京都発、言いたい放題!~毎日更新~ -837ページ目

筋が違う・・・

5/17(水) 私の子供たちが通っていた京都市立の中学校が来年の4月に下京中学として統合、新築の学舎で新たにスタートすることになった。これを受けて、ここ数年来、本当にたくさんの人が知恵を集めて、どうしたらスムースに移行出来るか。子供たちにとって、何がベストか。いろいろな方々が努力されてきた。私のところは、もう、子供も大きくなって、とっくに終わった話しだから、あんまり関係が無くなってしまったのだが、ひょんな事でまた懐かしの中学校に何度か寄せて頂いている・・・。

 それは、閉校になってしまう中学の閉校式典とパーティの企画委員に選ばれてしまったから、仕方なく、行っているのだが、この会議が、どうもピントハズレで困っているのである・・・。閉校に際して、何をしようかとか、段取り等を協議する会議なのだが、私にしたら、10年近く前の、その昔にPTAの会長をしたというだけで、この式典やパーティの主催者ではない。主催者でもない人が、式典の内容はどうやとか、案内の方法はどうこうやとか、誰ぞを呼ぼうか、どうしようやとかを話し合うのが、どうも「筋が違う」のである。

 本来、いろんな会というのは、お招きする主催者側と、招かれる側である来賓や、客で成り立っている。ところが、招く側の人手が足りないといって、客が招く側の手伝いをやってくれと、言われているようなものなのである。。。。

 本来、その地域の学校がもう無くなってしまうのは、その学区の住民の人々にとって、ものすごく寂しい事である。だから、その最後のお祭りとして、また、この学校で学んだ人たちや、この学校に関わった人たちにとって、昔を懐かしむという意味で、関わりの有った人たちが集い、最後のお別れをするのが、この会の開催趣旨である。私は、今回も、その学校に、最後の感謝の意味を込めて、地域の人たちや、在校生、卒業生が一体となって、最後の御祝いの会をやられるという、ごくごく当たり前のパターンを想像していた。ここに、元関係者であるPTAの元役員や、関わりのあった先生方がお客で寄せてもらう・・・。これが普通である。

 こんな会の主役は、本来、生徒や先生たちであり、それを見守ってきた地域の住民の方々であるべきであると思うのである。ところが、これが普通ではなかった。。。この会の主催者というのが、この地域の自治連合会とこの学校の同窓会なのだが、誠に残念ながら、あまり組織力がないというか、そんなにたくさんの人がいないのである。そこで、少しでも関わりのある人たちを集めて、何とかされようとしているのは判るのだが、この会に参加している人にとったら、あくまで、お隣の学区の話し。つまり自分の住む地域のお話ではないのである。この辺の心境がなかなか判っておられなくて、いろいろな意見を申し上げるのだが、何かおかしい・・・。どうしても他人事になってしまうのである。

 当然、熱も入らないし、あんまり、やる気も起こらない。いくら、良かれと、思って申し上げた事でも、最終的に決められるのは、ここの地域の方であり、結果として、お手伝いだけさせられるのであれば、最初から、その地域の方々だけで、やられれば良いことなのである。。。で、終わってしまう。。。このような事業を組み立てるとき、事業目的というのは、大変大事なことである。これがはっきりしないまま、やってしまうと、何のためにやるのか判らなくなってしまう。

 どうも、「立派な式典と、大人数のパーティをやること」が、この地域のお考えになっている事業の目的のような気がするのだが、私は、他人事ながら、これは全く違うと思う。学校が無くなるのを惜しんで、「数々の思い出がある人たちが集い、閉校を惜しむ」。そして、ここにこの中学があったということを心に刻み込んで頂く。これが、事業目的である。

 だから、300人の人を集めるのが目的ではなくて、お声掛けしたところ、結果として、300名もの人が集まっていただいたというのならいいが、4つの地域があるから、オタクの地域からは50枚、何とか1枚、8000円のパーティ券を売ってきてくれ・・・というだけなら、こんなアホなこと、私はきっぱり、やらない方がマシだと思っているし、お断りする。ご案内を出して、来て頂ける方だけで良いではないか。義理で、無理して人を集めて、何の意味があるのか・・・・。来ていただいた人たちを、主催者が、ちゃんとおもてなしされて、あぁ良かったなぁと、喜んで来て、喜んで帰ってもらわないと、あかんのではないやろうか・・・・。

主役は誰なんや?誰に向けて事業をするのか。何のためにするのか・・・。地域のお年寄りたちに学校へ来て貰う仕掛けも必要やろう・・・。卒業生たちが、おらが学校の最後を見届けようと、同窓会を兼ねて集まろうと声を掛ける。最後の在校生がしっかりと思い出を心に刻む。この中学に関わったいろいろな人たちが、この中学の最後を見届ける。これなら、やる意味があるし、人が何人、集まるかどうかなんて、どうでもいいことである。主役は誰や、どこを向いて事業をする。この一番大事なスタンスが、全く私の思っているのと違う。。。

多分、もう、この会議には行かないと思う。想いがあまりにも違いすぎて、ついてゆけん。。。式典の中身についても、教育長の講演会なんて、大事な仕事さぼってまで、義理で聞きに行くような人は、絶対におらん。こんな講演なら止めた方が良い。会議では言えなかったけどね・・・。いったい誰に聞いてほしいのか、誰のためにやるのか。何の意味があるのか。ちんぷんかんぷん、サッパリ判らん。。。

日本人より義理堅い台湾人

5/16(火) 昨日の夜、ふらりと外国からのお客さんがあった。台湾人の李さんである。李さんは、20年ほど前に、我が家の離れに2年間下宿されていたご縁で、日本に遊びに来られるたびに、我が家に寄って下さる。下宿時代の彼女は、27歳ぐらい。こっちは30歳ほどだったから、お互い、歳を取ったねと、昔話や、昔の写真を見ながら、楽しい時を過ごした。もっとも、私の家は昨年、全部建て直してしもたから、昔の思い出のかけらも無いけれどね・・・。

