廃線跡訪問記 ブログ版 -70ページ目

長野電鉄木島線(河東線)1 (長野県/信州中野-木島) 後編

●残念ながら旧「信濃安田駅」には何も残ってはおりませんでしたが、
ふと前を見れば・・・河東線唯一のトンネルが口を開けて待っているでは
ありませんか。後半はそんなシーンから始まります。
これから自分の身にどんなことが起こるのかなどは知る由も無く・・・。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
木島線唯一となるトンネル、「飯綱山トンネル」です。しかしその手前には
ご覧のようなジャングル地帯が・・・フン、こんなので怯むとでも?笑
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ジャングル地帯通過。中はレールこそ撤去されてしまいましたが
それ以外ではほぼ完璧な形で保存(or 放置?)されていました。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
トンネル内から外を望みます。私がトンネル内で必ず撮る構図です。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
中はご覧の通り。配線の類までそのままです。ところで「8」って何でしょう?
 
廃線跡訪問記 ブログ版
反対側の出口まで来ました。ところで何故高くなってるのでしょう?
そのせいで、こちら側の出入り口は2/3ほどになっていました。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
外へ出ます。この道路に転用されてしまったのでしょうか?まだ新しそうだし。
ところで写真左側の切り通しみたいな石積みは、やはり遺構でしょうか?
 
廃線跡訪問記 ブログ版
そしてふと視線を下へ落とすと・・・「!!!」 だ、大蛇の抜け殻が!笑
 
廃線跡訪問記 ブログ版
辺りを見回すとこんなものが。「一体何を作って・・・」と、ここでようやく
飯山駅で見たものとが結びつきました。その部分も(奥)見えてます。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
これは建設中の「北陸新幹線」で、平成26年の完成目標だそうな。
ちなみにこの飯山にも駅が出来るそうで・・・ちょっとビックリ(失礼^^;)。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
この直後です。廃線跡を見失っているのに気付いたのは。
さて右側と左側、どっちなんだろ・・・(ホントはどっちも違う)。
 
この時、私は完全に廃線跡を見失っており、
本来の廃線跡は上記右側の写真から 200m以上も左でした。

完全な下調べ不足でした。そして携帯で細かいことを調べるのにも限界があり、
自力でこの周辺を歩き回ることになりました。

ノドの渇きを覚えながらも相当歩きました。足元も悪く土手を登っては下り、
時には自分の背の高さほどの雑草群を抜けることもありました。

そんな訳で相当のタイムロスに加え、それに比例し「体力ロス」も重なりました。

 

そこで 「これはヤバい・・・」 と一旦廃線跡探しは中止し、
体力回復
に努めるために水分補給をすることにしました。ところがです・・・

無い


ナイ



無いんです!


コンビニどころか、

自販機さえも!
で、更に歩き回りますが見つからず・・・


『み、水ぅぅぅ!!!』

こ、これでは本当に

干乾びて死んでしまう !!!


「どこかのお宅でもいいから」と蛇口を探しましたが見つからず、
最後には「どぶ川の水でも少しは飲める部分もあるだろう」などと、
そこまでホンキで考えていました。結構キレイだったし・・・。


そして散々歩き回り、遂に前方に「ガソリンスタンド」が見えてきました。

ガススタといえば自販機の 1つや 2つ置いてあるもの。
そこで「ちょっと買わせて下さい」と言うしか・・・っていうか、絶対に言わなければ!
今や「恥ずかしい」などと言っている場合ではありません。干乾びる寸前なのです。

そして到着して愕然・・・つ、潰れているではありませんか。。。
絶望と体力の限界を感じでそこで 5分ほど座り込んでしまいました。

誰かと連絡を取るなんて言ったってこんなトコに知り合いなど居ないしムダ、
そしてこうしていても仕方無いのは百も承知で、ほんの僅かに回復した
体力を頼りに再び自販機探しの旅に立ち上がりました。
絶望感いっぱいで【10歩】ほど歩いた時でした・・・なんだありゃ・・・???



自販機(キ)ターーー!!!!!


ガススタの塀って消防法でもあるのか、高い壁で囲むように造られていますよね?
その壁の外側に自販機が置いてあったのです!

