。これって、ひょっとしたら、これはこれで、めでたしめでたしなのかもね。。。
さて、小学校2年生の男の子が、小さいときから、男の子のカラダなのに、女の子の気持ち・・・。このニュースは、日本中の人を驚かした。「性同一障害」と言うのだそうだが、日本もついにココまで来たか。。。という感じである。
昔から、「ナヨッとした男」とか、「男勝りの女」というのはおった・・・。性別というのは、おちんちんがあるかないか、子宮があるかないかが、一応のケジメである。だけど、どうしても「女らしい男の人」はいるし、「男らしい女」もいる。問題は、これをみんなが容認するかどうかなのである。この子は、今は小学2年生だから、問題にならないかも知れないけど、この子が、大きくなって、女子便所や女子更衣室に入ると、やっぱり、他から文句が出るやろう・・・。
これをもし、社会がOKと認めてしまったら、にわかオカマが出てくるし、性犯罪が多発するやも知れん。昔なら、男は男らしくせえ。女は女らしくしなあかん。これで、済んだ話なのに、今は、人権の尊重が過度に敏感になりすぎとる・・・・。社会のルールは、有る程度、変わったヤツを切り捨てたり、見限ったりすることで、成り立つ事も多いやろう。。。見限る事で、有る程度社会が矯正する部分があると思うのである。
もちろん、性同一障害のある人からしたら、女の子の性格で、男を演じる事になるのだから、そりゃ、ちょっとは、辛い部分もあるやろう。でも、その辛さを受忍出来ない程の辛さと、認定してしまうのは、ちょっと困るのである・・・。その人らの考え方を尊重して、守ってゆくのと、他の多くのまともな人の常識を守るのとでは、やっぱり、普通の人の常識の方が重いと思うのからである。
オカマやレズビアンが社会の認知を受けるのは、やっぱり、異常な世界である。この状態が認知されて、拡がって行くと、今まで、そうとは気づいてない人まで、ひょっとしたら、俺は、女やったんや・・・と、いらん「気づき」をしてしまうかも知れない。そうなりゃ、オカマのカッコした男やら、宝塚の男優みたいな人の比率が、爆発的に増えてしまうかも知れん。そうなりゃ、メス×メスでも、オス×オスでチャンバラされても、、絶対に子孫が残せなくなる。人間は、生き物だから、子孫を残して、増やすことに、本能的な生きる価値がある。この自然の摂理が崩壊してしまうのである。。。これは、ちょっと大げさに言えば、人類の滅亡につながるのである。。。
世の中には、子供が欲しくて欲しくて仕方ない人でも生まれないという人も多い。少子化が進んでくると、そんなことは言ってられないから、何とか子供を残してもらわんとあかん。女の人1人が2人以上の子を産むというのが、人類の生存のための大前提になっているのである。。。2人以下なら人口が減るし、2人以上なら人口が増える。ものすごく判りやすい計算である。
子供がいくら生まれないからと言って、レイプなんかを奨励する訳にはいかん。人類の倫理が崩壊するからね。じゃぁ、どうしたらええか。精子バンクという手はどうやろう。ある一定の条件(犯罪歴が無いとか、健康であるとか)のもとに、健康な男子に精子の提供をお願いする。どうしても子供が欲しい人は、絶対に、提供者が誰であるかを明かされる事なく人工授精で妊娠してもらう。これを子供のどうしても出来ない夫婦が育てる。
倫理的には、子供の気持ちになると、もちろん、避けたい方法である・・・。でも、経済力もあり、自分の子を殺してしまうなどバカ親なんかと比べたら、ちゃんとした両親がいる前提なら、良い人間という「種」を残す最後の手とすれば、これは、検討する価値はあるかもね・・・。命はとても尊いものである。この命を守るにはルールというものが必要である。でも、このルールも人が創るものである。けっして、万能は無いし、変わっていくのも、仕方ないことも有るのではないやろうかね。。。
オカマちゃん論議より、こっちの方が、もっともっと重い。。。。
京都のゴミ収集が有料化
5/20(土) 京都は、その昔、ゴミの分別については、日本一ルーズな街やった。大型ゴミも、缶ビン、ペットボトル、家具に家電、何でもタダでほかし放題やった・・・。その京都が、そう、丁度COP3という京都議定書を採択した辺りからやろうか・・・。地球環境を守ろうという議定書を出した都市なのに、ゴミの分別もしていないのは、恥ずべき事やと、やっとのことで、分別を始めた。
まず、大型ゴミが有料化された。今でも覚えているが、大型ゴミ無料最後の日・・・は、市内の道のあちこちに、すごい量の家具などのゴミが出た。。。分別も厳しくなった。今時、真っ黒なゴミ袋とか、ダンボール箱に入ったゴミなんかを、収集してくれるような街は、京都ぐらいやったんやないやろうか・・・。京都は、中小企業の街である。自宅兼会社の呉服屋さんとかが多い。この人たちに、会社のゴミは収集しません。家庭のゴミは収集しますと、いくら言っても、分別は不可能・・・。何でも収集しとった・・・。
資源ゴミである古紙やダンボール、古新聞も、ゴミで今まで集めていたのやから、そら大変や。。。その京都で、ついにこの10月から、家庭ゴミも有料化に踏み切った。共産党は反対しているが、1枚で45リットル入りの指定ゴミ袋が45円。今まで、スーパーの袋や、銀行や郵便局の粗品の青いゴミ袋では、収集してくれないようになる。もちろん、10リットル、5リットルのゴミ袋も、コンビニなどで売られるのだが、京都のゴミ収集日の朝の風景が変わりそうである。
