何とかなるさ...の世界!? -20ページ目

何とかなるさ...の世界!?

いろいろごちゃ混ぜで書いてます。

 

 

新使徒運動の基盤となっている後の雨運動は、結局カルト的リバイバル運動なのだという事がよく理解できました。

 

 

 

 

(偽の)後の雨リバイバルの中心人物であったウィリアム・マリオン(実名マーヴィン)・ブラナムは、自分を神に祭り上げ、御言葉を宣べ伝えるよりも、癒しや奇跡を強調したミニストリーを繰り広げた人物です。

 

彼は、「使徒達の時代の御言葉は、今日の時代には通用しない」、また、「ペンテコステの日に降りた御言葉は、今日には機能しない」と語っています。

 

いわゆる、新旧の聖書全体の御言葉を否定し、使徒ペテロと使徒2章に記されている御言葉を否定し、「私(ブラナム)が貴方にとっての神の声です」と言っているのです。

 

因みに、彼も例に漏れず、カルトリーダーにはお馴染みの(堕)天使の訪れとその導きの言葉が与えられています。

 

 

 

 

窮めつけなのは、ブラナムは人民寺院の教祖であるジム・ジョーンズとも繋がりがありました。

 

 

 

 

以下のポール・ウォッシャー牧師の説教を訳してみました。

 

 

 

私は、イエス様を貴方の人生の主人(以下にして下さいと言っているのではありません。

 

その理由を教えてあげましょう。

 

イエス様は、貴方の人生の主なのです。

 

イエス様は、貴方の人生における本当の主なのです。

 

神がイエス様を貴方の人生の主とされたのです。

 

神は、イエス様をその右の座に高く上げ、この時代だけでなく、来るべき時代においても、イエス様の御名において、名指しされる全ての名の上に置かれ、そして、全ての膝がひざまずき、全ての舌が、イエス様が主である事を告白するのです。

 

つまり、イエス様は貴方の全人生と、また、永遠における主なのです。

 

私は貴方にイエス様を主にするように求めているのではなく、イエス様に服従することを認めて欲しいのです。

 

愚かな事を止め、イエス・キリストの主権に服従する事を…。

 

では、どうすれば良いのでしょうか。

 

まず第一に、イエス様が言っている事は、全ての人は罪を犯しており、神の栄光に及ばないという事です。

 

そして、アダムの堕落以来、自分の行いや善行によって神の御前に受け入れられる者は、たとえ貴方の最善の行いであっても、汚いぼろきれのような物なのです。

 

まず初めにする事、それは自分が何者であるのか、イエス様が自分について何を言っているのかを(御言葉を通して)認識する事です。

 

貴方の実情は絶望的です。

 

貴方は道に迷い、罪の中にいます。

 

そして、もし貴方が今死んだとしたら、全ての被造物は立ち上がって、神が貴方に正しい裁きを下したと断言します。

 

それから、全ての希望を失った絶望のどん底で、自分に出来る事、或いは自分がして来た事の中に、何か輝かしいものを見る事です。

 

貴方は神がイエス・キリストにおいて、貴方のためにして下さった事に目を向けます。

 

あの十字架上で、神の御子はローマ人の手によって死んだのではなく、貴方の汚れ、貴方の罪を背負って死んだのです。

 

そして、貴方に注がれるべき神罰は、全てイエス様に注がれました。

 

イエス様は、神の怒りの杯を飲みました。

 

貴方が永遠に飲み続けるべき神の報いの杯を、イエス様は自分の命を諦め、死ぬ直前に飲んだのです。

 

イエス様は、「完了した。」と言って、全てを支払われました(ヨハネ19章30節)

 

神の報いは、貴方が神に対して犯した罪の一つ一つを償う事を求めました。

 

そしてその償いとは、地獄における永遠でした。

 

なぜでしょうか。

 

なぜなら、貴方は無限の善なる神に対して罪を犯しており、また、その神に対して無限の罪があるからです。

 

しかし、あの十字架の上でイエス・キリストは、貴方の代わりにその罪(の杯)を飲んで下さったのです。

 

救われるためには何をしなければなりませんか。

 

イエス・キリストを主として信じなさい。

 

そうすれば救われます。

 

貴方がした行いによるのではなく、恵みによるのです。

 

それは、信仰によるものであり、受け取るべき無償の賜物です。

 

貴方は、「私がそれを受け取った事をどうやって知るのか」と言うでしょう。

 

