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長野原線(太子線)1 (群馬県/長野原草津口-太子) 後編

●「た、立ち入り禁止?」 さぁ、どうしましょう!?

・・・最初のトンネルの前に立ち、悩む。トンネルからはヒンヤリとした冷たい
空気が流れ出ており、猛暑で汗だくとなった体も次第に冷却されてきます。
ということはこのトンネル、「貫通」しているということに。ちゃんとライトも
持って来たんだけど、さぁどうしましょ・・・って、行くに決まってるでしょう(笑)。

 

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さて入り口まで来ました。相変わらず奥からは、ヒンヤリした空気が流れて来ています。
 
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中へ入ります。本来は「猛暑」なのにここは異常なくらいに「涼しい(寒い?)」です。
 
ところが・・・想定外のハプニングが起こりました・・・持ってきた「懐中電灯の
明かりが届かない 」んです!実は水根貨物線探索の際、
詳しくは触れませんでしたが、トンネル内のあまりの暗さに驚愕したのでした。

この時は「暗さに目が慣れるまで数分待ち」、かろうじて僅かに足元が見えたので、
あとはその携帯の明かりを頼りに先へ進み窮地をしのぎました。、
そんな経緯もあり、今回は「それなりの懐中電灯」を準備して来たのですが・・・

全然考えが甘かった。く、暗過ぎる、、、
「トンネルというのは光を吸収するのか!?」というくらいに暗いです。
しかも今回のトンネルの長さは前回体験したものより長いようでしたので
残念ながらここで引き返すことにしました。ということで、早々にして【宿題】&
【再訪問決定】になっちゃいました・・・。で、では次へ行きましょう、、、滝汗
 
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こちらは国道292号線を北上し、白砂川を渡ったところで合流する
廃線跡を南下するところからの連続写真です。見るからに廃線跡ですね。
 
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そして最後にはこのトンネルが出現。ちなみに先ほど断念したトンネルの
出口ではありません。この間に3つほどのトンネルがあったようです。
 
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しかし先ほどよりも潜入が困難そうです。入り口には水が溜まっていますし、
そもそもこの奥は崩落しており先へは進めないそうです。
 
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さぁ今度は戻ります。先ほどの4分割の逆バージョンです。
「廃線跡丸出し」ともいえる道路が心地良いです。
 
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今度は先ほどの国道292号線との合流地点まで北上し、
再び国道と廃線跡に分かれる地点まで移動。写真は既に廃線跡です。
 
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この辺りは普通に生活道路として再利用されているようです。と、
再び前方にトンネルが見えてきました。今度は通れそうですね。
 
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目の前まで来ました。銘板には『第二愛宕ずい道、自 46K263M78、
至 46K351M78、形式 2号型、延長 88M00』と書かれています。
 
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46kmというと起点は渋川辺りになるのでしょうか。それにしても"cm"まで
算出するものなのですね。写真は連続していたもう一つのトンネルです。
 
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2つのトンネルを抜けるとあとはこのように「ソレらしい」舗装道路が続きます。
ここを「マイチャリ」でどんどん北上して行きます。
 
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廃線跡と知らなければなんでもない写真なんですが、
知ってしまうと、なんとなくレールが浮かんできませんか?
 
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イキナリですが終着駅「太子」に着きました。
ちなみに読み方は「たいし」ではなく「おおし」と読みます。
 
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写真は「ホッパー跡」と言いまして鉄鉱石を車両に積む施設です。
その下に車両があり鉱石を積んだ筈なのですが、今は跡形もなく・・・。
 
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車止めが残っていました。周りにはお花畑やブランコがあり
小さな公園のようになっていますが、あのホッパー、大丈夫なのかな?
 