 李さんは台北出身なので、昔、一度だけ、まだ上の子供が4~5歳だった時に1度、家族で台北まで、遊びに行った事があった。台湾の人は、大変義理固い人が多くて、李さんがそのとき、たまたまドイツ旅行中だったため、代わりに李さんのお父さんや、一緒に日本に来ていたヤンさんという方とその弟さんが、それこそ、ピッタリ観光ガイドと食事なんかのお世話をずっとして頂いて、大変恐縮した覚えがある。

 李さんのお父さんの年代は、その昔、台湾は日本の一部だったこともあり、かなり流ちょうな日本語をちゃんと話される。貿易の仕事をされているお父さんは、ライオンズクラブにも入られているそうである。台湾といえば、中小企業の社長さんが多いところという印象が強い。皆さん、なかなかのお金持ちで、物価も流行も日本と変わらないという感じである。

 ただ1つ困った事は、食事の時に、私たちに全くお金を払わせてくれない事である。李さんたちが日本に滞在中、少し遊園地へ連れて行ってあげた位で、大して何のお世話もしていないのに、こんなに歓待してもらって、どうしようか・・・。そんな感じだった。日本に帰ってから少し御礼をお送りしたのだが、使わせてしまったお金の方が、はるかに多い・・・。

 台湾に住む人の多くは、対岸にある中国本土のシャーメン(日本名で廈門アモイのこと)辺りが出身の人が多いと聞く。蒋介石の国民党が毛沢東の八露軍に追われて、台湾に逃げ込んだ後も、きっと、共産主義を嫌って、渡った人も多いのだろうね・・・。香港と台湾は、同じ中国人だが、自由主義で大きく発展した。今、中国の興隆があるのも、この2つが中国の国内やすぐ近くにあった・・・。この影響が大変、大きいと私は思うのである。香港や台湾で成功した人たちは、中国本土にどんどん投資していて、これが中国経済を堅調に下支えしているからである。

 もともと、共産党一党独裁、政権に反対は一切許さない、民主的な選挙は1回もやったことがないこんな中国が、大きな自己矛盾を抱えながらも、発展してこれたのも、全世界に散らばった華僑パワーと、香港台湾マカオなどの、自由主義の先導役が居たからであると思うのである。実際、李さんのご兄弟は、上海やら大連などに会社を作って、ガンバッテおられるという。めまぐるしい改革の仕掛け人は、こうした人たちだったんやね・・・。と、変に納得してしまうところがある・・・。

 近年、日本と、中国韓国の間の仲が、極端に悪くなっているという。ところが台湾や香港の人たちは、日本のことが大好きな方がまだまだ多い。これは何故なんだろうか・・・。韓国や中国は国策で、反日教育を行っているから、若い人はこの影響で日本の軍国主義復活を恐れているという人がいる。反対に戦争を本の上でしか、知らない世代の人は、戦争のあほらしさ、意味のなさ、人の命の尊さ、後に残る虚しさなんて、まるで知らない。血気盛んにワァーワァーやりたい時期もあるのは仕方ないのやろうけど、もうちょっと、大人の対応が出来る国に早くなってほしいものや・・・。

 日本も、1960年代には、安保紛争やら、反米運動、労働争議などいろいろ国内的に不安定な時期があった。丁度、中韓は、これがいっぺんに、来ている。こう見てあげたらどうやろう・・・。いちいち、日本まで、同じようにムキになって、対応していたらあかん。もちろん、突っ張る必要もない・・・。日本は大人の対応で、少し距離を置いて、じっと見つめていればよい。いつか、落ち着かれたら、良い隣人になれると信じること。これも必要や・・・・。

堀川の奇跡

5/15(月) 大阪の公立高校で、学校週5日制が崩れて来ているという。進学校と言われる学校ほど、土曜日の授業を再開しているというのである。文科省は2002年に、「ゆとり教育」の名のもとに、とんでもない改革を言い出した。日教組もこれを後押しして、「教育の手抜き」が始まった。日本のように、資源のない国で、唯一の資源は、「人」である。日本という国が、他国との比較で、抜きん出ていられるのは、日本が世界有数の教育国であったからである。

 ところが、どこのドあほが、言い出したのか知らないけど、日本人は、他の国と比べて、働き過ぎである。子供たちは小さい頃から英才教育を受けさせて、良い学校、良い会社を目指して、熾烈な受験戦争を戦っている。もう、日本は、充分豊かになったのだから、ここいらで、方向転換して、教育にもゆとりが必要や・・・。熾烈な受験戦争が、競争社会を作っていて、凶悪な犯罪に結びついている原因や・・とかブチ上げよった。。。

 こうして、学校週5日制は始まった・・・。大企業や、役所、学校の先生、急に、みんな土曜日が休みになった。ところが、私立の高校や中学では、土曜日は休みにならなかった。結果としてどうなったか・・・。私立高校が有名大学合格者の上位を占めるようになり、学力格差がどんどん広がった。良い大学へ行きたければ、私立の高校へ進まないと行けなくなった・・・。それだけである。。。。つまり、貧乏人は良い大学へ行けなくなった。格差社会の拡大やね・・・。これが、どれだけ、日本にとって、勿体ない事か・・・。優秀な人材が有名大学に行けないという率が高くなると、それだけ、優秀な人の総数が減る。

 受験戦争は、試験勉強だけは上手な人間を増やしてしまったが、本当に優秀なエリートを国がちゃんと育成しないと、この国は、崩壊する。このエリート育成事業を国は真剣にやらんとあかん・・・。樽のタガが緩めっぱなしで、こんな良い人たちが育つ訳がない。。。。これが日本病の原因や・・・。

