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History of Stadium Jamper

History of Stadium Jamper


カレッジスタイルのアウターといえば、その筆頭に挙げられるのが「スタジャン」だろう♪

そもそも“スタジアム・ジャンパー”とは、アメリカの学生が着用していたメルトン製のジャケットを総じて、'60年代にあのVANが名付けた和製英語なんだよ。

本場では“アワードジャケット”や“レターマンズジャケット”中でも学生が着るスタジャンのコトを“バーシティジャケット”と呼んでいる。

ちなみに“Varsity”とは、学校の中でもトップレベルのコトを差す。

大抵の大学には代表チームと副代表チームがあるんだけど、要はバーシティとは代表チームのコト。

ここに選ばれた選手は当然待遇も異なり、ユニフォームも最高で最新のモノが支給される。

つまり、トップレベルしか着られない特別なジャケット、ソレがバーシティジャケットというワケだ。


History of Stadium Jamper


それらのジャケットを一括りにスタジャンとして話を進めますが、実際のところスタジャンのルーツを証明する明確な資料って少なく、当時のウェアや写真から推測するしか手立てがないんです^^;

巷ではアイビーリーグを代表するカレッジ説とメジャーリーグ説というのがあるが、どちらも正しく互いにリンクしながらスタジャンは誕生していった様子。

1800年代後半から1900年代初期の写真では、スポーツ選手は厚手のセーターカーディガンやブレザータイプのジャケットを主に着用していた。

一方、ウォーマーとしての用途があったウールのセーターは野球やフットボールを含めた様々なスポーツの場で使用されていたようだ。

1910~20年代におけるプロチームのジャケットは、ウールあるいはレザーが主流だったのに対し、高校や大学のチームは労働者用に生産されたコートにチーム名をステンシルで刷り込んだ簡易的なアウターを採用していたんだよね。

やがてアメリカ経済の成長に伴ってスポーツ市場は拡大し、ウィルソンやチャンピオンといったスポーツ用品メーカーは、アウターウェアをこぞってリリースするようになる。

当時の大学やプロスポーツチームは資金が豊かであったため、メーカー側に様々なデザインをカスタムオーダーしていた。

スタジャンの黎明期といえるこの時代に新しくユニークなデザインが多く見られるのはこういった背景があったからなんだ。

たとえば1920年代のフットボールチーム用ジャケットは典型的なウールのプルオーバータイプで、フードとボディが一体型になっており、ミトンポケットと呼ばれる大きなパッチポケットが付いていた。

1930年代になり、丈はウエストまで、襟、裾、袖には保温性を高めるためニットのリブに改善され現在のスタジャンの形を成してくる。

フロントはまだボタンで留め、ミトンポケットを装備してね。

そして'40年代になると、ボディはウールを軽くしたメルトン地に、ポケットはスラッシュポケット、フロントボタンはスナップかファスナーへと、今や誰もが思い浮かべるカタチへと進化していったワケ。

ジーンズと並びアメカジの王道アイテムであるスタジャンもまた、昨日のブログで書いたスウェットシャツとは生まれた時代も近く、まるで兄弟のように付き合ってきた存在のよう^^

スタジャンとスウェットの組み合わせって、最強のコーディネイトだと思うし、アメカジを語るうえではドワイルドな極みと言っても過言ではないだろう☆


History of Stadium Jamper


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History of Sweat Shirts

History of Sweat Shirts


これまでにも「スウェットシャツ」に関してはあれこれ書いてきましたが、そもそもスウェットとは、屋外での試合待機時やトレーニング時の休憩中に身体を温めておく“ウォーマー”として1920年代に登場したのが始まりだ。

基本はウール素材のセーターであり、中には裏地を起毛させた生地や裏地がフリース地のモノも存在したという。

防風性や保温性をより高めるために、ウエストと袖にリブのニットが取り付けられ、襟ぐりには伸縮を補強するためにウールのガゼットが装着された。

そう、この頃に大まかなスウェットのディテールは既に形作られていたんだよね。

またスウェットパーカの原型であるフードタイプも同時期に登場していた。

しかしながらウールは価格が高く、量産し難い生地であったために、より安価なコットン素材の“ニット”が開発されたのは必然の流れだったのだろう。

この生地が開発された'20年代初頭に、スポルディングやチャンピオン、オシュア、ロウ&キャンベル等のスポーツ用品メーカーがコットンのスウェットシャツをリリースし、吸収性や保温性に優れ、しかも安価であるコトから、評判を得ていったというワケ^^

