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ZEMAITIS

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他とは一線を画す高いデザイン性を持った、芸術作品ともいえる美しいギターを製作している"ゼマティス"

ローリング・ストーンズのロン・ウッドが70年代から愛用しているのが印象的だよね♪

メタルトップやシェルを敷き詰めたパールフロントの逸品、スポットライトが反射して実にステージ映えする逸品だ。

1935年イギリス・ロンドンで生まれたトニー・ゼマティスは、16歳の時から家具職人を目指して修行を始め、木工技術、材料など多くのことを学び、英国王室御用達の家具職人となったんだ。

その頃から学んだ木工技術を生かし、友人のギターを修理していたという。

さらには1955年当時、自分のギターを入手することが難しかったトニーは友人の所有するギターを観察し、家具職人として養われた良い木材を見抜き選ぶ能力と、木材のシーズニング法、木工加工の技術を生かして自分のアイデアを加えながら見よう見まねでナイロン弦のクラシックギターを製作。

こうして苦労の末に完成させたのが、ゼマティスの記念すべき第一号のギターとなった。

その後戦争により英国軍に入隊しそこでバンド活動を経験、徴兵により軍隊での生活を終えたトニーはギター製作に没頭し、それからの数年は全くの独学で独自の発想からギター作りに励み続けたんだ。

いろいろなサウンドホールの形、弦の長さ、弦の組み合わせなど、新しいアイディアと技術を試しながら、試行錯誤を重ねながら新しいアコースティックギターを製作していった。

彼のギターは徐々に口コミによってミュージシャンに広まり、ジミ・ヘンドリックス、エリック・クラプトン、ジョージ・ハリスンといったギタリスト達が使用しはじめ、有名になっていった。

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70年代初期にはエレキギターの製作を開始、ロン・ウッドの依頼によってメタルフロント、パールフロントのエレキギターが誕生した。

ボディからヘッド、ブリッジの形状に至るまで、全てにオリジナルデザインを施し、友人である彫刻師ダニー・オブライエンの彫刻を全面に施したゴージャスなギターだ。

もちろん素材にも拘り、高級素材を使用したそのサウンドは素晴らしくバランスが良いと定評がある。
(実際に弾いたことはないんだけどね…)

家具職人の観点から製作された美しいギター"ゼマティス"は、まさにドワイルドな芸術品といえるよね♪

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Vespa

Vespa

古くは「ローマの休日」や「アメリカン・グラフティ」、60年代のモッズの姿を描いた「さらば青春の光」、さらには松田優作の「探偵物語」など、映画やドラマ等でお馴染みのベスパ。

今見ても色褪せないクラシカルなデザインと、甲高い2ストロークエンジン+ハンドシフトという個性的なスクーターだよね♪

知り合いにベスパ乗りがいてさ、今の愛車が2台目というからよっぱど好きなんだろう(笑)

1946年にイタリアのオートバイ・メーカー「ピアジオ」により誕生したVespa。

ちなみに"Vespa"とはイタリア語でスズメバチの事。

戦後大衆への普及を意図した大衆車であり、スチール・モノコックボディや、駆動部までふくめて一体化されたスイング・ユニットのエンジンは航空機のテクノロジーを応用した技術であり、当時としては画期的だったんだ。