この指定ゴミ袋は、黄色と透明の2種類。生ゴミやら一般ゴミは黄色。なんでも、黄色い色はカラスに狙われにくい色なんやそうである。もう一つの透明は、ペットボトルや缶用。週二回のゴミの日には、カネになるアルミ缶を奪い合うように集めているオッチャン連中がいるが、この人たちにはも好都合かもね。。。
それより、ゴミ収集の有料化は、いろいろな意味で、意識変革をもたらすことが、考えられる。まず、心配されるのが、不法投棄である。若い人、特に学生さんやら、観光客、行楽客は、結構たくさんのゴミを出す。行楽地の公園のゴミ箱は、コンビニ弁当のカスで山盛りや・・・。この処理代は誰が負担するのか・・・。
良い点は、ゴミを減量化する意識が変わるということである。スーパーで出るトレイは、恐らく驚異的に回収されるようになるだろうし、ゴミの出る食品やらのパッケージは敬遠されるようになるから、売上にも影響してくる。より、薄くて嵩張らない包装容器などが、開発されるようになるだろう。これが結果として、ゴミの減量化に繋がるようになるだろう・・・。
台所の排水口に付けるディスポーザーという、生ゴミ粉砕器も人気が出るだろう。アメリカでは、この機械は常識で、どこの家にも都会なら付いているのだが、この機械は、何でもかんでも下水に流してしまう。私は、あんまり、環境に優しい良いものではないと思っているのだが・・・・。何でも、この機械の普及に補助金を出そうという動きがあるようである。。。日本のような下水が完全でないところでこれを普及させると、下水処理場にツケまわしするだけ。。。の、ような気がするのやけれどね。。。
人間は、ゴミを出さなくては生きてゆけない生物である。でも、努力すれば、出す量を減らす事は出来る。出来るだけ無駄なゴミを出さないようにして、1970年代に、どんどん欧米から入ってきた使い捨て文化を、ものをリサイクルする循環型の文化に変えてゆくのは、重要な事である。京都議定書も批准出来ないようなアメリカの真似ばっかりやらないで、環境先進国に、日本はならんとあかん。
そんなに、大きな国土のない日本が、環境をも一生懸命守っていかないと、日本中がゴミ屋敷になる。。。
シャディの変貌
5/19(金) 私の本業は運輸倉庫業だが、他に、贈答品販売業というのもやっている。シャディのサラダ館というギフトの商売である。今日は、大阪でシャディのお中元説明会がある。昨年、青天の霹靂というか、急転直下というか、オーナー会社の典型やったシャディが、突然、神戸のUCCグループに身売りした。オーナーの林信一郎さんが、もう高齢なのと、長男社長の更迭、後進人材の伸び悩み、売上の低迷なんかが理由やったんやろう・・・。全国に3000もあるチェーン店は、このニュースにびっくらこいた。
UCCからは、息子の上島氏が社長で乗り込んで来て、役員も大方、総入れ替えになった。これに、市場は好感を持ったのか、今まで1000円から1200円ぐらいのボックスゾーンで動きの冴えなかった株価は、期待感からか、一気に2000円前後まで急進した。役員の顔ぶれもUCC出身者が大勢を占めて、社内の社風も、一気にがらっと変わった感じである。
かつて、前の社長が、東京の銀座に50億も出して買った田舎モンまるだしの、土地とビルは、あっという間に売り飛ばされた。UCCは100億でシャディを買ったそうやけど、これだけで半分回収完了やんか・・・。もともと、UCCの上島一族と、シャディの林会長は、旧知の仲で、買収というよりも、上島氏に林氏がシャディを頼んで買ってもらったというのが、本当のところやそうな。だから、敵対的な買収やなくて、そんなえげつない首切りはあんまりしないだろうという観測やった。
でも、やっぱり、今までのシャディの役員がいつまでもいたら、やりにくい。幸い社員の平均年齢は比較的低いから、中堅以上がいなくなった・・・。そんな感じやね・・・。残る方も残り難かったんやろう。。。別会社にごそっと引っ越して、そのまま、さいならというパターンやったんやろうか。。。
以前は、シャディは、東京に本社を移転しても、それは名目上だけで、実質は大阪の松原が本社機能を果たしますという説明やった。この約束が、反故になり、企画部門やら、メインの部門がごっそり東京に行ってしもた・・・。身売りから10ヶ月ほど経って、ぼちぼちこの効果が出てきたのか、今年のお中元あたりから、随分、カタログの編集方針というか、デザインの雰囲気というか、芸風というか・・・が、変わってきた。
もともと、シャディは大阪商人まるだし。コテコテのどろくささが「売り」のところがあった。チラシやカタログの作り方でも、どや、これでもか、という安さを前面に出したものが多かった。そういう意味でも「品」に欠けるところがあったんや・・・。ところが、ギフトというものは、その人のセンスを他の人への贈り物に載せて届けるという、イメージの良さが要求される商売である。どろくさいままのイメージでは、なかなかしんどい。実際、シャディは、二流商品やとか、百貨店の包装紙でないと・・・と、昔はよく言われた。
未だに、ウチは、高島屋の包装紙やないと・・・、大丸さんで・・・という奇特な方はご高齢の方に多い・・・。ところが、時代は、価格はそこそこ安けりゃええ。それより、良いデザインやセンスの良いもの、お値打ち感のあるものが好まれる。シャディも上場以来、何とか上品にならなければと、一生懸命努力してきた。でも、なかなかこれが難しい。お里が知れる・・・といえば言い過ぎやが、取って付けたような・・・イメージが拭えんかった。。。
