鹿島鉄道3 (茨城県/石岡-鉾田) その1
【開業】1924年(大正13年)6月8日 【廃止】2007年(平成19年)4月1日
【魅力】過去の廃線跡巡りの中では最新の廃線跡。新しい廃線跡なので遺構の
ニュースにもなったので、ご存じの方も多いかと思いますが、
そしてなんと、この空港までのアクセス路線としてずっと空き地となっていた
旧駅名でいうと「石岡」から5つ先までの「四箇村(しかむら)」までの
さっそく見て来ました。掲載は「 太平洋セメント専用線-2 」のように、
訪問時(08年11月1日)に撮影したものです。黄色い囲みが前回です。
かつてはここに、「かしてつ」のホーム(左側)がありました。
ちょうどこの下に、「かしてつ」のホームはありました。
一部整地され、放置された廃線跡が奥まで続いていました。
どうやら、ここからバス専用道として生まれ変わったようです。
「石岡駅」からです。おや、枕木ですね。今はステップとして活躍中です。
このように各所に「遮断機」が設けられています。
このような廃ガーター橋が架かったまま放置、残っていました。
違いますが、完全に手直しされ、以前の様子は跡形もなくなりました。
当時は、このようにレールも一部現存している状況でしたが・・・
上の写真はこの写真、右手から左方面(石岡駅)を見て撮影しています。
以前はこのような状況でした。萌え萌えな廃線跡でした(笑)。
らしく、道幅も広くなりました。これでは橋台跡が残る筈もありませんね。
これを見て思ったのですが、廃線跡とバスの幅って結構・・・
行き違いをして行きました。時間通り、ピッタリ行き違いをしたようです。
線路を剥がした状態で、バラストも残っていたのですが・・・
見て良かったのと、そのままであって欲しかったのと、複雑な気分です。
鹿島鉄道3 (茨城県/石岡-鉾田) その2

非常に「立派な駅」だった印象があります。そして今はというと・・・

相変わらず跨線橋も入れないようになっているようです。

レールのみが無くなったような状態でしたが・・・

複雑な思いですが、ここはあえて「復活おめでとう」と祝いたいと思います。

レールさえあれば現役なのでは、と思えるような光景でした。


思い出し行ってみました。以前はこのような状況でしたが・・・


廃線跡です。当時は廃線跡丸出しで、個人的には大好きな絵でしたが・・・

「大谷津南」という名のバス停として生まれ変わったようです。


すぐ先にもバス停がありますが、あそこは「南台三丁目」のようです。

現役線ではないのか?と錯覚するほどの遺構ぶりでしたが・・・

ですが路盤跡までも削られていました。駅のあった場所まで行きましょう。

駅手前には距離標も残り、非常に錆びたレールが印象的な駅でした。

ただ、バス停名は当時を引き継ぎ、「東田中駅」のままとなっています。
鹿島鉄道3 (茨城県/石岡-鉾田) 最終回
また、オマケとして前回印象に残っていた「桃浦駅」と、震災の影響を

前回訪問時の状況はこうでした。全てモノが残っている感じでした。

周りの景色と照らし合わせることで、ようやく同じ場所だと認識できます。

線路は更に先へ続き、信号機も残っていました。

同じ場所だということが分かると思います。綺麗になりましたねぇ。

ほぼ手つかずの状態でした。そしてバス開通後はというと・・・

比較してみると、どうやら線路上に土を盛られ、均(なら)されたようです。


バス交換ができるスペースが造られています。バス停名にも注目です。

ではこの先の部分はどうなっているのでしょうか。前回はこうでした。

ちなみにこの先は、元々レールを外されていた区間です。

何故か安心しました。いいでしょう、この光景。隣はすぐに霞ヶ浦の湖面です。

いったい何処へ行ったのでしょう? 盗まれたのでなければいいのですが。

未だに「信号機」は健在でした。そして次は「鉾田駅」へと向かいます。

目にすることに・・・その「崩壊した」というウワサは本当でした。。。

いました。これはもちろん、「東日本大震災」の影響を受けたものでした。

皆無に等しい状況でした。中央のレールさえも傾いている状況です。

奥には「キハ601」クンも居て、静かに余生を過ごしていました。

なっていますが、ホームが歪んでいるのが分かると思います。残念です。
正直、こんなところよりも他に直すところはたくさんある訳で、
できることなら、最後の最後で構わないので・・・(順番が)
わたらせ渓谷鉄道旧線 (栃木県/神戸-沢入)
神戸側より探索。分岐点直後の廃線跡は判別難所ですが
トンネル以降は遊歩道化されています。【訪問日】08.10.13
●「わたらせ渓谷鉄道」。実は以前の探索でも登場したことがあります。
「 足尾線 」で登場しました。この時は「わたらせ~」の北側の終点、
しかしこの「わたらせ~」、実は営業中の路線にも廃線跡は存在したのです。
それは途中にあるダムが理由。そのダムの名前は「草木ダム」。
そしてこのダムが建設される際、「わたらせ~」の一部がダムに沈むことに。
そのため一部路線変更を余儀なくされることとなり新線を建設、
そしてこの時に新たな廃線跡が生まれたのでした。今回はこの時に生まれた