前タイヤの上フェンダーにライトが付き、その分質素なバーハンドルって以外は、初期モデルからイタリアン・デザインを一身に体現した例のデザイン。

そう、「ローマの休日」のモデルだ^^

Vespa

そのイタリアの歴史を感じさせる独創的な個性は、スクーターやバイクというジャンルを越えて、Vespaという一つのジャンルを確立したといっても間違いではないだろう。

残念ながらギア付きのVINTAGEシリーズは生産完了になってしまったが、50年間変わらぬスタイルで生産された存在は永遠に色褪せないだろう。

イタリアの風を感じながら肩の力を抜いてノンビリ乗りたい、そんな事を感じさせるドワイルドな逸品なんだ。

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O'shea KNITTING MILLS

O'shea KNITTING MILLS


昨日の話の続きになりますが、アメリカの1900~40年代における初期のスポーツウェアメーカーの歴史もまた、ワークウェアメーカーの歴史と非常によく似ている。

スポルディングやウィルソン、チャンピオンなどの数々のスポーツブランドが台頭した時代だ。

そんな中、メジャーでなくともハイクオリティなアイテムを生産するブランドも多数あった。

大別するとその多くのローカルブランドと、数は少ないが全国規模の大手メーカーに分かれていたワケ。

ワークウェア同様、スポーツウェアに関してもハイエンドなローカルメーカーが多いのが実に魅力的だ♪

もちろんリーやカーハートに匹敵する大手も、激しい競争の中で素晴らしいスポーツウェアを生み出していた。

ソレがスポルディングやウィルソン、ローリングスなどであり、特に「オシェ・ニッティングミルズ」は、最高のクオリティとデザインで多くのスポーツウェアを生産していたんだよ。


O'shea KNITTING MILLS


マニアックな話だけど、ウ゛ィンテージ・シーンではかなり人気が高いブランドなんだよね^^;

1910年頃にシカゴで創立されたオシェは、カスタムオーダーというシステムをいち早く採り入れてシェアを広げていったメーカーだ。

このシステムは、チームカラーやレターを配したオリジナルのウェアを小ロットから手掛けるという画期的なモノだった。

アメリカで人気スポーツの多くがチームスポーツだったため、このサービスは人気を博し定番化していったんだ。

主な取引先は高校、大学、プロのチームなど。

さらにアメリカでは各都市だけでなく、小さな町々にもプライベートクラブなどがあり、その多くは最低ひとつかそれ以上のスポーツチームを持っていた。

そのクラブが裕福であれば、質の高いユニフォームやジャケットをカスタムオーダーしていたというワケなんだよ(^.^)b

オシェの本拠地であるシカゴは自動車産業をはじめとする五大湖工業地帯で、当時は経済的にとても豊かだったエリアだ。

資金の豊かなクラブ等がオシェのクオリティを支えていたんだと思う♪

しかし、第二次世界大戦中の1942年に大手スポーツメーカーのウィルソンに買収されてしまった。

オシェの存在は消えたかに思ったが、ブランドネームは生きていたんだ^^

その後の1940年代後半や1950年代のウェアで“King O'Shea”というラベルのモノがあるからだ♪

今はないウ゛ィンテージと呼ばれる世界での、しかもマイナーブランドだが、現在このブランドのクオリティが見直され、アメリカ国内ではこのオシェのウ゛ィンテージアイテムがかなり人気を集めているんだよ☆


O'shea KNITTING MILLS


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Work Wear

Work Wear


第一次産業が隆盛を極めた1920~40年代にかけてのアメリカでは、労働者相手のマーケット競争が激化していた。

この時代はまだカジュアルファッションというモノが確立しておらず「ワークウェア(作業着)」がデイリーウェアとしての役割を担っていたため、労働者たちは皆ごく当たり前に仕事着として、そして普段着としてワークウェアを身につけていたんだよ。

全米として考えた場合、ソレがいかに大きなマーケットであったかが窺い知れるよね(^.^)b

需要と供給のバランスをとりながらワークウェアビジネスは成長を遂げていったワケだけど、そのクラシカルな手作業と機械との絶妙な組み合わせによる最良で最適な美しい縫製技術、機能的なファブリケーション、シンプルで力強いアメリカン・オリジナルのデザインワークや、そのうえにアメリカ人の持つポップなセンスも加わり、ワークウェアは完成の域に達していったんだ♪

流行よりも人間の身体を重視して造形された機能美はまさに質実剛健なアメリカオリジンの衣服文化の象徴だった。

多くのワークウェアブランドがシェアを獲得しようと工夫を凝らし、新製品の開発に努め、労働者の目に留まるアイテムを次々と生み出していったんだ。

現在でも活躍するリーバイスやリーなどのデニムメーカーから、シアーズ・ローバック、モンゴメリーワードをはじめとするストアブランド、カーハートやディッキーズといったワークブランドに至るまでメジャーブランドがひしめき合っていたワケ。

同時に、ローカルブランドを含む、中小企業のメーカーが多く存在したのも、この時代の魅力だろう♪

当時、いったいどのくらいのメーカーがあったのか?またどのようなアイテムが販売されていたのか?その全てを知るのは非常に困難だ^^;