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このあたりが太子駅の入り口かと思われます。
手前へとレールが分かれていく様子が見えそうです。


以上、長野原線(太子線)跡レポートでした。実はレポート中、どうも天候が
怪しい(スコール系ね)のが気になってはいたのですが、
「せっかく来たんだ」と探索を強行突破していました。
そして太子駅を到着した頃に・・・「ゴロゴロゴロ」
最後の写真などは随分暗いかと思います。で、帰る頃に「ポツリポツリ」。
チャリMAXスピードで車へと急ぎました。汗
そして多少は降られましたが、大して濡れることもなく無事帰還。
そしてその後は・・・「スコール」が来なかったとさ。。。笑

長野原線(太子線)2 (群馬県/長野原草津口-太子)

●データ 【所在地】群馬県長野原町~六合村 【運営キロ】5.8Km
【開業】1945年(昭和20年)1月2日 【廃止】1971年(昭和46年)5月1日
【魅力】 少々難易度の高い廃線跡ですが、ルートは生活道路として
舗装化されていたりなど探り易い。トンネルも一部は入れない場所もありますが現存。
【訪問日】08.09.06


前回の訪問 から約 1ヵ月半、やり残した宿題をするために再訪問。
その宿題とは、ハンドランプの光が弱く潜入予定だったトンネルへ入れず・・・
というもの。ということで、その断念したトンネルへ再び再訪したのでした。
もちろん強力な「ハンドランプ」を携えて、ね。
 
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イキナリですが、前回断念したトンネルの前まで来ました。
さぁ、気合入れて行きますか。相変わらず中からは強烈な冷気が。
 
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まだまだ暑い季節だというのに、中は寒いくらいです。
そして風が流れて来るということは、「貫通している」ということ。
 
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トンネルを抜けました。結構長いトンネルでした。
300mくらいはあったでしょうか。中は湿気だらけでジメジメでした。
 
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そして目の前にはこのような光景が広がりました。
先は見渡せませんが、とりあえずは前へ進めそうです。
 
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途中、埋もれた木を発見。この形、たぶん枕木確定でしょう。
しかし雨上がりということもあり、歩き辛かったですね。
 
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何の問題も無く数百メートル進むと、次なる標的が出現。ここも長そうです。
ちなみに右側には川があり、その川は遥か下方・・・汗
 
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ここも同じような長さでしたが、違ったのが湿気の多さ。湿気というか、
もう「霧」でした。ライトも数メートル程しか届かず、正直恐かったですね。
 
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抜けました。ご覧頂ければ分かるかと思いますが、もう心霊サイトの
ようです(笑)。曇っているように見えるのはその「霧」のせいです。
 
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銘板発見。『境ずい道 自44'451"84 至44'801"84 型式2号型 延長350"00』
と書いてあります。つまりこのトンネルの長さは350mだったぞ、と。
 
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で、正面を見ると・・・そ、そんな。。。進路妨害も甚だしいです。
もうこれ以上進む気にはなれず、ここで探索を断念することにしました。

ということで、長野原線探索は一応これでほぼ全線制覇、
探索は終了となります。ちなみに最後の雑草だらけで進めなかった先には、
崩壊により貫通していないトンネルがあると思われます。
そのトンネルの出口が、「 長野原線-1 後編 」でご紹介したトンネルとなるようです。
 
ではここからは「番外編」として、数年後には「ダムの底」へと沈んでしまう
温泉地をご紹介したいと思います。長野原線探索へ行く過程において
偶然知ったもので、新たなダム建設によって沈んでしまうそうなのです。

現在ここを走る「吾妻線」や国道も一部ダムの水没にかかってしまうそうで、
そのため迂回する新線を建設中でした。どこかと似ていませんか?

