dowild<ドワイルド>blog -18ページ目

Mitchell&Ness

Mitchell & Ness


日頃のファッションアイテムの1つとして、野球のユニフォーム(上着だけですよ^^)を着るのも好きなdowild.sです♪

フロントボタンをカチッと閉めて着用するのではなく、Tシャツの上にサラリと羽織るだけでなかなかクールにキマるんですよ(^.^)b

中でも、ウ゛ィンテージジャージの老舗ブランドとして、世界的な地位を不動のモノとした「ミッチェル&ネス」のユニフォームはソコらへんのモノとは格が違う^^


Mitchell & Ness


MLB、NBA、NHL、NFLのアメリカ4大スポーツを完全サポートしているコトは、あまりにも有名な話でね♪

1904年、フィラデルフィアでオープンしたスポーツ用品店はその当時から高価、そして少量生産のため、セレブアイテムとして取り扱われてきたんだよ。

ココんちを語る上では欠かせない要素の1つである“フランネル生地”を使用するなど、そのハイクオリティな品揃えで賞賛を得て、1925年までにハイスクール、カレッジ等のユニフォームデザインと生産を開始。

この成功によってMLBをはじめとするプロチームでも次々とミッチェル&ネスのユニフォームを使用したというワケ。

1987年には雑誌で掲載されたコトにより、ミッチェル&ネスのスポーツウェアは一躍ファッションアイテムとなった。

現在では復刻アイテムが主で、プリント、生地、縫製などを忠実に再現したモノをリリースしている。

また新展開として、アメリカ4大スポーツのライセンスにとらわれない、ミッチェル&ネス独自のブランド開発にも力を入れており、本来の高品質な素材はもちろんのコト、デザイン性にも優れたTシャツからジャケット、キャップまで展開され、今なお注目が高まっているんだ。

もちろんスポーツコレクターのみならず、ファッション界で一目置かれる高級・高品質ブランドゆえ国内外問わず、ミュージシャンやセレブリティー、アスリート等の様々な業界の有名人にも愛用され続けている。

アメリカにおいて、スポーツ界のスーパーヒーローは、時代を越えてなおリスペクトされつづけ、心の中に生き続ける♪

そんなかつての大リーガーのユニフォームを纏うコトで、ドワイルドなスピリッツを感じれるんだ☆


Mitchell & Ness


dowild.s

OPTIMUS 123R SVEA

OPTIMUS 123R SVEA


昨夜は友人の美容師dowild.uちゃん家でBBQを楽しんだので、行楽の秋に向け今日はこんな話を。。。

キャンプでは“火”はかけがえのない相棒となる。

だからこそ、バックパックに詰め込むアウトドアツールの中でも“ストーブ”には特別こだわりたいモノです^^

「オプティマス 123R」は、100年以上にわたって生産されている、小型ストーブの代名詞的名作だ♪

1800年代後半、スウェーデンの発明家O.R.NYBERGが液体燃料を使った加圧式ブロートーチを開発。

そのシステムはやがて、本来の目的のほかにも、ストーブやハリケーンランタンとして使われるようになったんだ。

この製品に着目し、ストーブ開発に着手したメーカーに、OPTIMUS、PRIMUS、RADIUS、MAX SIEVERTなどがあった。

123はMAX SIEVERT社から19世紀末に発表され、それ以降100年以上、モデルチェンジされるコトなく現在に至っている。

“SVEA(スベア)”は、古いスウェーデン語で“スウェーデン”という意味。

国名をブランド名にするコトを認められるほど、その完成度は高く、世界中のアウトドアズマンに愛されたんだよ♪


OPTIMUS 123R SVEA


1950~60年代に入ると、スウェーデン国内で大きな経済再編成が起こり、アウトドア・メーカーの多くも合併・吸収が進んだ。

1962年、OPTIMUS社とPRIMUS社は、双方の商品ラインのうち液体燃料製品はOPTIMUS社の扱いに、LPガス製品はPRIMUS社の扱いにするコトで合意。