しかしぶっちゃけロクなものしか置いて無かったのですが我侭など言ってる状況でもなく、
私はその中の「DAKARA・ペット」を選択。


 

ゴクゴク・・・1本終了


ゴクゴクゴク・・・2本終了


ゴクゴクゴクゴクゴク・・・ゲフッ・・・3本終了

さすがに 3本目は窮屈でしたが、一気に 3本(1.5ℓ)なんか飲んだのは始めてですわ。


ということで「オヤジの干物」になることだけはこうして避けることが出来たのでした。汗


そして少々休んでから再び廃線跡探しに・・・と思いましたがその時、
やたらと体が重いのに気付きました。予想以上に体力の消耗が進んでいたのでした。
それでも、あともう少しだと思い探索を再開したのでした。

ちなみに見失っていた廃線跡は「自販機探し」の際に見つけておりました。
場面はここから再開致します・・・。

 

廃線跡訪問記 ブログ版
見つけた廃線跡は再びこのようなジャングル状態でした。
前に見える「ツタの棒」はもちろん、架線柱です。す、凄いですねぇ。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
この程度ならば歩けるように見えますが、これでも相当歩き辛いもの。
体力を著しく消耗している今の私には、ここを歩くのはとてもムリでした。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ということで、脇を走る道路から眺めるように探索。それにしても
あの「ツタだらけの架線柱」は何度見ても異様ですねぇ。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
旧「柳沢駅」手前です。時折このような開けた場所も出てきますが、
それはごく一部、この辺りの大部分はジャングル状態で探索不可でした。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
旧「柳沢駅」跡。河東線唯一の「交換駅」だったらしいのですが、ご覧の
状態で踏み込めず。かなりの遺構が残っているというのに・・・。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
もう体力の限界でした。最後の力を振り絞り雑草を掻き分け、
シャッターを切りました。完全な形で残る信号機です。


と、ここで完全に体力切れとなり、遂に探索を諦める
ことにしました。
歩く余力も殆ど尽きてしまいました。

そこでどうしたのかというと、「販売機探索時」に廃線跡脇の道路が
運良くバス路線だったのを事前に把握しておりました。
そしてバス停も予め把握していたのでそこでバスを待つことに。
2時間に 1本程度のバスをでしたがそこは仕方ありません。

バス停で待つこと数分、ふと周りを見回すと「タクシー」の
電話番号が出ているのが目に入りました。・・・即決でした。
実際に次のバスが来るまでは 1時間以上・・・そりゃタクシーを呼びますよね、フツー。
という訳で、本来のゴールである「信州中野駅」へタクシーで辿り着き、
電車に揺られ帰路へついたのでした。。。

帰宅して調べたのですが、私の挫折した場所は全行程 13km中の約 8km地点でした。
まだあと 5kmもあったのです、、、

もちろん、
リベンジ
を誓ったのは言うまでもありませんが、
それにしても普段は毎晩マラソンで 7~10km走って鍛えているつもりでしたが、
途中で体力が尽きたことには驚きでした。13kmくらいならワケ無いと思っていたのに。

実際には迷ったりしたこともあり相当の距離を歩きましたし、
予想外の悪路の多さに体力を奪われたのもありますが、それを差し引いても
13km程度でヘバったのにはショックでした。そして翌日、何故か筋肉痛が発生。
毎日筋トレもしてるのに何故?と考えたら、普段使っていない筋肉が痛い。
そうか。「歩く」と「走る」では使う筋肉が違うのね・・・しかし情けないですわ。

長野電鉄木島線(河東線)2 (長野県/信州中野-木島) その1

●データ 【所在地】長野県中野市~飯山市 【運営キロ】12.9Km
【開業】1925年(大正14年)7月12日 【廃止】2002年(平成4年)4月1日
【魅力】まだ廃線としては新しいものの、夏場では雑草等が生い茂り行く手を阻む。
一部は道路化されたが、それ以外では廃線跡を辿るのは容易。 【訪問日】08.12.21