実は以前ご紹介した「井川線」と同じ状況なんです。
ダム名は「八ッ場(やんば)ダム」、沈むのは「川原湯温泉」といいます。
ただし、完成は数年後の予定なのですが、反対運動や難工事に加え、
資金的な問題もあり一説には完成は10年以上延びるのではないかとの
憶測があります。しかしながら見た感じでは工事も相当に進んでおり、
後々この街がダムに沈むことは確実と思われます。ということで、
工事の進む川原湯温泉周辺を探索して来ました。どうぞ進捗風景をご覧下さい。

 

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近くにある「やんば館」にて撮影。工事状況や周辺のジオラマ、
その地域の歴史に写真などが展示されていました。
 
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「やんば館」の外へ出ると、このような光景が。JR吾妻線です。
上が建設中の「新線」で、下が旧線・廃線となる「現在線」です。
 
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ダムに沈む予定の「川原湯温泉」。この温泉街、
上方へ移動し温泉を汲み上げて営業を再開するそうです。
 
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工事の進む国道145号線の迂回路。最初は「ナニコレ?」でしたね。
井川線の「奥大井湖上駅」の工事もこんな感じだったのでしょう。
 
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鉄道マニアの間では有名らしい日本一短いトンネル「樽沢隧道」。
ちなみに自分って鉄マニア? 実は現在線には全く興味が無かったりします。^^;
 
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こちらは吾妻川の大渓谷にある鹿飛橋。
暑い季節でしたが画像の通り、涼しかったですねー。


以上、短いご紹介でしたがダムに消える温泉地「川原湯温泉」でした。
渓谷はもっとゆっくり見たかったですね。ちなみに最後の2枚、
樽沢隧道と鹿飛橋はダム底へ沈むようなことは無いそうです。
湖底へ沈むまではまだ猶予はあるようですが、
期限が迫ってくるようでしたらまた訪問したいと考えています。

日本煉瓦専用線1 (埼玉県/深谷-上敷免)

●データ 【所在地】埼玉県深谷市 【運営キロ】 4.2Km
【開業】 1895年(明治28年)7月 【廃止】 1975年(昭和50年)3月
【魅力】 廃線跡というよりは、もう遊歩道化されて当時の面影を探すのは難しいものの、
 この路線の役割というのはそれは素晴らしいものでした。 【訪問日】08.06.21


●実は全く予定をしていなかった廃線跡探索でした。たまたま友人と通りかかった深谷の
ダイ○ー(笑)。「ここら辺って確か・・・」。その僅かな記憶を辿り、携帯で調べてみると
 まさに今居る"駐車場の隣"が廃線跡と判明。そこで血が騒ぎ出してしまった私は急遽、
友人そっちのけでの廃線跡探索となったのでした(笑)。ということで当然デジカメなど
所持している訳も無く、携帯での撮影となりました。短編モノですが・・・どうぞ。
 
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某"百均最王手"の駐車場。今見えている陸橋が廃線跡です。
もちろん当時は踏み切りだった訳で。少々画像が暗いですが・・・
 
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これは訪問が夕方だったため。携帯のカメラですし仕方ありません。
写真は既に廃線跡。綺麗に遊歩道として復活しておりました。
 
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「深谷駅」方面へと向かいます。「右が自転車」で「左が歩行者」専用と
なっているようです。それにしてもこの「曲線」はいかにもソレらしいですね。
 
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暫くこの緩いカーブが続き、最後には現・高崎線と並行するように
合流して行きます。と言っているうちに高崎線の架線が見えてきました。
 
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所々にこのような案内板が立てられていました。
「レンガ工場までは3.5km」か。今日はちょっと行けませんね。
 
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ある橋に到着しました。うーん、これは橋台と橋桁部分を見て
即「当時のもの」だと直感。このような遺構は非常に嬉しいですね。
 
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『つばき橋』というのですね。それにしても先ほどからうすうすと
気付いてはいたのですが、非常に多くの煉瓦が使われていますね。
 
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深谷駅方面の廃線跡です。もう暗くなってきて分かり辛いのですが、
中央の分離帯も煉瓦造りです。さすが「煉瓦専用線」といったところです。
 
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ということでこれにて「日没サスペンテッド」、強制終了です。
最後は空撮にて、当時の「つばき橋」周辺の状況を見てみましょう。
 
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1974年と現在の比較です。陸橋も出来て随分と様変わりしました。
ただ廃線跡は、遊歩道化していることもあり良く分かりますね。
 