 大企業が週2日も休むようになって、業績も急激に悪化した。永い不況が15年も続いた・・・。人間、楽を覚えると、なかなか元には戻れないものである。労働時間を減らして、業績が上向くはずがない・・・・。最近になって、この事にいち早く気付いた企業は、どんどん仕事をするようになった。百貨店は、6時までだったのが、夜の8時や9時まで営業するようになった。24時間営業のスーパーや外食産業が順調に売上を伸ばした。日本人が働き過ぎやと、誰が行ったのかは知れないけど、アメリカのテクノクラートは1日20時間働いているヤツもいる。そして、年収3000万円も1人で稼いでいる。

 楽して儲けようというのは、大間違いで、額に汗して稼ぐのが尊い労働なのだと、いう概念も戻ってきた。東京や京都の高校でも、公立高校が東大京大の合格者数ランキングの上位に出るようになった。京都の「堀川の奇跡」も話題になった。つい、この前までは、うだつの上がらない、ただの市立高校だった京都市立堀川高校は、横田サキエさんの母校でもある。もともと、京都の女専。つまり花嫁学校やった学校である。戦後、音楽科が出来た事で少し有名になったが、3年前に、校舎の改築を機に、特殊な科を2つ設けた。これが、ものすごい倍率で人気になり、遠い所からも、優秀な生徒が集まるようになってきた。そして、その生徒が卒業した今春、大変多くの京大合格者を出した。

 もともと、京都市には、京都府教育委員会と、京都市教育委員会というのが有って、この二つは、仲が悪く、ライバル関係である。京都市と京都府が不仲なのは、二重行政が京都市内で起こっているのが原因なのだが、京都市内には、同じ公立高校でも、府立高校と市立高校が両方ある。6年ほど、前に府教委が企画した府立嵯峨野高校のコスモス科というのが、バカ当たりして、ものすごい倍率になった。いわば、堀川高校の専門科は、その「仕返し」でもあったわけや・・・。これが大成功した。。。

 ただ、これは、教育委員会が画策して、ある特定の高校のレベルを上げることで、公立校全体のレベル低下に歯止めを掛けたかったというだけのことに他ならない・・・。私学が、バタビアとか特進科を設けて成功しているのを、真似しただけや。。。洛南高校なんて、ここ20年で、ガラッと、通う生徒の顔まで変わったからね。。。

 日本のように、「人」しか、他の国に勝っている点が無いような、ちっちゃな東洋の島国は、人を磨くことを止めることは、そのまま、国が衰退してゆくことを意味する。厳しいけど・・・。教育は、手綱を緩めた方が負けである。今の現実世界はこうなのである。日本がずっと、世界一だった数学オリンピックも香港や韓国にも負けるようになった。日本人が米国の学校に行って、唯一得意科目やった数学も、今や米国並みに落ちた。この責任は、いったい誰が取るねん。。。文科省の職員全員クビにしても、足らんわ。。。。

国益、国益とよく言うが、本当に日本は、エコノミックアニマルとよく批判された。私は、そんなことも言いたいヤツには言わしておけ。所詮、ビジネスなんて、汚く稼ぐものや。その代わり、綺麗にカネを使え。「汚く稼いで、綺麗に使う」これが日本人の信条やんか・・・。日本人は、人の国の言う事を気にしすぎや。そんなん、どうでもええやんか。日本は、特異な国でええ。それが日本であることであるのやからね・・・。

坊主丸儲けを許すな!

5/15(月) 先日、Nさんという雑誌の記者さんからメールをいただいた。私が昔に書いた「墓石の墓場」のことについてのお問い合わせだった。世の中には罰当たりな事もあるもので、先日、ブログのページでその写真を公開したところである。同じ事を思っていた人はいるもので、愛知県の実例だが、今週の金曜発売のサンデー毎日でその事の記事が出るそうである。

今のお寺さんは、寺の境内に墓地を分譲して、ここに墓を建ててもらう権利を販売している。もちろん、墓石の業者を紹介なんかしたら、そこから、リベートは貰っているだろうし、喪家からは、永代供養料という名目で、カネを取っている。お墓を建てたりすると、開眼供養。実際に納骨してもらう時には、入魂料、あぁ、地獄の沙汰もカネ次第とは、よく言ったもので、人が死ぬと、ほんま、たくさんお金が要るものである。。。。

こうして、やっとお墓が出来て、仏さんも、安住の地が出来たなぁ~と思ったら、大間違い。毎年の管理料を払ってくれと言ってくるし、年に一度の命日にはお参りしてもらわなあかんし、月参りと言って、毎月の命日に自宅の仏壇のお参りをさせてくれと、「営業」もしっかりされる。その後も、一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌、十七回忌と3と7の付く年に、年忌の法要が続き、この度にお寺さんにお布施が必要になる。。。。

どこのお寺さんとお付き合いをするかは、喪家の自由だが、昔、おじいちゃんが亡くなった時に、お付き合いのあるお寺さんが2つ有って、この一つをお断りするのに、おばあちゃんがホント苦労していた。喪家とのお付き合いが続く事というのは、そのお寺さんにとっての生命線であり、自分の食い扶持が1つ無くなることになるから、どこも必死である。

なかなか、「お得意先」が減ることは有っても、普通、増えることは少ない。お仏壇の無いお家が多くなってきたこともあって、核家族化現象は、こんなところにも大きな影響力をもっているのかと、実感させられる。。。人が亡くなると、葬儀の時に葬儀社に僧侶を紹介してもらう人も多いと聞く。田舎から都会に出てきて、こっちで亡くなったからと言って、田舎からわざわざお坊さんにいちいち来てもらうことも、大変である。だから、葬儀社で同じお宗派の僧侶を手配してもらう。この僧侶は、いわば、新規顧客をどんどん紹介してもらえる打ち出の小槌みたいなもんや。