これが、UCCグループになってから、少しはマシになってきた。大阪イメージから神戸イメージへの変換やろうか・・・。そんなに強烈なイメージは無いけれど、どこか上品。。。こんな感じやろうか。。。今度のお中元は、いわば、この新パターンのお披露目式や。お手並み拝見。これが、全国のチェーン店の社長さんが思っている本音やろうね。。。
小泉政権の5年間
5/18(木) 9月に総裁の任期が切れる小泉首相だが、相変わらず、なかなか元気やね。サムライ・JAPANの背番号10のオフィシャルユニフォームをジーコ監督から貰ってご満悦や。。。。死に体の政権のことを、レイムダックと言うが、今のところ、その素振りも感じない・・・・。このレイムダックという言葉は、もともと足の不自由なアヒルという意味だが、再選されなかったのに、任期の残っている議員さんのことを指す。ロンドンの商品取引の市場で売買が成立したのに、金の払い込みが出来なかったブローカーのことをこう呼んだのが語源なんだそうである。
まだまだ元気な小泉政権ではあるが、ここで就任からの5年間を少しだけ振り返ってみよう。私は、小泉首相の5年間は、なかなか良い方の、5年間やったと思う。今までは、政治家とカネは、セットのように思われていたのだが、この人は、この点では、欲がない。森元首相が官邸に行っても、カンビールと干涸らびたチーズか何かしか出さなかったという話は有名なように、変な嫌らしさがない。だから、みんなに好かれる。オペラ好きは評価の分かれるところやけれど、ゴルフや芸者遊びよりは、よっぽど健全や。。。
政治は夜創られると誰が言ったか知らないが、政治家の会合は料亭で何かごそごそ決められていた。この暗いイメージを一新した。そして、毎日、首相自身が会見して、国民に直接意見を述べる。これも今までなかなか無かった事や。ワンワード。1つの言葉に意見を集約するから、国民には大変判りやすい。だから、驚異的な支持率を国民から得た。。。。
北朝鮮にも2度も行った。拉致被害者を返して貰えるのなら、メンツなんてどうでもいい。世の中、経済制裁とか、二言目には国益国益とか、強硬な意見が多いなか、何とか解決の糸口を捜してきて、被害者帰還という結果を出した。北朝鮮に核武装させて、極東アジアを不安定にするよりは、日朝国交回復への道筋を示して、日本が本気であるという意思表示をしたのも、結果として良かったと思う。これは、歴史が評価することやけれどね・・・。
また、小泉のオッサンの一番大きな政治課題だった郵政民営化は、手法こそかなり強引で、衆議院を解散をするなどまでなる大騒動になったが、結局、やり抜いた・・・。これは素直に評価すべきやろう・・・。もっとも、いちばん公務員の数が多い郵政職員を民間人にするのは、手っ取り早く、行政改革が進んだように見えるだけで、その実、この人たちの給料は税金から出て無いのだから、あんまり実効性が無かったけどね・・・。
さて、小泉さんは、どちらかと言うと、少し右翼的に見られている。事実、靖国や憲法改正、愛国心など、戦前の日本のような、日本人がタブー視してきた所に、スポットが当たってしまっている。また、日本が戦争放棄の憲法を破棄して、攻めてくるんやないやろうか・・・と、怖がっているのである。事実、日本の自衛隊の装備は、米国に次ぐ、ぐらいのレベルなんやそうである。でも、多くの日本人は、もう二度と戦争するなんて思ってないし、徴兵制になったら日本から逃げるなんていう人もいるぐらいや・・・。
今の10代20代の人からしたら、戦争というのは、遠い昔の話しで、ぜんぜんリアリティがない。ところが、韓国や中国の人からしたら、おじいちゃんが日本兵に殺されたとか、日本が酷い事をしよったという事は、絶対に忘れないために、一生懸命に子供の世代に教える。多少オーバーに伝えよるところもある・・・。逆に、後ろめたい気持ちのある日本は、あんまり、積極的には教えたくない。これが、教科書問題になりよる。やれ捏造やとか、やれ歴史の正当化やとか、お互いに言い合っているのは、立場が違うからね・・・。
小泉政権になって、日本は今までのODAバラマキやら、経済援助で丸く収める外交手法を見直した。すると、途端に中韓から反発が来た。今まで隠れていた問題点も浮き彫りにされた。尖閣・竹島・反日デモ・海底ガス田・靖国・EEZ色々な事が明確になった。今まで、歴代首相が、「出来るだけ、言わないでおこう、触れないで済まそう・・・」としてきた部分をことごとく、さらけ出した。これは、荒療治だが、今後、これ以上は関係が悪くならないだろうという「底」を捜すという意味では、これは高度な観測気球になった。これを意図してやっていたのなら、この人、なかなかの策士である。
小泉以降の首相は、これ以上は関係が、悪くはならないだろうから、大変やりやすいやろう。有る意味、よく言えば、悪者役を買って出たという部分もある。。。。国と国との関係というのは、ものすごく難しい。今まで既得権のように出してきた経済援助をだんだん減らすのやなくて、スパッと切る。これは、相手に取って痛いことである。毎年、当たり前のように入ってきたものが、入らなくなるからである。ところが、これをすることによって、経済援助がカードとして復活する。これは必要やったやろうね・・・。