1924年のパリ五輪で、選手団に対してコットン100%のスウェットシャツをアメリカ政府が支給したのは、あまりに有名な逸話だ♪

そして1930年代半ばに登場したのが、チャンピオン・ニッティング・ミルズ社(現在のチャンピオン)が開発した、以前ブログにも書いた“リバースウィーブ”なんだよ。

当時、製品の伸縮に対して苦情が寄せられており、縦に織っていたニットを横にするコトでこの問題を解決し、特許を取得して一気にシェアを拡大、ハイスクールにカレッジ、軍学校、軍の組織機関等で使用されるようになったのがチャンピオンだった。


History of Sweat Shirts


第二次世界大戦時には訓練生のウェアとしてスウェットシャツは採用され、その信頼はさらに高まっていったというワケだ(^.^)b

戦後、健全なスポーツ用アイテムとして復活を遂げたときには、アメリカ衣料におけるスタンダード・アイテムとして不動の地位を築いていたドワイルドな存在がスウェットシャツなんだ♪

何枚あっても便利で(寝巻きにもなるし^o^)、シーズン問わず着まわせますが、これからが最も重宝するベスト・オブ・ウェアですよね☆


History of Sweat Shirts


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POP-UP TOASTER

POP-UP TOASTER

一日の始まりの清々しい朝…。

眠い目を擦りながらコーヒーを挽き、トースターにパンを入れる。

その間にマグカップと共にバターやオリーブオイル、ハム、チーズ、エッグ、調味料など、お好みの具材を食卓に用意していく、毎朝のちょっとだけ忙しい瞬間。

コーヒーの香りとパンの焼ける香ばしい匂いが漂ってくる、ささやかながら朝の至福の一時なんだよね^^

"ガチャン"とパンが焼き上がる、ポップアップ式のトースター。

幼い頃から馴染みのあるアイテムで、我が家の朝の食卓には欠かせない必需品になっている。

POP-UP TOASTER

もともと、焼いて作るパンは焼き立てをそのまま食べるのが長い歴史の中で一般的。

ところがイギリスではトーストが好まれ、焼いたパンでサンドイッチもよく食べてられていたという。

古い話で、フランスでは「イギリス人がトーストを良く食べるのは、イギリスはあまりにも寒いのでバターを溶かすためにはそれしか思いつかなかった」なんてジョークもあるんだよね。

1920年代イギリスで、タイマーによってトースト終了時に自動的にパンが上部に飛び出すポップアップ・トースターが誕生。

オーブンに比べて熱源が非常に近いため、焼き上がりが早くてパンに含まれる水分も逃がしにくく、外はパリッと中はフワッと仕上がるトーストに特化した構造。

イギリスとアメリカではこのトースターの普及と共に、1930年代にはスライスされたパンがスライスされていないパンの売上げを抜いたそうだ。

俺もサンドイッチにしろ、パンは食べる直前にトーストした方が好きだな~。

もちろん、焼きたての無添加・自然酵母のパンなんて最高なんだけどね♪

イギリス・アメリカの朝の食卓に香ばしい彩を与えたポップアップ・トースター。

パンをセットしレバーを下ろす、今も毎朝引き継がれているドワイルドな儀式なんじゃないかな?