ウ゛ィンテージとして古着屋等で見れるのはごく一部の世界で、こと'30~'40年代のワークウェアともなると、まだまだ未開の部分が多い。

1つだけ言えるのは、この時代に作られたワークウェアは“タフ”や“ストロング”というキーワードをもとに作られた、100%本物のアメリカン・プロダクツだったというコトだろう。

人は、死ぬほどに働き疲労が限界に達すると、ソコから逃げようとする者と、再び立ち上がろうとする者の2つに分かれると思う。

1930~40年代という労働者にとって苦境に耐え栄光を掴んだ時代…

ワークウェアはまさに黄金期を迎えていた。

一度は死にかけた者が取り戻した威厳や尊厳や意地を学び、苦しいときだからこそ平然と笑っていられるカッコよさや、希望を失わずに前向きに生き、どん底から這い上がるカッコよさ、そんなオトコたちが身につけた服装は、時代の領域を超えてドワイルドに息づいている☆


Work Wear


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FILSON


1897年、ゴールドラッシュに挑むための"アウトドア・クロージング・メーカー"として、ワシントン州シアトルで設立されたフィルソン。

金の発掘という、衣類にとっては劣悪きわまりない環境で酷使されるために、最上の天然素材と一切の妥協のない設計・縫製でウェアの生産を開始したんだ。

ウールにおいては、原毛を刈り取ってから製品に仕上げるまで、いまだに2年以上の歳月をかけているという拘りのプロダクツ。

だからこそ、厳しい自然環境の中で働く男たちから絶大な信頼を得て、愛され続けているんだ。

今でもアメリカ空軍・陸軍のスタッフ用としても一部使用されているという。

ここ日本でもアメカジのアイテムとして、ウールジャケットのマッキーノクルーザーや、オイルド加工のコットンバッグなんて定番アイテムだよね。

フィルソンの製品は、設立当時から100年以上も変わらないクオリティで作り続けられ、その優れた品質と耐久性は
「親から子へ、子から孫へ」
というエピソードが物語っている。

"MIGHT AS WELL HAVE THE BEST"
「どうせ持つならいいものを、最上のものを」

とは、創業者であるクリントン.C.フィルソンの言葉。

頑なに拘り続けてきた上質の天然素材とクオリティ…
一切の妥協も許さないフィルソンのそんなドワイルドな姿勢は、今までも、そしてこれからも新しい歴史を刻み続けていくことだろう。

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MICHAEL JACKSON

MICHAEL JACKSON

「生誕50周年記念、日本のファンが選んだベストアルバム」
とのコピーで、先日ベストアルバム「KING OF POP」が発売になった。

懐かしいね~♪
マイケル・ジャクソンじゃないですか^^
もう(まだ?)50歳なの?

残念ながらここ10年以上もスキャンダルやゴシップ記事ばかりが伝えられ、"マイケル・ジャクソン"という存在すらボヤけてしまったように思えるんだけど…。

80年代のマイケルは誰に増して熱く、輝いていたんだ☆

実を言うと、俺が始めて買ったレコードは1982年に発売された「スリラー(Thriller)」だったんだよね。

「Billie Jean」「Beat It」「Thriller」と次々と大ヒットするプロモーション・ビデオを観て、その音楽性とダンスに夢中になった小学生だった(笑)

特に14分の大作であるスリラーのビデオでは、マイケルが狼男になったり、ゾンビとダンスを踊ったりと、特殊効果を多用したその映画的な構成になっており、MTVにいち早く現れたエンターテイナーだった。

その頃マイケルは25歳、それから25年後の今年2月に「スリラー」25周年記念盤なんていうのも発売されたりして。

今改めて聴いても斬新でカッコいいんだよね~^^

ゴシップ記事に封印されてしまった感のあるマイケル・ジャクソン。

今年の記念日を機に、またドワイルドなスリルを世界中に巻き起こしてほしいものだ。

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Rayon

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今日のお題とは全然カンケーないんですが^^;↑いただいたんで載っけてみました(*^_^*)

初めて食べたけど、メチャクチャ美味しいですね、コレ(^.^)b

ぜひまた食べたいです♪

さてさて、このシーズン重宝するのが軽めのアウターなんですが、俺はシャツにしろジャンパーにしろ「レーヨン素材」のモノをよく愛用したりもします。

一言にレーヨンと言っても、実はその素材のコトをあまり知らなかったりする方も多いのでは?