まあ、私や他の人が単に「貴方は正しい言葉で祈ったから救われたのです」と言ったから、そうなる訳ではありません。

 

神が貴方の心の中で何かをして下さった事によって知るのです。

 

神は、ご自分が何かした事をその霊で証し、そして、貴方の人生が変わり始めるので、貴方もそれを知るでしょう。

 

一晩で変わるとは限りませんが、変わる可能性もあります。

 

しかし、それは変わり始めます。

 

貴方は、主を知りたいという新たな欲求を持ち、その思いは成長するでしょう。

 

その思い(聖霊)は、貴方を追いかける誰かのようになります。

 

貴方に罪を告げ、貴方の歩むべき道と歩んではならない道を示します。

 

貴方は、残りの人生を通して続く変化を経験するでしょう。

 

主イエス・キリストを信じれば、救われます。

 

信じる事を拒む者は、既に罪に定められています。

 

 

 

 

私たちは救われた。過去

We have been saved. Past

 

エペソ2章/Ephesians 2 (ESV)

8)あなたがたは、恵みの故に、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。

 

For by grace you been saved throgh faith, and this is not your own doing; it is the gift of God,

 

9)行ないによるのではありません。誰も誇ることのないためです。

 

Not a result of works, so that no one may boast.

 

私たちは救われている。現在

We are being saved. Present

 

第一コリント1章18節/1 Corinthians 1:18

十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。

 

For the word of cross is folly to those who are perishing, but to us who are being saved it is the power of God.

 

私たちは救われる。未来

We will be saved. Future

 

へブル1章14節/Hebrews 1:14

御使いはみな、仕える霊であって、救いの相続者となる人々に仕えるために遣わされたのではありませんか。

 

Are they not all ministering spirits sent out to serve for the sake of those who are to inherit salvation?

 

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申命記8章3節/Deu 8:3 (HNV)

それで主は、貴方を苦しめ、飢えさせて、あなたも知らず、あなたの先祖も知らなかったマナを食べさせられた。それは、人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべてのもので生きる(マタイ4:4、ルカ4:4、アモス8:11)、ということを、あなたにわからせるためであった。

 

He humbled you, and allowed you to hunger, and fed you with manna, which you don't know, neither did your fathers know; that he might make you know that man does not live by bread only, but by everything that proseed out of the LORD does man live (Mat 4:4, Luke 4:4, Amos 8:11).

 

私達は、霊的食物のマナである神の御言葉と聖霊の導きによって、霊的に成長して行かなければ、救いの相続者になる事は出来ないのです。

 

We cannot become heirs of salvation unless we grow spiritually through the Word of God, which is the manna of spiritual food, and the guidance of the Holy Spirit.

 

神の御言葉の何たるかを知らずに救いを受け取った初期の段階のまま、何の変化もなく、霊的マナである御言葉を自分自身で読んで学ばず、聖霊によって導かれもしない、何の成長も見られないクリスチャンであってはいけないのです。

 

We must not remain in the initial stage of receiving salvation without knowing what the Word of God is, without any change, without reading and studying the Word, the spiritual manna, for ourselves, without being led by the Holy Spirit, and without seeing any growth as Christians.

 

私達は霊的戦いにおいて、主なる神キリストの御言葉によって、何が正しく、また正しくないのか、真実か偽りなのかを見分けていかなければならなりません。

 

We must discern what is right and what is wrong, true or false, by the Word of Christ the Lord God in spiritual warfare.

 

ですから、キリストに従う者は、悪に立ち向かう際に、御言葉に疎い者であってはいけないという事です。

 

Therefore, followers of Christ must not be ignorant of the Word when confronting evil.

 

第一ヨハネ1章9節/1 John 1:9 (ESV)

もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。

 

If we confess our sins, he is faithful and just to forgive us our sins and to cleanse us from all unrighteousness.

 

 

世の中、色々なカルト宗教がありますが、こちらに挙げるものは、日本政府においては異端ではなく、正式なキリスト教の一派に数え挙げられているというのが不思議でなりません。

 

一般のキリスト教界隈では、異端視されているというのに…。

 

更に、日本のキリスト教の登録者数がおよそ190万人で、その内、この宗教の会員数が約60万人ということは、日本のキリスト教人口の約3割をこの宗教が占めているという事になる訳です。

 

これって、結構やばくないですか?

