筋が違う・・・ | 京都発、言いたい放題!~毎日更新~

筋が違う・・・

5/17(水) 私の子供たちが通っていた京都市立の中学校が来年の4月に下京中学として統合、新築の学舎で新たにスタートすることになった。これを受けて、ここ数年来、本当にたくさんの人が知恵を集めて、どうしたらスムースに移行出来るか。子供たちにとって、何がベストか。いろいろな方々が努力されてきた。私のところは、もう、子供も大きくなって、とっくに終わった話しだから、あんまり関係が無くなってしまったのだが、ひょんな事でまた懐かしの中学校に何度か寄せて頂いている・・・。

 それは、閉校になってしまう中学の閉校式典とパーティの企画委員に選ばれてしまったから、仕方なく、行っているのだが、この会議が、どうもピントハズレで困っているのである・・・。閉校に際して、何をしようかとか、段取り等を協議する会議なのだが、私にしたら、10年近く前の、その昔にPTAの会長をしたというだけで、この式典やパーティの主催者ではない。主催者でもない人が、式典の内容はどうやとか、案内の方法はどうこうやとか、誰ぞを呼ぼうか、どうしようやとかを話し合うのが、どうも「筋が違う」のである。

 本来、いろんな会というのは、お招きする主催者側と、招かれる側である来賓や、客で成り立っている。ところが、招く側の人手が足りないといって、客が招く側の手伝いをやってくれと、言われているようなものなのである。。。。

 本来、その地域の学校がもう無くなってしまうのは、その学区の住民の人々にとって、ものすごく寂しい事である。だから、その最後のお祭りとして、また、この学校で学んだ人たちや、この学校に関わった人たちにとって、昔を懐かしむという意味で、関わりの有った人たちが集い、最後のお別れをするのが、この会の開催趣旨である。私は、今回も、その学校に、最後の感謝の意味を込めて、地域の人たちや、在校生、卒業生が一体となって、最後の御祝いの会をやられるという、ごくごく当たり前のパターンを想像していた。ここに、元関係者であるPTAの元役員や、関わりのあった先生方がお客で寄せてもらう・・・。これが普通である。

 こんな会の主役は、本来、生徒や先生たちであり、それを見守ってきた地域の住民の方々であるべきであると思うのである。ところが、これが普通ではなかった。。。この会の主催者というのが、この地域の自治連合会とこの学校の同窓会なのだが、誠に残念ながら、あまり組織力がないというか、そんなにたくさんの人がいないのである。そこで、少しでも関わりのある人たちを集めて、何とかされようとしているのは判るのだが、この会に参加している人にとったら、あくまで、お隣の学区の話し。つまり自分の住む地域のお話ではないのである。この辺の心境がなかなか判っておられなくて、いろいろな意見を申し上げるのだが、何かおかしい・・・。どうしても他人事になってしまうのである。

 当然、熱も入らないし、あんまり、やる気も起こらない。いくら、良かれと、思って申し上げた事でも、最終的に決められるのは、ここの地域の方であり、結果として、お手伝いだけさせられるのであれば、最初から、その地域の方々だけで、やられれば良いことなのである。。。で、終わってしまう。。。このような事業を組み立てるとき、事業目的というのは、大変大事なことである。これがはっきりしないまま、やってしまうと、何のためにやるのか判らなくなってしまう。

 どうも、「立派な式典と、大人数のパーティをやること」が、この地域のお考えになっている事業の目的のような気がするのだが、私は、他人事ながら、これは全く違うと思う。学校が無くなるのを惜しんで、「数々の思い出がある人たちが集い、閉校を惜しむ」。そして、ここにこの中学があったということを心に刻み込んで頂く。これが、事業目的である。

 だから、300人の人を集めるのが目的ではなくて、お声掛けしたところ、結果として、300名もの人が集まっていただいたというのならいいが、4つの地域があるから、オタクの地域からは50枚、何とか1枚、8000円のパーティ券を売ってきてくれ・・・というだけなら、こんなアホなこと、私はきっぱり、やらない方がマシだと思っているし、お断りする。ご案内を出して、来て頂ける方だけで良いではないか。義理で、無理して人を集めて、何の意味があるのか・・・・。来ていただいた人たちを、主催者が、ちゃんとおもてなしされて、あぁ良かったなぁと、喜んで来て、喜んで帰ってもらわないと、あかんのではないやろうか・・・・。

主役は誰なんや?誰に向けて事業をするのか。何のためにするのか・・・。地域のお年寄りたちに学校へ来て貰う仕掛けも必要やろう・・・。卒業生たちが、おらが学校の最後を見届けようと、同窓会を兼ねて集まろうと声を掛ける。最後の在校生がしっかりと思い出を心に刻む。この中学に関わったいろいろな人たちが、この中学の最後を見届ける。これなら、やる意味があるし、人が何人、集まるかどうかなんて、どうでもいいことである。主役は誰や、どこを向いて事業をする。この一番大事なスタンスが、全く私の思っているのと違う。。。

多分、もう、この会議には行かないと思う。想いがあまりにも違いすぎて、ついてゆけん。。。式典の中身についても、教育長の講演会なんて、大事な仕事さぼってまで、義理で聞きに行くような人は、絶対におらん。こんな講演なら止めた方が良い。会議では言えなかったけどね・・・。いったい誰に聞いてほしいのか、誰のためにやるのか。何の意味があるのか。ちんぷんかんぷん、サッパリ判らん。。。