葬儀専門の坊さんは、葬儀でがっぽり稼いだ後、このお家とのつながりを、他のお寺さんに「引き継ぐ」形で、事実上の顧客紹介をして、また稼ぐ。ここにも多分、カネが動いているだろうし、利権を譲り受けたお寺さんは、墓地を売ったり、墓石を売ったりして、ここらへんの費用をしっかり回収する仕組みになっていることが予想される。ほんま、えげつないね。。。

ところが、墓を作ったはええが、引っ越したり、子が無く、お墓の守りを、誰もする人がいなくなったお墓は悲惨である。無縁仏になったお墓は、お寺さんが石材店に依頼して、撤去され、整地され、また再販売される。いや、厳密に言えば、「永代供養料」というのは、嘘で、実は墓を置く権利を「売る」と称して「貸して」いる。これが実状なのである。おまけにこれらの行為は「宗教行為」とみなされて、一銭も税金を納めなくて良い「非課税」なのである。

こうして、無縁仏になってしまった墓石は、山の中のような土地の価値の低い場所に、無惨な姿をさらして放置される。これで成仏せえとは、殺生な話や・・・南無阿弥陀仏・・・、南無妙法蓮華経・・・、天に召します、我らの父よ・・・・。

憲法に保障されている、信教の自由と、納税の義務のどちらが重いかは、ご意見の分かれるところだが、「僧侶」という職業の特権を許し、税金を免除したのは、やっぱりおかしいと私は思う。人は法の下に平等、全ての国民は納税の義務を負う、こっちの方が、重い概念だと私は思うのだが、どうやろう。。。。

それとも、歴史的に宗教がそれほど重い位置を日本で占めてきたというのは、本当だろうが、憲法でさえ、宗教の下に置くべきものなのか・・・。私にはわからん。創価学会さんの力が政治の世界でも大きいように、政治の歴史は、多くの信者を組織出来るという宗教者の地位が、大きかったと、認めざるを得ない。西欧社会もまさしくそうやったもんなぁ・・・。宗教で起こった戦争がほとんどや。。。

でも、日本ぐらいは、宗教より、政治や法が上であると、考えたいのが理想なんやけどなぁ。。。日本は、神社に初詣をして、仏教でお葬式をして、キリスト教会で結婚式をしたかと思うと、神社の神輿を担ぎ、クリスマスにはキリスト教徒に戻り、観光地のお寺に拝観していたかと思うと、入学祈願に絵馬を奉納・・・。ほんま、他の国の人にとったら、ほんま信じられないほど宗教には自由奔放で、無頓着ある。このええかげんさが、深刻なことにならなくてなかなか良い・・・。なんでも、お参りやら祈願してたら、災いは来ないやろう・・・という安直なお手軽さが好まれる。

ひょっとしたら、日本人は、1つの宗教にのめり込むのが恐ろしいと感じている可能性はある。それは、ある意味、宗教の恐ろしさをよく知っているせいなのかも知れない。だから、無難にどの宗教とも等間隔の関係を続けたいし、良いトコ取りをする。こんなのが今の日本の現状やろう・・・。こんな国で、非課税の特権のある一部の職種を守って行くような意味がいったい本当にあるのだろうか・・・。

信教の自由は、無税でないと本当に守られないのか。私は、どう考えても、宗教家の屁理屈でしか無いと思うのやけれどね。。。この議論がもっと高まるべきやと思うね。。。

ズブズブの関係

5/14(日) 大阪で暴力団やら同和がらみで、何十年も市営駐車場を仕切ってきたオッサンが捕まりよった。そのニュースがどんどん出てくると、あまりにもええかげんな、そのやり口に呆れて開いた口がふさがらん。。。。UFJ銀行の外交行員まで、関わって、この仕事手伝わされておったというやないか。。。役人たちの利権を同和対策費という、超特権のオブラートに包んで、ごまかし放題。これが全部、好き放題の決算や。駐車場の経営では、全上がりの1/3ほどしか報告してなくて、赤字を装い、税金も払わず、残りは全部ポッポナイナイ・・・。ほんま、やり放題やなぁ。。。。

 暴力団対策法案というのが、出来て、全国の指定暴力団というは、かなりの数、看板を返上した。つまり解散になったのだが、これがロンダリングされて、アンダーグランドに潜って、まともな企業の振りをしとる。今までは、代紋背負って、いかにも暴力団やぞとも判りやすい格好をしていたのだが、この頃のヤーサンは、まっとうな仕事もしとるから、困ったもんや。

 貸し金の取り立て、不動産の立ち退き、信用保証、のほか、いろいろな職種に元ヤーサンが経済やくざとして、いかつくない企業舎弟という名のヤーサンになっとる・・・・。ヤクザの仕事といえば、麻薬や覚醒剤の密売などや、はじかみ料、ぼったくりバーやら、風俗店の経営なんか・・・。ヤバイ仕事だけでは、物足りなくなったんやろうね・・・。その中でも、行政の仕事は、おうおうにして、一部の団体とか、NPO団体とかが、独占的に何十年も仕事をやっとる場合がほとんどや。今回の駐車場管理も、そのひとつやろう。

 こんな人たちは、一度掴んだ利権は、一生、人に手放さない。つまり、公金を不公平に得られる権利を、誰にも渡さずに、ずっと握り続けておるわけなのである。以前、ウチも入っている運送会社の組合が京都市の入札の仕事として、不法駐輪の撤去の仕事を取ろうと、応札したことがあった。その入札にうまく、成功したのはええのやけど、同和地区のその仕事をずっとやっておった人らが、怒鳴り込んで来て、わしらの仕事を勝手に取るなと、息巻いて言ったのだという。。。あぁ、やっぱり利権ってあるのやなぁ。。。

