生きるのがラクになるちょっとしたヒント
  • 15Jun
    • 愛を感じたかったら…

      …暇になれ!…まあ、普通には心にゆとりをなあんて言い方をすると思います。でもそれだと、今ある何かに付け足して心にゆとりを持てる何かをする、たとえばアロマを焚くとか、瞑想をするとか、コーヒーを淹れるとか、もっと忙しくなる方向に流れがち。私はとくに、単細胞で一度に一つの事しかできない後者だからかも、ですが時計を念頭に置いて、余計なことをせず、予定通りに物事をちゃっちゃっと進めるというのが、すごいストレスになります。ということにも、最近やっと気がつきました。集中力はものすごくあるから、やればできちゃうのよ。だから、ストレスだということになかなか気がつかなかったんだけどね。朝は、気分よくいられることが多いです。なぜなら、仕事が午後から始まることが多いから。庭にやってくる小鳥達や猫を、かわいいとじっと眺めたり、咲き出した花たちを愛でたり。草にきらきらと光る露をうっとりと眺めたり。出勤する夫を笑顔で見送ってこんな気持ちで1日をスタートできるなんてなんて幸せなのとじ~んとしたり。これらのチャンスが、出かける2時間くらい前になって、締切りが気になり出したとたん、全部ふっとんじゃうのね。気持ちがあせあせしてきたら、私にはやることが多すぎる、詰め込みすぎてるよ、というサイン。他の人には暇、退屈に見えるかもしれないけれど、それくらいが私には、ちょうど良い。愛おしい、という気持ちが湧くくらいのスケジュールがちょうど良い。

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  • 09Jun
    • 私にとってのストレス

      先日、大発見しました後者は意味がわからないと動けないとは読んでいましたが、私の今までを振り返ってみて、本当にそうだったとものすごく腑に落ちました。私はど後者ですが、今まではいい子、優等生だったはず。なぜかというと自分に自信がなさ過ぎて、自分の考えや感覚を信じられず、自分の居場所を作るために世間でいいと言われているもの、世間が自分に期待するものに自分を近づける、そしてこの人間社会でできるだけ高いステータスを得ること、それを一番重要目標としていたから。幸か不幸か、ど後者なので、自分がありすぎて自分の感覚をまったく無視することはできず、中途半端に優等生のまま実社会では使えないタイプでした。後者にとっての「意味」とは、自分自身にとっての「意味」です。他の人がいかに意味づけしようと、私自身が意味を見出せなかったら、それは意味が無いのと一緒。そこを無視して、世間が意味を見出していることに私も意味を見出そうと努力してきました。以前就いていた、憧れの職業。実際に就いてみたら、精神的にものすごくしんどかった。上司と学生の板ばさみになって、自分の仕事に意味が見出せなくなった、というか、動けなくなりました。上司の意図を理解しようと努力して、理解してしまったら、職場の矛盾に気づいてしまい、心がくずおれるように感じました。それでも、苦労してやっと勝ち得た職だったので、8年間頑張ってみたけれど、苦手な同僚や上司に会っただけで、どきっとして息が浅くなる。関係者からFAXが入っただけで、びくっとする。そんな身体の反応をまったく無視することはできませんでした。今の仕事。前の仕事に比べれば、就くのは簡単に思われるようで、人にはたまに「もったいない」みたいなことを言われたりもします。でも、とてもシンプル。生徒が幸せなら私もハッピー、教室の運営者もハッピー。教えることは、私が大好きで身につけたこと。ちぐはぐになるところがありません。今になってようやく、意味を見出せないことを続けるのがどれほど私にとって苦痛だったのかようやくわかりました。いかに社会で尊敬されようと、羨ましがられようと、お金がたくさんもらえようと、ダメなものはダメなんです。人生半分以上過ぎた今になって、やっとわかりました。