ソレに伴って、ガソリンストーブNo.123と“SVEA”のブランド名はOPTIMUS社から販売されるコトになったんだ。

やがて、マーケットの要望から123の内部にその汚れを自動的に落とすクリーニング・ニードル(煤取りの小型針)を内蔵させ、モデル名を「123R」と改名した。

コレが今日に至るまで唯一、マイナーチェンジされた点だ。

柄を付ければ鍋にもコッヘルにも応用できるキャップが風防を兼ねた本体カバーとして付く。

安定性の高い五徳♪

実用的で使いやすいモノほど美しい♪

まさに機能美の極致といえよう(^.^)b

シンプルにしてドワイルド、時代に流されない質実剛健さが、1世紀以上にわたり愛され続けている最大の理由だ。

もう100年経っても123Rの魅力は色褪せるコトはないだろう☆


OPTIMUS 123R SVEA


dowild.s

ALOHA PORTER LOCO

荒れた天気が続いていたけど、今日は爽やかな青空が広がっているよね。

そんな訳で!?今日も引き続きアロハにいってみようか^^

ALOHA PORTER LOCO

気軽に使える小振りなウエストポーチを探していたときに、気になるバッグがあったんだ。

ご存知「吉田カバン」のPORTER、黒のナイロン素材が特徴のラインナップの中で、さりげなく"ハワイ"を感じさせるシリーズ。

それは「アロハ・ポーター・ロコ」

落ち着いた光沢のコットンサテンにオリジナルのアロハ柄を表現した生地は、ダブルブラックという染色により深みのある黒生地を作り、その上に同色の黒でハイビスカス柄を顔料コーティングして仕上げた物。

ALOHA PORTER LOCO

光の当たる角度により表情を変える、黒一色の控えめなトーンの中のさりげないハワイアン。

また、ファスナーにはフラガールやサーファー、ウクレレなどをモチーフにしたオリジナルの引き手が取り付けられていて、かなりキュートなんだよね♪


ブランド・タグにはパイナップル柄ハワイアン織りネーム"ALOHA PORTER"が付いており、ここがポイント☆

ALOHA PORTER LOCO

さらには、イラストレーターの豊田弘治氏デザインによるオリジナル・ピンズセットが付属しており、何とも嬉しい限りだ^^

ALOHA PORTER LOCO

大人がさりげなく持つハワイアン・アイテムに相応しく、ハワイの風を感じさせるドワイルドなポーター。

それが「ALOHA PORTER LOCO」なんだよね。

dowild.m

Ohana Ribbon HAWAII

Ohana Ribbon HAWAII

Save the Earth.......
Save the Beautiful Nature of Hawaiian Islands.......

神々が住むハワイの美しい島々を守ることをコンセプトに、2008年夏に誕生したキュートなブランド"Ohana Ribbon"

Real Hawaiiとコーズリボンのコラボレーション・ブランドなんだ。

コーズリボンとは、リボンをシンボルとした商品を販売し、売上げの一部が寄付されるシステム「コーズリボン・プロジェクト」の事。

突然の災害に対する緊急支援や、国内の指定したNPO/NGOへの寄付・支援に充てられるという。

Ohana Ribbon HAWAII

印象的なこのリボンの形をご存知の方も多いのでは?

そのハワイ・バージョンであるオハナリボン、実に豊富なバリエーション(100種類以上!)があり、どれもがカワイイから楽しくなってしまう♪

地域をモチーフにしたデザインや自然、植物、生物、特有の文化など、豊かなハワイの姿がリボンに表現されているんだ。

そのテーマは「Ohana(家族・仲間)」

いつまでもハワイは美しい楽園であってほしい…

そんなドワイルドな願いから生まれたオハナリボン、とてもハワイらしくて最高だよね^^

Ohana Ribbon HAWAII

dowild.m

Nike FIT

Nike FIT


ナイキの創設者のひとりであるビル・バウワーマンは、オレゴン大学の陸上競技コーチとしてチームをNCAA優勝に4回も導き、オールアメリカン44人、オリンピック選手19人を育てた伝説の指導者だ。