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Happy Wedding♪

2008年9月27日(土)大安

友人の結婚式に参加してきました。

場所は銀座、某ハワイアンな式場で行なわれた。

ウッディーでナチュラルなホールに装飾された花・植物や貝殻…、南国情緒溢れるハワイのホテルを思わせる雰囲気で素敵な場所だったんだ。

もちろん、コース料理もハワイアンで美味しかった♪

都心で本格的なハワイアン・スタイルの結婚式に参加できるなんて思ってなかったよ^^

そんなシチュエーションだからか、新郎新婦のキャラなのか、終始とても温かみのあるアットホームな挙式。

とても良い式だった。

前から知っている二人だけに、クライマックスでは感動したりして…。

最近なかなか顔を合わすこともできなかった仲間たちと、じっくりビールを飲めた貴重な時間でもあったんだ。

ちょっと飲みすぎ、飲ませすぎちゃったかな(汗)


寿
ご結婚おめでとうございます。
お二人の末永い幸せを心から祈っております。

落ち着いたらゆっくりビールを飲みに行こうぜ☆

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JOHNSON WOOLEN MILLS



昨日に引き続き、そんなアイテムが恋しいシーズンが近づいて参りましたので…(^.^)b

1842年、アメリカ東部のバーモント州ジョンソンにて設立された「ジョンソン ウーレン ミルズ」もまた上質なウール製品を作り続けている数少ないメーカーだ♪

元々、地元ファーマーや寒冷地作業者のためのヘウ゛ィーなウールウェアを供給していたのがそのルーツ。

その品質の高さから、世界的にも知られるウールメーカーで、ファッションの移り変わりが速く市場が次々に消えていく時代に、主な製品ラインをほとんど変えずに160年以上続けてきたのは、ペンドルトンも同様に奇跡的なコトなのでは(^.^)b

何より、ウールを中心とした起毛地は視覚的にも温もりが感じられるのはもちろん、地球に優しい天然素材メイドってコトでエコなトコもGoodですね♪

ツイードやフランネル、メルトンなどに代表される、繊維の短い羊毛を紡ぎ、表面に起毛、縮絨などの仕上げを施した肉厚の生地を“紡毛”と言うが、英語では“Woolen(ウーレン)”と称される。




ジョンソンの十八番は、ブランド名そのものであるウールアイテム、中でもメルトンのハンティングジャケットが有名ですが、ミニトートなんてのをチョイスするのもイイですね^^


紡毛ならではのちょっぴりファンシーなルックスは、女のコが持ってたらとってもチャーミングだと思います♪

今季はアメリカの伝統的ウールアイテムを現代に伝え、変わらないモノの良さ、大切さに気付かせくれるドワイルドなブランド、ジョンソンでキマリですね☆




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PENDLETON

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良質な素材を用い、伝統的製法によって最上級の製品を創る…と、書くのは簡単だが、コレを継続できるメーカーは少ないモノだ。

「ペンドルトン」はソレを140年もの間、まさに連綿と続けているメーカーなんだよ。

世界各地から入手した良質な羊毛を、それぞれの特性に合わせた方法で染め、糸に紡ぎ、ブランケットとタータンの生地を織り上げる。

もちろん自社工場で作業は行われ、原毛から生地の完成まで大きく8つの工程を経て、製品を仕上げるんだ。

オレゴンの温暖な気候と良質で豊富な水に恵まれた環境は、羊毛生産にもうってつけだったというワケ。

1924年には、ソレまで地味な色ばかりだったワークシャツに鮮やかなカラーとチェックパターンを採り入れたウ゛ァージンウールシャツを登場させた。




第一次大戦で海軍と陸軍に数千枚のブランケットを支給したが、その暖かさに命を救われた人たちも、そのウ゛ァージンウールシャツの登場をとにかく喜んだという^^

特に1950年代のベストセラー“ストレートカラーシャツ”は、旧き良き時代のアメリカに住む父親像の象徴として捉えられ、いまでも愛する男たちは多い。

そんなペンドルトン・ウールのシャツジャケットは、一種革命的なアイテムだと言えよう♪

―1937年の12月。

とある街で開かれたアームレスリング大会のベスト5。

きこり、沖仲仕、農夫、タグボートの船員、鍛冶屋。

彼らに共通していたコトは、6フィート2インチ以上の上背。

210ポンドのウェイト。

腕っ節は強いが、陽気で愛妻家であるコト。

そして、この日のために、各々の街のジェネラルストアで買い求めたウールのワークシャツを着ていたコト。

捲り上げたシャツの袖から棍棒のような二の腕が覗いていた。

今は昔のアメリカのドワイルドな風景だ…☆




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Bean Boots -L.L.Bean-

Bean Boots -L.L.Bean-

1912年アメリカ、雄大な自然が溢れるメイン州。

1足のハンティング・ブーツからL.L.Beanの歴史は始まった。

創業者のレオン・レオンウッド・ビーンは過酷な自然の中でガイドの仕事をしていたのだが、ハードなフィールドと長時間の歩行を強いられる仕事が災いし足に怪我をしてしまった。