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    • 頑張るセンサー

      ふとした拍子に、頑張るセンサーが反応してスイッチ入ってるわ、と先日気がついた。ホントにささいなこと。たとえばまずこれを全部食べてしまって食事を片付けよう。手を着けたんだから、ここまでやってしまおう。頭がごちゃごちゃしてしまって、きちんとしようとする時に、入ってしまいやすい傾向がある。この時にスイッチが入ったままにしておくと、あとで身体に多少なりとも無理が出る。今まできちんと生きてきたせいで、オートマ化している。身体に無理が出るのに、それがデフォルトになってる。だから、スイッチが入ったことに気づいたら、まず切る。それから、どうするか決める。あわてなきゃいけない、と思うのは、エゴちゃんの罠にはまっていると知る。頭がごちゃごちゃしている段階で、ああ、また詰め込みすぎたな、と気づく。それだけで、後の疲れ方がかなり違うよ。

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  • 24May
    • 波動を整えるとは…

      同じ振動数の波動を持つ物どうしが引き寄るという引き寄せの法則。だから自分の出している波動に注意して、波動を整えましょう、と言われてますね。でも、波動を整えるってどういうことか。「~が欲しい」と思っても、本音で不安があったり、罪悪感があったり、潜在意識が否定していたりしたら叶わない、ということなんだけど。でも潜在意識って、自分じゃ気づきにくい。潜って気づかないから、潜在意識という名前が付けられているわけで。こんなこと考えてたら、ややこしくて、何していいんだかわかんないし、できてるのかできてないのか気になるし、でも自分じゃわかんないし、こんがらがりませんか?自分って、一つの存在「私」があるように普段は思われているけど、本当はいろんな存在の集合体。こやつらにもそれぞれ考えがあって、いろいろ主張しています。それで、全体としての「私」はあっちへふらふら、こっちへふらふら。それで、⇨ と⇦ が拮抗して、結果的に0になっちゃう。拮抗するって、ものすごくエネルギーを使うので、それだけでへとへとに疲れます。その二つの矢印の向きを丁寧にそろえていくのが、波動を整えるということ。⇨⇨波動を整えるって、言ってみれば矢印の向きを整えるだけのこと。向きがそろえば、結果としてエネルギーが邪魔されずに高まるよね。矢印の向きを整えるためのテクニックとして瞑想があったり(矢印があることに気づける)自分との対話があったり(自分の中のいろんな奴の民主主義的な話し合い)世でいいよ!と言われているいろいろな方法があるんじゃないのかな、と思いました。

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  • 21May
    • 不足に目が向きがち

      この記事見て、思い出した!確かエイブラハムだったと思うけど、私たちが「ない」ことに目を向ける癖があることを、次のような例えで書いてたなあ。…とても美しい街があります。みずみずしい緑に覆われた公園、美しい建物、整った道路、とても居心地の良い街です。ただ1ヶ所、道路に10m四方の大きな穴があいている箇所があります。あなたがたが不足を見つけて文句を言うのは、このきれいな街で穴だけを見て文句を言うようなものです。…みたいな例えだったと思います。これ読んで、私は「え?! 10mもの大きな穴があいてたら危ないじゃないの!宇宙人はこれで平気なの?!」と思いましたよ。逆に言えば、それくらいはどっちでもいい、気にならないそんな視点から、宇宙人は発言しているのね。

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  • 11May
    • ”こどもを生まなかった事ないくせに”

      なんだか、最近考えてたこととつながってきたので、リブログ↓年取ってきたせいか、人生の終わりについても視野に入ってきた気がする。そして、人生って旅行のようなものなんじゃないのかね、と思う。いいも悪いもない。何を経験するか、それがすべて。でも、そうするとついつい、いろいろ詰め込みがち。「何もしない」という経験をすっ飛ばして、「もっと何かできないか」ついつい探しちゃう。ヨガをしたって、瞑想したって、音楽したって、結局は「意図を手放す」が鍵になってくるのに。意図を手放せた時の経験が素晴らしいと、今度はあの経験がもう一度できないか、と狙っちゃう。全然、意図を手放せないがな。私も子供がいない。いわゆるフルタイムで働いた経験もない。そして、そのことに引け目を感じていた。隣に子供好きだけど、子供と触れ合う機会のないフルタイムでずーっと働き続けている旦那がいる。勝手に旦那と張り合って、勝手に罪悪感を感じて、その痛みから逃れるためだけに勝手にがんばって勝手に大変アピールをするところだった。なんなら単にそのためだけに、旦那の弱点をほじくり出して、自分の役に立てる場面を作り出してしまいそうだった。幸い、そういう機会には恵まれなかったけど。前者・後者を知ったことがきっかけで、旦那と私の発想があまりに違いすぎることに気がついた。あまりに違いすぎるので、比べる気もなくなったし、今まで鉄則だった「平等」もがらがらと音をたてて崩れ去った。それから、徐々に各々の「違い」の方に目が向くようになった。そうなると、自分の基準で相手を裁く気がなくなった。罪悪感に気がつきながら自分の心地よさを優先することができるようになった。気がついてみたら、自分の心地よさを優先しても全然支障ない、恵まれた環境だった。そうしたら、旦那はそんな私を見てもっともっと喜んでくれた。そう。そうやって喜んでくれる人とだけ付き合えばいい。そういう意味では、通信手段が発達したおかげで交際範囲が広がって、付き合う相手をある程度選べる現在は、幸せだよね。