日本のリーダーとして、小泉のオッサンの評価は高いと思うが、さて次はどうする。ここに来て、日本の舵取り役に、少し心配になってきた人も増えたのか、福田支持が増えて来ている。本命・安倍の横綱相撲と言われてきた総裁選だが、世の中の流れが少しまた、左寄りに向いてきたように思う。それは、先日の海上保安庁の海底調査船派遣事件がきっかけである。日本は韓国の海底地名の呼称決定会議への提案阻止という香ばしいネタを使って、うまく利を得たとの評価があったが、実は、安倍氏にとって、あれはマイナスやった・・・。韓国が総力で阻止するぞ。と、すわっ、戦争か・・・まで行ってしまったからである。
日本人の多くは、争い事をあまり好まない。今まで、せんど国益を守れとか、勇ましい事を言っていた人も、実際に韓国の警備艇と海保がぶつかるのを見たいと思った人は少なかったやろう・・・。つまり、多くの日本人はここに「危うさ」を見たと思うのである。安倍になったら、もっと日本の近海が緊張するのではないか。中韓が一体となって、北朝鮮を取り込んで、この地域で、日本が孤立するのではないか。。。そんな危惧を感じた人も多かったやろう・・・。
前の選挙で、勝ちすぎた自民党は、次の選挙で、多分、小沢民主党に惨敗する。これは、恐らく間違いない。与野党が拮抗するまで、民主が伸びるやろう。その時、急進派の安倍より、穏健派の福田の方が自民には有利になるし、傷が浅くなる。安倍には、その次に来るやろう上げ潮期にやらしても遅くない。自民のエースを今は温存しておく・・・。こうなりそうな気がするのやけれどね。。。。どうやろうかね・・・。
筋が違う・・・
5/17(水) 私の子供たちが通っていた京都市立の中学校が来年の4月に下京中学として統合、新築の学舎で新たにスタートすることになった。これを受けて、ここ数年来、本当にたくさんの人が知恵を集めて、どうしたらスムースに移行出来るか。子供たちにとって、何がベストか。いろいろな方々が努力されてきた。私のところは、もう、子供も大きくなって、とっくに終わった話しだから、あんまり関係が無くなってしまったのだが、ひょんな事でまた懐かしの中学校に何度か寄せて頂いている・・・。
それは、閉校になってしまう中学の閉校式典とパーティの企画委員に選ばれてしまったから、仕方なく、行っているのだが、この会議が、どうもピントハズレで困っているのである・・・。閉校に際して、何をしようかとか、段取り等を協議する会議なのだが、私にしたら、10年近く前の、その昔にPTAの会長をしたというだけで、この式典やパーティの主催者ではない。主催者でもない人が、式典の内容はどうやとか、案内の方法はどうこうやとか、誰ぞを呼ぼうか、どうしようやとかを話し合うのが、どうも「筋が違う」のである。
本来、いろんな会というのは、お招きする主催者側と、招かれる側である来賓や、客で成り立っている。ところが、招く側の人手が足りないといって、客が招く側の手伝いをやってくれと、言われているようなものなのである。。。。
本来、その地域の学校がもう無くなってしまうのは、その学区の住民の人々にとって、ものすごく寂しい事である。だから、その最後のお祭りとして、また、この学校で学んだ人たちや、この学校に関わった人たちにとって、昔を懐かしむという意味で、関わりの有った人たちが集い、最後のお別れをするのが、この会の開催趣旨である。私は、今回も、その学校に、最後の感謝の意味を込めて、地域の人たちや、在校生、卒業生が一体となって、最後の御祝いの会をやられるという、ごくごく当たり前のパターンを想像していた。ここに、元関係者であるPTAの元役員や、関わりのあった先生方がお客で寄せてもらう・・・。これが普通である。
こんな会の主役は、本来、生徒や先生たちであり、それを見守ってきた地域の住民の方々であるべきであると思うのである。ところが、これが普通ではなかった。。。この会の主催者というのが、この地域の自治連合会とこの学校の同窓会なのだが、誠に残念ながら、あまり組織力がないというか、そんなにたくさんの人がいないのである。そこで、少しでも関わりのある人たちを集めて、何とかされようとしているのは判るのだが、この会に参加している人にとったら、あくまで、お隣の学区の話し。つまり自分の住む地域のお話ではないのである。この辺の心境がなかなか判っておられなくて、いろいろな意見を申し上げるのだが、何かおかしい・・・。どうしても他人事になってしまうのである。
当然、熱も入らないし、あんまり、やる気も起こらない。いくら、良かれと、思って申し上げた事でも、最終的に決められるのは、ここの地域の方であり、結果として、お手伝いだけさせられるのであれば、最初から、その地域の方々だけで、やられれば良いことなのである。。。で、終わってしまう。。。このような事業を組み立てるとき、事業目的というのは、大変大事なことである。これがはっきりしないまま、やってしまうと、何のためにやるのか判らなくなってしまう。
どうも、「立派な式典と、大人数のパーティをやること」が、この地域のお考えになっている事業の目的のような気がするのだが、私は、他人事ながら、これは全く違うと思う。学校が無くなるのを惜しんで、「数々の思い出がある人たちが集い、閉校を惜しむ」。そして、ここにこの中学があったということを心に刻み込んで頂く。これが、事業目的である。
