田舎暮らしのいいところは、朝ちょっと散歩に出るだけでリゾート気分が味わえるところです。
毎日のように、霧や靄(もや)が立ち込めます。
そして今の時期は紅葉。
家の裏の公園でこの景色です。
いつもの遊歩道を散歩しても、次々に現れる心和む風景に新たな感動を覚えます。
可愛い山茶花の花に朝露がきらめきます。
家に帰っても庭のモミジがこのとおり迎えてくれます。
やっぱり東京は長く人の住むところではないとつくづく感じます。
先日ゲットした Donner STARRYPAD。DAW 上 のドラム Plug-IN を鳴らすのは、快適なのですが、いちいちPCを立ち上げるのが面倒。
そこで、ハードのドラムマシンを鳴らしてみようと、USB から電源供給して
ZOOM MRT-3B に MIDI ケーブルで繋いでみたのですが、ウントもスンとも言いません。パッドを叩いたときのバックライトも光りません。
MIDI チャンネル は合っている(10ch)し、こりゃMIDIケーブルの断線なのかと、テスターで調べても問題ありませんでした。
そこで、もしかしてと、USB MIDI ホストの DOREMiDi に繋いでみたところ、ちゃんと動くじゃないですか!!
どうなっているんだと悩んだ末に、X のGrok に、まさか答えられないだろうと聞いてみたら....。
Grok さん疑ってごめんなさい。以下のように明確に答えてくれました。
Q:Donner STARRYPAD に、MIDI OUT 端子がついているのですが、PCにUSBでつながないと、電源供給しただけでは、MIDI 出力がされないのはなぜ?
A:
Donner STARRYPADのMIDI OUT端子(3.5mmジャック)が、USBでPCに接続しないと動作せず、単に外部電源を供給しただけではMIDI出力ができない理由は、主に以下の点にあります。
このデバイスはUSBバスパワー設計(USB経由の電源供給を前提としたコントローラー)で、MIDI機能の完全な動作にUSB接続が必須となる仕様です。
詳細を説明します。
1. 電源供給の仕様とMIDI機能の依存関係STARRYPADは基本的にUSB Type-Cポートで電源とデータを同時に供給・伝送するよう設計されています。マニュアルによると、USB経由でPCに接続すれば追加電源不要で動作し、MIDIデータ(ノートオン/オフ、CCメッセージなど)が正常に生成・出力されます。
外部電源(5V 500mAのACアダプターなど)を使用する場合、これはUSBポートへの電源供給のみを想定したもので、MIDI信号の生成や出力のためのデータ通信は行われません。結果として、パッドを叩いてもMIDI OUTから信号が出力されないのです。
なぜこのような仕様か? MIDIコントローラーは入力(パッドの打鍵)をMIDIメッセージに変換する電子回路を内蔵していますが、これらの回路はUSB接続時のデータライン(D+/D-)を介したクロック同期やファームウェア初期化を必要とする場合が多く、電源だけでは回路が「アクティブ」にならないよう設計されています。Donnerの類似製品でも同様の制限が見られます。
2. MIDI OUTの役割と動作条件MIDI OUTは外部MIDI機器(シンセサイザーやドラムマシンなど)へのアナログMIDI信号出力専用で、USB接続なしでは信号が流れない。
マニュアルの接続例:USBでPCに接続 → MIDI OUTケーブル(3.5mm TRS-MIDI変換)で外部機器のMIDI INに接続。これでパッド入力がMIDIメッセージとして出力されます。
USB接続なしの外部電源モードは、スタンドアローン動作(PCなしの単独使用)を想定していないため、MIDI出力が無効化されている可能性が高いです。レビューやトラブルシューティングでも、「USB接続を確認せよ」との記述が繰り返されています。
3.解決策と確認方法
・推奨動作: USBでPCに接続し、DAWソフト(例: Ableton Live, FL Studio, Cubase)でSTARRYPADをMIDI入力デバイスとして設定。外部機器をMIDI OUT経由で接続すれば、PC経由のMIDIルーティングで出力可能です。