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  • 07May
    • 久しぶりの嬉しい再会

      地元のオペラ・エキストラ合唱団、次のプロジェクトの練習が始まりました。そこで久しぶりに知人に会い、お話できました。フェスティバル合唱団でこの方と知り合い、車に乗せてもらったり、いろいろお世話になりました。彼女はフェスティバル合唱団ができて以来、ずっとメンバーだったのに、昨年合唱団の規模が小さくなった際にメンバーからはずされてしまいました。その後、ご無沙汰していた間の顛末を聞かせてもらいました。彼女は、オーディションでメンバーからはずされたことに納得が行かなかったので、審査した合唱団指揮者に、どうしてはずしたのか理由を聞いたそうです。指揮者もきちんと答えて曰く、彼女はアルト(低声部)だけれども、声色が指揮者さんのイメージと違う。いわゆる深みのあるアルトの声色ではないからはずした、と。知人にも思い当たるふしがあったのかもしれませんね。その言葉をきちんと受け止めて、声楽のレッスンも受け、声がひっくり返らずに高音部まで声が出るようになったとのこと。そして、ソプラノ(高声部)としてエキストラ合唱団に入団しました。この年、そして翌年は、それまで増員する一方だったフェスティバル合唱団が縮小し、設立からずっと団員だった人たちが多くメンバーからはずされました。いろんな人から嘆きやら、憶測やら聞くなかで、がっかりしてばかりいないで、進歩的に経験を受け止めた彼女を改めて尊敬しました。こういう彼女の経験を聞かせてもらえて、私もとても嬉しくなりました。

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  • 06May
    • 何にもしたくない

      朝。夢の世界から現実に戻ってくるとき。「起きたくない・・・」「なんなら、何もしたくない・・・」という想いを、即座になかったことにしようとしている自分に気がついた。何もしたくないなんて、ありえない!そんなぐうたら、あって良いわけない!と頑なに信じている自分。気がついちゃったので、「何にもしたくないのね」と、とりあえず認めてあげることにする。なんとこれだけで、葛藤に浪費していたエネルギーを減らすことができる!そうなのだ。どーせ気分なんて、ころころ変わるのだ。どーせしばらくすれば、起き上がって夫とコーヒー飲んでるのだ。きょうの夕方頃には、「今日も楽しかったよ♪」と夫に報告しているに違いないのだ。だから、どっちでもいーのだ。瞬間瞬間のちらっとした想い、それをなかったことにしない。ほじくる必要もない。そうなのね、と認めてあげるだけでいーのだ。そ~れ~で~ い~のだ~♪

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  • 05Apr
    • 気づくだけでいい

      大切に感じるものが変わると、中心に置くものが変わると、以前は気がつかなかったことに気がついたりする。で、ホントは気がついただけで、充分。だから~をしなきゃいけないってこともない。これから何をすればいいんだろうって、途方に暮れることもない。気がついたことを他人に宣伝しなくてもいい。気がついてしまったら、気がつかなかった状態には戻れない。それが、この世の定め。気がつかなかった時のようには、行動できなくなっている。勝手に何かが、変わっている。その、勝手な変化がその時の自分にちょうど良い程度。だから、じたばたしなくていい。他の人には、他の人それぞれのタイミングと、程度がある。だから、それも余計なお節介を焼かなくていい。