だから、300人の人を集めるのが目的ではなくて、お声掛けしたところ、結果として、300名もの人が集まっていただいたというのならいいが、4つの地域があるから、オタクの地域からは50枚、何とか1枚、8000円のパーティ券を売ってきてくれ・・・というだけなら、こんなアホなこと、私はきっぱり、やらない方がマシだと思っているし、お断りする。ご案内を出して、来て頂ける方だけで良いではないか。義理で、無理して人を集めて、何の意味があるのか・・・・。来ていただいた人たちを、主催者が、ちゃんとおもてなしされて、あぁ良かったなぁと、喜んで来て、喜んで帰ってもらわないと、あかんのではないやろうか・・・・。
主役は誰なんや?誰に向けて事業をするのか。何のためにするのか・・・。地域のお年寄りたちに学校へ来て貰う仕掛けも必要やろう・・・。卒業生たちが、おらが学校の最後を見届けようと、同窓会を兼ねて集まろうと声を掛ける。最後の在校生がしっかりと思い出を心に刻む。この中学に関わったいろいろな人たちが、この中学の最後を見届ける。これなら、やる意味があるし、人が何人、集まるかどうかなんて、どうでもいいことである。主役は誰や、どこを向いて事業をする。この一番大事なスタンスが、全く私の思っているのと違う。。。
多分、もう、この会議には行かないと思う。想いがあまりにも違いすぎて、ついてゆけん。。。式典の中身についても、教育長の講演会なんて、大事な仕事さぼってまで、義理で聞きに行くような人は、絶対におらん。こんな講演なら止めた方が良い。会議では言えなかったけどね・・・。いったい誰に聞いてほしいのか、誰のためにやるのか。何の意味があるのか。ちんぷんかんぷん、サッパリ判らん。。。
日本人より義理堅い台湾人
5/16(火) 昨日の夜、ふらりと外国からのお客さんがあった。台湾人の李さんである。李さんは、20年ほど前に、我が家の離れに2年間下宿されていたご縁で、日本に遊びに来られるたびに、我が家に寄って下さる。下宿時代の彼女は、27歳ぐらい。こっちは30歳ほどだったから、お互い、歳を取ったねと、昔話や、昔の写真を見ながら、楽しい時を過ごした。もっとも、私の家は昨年、全部建て直してしもたから、昔の思い出のかけらも無いけれどね・・・。
李さんは台北出身なので、昔、一度だけ、まだ上の子供が4~5歳だった時に1度、家族で台北まで、遊びに行った事があった。台湾の人は、大変義理固い人が多くて、李さんがそのとき、たまたまドイツ旅行中だったため、代わりに李さんのお父さんや、一緒に日本に来ていたヤンさんという方とその弟さんが、それこそ、ピッタリ観光ガイドと食事なんかのお世話をずっとして頂いて、大変恐縮した覚えがある。
李さんのお父さんの年代は、その昔、台湾は日本の一部だったこともあり、かなり流ちょうな日本語をちゃんと話される。貿易の仕事をされているお父さんは、ライオンズクラブにも入られているそうである。台湾といえば、中小企業の社長さんが多いところという印象が強い。皆さん、なかなかのお金持ちで、物価も流行も日本と変わらないという感じである。
ただ1つ困った事は、食事の時に、私たちに全くお金を払わせてくれない事である。李さんたちが日本に滞在中、少し遊園地へ連れて行ってあげた位で、大して何のお世話もしていないのに、こんなに歓待してもらって、どうしようか・・・。そんな感じだった。日本に帰ってから少し御礼をお送りしたのだが、使わせてしまったお金の方が、はるかに多い・・・。
台湾に住む人の多くは、対岸にある中国本土のシャーメン(日本名で廈門アモイのこと)辺りが出身の人が多いと聞く。蒋介石の国民党が毛沢東の八露軍に追われて、台湾に逃げ込んだ後も、きっと、共産主義を嫌って、渡った人も多いのだろうね・・・。香港と台湾は、同じ中国人だが、自由主義で大きく発展した。今、中国の興隆があるのも、この2つが中国の国内やすぐ近くにあった・・・。この影響が大変、大きいと私は思うのである。香港や台湾で成功した人たちは、中国本土にどんどん投資していて、これが中国経済を堅調に下支えしているからである。
もともと、共産党一党独裁、政権に反対は一切許さない、民主的な選挙は1回もやったことがないこんな中国が、大きな自己矛盾を抱えながらも、発展してこれたのも、全世界に散らばった華僑パワーと、香港台湾マカオなどの、自由主義の先導役が居たからであると思うのである。実際、李さんのご兄弟は、上海やら大連などに会社を作って、ガンバッテおられるという。めまぐるしい改革の仕掛け人は、こうした人たちだったんやね・・・。と、変に納得してしまうところがある・・・。
近年、日本と、中国韓国の間の仲が、極端に悪くなっているという。ところが台湾や香港の人たちは、日本のことが大好きな方がまだまだ多い。これは何故なんだろうか・・・。韓国や中国は国策で、反日教育を行っているから、若い人はこの影響で日本の軍国主義復活を恐れているという人がいる。反対に戦争を本の上でしか、知らない世代の人は、戦争のあほらしさ、意味のなさ、人の命の尊さ、後に残る虚しさなんて、まるで知らない。血気盛んにワァーワァーやりたい時期もあるのは仕方ないのやろうけど、もうちょっと、大人の対応が出来る国に早くなってほしいものや・・・。
日本も、1960年代には、安保紛争やら、反米運動、労働争議などいろいろ国内的に不安定な時期があった。丁度、中韓は、これがいっぺんに、来ている。こう見てあげたらどうやろう・・・。いちいち、日本まで、同じようにムキになって、対応していたらあかん。もちろん、突っ張る必要もない・・・。日本は大人の対応で、少し距離を置いて、じっと見つめていればよい。いつか、落ち着かれたら、良い隣人になれると信じること。これも必要や・・・・。
