あなたの幸せは地球の幸せ

こんにちは。
ドラマセラピスト/心理カウンセラーの中野左知子です。


ドラマセラピーは、自分に与えられた人生を
「自分が主役のドラマ」ととらえなおし、
そのドラマをもっと魅力的にするためのセラピーです。
このブログに来てくださり、ありがとうございます。


このブログでは、私の本
「運命の人はいくつになっても現れる!
恋愛ドラマセラピーで35歳からの理想の結婚を手に入れる」

「ドラマセラピーで40代から人生のヒロインになる
 ーあなたの中の美人が目覚める」


で書いていることや、
私が考えていること、
ドラマセラピーや声のワークなど
私がやっているワークのご紹介をしていきます。



本の中で疑問に思ったこと、
提案しているワークやエクササイズで
うまくできないで困っていることなどの
ご質問に対する答えも書いていきます。

ご質問やご意見などは、お手数おかけしますが、
すべて私のHPのお問い合わせから
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私の本が発売中です!


運命の人はいくつになっても現れるー恋愛ドラマセラピーで35歳からの理想の結婚を手に入れるー/
中野左知子

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ドラマセラピーで40代から人生のヒロインになる-あなたの中の美人が目覚める-/じゃこめてい出版
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  • 19Aug
    • 人は自分のことをちゃんとわかってはいない

      自分らしさ、という言葉をよく聞くけれど、結局のところ、自分らしいってどういうことなのかわからない。という質問を時々受ける。私も当たり前のように使っているけれど、確かに、わかりにくいよね。自分らしさって、なんなのでしょう。そもそも、自分を本当にわかっているかっていうと、そうでもなかったりする。何かの集まりで、心理の仕事をしていると自己紹介をした時のこと。その女性は、「私も人の話を聞くのが好きだから、カウンセラーに向いていると思うのよ」なんて言いながら、自分の子供の自慢話や姑さんの愚痴など、めんどくさいなと思いたくなるほど話し続けたことがある。彼女は、「人の話を聞くのが好き」と言いながら、本当は、こんなにも人に話を聞いて欲しいんだな・・・。人の話を聞いて、相手を助けたいと願う優しい気持ちも、彼女にもあるはずだけれど、その前に彼女が自分を見てほしいんだ。彼女だけではない。人は、本当に自分のことをわかっていない。時々、しみじみ思うことなんだけど、身体的にも、自分の姿をみるのに鏡が必要だし、手足など自分の体を至近距離で見ることができても、バランスよく全体を見ることなんて絶対にできない。後ろ姿なんてもっと見えない。そんな感じで、自分のことはちゃんと見えていないと思う。だから、他者という鏡を通して、自分を知っていくのだと思う。私たちはみんな、一生を通して、自分を発見する旅をしているのではないかなーと思う。大抵は、嫌な出来事や嫌な人が、私たちに「本当の私」を見せてくれる気がする。嫌な出来事の意味を見つめてみると、ああ私はこんな風に思ってたんだ、とか私はこうしたかったんだ!!とか、私が悩んでいたのはこれだったんだ!!とかが見えてくる。私も今でも、壁にぶつかるたびに、そういうことだったのか。私が見つめるべきことはここだったのか、私の真の問題はここにあったのか。という発見をしてびっくりする。そうやって、私も、自分だけでは気づけないことを、色々な出来事を通じて、発見して、少しずつ「本当の自分」に近づいている。自分らしさってなんだ、と疑問に思ったら「私は自分のことなんて、わかっていない」というところから始めてみる。さあ、私らしい私ってどんな私なんでしょう??続きは次回に。今日もお読みくださりありがとうございました。

      NEW!

      9
      テーマ:
  • 16Aug
    • 自分らしい結婚をすることで、学校教育を変えることだってできるんじゃないか

      今日も、私の考えをぶっちゃけてしまいます。拙著の2冊の本を通して、私が言いたいことは、常識から抜け出して、自分らしく生きる!!!ということ。時々、どんな風に育てられて、そんな風になっちゃったんですか?と質問をされることがある。ちなみにこの質問を私は褒め言葉として受け取っている。そんな風になっちゃったんですかと、文章にすると多少軽蔑されているようにも取れるかもしれないけれど、大抵の場合は、感嘆の気持ちが詰まっている感じがするから。なんというか、「私が考えたこともないことをやってますね!」というびっくりした感じ。まあ、35歳でポーランドに行っちゃうのとかは、びっくりする人は多いよね。しかも、ポーランドで住む場所も決めずに行ったと言ったら驚かれたし。でも私は普通に育てられたし、今では考えられないけれど、カトリックの進学校の、中高一貫の女子校に行っていた。つまり「非常に常識的な世界」で育った。(もちろん、窮屈に、苦しみながら、だけど)唯一、人と違ったことは、父親が、社会的、政治的に、大変人道的な考えを持っており、小さい頃から、広島の子供達が受けるような、平和教育を受けてきたことだけ。その考えは小さい頃から私の心に入ってしまったため、私が、平和とか地球の幸せとか言ってるのは、そういうところから来ているのかもしれない。ただ父の考えが、特に政治においては、日本の中心的な考えではなかったことは子供の頃から知っていたし、それで父が戦っている姿も見ていたので、人と違うことをすることについては、もしかしたら、それほど抵抗がなかったのかもしれない。そうは言っても、前回も書いたように、人と違うことで、排除されていく経験はその後たくさんすることになる。それが辛かったから、少しでもみんなと近づこうと同じアイドルを好きになったり、クラスの中心にいるような子と仲良くしてもらおうと、おべっか使ったりもしたけれど、やっぱり無理だった。自分が好きなものや、やってみたいことはたくさんあったけれど、小さな子どもには、簡単に手に届かないもだった。私は学校が好きだったことは一度もない。早く大きくなって、学校から飛び出たいといつも思っていた。この世界で、何の疑問も思わずに染まれる人はそれでいいのかもしれない。でも、学校で、「自分らしさ」を大切にしてもらえずに、自分の気持ちを大切にすることなんて教えてもらえずに、先生が、親が言う「正しいこと」ができるようになっていくことが、もしも私たちの社会に、たくさんの問題を引き起こしているのであれば、これからは、学校を変えていける人が増えて欲しいと思う。私が35歳を過ぎて結婚できる人は、ミッションがあると言っているのは、こういうことも含まれる。つまずかずに進んでいける人は、疑問なんて持たなくていいけれど、物事がうまく進まないからこそ、「自分らしさ」について改めて考えることができるようになると思うの。そして自分らしく生きることを選べるようになる人たちが増えたら、その大切さをわかるからこそ、学校に対してだって、いろんなことが言えるようになっていくと思うの。こういう声が、学校教育を変えることにもつながると思う。私の周りには、新しい学校を作ってくれている先輩ママさんたちが少しいて、本当にありがたく思っている。わかっているようで、わかっていない「自分らしさ」。その自分に近づくためにも、常識的に考えることをやめてみることって、結構大事じゃないかな?次は自分らしさについてもう少し書いてみたいと思います。今日もお読みくださりありがとうございました!