帰宅してから当然の如くこの「日本煉瓦専用線」について調べてみたのですが、
調べれば調べるほどこの廃線跡がモノ凄く重要な路線だったということが判明しました。
また、コレだけでは終わらせてはいけないということも・・・ということで即再訪問決定。
そこでひとつだけヒントです。「煉瓦」に関係することです。調べちゃダメですよ(笑)。

日本煉瓦専用線2 (埼玉県/深谷-上敷免)

●データ 【所在地】埼玉県深谷市 【運営キロ】4.2Km 【開業】1895年(明治28年)7月
【廃止】1975年(昭和50年)3月 【魅力】廃線跡というよりは、もう遊歩道化
されて
当時の面影を探すのは難しいものの、この路線の役割というのはそれは素晴らしい
ものでした。 【訪問日】08.10.25
 
●再訪を決めた 前回の訪問 から約 4ヶ月後、再びこの地を訪れました。
前回UPした後半のまとめの部分で、『この路線は、非常に重要な
路線だった
ということが判明した』と記しましたが、ここでタネ明かしをしたいと思います。

実はこの「日本煉瓦専用線」はその名の通り、
製造したレンガを各地へ運ぶ路線として大活躍をしていたのでした。
そしてその各地へ運ばれた場所と言うのが・・・「日銀旧館」や「迎賓館」、
また東京都にある鉄道施設の「高架」部分に使われたり、更には「東京駅」や
以前に当サイトでもご紹介した「碓氷峠」にあった めがね橋
旧・丸山変電所 のレンガもここで造られ運ばれたものだったのです。
まさかこのような凄い場所だったとは思いもしませんでした。
だから最寄の「深谷駅」もあのような東京駅をモチーフにしたレンガ造りだったのです。

もう納得づくめでした。そんな凄い廃線跡とは知らず、前回は中途半端な
探索で終わってしまったので、今回はしっかりと探索したいと思います。

 

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廃線跡らしい緩やかな右カーブです。遊歩道として復活中。
 
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全線に渡り右側が「自転車」、左側が「歩行者」と決められております。

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今回は探索は前回の未達部分、レンガ工場方面への探索です。
 
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と、その前に、レンガ工場手前の新旧空撮映像を比較しておきましょう。
上部がレンガ工場、下部が深谷駅方面です。さほど変化は無いようです。
 
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レンガ工場手前に小さな橋を見つけました。
小さな橋ですが、見事にレンガが組み込まれております。
 
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そして少々進むと・・・「備前渠鉄橋」という橋が現れました。
なんと重要文化財に指定されているのですが、その橋とは・・・
 
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この橋でした。正直私には「その価値」が見出せなかったのですが、
重要文化財指定ですし、さぞ立派なものなのでしょう。
 
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横から撮影。これは恐らく当時のガーター橋ですね。ちなみに先ほどの
レンガ橋も含め水が枯れ気味ですが、以前は多くの水があったようです。
 
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Uターンして「福川」という川のところまで戻ってきました。
すると、廃線跡の脇にこのような橋が。コレは一体?
 
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ではタネ明かしの前にこの周辺の新旧空撮画像です。
川の位置が治水のためか、随分と変わったようです。
 
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ではタネ明かしです。この橋は「福川鉄橋」といい、
この傍にある川に掛かっていたものを移動、保存したもののようです。
 
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ただ、ガーター部分や枕木は当時のもののようですが、どうもレンガが
新しいんですよね。これは当時のものではないかも知れません。
 
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ただ、このように大切に保存されているということは
この廃線跡がどれだけの功績を残してきたかの証明ですよね。
 
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レールが幾分か上下に波打ってますが・・・そこはご愛嬌です。
ちなみに隣は小公園となっています。


以上で「日本煉瓦専用線」は完結です。
僅か 4km少々という廃線跡でしたが、ここで製造されたレンガが
全国各地へ運ばれ散らばっていったことを考えると、
実態より遥かに長い廃線跡なのかも知れませんね・・・。

安比奈線 (埼玉県/南大塚-安比奈)