 まぁ、今さらもうそんな時代やないし、毎回入札しては、その仕事が取れたり取れなかったり、公正な入札が続いているようやけどね・・・。役所の仕事は、楽で、そこそこカネになる。まだまだそんな印象が強い。ゴミの収集やら、バスの下請け、役所は、ほんとさまざまな仕事を外注する。これはこれで、しゃあないことである。全部職員にやられたら、物凄く高給取りの人が物凄く生産性の低い仕事をされて、恐ろしく高い手当をボンボン付けられるからね。。。

 でも、不思議と外注先は、OBの天下り先やったり、ヤー公やったり、エセ同和やったり、そんなのばっかりや。。。怖いから普通の会社はなかなか入札に応じられへん。随意契約でもええさかい、モノを買うなら、遠いところでも、一番安いところをネットで捜して買う。同じところへ1回100万円以上は発注しない。こんなルールでも出来たらええのにね。

スブズブの関係というのは、片方だけでは出来ない。必ずお相手が必要になる。そのお相手である役人が、相手をよう切らんと、今回のように、何十年もヤーサンに甘い汁を吸わせることになる。そのカネが闇の組運営資金になっていた・・・としたら、どうだろう。この役人は、ヤー公の片棒を担いでいたことにもなるやんか・・・・。こんな悪徳役人も逮捕せんと、あかんのと違うか。。。。

ゴミ屋敷と騒音オバサン

5/13(土) 経済同友会の代表幹事さんが、「不戦の誓いをする場所として、靖国神社が適切な場所がどうか、国民の間でコンセンサスが得られていない」と、提言したことに対し、小泉のオッサンは、「政治と商売は別だ」と、不快感を表したそうな・・・。ちょっと、ピントがぼけてきている。。。経済同友会というのは、経済人が個人の資格に置いて、提言する団体である。経団連の奥田会長などが、「商売のことも考えて靖国に行ってくれるな」と発言したのと、どうも小泉のオッサンは、混同しているようである。

 靖国が戦時中、軍国主義に利用された神社であるのは、どこの国にも、明らかなのやから、新しく慰霊塔でも作って、そこにみんながお参りする方がええやんか・・・。それやのに、まだまだ靖国にこだわっているのは、小泉のオッサンが日本遺族会とやった公約。これだけのためや。中韓に言われて止めたとなれば、格好悪いし、引くに引けない。靖国参拝は悪い事やないが、他国に誤解され、理解されないのが明白なら、嫌がるのを無理にやらんでもええのやないか。。。今はもう、そう思い出したわ。。。

 私は、この同友会の提言が、なかなか筋が通っていると、思うのやけれどね・・・。こんなことを書くと、すぐライティな方から、「金儲けをしたいから、国を売り渡すのか。。。」なんて過激な意見が来そうやけどね・・・。外国とのお付き合いは、そんな、極端なものや無いやろう・・・。まぁ、確かに、今まで日本外交は、土下座外交と言われたり、バラマキ外交と言われてきた。情けないし、卑下しすぎとは思う。でも、そうやらと言って、喧嘩してくれまでとは頼んでないわ。喧嘩したら負けや。

 人と人とのつきあいでさえ、難しいのに、国と国とのつきあいは、もっと難しい。言葉は違うし、文化も違う、価値観も違えば、考え方も違う。日本は、全く違う考えを持った国々と、一緒に住んでいかなあかんのや。

これは、言い換えたら30年ローンをかかえて、やっと新居を買ったら、隣がゴミ屋敷で、反対の隣が騒音オバサンの家やった。。。それみたいなもんやんか・・・・。せっかく買った家、引越は出来ないし、かと言って、困った隣人たちも、引っ越してくれる訳がない。。。つまり、ずっと、ここで生きて行くしかないんやんか・・・。

 ほな、どうしたらええねん。腹が立つけど、ゴミ屋敷を整理するのに、ちょっとは手伝いしてでも、少しでもマシになるようにしたいやんか。騒音オバサンは、何とか喧嘩して騒がないように、安いお土産でも渡しても、仲良くなっておいた方が、ええやんか・・・。中韓との関係って、意外とそんなもんやないのか・・・。それを、突っ張って、何かにつけて文句を言い合ってたら、まとまる話もまとまらん。

そりゃ、向こうがあんまり酷い事を言って来たら、日本も言わないといけないことは、ビシッと言わないとあかん。しょうもない事ばかり言ってきよったら、聞き流しておいたらええ。腹は立っても、「損して得取る」という言葉もある。国益国益と言っても、本当に守るべき国益なんてホント、日本にあるのか。もし、有ったとしても、本当にそれを守れるのか。尖閣に自衛隊を常駐させるのか。春暁に潜水艦で偵察するのか・・・。

日本は経済一流、政治三流の国や。小泉のオッサンは政治を何とか二流ぐらいにしたいのやろう。それはええ。その代わり、そのせいで、経済が二流になってしもたら、元も子もなくなる・・・・。カネのない日本は、世界の中で何のアイデンテイティも無い国になってしまう。このことだけは、肝に命じておいた方がええで・・・。優れた日本企業のおかげで、今の日本はあるのやからね。。。。カネのない日本は、張り子の寅や。だれも怖がってもくれんわ。。。。

それより、日本は、世界で唯一の被爆国や。それに、世界で珍しく、戦争放棄している国や。平和の日本。これが世界の中で日本が、キラッと光っていられるキーワードになる可能性がある。平和と不戦が本当の意味で、日本の良いイメージになったらええのやけれどね。。。

教師に武器を!