      39
      テーマ:
  • 14Aug
    • 婚活優等生と日本の学校教育の弊害

      こんなことを言われたことがある。「あの本に出てくるワークを全てちゃんとこなしました。でも、どうして私は結婚できないんですか?結婚できるようにするために、何をどうしたらいいのか、ちゃんと示してください。」彼女の話を聞いていると、彼女がどれほど、今まで頑張ってきたのかがよくわかった。学校でもいい成績を取ってきたし、両親が喜ぶいい大学にも進学した。仕事だって、両親の勧めでいい会社に就職できた。彼女は、本当に優等生だった。でも、結婚だけができない。彼女は強く言った。「私は、何が間違っていたんですか?言われた通りに全部やっています!確実に、結婚できる方法を、すぐに教えてください。何をすればいいですか?」うーん、全てのワークをちゃんとやってくれているのであれば、いろんな自分の気持ちに気づけるはずなんだけど、どうも、彼女から、そういう心の動きが見えてこない。「どんな方とどんな結婚をしたいですか?」と私が聞いてみると、彼女はしばらく黙って、こう言った。「仕事が安定していて、いい人であれば、いいですよね?」「え、ちょっと待ってね。あなたは、どんな人と出会いたいの?あなたがどう思っているのかを、もっと詳しく話せる?」彼女はムッとした。そして言った。「どういう意味ですか?私がどう思うのかなんて、意味がわかりません。そんなこと今まで考えたこともありません」ワークの取り組み方はいろいろあるけれど、いわゆる「いい子」な方にありがちな傾向としてあるのは、「これが正解であろう」という答えを、自分の気持ちを全く見ずに出してしまうこと。そう、自分の気持ちよりも前に、「正解」を探すのが得意なんだ。だから彼女は、たくさんワークはしてくれたようだけれど、自分の気持ちは全く見ていない。そして私が「あなたはどう思うのか」という質問をしてきたので、居心地が悪くなってしまったのかもしれない。正解はどうでもいい。そもそも、自分らしく生きていくためには、社会的に認められる「正解」よりも自分の思いのほうが重要になってくる。そもそも、結婚という、お互いの気持ちがめちゃくちゃぶつかり合う、矛盾だらけなはずの場所で、正解なんて探しても意味はない。このケースは極端な話かもしれない。でもすごく思うのは、これって、日本の教育の弊害だ、ということ。私たちはみんな、正解が何かを示すように教えられていない?みんなと一緒であることがいかに大事かを教えられていない?真っ先に思い出すのは、とってもどうでもいい思い出なんだけど、小3の時の、料理クラブのこと。その日は、ちくわにきゅうりを詰め込んで、カットしたものに、マヨネーズをかけるという、果たしてこれは料理というのか?というものを作った。小3ならこの程度でいいとも思ってるんだろうか。キューピーばりの3分程度の「クッキング」のあと、先生は、自分が作ったものをお皿に盛り付けて言った。「みなさんも、好きなように盛り付けてください」私は、残ったきゅうりを葉っぱのようにカットして、お花のように盛りつけようと提案した。すると私の班の子たちはすぐこう言った。「先生がやったようにやらなくちゃ、ダメだよ!」3対1で負けてしまい、私は料理とは言えないこの一品を、渋々先生と同じように盛り付けた。せめて、盛り付けだけでも楽しもうと思ったのに。その時私が心の中で思っていたのは「この子たちはバカなのか?好きなようにやってくださいって言ってたじゃん。なんで先生のマネするわけ?」キャンプの持ち物に、「レインコート」と書かれていたので、近所のお店で、ピンクのレインコートを買って行った。ところがみんなは、購買で売っている黄色のレインコートを持って行ったため、陰口を叩かれたことがある。心の中では、「え?たかがレインコートの色が違うだけで???」と思っているのに、いちいち悪口言われちゃうことで、学校がどんどん嫌いになっていった。私のこういうどうでもいい小さな違いは、気づかないところでどんどん増えていき小学校高学年から、仲間外れにされることもあったし、意地悪をされたこともたくさんある。私は気が強く、負けない子だったけれど、でもそのうちに、集団が怖くなっていき、どう振る舞っていいのかがわからなくなっていった。私が人間関係をうまく持てなくなったのはこの頃から。もっと前の過去にも色々あったと思うけれど、「私は人から嫌われている」と強く思うようになったのは、多分この時から。なんだか長くなっちゃったけれど、私が言いたいのは、学校が、どれほど窮屈で、人と違うことがやりにくい世界だったかということ。もう少し成長してから、ずっと思っていた。「疑問もなく、学校行ける人たちは、自分を持たずにすむ、おかしな人たちだ」私は、同じような感覚を持っている人になかなか会えずに寂しかった。とにかく、学校では、みんなと一緒であることやたった一つの正解や、模範的なルートを辿って生きていくことが、すごく重要なことだと教え込まれていないかな?これって、婚活の邪魔にならない?この「婚活優等生」ほどではなくても、婚活の中で、少しでも「いい子」であろうとすること、「みんなと同じ」であろうとすることは、自分らしい結婚の邪魔になるはず。これは間違いなく、教育の弊害。だって、結婚は、社会的な正解ではなくて、自分にとってのオンリーワンを探す場所。学校教育で学ばされてしまったことが、結婚そのものの意味の捉え方や、相手に求めるものなどにいつの間にか影響していて、自分の婚活の邪魔になっていないか?ちょっと考えてみてもいいかもね。今日もお読みくださりありがとうございました。

      40
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  • 12Aug
    • スピリチュアルな人ってどんな人?

      スピリチュアルな人と聞くと、なんとなく、霊的な力があったり、何か見えないものが見えたり、高次の存在とコンタクトができるような人と思う人が多いのではないかな、と思う。で、そういう人って「すごい人」と勘違いしてしまいそうだけれど、本当はどうなんだろう?以前このブログでも紹介したけれど、スピリチュアルな力と精神性の高さは比例しない、と思う。スピリチュアルな力を持っていることを自慢してきたり、当たってるんだかなんだかよくわからないことを聞いてもいないのに、言わなくてもいいことを、勝手に「守護霊さんがこう言ってるよ」なんて言ってきたりする人が、精神性が高いとは言いにくいでしょ。ポーランドに行く前に、知人から、ぜひ会うといいと、紹介された「占いの先生」がいた。特に会いたいわけではなかったのだけれど、わざわざ紹介してくださったので、とりあえず行ってみた。その方には、神様から、漢字が降りてきて、その漢字からメッセージをくれるという。彼女に降りてきた漢字は「開」。そして彼女は言った。割とお説教ぽく。「あなたね、心を閉ざして、人から離れて、好きなこともしようとせずに、閉じこもってばかりね。少しは外に出なさい。だから開くという漢字が降りてきたのよ」こういう時、いじわる心が出てしまう私は、特に何も言わずに、ふふっと心の中で笑いながら、彼女を観察していた。今まで見てきた占いは、だいたい私の情報を聞き出すようにしていたのが丸見えだったけど、たくさんの生徒に占いを教えているという、この先生は、私のことを何も聞き出さずに、ただズバッと言ってのけた。それって、勇気があるし、すごいよね。さすが先生!ただ、1週間後にポーランド行きが迫っている私には、なんだかヒットしない情報。最後に私がポーランドに行くことや、今までやってきたことや仕事について簡単にお伝えした。だって、「私が言っている意味わかるでしょ?やりたいことも一度も挑戦せずにきて、人とも接することができなくて、人間関係でうまくいってないんでしょ?」って言われてもねえ。。。。まあ、20代の頃の私は、人間関係で悩むことはあったから、そこだけは当たっているかも?強いて言えばね。。。せめて漢字だけで終わらせておけばよかったのにね。開くという文字なら、その時々で受け手の状況でいくらでも意味付けられるのだから。でもここまで言われてしまった後だと、その漢字を、気持ちよくありがたく受け入れにくい。とにかく、私が自分の事情を説明すると、先生は「やっぱりそうね!」と言った。どうしてこう、「スピリチュアルな力を持つ」という方々は、自分の鑑定に対して、こうもポジティブなんだろう。どんな風に、やっぱりね!なのかよくわからない。でも彼女は「あなたは、やっと開いたのね!」と言った。ううん、多分、もう少し前から開いているわ、その意味では。。。。何しろ私がこれからいくのは、ディズニーランドでもない、ピューロランドでもない、ポーランドだし。でもね、別に彼女を責める気にはならない。(笑いのネタにはしちゃってるけど)だって、魔女修行していた頃の私は、スピリチュアルな力があると信じたくて、スピリチュアル・エゴが半端なくでかくなっていたと思う。私の場合は、魔女にひどいことを言われて追い出されたことで、このスピリチュアル・エゴが木っ端微塵に吹っ飛んでくれたから良かっただけ。スピリチュアルな人って、どんな人でしょう?仮に何かが「見えた」としても、やっぱりその人の精神性の高さで見えかたや得られる内容が決まるのだと思うので、それが正しい情報かどうかもわからない。何しろ私たちはみんな、歪んだフィルターを通して、物事を見ているんだから。だから、特に何か不思議な力があるわけでもないし、何も見えないけれど、優しくて、愛情深い人の方が、やっぱり精神性は高いはず。スピリチュアルという言葉は乱用されていて、ちゃんと理解されていないと思う。と言いつつ、私も自分なりの理解だから合ってるんだかわからないけど。スピリチュアルという言葉の日本語の意味は精神的な、とか霊的な、という言葉になる。ということは、私たちはみんな、魂の存在だから、スピリチュアルな存在である、ということ。まずはこれが私の結論。そしてスピリチュアルに意識が高い、と言われるような人は、魂の存在としての自分は完璧で、全ての人が光の存在であるという真実に気づこうとしている人、あるいは気づいている人ではないかなと思う。私たちは、この真実を忘れてしまって生きているから。私たちは、みんなスピリチュアルな存在で、その自分の存在に気づき、この人生をどう生きていくのかを自分の魂が望むように選択できていくことで、よりスピリチュアルに成熟していくのではないかな。そのためにも、自分の感情に繊細に気づき、自分の本当の願いとつながることができることや、思考をエゴに乗っ取られずに、上手に使えるようになることが大切なレッスンだと思う。このレッスンをこなして行く人が、私たちが目指したいスピリチュアルな人ってことだよね。今日もお読みくださりありがとうございました。