レーヨンとは、1800年代末期のヨーロッパで発明された世界初の化学繊維なんだ。

といっても、石油を原材料とした化学繊維とは違うんですね(^.^)b

木材パルプの繊維組織を化学的に処理して作った再生繊維のひとつであり、綿や麻と同じセルロース(植物系繊維の主成分であり、分子式でいえば炭水化物にあたる)からできているんだよ。

元々、絹(シルク)という高級動物系繊維の代替え品として開発されたモノで、絹が持つ独特の光沢感にあやかり「光の線」という意味の“RAY”を語源として命名されたんだ。

植物系繊維のため、綿や麻と同様に吸湿性・放湿性が良いのが特徴で、ハワイなんかでよく着られていたのもこの辺が理由だろう。

1950年代あたりのシャツやジャケットに色鮮やかな製品が多いのは、この繊維の特性に依る所が大きい。

染色性が良いので発色がとてもキレイですしね♪

また、絹に似せて作られただけあり、張り(ドレープ感)もイイ感じです^^

さらには帯電性が低いために、動物系繊維特有の静電気が起こりにくいんだ。

こんなにも利点が多い素材のため、使用用途も多岐に渡っていた。

シャツやジャケットはもちろんのコト、和装小物や衣類の裏地等、カーテンや椅子張り、壁紙や寝具等の家具内装関係、はたまたウェットティッシュや包装紙、手芸糸に至るまで…

しかし、残念ながら1970年代を境に需要が徐々に減ってしまい、21世紀にはごく一部のマニアックな人々(笑)の嗜好品としての衣料になりつつあった。

というのも、一定時間以上、水に濡れると縮んでしまうという最大の弱点があったからなんだ。

大部分のレーヨン素材衣料の洗濯表示は“水洗い不可”^^;

洗濯機で洗いたくなるのが道理、しかし、戦後の高度成長期から現在に至るまでに、急速にレーヨンという素材が減ってしまった理由には、実は“洗濯機の普及”にこそあったと言えるだろう。

洗濯機やクリーニング屋が少なかった時代は、当たり前のごとく手洗いだった。

水に浸けておくと縮んでしまうレーヨン素材の衣類は、さっと水洗いしてスグに干すというのが世の常だったのだろう^^

ソレが面倒になった贅沢な世の中は、徐々に石油原料の衣類にシフトしていったってコトかな(^^ゞ

しかしながら最近は、レーヨンが再び注目を浴びてきているらしいですよ♪

科学的な調査の結果、弱酸性で肌に優しいコトがわかってきたんです(pH5~6)

加えて、レーヨンの繊維そのものに消臭効果があるコトが判明した。

そして何より、燃やしても有毒なガスが出ず、埋めれば約40日で土に還る。

そう、エコロジー的観点からも見直されてきているんだよ♪

このご時世、石油製品を着るよりも、自然に還るドワイルドな服を着る方が少しだけ地球に貢献している気がしますね☆

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SPALDING

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先日のスウェットシャツにスタジアムジャンパーと、ブランドの名として取り上げた「スポルディング」は誰もが知るところでしょう♪

1876年創業、このアメリカ最古参のスポーツブランドがこの秋より満を持して始動する“ヘリテージ・コレクション”が、なんとも興味深いんです^^

スウェットアイテムをメインに据え、130年余りにわたってアメリカのスポーツ文化を支えてきたプライドとモノ作りの精神を受け継ぎつつも、現代的なテイストを採り入れたニューラインナップなんだ♪

スポルディングといえば、その希少性ゆえにウ゛ィンテージ市場でも滅多にお目にかかれない幻とも言える存在だった。

そんな今回のクラシカルラインの復活劇により、伝説のブランドが身近な アイテムになろうとしているんだよ。

創設者のアルバート・グッドウィル・スポルディングは、1871年にボストン・レッドストッキング(現アトランタ・ブレーブス)に入団したMLBプレイヤーだった。

チームの中心投手として活躍し、1875年には80試合中72試合に登板、55勝5敗という驚異的な成績を残し、翌年のナショナルリーグ設立と同時にシカゴ・ホワイトストッキングス(現シカゴ・カブス)へ26歳の若さで選手兼監督として移籍する。

