サーフィンの流体力学
ここ数年、サーフボードを作っている。
僕は20年かけてちょこちょこマイペースで自宅の古民家をリフォームした経緯があって、大工は嫌いではなかった。
今ではやろうと思えば家も建てられる。
サーフボードはプロサーファーになってから、数えてないけど、合計で200本ぐらいは乗ったと思う。
世界各国を旅しながら、世界各国から来るトップ中のトップのサーファーのボードを見てきた。
あのボードはああゆう形とロッカーで、この波に対してどのような動きをするんだろう?とか。
スピードのつき方やターンの切れ味やテイクオフの早さとかノーズのホールディング状態などごく普通に見てきた。
なので、サーフボードを作るにあたって、家のリフォームもそうだけど、すべてほぼ独学。
リフォームに関しては少しだけ人に聞いたことがあるんだけど、サーフボードのシェイプは独学で、なんとなくこうだろうと思ってやってきた。
そして、自分で削ったボードを水につけてパドルし始めた瞬間に、ある程度わかるんだよね。
水の流れが感覚でわかるんだよ。
沖について、波が来て、一本波を捕まると足の裏がセンサーになっていて、どこに水が流れて行くんだろうと、だいたい2、3本乗るとわかるんだよね。
削った最初の一本は、失敗したくないから、長い時間をかけた。
どのくらいかと言うと、頭の中で3年ぐらいはシュミレーションをした。
実際に削り始めてからは、ゆっくり、ゆっくりやって、1ヶ月ぐらいはかかった。
完成して、水につけて、パドルし始めた瞬間に、いけるぞ!と確信し、一本目からノーズが決まった。
ノーズの調子は、今まで乗った200本近いボードの中でも3本指に入るほど調子が良かった。
でも課題がカットバックだった。
でも、それもすぐさまになぜ?そうなったかを理解し、よし!次はテールをこうやろう、ああやろうとわかった。
そんな感じで、今はサーフボード作りが楽しくなってきて、朝起きたら1時間半ぐらいシェイプして、そのあと散歩に行って軽いトレーニングをしたり、スクールしたり、前よりも1日のルーティンが決まってる日々だよ。
次はミッドレングスに挑戦する。
サーフボード作りで大事なのは、乗り手の技量と体格と運動神経と、どういう波でサーフィンするのか? どうゆうスタイルでどうゆう技をしたいのか?ということで、サーフィンスクールで3ポイントシュートのようにバンバン良い波に乗せているからわかるんだぁー。
自信がついたから、ようやくお客さんの注文を今年から受けつけてて、ここ3年ぐらいはたくさんオーダーが来たけど、ずっと断り続けてたんだよね。
震災から12年
ひとたび原子力発電所の大事故が起きたら、取り返しのつかないことになると大部分の国民が知った。
そして、溶け落ちた燃料を冷やす為、ひたすら水を循環させ、そこに汚染水が生まれる。
この水の循環はこの先何十年続くのか?
それとも100年続くのか?
正確なことは、僕にはわからない。
汚染水を今年、海に流すらしいが、それはこの先未来、繰り返し、繰り返し、行われる。
問題のトリチウムは、安全、安全と言うが、ちょっとの毒も毒は毒である。
海は広いから、薄まって拡散するので、問題ない問題ないと言うお決まりのパターン。
少し考えれば誰でもわかるが、問題ないなら、なぜ1キロも配管を沖合まで伸ばす必要があるのだろうか?
再処理工場もそう、問題ないなら、なぜ配管を沖合3キロまで伸ばす必要があるのだろうか?
普通の水だったら、岸から流せばいいんじゃない。
なるべく岸にたどりつかないように、計る人になるべく数字を少なくみせる為に。
他の国もトリチウムを流しているから、問題ない、問題ない、、、その周辺では白血病が増えている。
嘘をつきながらしかできない代物、それが原子力だということを推進派も反対派も十分知っている。
たくさん発電できて、たくさんお金儲けができて、それぐらいは我慢しなさいと言う心。
しかし、震災前に何度も言ったように、大自然を甘く見すぎたね。
そして、それはこれからも続き、断層の真上にいくつ原子力発電所を建てたの?