      44
      テーマ:
  • 11Aug
    • スピリチュアル・エゴ

       スピリチュアル系のイベントとかワークショップに参加するとき、いつもなんとなく身構えている自分がいる。どうも、スピ系の人たちをいけ好かないと思っていたり、なんかいやーな気持ちが毎回してしまう。どうやら、「スピリチュアル・エゴ」というものがあるらしく、私がいけ好かないと感じている人たちは、その「スピリチュアル・エゴ」が強い人たちのようだ。   アメリカに住んでいた時、スピリチュアル・ヒーリングをしていた方と、ある大学で行われた、ネイティブアメリカンの儀式に参加させてもらったことがある。車を停めた場所は、会場から少し離れていたので、何となく周りの景色や会場へ歩いて行く方向を記憶していた。帰るときになり、彼女は、「あら、車どこかわからなくなっちゃったわ!でもいいわ、大丈夫」と言って、目を閉じた。そして、「今教えてもらったわ、あっちよ」と、彼女の「スピリチュアル・ガイド」の声に従って、私が記憶していた方角とは逆方向に歩き出した。あれー、違う気がするんだけどなー。と思いつつも、自信たっぷりに歩き出した彼女について行く。しばらくして、明らかにここではない、と気づいた時、彼女は、おかしいわねと、もう一度ガイドとの交信を試みた。私は、「あっちだと思うよ」と伝えたが、彼女は「今度は大丈夫だから、任せてよ」と、やっぱり自信たっぷりにウインクしてくれた。その日、彼女のスピリチュアル・ガイドさんは、私たちにたくさん歩いて欲しかったんだと思う。お昼、たくさん食べたもんね。またまた違う方向に歩き出す彼女に、多分あっちだと思うよーと何度も伝えるが、「大丈夫、私はこういうのに強いの。間違わないの」という、どこからくるのか大きな自信で歩き出す。私は仕方なく、頼りがいのない彼女のアメリカンサイズの大きな背中を追いかける。 しばらく歩いて、彼女もいい加減疲れてきた様子。アメリカの大学の駐車場ってなんて広いんだろう。もう十分、いい運動したわ。空も暗くなりかけている。私はもう一度言った。「車を停めた場所は、反対方向だと思うの。あっち」指差した方向は、さっきからずっと歩いてきた道のもっと向こう側。彼女は観念して「そう、あなたのガイドはそう言ってるのね。じゃあ、行ってみましょう。誰のガイドが当たっているのかしらね」と多少嫌味とも取れるような言い方をして、私に従った。ううん、ガイドじゃなくてね、車を降りた時に、景色を覚えていたの。だから、私の記憶がそう言っているのよ… 車はやっぱり私の記憶通りの場所にあり、彼女は、私の「ガイドとの交信」にちょっと嫉妬していた。どうやら、今日は、あなたのガイドがあなたにコンタクトしたかったからなのね。いつもは当たるんだけど、おかしいなと思ったのよ、と。負け惜しみ、それとも、自分の力に対して、ものすごくポジティブなの?何なのだろう。このスピリチュアルな力比べ。そんなことより、たくさん歩かせてしまってごめんねと謝ったらどうだい。 でもさ、霊的な力よりも、今現実の自分の力をちゃんと使うべきじゃないかな。それでも困った時に、ガイドとか神様とか、ハイアーセルフとか、そういう存在に助けを求めた方がいいと思うの。この場合だと、ちゃんと車を置いた場所を覚えておくとか。なんでもガイドに頼らなくってもいいよね?今自分ができることは、自分の仕事として捉えるべきじゃないかな?それに、私たちはみんな繋がっているのだから、情報の出所は、彼女のガイドだけじゃないんだ。今回は、たまたま「ふと」場所を覚えておかなくちゃ、と勘が働いた私が、その情報の出所だっただけ。ガイドは私たちが気づかないところにいてくれて、私たちが気づかないうちに手助けしてくれるんだ。こういう時、スピリチュアルな人というのはどういう人なんだろう??と考えてしまう。続きは次回!今日もお読みくださりありがとうございました。

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      テーマ:
  • 09Aug
    • 自分に意地悪な現実を変えるために

      こんにちは。ドラマセラピストの中野左知子です。人は、自分が見たいものしか見ないし、聞きたいことしか聞かない。自分が信じているものしか、信じない。私たちって、自分が思っている以上にガンコなんです。ドラマセラピーのセッションをしながら、私は、参加者の方やクライエントさんたちと一緒に「自分の現実」の周りにある現実を見つめる時間を持っています。自分が「見たいと思うもの」は、必ずしも、自分にとって「快」となるものではありません。だから本当は、[見たい」わけではないはずですが、信じていることしか「見えない」ので、それを見てしまうんですね。私たちは、自分が強く信じて来たことを、変えることがなかなかできないのです。例えば「男性は私に嫌なことをする存在だ」と信じている方は、本当はとても素敵な男性が目の前にいても、その人のいやな部分だけを見つけ出してしまうのです。そして「やっぱりね」と思うのです。ある女性は「私は孤独で寂しい、私はひとりぼっち。誰も私の味方になってくれない」という「現実」に住んでいました。子どもの頃からいじめられることが多かった彼女。そう思ってしまうのも仕方ありません。でも、彼女が「私には味方がいない」と信じ続けている以上、彼女には味方してくれる人の存在は、見えないままなんです。彼女の話を聞いていると、どうやら彼女の会社には、彼女のことを思ってくれる優しい同僚がいるようなのです。でも、彼女がとても気になるのは、自分のことをいじめてくる先輩たちだけ。ドラマセラピーのセッションで、会社のシーンの再現をしてみましたが、彼女が夢中になったのは、先輩たちへの怒りの会話のみ。彼女はその大切な同僚の存在に気づいていませんでした。(このシーンがどのように始まり、どう展開したのかは、長くなるので説明は省略します)私がそのことを指摘すると、彼女はビックリしていました。そばにいるのに、見えていなかった、大切な存在。「自分には味方がいない」そう信じているからこそ、味方が見えなくなってしまうのです。これが、「思い込み」のなせる技なんです。もし今、あなたが自分はひとりぼっちで、味方がいないとか、このまま一生ひとりで、自分には愛が注がれることはないだろう・・・と思えてしまうのなら、少しだけ、「今の現実」の周りにある現実に目を向けてみましょう。たとえば、太陽の光、鳥のさえずり、美しい花、おいしいコーヒー、大好きな音楽。それがすべて自分のために注がれていると感じてみてください。小さいけれど優しい愛が、私たちには毎日注がれています。そういう小さなものに気づくことで、少し心に余裕がでてきて、新しい現実、自分にとってよりよい現実をもつことができるようになっていきます。もしかしたら、「そんなこと何度もやっている!」と思う方もいるかもしれません。私が提案するようなワークを続けられている方には、「もうそんなこと知っているよ!やっているのに全然変わらない!」と思うこともあるかもしれません。それでも、そういう思考が戻って来てしまったのなら、またやるしかない。そうやって健気に頑張っているあなたは、とても美しい存在です。表面にはなかなか現れてこないけれど、あなたは少しずつ、少しずつ現実を変えているはずです。現実が変わらないのは、私たちがガンコに自分に意地悪な現実を信じ続けているから。自分に優しい現実に目を向けて。あなたはもっと幸せになっていいのです。今日もお読みくださりありがとうございました。

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  • 07Aug
    • 信頼することと、期待すること

      引き寄せの法則を初めて知った頃から、私は、このパワーを強く信じている一方で、長いこと、どうしても「引き寄せ」がうまくできなかった。特に結婚。30になってからずっと、私は結婚相手を求めて、引き寄せの法則を試してきていたのに、何にも引き寄せられない。その後、自分の心の中に「結婚を邪魔する心理的障害」があることに気づいて、それを解消させればいいんだと理解ができたけれど、それでも、すぐに引き寄せられる感じはしなかった。それがうまくいかなかった理由は、今となってはよくわかる。それは、私が期待していたから。期待しているというのは、自分が望む方向に物事が進んで欲しいと思っている状態で、結局、宇宙にお任せは全然できていなくて、自分でコントロールしようとしている状態のこと。気持ちが盛り上がって、よーし、絶対に運命の人っているんだわ!と「信じる」ことができても、そうすると、「次にあの飲み会行ったら会えるのかも!?」とか「友達が紹介してくれるって言ってきたけれど、この人が運命の人かも!?」なんて、すぐに先読みをしちゃうというか、とにかく「答えが欲しい!!!」という感じになってしまっていた。そして結局、その誰もが違うとわかると、がくんと落ち込んでしまい、「やっぱり運命の人なんていないのかも、一生独身で過ごすのかも」なんて暗い考えに連れ去られてしまう。そして、こんなに頑張ってるのに、なんでまだ会わせてくれないわけ???と運命に対して怒りを感じてしまうことさえある。そして、宇宙には宇宙のタイミングがあるのに、「今すぐ」叶えて欲しいと思うからこそ、焦りとイライラが消えずに、なかなか変わらない現実を前に、不安になってしまっていた。こんな感情のドラマが起きているのは、「私が思う通りになって欲しい」と期待しているから。それは、宇宙にお任せ、宇宙を信頼していない証拠。でも、どうしても難しいんだよね、この「手放す」ということが。私は朝起きても、夜寝るときでも、あああ、いつになったら私は結婚できるだろうか、と、ものすごくこの考えに取り憑かれていた。この状態で引き寄せの法則がうまくいくはずない。あれもこれもやったんだから、ちゃんと私の望みを叶えてよね!って宇宙を脅している感じ。そうやって、宇宙をコントロールしようとしていたんだ。こんな小さな存在でしかない私が、そんな大きなことなんて、できるはずないのに。私たちはいろんなところで、「期待する」という形で、宇宙をコントロールしようとする。だから自分が思う通りに物事が展開しないと、「うまく行っていない」と片付けたくなってしまう。もしかしたら、一見悪い出来事は、いい方向に進んでいるサインだってこともあるのに。期待するのをやめて、本当に信頼することを覚えていくと、何が起きても、「これは何か必要があって起きたんだな」という理解ができるようになる。そして今この瞬間に自分ができることだけをして、余計な不安から必要のない計画を立てるのをやめて、「ふと」やってみようと思ったことだけをすればいい。物事がうまくいかなった時って、後から思い返すと、その前に直感がちゃんと教えてくれていたことに気づけると思う。あの時、そういえば、嫌な感じがしたんだよなーあの時、心の声は、ストップって言ってたんだよなー。こんな風に直感が働いていた瞬間があったことを思い出す。宇宙はサインを送ってくれていたのに、私がエゴまみれで気づけなかっただけ。今は分かっているけれど、当時の私は特に結婚に関しては、不安ばかり見ていたなあと思う。何か「うまく行っていないな」と思える出来事があったら、「私は期待している?信頼できている?」と自分に問いかけてみるといいかもしれない。そして、それをお祈りに変えてみる。「宇宙のタイミングを信頼できるようになりますように」力が抜けると、宇宙も私を助けやすくなるから。今日もお読みくださりありがとうございました。