 

以下のビデオの最初の10分くらいまで訳してみました。

 

 

 

 

文師は、幼少期に透視能力があり、未来が見えると語っています。

 

彼が15歳の時、イースターの日曜日の朝、祈るために山に登り、雲の中にイエスを見(イエス様に扮した堕天使を見た時点でもうアウトでしょう。ドクロまた、イエスが未完成のミッション左右矢印ヨハネ17章:イエス様のミッションは完成されています。)を彼が引き継ぐように言われたと主張しています。

 

文師は、自分は救世主であり、イエスが果たせなかったこと、すなわち世界に平和をもたらし、世界一つの信念体系の下に統一することを果たす事を主張しており、それが、統※教会(今は統※家庭連合)と呼ばれる理由でもあります。

 

文師はその後、仏陀やモハメッド、孔子、その他の宗教的預言者たちの霊的な出会いがあった(完全にアウトでしょう。ドクロと主張しています。

 

彼は、北朝鮮の収容所で得た洗脳技術を、後に統※教会の強化方針に組み込みました。

 

彼の神学は、キリスト教、儒教、シャーマニズム、反共産主義が入り混じったものです。

 

文師は既婚者ですが、若い女性信者と寝て浄化する(何じゃ、そりゃ…びっくりと言われています。

 

1957年に発行された原理講論は、教会の案内テキストとなりました。

 

彼の著書は基本的に、いかに自分が真の父であり、真の親であり、世界を救う救世主であるか(文師が神格化されています。えーについて書かれています。

 

文師は、人間の堕落はエデンの園でイブが禁断の果実を口にした時に始まったと述べています。

 

全ての恋愛関係は不完全なもので、アダムとイブは、結婚を祝福するのを待たず、イブは、成人する前にルシファーと、そしてアダムと結ばれたのです(そんな内容、聖書のどこにも記されていません目

 

統※教会で祝福を受けることで、この原罪がもたらした弊害を取り除く事が出来るのです(出来ないでしょう真顔

 

文師と鶴子夫人は新しい親であり、真の子供達を産み、地上に天の御国をもたらすのだから、文師によって祝福されたカップルが結婚し、祝福された時、その子供達は祝福された子供達となり、原罪を持たずに生まれて来るのです(もう完全に異端でしょう叫び

 

文夫妻の七男が興したサンク※*アリ教会も銃をシンボルとしたアラカルト…。爆弾

 

 

 

 

このようなカルト宗教に未だに騙されている人、目を覚まして下さい!

 

 

 

 

 

このビデオでは、現在多くの教会において、カビのように蔓延している五つの危険な信仰について触れています。

 

このような事態を制御不能なまでに拡大させている問題点が二つあります。

 

1)人々は聖書の完全性を信じていない。

 

これらの人々は、聖書に問題があり、間違いだらけで、文字通りに取るべきではないと考えています。

 

2)聖書知識の欠如

 

なぜなら、人々は単に神の御言葉を知らないからで、それは、彼等が聖書を読んでいないか、或いは、牧師が御言葉を説いていないからです。

 

これら二つの事が、教会における誤った教えを招いています。

 

《今日の教会を破壊している事柄、ベスト5》

 

1)平等主義と相補主義

 

悲しいことに、多くの人がガラテヤ3章28節の御言葉を誤解しているか、或いは、周囲の文化の思想に基づいて、誤った物の見方をしています。

 

ガラテヤ3章28節

ユダヤ人もギリシャ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。

 

フェミニズム(女性解放思想)が多くの人々を、女性が男性にできることは何でも出来ると思い込ませている事を、はっきりとさせておきたいです。

 

残念ながら、神の御言葉によれば、それは真実ではないのです。

 

女性は、一人の妻の夫になることは出来ません(第一テモテ3章2節)

 

聖書には、誰一人として使徒も牧師も、また、聖書を執筆した女性は登場しません。

 

更に、第一テモテ3章1節から7節では、牧師と長老について書かれており、「彼」「彼に」「夫」「彼の」という単語が十二回出て来ます。

 

また、ガラテヤ3章28節には、神の愛と愛情について書かれており、それは男女、奴隷と自由人、ギリシャ人とユダヤ人に対しても同じなのです。

 

この聖句は、神から与えられた役割とは何の関係もありません。

 

はっきり言うと、神は牧師と長老の役割を男性だけに与えているのです。

 

そして、女性がそれをするように召されていると感じたり、自分にはその能力があると思っているからといって、それは、何の意味もありません。

 

なぜなら、神がそれを禁じているのですから…。

 

2)「教会はイスラエルである」という信念(超越主義)

 

これは、教会がイスラエルに取って代わったという見方であり、全くもってゴミのような教えです。

 