僕が知っているだけでも、4つはある。
そんな中で日本で生活していて、放射性物質入りの食事を自分も含めてみんなしている。
反対運動をやりすぎて、いろいろ辛かったこともたくさんあったから、できればそんなことを知らずに鈍感に生きていたかった、あるいは無関心で自分の肥やしを増やすことや大好きなサーフィンの試合に勝つことだけに力を注ぎたかったと考えることが多々あるが後悔はないよ。
けど、世界40カ国も危険な海を石橋叩いて進んだ人生で、その旅の中で世界は再生可能エネルギーの普及を率先しているやなか、震災前の日本はというと再生可能エネルギーはほぼなかった。
もし、震災が起きなかったと考えると日本は今だに再生可能エネルギーのことを考えていなかったように思える。
物作り世界一、技術も世界一、貿易大国日本が。
ウクライナ戦争でエネルギ-のコストが上がり、ほれみろだから原子力は必要との声は今まで本気でエネルギ-のことを考えてこなかったつけで、日本の政府の舵取りが片寄ったやり方だということを認識した方が良い。
既得権益にしがみつき、年功序列で上のものに意見を言いにくいことがあだとなった結果だと思う。
もちろん、年功序列が悪いと言っているわけではなく、良い新しい技術はみんなで話し合うことが必要という意味で。
最近、首都圏60万人、ガンとか言う本があることを知ったから読んでみようと思っている。
おそらく、自分にとって驚く内容ではないけど、正確なデータは知りたい。
それと、どうやったら段階的に原子力発電以外で電力をやっていけるのか?ということに興味津々な自分がある。
ベースロード電源の確保をしながら、周波数の乱れがなく、大停電も起きなく、コストも納得する形で、どうすれば安定供給出来るのか?
写真は、2012年に植えた桜。
山から苗を取ってきて植えたんだよ。
桜の成長スピードには驚かせるね。
それと、去年の春から庭に居座り始めた黒猫。
この猫、以前いた片目、片足のトラの数少ない友達で、死んだトラの後継者って感じで、まだ2歳ぐらいかな?
朝からニャンニャンうるさいんだよ。
奄美大島
8年ぶりの奄美大島
奄美大島は日本で最も美しい大自然が残る島の一つで、もっと言えば世界的にも最も美しい島の一つである。
空港に着き、友人のゆうせいのサーフショップ、CAN NEN SURFに到着。
その時、不思議と西郷隆盛氏のことが脳裏に浮かんだ。
その瞬間である、なぜだがレンタカーのナンバープレートに目をやり、飛び込んできた番号が1219。
1219は僕の誕生日で、自分の中では勝手に言いに行くと解釈しており、あーまた始まったんだなーと、かつてのサーフィン連盟の革命や再処理工場のことを思い出しながら、この旅はきっと未来につながると予感した。
一見、数字がなんだと思うかもしれないが自分の人生はこうゆう偶然が多すぎる。
今回の訪島は、サーフボードの試乗会とマイクロプラスチックの講演で、特に子供達に講演することが目的だった。
島の子供達はとにかく元気で、どこか?都会の子供達とは違う目をしていて、生き生き強い目をしていた。
自分が泊まった宿のオーナーも川崎出身で、息子のぜんそくが奄美に来たら治ったので、家族でこちらに引っ越してきたと微笑ましい話をしてくれた。
真冬の奄美大島は初めてで、東シナ海側で腰ぐらいの波で子供達とサーフィンをし、夜はラスタビッチ主演の映画、ネバータウンを見た後に自分の講演をした。
夜9時過ぎだったので子供達は寝てしまうと思いきや真逆で、目がぱっちり開いているではないか!!