・外部電源でMIDIを使いたい場合: 公式マニュアルではサポート外ですが、USB電源供給として5VアダプターをType-Cポートに挿入し、データ通信をシミュレートするハブ(MIDIスルー機能付き)を使う工夫が一部ユーザーで試されています。ただし、安定動作を保証しません。Donnerサポートに問い合わせるのがベスト。
トラブルシューティング:USBケーブルを交換し、PCの別のポートで試す。
DAWでMIDI信号を確認(STARRYPADが入力デバイスとして認識されているか)。
STARRYPAD Editorソフト(Donner公式サイトからダウンロード)でファームウェア/設定を更新。
このごろマニュアルが簡素化されていて、こんなところまで書いてないですから(KORG はWEBのQ&Aで結構解決します)。
マニュアルの「USB 接続....コンピューターから給電され、USB接続を介してMIDIデータを送信します。」文から、上の結果を読めって言われても無理ですよね。
ということで、疑問は解決しました。Grok さん恐るべし。サポートセンターとか、もういらない時代が来ていますね。
昨日に続き、霞が浦・牛久沼・手賀沼 三大池沼走破の旅(二日目)です。
これまた恒例の朝の散歩。ホテルの近くに「正源寺」という立派なお寺があると Google Map さんがいっているので出かけます。
戦国の世も終わり近づく文禄元年(1592年)、当時の牛久城主の由良国繁公により戦で命を散らした人々の菩提を弔う為に七観音八薬師の一つとして創建された曹洞宗のお寺だそうです。
池波正太郎の「鬼平犯科帳。雲竜剣」の中に登場するお寺だそうです。
魔荷車があったので、回してご功徳をもらいました。
チベット語では「マニコロ」と呼ばれ、「マニ」はサンスクリット語で「宝珠」を意味し、「コロ」は「車輪」を意味するそうです。これを回転させることで、お経を読んだのと同じ功徳(仏教的な善行)が得られるとされています。
境内を通り抜け、更に路地を進むと、「南裏(なんり)市民の森」があります。
小高い丘になっていて、雑木林が結構深い公園ですが、すぐ近くまで宅地造成が進んで里山の雰囲気が壊れてしまっています。
ホテルに戻り、朝食です。前回と同じような手作り感満載の朝食でした。
ビジネスホテルですから、周りで食事をとっている人たちは作業服を着て、これから仕事に出かけるぞという雰囲気の人たちばかりです。
その中でカメラを抱えた観光風の自分たちが珍しかったのか、給仕をしてくれたおばさんから、観光ですかとわざわざ声を掛けられました。
さて、チェックアウトして、まずは取手駅前にある奈良漬け屋さん「新六本店」に寄ります。
創業明治元年。大利根水系に育まれた新鮮な瓜、胡瓜・茄子・生姜を素材に地酒から生まれた吟醸粕、味醂粕を用いて、木樽に漬け込み土蔵の中でゆっくりと息づかせ、丹精こめて造った漬物の逸品だそうです(値段はいいけど、たしかにおいしい)。
次は、前回も寄った「道駅 しょうなん」。野菜の直売所はとにかく品数が多くて珍しいものが売っています。大好きな山形のラフランスが買えた!!
そして、前回寄れなかった「鳥の博物館」へ。
我孫子市が手賀沼の環境汚染問題への対応の一つとして、鳥類を通じた自然保護活動を推進する一環で、 山階鳥類研究所が、1984年(昭和59年)に我孫子市へ移転(博物館の裏手にある)。
研究所の創立者である山階芳麿が、「鳥の博物館」を建設する夢を抱いており、当初は研究所の標本を展示する施設として構想されていたが、後に独立した市立博物館(我孫子市運営)として発展したもの。開館当初の館長は、研究所所長の黒田長久(軍師官兵衛の末裔)が兼務していた。
ちょうど「とりホネ展」が催されていました。
博物館がこれまで収集、作成した骨格標本と3Dデータを通して、骨組みという制約の中で環境に応じて鳥の体が変化してきた歴史と、骨の機能美について紹介しています。
「博物館資料としての日本産鳥類標本のコレクションをまず整えることが目標であり、鳥の博物館の存在意義として重要と考えている」とのことで、日本産鳥類を中心とした鳥類の雌雄、成幼、骨格標本を収集し、膨大な博物館資料とされています。