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  • 04Apr
    • 充実しているようで、実は空っぽ

      今朝、洗面所に行こうと階段を上っていた時のこと。ほぼ自動反射的に、これからやろうとしていることが次から次へと頭に浮かんできて、早足になります。はっ! これって、「今」にいないじゃん!なぜわかるかというと、動きが雑になる。今の経験が空っぽになる。気が急いて、息が上がる。そういう状態が、私はあまり心地良くないのです。どうやら現代社会の習慣は、目的があって、目的に行き着くために行動する、そんな行動パターンが主じゃないかと思うんですよね。お客様をきれいなおうちでお迎えするために掃除する。家族が夕食の時刻に食べられるように、食事を準備する。納期までに商品が納品できるように、準備する。発表会や展覧会の期日までに作品を仕上げる。それにプラスして、効率主義が幅を効かせています。目的に最短時間で、最少行動で到達するための行動パターン。こういう思考回路になったとたん、目的に着くまでの大半の行動と時間は、空っぽになり、人生の経験として残らなくなります。なぜなら、注意が目的を達成することだけに向いているから。それ以外のことは、すべて無駄として、さくさくと削除されてしまいます。つまり、味わいのあること、楽しめること、予想外のびっくり、サプライズ、人と一緒にいる楽しさ、そういう前もって予想も計画もコントロールもできないことが、一括削除されてしまいます。今までのことを思い出してみると、人生の楽しさってこういうコントロール外のことにあったりしませんか?だから、旅行が楽しいのでは?子供が面白いのは、すごいのは大人が発想しそうにないことを、次々と繰り出してくるからでは?効率主義で動いていると、残るのは忙しさと疲労だけ。これじゃ、人生に疲れても不思議はないですよ。子供が4人もいて、仕事もバリバリしてて、おうちも素敵で、料理もささっとできて、おもてなしもスマートで、ブログ記事やフェイスブックのアップが映えるような、そんな素敵な女性。ま、滅多にいないと思いますけど、たまたま能力に恵まれちゃって、そういう事ができちゃう人もいますよね。でもまわりの人がうらやましがるほど、ご本人は幸せなのかどうか。実は、素敵に見せることにエネルギーを吸い取られちゃって、疲れてくたくた、舞台裏はそうなのかもしれません(そういう人を実際に間近で見たので、書いてみた。全員ではないと思うけど)。じゃ、効率主義パターンから抜け出るには、どうしたらいいか。究極な話、効率が悪くても全然問題ないってことを、受け入れるしかありません。怖いけど、勇気を出して自分に予定から外れることを許してみる。そうして初めてそのことが予定した時間までに終わらなくても、それほど実は問題ないそういう場合が大半だってことに気がつきます。とくに、プライベートの領域は、そう。今日、掃除ができなかったら、明日やればいい。ずーっと忙しくて掃除する暇がなければ、それはそれでしょうがない。自分に取って支障がないように、くらいには、いつの間にか掃除してしまってたりする(目につくほこりを取るとかね)。さすがに仕事は、いきなりそれをやると、いろいろな人にその時点では迷惑がかかるかもしれない。信用をなくして、仕事が来なくなるかもしれない。クビになるかもしれない。それが怖いんだったら、そういう事態に陥らない程度には、予防線を張れば事は済みます。競争社会という幻想を捨てて、見栄を捨てて、自分にちょうどいいところを探し始めると、それまで全力ダッシュで走ってばかりだった頃には気がつかなかった、そういう細かい対策が見えてきます。

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  • 28Mar
    • お母さん→神様

      心屋さんの話では、行動の動機を辿っていくと、結局お母さん(もしくはお父さん)に認められたいという気持ちにたどり着くことが多い、と言う。たとえ、本人がそれを否定していた(私とかね)としてもお母さんが上司や、評判や、教義や、他のことにすり替わっているだけのことも多い。で、はっとした。もしかして、世の中で宗教が根強く生き残っているばかりか、権力を持って栄えているのは、お母さんの代わりに神様に認められたい人が多いからじゃない?そこまでして、誰かの言うことに従って誰かに認めてもらうそうしたい気持ちが強い人が多いってことだ。気がついてなかったけど、誰かの言いつけに従いたいって、奴隷精神の始まりなんじゃ・・・?ひゃあ!これはなかなか手強いわ・・・。