5/12(金) 昨日から2日間の予定で、倉庫業界の総会を兼ねて、淡路島へ来ている。今書いている文章は、前もって書いているので、少しピンボケなかんじやけどね。。。一泊旅行やけど、出来たばかりの神戸空港の見学やら、いろいろ近くを観光する予定である。

 さて、先日、戸塚ヨットスクールの校長が刑期を終えて出てきた。そうやなぁ、30歳過ぎの人やったら、この人のこと覚えている人も多いやろう。昔の時代でも、多くの少年たちが、ぐれたり、学校へ行かなかったり、家庭内暴力なんかで、ほとほと子育てに困り果てた家庭は数多くあった。スパルタ教育で有名な戸塚ヨットスクールは、こんな子供たちを受け入れて、厳しいヨットの訓練を通じて、何とか更正のきっかけをつかもうとしていた。

 実際問題として、親の手に負えない子供を、この学校に藁をもすがる気持ちで、預けた親は多かったんやろう。。。ただ、ここでの体罰はかなり酷かったようで、体罰に耐えかねて海に飛び込んで自殺者が出たりして、校長の戸塚のオッサンは、逮捕服役となった。ただ、親たちが戸塚のオッサンに子供を預けるというのは、心のどこかに、こうでもせんと、この子はよう育てられないと、子育て放棄をしていた部分があるのやないやろうか。。。今の時代でも、この手の問題は、より深刻化していると言って良いし、より酷い事にもなっている。。。

 ヨットスクールではないが、問題児を預かって何とかしようという施設は他にもあるようである。そこの女社長が、今度は逮捕された。聞けば、この施設は、家庭内暴力でどうしようもない子を預かっていて、この子に暴れるからと、手錠をかけて、落ち着くまで部屋に閉じこめたようである。ところが、普通、こんなことをしたら、監禁罪になる。

ところが、そうでもしないと、どうしようもないほど、その子は暴れている。ほならどうしたらええんや・・・。親も手を付けられない。警察も何も出来ない。相談員にも見放されて、親は、やはり、藁をも掴む気持ちで、この施設に頼んだのやろう。。。この施設は、行政や警察の無策のために、何もやらないから、仕方無しに、この子の面倒を見ていたという部分があるのではないか。。。ただ、結果として、その子が死んでしまったという事実。これは、重いけどね。。。何かこの人を普通通りに傷害致死罪に問うのは、少し違うような気がするのは、私だけではないと思う。。。。

 体罰というのは、いろいろ論議が繰り返されてきたテーマだけど、私は基本的には、体罰肯定派の方であると思う。もっとも、子供を本気で殴った事は無いけどね・・・。今の親は、子供と友達感覚なのが理想なのだという・・・。ところが、現実問題として、親が怖くない存在になると、子供は親をなめてしまう。個性を尊重とか言って、数少ない子供を大事に大事に育てる。これが指一本触れない最高の教育やと勘違いしとる。

 学校の現場では、親が大事に育てすぎた子供たちばかりが集まる。何かあると、親が怒鳴り込んでくるから、先生は子供たちに指一本触れられない。。。頭をなでたり、肩に手を置いたり、居眠りしている子を指で、ツンツンと突いただけで、子供は親に、先生に叩かれたと、報告する。それを真に受けた親が真っ赤になって職員室にやってくる・・・。これが現実や・・・。だから、先生は子供にスキンシップなんて、絶対に出来ない。。。。これでは、何も伝えられない・・・。いくら子供でも、先生に手を握られただけで、セクハラ犯人扱いされたら、先生なんてやってられないからね。。。これも少子化の悪影響なのかね。。。

 私の中学時代の先生に、「ガミ」と呼ばれる化学の先生がいた。この先生は、毎週、化学の元素記号の試験をする。ある点数以下だと、今で言う体罰があった。シッペやった。このシッペがものすごく痛い愛のムチや。。。やられた者しか判らないが、真剣に手首の骨まで響くシッペを、にこにこ笑いながら、される。これが怖くて、怖くて、毎週みんな必死になって、元素記号を覚えた。出来ん坊の私でも、いつも元素記号だけは満点になった。。。私だけやない・・・おかげで、この先生に習っている学年の生徒は、30年以上経っても、元素記号を全部暗記している。。。つかわへんけどね。。。

良い先生とは、どういう定義なのかは判らないが、少なくとも私の中で、シッペのガミ先生は、怖かったけど、良い先生やった。いくら、子供がシッペをされても、手が腫れて帰ってきても、文句を言う親なんて一人もおらんかった。何でシッペされたんや。成績が悪かったしや。。。そな、お前が悪いんやんか。シッペされんよう、頑張りや・・・。それが常識やった。。。。昔は良かったで済ましたらあかん何かが、教育の現場には必要や。シッペ、コンパチぐらいは、先生に武器を与えないと、抑えが効かへんのが、今の学校とちがうか。。。丸腰でしか戦えない先生は、きっとなり手不足のために、質が低下し、ひいては、国の教育の根幹を揺らがすような問題にもなりかねん。罰が無いと、抑えられないのも虚しい事やけどね。。。

いくらビザ無しでも、犯罪者の輸出はごめんや・・・

5/11(木) 自分の子供を殺したり、平気で人を傷つけるような「人でなし」による猟奇的な犯罪が続いている。こんなのを日々のニュースで毎日のように見せられているとも今の世の中、やっぱり狂っているとしか、言いようがない。。。。こんなことをするようなヤツは、文字通り、人間ではない。法律では、このような犯罪を犯した人を監禁したり、世間から隔離する目的で、収監する。ところが、日本の法律は甘ちゃんで、「社会復帰」というのを目標にして、出所させてしまう。

 数十年を刑務所で過ごした犯人は、ひょっとしたら、自分を捕まえた人やら、自分を監獄に入れるために協力したりした人に「御礼参り」をするかも知れない。その可能性は、収監されていた期間が長ければ長いほど、怨み100倍になっているやも知れん。こんなケースから、アメリカでは、出所者のその後の調査や、監視が社会的に注目されている。