●データ 【所在地】埼玉県川越市 【運営キロ】3.2Km
【開業】1925年(大正15年)2月15日 【廃止(休止)】1967年(昭和42年)3月29日
【魅力】特に危険な箇所はなく、「初心者」に優しい廃線跡。ただ、車両基地として
復活の話もチラホラ。現に新しいレールも敷設・・・廃線跡ファンは急げ !?
【訪問日】08.06.14

●廃線跡の登竜門的存在ともいえる「西武・安比奈線」。総距離も
3km少々と散歩がてら歩きでも十分に満喫できる廃線跡です。

ちなみに私は車に「マイチャリ」を積んで訪問、最寄駅の南大塚駅近くへ車を
止め探索をしました。この安比奈線、実は廃線ではなく「休止線」扱い。
しかも驚くことに「復活」の動きさえ出てきているのです。
そのためか、以前はほぼ開放状態だった"廃線跡"に柵が設けられて
"立ち入り禁止"を大きくアピールするようになりました。

「復活」の話を少々すると、終点だった「安比奈駅」周辺に西武が
「車両基地」を設けたいようです。果たして実現はあるのか・・・。
 
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やってきました、埼玉県・川越です。写真は西武線「南大塚駅」。
近場へ車を止めて「マイチャリ」を引っ張り出し探索開始です。
 
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さっそくありました。これに間違いなさそうです。錆び付いたレールに
そこへ乗っけられた車止め用の木。まさしく廃線跡ですね。
 
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駅を出て少々歩くとこのような踏切が現れます。もちろん電車の来ることは
ありません。でもこの線路、実は廃線跡ではなく"将来のため"のものらしいです。
 
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こちらが本当の廃線跡。所々で「歪み」のきているところがまた
いい雰囲気を醸し出しています。架線柱は木製だったようです。
 
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以前は自由に入れたようですが、今は残念ながら立入禁止です。
徐々に「復活作業」が進んでいるという解釈で宜しいのでしょうか?
 
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さぁ国道16号線と交差する地点が近づいて参りました。
国道16号線といえば、交通量の激しいイメージがありますが。
 
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もし「復活」となったらこの交差部分はどうなるのでしょうか?
やはり踏み切りにするのでしょうか。それとも高架?
 
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国道16号を渡り少々したところです。中にはご覧の通り立て札が。
この立て札、比較的新しいところを見るとやはり・・・。
 
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「復活」の噂はあるものの、中にはこんな場所も(笑)。
完全に立ち入ってるようですし、そもそもこの綺麗なお花って、、、^^;
 
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更に進むとこんな状態でした。さすがに進むことが出来ず断念します。
ただこの架線柱の支えみたいなのは後から付けたようですが。
 
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かなり進んできました。この辺りは築堤となっているので
廃線跡の判別は容易です。写真には小さな橋が写っています。
 
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そして廃線跡は森の中へ。緑溢れる森の中に一本の道。絵になります。
 
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森を抜け暫く行くと小さなガーター橋が現れました。
枕木も腐りつつもしっかりと残っています。
 
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途中で道路の築堤に分断されますが、これをクリアし
モトクロス場らしきところを過ぎると終点、「安比奈駅」に到着します。
 
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と、言っても残念ながら駅らしい跡はもう何もありませんが。
ただ車止めがあったようなのですが、草木の背が高くて確認出来ず。
 
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その代わりに草むらにこんな物を発見しました。
ポイント切替え装置の一部でしょうか。


ということで安比奈線は以上です。もう少々「安比奈駅」周辺を
探索したかったのですが、実は夕暮れ時だったこともあり、
暗くなってしまいサスペンテッド強制終了となってしまったのでした。

それにしてもご紹介中にも何度か触れましたが「復活」の話、
地元・川越市も結構乗り気のようで「今すぐどうこう」ということは無いようですが、
本当に現実味を帯びてきたという感じです。もし仮にそうなったとしたら・・・
もちろん私の興味の対象から外れますね(笑)。廃線マニアは急げ!?