      48
      テーマ:
  • 05Aug
    • 天職を探すよりも、自分の居場所を作る

      最近、どうやったら天職って見つけられますか?と聞かれました。天職って、「神様が私にやってほしいこと」なんですよね。じゃあ神様が私にやってほしいことってなんだ?と考えてみると。。。拙著「ドラマセラピーで40代から人生のヒロインになる」の中では「私たちが本当に願うことが、宇宙が願うこと」ということについて書いていますが、そう、神様が私にやってほしいことは、「心から願うこと」なんです。心から願うこと、がポイントなんですが。実はこれって、なかなか難しいこと。だって、私たちは不安や周りの期待などで目が曇ってしまっているから。お金に不安が強くあれば、「お金が稼げる仕事をしなくちゃ」とか「お金持ちと結婚しなくちゃ」みたいに願いというよりも、エゴの欲求が強くなり、それが自分が「願うこと」と勘違いしてしまいます。そうすると神様がやってほしいと思っていること、つまり神様が手を貸して応援してくれる道からそれてしまうんです。お金の不安、将来の不安、世間体などが邪魔してしまうと、私たちは自分の道から逸れてしまいます。「仕事」として考えると難しくなってしまうので、私は自分の居場所を作ったらどうかな、と思います。居場所といっても、物理的な場所ではなく、精神的な居場所。自分の心がこういう状態が好き、と思えるようなテーマを見つけるっていうのかなあ。私のこころのリビングルームっていうのかな。好きなものがあって、居心地が良くて、ずっと時間を過ごしたくなるような。私は時々、よく勉強していると思われることがあるのですが、全然違います。勉強はしていないし、頭も良くないです。(こちらのブログにも書いたけど)私は「趣味」をやっているんです。私にとって、魂の成長と関わるものは、とても面白いものなので、楽しくてやっているんです。これが私の居場所だったから、仕事もついてきてくれたんじゃないかなと思います。自分の居場所には、他の誰かがいてもいいし、いなくてもいい。もしかしたらその中で出会うこともあるかもしれないし、一人かもしれない。なんにしても、私の居場所は、私が好きなものがあって、私が楽しいと思うものがあって、神様が私にやってほしいことがある。それが私を人として、魂として成長させてくれる。これが仕事になるかどうかはわからないけれど、その居場所が私を作ってくれている。それは間違いない。今だって私は「仕事」としてやりたいと願っていることがあり、多分これが、私が最終的に目指しているもの。でもこれが「仕事」になるかどうかはわからない。だけど、ただ楽しみながらやっていればいいだけ。そういう居場所にいれば、仕事になる日も来るだろうし、お金を運んでくれなくても、何かを運んでくれるんだと思う。天職を見つけたい!と思ったときには、自分の居場所はどんなところかな?と考えてみるといいかもしれないですね。今日もお読みくださりありがとうございました。私の本が発売中です! ドラマセラピーで40代から人生のヒロインになる-あなたの中の美人が目覚める- 1,404円 Amazon 運命の人はいくつになっても現れるー恋愛ドラマセラピーで35歳からの理想の結婚を手に入れるー 1,326円 Amazon

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      テーマ:
  • 03Aug
    • 潤いがなかったのは、もしかしたら唇だけではなかったのかもしれない

      先日NY大学院を卒業し、晴れてドラマセラピストになった仲間、槐那おみさん(なおみん)に、ワークショップをしていただいた。彼女は、私よりも年上だけれど、数年前ドラマセラピーと出会い、これだ!と決めてNYに留学をされた、とても素敵なパワーあふれる女性。それ以前も、その他のヒーリングワークもされていて、これからは、ドラマセラピーと統合されて行くのだと思います。今回は、私が教えているドラマワーク・ファシリテーター・トレーニングで、ちょうど彼女が学んだロールセオリーというものを教えてもらいました。彼女がリードしてくれたので、私は久々に、参加者として参加!ロールセオリーでは、いくつかのロール(役割)を物語の中で呼び起こし、それを掘り下げて行く。今回は1回だけのワークなので、呼び起こして、ストーリーを演じて見るまで。役の呼び起こしかたは色々方法があるけれど、今回は、体の一部に意識を向けながら動きながら、少しずつキャラクターを作って行った。その時私の唇は、大乾燥中。カレンデュラオイルで治療中で、リップクリームのせいで唇が大乾燥地帯になってから、ほんの少し経った頃のことで、多少良くなってきたなあ、という程度の時。だから私が真っ先に意識を向けたのは唇。今までの人生で、ここまで唇に意識を向けたことなんかない。そこから始まったイメージングで出てきたストーリーを見つめてみると。。。詳しい内容はここでは省略するけれど、とにかく出てきたテーマは、絶対に「女性としての潤い」だ。私は、もともとあまりロマンチックな性格ではない。そして、今は、子育てを理由にしているけれど、実は今までだって、お化粧とか、髪の毛とか、そういうものへのケアはよくできていなかったと思う。めんどくさがり屋なだけでなく、どこかで女性らしくあることへ「恥ずかしさ」があるんだと思う。そう、ここに何かのブロックが、まだある。(拙著の中では性について自分なりに見つめた過程も書いていますが、十分ではなかったみたい)ある程度は見つめたつもりだったけれど、根本から変わっているわけではないなあと、自分が作ったストーリーを振り替えりながら、つくづく感じる。いわゆる「女性だから家事をすべき」のような社会が一般的に見るジェンダーロールには、私はほとんど縛られていない。でも女性として生まれたからこそ、大切にしたい女性らしさっていうのかなあ。どんなに男女平等と言われたって、絶対に「同じ」ではない男性と女性。だからその性の部分をもっと大切にしなくちゃいけないんだよね、、、と。私だって、恋愛中はオキシトシンとかバンバン出てくれていたので多少は女性らしさも出そうとしてたかもしれないけど、そうではない状態になった時、どこか女性らしくあることに躊躇してしまうんだと思う。だから綺麗な服を着て、つま先までケアしている女性を見ると、とても素敵だなあと思えてしまう。でも、今回呼び起こしたロールは、これからの私に絶対必要。結婚前だから必要だったのではなく、結婚後も、出産後も今更かもしれないけれど、忘れちゃいけないこと。やっぱり、大切なことは、身体にメッセージとして現れるんだね。これから少しずつ、私も女性らしさを育てていきたいと思います。