●体力切れにより壮絶なリタイア(自分比 笑)をした 前回 から約 3ヶ月、
リベンジを果たすために再び木島線へやって来ました。
 
前回は残暑残る暑い時だったということもあり、体力が切れダウンしてしまいましたが、
今回は冬季、「気温」という敵はもう居ません。更に今回は「車」という強い味方をお供に
つけての訪問、「木島線を完全制覇」するつもりでやって来ました。ではご覧下さい。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
前回は「木島駅」からのアプローチでしたが、今回は反対の「信州中野駅」から。
ここから前回の最終到着地点、「柳沢駅」を目指し、制覇を目指します。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
前の夜から長野入り、カプセルホテルで一晩過ごし、朝から探索開始。
さっそく廃線の匂いがして来ました。既に奥のレールは廃線跡です。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
最初の踏切に到着。非常に交通量の多い道路でした。「ナニやってんだ?」
という好奇な視線を妙に受けましたねぇ。それはそうですよねぇ(笑)。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
踏切を過ぎるとこれまで寄り添ってきた現役線、「長野線」ともお別れ、
右へと折れて行きます。木島線もレールとここでお別れとなります・・・。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
レールエンドです。これより先は「踏切跡」でしかレールを
見つけることが出来ませんでした。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
「信州中野駅」方面を望みます。「長野線」との合流地点です。
手前のボックスは位置的に「木島線」のものでしょうか?
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ここからは「レールのみを失った廃線跡」となります(正確には架線も、か)。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
「15.2‰(パーミル)の下り」の勾配標・・・で良いんですよね?もっと言えば、
「ここまで下り」で「更に下る」で、良いですよね? 違ったらスミマセン。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
更に進みます。この先には国道 292号線にかかっていた
橋がある筈ですが・・・。ところで手前の「6」って何でしょう?
 
廃線跡訪問記 ブログ版
お、アレでしょうか?見えてきました。ところでこの架線柱って
ひょっとして他の用途で使用しているから、撤去されないのでしょうか?
 
廃線跡訪問記 ブログ版
到着しました。どうやらレール撤去後にバラストを均(なら)したようですね。
しかし自分は始めて見ましたが、これは何という種の鉄橋なんでしょう?
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ところでここって一応立入禁止のようだったにも関わらず、
「生活道路臭」プンプンだったんですけど。絶対に使ってますね(笑)。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ではこの周辺の空撮を見てみましょう。ご覧の通りです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
では車まで戻って次の目的地へ進むことにします。次は「中野北駅」ですね。

ということで今回はここまでです。次回はその「中野北駅」から木島線の
ハイライトの一部ともいえる「夜間瀬川橋梁」の手前までをご紹介致します。

長野電鉄木島線(河東線)2 (長野県/信州中野-木島) その2

●リベンジ訪問中の木島線、その2では「中野北駅」から「夜間瀬川橋梁」までを辿ります。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
「中野北駅」を目指してやって来ました。ところが。
どの辺りなんでしょう
。小さな橋台(?)が写っています。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
事前調査だとこの辺だったハズなんですが、結局見つからず。
実はここより北へ僅かに100mほど行ったところでした。む、無念。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
もう少し粘っても良かったのですが、まだ前半戦で時間も読めず、
残念ながら先を急ぎました。悔しいので空撮で駅を見ることにします。^^;
 
廃線跡訪問記 ブログ版
次の駅、「四ヶ郷(しかごう)駅」の入口へ移動しました。県道355号線の
踏切跡ですが、まだアスファルトの下にレールが埋まっていそうですね。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
真っ直ぐに伸びる廃線跡。「四ヶ郷駅」はこの左手にありました。
一段高くなっており、何やらコンクリートの部分も見えます。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
近づいてみました。コンクリートの部分には
駅舎でもあったのでしょうか。後ろに見えるのは保育園です。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
「書状受」箱です。良く無事に残っていてくれたものです。
上には薄く「四ヶ郷」の文字も確認できます。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
では現役時の空撮画像を見て確認してみましょう。
やはり比較的立派な駅舎が建っていたようです。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
同駅北側の踏切跡には、このような注意書きが。
良く見ると裏手の保育園へと繋がっていたようでした。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
では先へ進みます。「四ヶ郷駅」を出ると線路跡は右へ折れ、
「夜間瀬(よませ)川」を渡るため徐々に高度を稼ぎ出します。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
木島線の見所のひとつとも言える「夜間瀬川橋梁」までやってきました。
コレを見たかったんですねぇ・・・やっと見ることが出来ました。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
「夜間瀬川」、土手上にある踏切跡です。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
銘板(?)かと思ったら塗装記録表でした。向こう岸には銘版があるのかな?
 