堀川の奇跡
5/15(月) 大阪の公立高校で、学校週5日制が崩れて来ているという。進学校と言われる学校ほど、土曜日の授業を再開しているというのである。文科省は2002年に、「ゆとり教育」の名のもとに、とんでもない改革を言い出した。日教組もこれを後押しして、「教育の手抜き」が始まった。日本のように、資源のない国で、唯一の資源は、「人」である。日本という国が、他国との比較で、抜きん出ていられるのは、日本が世界有数の教育国であったからである。
ところが、どこのドあほが、言い出したのか知らないけど、日本人は、他の国と比べて、働き過ぎである。子供たちは小さい頃から英才教育を受けさせて、良い学校、良い会社を目指して、熾烈な受験戦争を戦っている。もう、日本は、充分豊かになったのだから、ここいらで、方向転換して、教育にもゆとりが必要や・・・。熾烈な受験戦争が、競争社会を作っていて、凶悪な犯罪に結びついている原因や・・とかブチ上げよった。。。
こうして、学校週5日制は始まった・・・。大企業や、役所、学校の先生、急に、みんな土曜日が休みになった。ところが、私立の高校や中学では、土曜日は休みにならなかった。結果としてどうなったか・・・。私立高校が有名大学合格者の上位を占めるようになり、学力格差がどんどん広がった。良い大学へ行きたければ、私立の高校へ進まないと行けなくなった・・・。それだけである。。。。つまり、貧乏人は良い大学へ行けなくなった。格差社会の拡大やね・・・。これが、どれだけ、日本にとって、勿体ない事か・・・。優秀な人材が有名大学に行けないという率が高くなると、それだけ、優秀な人の総数が減る。
受験戦争は、試験勉強だけは上手な人間を増やしてしまったが、本当に優秀なエリートを国がちゃんと育成しないと、この国は、崩壊する。このエリート育成事業を国は真剣にやらんとあかん・・・。樽のタガが緩めっぱなしで、こんな良い人たちが育つ訳がない。。。。これが日本病の原因や・・・。
大企業が週2日も休むようになって、業績も急激に悪化した。永い不況が15年も続いた・・・。人間、楽を覚えると、なかなか元には戻れないものである。労働時間を減らして、業績が上向くはずがない・・・・。最近になって、この事にいち早く気付いた企業は、どんどん仕事をするようになった。百貨店は、6時までだったのが、夜の8時や9時まで営業するようになった。24時間営業のスーパーや外食産業が順調に売上を伸ばした。日本人が働き過ぎやと、誰が行ったのかは知れないけど、アメリカのテクノクラートは1日20時間働いているヤツもいる。そして、年収3000万円も1人で稼いでいる。
楽して儲けようというのは、大間違いで、額に汗して稼ぐのが尊い労働なのだと、いう概念も戻ってきた。東京や京都の高校でも、公立高校が東大京大の合格者数ランキングの上位に出るようになった。京都の「堀川の奇跡」も話題になった。つい、この前までは、うだつの上がらない、ただの市立高校だった京都市立堀川高校は、横田サキエさんの母校でもある。もともと、京都の女専。つまり花嫁学校やった学校である。戦後、音楽科が出来た事で少し有名になったが、3年前に、校舎の改築を機に、特殊な科を2つ設けた。これが、ものすごい倍率で人気になり、遠い所からも、優秀な生徒が集まるようになってきた。そして、その生徒が卒業した今春、大変多くの京大合格者を出した。
もともと、京都市には、京都府教育委員会と、京都市教育委員会というのが有って、この二つは、仲が悪く、ライバル関係である。京都市と京都府が不仲なのは、二重行政が京都市内で起こっているのが原因なのだが、京都市内には、同じ公立高校でも、府立高校と市立高校が両方ある。6年ほど、前に府教委が企画した府立嵯峨野高校のコスモス科というのが、バカ当たりして、ものすごい倍率になった。いわば、堀川高校の専門科は、その「仕返し」でもあったわけや・・・。これが大成功した。。。
ただ、これは、教育委員会が画策して、ある特定の高校のレベルを上げることで、公立校全体のレベル低下に歯止めを掛けたかったというだけのことに他ならない・・・。私学が、バタビアとか特進科を設けて成功しているのを、真似しただけや。。。洛南高校なんて、ここ20年で、ガラッと、通う生徒の顔まで変わったからね。。。
日本のように、「人」しか、他の国に勝っている点が無いような、ちっちゃな東洋の島国は、人を磨くことを止めることは、そのまま、国が衰退してゆくことを意味する。厳しいけど・・・。教育は、手綱を緩めた方が負けである。今の現実世界はこうなのである。日本がずっと、世界一だった数学オリンピックも香港や韓国にも負けるようになった。日本人が米国の学校に行って、唯一得意科目やった数学も、今や米国並みに落ちた。この責任は、いったい誰が取るねん。。。文科省の職員全員クビにしても、足らんわ。。。。
国益、国益とよく言うが、本当に日本は、エコノミックアニマルとよく批判された。私は、そんなことも言いたいヤツには言わしておけ。所詮、ビジネスなんて、汚く稼ぐものや。その代わり、綺麗にカネを使え。「汚く稼いで、綺麗に使う」これが日本人の信条やんか・・・。日本人は、人の国の言う事を気にしすぎや。そんなん、どうでもええやんか。日本は、特異な国でええ。それが日本であることであるのやからね・・・。
坊主丸儲けを許すな!