      29
      テーマ:
  • 01Aug
    • 唇が大乾燥地帯になってしまった

      体の不調が起きた時、私が最初にやることは「気のせいだ」と思うこと。とりあえず、気のせいだから、気にしないでおこう、と。自分のワークの中で、「体の声を聞こう」と言っているくせに、自分では、まず最初に体のメッセージを無視するなんて、あるまじき行為・・・。そして、気のせいではないとわかってきたら、次にすることは、自分でなんとかしようとすること。ここで、体の声をようやく聞いてみようとしたり、自然療法で取り入れられるものを探したりする。病院は私にとっては最後のオプション。なのでここ10年以上、まともに病院は行ってない。(妊娠した時だけ)ここ2、3ヶ月の間、ずっと「気のせいだ」とスルーしていたことに、唇の乾燥があった。私は口紅が嫌い。それは7歳の七五三の時から始まって、いまだに続いている。女性としてどうなんだろうかと思うけれど、どうしても無理。大人になり、お化粧をするようになった大学生の頃は、多少は頑張って口紅もしていたけれど、留学してから、どんどん口紅の出番はなくなって行き、今でも、よっぽどのことがない限り口紅はできない。しかも、カラーリップクリームを代用してしまう。たまーに何かの機会で口紅を塗ってしまい、唇の皮がペロンと向けてしまうくらい、口紅との相性も大変悪い。それなのに、私はリップクリームには、あまりこだわっていなかった。なんとなく、悪いものは入っていなさそうだ、という感じだけで選んでいただけ。基本、私はアルソアという化粧品を愛用している。口紅だけでなく、多分化粧品は相性が悪いものが多いようで、すぐに荒れてしまうため、私にはあっているし、安心素材でできているアルソアを使ってしまう。でもアルソアのリップクリームは高い。ただでさえ唇になんのケアもしようとしていない私には、買いたい気持ちが起きてこなかったため、まあ、リップくらいは、「オーガニック」とか買いてあったらそれでいいだろと思っていた。で、最近続いていた唇の乾燥も、「なんだかおかしいなあー、でもそのうち治るでしょ」と思い込み、同じリップクリームを使い続けていた。ところが、1日に何度も塗ってもなかなか乾燥は治らない。唇の砂漠化はどんどん広がり、もはや私も「気のせいだ」と思えなくなってきた。そんな時に、ふと思いついて、こともあろうに、緑と白のケースに入った、あの有名なメ〇〇〇〇〇〇を買ってしまった。なんだかんだ言って、いいんじゃないかな?と思ったのは、つけてみたあと30分程度のお話。そのあと私の唇は、見事な砂漠と化し、皮がめくれ、見た目はフランスパンの表面のようになっていた。パンなら美味しそうだけれど、唇がフランスパンなんてありえない。聞くところによると、メ〇〇〇〇〇〇は、それなしでは、唇が保湿ができなくなってしまうようにできているらしい。依存体質の唇にしちゃうなんて、麻薬みたいだ。私の唇はすでに、打撃を受けていたため、メ〇〇〇〇〇〇を塗っても、保湿どころかより乾燥してしまうということが起きた。そして私は次のオプション、「自分でできそうな治療法」を考えた。ネットで手作りリップを調べてみたら、主成分に「カレンデュラオイル」が入っていたのを発見。私は、カレンデュラオイルのヘビーユーザー。娘の身体中に塗りたくっていたせいか、彼女は、オムツかぶれも湿疹も一度もしたことがない。(自分には全然使ってないけど)それならいける!早速唇にオイルを塗ってみる。唇テラテラしちゃって、夫がビックリする。私も鏡を見てビックリする。フランスパンにオリーブオイルをぶっかけてしまったみたい。でもこの乾燥地帯に、オイルを塗ってもそもそも潤いがないから、あまり効果なし。そこでアルソアの化粧水を唇にものすごーーーーーく塗ってからオイル。これでなんだか少しよくなってきたぞ。という数日間を過ごしたあと、ようやくアルソアのリップクリームを買いに行くことができ、結局、高い、高い、と思っていたリップクリームを使うことになってしまった。思えば、アイライナーの時もそうだった。アイライナーなんて、なんでもいいでしょと気にすることなくいろんなものを使っていた数年後、突然、私のまぶたが大きく腫れてしまった。仕方なく、高いと思っていたのに、アイライナーもアルソアにしたら、まぶたのトラブルはすぐになくなった。そして今、私の唇は、リップクリームなしでも自立できるようになってきている。放っておくとまだ乾燥してしまうので、ある程度のケアはまだ必要だけれど、以前のような、1日に何度も何度も塗るという必要はなくなっている。最初に、唇の皮が剥け始めた時、あれ?これ合わないのかな?ということに気付けていれば、こんなにもひどい状態にならずにすんだのに。唇なんて、体にとっては、小さなパーツでしかないから、何にも考えてあげていなかった。でも、体が小さな不調のメッセージを出してきたら、どんなに小さくてもちゃんと聞かないとダメね。もっと体の声を聞く練習、しなくちゃね。そして女性なんだし、唇に少しは潤いをあげなくちゃね、、、。今日もお読みくださりありがとうございました。

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  • 31Jul
    • 食事はちゃっちゃとすませるものではない、でも。

      こんにちは。ドラマセラピストの中野左知子です。以前私が関わっていたNPOでの勉強会で、マクロビを取り上げたことがあります。その時のブログの記事を見つけました。↓講師は第一人者の大森一慧先生。穀物菜食が、身体にどれほど優しくて、自然なのかを実感しましたが、なかなかすべて実践できるものではありません。一慧先生が教えられているのは、体質や食べ物の「陰陽」のバランスに注意を払いながらの食事法。穀物菜食ができなければ、この陰陽に注意しながら食べることを心がけるだけでもかなり違ってくるでしょう。さらに、できることとしてあげられるのが「よくかむこと」。一口で100回くらいかむんですって。それを実践してみると・・・。あごが筋肉痛。普段どれだけかんでいないか、よくわかります。「かむことで出てくる唾液には消化酵素がいっぱい含まれています。性質もアルカリ性ですので、食べ物に含まれる酸性成分を中和する手助けもしてくれます。さらに、唾液には食品添加物や活性酸素を消去するパワーがあります。唾液の実験でガン細胞が消えたことが話題になりましたから、記憶に残っているひともいるのではないでしょうか」(大森一慧先生著『からだの自然治癒力をひきだす食事と手当』より)ちなみに動物性食品、白米などの精白食品、加工食品、アルコール類はすべて酸性食品。一般的にアルカリ性の食べ物のほうが「身体に良い」と言われるのは、酸性食品が体内に「酸毒」を残してしまうからだそうです。ってことは、少なくとも「よくかむ」だけでも、酸性食品をある程度は中和できるわけですよね。ゆっくりかむといいことは、ほかにもあります。満腹中枢を満たしてくれるので、間食は減るし、食べ物と、じっくりいい関係を築いている感じがしてきます。これなら私でも続けられそうと思ったのに。昨日のランチタイム、食事をしながら、ハッと気づきました。1時間弱の休憩の間に、急いで食べて、次のセッションのための資料を見て・・・なんて思っていたので、ゆっくりかんでなんかいられません。いままでどれだけ食事の時間を大事にしていなかったのでしょう。。。ということで、せっかく気づいたので、ゆっくりかんでみると、いつもの倍以上時間がかかってしまいました。私たちは、安いけれど安全面は怪しい食べ物に囲まれて、さらに食事をゆっくりとる時間もないほど、忙しいなんて、身体にまったくよくない生活を続けているのです。そもそも食事は、自分の血となり肉となる大事な栄養を取り入れること。ちゃっちゃとすませるものではなくて、感謝して、ゆっくり食べるべきなのですね。懇親会のお料理ももちろんマクロビ!ところで、勉強会のあと、先生やお弟子さんたちと一緒に懇親会の食事をしました。かむことに集中しすぎて、話せなくなってしまったおしゃべりな私が、まだ食事を終えられず、さらに、おなかいっぱいになって食べきれないにもかかわらず、先生たちは、しゃべりながら、100回ちゃんとかんで、私たちよりも先に食事を終らせていました。先生は、あごの鍛えられ方も違いました・・・。以前のブログはここまで。そして今の私は。食事はスピード!!!!子どもを食べさせるのに必死で、温かいものなんて最後にいつ食べただろう・・・と遠い目をしたくなる。唾液には食品添加物や活性酸素を消去するパワーがあるから、よく噛むことってすごくいいんだ!と思い、実践していた私なのに。ああ、早く、ゆっくりご飯が食べられるようになりたい。

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  • 29Jul
    • ようやくウェブサイト完成しました!

      こんにちは。ドラマセラピストの中野左知子です。このところ色々あったHPの件で、なんとかHPをある程度お見せできるまで作ることができました。まだまだ、色々手直しが必要ではありますが。HPを作り直すのは大変ですが、なんだか断捨離みたいですね。色々と書き直すことができ、新たにスタート!って感じがしています。実は、この間、以前のHPが外部から不正にアクセスされていたことでgoogle様からペナルティを受けてしまい、googleから消えてしまう。。。ということもありました。今までドラマセラピーを検索していただけると最初にあった私のHPも見えなくなり。。。でもなんとかgoogleにも戻れました!ウェブサイトの運営って、こういうこともあるんだなと大変勉強になりました。私はインターネットは大好きですが、注意も必要だと身をもって学ぶことになりました。。。どうぞこちらをご覧ください!!(クリックしてくださいね)これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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  • 28Jul
    • 私たちはみんな、自分の人生のパイオニア

