2017.02.25 私立恵比寿中学「松野莉奈さんを送る会」参列 | Dr.D.D.のドルオタ日記

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職業:勤務医。病院の要職にありながら、空虚な日本医療界に嫌気がさして診療の片手間にサブカルチャー活動に邁進するようになった男の日記 Twitter:Dr. D. D. (@DrDD2)

2月25日 「私立恵比寿中学 松野莉奈を送る会」 @パシフィコ横浜(横浜市)

 

今月8日に突然逝去された私立恵比寿中学(エビ中)の「松野莉奈(さん)を送る会」が本日25日、パシフィコ横浜で開催されました。

 

土曜日ということで、私は通常業務。急患がきたり、重症患者が病棟にいたら絶対イベント参加はムリだと思っていたのですが、この日は朝から抜けるような青空が広がり、その陽気のせいか、なぜか、急患も重患もいない、ここ最近では珍しい平穏ぶり。

 

きっと、これは私に
 

「莉奈さんをお送りして来い」
 

っていう神様のおぼしめし、と勝手に解釈。

 

職場の人にムリをお願いし、早退の許可をいただき、午後から急遽横浜に向かいました。地元駅の花屋さんで白のトルコキキョウ、カスミソウと、莉奈さんのメンバーカラーにあたるのデルフィニウムを購入し、16時の受付時間終了ぎりぎりになんとか現地到着できました。

 

元々、この日はこの会場(パシフィコ)でエビ中のファンクラブ限定イベントが予定されていたのですが、それを急遽予定変更して誰もが行けるお別れの会という形にして開催されたのでした。

一般の方も参列できるとあって、会場外まで参列がぎっしり。

報道によると、エビ中のメンバーたち、ももいろクローバーZ(ももクロ)をはじめとするスターダストの姉妹グループ、莉奈さん&エビ中とゆかりのある芸能人、も含めて、合計2万人(!)が参列したそうです。

 

いわゆるオタ、という感じの人だけではなく、ファンに普通のサラリーマン風の人や若い女の子たちや小さな子供連れの方も多かった。
 

この日、仕事や遠方でどうしても来られない方もいたでしょうから、実際は2万人よりもっと多くの人たちが彼女とのお別れを心の中で惜しんでいたであろうと考えると、

エビ中&松野莉奈さん(りななん)がいかに広く愛されるグループに成長していたか、

を強く感じ、本当に悔やまれます。

 

この日は2月でありながら風も比較的穏やかな晴天。

寒くないといえば嘘になりますが、海沿いの会場で強い風や雨だったらもっと凍えるような展開になっていただけに、やはりこれは莉奈さんの穏やかな人柄に合わせてくれた天の配剤、ということでしょう。

 

会場に入りきらない行列は、会場前の海沿いの広場に長くのび、私が来た受付ラストの頃には、会場外で待つこと3時間。

 

普通のライブの入場列ではありませんから、行列も遅々として進みません。

それでも誰も文句もいわずファンの誰もがこれだけ長い時間、言葉少なに、地味な服装で花を手に整然と並んでいます。
 

ちょうど2ヶ月前は年末の大学芸会だったな、と、ふと思い出しました。

あのときは代々木体育館前に大勢のファンが集結。
あちこちにのぼりが立って雑然と賑わい、物販で買ったTシャツ・タオルを身にまとったカラフルないでたちのファンが和気藹々とした雰囲気で入場を待っていたっけ・・・。


今日、ここが本当にあの明るいエビ中の現場と同じものなのだろうか?

まだこれが現実のことであるとは信じられません。

 

僕は現在は東京在住であるものの元々生まれも育ちも横浜でしたので、港の景色は幼い頃にはなんども見ていましたが、まさかこの歳になってこれだけの長時間港の景色を眺めることになるとは思っていませんでした。

 

青から夕暮れに移りゆく美しい港の景色は大人になってから観ても格別で、やっぱり故郷の街横浜はいいなぁ、と思いながら、

この待ち時間中を松野莉奈さんをしのび、思いをはせる時間に充てることができました。

 

思えば、僕が在宅から初めてエビ中のライブに参戦したのが、この横浜の地でした。

2013年のゴールデンウィーク、

メジャーデビュー一周年記念ライブ、今は無くなってしまった横浜BLITZの2階席でした。
名曲『禁断のカルマ』、が発表されたばかりの頃で、確かに良い曲で、メンバー全員カワイイんだけど、僕の中では、あのときはまだエビ中は、ももクロの妹分、というイメージしかなかった。


とりあえずチケットが手に入ったので観に行ってみよう、と軽い気持ちで出かけたのがはじまり。当時まだ観客は自分含めてオタオタした人たちしかいませんでした(笑)

実際生で観てみて歌も喉声でダンスもまだまだ下手、だったのですが、MCのユルい感じと演出と曲のバラエティがなんとなく癖になって、絶対また観てみようと思わせる、そんな印象深いライブだったのを覚えています。
 

初めて『手をつなごう』がライブで披露されたのも確かその日でした。(→註※)