この年にリーグ史上初となる完封勝利も達成しているんだ。

そして選手として活躍する傍らで野球普及運動を行い、ボールの質の統一化を促す公式ルールガイドブックも出版していた彼は、同年に現役を続けながらスポーツ用品メーカー“A.G.スポルディング&ブラザース社”をマサチューセッツ州スプリングフィールドに設立した。

球技の競技用ボールを主な事業としてスタートし、28歳の引退後にはシューズや用具、ウェアなどを製造する総合スポーツメーカーとして成長を遂げていったワケ。

やがてアメリカのスポーツビジネスが一気に開花した1930~40年代前後、経済成長とともにスポーツカルチャー、中でもカレッジスポーツが盛んになり、スポルディングにおいてもこの時代に数多くのマスターピースを誕生させている♪

1931年にメジャー選抜が来日した際のツアージャケットを手掛けたのもスポルディングだった。

MLBにスポーツウェアを多く供給していた事実からも分かるように、スポルディングは1世紀以上もの間、アメリカのスポーツシーンを牽引してきたリーディングカンパニーなんだよ。

NBAやNFLなどのプロフェッショナルスポーツの分野においては、今なおトップブランドとして君臨し続けている。

“ヘリテージ・コレクション”からリリースされるのは、そんなスポルディングの132年のDNAを注ぎ込み、現代に蘇ったプロダクトの数々なんだ♪

大袈裟かもしれないが(笑)奥深きアメリカンスポーツウェアの軌跡、そして新しいスポーツファッションのドワイルドな夜明けと言えるだろう☆

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Chambray Shirts

Chambray Shirts

秋晴れの穏やかな天気が続く今日この頃…。

カラッとして気持ち良い朝だよね♪

しかし、先日まではTシャツ1枚だけで過ごしていたのに、もうさすがにその上に羽織るものが必要。

朝晩が冷え込むこの季節に愛用している一枚は、写真のシャンブレー・シャツなんだ。

タグから見て70年代のBIG MACの物。

Chambray Shirts

だいぶ前にデッドに近い状態で古着を手に入れたんだけど、ご覧のように使い込んで状態はクタクタ(笑)

でもジーンズやレザーのように、こんなアジがいいんだけどね。

色糸と白糸を縦横で織り込み、霜降りの様な独特の風合いが特徴のシャンブレーシャツ。

軽く羽織れる、涼しげな色合いは今の季節にピッタリなんだよね♪

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NASCA LINES

NASCA LINES

南米、果てしなく続くペルー南部の乾燥地帯に描かれている巨大な地上絵。

そう、有名な「ナスカの地上絵」だ。

紀元前500年頃に作られたと考えられているが、いつ、誰が、何のために、どうやって作ったのかは、ご存知のように未だに謎に包まれている。

数百mから数kmに及ぶものまで、岩肌の大地を幅1~2m、深さ20~30cm程度削って地面に刻まれている巨大なアート。

これらの地上絵は1927年に付近上空を飛行するパイロットによって発見された。

そう、それまでは大きすぎて地上から見ても絵だと分からなかったからなんだ。

更に、最大の物は全長50kmにも及ぶ巨大で正確な矢印で、なんと近年アメリカの資源探索衛星によって宇宙から確認されたという。

ホント、大昔にそれほどの地上絵をどうやって作ったのだろう?

絵柄は有名なハチドリやコンドルなどの鳥類、サル、犬、クジラ、フクロウ人間(宇宙人?)といった動物や魚、植物など、幾何学図形がいくつも発見されている。

諸説がいくつもあり、ナスカ人が考え出した星座を表現したという説、信仰に基づき精霊や神格化された動物を表現したという説、UFOが飛来する際に標識とした説…。

また、一筆書きになっている事から、雨乞い儀式の儀式で通路として使われたという説もあるんだ。

何千年も雨の降ることのない不毛の大地に描かれた、古代人の知性と芸術の結晶。

ナスカの地上絵には、解明される事のないドワイルドな神秘が隠されているんだよね☆

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