その彼が教え子たちに語り聞かせていた言葉がある。

『自分にとってアドバンテージと成り得るポイントを、体・ギア・情熱といったあらゆるところに見出しなさい』と(^.^)b

あらゆるところにアドバンテージを見出すのが目標達成の秘訣だとした名コーチの彼が言う“あらゆるところ”には、アパレルも当然のように含まれていたハズだ^^

ナイキアパレルがフルラインで店頭に登場したのが1979年のコト。

以降、ナイキはアパレルにおいても常に最新のテクノロジーで、アスリートのベストパフォーマンスを支えてきた。

現在、そのアパレルテクノロジーの総称となっているのが「Nike FIT」なんだ。


Nike FIT


環境の変化にフィットさせるべく、DRY(ドライ)、THERMA(サーマ)、STORM(ストーム)という3つの基本的な機能に分類している。

NIke FITの商品群に付いてるペーパータグには“NIKE L.I.S”の文字が記されているが、コレは“LIFE IS SPORTS”の略♪

ビルバウワーマンが教えを説いてから40年近くが過ぎ去った今、Nike FITは地球上の様々な『LIFE』を支援しているんだよ。

ナイキのそんなドワイルドなアドバンテージに感謝したいモノだ☆


Nike FIT


dowild.s

Nike ACG


Nike ACG


アメリカ人が持つ最高の創造力と熱意を全世界に知らしめてきたブランドがナイキだ♪

オレゴン州にあるナイキ本社周辺には、手付かずの山があり、海がある。

当然のようにナイキの社員たちはアウトドアに親しみ、フィールドを遊び場にしていた。

「何故、アウトドアシューズは、硬く、重いモノしか存在しないのだろうか?」

こんな疑問が、そのフィールドの中で生まれた。

ナイキは、フットウェアを開発するうえで、様々なアスリートの声に耳を傾けてきている。

その中で「重いシューズの方がイイ!」なんてコトバはまず聞いたコトなどないワケだ。

1977年、ナイキのスタッフと交流のあった2人の著名な登山家に当時、最軽量といわれた新作ランニングシューズ「LDV」を履いてもらい、試しに山に登ってもらった。

標高は6000メートル付近、登頂困難度が世界一とされるK2のベースキャンプにだ。

当然のようにナイロン製のアッパーは、ボロボロに裂けたが、代わりに彼らは今までに経験したコトのない“軽さ”による快適性と出会ったんだよ♪

この画期的な出来事によって、ナイキはアウトドアシューズにおいても軽量性の重要さを確信したワケだ。

現在もナイキ「ACG」の中に脈々と受け継がれているトレイルアスレチズムのルーツが、ココにある。

やがて1987年、様々なスポーツのトレーニング方法を取り入れるコトで理想的なボディを作る“クロストレーニング”という概念をナイキは提案した。

同時に、すべてのアクティビィティを1足でこなせる“クロストレーニングシューズ”をリリースする。

この考え方をアウトドアフィールドにまで広げた時にナイキACGが誕生したワケ。

Nike ACG


1989年のコトだ。

アウトドアシーンをスポーツフィールドとして捉え、すべてを自由に楽しみたい♪

走りたくなったら走ればイイ^^

岩に登りたくなったら登ればイイ(^.^)b

ナイキACGはそのすべてにドワイルドに応えてくれる☆

Nike ACG


dowild.s

The History of Harley-Davidson

The History of Harley-Davidson

昨日に引き続き、今日はオートバイの誕生について^^

1868年、蒸気機関など初期の熱機関が発明され、それを当時の自転車をベースとする2輪車の形式に取り入れたものがオートバイの元祖といわれている。

その蒸気機関エンジンをより性能に、より使いやすくと開発されたのが1985年にダイムラー社によって作られた内燃機関エンジン搭載のオートバイなんだよね。

The History of Harley-Davidson

そして1903年、現代のモペッドの原型となるオートバイが誕生した。