生粋のアウトドア・マンであった彼は、森を自由に歩かなければならないガイドやハンターの歩行に耐えうる、もっと足に負担の少ない理想の靴を求め、試行錯誤の末にハンティング・ブーツを開発したんだ。

それが"ビーン・ブーツ"なんだ。

Bean Boots -L.L.Bean-

防水性のあるフルグレイン・レザーのアッパーと、ゴム製のボトムの2トーンが個性的なデザイン。

これにより完璧な防水性を誇っているヘヴィー・デューティー仕様。

中綿には保湿素材が入り、土踏まずにはスチール製補強材、さらには独特のチェーンパターン入りの生ゴム製アウトソールがグリップ感を発揮する、安定感のある一足に仕上がっているんだ。

特に雨でぬかるんだ野山や雪道では最強のブーツなんだよね♪

但し、もともとが自然での使用を目的として開発されているので、舗装された道ではソールが磨耗しやすく、濡れたタイルの床ではツルツルに滑ってしまうんだけどね(汗)

少しずつ改良が加えられているとはいえ、1912年の1stモデルから、デザインが変わっていないのは驚きだ、

今でもメイン州の自社工場でビーン・ブーツ専門の職人達が一つ一つ丁寧に作っているそうだ。

過酷なフィールドでこそ威力を発揮する、ドワイルドな自然仕様"Bean Boots"

アメリカを代表する世界トップクラスのアウトドア・ブランドL.L.Beanは、この1足から始まったんだ。

Bean Boots -L.L.Bean-

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RONSON -Varaflame-

RONSON -Varaflame-

普段愛用しているライターはZippoが圧倒的に多いんだけど、もちろんそれ以外にも使い捨てライター含め幾つかを使いまわしている。

中でも、火を点けるべく手に取る度にちょっとしたトキメキ☆(笑)を感じてしまうのが、ロンソン社の"ヴァラフレーム"なんだよね。

1950年代に誕生し、熱い時代を駆け抜けたこのライター、何といってもそのデザインが最高♪

この時代のキャデラックを想わせる優雅な流線型のデザインが見事に表現され、古き良きの雰囲気がプンプンに醸し出されているんだ。

RONSON -Varaflame-

当時アメリカで大人気となり、喫煙者の憧れだったモデルというのも納得だよね。

ちなみに映画「007」の原作本ではジェームス・ボンドが愛用しており、それがゆえアメリカのみならず世界中のドワイルドな男たちのマスターピースともなったそうだ。

バリエーションはレトロなエンジンターンやゴールドのVマーク入り、バッファローの革巻きなど、豊富にあってね。

Vマーク入りを愛用しているんだけど、いつか革巻きのモデルも手に入れたいと思ってるんだ。

RONSON -Varaflame-

過去のデザインはその時代背景をリアルに表現している…。

"ヴァラフレーム"はそんな熱き'50sを感じさせてくれる、ドワイルドなハートに火を点すんだよね☆

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HAPA

HAPA

なんだかいつの間にかだいぶ秋めいて参りました…

季節の変わり目、ドワイルドな皆さんもくれぐれも体調崩すコトのないようお気をつけくださいね(^.^)b


今年の夏は(も)素敵な思い出作れましたか?^^

またひとつ過ぎ去る夏を惜しんで今日はアロハなお話しを♪

ハワイ好きとしては、日本とハワイが友好的なカンケーでいてくれるのは実に嬉しいコトです^^

1950年代からウクレレの販売を始め、オリジナルブランドまで持つ日本のウクレレの老舗、浅草のキワヤ商会がハワイのコアロハと共同製作した「ハパ」も、そうした友好の証のひとつだろう♪