今回は電車で移動。両毛線を使って桐生まで出て、わたらせ渓谷鉄道に。
都会では見られない車内の様子に驚きました。というのも・・・

目的地へ着いたら乗るのでしょう、一緒に自転車を積んだ乗客が居たり、
車掌さんが沿線のパンフレットを配りに来たり・・・ローカル線ならではの光景です。

「神戸」到着です。ちなみに「こうべ」ではなく、「ごうど」と読みます。
この駅には廃車両を利用したレストランがあります。

このレストランで「カツカレー」を食べ、歩いて足尾方面へ向かいます。
写真はわたらせ渓谷鉄道をオーバークロスする道路上から撮影。

旧線と新線の分岐点地点までやってきました。
旧線は左へ折れることなく、まっすぐに進んでいたようです。

この道路の左側を少々高い位置で走っていたようです。左側の石積みは

「草木ダム」建設により役目を終えた「琴平隧道」です。しかしこのトンネル、随分と

入口全体図です。ご覧のように短いトンネルです。
トンネル出口には、落石防止用のロックシェードが見えます。

トンネル内部。下調べではSLが走っていた頃の「煙の煤(すす)」が残って

私の好きなショット、トンネルの内側から外を望みます。
失われてしまった築堤を含め、なんとなく線路跡が浮かびませんか?

外へ出ました。即ロックシェードが廃線跡を覆います。

廃線跡は少し登りながら緩やかに右へ。遊歩道化されております。

するとこんなモノを発見。これは草木ダム建設の際、
迂回線として一時的に渡良瀬川を渡った時の橋梁の遺構と思われます。

今回、時間の都合もあり探索は行いませんでしたが、対岸にある

更に進むと「草木ダム」が見えてきました。廃線跡も当然終了。
ここからはダムを見るため、左右へと続き高度を稼ぐ遊歩道を登ります。

距離的には推定 500m少々と、これまでで一番短い探索だったでしょう。
この「草木ダム」建設のために廃線となった距離は約 7.5km。
ちなみに今回探索はしませんでしたが、ダムに沈んだ反対側(沢入駅側)路線も
早い段階に"水の中"のようで、殆どの部分がダムに沈んだようです。
ちなみに以前もちょびっとだけご紹介しましたが実は私、半"ダムフェチ"。
高い所が苦手なクセに高い所ばかりのダム、矛盾してますが好きなんですよね(笑)。
長野電鉄木島線(河東線)1 (長野県/信州中野-木島) 前編
【開業】1925年(大正14年)7月12日 【廃止】2002年(平成4年)4月1日
【魅力】まだ廃線としては新しいものの、夏場では雑草等が生い茂り行く手を阻む。
一部は道路化されたが、それ以外では廃線跡を辿るのは容易。 【訪問日】08.09.20
●今回の訪問地は長野県にある河東(かとう)線。地元の方々には木島線とも呼ばれて
訪問したのは富山県や新潟県に近い北部にある飯山市。この辺りは冬は大雪に
この暖かい(暑い)季節、探索にツキモノなのが「雑草」。ただ、そんなことはある程度
今回の探索予定は徒歩で約13km。日頃から体力づくりもしてきたつもりでしたので、
このくらいの距離ならば問題はないだろうと思っていたのですが・・・
しかし「雑草」に加え「暑さ」が容赦なく私を襲います。大苦戦のレポートをどうぞ。

早速ですが「飯山駅」に到着です。長野新幹線で長野まで出て、
飯山線で揺られること45分、20km先となるこの場所までやってきました。

駅を降りて辺りを見回すとこのようなものが。
この時は分かりませんでしたが、後々探索中で答えが出てきました。

千曲川の土手まで出てきました。まず目に入ったのがコレ。どう見ても

最初の目的地「木島駅」を目指します。「これが千曲川か・・・」
・・・などと言いつつ、予想以上に距離があり、既にクタビレ状態です(苦笑)。

途中の「セブンイレブン」で簡単にメシを食って遂に「木島駅」到着。
予想外に広い敷地で少々面食らいました。

バスターミナルとしても使われていたそうです。それは広い筈です。
今でもバスが数台停まっていましたが、発着しているのでしょうか?

そして裏手へ回り、遂に河東線ホームと対面・・・「なんですか、コレは?」。
ご覧のように雑草だらけで、とても先へ進めるような状況では無く・・・

脇にあった道路に沿って進みことにしました。
駅を出て数百メートル、ずっとこんな調子でした。

ちなみにレールは全て撤去されてありません。
ただ踏切部分にレールは残っています。嬉しいですね。

更にこの先も写真のような「ジャングル状態」が続きます。
架線柱に絡みつくツタも前回の「太平洋セメント専用線」同様、凄いです。

レールはありませんが、バラストは残っております。
時折、写真のような鉄道施設も残っております。

旧「信濃安田駅」まであと200mほどかというところで、
ようやく歩き易くなってきました。誰か手入れでもしたのでしょうか?

左上から、「踏切跡」に「アスファルトの中に眠るレール」、
「落ちてしまった進入禁止札」に小さな「橋台跡」です。

緩いカーブ、奥の左側に「信濃安田駅」はあった筈です。

しかし駅の手前はこのような状態、駅があったであろう場所も
今は空き地で何もありませんでした(残念ながら写真を撮り損ねる)。
木島線唯一のトンネルがデーンと待ち構えています。
以上、河東線前半戦でした。ご紹介した木島駅から信濃安田駅までは僅かに 1.5kmほど
こともあって既に 4km以上は歩いていました。
ということで、後半では完全に体力切れ&更なる「ハプニング」で、かなりヤバい
後半は河東線唯一となるトンネルのシーンから再開致します。