そう、ハーレー・ダビッドソンだ♪

そのバイクはレース用に作られ、トマトの缶詰を加工したキャブレター、ドアのノブほどもある大きさのスパークプラグから発する出力は3馬力。

単機筒、変速機なし、ベルトドライブ、ボディーカラーは、黒にゴールドのピンストライプ。

始動はメインスタンドを上げて、自転車のペダルをこぐ方式だった。

The History of Harley-Davidson

北米ウイスコンシン州ミルウオーキー、このバイクが作られた工場は"ハーレーダビッドソンモーターカンパニー"と走り書きされた木造の小屋で、ここからハーレーが誕生したんだよね。

当時21歳のウィリアム・S・ハーレーと20歳のアーサー・ダビッドソンが製作を始め、鉄道メカニックのウオルター・ダビッドソンが二人を手伝い、工具の知識は長男ウイリアム・ダビッドソンの助けを借りたという。

ウオルターはできあがったモーターサイクルで、長男の結婚式のためにカンザスシティへ走りだした。

これが記念すべきハーレー・ダビッドソンのスタートだったんだ。

この年3台が生産され、古くからの友人や初めての顧客に販売されたという。

木造の小さな小屋・・・、ドワイルドなハーレー・ダビッドソンの歴史はここから始まったんだよね。

The History of Harley-Davidson

dowild.m

Mercedes-Benz

Mercedes-Benz

高級車として誰もがその存在を知っているであろうメルセデス・ベンツ。

世界でも最も古い自動車会社の一つであり、第二次世界大戦以前からモータースポーツに参戦し優秀な成績を収めていた。

ABSやエアーバッグなど数々の安全装置を開発してきた、安全に対するこだわりも特徴なんだよね。

1886年、ドイツの技術者であるカール・ベンツよって創設されたメルセデス・ベンツ。

馬車が主流だったこの時代に世界初の実用的な自動車を開発したんだよね。

第一号の開発から自動車は単にエンジンだけでは成り立たない事を熟知していた彼は、エンジンスタートの為の磁気点火装置やブレーキ、電子コイルイグニッションなど数千もの部品全てに注意を払った。

そうして完成したのがガス燃料エンジンを取り付けた3輪の車なんだ。

1886年に世界初の自動車として初の特許を取得したのだが、当時は自動車の有用性に気付く者は無く「馬を怖がらせる邪魔者」であったそうだ。

そうした中、カール・ベンツの婦人であるベルタは夫の発明が素晴らしいものである事を世間に認めてもらいたいと、カールには内緒で二人の息子と自動車に乗り町を出発した。

当時の道はまだ舗装されたものではなく、空気タイヤも自転車用だった為、過酷な道のりだったという。

さらにはガソリンを薬局で購入しながら旅行を続け、日の暮れる頃、家から106km離れたプフォルツハイムの街に到着。

この距離と時間は、当時の馬車だと10頭以上の馬を乗り換えなければならない程。

プフォルツハイムの人たちはベルタたちに惜しみない賞賛の声が送られ、この成功によりカール・ベンツの発明は広く知られるようになったんだ。

同時に、ベルタは世界初の女性ドライバーであり、世界初の自動車長距離旅行として歴史に名を残すことになった。

世界初の自動車の開発においてのい徹底したこだわり、それを世間に知らしめるための挑戦…。

そんなドワイルドなチャレンジがメルセデス・ベンツを、そしてその後の自動車の世界を発展させたんだよね。

Mercedes-Benz

dowild.m

PRO-Keds

PRO-Keds


なんのかんの言っても、このシーズンの足元にスニーカーを持ってくると気分まで軽快になれますね(^.^)b

そんなスニーカーを語る上で、欠かすコトができない存在が「プロケッズ」だ♪

振り返れば高校生の頃、周りがナイキだコンバースだアディダスだと、こぞってバスケットッシューズを履いてた中、ケッズのバスケットシューズを履いてるのは一際オシャレだったし、アメリカを強く感じれたもんでした(*^_^*)