HAPA

“ハパ”とはハワイ語で“ハーフ”の意味。

すなわち、日本とハワイのコラボで誕生した日系ハワイアンウクレレってコトなんですね(^.^)b

ちなみに、コアロハを創業したオカミ親子も日系ファミリーなんです。

ハワイアン・メイドの多くもそうであるように、コアロハも“コアウッド”を使ったウクレレにこだわるメーカーで、ハーブ・オータ・ジュニアやダニエル・ホーなどのアーティストたちに愛用されている。

合作ウクレレ、ハパの特徴はというと、トップにギター材としてよく用いられるシトカ・スプルース材、側面と背面にハワイアンコアを使用しているコト。

響きがよく、単音のサスティンもイイのでソロ演奏にも最適、明るく華やかな音はとても表情豊かだ♪

逆三角形のサウンドホールはコアロハの伝統、シンプルな作りの中にもヘッドにはコアロハのロゴが誇らしげに輝いてます。

和アロハな粋な音色は、アロハな気持ちがわかるドワイルドな人にこそ弾いてほしいもんですね♪

HAPA

2008 Summer, Mahalo☆

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ESTEE LAUDER

ESTEE LAUDER


唐突ですが「お肌の曲がり角」ってコトバ、女性ならば誰しも気になるフレーズですよね(*^_^*)

実際に、25歳を過ぎたあたりから肌のハリとツヤは失われはじめ、さらにシワやたるみに変わっていくんだとか…^^;

ソコは日頃のお手入れに抜かりはないとお思いのドワイルドな貴女もなかなかどうして、目に見えて劇的な変化が現れてる!という方はどのくらいいらっしゃるのでしょうか!?

40歳間近になって急激に衰えた肌に嘆いても手遅れですからね(;^_^A

40過ぎのオッサンな俺でも、肌がとてもツヤツヤしてるなんて言われると、つい嬉しくなっちゃうもんです(笑)

マジメなハナシ、今でも時々言われるんですよ(*^_^*)決して脂ぎってるワケじゃありせんからっ(^^ゞ

さてさて、そんないつまでも女性が頬擦りしたくなるようなツヤ肌を手に入れるために、今日はこんなの見つけちゃいました♪

あのニューヨーク生まれのブランド、エスティ ローダーから“若さを記憶する”という使命のもとに生まれた「リニュートリブ アルティメイト クリーム」なるモノ。

これまでにも世間を騒がせたアンチエイジングコスメはあれこれあったと思いますが、この度エスティ ローダーから発売されたクリームは、それらをはるかに超える世紀の逸品らしいですよ♪

研究者デウ゛ィッドA・シンクレアとレオナルド・グアレンテの2人は、長寿遺伝子のひとつ、サー・ティーワン遺伝子(アイスみたいですね^o^;)が、人間の表皮細胞の寿命に大きく関わっていると解明。

コレが、レスベラトロールという成分を多量に摂取するコトで作用し“皮膚細胞の老化を遅らせるコト”を発見した。


ESTEE LAUDER


ソレをエスティ ローダー研究所がさらに研究を進め、その有効成分を凝縮した新成分“ユースモレキュールトレードマーク”を開発し贅沢に配合したのが、このクリームだという。

要するに、若いうちからしっかり体作りをしておけば、歳をとっても高い基礎代謝率を維持し、メタボリックとは無縁の、贅肉が付きづらい体でいられるのと同様、早いうちに使うコトで元気な皮膚細胞が長生きし、ピチピチの肌が持続するというワケ(^.^)b

開発までにかかった歳月は、なんと8年・・;

たるみを持ち上げるのではなく、たるむ前の細胞力を保ち続ける、若い肌を“記憶する”究極のクリームだそう\(^O^)/

ドワイルドブログの女性読者は30代の方が多いようなのですが、まだ肌細胞のハリとツヤがある30代前半で使いはじめると功を奏するみたいですよ(*^_^*)

スキンケアアイテムとしてはかなり高価なクリームみたいなので、ダンナ様、あるいは彼氏、はたまたパトロンにおねだりしてみてはいかがでしょう?(笑)

お肌の曲がり角?!そんなコト気にもしたコトないオトコですが(;^_^Aこんなのにも関心を持ってしまうのが、ドワイルドなところなんですねェ☆


ESTEE LAUDER


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