イスラエルと教会は違うものであるという見解は、新約聖書で明確に教えられています。

 

使徒2章によれば、教会はペンテコステの日に誕生した全く新しい創造物であるのです。

 

そしてそれは、携挙で天に召されるまで続きます(エペソ1章9~11)

 

教会は、イスラエルに対する呪いと祝福については、何の関係もなく、モザイク契約の約束と警告は、イスラエルに対してのみ有効であったのです。

 

また、ローマ11章は、イスラエルが過去2000年間、脇に置かれていたことをはっきりさせています。

 

☆教会は、決して約束の地ではない。

☆教会は、土地を占有した事はない。

☆教会が、罪によって土地を追い出された事はない。

☆教会が、その土地に回復すると約束された事はない。

 

教会を新しいイスラエルにしようとするのは、危険な教義です。

 

なぜなら、神の御言葉を間違って理解し、誤った見方をしてしまうからです。

 

3)安易な信仰主義

 

最近どこでもあるような安易な信仰主義は、ただ祈りを繰り返し、ただ事実を信じ、ただイエス様を心に招くだけです。

 

では、今日、安易な信仰主義は、ただ私達に何をもたらしたのでしょうか。

 

それは、何百万人、何千万人という偽の改宗者を生み出し、彼等は自分達が救いの役割を果たしたと信じ、福音が何を言おうとしているのかさえ知りません。

 

しかし、人生のある時点でイエス様への決心をし、そして救われた...。

 

全くもって違います。

 

安易な信仰主義は、感情に基づいていており、薄暗い照明とムード音楽でしょう。

 

そして、前に出て、イエス様を心に求める長い呼びかけがあります。

 

そんな事、聖書のどこにも書かれていません。

 

イエス様と使徒達は、このような事は一度もしていません。

 

救いの正しい理解は、ある人達が言うようなロードシップサルベーションなのです。

 

※ロードシップサルベーションとは、信仰のみによって救われますが、救われた信仰はキリストの主権への服従が伴い、それは、実としての従順な信仰生活につながると教えています。

 

ロードシップサルベーション   安易な信仰主義

 

救われる道は狭い        職に着いている人は誰もが、

(マタイ7:14)         その職に着いている。

                                                (訳が変かも…すみません)

 

信者はみな良い実を結ぶ     木は良くても、悪い実が成る

(マタイ7:17)          事もある。

 

「主よ。主よ。」と言う者    「主よ。」という者は誰でも

全てが救われる訳ではない。   それで十分。

(マタイ7:21-23)

 

真の救いは、信仰の証拠に    変化の証拠は必要ない。

裏打ちされる。

(第二コリント5:17)

 

ロードシップには従順、罪に   安易な信仰主義では祈りを繰対する打ち砕き、変えられた   り返し、一連の事実を信じる

人生、また、イエス様が守っ   だけで良く、人生のある時点

て下さる事が必要である。    で一度信じた事が最後まで守

(ヨハネ14:15、ユダ1:24、   られる。

25、マタイ5:3-7)

 

悲しいことに、イエス様を救い主として見る事は出来ても、自分の主(人)として見ようとしないという問題を抱えている人が、あまりにも多いのです。

 

使徒行伝を見ると、イエス様が救い主として言及されているのは二回だけです。

 

しかし、イエス様をとする記述は九十回以上あります。

 

自分のためにではなく、イエス様のために生き、イエス様に従い、イエス様に仕える…。

 

前に多くの人が言ったように、イエス様が全ての上に立つ主権者であるか、全く主権者でないかのどちらかです。

 

4)世界教会主義

 

これは、全ての教会と信仰が団結する必要があるという信念です。

 

この事は、この動画の図に見る事ができます。

 

面白く思えますが、そうではありません。

 

これは、聖書にない無意味な事です。

 

イエス様は、ヨハネの福音書14章6節で、彼こそ道であり、真理であり、命であって、この方を通してでなければ、誰も父のもとに行く事は出来ないと言われました。

 

救われる方法は沢山あって、自分に合うものを選べばいいとは言っていません。

 

全然違います。

 

また、ユダ1章3節には、聖徒達に永遠に伝えられた信仰を求めて、私達は熱心に主張すべきだと書かれています。

 

更にパウロは、ガラテヤ1章6節から9節で、イエス様や使徒達が宣べ伝えた事と異なるメッセージを宣べ伝える者は、忌まわしい者、呪われた者であると言いました。

 

5)包括主義

 