      42歳で産休を取られた方が、会社で「そんな歳で産休かよー、信じられない」と陰口を叩かれていたという話を最近聞いた。そんなことを聞いてしまうと、40代になっても子どもを持ちたい!と思っている女性たちが躊躇してしまうかもしれない。もちろん、自分の人生の方が大事だし、子どもを持つことはもっと素晴らしいことだから、そんな声を気にする必要はないけど。私の好きではない言葉の一つに「前例がない」というものがある。私はこの言葉に行く手を何度も阻まれた経験がある。その度に嫌な思いをしながら、必要な時には闘ってきたかもしれない。「前例がないから」は何かをするのをやめさせる理由には絶対にならない。だいたい、どんなことも最初にやった人がいるわけで、その人が「前例」を作ってくれたから、みんなが「こういうのもアリなんだ」とできるようになっていく。私が以前カウンセラーとして勤めていた大学では、私は時給1000円の非常勤で働いていたので、30歳を過ぎて、大学院の借金を返しながら生きていくだけのお給料にはならなかった。ということで、非常勤だし、他のところでも働いてもいいだろうと勝手に判断し、また、ドラマセラピーを広めていくための活動を頑張りたかったので、私は空いている時間を、ワークショップをしたり、活動的に動いていた。ところが、それがバレて、総務の方からお叱りを受けた。「あなたは公立大学に勤めている、準公務員という立場ですよ!自覚できてるんですか!?」と。そんなこと言われても、公務員の方のお給料とあまりにも違うし、(まあ、そこまで働いてはいないけど)そんな自覚なんて全然ないし。とにかくその言い方に、腹が立った私は、給料の低さと、私が心理の専門性を持った立場であり、いろいろなところで活動することはここでの仕事の質も高めること、私自身にもその必要があることをはっきりと伝えた。するとお決まりの「前例がないので、こういうことは受け入れられない」という答え。でも私は「前例がないからできないのではなくて、もともと、相談室は初めて作られ、私が初めて雇われたわけですし、私は事務職ではないので、私の立場についてちゃんと考えてほしい」と負けなかった。だって、すでに色々と仕事が決まってきていて、それは私にはとても重要なことだったし、大学の仕事になんの迷惑もかけていなかったのだから。多分、私があまりにもはっきりと物を言ったことと、総務の1人の方が、私の給料を申し訳ないと思っていてくれたこともあったのか、「前例がないので、そういうことはできないんですが、考えてみます」と言ってくれ、結局、私は専門性をもつ「先生」として扱われるようになり、総務に手続きをすれば、他の仕事もできるようになった。そのうち、大学が法人化されたので、そんなこともする必要もなくなり、自由になれたんだけど。私の後に入った方は、変わり者を雇った「前例」ができたので、もしかしたら多少は待遇が良くなったかもしれない。どんなことでも、最初にする人は、嫌な思いをするかもしれないけれど、道を拓くというミッションを持った存在だと思う。10年後には、40代での出産はもっと当たり前になっていると思う。でもその「当たり前」は今回お話に出てきた、この42歳で出産をされる方も作ってくれている。ただ、出産という素晴らしいことを、喜んでもらえずに、こんな嫌味を言われるのは寂しいことだけれど、会社の人たちが、こんな態度なのは、会社の人たちが、「迷惑をかけられている」からじゃないかなとも思う。日本では、ベビーカーで、ラッシュアワー時に電車に乗られたり、電車などの中で、子どもが泣いたりしているのを嫌がる人が多いという話をよく耳にする。でもそれも、「迷惑をかけられている」と感じているからだと思う。産休、育休は当然の権利としてある感じはするけれど、でも実際には、会社では、その人が不在の時に、周りの人たちがその穴を埋めるために、いっぱい働いてくれてもいるんだと思う。もしかしたら、自分の仕事の上に、人の仕事をカバーして、それなのに、給料は全然増えなかったり、給料が多少増えても、自由な時間が奪われてしまったり。それを考えてみると、会社は、産休や育休を権利として与えていても、その制度を、本当にみんながハッピーな気持ちで受け入れられる体制にはできていないんじゃないかな。どういう制度になるのがいいのかはよくわからないけれど、産休や育休の人がいても、会社の人たちが何も迷惑をかけられないのであれば、もっと優しく「おめでとう!頑張ってね!」とお祝いできるんじゃないのかな。前回のブログにも書いたけれど、会社に迷惑をかけないように、と思いながら働いていると、誰かが迷惑をかけてくることで、怒りを感じてしまうかもしれない。だったら、これっておかしくない?なんで私たちばっかり仕事増えちゃうわけ?子ども産む人は権利があって、それをカバーする人たちには何もないわけ?という思いをどうにかして、新しい制度を作るきっかけにしてくれたらいいなーと思う。「前例」はないかもしれないけれど、それを理由にせずに、新しいことを産みだす人が増えてくれたら、私たちはもっと生きやすくなる。そして40代で子どもを産みたいという人たちがもっと気持ちよく、出産育児できる環境が整っていくように、「当たり前」を一緒に作ってくれる仲間が増えるといいな!何か新しいことをやりたいと思って、でも今までのそんなことをしていた人がいなかったとしたら、それは「そんなことをする人はいないから、ダメだ」ということではなくて、あなたがその道を切り拓く役割を持っているということ。だから、自分が心から願う生き方をみんなが作っていってほしいな。みんな、自分の人生のパイオニアなんだから。私の本が発売中です! ドラマセラピーで40代から人生のヒロインになる-あなたの中の美人が目覚める- 1,404円 Amazon

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  • 26Jul
    • 私たちはみんな、どこかで必ず何かをしでかしている

      日本で育った私には「人に迷惑をかけてはいけない」という感覚がある。でもインドだったと思うけれど、「人に迷惑をかけるのだから、人を許してあげなさい」という考え方があるのを聞いたことがある。こっちの方がいいよね。だって、私たちはみんなどこかで、気づかないうちに何かをやらかしちゃっている。前回のブログで書いたエレッタだって、ドナに文句を言いながらも、気づかないうちに、みんなに迷惑かけていたのだし。自分では気づいていないから絶対にわからない。でもきっと何かをしでかしている。人はいつだって自分が正しいと思っているところがあるので、そんなことに気づかない。だけど、他人に対しては厳しく見てしまうんじゃないかな。迷惑をかけてはいけないとか失敗してはいけないなどのような考えを強く持っていると、迷惑をかけてくる人に対して、失敗してしまう人に対して厳しくなってしまう。そして自分が何かをしちゃったら、とても後悔して、自分を責めてしまう。でもインド的考えなら、「まあいいか、私もみんなに迷惑かけてるんだし」と相手を許しやすくなるし、自分が何かを失敗してしまっても、「まあいいか、そういうこともあるよね」と自分のことも優しく見てあげられる気がする。私はこういう考えでいたいなあーと思う。もうかなり前のことだけど、空港で飛行機を待っていた時。近くに座った、カップル2人の会話が耳に入ってきた。女性はUCLAのバックパックを持っていて、男性はそれを見ると、「へー、UCLA、ユナイテッドだ」と言った。すると女性は、「え?何言ってんの。これはUCLAだよ」と答える。男性はさらに続ける。「ばかだなあ、UCLAは略なんだよ。Uはユナイテッドなんだよ。お前そんなことも知らないのかよ」女性は、「へえ、そうだったんだ、知らなかった」と可愛く答えて、この会話は終了。そばで聞いていた私は、笑いそうになった。「お前こそ、知らないのかよ」って突っ込みたくなっちゃう。でも、彼女が、「何言ってんの、あなたこそ、ばかじゃないの?これはユニバーシティのUでしょ?」なんていうことがなくて、よかったなあと思う。私には関係ないことだしね。このエピソードでは、誰も何にも迷惑かけてなんかいなくて、男性が、ただ知らなかっただけなのだけど、こうやって私たちは、知らぬ間に小さな失敗をいつの間にかやってるんだろうなーと思う。私たちが他人に対して思っていることが、私たちにも投げかけられる。だから、人の失敗や迷惑を(あまりにも自分が迷惑をかけられている場合はまたちょっと違うけど)優しく見てあげられるようになると、周りの自分のことをもっと優しく見てくれるようになるんじゃないかな。今日もお読みくださりありがとうございました。