これには僕はびっくりして気合いが入ったね。
でも、気合いを入れすぎるとみんなが離れていく過去があったので、ゆったりと和やかに自然のリズムを感じながら講演を進めた。
話した内容は欧米の例を出し、まず、高波が来る海の前に住んで、税金で堤防をつくるなら、少し海から離れているところに住んだほうがいいと説明。
次に東日本大震災のその後のエネルギー普及の話や採算を合わす意味で原子力をやりたいことやベースロード電源をどうやったら確保できて、原子力以外でどのような電源供給がベストなのかを軽く説明した。
次にマイクロプラスチックを減らす方法をみんなで考えようと説明。
しかし、びっくりしたね、波打ち際は漂着ゴミが列をなしていて,特に中国から流れてくる漁具の多さにびっくりし、その多さは尋常じゃない。
誤解がないように強く言うが、日本のゴミはごく一部で、ほとんどが中国や東アジアの国々から流れてくるもの。
いくら毎日、毎日、拾っても、嵐の翌日は再び漂着ゴミであふれかえっているのだ。
この漂着ゴミ、実はスチレン油に変えることができる。
まず、高温焼却が可能な適切な施設で処理した後、スチレン油に対応できるように漁船のエンジンを改良すると言う新しい循環サイクルが存在する。
そうすれば、廃棄コストの削減にもつながり、離島の海岸美化にもつながり、食卓にマイクロプラスチック入りの魚や貝も減る。
しかし、スチレン油に変える施設は離島にはない。
税金をテトラポットや過剰な護岸工事に使うなら、護岸工事屋さんにスチレン油を精製する施設を作ってほしいものだ。
中国から流れてくる漂着ゴミはすぐには減ることはないので、臨機応変に新たな事業を考える時代に突入している。
たくさんの人達が協力すれば、いいアイデアが浮かび、そこにお金というものが落ちる仕組みを構築すれば、手と手を取り合うことにつながる。
もちろん、簡単には言ってないが、みんなにとって必要なことに税金を使って欲しいものだ。
最終日は運良く胸、肩ぐらいまでサイズが上がり、飛行機に乗るまでギリギリの時間までサーフィンしたよ。
そして、勝浦に帰ってきて、パソコンで漂着ゴミの活用と調べていたら、このスチレン油のことが書いてあった。
もちろんコストの問題もあると思うが、奄美の行政も少しずつこの漂着ゴミの処理に動き出していると聞いた。
8年ぶりの奄美大島は3泊4日だったが、5泊6日ぐらいに感じる内容の濃い旅となった。
前橋工科大学講演
近年、インターネットの普及により、物事をネガティブに考える若者が増えている。
心をワクワクして大学に入った途端、コロナ禍に突入し、ステイホームを強いられ、部屋の中でインターネットを見過ぎてネガティブな意見に反応しがちな若者が急増しているのだ。
これは若者だけに限ったことではなく、日本全体がそうゆう雰囲気になっている。
一番いいのは、いらない情報は見ないこと、それに限る。
でもそこは人間、人の意見が気になるのは普通のことで、特に日本は恥を嫌う文化が強かったり、歩幅をみんなに合わせなきゃいけないみないな文化もあり、どこか?人の意見を気にしすぎなところが多々ある。
人は失敗するのは当たり前で、失敗から学び、次はうまくやろうと思うことだろう。
しかし、どうも何かをやる前から批判されるかもしれないという精神状態に陥っている若者が増えている。
人は生活が充実していれば、ネガティブな意見を払拭する力があるが、生活が充実しなくなると精神的に弱り、よりネガティブな意見に反応しがちだ。
そんな大学生を励まそうと、自分の体験談を元に講演をしたのだ。
サーフィンから学んだことや旅の大切さ、自分より10歳も20歳も年上のいい先輩に出会うと的確なアドバイスをもらえたり、正しい道が見えたりして軌道修正する。
大切なのは何かに夢中になること。
そうするとネガティブな意見は無視することができる。
酒は飲んでも飲まれるなじゃないけど、ネットを見ても呑まれるな。
他には世界を旅したことや環境が急速に汚れて来ていることも話した。