スニーカーの語源となる“こっそり逃げ出す=sneek”は、つまり“ゴム底靴を履く人は、靴音を響かせないでこっそりと忍び足で歩く人のよう”というコトから、ゴム底靴をスニーカーと呼ぶようになったワケ。

すなわち、スニーカーとゴムとは切っても切れないカンケーなんですね(^.^)b

ケッズブランドのベースとなるのが“USラバー・カンパニー”なんだけど、この会社はそれまでに全米に19社あったラバー(ゴム)関連会社のうちのほとんどにあたる、16社が合併してできた会社だ。

まさにアメリカのゴム業界が生んだのがスニーカーであり、ケッズだったんだ。

設立は1892年のコト。

やがて「ケッズ」ブランドが正式登場したのは1917年。

その名は、子供(kids)と足(peds)というコトバの組み合わせから誕生したんだよ。

以来ケッズは、いくつものスニーカー革命を起こしてきた。

1922年の広告では『アメリカン・キッズはケッズで育つ』というキャッチコピーで、アメリカの子供の心を引き付け、その後の『ケッズをあなたの家族の一員に』で、その人気をファミリー層まで広げていき、スニーカーの伝道師的な役目を果たしていったんだ。

1950年代に入ると、プロユースのスニーカーとして新たなマーケットを広げる。

そのブランドが1958年から立ち上げた「プロケッズ」なんだ。


PRO-Keds


中でも名作ロイヤルアメリカが登場すると当時、人気絶頂のNBAの多くの名プレイヤーが愛用した♪

1967年には、ロイヤルアメリカが全米で300万足のセールスを記録。

その人気はアイビーリーガーたちをも魅了していった。

カレッジのスクールカラーに合わせて履かれ“西のコンバース、東のプロケッズ”と呼ばれるほど人気を集める原動力となったんだ。

アメリカのスニーカー人気を二分したのがプロケッズであり、スニーカーのドワイルドな歴史はプロケッズから始まったと言っても過言ではないだろう☆


PRO-Keds


dowild.s

Mail order catalog of the USA

Mail order catalog of the USA


世の中も便利になったもので、一言で“通販カタログ”といってしまえば、日本でも一般的なモノになっていて「ウチにも頼んでもいないのに届くよ」なんて言う人も多いのでは?

とは言え、歴史で言ったら“通販大国アメリカ”には到底かなわない。。。

日本のデパートの通販カタログなんかも意外と歴史が古いんだけど、ことアメリカの大手デパート(シアーズ・ローバックやモンゴメリー・ワードなど)では1930年代からすでに積極的に通信販売を行っていたんだ。

驚くのがそのカタログの分厚さでね^^;

タウンページどころじゃなく、そのボリュームを凌ぐカタログがわんさか存在したんだよ。

何故?ソコはアメリカ、物量がハンパじゃない(・・;)

洋服や装身具は当たり前、トラクターだってメールオーダーで買えてしまうんだから(汗)

もちろん、組み立て式であるはずもなし、現代のようにインターネットでディテールが確認できるワケでもなく、そのページだけで購入を決定するんだから、なんともアメリカらしい話だよね(*^_^*)

スケールのデカさは決して昔話じゃなく、現在にも及んでいる。

もっとも有名なトコでは、セレブ御用達の高級デパート「ニーマン・マーカス」のクリスマス・カタログだろう。




Mail order catalog of the USA


2万4500ドルで、ニーマン・マーカス特別仕様のインディアン・モーターサイクルの100周年記念モデル限定75台とか、670万ドルのカスタムメイド・ゴージャスヘリコプターとか売っちゃってるし(;^_^A

過去には、ノアの箱舟なんてのも(@_@;)

買う、買わないは別として、通販カタログって眺めてるだけでも楽しいですよね♪

そんなアメリカの昔の通販カタログは、その歴史を知る資料としてのドワイルドな事典にもなるんです☆




Mail order catalog of the USA


dowild.s