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  • 06Mar
    • エゴちゃんの出番

      ここのところ、これにハマってます。↓ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-「エゴを捨てる」って、道徳的な話なんかじゃ全然なくて、本質ではない「エゴ」を自分の本質だと信じる勘違いから、現実でいろいろとつじつまが合わなくなって不自由になって、大変な思いをするんだよ、って話でした。すごくわかりやすいたとえ話が載っていました。あなたは、「平静さ」が一番大切だという。他のものはそれに比べれば、取るに足らないものだという。でも、たとえば株が暴落したという電話一本で、あなたは平静さを失い、取り乱し、怒り、怒鳴るだろう。あなたの中に、混乱や争いを好む存在があることに気がつけるか?…めっちゃ大雑把に言うと、こんな話だったと思います。混乱や争いや、優越感や劣等感や、「大変だ」を好む存在、それがエゴですね。先日、すぐには信じられなかったことがありました。とても熱心なお教室の生徒さん。次の発表会に「次はこれをやりたい!」とかなり早いうちから、ちょっと難しめの大曲を持ってきました。「う~ん、間に合うのかなあ…。練習時間がどれだけ取れるかによるね」と私。結局、ぎりぎりで最後の半ページほどがかなり危うかったのが発表会の4日前。直前2週間は、レッスン時間を延長して、その代わり発表会の週はお休みにしました。当日、会場に行ってみると、生徒さんの姿はありませんでした。出番が一番最後だって言ったから、後で来るのかな?と思いましたが、いつになっても来ません。出番が近づいてもいないので、電話をかけたら音信不通。普通なら非常識もいいところ、「みんなに迷惑をかけて」「マナーがなってない」「おかげで他の生徒さんの演奏も集中して聞けなかったじゃないか!」「あんなに頑張ってレッスンしてあげたのに、恩を仇で返して」などなど、怒りが沸くところでしょう。それが、ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-を読んでしまったもので、「あんなに頑張ってレッスンしてあげたのに」←あああ、これがエゴなのかって見てる私ができちゃったのですね。私は私が思った通りでベストの選択をしたけれど、相手は相手で、相手なりの選択の自由がある。それを、自分の期待通りに動かそうというのがエゴなんだな、って気がついちゃうと、怒る気もしなくなるんですよね。ちょっとがっかりはしたけど。それはそれとして、こういう行動は他の人に迷惑をかけるし、本人が信用を失うから、やっぱり改めた方がいいんじゃないかな、とは思うけど。

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  • 05Mar
    • 愛ってなに?

      そういや、この曲に「愛って何? 恋って何?」ってテキスト付けるよーな遊びがあったっけな。テンポが速くなってからのメロディの出だしね。あ、話を元に戻して。「愛」って言葉出しちゃうと、なんかとても特別な感じがしない?普通、すぐ連想するのはきっと、男女関係だろうな。あるいは「人類愛」とか、「汝の隣人を愛せよ」とか、母性愛とか。なんとなく、「愛する」という行動をするような気がするよね。それが、「愛」を日常生活から遠ざけてしまう原因なんでないかなあ、「自分を愛する」が難しいと思われる所以なんじゃないかなあ、と、先日愛の循環の始め方を書いてから、思ったのよね。ノン、ノン! そーじゃないのだ。逆にヘンにややこしく考えないで、バカになれば、当たり前にそこにあるのが愛なのだ。「愛」という言葉を使うと、今までの歪められたイメージがどうしても邪魔をする。何もしないで、難しいことを考えないで、おめでたくいれば、そこに当然のように愛はあるのだ。通りを散歩する猫を見て、「かわいい!」と思うのも、愛。梅の香りをかいで、春の訪れを喜ぶのも、愛。子供の突拍子もない発想にぷっと吹き出すのも、愛。「この店員さん、笑顔の素敵な人だな」と思うのも、愛。「愛」を探すと訳がわからなくなるかもしれないけど、逆に損得計算や、義理人情や、義務感や、世間体や、「当たり前」「当然」の枠を取っ払うと、そこには「愛」しか残らない。けなげだな、いじらしいな、なんてのも、根本に愛がなければ感じない。