はく製が生き生きとしています。
常設展示では、始祖鳥の化石の復元展示をはじめ、絶滅鳥エピオルニスの卵など貴重な展示があります。また、色・形・大きさなどバリエーションに富む世界の鳥の実物剥製標本を一堂に展示してあり圧巻でした。
3階のテラスからは、手賀沼が一望できます。これから向かう「手賀沼親水広場・水の館」が見えます。
その「水の館」の展望室からの眺め。我孫子市と柏市を結ぶ形のきれいな「手賀大橋」が見えます。
湖面にも河童がいました。
さて、お昼になったので、今回の旅行の目的の一つでもある、鰻を食べに行きます。
江戸時代〜昭和20年頃までは、手賀沼といえば鰻の有名な産地だったそうで、「手賀沼のうなぎは極上!日本一!」とまで言われ、江戸の鰻屋でも珍重されていたそうです。
「西周(さいしゅう)うなぎ店」さん。なんと創業1859年だそうです。
松(2,970円 税込み)肝吸い付きをいただきました。
肝はあまり好きではないのですが、ふっくらとしておいしくいただけました。
鰻ももちろん香ばしく柔らかくて骨もなくおいしかったのですが、漬物が絶品でした。白菜が球にしてありサラダ感覚で食べられます。
と、旅の疲れを回復した後、これも前回訪問できなかった「杉村楚人冠 記念館」へ。
杉村楚人冠(すぎむら そじんかん 本名・広太郎)は、明治末期から昭和前期の東京朝日新聞で活躍したジャーナリスト。日本で初めて新聞社に調査部や記事審査部を設け、新聞の縮刷版を企画、発行するなど、先進的な新聞人だった。
一方で、独特の皮肉とユーモアにあふれた文章は人気を博し(教科書にも夏目漱石とならんで載せられていた)た。
楚人冠は関東大震災で二人の子どもを失ったのを機に一家で我孫子に転居。以後、我孫子ゴルフ倶楽部の建設を町長に進言したり、手賀沼の干拓に反対し景観保護活動に取り組むなど、風光明媚な郊外の住宅地、観光地としての我孫子の発展に尽力。一方、主宰した俳句結社「湖畔吟社」をはじめ、我孫子の人々と親しく交わり、慕われたそうです。
見学は iPad を貸してくれて、その解説を聞きながら回ります。
応接間
書斎
読書の傾向が分かる本棚
庭園を散策します。
当時土地が安かったといって、どんどん買い足して大変大きな敷地となっています。
池や崖まであります。
記念館までの道は大変細く、曲がりくねっていて Google Map の道案内が無いととてもたどり着けそうもないところにあります。
帰り道、路地ごとに猫がいたのが面白かった。
3大池沼 走破の旅も終わりに近づき、家路につきます。
途中、柏に「セブンパーク アリオ柏」という巨大なショッピングモールがあるというので、寄ってみました。
イトーヨーカドーの跡地に周辺再開発を含めて2016年に誕生した施設。
1階フロアに、巨大なオブジェのある『ビックワンダー』があるというので寄ってみたわけです。
巨大なチェスの駒が置いてあるはずの場所に今はクリスマスツリーがありました。相変わらず、くそまずいスターバックスの前に味のわからない銭失いの貧乏人が並んでましたね。
平日の3時過ぎだというのに、すごい人出でびっくりしましたが、そういえば、だれも買い物をした感じの袋などを持っておらず、ただ物見遊山に来ている感じでした。
人と比較しないとその巨大さが実感できませんね。
2階フロアーに鉄道模型の「ポポンデッタ」が入っているので、寄ってみたのですが、何を買うか決めてこないと数が多すぎて選べませんね。また今度にしましょう。
ということで、今回の旅程はすべて終了。あまり無理をせずに観光地を絞って回ったのが良かった旅でした。
秋の行楽シーズンで各地が込み合う前(不況でそんな事態は訪れないかも)に、 霞が浦・牛久沼・手賀沼 三大池沼走破の旅の出かけました。
この辺は、ほとんど行き尽くした、といってもいいくらいなのですが、他の立ち寄り先の関係で漏れたところを行き尽くす旅行となりました。
まずは、圏央道を走って稲敷IC から20分くらいの、美浦村にある陸平貝塚(おかだいら)へ。
「美浦(みほ)村文化財センター」で事前学習。、陸平貝塚をはじめ村内から出土した考古資料の展示室と、体験講座や住民ボランティア活動などの拠点となっているそうです。