今はグループにとって欠かすことの出来ない大切な曲に成長しています。

(そして今回のことで、メンバーにとってもファンにとってもっと大切な歌になったことは疑いない)

(※註:その後、読者の方からご指摘がありました。「手をつなごう」の初演はその前に開催されたよみうりランドの「狂い咲きエビーロード」、でした。 訂正しておきます)

 

そして、絶対に手に入れよう、と気合いを入れて数回の落選を乗り越えて3回目にチケット当選し2度目に行ったエビ中の現場が

河口湖の第一回、夏のファミリー遠足(ファミえん)でした。

このとき披露された、

『いい湯かな?』

で、当の松野莉奈さんが祖父母さんのことを思い出したのか、涙ぐみながら歌っている姿が僕の心を強く打ちました。

 

なんて良い子なんだろう・・・・と。

 

このライブの素晴らしさで僕の心は一気にエビ中に持って行かれたんだっけ・・。

 

その後はどのグループよりもエビ中の現場に足繁く通うようになったのはご存じの通り。

 

思えば、僕がこれまで観に行ったエビ中のライブにはずっと松野莉奈さんがいたんです。

これは当たり前といえば当たり前なのことなんだけれど、失ってみるとすごく大事なことだった、と改めて思った。
 

ブログを読んで下さっている方はご存じだとは思いますが、エビ中の自分の推しは星名美怜ちゃんです。

でも、美怜ちゃんの隣に、彼女を追う視界の右に立っている莉奈さんがいた。背がすらりと高くて、とても綺麗で、だけど存在感をことさら主張することもなく、普通に立っている。

その自然体の姿が私の脳裏にサブリミナルのようにすり込まれていたんです。素敵な人でした。
 

当たり前の光景のありがたさ、というものは、失ってみて初めて実感するもの、今後もうその光景をみることはないのです。でも、これはまだ想像できない・・・。


会場内に入ったのが6時半ごろ。ここからさらに1時間以上待ち、です。


 

入場者は入場時間順に4つのエリアに分けられて、順繰りに祭壇のあるメインホールに誘導されていきます。手際がいい。送る会、なんてやるのは初めてだろうに、運営も導線をよくよく考えたんだろうなぁ・・・

ここでもファンはほとんど私語をせずマナーが良い。

時間がかかるのは仕方が無い、と納得している様子。

この長時間は自分の歳にはさすがにこたえ、トイレにもいけず、正直足腰が痛くなりましたが、みんな静かに待っているのですからここで音を上げるわけにはいきません。

 

それだけ人数が多いのだし、それだけ多くの人が莉奈さんとの別れを惜しんでいるのだから・・・。

 

ロビーからメインホールに行くまでの回廊の階段にもびっしりと人がならび、葬送?の列は非常にゆっくりと進んでいきます。

この回廊、普段ならものの十数秒でホール内に入れるところ、通過に20分以上はかかったように思います。

ここまで4時間近く待ってきたので、

 

「早くホールに入りたい、りななんにあいたい」

という気持ちと、
「この階段を上りきってしまったら、もう本当に本当のお別れになってしまうんだ・・・まだお別れしたくない」

という気持ちが交錯してなんとも不思議な気分でした。

 

周囲の人もきっと同じことを思っているのでしょう、誰も口を開かず重苦しい雰囲気が流れていました。

 

それでも、いつかそのときはやってくるもので、会場下手最前方の扉から入ると一気に視界が開けます。

ここはいつもエビ中がなんどもライブをやってきたパシフィコメインホール。

去年の今頃は、廣田あいかさん(ぁぃぁぃ)が絢香さんのカバーで絶唱を聞かせたあのホールです。

 

静かに右手をみやると、そこは一人もいないがらんどうの客席。

本当なら今の時刻、ファンクラブ限定イベントで客席は色とりどりのペンライトに照らされていたはずなのですが・・・。

 

寂しい・・・・

 

目を左に転じると、そこには溢れんばかりの花の山、山、山花束花束花束花束花束

これだけの花束をみるのはもちろん僕は初めてです。

 

こんなに多くの人が花を捧げている。ファンの愛の大きさを感じました。

 

右側の客席の寂しい感じと、左側の景色の華やかさが対照的で、哀愁をそそります。


BGMには音量を抑えめにおごそかに流れるエビ中楽曲のダイジェスト
 

「エビ中の曲はレクイエムなどとはほど遠い変な曲ばかりだよね」

なんて思ってると、不意に

『幸せの貼り紙はいつも背中に』

が流れたりするから一気に涙腺がやられてくる。
 

僕は泣かずにさらっとお参りするつもりだったんですがねぇ・・・。
 

こういう時にメンバーの歌声を聞くと切なさが増します。
「しばらくメンバーの肉声を聞いていないな・・・・。」

そして、莉奈さんの声はもう、聞くことが出来ないのです。

 

係の人に案内されて、いよいよ僕の番が回ってきました。

 

自分も祭壇の一番右端で控えめに献花をさせていただきました。
 

青いお花を基調とした祭壇の中央に微笑む莉奈さんの大きな写真

 

僕の一番好きな、『夏だぜジョニー』のヒマワリひまわり2ひまわりの衣装です。

 