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  • 20Feb
    • 愛の循環の始め方

      おかげさまで、今は幸せを感じる機会が増えました。やさしい神旦那さまのおかげで、幸せな気持ちで一日をスタートできるし、そんな状態だと、きっと自然と他の人にもある程度は幸せが伝染するはず。そんな心のゆとりができた状態だと、いろんなものがいとおしくなるし、そういう気持ちを起こさせてくれてありがとう、とも思えます。でも、昔はとてもそんなこと信じられなかったな。独りで闘ってきた期間がわりと長かったので、幸せそうな人は、自分とは別世界の恵まれた人として、勝手に線引きして、勝手にすねた目で見ていたな。なんてことも思い出しました。あの頃は、こんなに愛情を感じる機会の多い生活を自分が送るようになるだろうとは、夢にも思えませんでした。どうして、転換できたんだろう?いじけたりすねたりしているってことは、裏返せば、本当はそれだけ愛が深いってこと。深い愛情を持ちながら形になる機会がないから、内向していじけになっているだけ。一番手っ取り早いのは、私みたいな人が私の隣にいたら私はどう感じるだろう?私は何をしてあげられるだろう(そっとしておくことも含めて)?それを考えて、自分にそうしてあげること。これだけで、深い愛情が形になるチャンスができます。私が生活に疲れきっていたらまずは私を抱きしめてあげる。「たまには頭を空っぽにしなよ」と休憩や、瞑想を勧めてあげる。「あそこのカフェの雰囲気が素敵だから、入っておもてなしされてきたら?」と提案してあげる。「忙しいのよ、そんなヒマないのよ、キーッ!」って反応が返ってきたら「まあまあ、まずは息をいったん吐ききって」とその場でできそうなことを勧めてあげる。自分のことは、いくら思いやりをかけてあげても誰にも影響がでません。いくらでも延々と一人芝居?をやっていても、大丈夫です。(いちいち声に出してたら、ヘンな人になりますが…)そのうち「これって、私一人じゃどうにもできない状況なんじゃ?周りに助けを求めた方がいいんじゃない?」ということに気がつき始めたりします。自分に思いやりをかけてきてあげているから、他人が自分に思いやりをかけたいかもしれない、ということも、いくぶん素直に信じられるようになってます。そうなると、周りの人と鎧を脱いだお付き合いができて、愛情の循環が少し大きくなります。いったん始まってしまえば、あとは勢いがついて、そのままどんどん成長するはず。だって、愛情は、人間の本質に備わっているものなんだもの。無理に抑え込まなければ、自然な形で発露するはず。

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  • 14Feb
    • 断捨離=武装解除

      冬休みに始めた断捨離、休みが明けてからはずっとペースは落ちているものの、細々と思いついた時に続けています。モノと向き合い、その時の心の声に従って、いるモノといらないモノを分けていく作業を続けていると、断捨離って、今までの武装を徐々に解除していくようなものだなあ、と思います。要するに、今まで集めてきたけど今はホントはいらないモノたちって、心配や不安から、自分の身を守るために集めてきたモノたち。☆山ほどある楽譜と楽譜のコピーは、昔、仕事でいきなり初見で弾かなければならなかったことが多い時代の名残り。仕事で初見でいきなり弾くのが怖いから、いつもいつも仕事に備えて、できる限りレパートリーを増やさなきゃ、と思ってた。楽譜もそうたくさんは買えないから、コピーが増えた。☆昔撮った写真の山は、将来もう絶対ここには来れないから証拠を作っておこう、と思って撮ったもの。実際にはそんなこと全然ないし、来れないというより、他の興味が優先しているから行かないだけの話。☆ほぼ開いたこともないのに持っている専門書たちは、先生たちから勧められて、自分の能力を磨いて仕事を勝ち取るために入手したモノ。昔は、今のようにインターネットを通じて、無料でいろいろな情報が入る状況はまったく想像できませんでした。それで、「いざ」という時のために備えて、いろいろなものを手元に集めました。冷静に考えてみれば、これらのモノをかき集めた頃と、状況は劇的に変化しました。だったら、今の状況なら自分で手元に置いておかなくてもいいもの、どんどん手放しちゃったって、ホントは支障はないよね。