廃線跡訪問記 ブログ版
現役時の夜間瀬川橋梁の空撮画像です。
そろそろこの遺構に「触れて」みたくなってきました・・・。


その2はここまでです。最終回となる次回では「夜間瀬川」を渡り
前回探索を断念したポイント、「柳沢駅」までを辿ります。

長野電鉄木島線(河東線)2 (長野県/信州中野-木島) 最終回

●色々とあった木島線も、いよいよ今回で最終回となります。
最終回は夜間瀬川を渡り、前回体力切れによりダウン、断念したポイントの
「柳沢駅」までを辿ります。しかしここでもトラブルが。
散々「予習」をしてきた筈なのに起こってしまいました・・・では、ご覧下さい。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
「夜間瀬(よませ)川橋梁」です。既に渡り始めているかのように見えますが、
まだ渡ってません。どうせ、ほっといたって渡ると思っているんでしょ?笑
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ではご期待に応えて・・・ちょっとだけ進んでみました。
あそこの避難場所まで進んでみましょうかねぇ。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
到達しました。そしてこの勢いで向こう岸まで行こうと思いましたが・・・
遮るものがナニも無いので目立つんですよ、、、ココ。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ということで(チキンな私は)ここで戻ることにしました(笑)。
随分進んだように思ったけど、こんなモンだったのね。
 
当初は(橋梁を)渡る気マンマンだったのですが、
「通報」されても困るので適当なところでヤメました。;
ここで次の場所へ向かうことにします。

次の目的地はこの「夜間瀬川」を渡ってスグの「赤岩駅」です。
ところが、、、予習した筈なのに、どうしてもこの駅が見つからないのです。
そして探し続けること 30分、ある決断を下します。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
夜間瀬川を渡る手前でこのような光景を目にしました。たぶん建設中の
「北陸新幹線」だと思うのですが、どうも位置的にヘンなんですよね。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
前回、この先の「信濃安田駅」近くでも見かけたし。まぁ新幹線に興味は
無いのでどうでもいいか、と。で、反対岸の廃線跡は発見しましたが・・・。
 
車で30分探し続けたものの、「赤岩駅」が全く見つかりません。
携帯等を駆使しても見つからず。
「廃線跡が一部道路になった」というところまでは掴んだのですが・・・
残念ながらここで「赤岩駅」の確認を断念しました。

そして帰宅後に確認してみました。そうすると、散々探し回ったお陰か、
この周辺の地図が手に取るように分かるようになっていました。
「あそこだったのかーーー!」と(笑)。そして肝心の
「赤岩駅」はというと・・・クイズです。下記空撮画像で探してみて下さい。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
さて、「赤岩駅」はドコでしょう?それにしても見つからんハズでしたゎ、、、
下の地図で確認してみて下さい。シッカリと予習していれば分かったかも知れませんが・・・
 
廃線跡訪問記 ブログ版
これだけ変わってしまってわ、、、しかも図面上では分かりませんが
この辺りは凄く高低差のある地形でして、これも場所特定を難しくした
理由でした。しかも一番残念だったのは、一枚も写真を撮らなかったこと。
何をやって来たんでしょうねぇ。それで検証も出来るのに・・・。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
気落ちしながら次の最終目的地、「柳沢駅」跡へ到着しましたが・・・
この光景を見てパワー復活です(笑)。広い敷地を持つ列車交換駅でした。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
正確には前回も訪れているのですが、前回は体力を失い、
ヒィヒィ言いながらの訪問でしたので、正直実感もイマイチでした。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ではどんな駅だったのかというと、お馴染み空撮画像で確認します。
空撮からでもしっかり「島式ホーム」というのがしっかりと見てとれます。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ただの「出発」という文字が、凄く意味ありげなものに見えてきます。
以上で本日の日程は終了、木島線の全線探索も完了です。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
少々時間が余ったので、前回見失った「信濃安田」「田上」間の
廃線跡探索に向かいました。今回はもうバッチリ、迷うことはありません。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ある意味、衝撃的な光景が待ち構えていました。新しく出来る
「新幹線」と消えてしまった「鉄路」の交差点という映像です。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
その「交差点」手前に小さな橋台跡を見つけました。
大きな橋桁を前に佇む廃線跡・・・これも何故か胸を打つ映像でした。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
分かり辛いのですが、矢印のように廃線跡が確認出来ました。
この先に先ほどの「新旧交代劇」地点があります。