 アメリカで性犯罪を犯した人は、再犯率が高いということもあって、出所後、居場所を常にインターネットで公表されている。半径何㎞以内に近寄ってはいけないという、判決が出る事の多いアメリカでは、その居場所がとても重要な要素になるからである。では、日本ではどうか。刑務所を出所した人は、住所を管轄警察署に報告することにはなっているようだが、後の追跡調査まではやらない。つまり、野放し状態や。これは、一般庶民にとって、大変恐ろしい事である。どこの街で、人殺しとすれ違うかも知れないのやから・・・。

 ただ、日本の場合は、人口に対する犯罪者の比率がまだまだ低い。欧米と比べたら半分以下という統計もある。だから、日本の犯罪率が上がるということは、日本も他の国並に危険な国になりつつあるという、嫌な傾向なのかも知れない。日本の治安悪化は、島国という地形上の有利さから、かなり守られて来た部分がある。ところが、最近、不法入国、不法滞在の外国人による犯罪が急増している。昔はイランなどの中東からの出稼ぎ組が起こす犯罪が話題になっていたが、今はビザなし渡航で自由に行き来している韓国の武装スリ団やら、中国マフィア系らが、ガードの甘い日本を目指して「出稼ぎ」にどんどんやってくる。

 警察の発表した統計によると、日本に住む外国人の犯罪の6割が韓国人、3割が中国人、なんやそうな。困ったもんや・・・。それにしても、日本もアホな事したもんや・・・。日韓ワールドカップ開催とか、日韓友好ムードやら、韓流ブームはどこへやら、韓国からのビザなしでやってくる人は、日本にいつの間にか住み着き、親を呼びよせているそうやんか・・・。毎年、在日韓国人のうち1万人もの人が日本人に「帰化」しているそうだが、これがくせ者で、それなら普通に考えたら、在日韓国、朝鮮の人が毎年1万人減らないと、勘定が合わへんやんか。ところが、この数があんまり変わって無いのや・・・。これは、どういうことか・・・。

 韓国から呼び寄せられた人やら、在日3世4世の人が生む子供の数が、日本に帰化する人の数と変わらないほどいるということなんや。これは、何を意味するか・・・朝鮮系日本人の比率や人数が、日本の中で高まって行く可能性がある。。。これも恐ろしい事やんか。。。国って何や・・・。

 この前、井筒監督のパッチギという映画をレンタルDVDで見た。京都が舞台の映画でなかなかおもしろかったし、ちょっと懐かしかった。あぁ、昔は、こんなんやったなぁ・・・。ストーリーは朝鮮学校に通う女の子と、日本人の男の子の京都版ロミオとジュリエットなのやけど、随所に東九条という朝鮮韓国の人が多く住む地区のロケがあったり、壮絶な喧嘩シーンがあったり、最後は、イムジン河という、当時の放送禁止曲があったりで、不覚にも、泣いてしもた・・・。

 京都には147万人の人口があるが、このうち韓国朝鮮の人は4万人ほど住んでいる。大阪の14万人、東京の10万人というのが、総数的には多いけど、率では京都は多い方かもね。今では3世、4世の時代で、随分、日本人化されていて、もう朝鮮語をあんまり話せない方もいるとか。この人たちは、ある意味、経済移民である。強制連行で連れて来られてきたという、ほんの1%以下の一部の人を除いたらね。。。つまり本当は、ほとんどが、貧困から抜け出す為に、朝鮮半島から日本に来た人たちや・・・。日本人に無理矢理連れられてきたというのは、都合の良い嘘やというのは、実はご本人たちが一番知っておる。。。

 フランス人がいつも言う言葉に、移民を認めたのが、一番の失政やった・・・。というのがある。日本はまだ間に合う。他から労働力という安直な理由で経済移民を受け入れたら、絶対にあかん。その移民の人たちに、国が乗っ取られるぞ。と、警告している。実際、今回起こったフランスでの大規模デモは、その移民で入ってきた人たちが起こしている。

 人は、何によって住む場所を動かすのか・・・。それは、恐らく、富を目指してである。貧しい国の人は、豊かな国を目指して人が動きたがるのは、当然である。問題は、この人たちが、「招かれざる客」か、それとも、その国の発展に寄与するような「優秀なる人材」かである。今の先進国では、どれだけ優秀で、素晴らしい人を多く集めることが出来るかが、その国の発展に影響すると言っても過言ではない。

単純労働者には、時として犯罪者も混じってやってくる。こんな人たちだけを、どの様にしてキチンと排除し、世界全体の犯罪を減らすか。これは、各国の警察当局が、自国の犯罪履歴のある者を出国させないという、紳士協定が出来ないとなかなか難しい。犯罪者の行動は制限されるべきであり、他国に犯罪を輸出するような国は、日本としても、お付き合いが出来ない。犯歴のある人間の出国規制。最低限の国際マナーと、違うかね。。。おっと、いくら国際法だと言っても、通じない困った国もあるけどね。。。

よく泣く子は、飴を多く貰える?

5/10(水) 皆さん方の多くは、会社でコピー機を使っているだろう。このコピー機を契約するとき、多分、リース契約というのをコピー機の販売会社と結んでおられるだろう。コピー機は大きくて嵩張るし、トラブルもある。メンテナンスが必要な場合も多い。5年も経てば、いろいろな不具合も出てくる。だから、最もリーか契約に向いているOA機器のひとつだろう。

 もちろん、買い取りの契約でとことん使う人も多い。徹底的に使って、10年保たすと、もちろん、こっちの方が総コストは低くなるからね。。。さて、これが私の中の常識やったんだけど、先日のニュースを聞いて、少し驚いた。鳥取県の実例で、お役所の会計は4月に始まって3月に終わる。だから、今まで年度ごとの費用を算出する、たったこれだけの理由で、コピー機のリース契約を1年リースにしていたそうである。