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    • まんじゅうこわいメソッド

      ちょっとお仕事でやりとりに誤解が重なって、感情がジェットコースターになっていました。とりあえず無事誤解が解けて、落ち着いて心が軽くなった頃、降ってきたアイデア。嫌なことって、なかなか頭から離れない。嫌だ嫌だと思いつつ、ついつい気がつくとそのことを考えてる。なぜか、落語の「まんじゅうこわい」が頭に浮かびました。だったら、願望や夢を「まんじゅう」にしてしまえば?「まんじゅうこわい、まんじゅうこわい」って言ってたら、ついつい頭に浮かんじゃうけど、これ、勝手に願望にフォーカスできてるってことだよね。たとえば…いい加減退職して、一日遊んで暮らしてみたい、とするよね。「もし実現しちゃったらどうしよう、きゃあ、怖い!」って考えてみる。「うわあ、朝起きてもやらなきゃいけないことが何一つないなんて、ありえない!」「うわあ、遊んでばっかりなのに勝手にお金が振り込まれてくるなんて、怖い!」「うわあ、好きな漫画だけ描いてりゃいいなんて、そんなの気味悪い!」で、ホントは嬉しい感情が湧き上がってるのに、無理して怖い、怖いって言ってるなら、「まんじゅうこわい」のタツさんみたいに、「イッヒッヒ」ってニヤニヤしながら楽しんでればいいよね。無理して怖がってるつもりだったのに、ホントに「ありえない!」「怖い!」「気味悪い!」って気持ちが出てきちゃったら、それが願望にかかってるブレーキだよね。そうしたら、なんでそう思うのか、きちんと自分と会話しよう。どうしてか腑に落ちたら、その時点でたぶんその気持ちは、消えていると思うよ。どっちにしてもこれやってみたら、「願望」に気持ちをフォーカスするのが苦手な人でも、あまりのバカらしさに頭から離れなくなってるはず。

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  • 09Feb
    • もしや、ダマされてない?

      あのね、ちょっと信じられないこと書くよ。幸せになるために、~が必要↑こんな公式が世の中でははやってるよね。「自分」を生きる↑これも、はやってる。そして、巷には・自分を知るための情報・幸せになるための情報が、わんさか溢れている。でもね、そんなにわんさか溢れた情報、この一生のうちに取り入れられると思う?ましてや、その情報を活かす時間、あると思う?そしたら、なんのためにそんなにがんばってるんだろうね?逆に、引き算してみたら?もしも、・この先のお金の心配・健康の心配・老いていく不安・~しておけば、俺の人生、こんなはずじゃなかったのにっていう後悔・あの人にもっと~してあげればよかったっていう後悔・~したくない、でもしなきゃ、という葛藤・あの人と顔を合わせたくない、でも一緒にいなきゃいけないといういや~な気持ち・それじゃまだまだ、もっとがんばれ、あなたならできるっていう叱咤激励・チャンスが来たら逃さないように、準備しとこう、という見張り・あの人は間違っている、だから環境が破壊されるんだ~!というような、裁く気持ち・私がやらなきゃ、大変なことになっちゃう!っていう危機感・・・・・とにかく、ほっとするのを邪魔するような気持ちを、一つ一つどけてみよう。そして、いったん心を空っぽにしてみよう。すごい極端な話ね、たとえあなたが死んでしまったとしても、それをひとときのことと片付けて、世の中はあなたがいないなりに回っていく。だとしたら、あなたが背負わなければならないものなんて、本当はなんにもない。このなんにもないが心配だから、なんやかんやで埋めようと必死だったんだよね。でもね、人生をなんとかしようとするのをあきらめてなんにもないになってみると、勝手に心が軽くなって、幸せになっちゃうのよ。自分のことなんて、わからないってあきらめてみると、自由になって自分の意外な面がどんどん拓けていくのよ。ニュー・アース -意識が変わる 世界が変わる-を読みながら、そんな感覚が広がりつつあります。

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  • 03Feb
    • 愛されるために生まれてきた