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  • 24Jul
    • いびきも音楽

      以前、ポーランドの森の中で、レナのワークを受けていたことがある。その時使っていた宿泊施設は4人部屋だった。私のルームメイトはイタリア人のアンジェラ、エレッタ、そしてメキシコ人のドナ。(ちなみにこのワークショップの参加者は20歳~60歳までと幅広い年齢層)エレッタは、ブルトーザーのようないびきをかく。そりゃあもうすごい。初日の夜、私たち3人は、なんだか眠れないでいた。といいつつ、一日のワークで十分に疲れていたので、そのうち私は寝てしまった。これは私には珍しいこと。実は私は眠ることが苦手。20代のほとんどを不眠症で過ごしたし、今でも何かあれば眠れなくなることはよくある。環境が変わると眠れないことなんてしょっちゅう。だから、「どこでも寝れるのよ」という人が羨ましくて仕方ない。次の日の夜も、やっぱりエレッタはいびきをかく。アンジェラもドナも、小さくため息ついたり、寝返りうったり、眠れていない様子・・・2時間くらい経った頃だろうか。うっかり、ドナの携帯が鳴ってしまった。するとエレッタ、がばっと起きてなんなのよ、眠れないじゃない!と大きな声で、ドナに文句を言った。それを見ながら、私は笑いをこらえる。十分に寝れてましたよ、エレッタ~。同じセリフ、返されるよ~。私がドナなら、ちょっとムッとしてしまう言い方だけど、ドナはとっても穏やかなので謝って終了。謝る必要もないくらいだけどね。でも、こんな風に言われたら、お前こそ、いびきで寝られないじゃないか!!って言い返したくなるのに、偉いなー。そうは言っても、いびきをかいてしまうのは、仕方のないことだし、エレッタのせいじゃないし。それにしても人って、自分では気づかないうちに、何かをしでかしていることもあるのに、他者が同じことをすると、非難してしまうことがあるんだな。私も気をつけなくちゃ・・・。次の日から、アンジェラはもうここでは寝られない、と踊り場に自分のベッドを移動させた。ドナはやはり穏やかなので何も言わない。でも最終日の夜は、ちゃんと眠りたいから、とホテルに行ってしまった。そして私は、「どうせなら、このいびきを楽しんでみよう」と残りの1週間は、エレッタのいびき観察。ああいやだ、とか、うるさい!なんて思わずに、そんな風にいびきに興味を持ってみると、意外にもいびきが聞こえていても眠れちゃうもんらしい。普段寝付きが悪い私なのに、本当にびっくり。私が眠れない時は、大体何かを考えている時や嫌なことや不安なことがある時。だから逆に、エレッタのいびきを観察していたことは、私の頭を休めてくれていたのかもしれない。それが証拠に、最終日、予定を変更させて、急に早めに帰ってしまったエレッタがいなくなり、静かになった部屋の中で、私は色々と考え込んでしまい、全く眠れなくなってしまったそしてわかったこと。周りがうるさいから眠れないんじゃなくて、自分の頭の中がうるさいから眠れないのかもね。アンジェラは、きっと「うるさいなあ、疲れてるのに!!」という怒りで頭がうるさくなっていただけなんだよね。外の世界への反応の仕方で、いびきも音楽になる。外をどう見るのかを決めるのは、私たちの内側。それだけで、現実は本当に変わるんだなー。今日もお読みくださりありがとうございました。

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  • 22Jul
    • 辛いことが続くときこそ、ヒロインの自分を忘れない!!!

      最近、HPの問題があっただけでなく、いろんな変なことが起きている。HPの件なんて、可愛いものだと思えるくらい。なんなんだ、これは何か悪いエネルギーでも働いているのか?と思いたくなってしまう。でも全て起きている出来事をは自分の思考、知っているものも、気づいていない無意識レベルのものも含めて(本当はこっちが大きい)その全てが働いた結果であり、さらに言えば、神様の計画の中にもあるわけだから、いちいちバタバタしないで受け入れることも必要だと、思い出す。あああああ!なんだってこんなことが起きるわけ?って思ってしまうとき、私たちは完全に「被害者思考」になっているから。こういうときこそ、自分が主人公、ヒロインだということを思い出さなくちゃね。そして私の行動は「愛に基づいているだろうか?」と考えてみる。愛に基づいて行動をしたら、どういうことができるだろう???私たちは、感情的にリアクションしながら相手との関係を持ってしまうことがある。そうするといくらでも破壊的、攻撃的にもなれる。自分を守るために、相手を攻撃したりね。ハッと気づくと、それはどれほど幼い行動だったのかと考えることもできるのに、その瞬間、私たちは、真っ黒な世界に簡単に入っちゃうんだよね。だから、忘れないこと。私たち次第で、いくらでも、光の世界に向かっていけるということを。それが真のヒロインの考え方。私の行動は、愛に基づいている?愛に基づいたら、何をしたらいいんだろう?人を攻撃することは、自分を攻撃することと同じだから、それは愛の行動ではない。でも、我慢するのではなくて、自分のために、自分への愛のために考えてみる。私はここで、何を学び、何を得られるんだろう?どういう心の状態を作ればいいんだろう。私を愛の場所に持っていってあげて、相手の中にある愛をみいだすことなのかな。困難な時って、難しいし、落ち込んだり、怒ったり、悲しんだりするけれど、でもヒロインなんだもの。ちゃんと乗り越えられるはずだ!!!それを忘れちゃいけないね。今日もお読みくださりありがとうございました。

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  • 21Jul
    • 人は一生恋をするようにできている

      2年前、祖母が99歳で亡くなった。最後のお別れで、生前好きだったものなどを棺の中に入れていくために用意されたアイテムの中で、若くてハンサムな男性の写真がひときわ目立っていた。通っていたデイケアのお気に入りの職員さんだそうだ。最後まで元気で、前向きだった祖母は、イケメン好きで、速水もこみちが好きだった。「もこみちの写真じゃないのね、やっぱり身近な人がいいわよね」なんて言いながら、最後のお別れの場面で、笑わせてくれた祖母。人は、何歳になっても恋をする。ドラマセラピストのインターンとして最初に勤務していた入所施設には、精神病の方と高齢者の方がたくさんいた。その施設は、入所者の方々が、最後を充実して暮らせるようにと、「何歳になっても恋愛を楽しもう!」という考えを大切にしていた。さすがサンフランシスコ。そんなわけで、90歳の私のクライエントにはボーイフレンドもいたし、恋愛の話題ばかりしていた。でも一方では、子どもたちは、高齢の親の恋愛に対して、「みっともない」とか「恥ずかしい」などと言ったりしていたようなので、サンフランシスコと言えども、まだまだ高齢者の恋愛は当たり前ではないようだった。でも、人はやっぱり恋をする。人を欲する。高齢になって、「将来の不安」から解放されたとき、相手に本当に求めるものって、学歴でもないし、年収でもない。60代でおじいさんのように見える人もいれば、80歳なのに若く見える人もいる。年齢だけが若さのバロメーターではもはやなくなり、見た目や健康がその人の状態を決める年代になる。70歳も90歳も、それほど大差なくなったら、相手の年齢が、本当は関係ないことが分かる。その時私たちが持つのは、「あなたと一緒にいたい」とか、「あなたに会えて嬉しい」という純粋で可愛らしい思いだけじゃないのかなって思う。人間が人生の最後に欲するものが、「ただ好きな人」なんて、本当に素敵。私たちは一生、恋をする。それがヒューマンネイチャーなら、年齢で恋愛ができなくなっちゃうのは、とっても不自然。なんで、35歳過ぎただけで、40歳をすぎただけで、もう恋愛も結婚もできないなんて、周りから勝手に決めつけられちゃうのかしら。もしかしたら、40歳を過ぎてからのほうが、いい恋愛ができる人もいるかもしれないのに。こんな風に考えたくはないかもしれないけれど、人生はこれからもまだまだ続くんだから、フランス人みたいに、一生ラブストーリーが楽しめるのが当たり前になるといいのにね。今日もお読みくださりありがとうございました。私の本が発売中です! 運命の人はいくつになっても現れるー恋愛ドラマセラピーで35歳からの理想の結婚を手に入れるー 1,404円 Amazon ドラマセラピーで40代から人生のヒロインになる-あなたの中の美人が目覚める- 1,404円 Amazon

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  • 19Jul
    • 厳しさと甘さ、どうやって線を引く?

      私がポーランドで主に研究しているのは、シャーマンワークと秘教ワークでした。前回書いたレナのワークも、演劇とはいえ、シャーマニックな要素があります。私の専門のドラマセラピーと少し違うのは、精神的な修行という要素が強い点。セラピーも自分をとことん見つめる、という作業が伴うため、修行のようなものですが、セラピーの場面と違う意味での厳しさがある気がします。セラピーでは、弱さというよりも、どこか「甘さ」を許してもらえるところがあるのかな。もちろん、どこかでその甘さを指摘する必要も出てくるんだけれど、でも、その人のペースに合わせて、寄り添いながら行くので、バシッと厳しさを突きつけられるのとは違う。人間て、自分に甘くなっちゃう時があり、楽な方に流れて行きたくなるものです。それをピリッとさせるのは、意志の力が必要になってきます。頭でものを考えすぎな私たちに、体の智恵を目覚めさせるようなワークは、最初、体にきついと感じるときもありました。ワークを始めた頃のある日、疲れを感じたので、動きを少し緩やかにしました。そのとたん、レナからリズムを戻すように指示されました。彼女は、私が「ほんの少し頑張ればいいのに、頑張っていない」ことを見ていたのです。つまり、私が自分の体を「充実した状態」にしてあげていないことを、一瞬にして見つけたのです。またある時グループ全体が、無理な動きを始めてしまったときがあります。すると彼女は「エネルギーがあなたたちを信じていません。本当にこの動きが、今のあなたたちに合っているのですか?」と質問。実は私も、「これはなんか違う」という気持ちがしていて、無理に体を動かしていたのです。生理になってしまった時、ものすごく頑張って体を動かしていたら「サチ、もっとライトでいいんですよ」というお言葉。なんて鋭い目を持っているのでしょう。彼女のアドバイスには、エネルギーの動きが見えているんじゃないかと思うことがたくさんあります。彼女の指示通りにして体を動かしていくと、必ず体とのコミュニケーションができていることに気づきます。とても心地よい疲労を伴う、清々しい状態になります。充実している、私の体が生き生きと、その生を楽しんでいる。そんな状態です。体の声をちゃんと聞くことができれば、どこまで頑張れるか、どのくらいエネルギーがあるのか、私たちは本当はよく知っているはずです。自分に厳しくするということは、自分を苦しめるような状態ではありません。愛情があるからこそ、自分を頑張らせることができる状態だと思います。愛には厳しさが絶対必要なんだとも思います。心地よい厳しさを体感してみると、それが私を幸せな気持ちにしてくれることが分かります。「自分に甘い」と言って、過度に自分に厳しくしてしまう人がいます。自分に健康的な愛情が向けられていないとき、私たちの厳しさはひどくなったり、何もせず、自分を怠けさせてしまうことにもなります。怠けさせてしまうのも、体にとっては本当は苦痛な状態です。頑張ろうとする時、自分に愛情を持っているかどうか、厳しくしすぎて、自分をいじめていないかどうか、ちゃんと気づくことが重要ですね。厳しさと優しさを上手に自分に向けること。それは、こういう体を使ったワークを実践してみて初めて気づくことができることなのかもしれません。レナのことを考えていると、あのワークを私なりにやりたい!!という気持ちが強くなってきてしまいます。でもあのワークは、ある程度慣れていないと飛び込めないので、少しずつ、少しずつ、紹介できていけたらいいな。今日もお読みくださりありがとうございました。