 今度、この1年リースの契約を初めて3年リースの契約にしたら、ランニングコストが何と1/5になったそうな。と、いうか、1台100万円以上もするコピー機を1年リースで契約していた事自体が、異常やろう・・・。リース会社というのは、その機械の使用期限をリース期間で割って、そこに金利や利益を載せて利用者からリース代を徴収する。仮に100万円の機械を1年でリースしたら、1月10万円ほどのリース代になるやんか・・・。これを3年リースにしたら1月3万円ほど、普通の5年リースにしたら、16000円ほどにならないか・・・。

 つまり、鳥取県では、コピー機のリース代として、民間会社なら1台、16000円ほどで済んでいたものを、10万円ほども払っていた事になる・・・。鳥取県が何台のコピー機を使っていたかは知らんが、いかに役人さんは、人のカネやと思って、好き放題していたかの典型やね。。。まぁ、改革派の鳥取県知事が、これを指摘せえへんかったら、ずっと、このままやったんや。。。ああ、怖い怖い。。。

 こんなことは、恐らく氷山の一角や・・・。お役所仕事とはよく言ったもので、コスト意識やら、もったにないとか、無駄を省くとか、いうことに、役人は熱心やない。そんなことより、議会に叩かれないか、市民から苦情が来ないか、自分たちの待遇が悪くならないか、こんなことばかりに腐心している。。。行政に、競争原理を持ち込む事は、なかなか難しい。無駄になるのが判っていても、いくら勿体ないと思っていても、やらんならん時もある。みんなの税金を執行するのやから、無駄が必要な時もある。

 ただ、怒鳴り込んで来る声の大きい人、いつもトラブルを持ち込む人、なんかの言いなりになって、血税を利権に回すようなアホなことをさせてたらあかん。この公平性を保つ・・・。これが難しい・・・。行政というのは、文句を言って行ったところの、言いなりになりがちや。文句を言わない人にとったら、何か損になるような事が多い。韓国の諺に「よく泣く子は、飴を多く貰える」というのがある。これは、お隣の国の文化であり、日本のではない。日本もこうなったらお終いやという、反面教師にしなあかん・・・。

 飴は、どの子にも公平に配られなければならないし、よく泣く子は、逆に飴をもらう機会を減らされるぐらいで丁度や。泣きやんだ子が多く飴を貰えるようになったら、みんなが泣かないようになる。これが社会の規律の第一歩なんやないか・・・。行政は、仕事を出来るだけしてほしくないし、最低限の仕事以外は、いらんカネを使いよるから、させたらあかん。役人にカネ持たせたら、ろくなことがない。大阪の第三セクター、見てみい。。。自分のケツも拭けないヤツらに、権限を与え過ぎや・・・。

泣く子に飴をやるから、こんなことになるのと、違うか・・・。

給食費を払わない親たち。。。

5/9(火) 京都市では公立の小学校で給食が実施されているが、中学では実施されていないところが多い。ところが全国的に見れば、小中の間は、義務教育だからと、両方とも給食を実施している都道府県がほとんどなのだという。へ~っと思っていたら、この前のニュースで、何と!1割もの人が、給食代を払わないで、給食を食べているのだという・・・。

 日本の家庭の貧しさもそこまで来たか・・・。下流社会の悲劇やなぁ・・・。と、思っていたら、違うのだという。何が違うねん。と、よくよく聞くと、払えるのに、払わない人が多いのだという。何や、それ。。。親が生活保護を受けていたり、何かの事故や病気で子供の養育が不能な人たちが、税金で給食代を助けてもらう。これはね仕方ない事やし、異論のある人は少ないやろう。

 問題は、高級外車に乗っているくせして、また、年に1度は、ハワイに海外旅行に行っているような家庭が、自分の意志で、給食代を払わないのだという。何でや???こんな人たちに、テレビがインタビューすると、払わないのを「節約や」と、ぬかしよる。。。。義務教育の給食代は、払わなくても退学にならない。だから払わないと、平気でのたまうのである。。。信じられない・・・・。

 給食法という法律に、児童生徒への給食は、その材料費のみ、保護者が負担すると明記されている。つまり、給食調理のおばちゃんの給料とか、ガス代、電気代、水道代なんかは、税金で払いますが、食事の材料だけは、ちゃんと自分で払ってくださいよ、という法律になっているのである。法律というのは、社会のルールである。我々の代表である議員さんが作ったルールを、守らないというのは、単なるわがままに、他ならないやんか。。。

 つまり、給食代の未払いは、犯罪なのである。ところが、この脱法行為やという意識が、全くこの人たちには無い。他の人が払わないのに、何で私のところだけ、払わないとあかんねん。。。まるで、話の組立が、年金保険料や、NHKの受信料と一緒や・・・。ほんなら、給食代を払わない子だけ、給食なしにするのか。NHK代を払わない人が徴収員の目の前でテレビをぶっ壊すような事をするように、年金掛け金を払わない人が受給出来る年金額が減らされるように、同じ扱いができるのかと言われても、現実問題、難しいやろう・・・。

 そしたら、給食費っていくらぐらいなんやと聞いた。すると、今は1ヶ月4000円ほどやという・・・。えっ?って、聞き直してしもた。私らの感覚から言えば、1食100円ぐらい、1月に20日で2000円ほどぐらいのもんやと思い込んでいたから・・・4000円は、ちょっと高いなぁ・・・。贅沢になってきているんやね・・・。

不公平というのは、世の中にはいっぱい存在する。せめて、小中学校のうちぐらいは、みんな出来るだけ公平にと思うのは親心である。子供に食事を与えるのは、最低限の大人の義務である。これを放棄するような親は親失格やと、私らの年代の者は思う。もし、こんな親が居れば、「恥ずかしい・・・」という感覚があった・・・・ところが、これを恥と思わないような輩が、どんどん増えてきよった。こっちの方が、よっぽど恐ろしい。。。日本は、いったい、どうなるんやろうね。。。