それと、いい職場に出会うようによーく観察してから選ぶことをすすめた。
アメリカでも半数の人が人間関係で悩んでおり、嫌な人がいると本当に体力を消耗する。
ある人類学者が言うには、人の幸せは、お金があろうとなかろうと、良質な人間関係につきると言っていて、僕もそう思う。
もちろん、必要最低限なお金は必要だが。
そんな話もした。
大学生達には変わった授業だったように思えるが、少しでも生き生きしてくれれば、それでいいのだ。
話変わって、来週はじめは記録的大寒波。
月曜日頃は、関東で雪が降るのかな。
Big low
ビッグロウ。
上の天気図が語っていることは、北太平洋全体において反時計回りに回る巨大な低気圧が形成されたこと。
こういう気圧配置は年に一回、二回程度。
一般的には負の北極振動と呼ばれ、北極に高気圧が形成されたことにより、中緯度に巨大な低気圧が形成される。
九州、四国では40年から80年ぶりぐらいの大雪になり、北陸地方ではこれからが峠を迎える恐ろしい大雪。
考えてみれば、12月はじめに20度近くもあった日本列島。
中緯度と北極地方の温度差があればあるほど低気圧は発達するので、極地方の寒気が一気に南下して記録的大雪になることは12月はじめにある程度は予測できた。
来年の12月も暖かいと思うから、こうゆう極端な気象変化は今後も続くと思う。
海水温は相変わらず最高値を叩きだしており、びっくりするぐらい海は暖かい。
温室効果のみが海を暖めた説から、温室効果➕温排水➕海底火山が海を暖めている説に移り変わる時代が来ることだろう。
このビッグロウにより、幾分、極地方と中緯度の空気がかき混ざり、丸い地球が温度差を整えたので、今後、極端な大雪はおさまると思われるが、1月もちょっとわからないね。
感動のワールドカップ
小学校6年生、少年時代はサッカー小僧だった
日本代表の決勝リーグ進出は、本当に感動した。
ヨーロッパの強豪、ドイツ、スペイン相手に勝利したことは世界中が驚いたと思う。
僕は、20年以上前から日本は強くなると思っていた。
理由は静止時から10メートルまでのダッシュでは、日本が世界最速だからだ。
しかし、弱点としてはヨーロッパや南米の選手はサッカーの歴史も古く、自分達よりも優れているという思い込みがあった。
これはサーフィンの世界でも昔よくあったことで、戦う前から弱気で波を譲ったりしていて、精神面で負けていた。
ここ20年、ヨーロッパのクラブで活躍する日本人選手が増えたり、海外選手と一緒にいることでいろんな事に気づく。
思っていたほど、たいしたことはないと。
これは自分にも起きたことで、世界の強豪と一緒に生活したり、遊んだりすると、いろいろ長所、短所が見えてきたりする。
そうすると、勝てるんじゃないかと思うようになってくる。
精神面で同列に並ぶことにより、持っているパフォーマンスが発揮できるようになる。
それと長年、日本代表の監督は外国人が多かった。
これは日本サーカー協会の逃げだったように思える。
日本人が監督をやると代表を選ぶ時にひいきがあったり、内輪で固めたり、いろんなクレーム対応がやだから、外国人監督にしようということになっていた。
実際に日本サーカー協会がそう言っていた。
もちろん、ベテランで実績がある外国人監督はメリットもたくさんある。
でも、どこか?選手と意思の疎通が曖昧なところが多々あり、うまく機能しないこともある。
日本人監督になったことにより、選手と監督の意思の疎通がはっきりし、ビジョンが明確化する。
ビジョンが明確になったことにより、よりパフォーマンス性能が上がり、日本人のダッシュスピードと組織力が生きてきたように思える。
そこに海外でプレーしている日本人選手がほとんどだから、自分たちは負けてないという精神面が構築されたことが今回の結果になったと思う。
もちろん、コスタリカ戦でベストメンバーを選ばなかったことは頂けないが。
スポーツの力は凄まじいもので、日本中を感動させたスペイン戦は元気のない日本に活力を与えてくれたね😃
史上最大の直径の低気圧??