最後に・・・ショッキングな絵を「見つけちゃった感」でフクザツな
気分で終わった探索でした。もちろん楽しくて、満喫しましたけどね。
良くも悪くも「アノ光景」は一生忘れないだろうなぁ、なんてね。
まぁ、「泣いて笑って盛りだくさんだった廃線跡」ということでまとめましょうか。
「ありがとう!木島線!」

太平洋セメント専用線1 (埼玉県/高麗川-西大家) その1

●データ 【所在地】埼玉県日高市~鶴ヶ島市 【運営キロ】 5.0Km
【開業】1963年(昭和38年)5月16日(西大家側)
【廃止】1999年(平成11年)9月20日(高麗川側)
【魅力】高麗川側では全線に渡り廃線跡が現存。「列車が来る」と錯覚するかも。笑
 反面西大家側では、一部で開発も進み探索に苦労するかも。 【訪問日】08.09.14
 
●今回の探索は太平洋セメント(埼玉工場)の専用線だった西大家-高麗川
(こまがわ)間。太平洋セメントの停車場は高麗川寄りにあり、
探索は西大家から高麗川へと歩いて探索します。
距離も5km程度ということだったので徒歩を選択したのですが・・・
予想以上の探索苦戦となりました。理由は探索不可能地点が存在したため。
このための迂回で 1 時間以上のタイムロスとなりました。
その1では西大家からそのタイムロスまでの探索をご紹介します。ではどうぞ・・・。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
埼玉県・鶴ヶ島市にある東武越生線「西大家駅」。
今回は電車で現地へ移動、徒歩での探索を選択しました。

廃線跡訪問記 ブログ版
この廃線跡、「西大家-高麗川」間とは書きましたが実は西大家駅とは
接続しておらず「西大家- 一本松」間で分岐します。画像は分岐地点です。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
道路右側のスペースが廃線跡となります。
暫くはこのような判りやすい廃線跡が続きます。

廃線跡訪問記 ブログ版
上段は現在、下段は'84年現役当時の空撮画像となります。
このように一本松駅側から分岐していたようです。


廃線跡訪問記 ブログ版
何とも分かりやすい廃線跡でしょうか。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
特に立ち入り禁止などの立て看板もありません。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
分かり辛いのですが、小さな橋台跡を発見。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
その後も辿りやすい廃線跡が続きます。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
20~30分も歩いたでしょうか。すると・・・ナニコレ?
ご覧のように枕木らしきものが高く積まれております。ん?下には・・・
 
廃線跡訪問記 ブログ版
レールですよ、レール。かなりの確率でこの路線のものでしょうね。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
先へ進みます。次第に廃線跡を辿るのが難しくなってきました。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
更に難しくなり、仕舞いには雑草で進むことも出来なくなりました。
 
ここで冒頭にも書いたように、「探索不可能地点」にぶつかってしまいました。
廃線跡は辿れるものの私有地の感じになり、
雑草も酷く仕方なく大きく迂回することにしました。
この迂回で思いもしなかった 1時間以上ものロスとなってしまいました。

携帯のGPSを使いながら迂回先を探しましたが、ここは運悪く細かい
路地までは記載されないエリア。それでも何とか再び廃線跡と合流し
再び探索再開。場面はそれから暫く歩いたところから再開します。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
草生(くさむ)した廃線跡。コレをずっと歩いてきました。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
こちらはご覧のような状況だったので迂回することにしました。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
この辺りは舗装されていますが間違いなく廃線跡です。
 
廃線跡訪問記 ブログ版
ただし、正確には舗装面よりも若干左側を走っていたようです。

以上、「西大家-高麗川」間、中間地点までの廃線跡探索でした。
この間の距離は約 2.5km程なのですが、実際には 4kmほど歩いたでしょうか。
体力は消耗しましたが、「楽しみな」後半部分を心の支えに先へ進みます。笑
次回は太平洋セメントの手前まで、今も残るレール付き築堤跡の廃線跡を辿ります。