5/15(月) 先日、Nさんという雑誌の記者さんからメールをいただいた。私が昔に書いた「墓石の墓場」のことについてのお問い合わせだった。世の中には罰当たりな事もあるもので、先日、ブログのページでその写真を公開したところである。同じ事を思っていた人はいるもので、愛知県の実例だが、今週の金曜発売のサンデー毎日でその事の記事が出るそうである。
今のお寺さんは、寺の境内に墓地を分譲して、ここに墓を建ててもらう権利を販売している。もちろん、墓石の業者を紹介なんかしたら、そこから、リベートは貰っているだろうし、喪家からは、永代供養料という名目で、カネを取っている。お墓を建てたりすると、開眼供養。実際に納骨してもらう時には、入魂料、あぁ、地獄の沙汰もカネ次第とは、よく言ったもので、人が死ぬと、ほんま、たくさんお金が要るものである。。。。
こうして、やっとお墓が出来て、仏さんも、安住の地が出来たなぁ~と思ったら、大間違い。毎年の管理料を払ってくれと言ってくるし、年に一度の命日にはお参りしてもらわなあかんし、月参りと言って、毎月の命日に自宅の仏壇のお参りをさせてくれと、「営業」もしっかりされる。その後も、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌、十七回忌と3と7の付く年に、年忌の法要が続き、この度にお寺さんにお布施が必要になる。。。。
どこのお寺さんとお付き合いをするかは、喪家の自由だが、昔、おじいちゃんが亡くなった時に、お付き合いのあるお寺さんが2つ有って、この一つをお断りするのに、おばあちゃんがホント苦労していた。喪家とのお付き合いが続く事というのは、そのお寺さんにとっての生命線であり、自分の食い扶持が1つ無くなることになるから、どこも必死である。
なかなか、「お得意先」が減ることは有っても、普通、増えることは少ない。お仏壇の無いお家が多くなってきたこともあって、核家族化現象は、こんなところにも大きな影響力をもっているのかと、実感させられる。。。人が亡くなると、葬儀の時に葬儀社に僧侶を紹介してもらう人も多いと聞く。田舎から都会に出てきて、こっちで亡くなったからと言って、田舎からわざわざお坊さんにいちいち来てもらうことも、大変である。だから、葬儀社で同じお宗派の僧侶を手配してもらう。この僧侶は、いわば、新規顧客をどんどん紹介してもらえる打ち出の小槌みたいなもんや。
葬儀専門の坊さんは、葬儀でがっぽり稼いだ後、このお家とのつながりを、他のお寺さんに「引き継ぐ」形で、事実上の顧客紹介をして、また稼ぐ。ここにも多分、カネが動いているだろうし、利権を譲り受けたお寺さんは、墓地を売ったり、墓石を売ったりして、ここらへんの費用をしっかり回収する仕組みになっていることが予想される。ほんま、えげつないね。。。
ところが、墓を作ったはええが、引っ越したり、子が無く、お墓の守りを、誰もする人がいなくなったお墓は悲惨である。無縁仏になったお墓は、お寺さんが石材店に依頼して、撤去され、整地され、また再販売される。いや、厳密に言えば、「永代供養料」というのは、嘘で、実は墓を置く権利を「売る」と称して「貸して」いる。これが実状なのである。おまけにこれらの行為は「宗教行為」とみなされて、一銭も税金を納めなくて良い「非課税」なのである。
こうして、無縁仏になってしまった墓石は、山の中のような土地の価値の低い場所に、無惨な姿をさらして放置される。これで成仏せえとは、殺生な話や・・・南無阿弥陀仏・・・、南無妙法蓮華経・・・、天に召します、我らの父よ・・・・。
憲法に保障されている、信教の自由と、納税の義務のどちらが重いかは、ご意見の分かれるところだが、「僧侶」という職業の特権を許し、税金を免除したのは、やっぱりおかしいと私は思う。人は法の下に平等、全ての国民は納税の義務を負う、こっちの方が、重い概念だと私は思うのだが、どうやろう。。。。
それとも、歴史的に宗教がそれほど重い位置を日本で占めてきたというのは、本当だろうが、憲法でさえ、宗教の下に置くべきものなのか・・・。私にはわからん。創価学会さんの力が政治の世界でも大きいように、政治の歴史は、多くの信者を組織出来るという宗教者の地位が、大きかったと、認めざるを得ない。西欧社会もまさしくそうやったもんなぁ・・・。宗教で起こった戦争がほとんどや。。。