陸平貝塚は、明治12年(1879)に日本人の手による最初の発掘調査がおこなわれた、日本屈指の規模を誇る縄文時代の貝塚遺跡。

当時は霞ヶ浦に浮かぶ島で、面積約30,000㎡の台地を取り囲む斜面に残された8ヶ所の貝塚群は、縄文時代早期(約7,000年前)から後期(約3,500年前)のもの。


加曾利貝塚と違って、屋外の貝塚断面展示はありませんでした(地面の上に貝殻は見られる)が、何か清々しい風が吹いていて、古代の息吹が感じられました。


お昼となったので、恒例のお蕎麦屋さんへ。常陸秋そばの「味わいそば 大名」さんばかりでは芸がないので、新規開拓の阿見町の「手打ち蕎麦処 梶の葉」さんへ。

メニューが分かりにくいとの口コミがありましたが、確かに写真がないとイメージが湧かないものばかり(あと、女将さんの愛想がないというのもそのとおりでしたが、蕎麦を打っている息子さん(?)はその分、輪をかけて愛想がよかったですよ)。

いま分かったのですが、ラインマーカーの青が冷たい蕎麦、赤が温かいもの、黄色が温かいうどんなんですね。
迷った末に
特製たぬきランチ (980円)

けんちん蕎麦(850円)

蕎麦の腰がさすが手打ちという感じのそばでした。せっかくだから普通のもり蕎麦で蕎麦の香りを味わいたかった感じです。
さて、まだまだ時間があるので、ここまで来て見ない訳にはいかないと、霞ケ浦が一望できるという「大須賀津(おおすがつ)農村公園」へ。
さすが干拓地の畑で、まわりはどこまでも平らな農地が広がります。

碑が建ててあって、由来が書いてあるみたいなんですけど、薄い色の石に彫ってある字の色も薄くて読むのが困難。苦労してななめ読みしたところ、どうも、たびたびの水害に困っていた農民が共同して堤防や用水パイプラインなど耕地整備をしたとのことらしい。
展望台にのぼると、素晴らしい眺めでした。

左は土浦のビル群から、正面には遠く筑波山、振り向けば牛久大仏が望めたかもしれません。天気も良く、朝の寒さも和らいで、最高の気分でした。


次は、前回予定には入れてあったけれど、時間の関係で寄れなかった、女化(おなばけ)神社へお参りします。

永正6年(1509年)に京都にある伏見稲荷大社を詣でた地元の人が女化の地に稲荷信仰を伝えたのが、女化神社のルーツとされているそうです。
女化原稲荷の由来(超要約)
昔、馴馬が原(後の女化原)で、夕暮れに美しい女が現れ「嫁ぎ先の姑が怖くて逃げてきた、一人では危ないから馴馬村まで送ってほしい」と泣きながら頼む。旅人が送ると、実はその女は狐で、何度も同じことを繰り返したため「人を化かす原」→女化原と呼ばれるようになった。その後、土浦帰りの農夫・忠七がこの原で傷ついた狐を助けると、その夜、美しい旅姿の女が訪ねてきて一夜の宿を借り、ついに夫婦となり8年間連れ添い、お鶴・亀吉・竹松の3人の子をもうけた。しかしある日、子供の前で狐の正体がバレてしまい、女(狐)は泣く泣く逃げ去り、末子・竹松の帯に短歌を結びつけて消えた。歌:「みどり児の母はと問はば 女化の原に泣々伏すと答へよ」のちに竹松の子孫が関東に戻り、西森次郎義長(下総守)となり、智謀すぐれ「関東の孔明」と呼ばれた。義長は先祖(狐の妻)のことを思い、女化原に稲荷明神を勧請した。今もその子孫(栗山村の覚兵衛家)が初午の祭りを司っているという。(『常久肝膽夢物語』所収)

次は、これも前回朝の散歩で寄ってはいましたが、じっくりと見学できなかった牛久沼のかっぱの小径を歩いてみます。
「牛久市観光アヤメ園」に駐車します。ここから前回眺めた三日月橋の欄干に佇む河童が見えます。寂しそうだし、牛久沼の方は見ていないんですよね。

こちらはアヤメ園の入り口にいる河童。近くで見ると迫力あります。でも、何にか寂しそうです。

さて、かっぱの小径ですが、案内では、「観光アヤメ園の先から、約1kmにわたって散策路が整備されています。」となっていますが、案内板がいい加減で、どういう風に歩いて行けばいいのか、どこがかっぱの小径なのか(畑の畦道なのかかっぱの小径なのか判別できない)さっぱりわかりませんでした。
今、Google Map で見てみたら、延々と他人所有の畑の畦道のようなところを歩いた先から、木道が整備されているみたい(それも100mぐらいみたい)ですね。この手前までは歩いて行ったのですが、諦めて戻ってしまいました。
まあ、牛久沼の夕日は眺められたのでよしとしましょう。


ということで、本日の日程は終了。ドラッグストアで酒とつまみをゲットしてホテルに向かいます。
ホテルは前回と同じ「牛久シティホテルアネックス」(写真も前回の使いまわしです)