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  • 17Jul
    • 演劇は人が一番自分らしくいられる場所

      ポーランドに住んでいた頃私が夢中になっていたワークを教えてくれていたのはレナ・ミレツカ。もう80歳を過ぎる元女優さんです。彼女はポーランド出身の世界的にも有名な演出家、グロトフスキの実験演劇時代の作品のメイン女優でした。あのグロトフスキの厳しいトレーニングをマスターしたすごい方。グロトフスキがイタリアに行ってしまってからも、彼女は彼のトレーニングを基本に、自分のワークを続け、インドでもヨガや瞑想の修行をし、今では若いアクターたちに、彼女のワークを指導しています。参加者は、世界中から集まります。レナのワークは、普通に「演劇をしよう」と思う人には、????となってしまうようです。かなり儀式的なのです。テーマも太陽のパワーとつながるワークでした。でも彼女が教えてくれるのは、自分に対する愛。儀式的と言っても、即興的にシーンをいつの間にか創り上げ、その中で、自分を表現するという意味では、とても演劇的です。「私は女優だった時、外の世界の人たちが怖かった。みんな嘘だらけだった。でも芝居をやっているとき、その中では皆、真実を見せていたから安心できた」レナがある時そう言いました。演じる=真実の自分え、それこそ、偽物の自分じゃないの?とすごく矛盾しているように聞こえると思います。実際ドラマセラピーでも、何かの役を演じることで、思いがけず本当の自分の気持ちが現れます。普段の、いろんなしがらみのある「自分」から距離を置くことができる、「他の役」は、私たちに、実は「安心して本当の気持ちを表現させてくれる」のです。たとえ「他の役」であったとしても、それを演じるのは、「自分」なわけで、自分の思いが出てこないはずがないのです。また、演じているその瞬間を切り取ってみると、それは、「今ここで」自分が表現しているものに、集中している状態です。つまり、それこそが、レナのいう、「真実」だというのだと思います。日常では、頭の中は、過去に行ったり、未来を心配したり。でも例えばスポーツに集中したり、歌を思い切り歌っているときなど、余計なことは考えずに、自分の体と心が一体になっていることに気づきませんか?そのとき、私たちは、「真実の自分」にあるのかもしれません。日々を生き生きと生きること。これって意外に難しいことを、私たちはよく知っています。レナのワークのようなものを受けると、自分らしくいること、そんな自分を愛することを、身をもって体験できるのです。あるワークセッション終了後、レナは「私に本当の姿を見せてくれてありがとう」と私たちに言ってくれました。あんなにも体と心が一体となって、充実していた時間を過ごせたのは、出産の時くらい。人は、ああいう時間を持たないと、自分を忘れてしまうことがあるんじゃないかなと思います。あの瞬間があるから、自分のあり方がわかってくる、というのかな。最近、「自分て一体誰なのかわからない」と質問されたことがありますが、常識やしがらみに囚われていると、私たちは本当の自分を忘れてしまうんですよね。レナのワークは、何時間続いても「あっという間」に終わるような感覚がありました。本当に、充実していて、幸福感に包まれてばかりでした。あの時間を今でも時々恋しく思います。いつか、レナのワークみたいなことを、私もできたら嬉しいなあ。。。今日もお読みくださりありがとうございました。

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  • 15Jul
    • 失敗を引き寄せているときに気づくこと

      子供を出産してから多分口癖のようになっていた言葉。「自分の時間がない」「時間が欲しい!」きっと言葉にもしていただろうけれど、頭の中では、あー、時間がない、時間がない!!!としょっちゅう考えていた。しかもここ数ヶ月、娘がお昼寝をしなくなったため、私の時間がますます減った。もう、時間つぶししなくちゃいけないとか言っている人の時間を分けて欲しいくらい。時間が欲しいと思う気持ちも「欠乏」を意味するわけだから、同じメッセージを宇宙に伝えてしまう。そして、私の思考は、確実に宇宙に届き、私はこの現実をますます引き寄せてしまうことになったらしい。そう。ますます時間がない状況に。思考って、なんてすごいんだ!なんて感心している場合じゃない。最近、恐ろしいことが起きた。なんと、私のHPがハッキングされていたみたい。私のサイトを検索すると、ほかのサイトに誘導されてしまうという連絡があり、急いで調べてみたところ、この事実が発覚。がーん。でも、良かったのは、そのお知らせを聞いたとき、私はクリニックにいて、そこのパソコンで調べることができた上に、参加者の皆様がスマホでみんな一斉にチェックしてくださったこと。自分のパソコンでは、キャッシュが働いているせいか、検索しても、問題なく自分のページが見れたから。絶対に気づけなかったはずだ。それに、そもそも自分の名前で検索なんてしないから、人に言われなくちゃ気づけない。でもたくさんの人が見てくれたので、こりゃ問題だ!とわかった。不幸中の幸い。原因は、私がワードプレスの更新をずっと怠っていたせい。最近はずっとHPの更新さえほとんどできていなくて、かなり放っておいたから。間違いなく私のミス。そして宇宙は見事に私の言葉通りに現実を作ってくれて、私はもう一つ、大変おばかなミスをしてしまった。もともとこのHPを新しいサーバーに移動したいと思っていたけれど、「時間がないから」、それもずっと後回しにしていた。なので、新しいサーバーに作り直そう!と思い立ち、設定を開始した。ところが、?あれこれであってるのかな?と思うことが一点。でも、テクニカルのサポートをしていただいている方が1週間以上は作業ができないとのことだったので、もう仕方ないや、相談せずに、やってしまえ!!!!と思ってしまったのだ。そして何が起きたかというと。ぎゃーーーーーー。何故なのかわからないけれど、そのサーバーに入れていた、恋愛ドラマセラピーとドラマワーク・ファシリテーター・トレーニングの音声講座と参加者の情報をすべて消してしまっていたの!!!!!!!!!ああああああ。こんなにも時間がないときに、どうしてこんなことを、私はしちゃうんだ!!!ああ私のばか。この講座のサイトは完成したばかりだというのに。これがあるから、せめて皆さんに迷惑かけなくて良かったなんて思っていたのに。あの一瞬のポチッでこんなことになっちゃうなんて。ということで、またしても新しく作り直すものができてしまったわけ。しかも、皆様にも迷惑をかけてしまうので、なるべく急がなくちゃいけないし。時間がないと言い続けた結果、私はますます時間がなくなったわけです。宇宙ったら、やるわね。でも良かったことは少しだけある。HPに手を入れていなかったけれど、よくよく考えてみると、最初に作ったときから、私が伝えたいメッセージはちょっと変わっていて、私がやっているワークもどんどん質を変えている。だから、新しくしなくちゃいけなかった。違う見方をすると、「さっさと動きなさい!」という宇宙の計らいとも言える。思考が現実になるということを、ますますはっきりと自覚できた1週間。これと同じように考えるとね、「結婚したい」「結婚できないんじゃないか」という不安の思考も同じことを引き寄せてしまうの。こんなに頑張っているのに、なかなか結婚が訪れない!!!と思う方は、思考をチェックしてみてね。「結婚したいよー!!」と思いすぎてない?「結婚できないかもしれない」と不安に思いすぎていない?こんなにも「時間がない」はずの私が、このブログを書いているのは、「私はブログもちゃんと書き続けられるだけの時間がある」という態度を、宇宙に見せるため。思考を変えなくちゃね。娘がお昼寝をしない代わりに、早く寝てくれているのだから、時間をくれてありがとうという思いを持たなくちゃね。HPとオンライン講座を急ピッチで進めております。でもテクニカルの方がやってくださらなければ、どうしても動けないことがあり、早くて今週の終わり、遅くても今月中にはどちらも復活する予定です。ご迷惑おかけしてごめんなさい!今日もお読みくださりありがとうございました。

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