静かに微笑みをたたえる彼女は、まるで絵画のモナリザのようで

本当に素敵な写真でした。あちこちからすすり泣きが聞こえてきて、

泣かないつもりだったのに祭壇に持ってきた花を置くときに自分もついに涙がうかびこぼれそうになりました。

 

そのとき、僕の耳にちょうどりななんの声が聞こえたのです。
 

「♪湿度が高くてYo!!」


そう、そのとき流れていたBGMは
『金八DANCE MUSIC』
だったのでした。
それで自分、涙が引っ込んで、なんか吹き出しそうになって、半泣き半笑いのちょっとおかしな感じになってしまいましたが・・・・
 

そう、エビ中には湿っぽいのは似合わない、っていう彼女の思いやりのラストメッセージなのかな、と、そう思うことにしました。
 

「りななん、これまでありがとう。エビ中のメンバーを見守ってあげて下さい。これから僕も頑張ります。」


と深々と頭をさげて、会場を後にしました。

時刻は8時すぎ、並び初めて4時間以上経っていました。

 

その後東京の自宅にまっすぐかえり、妻に

「エビ中の『松野莉奈を送る会』に行ってきたよ」

と、隠さず堂々と報告し、ウイスキーで故人を偲び、ひとり献杯をしたのでした。

 

(これからのこと)

 多くの人がネットに書いているとおり、ファンクラブ限定イベントが出来なかったのは残念であるけれども、

エビ中にとって数々の思い出のあるパシフィコ横浜、

莉奈さんのイメージカラーである美しいスカイブルーとマリンブルーに囲まれ、船とベイブリッジと優雅に飛ぶユリカモメの見える素敵な景色の会場で最後のお別れの会を開催できたこと、

この会場で本当に良かったと思います。

 

満身創痍の全力エンターテインメントであったエビ中は、この日、永遠の中学生アイドルとなったりななんと共に、伝説のグループに昇華しました。
 

報道によると、メンバーも先んじて白のカーネーションカーネーション(白)を献花したそうです。報道陣の前でも皆さん気丈に振る舞っていたそうですから、

今回のことを子供たちなりに受け入れて、どう行動すべきか、ということを考えているのでしょう。

 

しかし、これからのことを考えると、メンバーもファンも、運営も本当につらい。

想像するだけで心が痛みます。

 

運営は、この出来事をうけて、ここまで、ラジオ番組、ファンクラブイベント、梅園のゲストイベント、舞台など、さまざまなイベントを中止としてきましたが、
おそらく、春のツアーから活動を再開しようと考えているのでしょうか。
この状況でどういう気持ちで全国を回り、どういう形でライブツアーを構成していくのでしょうか・・・。

 

エビ中はこれまで運営が優秀で、

色々困難が生じると常に周囲の大人達がこれまでの経験をもとにメンバーにアドバイスや叱咤激励をして支え、道を示してきた。というのがあります。
 

メンバーたちにとって、エビ中はグループ名の通り、まさに「学校」でもあったのです。

 

でも、今回の出来事では、さすがの周囲の大人達もメンバーに

「こういう時、どう振る舞って何をするのが正しいのか」、

なんて偉そうに道を示すことは出来ないでしょう。


子を失った親などそういるわけではないですし、

大人達よりメンバーの方が亡くなったりななんに歳がずっと近い。

受けた心の傷は親御さんを除けばメンバーたちが一番大きいのですから。

 

それを計り知ることはできません。

 

もしかすると、レッスン中に楽曲を歌っている内に莉奈さんのことを思い出してメンバーが泣きだしたり、

と、しばらくは不安定な状況が続くかも知れません。

 

でも、それを大人が叱ることはできない、寄り添うことしか出来ない

これは大人達にとっても相当大変な試練ですよね。
 

だからこそ、今回のことは、メンバーたち自身が、自分たちで自分で考えて乗り越えなければいけない


それにはどれだけ時間をかけてもいい。

個人的には春ツアーが中止になったって、いや、大げさにいえば一年二年活動休止したって構わないと思っています。他のファンの皆さんはどうお考えなんでしょうね。

(一番大切なのは、エビ中を存続させることでも、エビ中のライブをやることでもない、まわりの大人ならみんなそこはわかっているよね、でもやっぱり・・・・。)

 

なんて・・・

 

そんなことばかり考えていると、ファンとしてもつらいですが、

とにかく伝説のグループの今とこれからを温かく見守っていきたい。

そして、彼女たちの折れた翼が癒えてもういちど大きく羽ばたいてくれることを信じて待つしかないですよね。

 

(いつにも増してとりとめのない文章になってしまいました。最後まで読んで下さいましてどうもありがとうございました。)

 

(追伸)

送る会とちょうど日を同じくして、僕のプライベートの方にも少し動きがありました。昨年のあのとき以来、事件の被害者遺族となった我が家の時間はずっと止まっていたのですが、自分たちの時計も少しずつ動き始めたようです。

そのような中、先週、おかげさまで長女もなんとか大学進学が決定しました。
ここで私も負けて立ち止まっているわけにはいきません。前を向いて歩き始めていきます。