この信念は、何をした人であろうと、誰であろうと、何を信じていようと、誰もが歓迎されるというものです。

 

これはまた、とても愛情深く、肯定的な事のように思えますが、聖書のどこにも教えられていません。

 

イエス様はマタイ10章34節から36節で、「分裂を引き起こすために剣を持って来た」と言われ、マタイ25章32と33節では、「羊と山羊を分けられる」と言われました。

 

イエス様が唯一の道であり、真理であり、命であるなら、イエス様は羊と山羊を分けられるでしょう。

 

という事は、イエス様が唯一の道であり、真理であり、命であるならば、偽りの道や偽りの真理が存在し、それらは機能せず、救う事はできないという事になります。

 

聖書の中で、包括的である事を肯定している箇所は一つもありません。

 

他の言葉では、誰もが救われるという「万民救済主義」と言われているものです。

 

大宴会をして、クンバヤーを歌い、手を繋いで、私達は天国に行こう!

 

いや、それは全く誤りであり、また聖書のどこにも書かれていません。

 

聖書には、多くの人々が地獄に落とされている箇所が沢山あります。

 

それは、包括的なものではありません。

 

しかし、もう一度言っておきますが、これらの信念の問題点は、聖書の知識が無いことにあります。

 

神の御言葉を信じていないこと…。

 

耳障りの良いものには何でも引っかかる。

 

悲しいことに、それが今日の私達の現状なのです。

 

いわゆる、クリスチャンと世俗との違いを見分けるのは難しいのです。

 

つまり、殆どの場合、唯一の違いは教会への出席でしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

巷でも偽預言者として某テレビ局で暴露された故TB・ジョシュア牧師ですが、彼の弟子でもあるギリシャはテサロニケ教会のハリー預言者、彼もまた神の人と自称して、神の御言葉を宣べ伝えるのではなく、師匠であるTB・ジョシュア牧師と全く似たような手法(癒しや奇跡、それに悪魔追い出し)で無知な人々を巧みに魅了しています。

 

 

 

 

また、彼の教会のワーシップリーダーが夢の中で現われた天使ミカエルからもらった賛美によって、この教会に来ていた人達に癒しや何らかの奇跡が起きたという証やその模様を、上のようなビデオで流したりもしています。

 

初め、私もこの曲を聴いた時はすごいと思ったのですが、何か引っかかる物があり、詳しく出所を調べてみることにしました。

 

そうしたら、故TB・ジョシュア牧師の弟子である自称神の人ハリー預言者の教会に辿り着いたのです。

 

これらの奇跡や不思議が仮に事実だったとしても、本当に神様から来ているものかどうか怪しいものです。

 

恐らく、やらせの確立の方が高いのではないでしょうか。

 

また、ルシファーは音楽を操ることに長けているので、このように人間を感動させる賛美を作り上げるのは朝飯前でもあります。

 


 

 

 

次に、このアイドルのようなブラザー・ヒョクという伝道師さんですが、私は良く知りませんが、この若者も自分で伝道活動する前は、故TB・ジョシュア牧師の弟子兼付き人みたいな感じの事をしていたようです。

 

なので、彼の伝道集会も師匠と全く似たようなものであり、また、御言葉に無知な人々を魅了するドラマティックなパフォーマンスショーになっているという訳です。

 

これらの偽教師や伝道師達の集会において、念の入った段取りが施されていることは、恐らく間違いないでしょう。

 

勿論、その中で与えられた役割を担う役者についてもです。

 

ガラテヤ1章

6)私は、キリストの恵みをもってあなたがたを召してくださったその方を、あなたがたがそんなにも急に見捨てて、ほかの福音に移って行くのに驚いています。

 

7)ほかの福音といっても、もう一つ別に福音があるのではありません。あなたがたをかきみだす者たちがいて、キリストの福音を変えてしまおうとしているだけです。

 

8)しかし、私たちであろうと、天の御使いであろうと、もし私たち(キリストが直接選ばれた使徒たち)が宣べ伝えた福音(神の御言葉)に反することをあなたがたに宣べ伝えるなら、その者はのろわれるべきです。

 

9)私たちが前に言ったように、今もう一度私は言います。もしだれかが、あなたがたの受けた福音に反することを、あなたがたに宣べ伝えるなら、その者はのろわれるべきです。

 

10)いま私は人に取り入ろうとしているのでしょうか。いや。神に、でしょう。あるいはまた、人の歓心を買おうとするようなら、私はキリストのしもべとは言えません