      生まれてきた赤ちゃんって、普通は「わあー、かわいい☆」って言われて、愛されるでしょ。あれが、本当は人間の本質なんだと思うよ。愛って共鳴するから、ホントは愛するも愛されるもないんじゃないかって気がするけど。(片思い、とか言ってる愛はまたべつね。欲が入ってるから)今まで当たり前だと思って、知らないうちに素通りしてきたこと、も一回見直して、感じてみよう。近所の子が元気にあいさつしてくれるのも、愛。旦那さんを「いってらっしゃーい!」と見送るのも、愛。子どもが甘えてくるのも、愛。お礼のメールも、愛。お隣さんの犬がじゃれついてくるのも、愛。今まで「仕事だからやってんでしょ」「どーせ~が目的でやってんでしょ」「単なる礼儀でしょ」とか言って素通りしてきた部分、そのお金とか打算とか、いったん捨ててみよう。そうすると、いたるところに愛が溢れているのが感じられるよ。

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    • こんな人とは絶縁していい

      昔、とってもお世話になった人がいます。この方のおかげで、今の私の一部はあるし、人生の夢の一つが叶ったと言っても過言じゃない。でもね、近頃気がついてしまったの。この人、自分のエゴの部分を保つために、私(たち)が必要なんだということに。社会で成功するということも、実績を上げるということも、他人から承認や賞賛を集めないとできないこと。この人も、こんなに素晴らしい名声があるのに、いまだに他の人の賞賛や関心が必要なんだ。SNSに招待してくれたのは、旧交を温めたいからじゃなくて、今でも自分の活躍ぶりを知らせたいからなんだ。この人は、とてもエレガントに工夫してるからなかなかわからなかったけど、これだけ付き合いが長くなると、私がどういう人生を送ってるかには、まったく関心ないんだ、と気がついてしまいました。尊敬も感謝もしている相手だけれど、こういう一方通行の関係だとわかってしまったら、もう、切ってもいい。自己アイデンティティを保つために他人を必要とする人は、絶縁してもかまわない。

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  • 02Feb
    • お天気屋はいけない?!

      過去の思い出シリーズでもあります。私は母から「お天気屋はいけない」と言われて育ちました。なのに、母の期待したとおりに泣かなかったりすると「冷たい」とも言われました。母がそう言うのは、気分屋で何も計算せず堂々と嫁をいびる姑に、いい嫁でいたかった母が何もできなかったから。そして、父も気分屋で、理由もないのに「今日は気分が悪いから、何も話しかけるな」という日がよくあるから。今、思い返してみれば、母はただ単に、そういう人たちと接していや~な気分になって、それを私にぶつけてただけなんですよ。父なんて、事前に宣言しておいてトラブルを避けようとするなんて、人付き合いの苦手な父にしては、なかなか上出来じゃないの。で、お天気屋を自分に禁じると、どうなるか。落ち込んだ時、鬱っぽい時、だるくて動けない時、愛想良くできない時、それを無視しようとしたり、がんばってにこっとしちゃったりするようになります。逆が「ぬか喜びにならないように」「また調子に乗って」今、母と話してると、私が優等生だったもので、母は私のことを褒められる機会が多かったらしい。それで得意になって調子に乗らないように、気をつけていたようなのですね。要するに、気分が上がることもダメ、下がることもダメ、泣いたらあきれられる、爆発するのはもってのほか。これじゃ、心が死ぬよね。お天気屋で(多少計算高かったけど、それさえ見え見えなくらい)裏表のない祖母は、ある意味、素直な生き方のお手本にしてもよかったのかもね。日が照ったり曇ったり、風が吹いたり雪が降ったり、いろいろあるのは当たり前。人間も自然の一部なんだから、機嫌が良かったり悪かったり、元気だったり疲れていたり、いろいろあって当たり前。べつに理由なんかなくても、機嫌が良くなったり、落ち込んだりしてもいい。これ、なんだかわっかるっかな~♪

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プロフィール

e-soudattanoのプロフィール

e-soudattano

性別:
女性
自己紹介:
今まで本人、知性を武器に世の中を渡ってきたつもりだったのですが、今頃になって、実はおっとりマイペース...

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