そして、前回定休日で使えなかったすぐ近くの「旬彩や」で夕食にしたんですが、前回使えなくて幸運だったくらいの内容の悪さでした(刺身(900円)、焼き鳥~硬い割りに生焼け(870円)、納豆チーズオムレツ~何か変な味 (660円)生ビールと頼んでもいないお通し~食いちぎれない牛モツの煮込み(300円)を注文)。
おまけに、刺身を1人前注文したのに、なんと4人前も持ってきてしまって(2人で四人前も食べるかちゅうの!!それなら大皿頼むわ)、かつ、マグロの色が悪い、かつマグロのほかはイカもサーモンも薄いペラ1枚のみ。そんなもの4人前もお金出して食べられる訳もなく、3人前は戻してもらいました。
やっぱり、もう外食でまともに食べられるものを望むのは諦めなければならない世の中になってしまったのでしょう。
ということで、今日はこれでお開きです。
2025年11月18日 午前11時をもって、サービスが終了するとアナウンスされていた goo blog 。
いま、自分のブログにアクセスしてみたら、本当に終了していました。
たしかに、無料のサービスだから、一方的にサービス終了されても文句は言えませんが、天下のNTTドコモグループが、ずいぶん世知辛いことするなと思います。
Grok さん になぜ終了することになったのか聞いてみました。
その回答は以下の通り。
1. 事業の選択と集中による収益性・将来性の見直しNTTドコモは、収益性が低く将来性の薄いサービスを整理する方針を推進しており、2025年にかけてgooニュース、教えて!goo、gooブログなどの長年続くサービスを一斉に終了させる判断を下しました。 これは、会社のリソースをより収益性の高い分野(例: モバイル通信や新サービス)に集中させるための戦略的な選択です。
gooブログのビジネスモデルは、初期のブログブーム期に広告収入を基盤とした無料サービスでしたが、利用者の減少に伴い収益が減少し、維持が難しくなっていました。
2. 古いシステムの維持コストと技術的課題サービス開始から20年以上経過した結果、システム基盤の老朽化が進み、サーバー維持やセキュリティ対策のコストが膨張していました。 モバイルアプリ対応や機能追加のための投資が追いつかず、品質向上も停滞していました。
3. 市場環境の変化と利用者のシフトSNS(Twitter/X、Instagramなど)や動画プラットフォーム(YouTube)の台頭により、ブログという形式の人気が低下。情報消費のトレンドが「検索中心」や「短文・ビジュアル重視」に移行し、gooブログのような伝統的なブログサービスは検索上位表示されにくくなり、アクセスが減少しました。
特に、ネット黎明期のユーザー層が中心でしたが、時代とともに利用者が減少し、PV(ページビュー)や訪問者数が最盛期の水準を維持できなくなっていました。
だそうです。
Instagram や Facebook があまりにくだらないので、「note」(原則無料)のように、ブログやSNS、クリエーターの発表ツールとして使えるプラットフォームへの回帰があるような気がするのですが。NTTドコモは、そんなものへの開発の気力もなくなっているんでょう。
今年の紅葉は例年になくきれいです。マスコミはそのことはあまり取り上げていないようですが、高市首相対中国の煽り報道でいそがしいのでしょうか?あと、クマね。緊急銃猟とか新しい言葉が嬉しいみたいです。
こちらは、楓(ふう)。
図鑑 モミジバフウ
色づきは今ひとつのようです。
遊歩道にも何本かきれいなモミジが植えてあります。
鮮やかなピンク色をした山茶花。
こちらは何の木でしょうか、殻がはじけて赤い実が出ています。
図鑑 トベラ (トベラ科)
常緑の植物で、葉は特徴的な長楕円形。枝、葉、根には特徴的なにおいがあり、節分の時にオニ除けとして扉に挟む風習から扉の木が転じてトベラの名がついたと言われている。
こちらはトマトみたい。
図鑑 クロガネモチ
夜が明けるのが本当に遅くなりました。散歩に出るころやっと日が昇り、朝焼けになっていました。
目見も鮮やかな見事な柿の色。
柿の実の色と言えば、柿右衛門。
陶工が苦心の末に発明した、白い磁器に赤、黄、緑、金などを焼き付ける独特の技法が、柿の実の色と風合いに似ていたことから「柿右衛門」の名が与えられたとされているそうです。
びっしりと苔が生えているのかと思って、目を凝らしてみたら、可愛い星の形をした植物でした。
図鑑 スナゴケ
大きさ:スギゴケは大型で高さ20cm程度まで成長することがあるが、スナゴケは小型で高さ3〜5cm程度。
葉の形状:スギゴケは名前の通りスギの木に似た葉を持ち、スナゴケは星のような形をした小ぶりの葉が特徴的。
日当たりと乾燥耐性:スナゴケは直射日光に強く、日当たりの良い乾燥しやすい場所を好む。一方、スギゴケは湿度が高めで水はけの良い土壌を好む。
一部分だけに日が当たって面白かったので、写真に残しました。
家に帰ると庭のモミジがだいぶ紅葉していました。
ツワブキも花が咲きだしました。