でも、日本ぐらいは、宗教より、政治や法が上であると、考えたいのが理想なんやけどなぁ。。。日本は、神社に初詣をして、仏教でお葬式をして、キリスト教会で結婚式をしたかと思うと、神社の神輿を担ぎ、クリスマスにはキリスト教徒に戻り、観光地のお寺に拝観していたかと思うと、入学祈願に絵馬を奉納・・・。ほんま、他の国の人にとったら、ほんま信じられないほど宗教には自由奔放で、無頓着ある。このええかげんさが、深刻なことにならなくてなかなか良い・・・。なんでも、お参りやら祈願してたら、災いは来ないやろう・・・という安直なお手軽さが好まれる。
ひょっとしたら、日本人は、1つの宗教にのめり込むのが恐ろしいと感じている可能性はある。それは、ある意味、宗教の恐ろしさをよく知っているせいなのかも知れない。だから、無難にどの宗教とも等間隔の関係を続けたいし、良いトコ取りをする。こんなのが今の日本の現状やろう・・・。こんな国で、非課税の特権のある一部の職種を守って行くような意味がいったい本当にあるのだろうか・・・。
信教の自由は、無税でないと本当に守られないのか。私は、どう考えても、宗教家の屁理屈でしか無いと思うのやけれどね。。。この議論がもっと高まるべきやと思うね。。。
ズブズブの関係
5/14(日) 大阪で暴力団やら同和がらみで、何十年も市営駐車場を仕切ってきたオッサンが捕まりよった。そのニュースがどんどん出てくると、あまりにもええかげんな、そのやり口に呆れて開いた口がふさがらん。。。。UFJ銀行の外交行員まで、関わって、この仕事手伝わされておったというやないか。。。役人たちの利権を同和対策費という、超特権のオブラートに包んで、ごまかし放題。これが全部、好き放題の決算や。駐車場の経営では、全上がりの1/3ほどしか報告してなくて、赤字を装い、税金も払わず、残りは全部ポッポナイナイ・・・。ほんま、やり放題やなぁ。。。。
暴力団対策法案というのが、出来て、全国の指定暴力団というは、かなりの数、看板を返上した。つまり解散になったのだが、これがロンダリングされて、アンダーグランドに潜って、まともな企業の振りをしとる。今までは、代紋背負って、いかにも暴力団やぞとも判りやすい格好をしていたのだが、この頃のヤーサンは、まっとうな仕事もしとるから、困ったもんや。
貸し金の取り立て、不動産の立ち退き、信用保証、のほか、いろいろな職種に元ヤーサンが経済やくざとして、いかつくない企業舎弟という名のヤーサンになっとる・・・・。ヤクザの仕事といえば、麻薬や覚醒剤の密売などや、はじかみ料、ぼったくりバーやら、風俗店の経営なんか・・・。ヤバイ仕事だけでは、物足りなくなったんやろうね・・・。その中でも、行政の仕事は、おうおうにして、一部の団体とか、NPO団体とかが、独占的に何十年も仕事をやっとる場合がほとんどや。今回の駐車場管理も、そのひとつやろう。
こんな人たちは、一度掴んだ利権は、一生、人に手放さない。つまり、公金を不公平に得られる権利を、誰にも渡さずに、ずっと握り続けておるわけなのである。以前、ウチも入っている運送会社の組合が京都市の入札の仕事として、不法駐輪の撤去の仕事を取ろうと、応札したことがあった。その入札にうまく、成功したのはええのやけど、同和地区のその仕事をずっとやっておった人らが、怒鳴り込んで来て、わしらの仕事を勝手に取るなと、息巻いて言ったのだという。。。あぁ、やっぱり利権ってあるのやなぁ。。。
まぁ、今さらもうそんな時代やないし、毎回入札しては、その仕事が取れたり取れなかったり、公正な入札が続いているようやけどね・・・。役所の仕事は、楽で、そこそこカネになる。まだまだそんな印象が強い。ゴミの収集やら、バスの下請け、役所は、ほんとさまざまな仕事を外注する。これはこれで、しゃあないことである。全部職員にやられたら、物凄く高給取りの人が物凄く生産性の低い仕事をされて、恐ろしく高い手当をボンボン付けられるからね。。。
でも、不思議と外注先は、OBの天下り先やったり、ヤー公やったり、エセ同和やったり、そんなのばっかりや。。。怖いから普通の会社はなかなか入札に応じられへん。随意契約でもええさかい、モノを買うなら、遠いところでも、一番安いところをネットで捜して買う。同じところへ1回100万円以上は発注しない。こんなルールでも出来たらええのにね。
スブズブの関係というのは、片方だけでは出来ない。必ずお相手が必要になる。そのお相手である役人が、相手をよう切らんと、今回のように、何十年もヤーサンに甘い汁を吸わせることになる。そのカネが闇の組運営資金になっていた・・・としたら、どうだろう。この役人は、ヤー公の片棒を担いでいたことにもなるやんか・・・・。こんな悪徳役人も逮捕せんと、あかんのと違うか。。。。