天気図をこの30年、ほぼ毎日見てきたが、これだけの大きな面積の低気圧は見たことないかも。
気象情報をネットで簡単に見れる時代で、以前は北極圏の天気図なんかは、なかなか情報がなかった為、本当にこの低気圧が史上最大の面積と断定はできないが、半端ないデカさである。
良く見ると北太平洋ぐらいはある。
あっ、メルカトル図法で大きく見えるということなのかな?
そして、この天気図を見て思ったことがある。
地球全体の大気は、気圧が高いところもあれば、低いところもある。
地球全体の気圧を、例えば一年平均で計算した場合、毎年、毎年、どのような数字が出てくるのだろう?
もう12月だというのに、気温が20度以上もあり、海水温も暖かい。
小笠原の海底火山も活発が継続中。
どのくらいの規模の深層の海水を暖めているんだろう。
ハワイのビッグアイランドも噴火したね。
話変わって、そろそろサーフィンはじめるかな。
じつは、9月に足の指を骨折してずっとサーフィンしていない。
サーフィンスクールは継続していて、この時期でも結構忙しいよ。
秋へ
シベリア大陸から冷たい空気の塊が日本列島へ南下し始めている。
秋のはじまりだね。
9月もなんだかんだで気温は高めで、夏の延長的な気候だった。
これで3年間も台風直撃がなく、ビーチにはてんこ盛りの砂浜が形成され、沖に洲ができないね。
台風で海が大荒れになると、引き波により砂を沖に移動させ、地形が浅くなり、いい波がブレイクするんだが3年間も深いままというのは初めてのこと。
湘南、千葉、茨城、東北、どこも地形は良くないみたいだね。
まぁ、大自然に従うのみ。
海水温は夏より暖かく、トランクスで入っている人もいるぐらいで、今が一番暖かいかな。
オリンピック、コロナ禍、アウトドア人気で各サーフスポットは混雑がひどく、人を避けながら波を進む感じで、僕はギブアップ。
触らぬ神に祟りなし状態。
人の少ないポイントしか入らないかな。
本気出して、失敗して、人に怪我させたらと考えると、できなくなるよね。
それほど、サーフィン人口は増えたね。
写真は、一週間前ぐらいの台風
鎌倉ウルトラプログラム
不登校の子供達に新たな授業と企画された鎌倉ウルトラプログラム。
不登校の理由はそれぞれで、印象に残ったのが、先生が怖いからとか、いじめの問題。
じつは、自分も幼年期にはいじめを受けていた。
6歳の頃、日本に来て最初に受けたのが、外人、外人という大合唱。
それはまるで、動く動物園の檻の中。
この外人と言う響きは、じつに悪かった。
外の人、害の人って感じで、よく意味がわからなかったが、この言葉は本当にきつかった。
それでも自分は幼年期からデンマークやカリフォルニアに住んでいたので、心の中ではそうゆうことを言っている人は、子供に見えた。
どこへ行ってもジロジロ見られるので、それがものすごく嫌だった。
やがて、鎌倉の七里ヶ浜に引っ越し、近くに山と海があった。
山や海に入ると人の視線を感じないので、その開放感がたまらないと同時に、異常と言っていいほど自然に興味があったので、幼年期はサッカー少年と野生児だった。
学校の授業はあまり日本語がわからなかったので、先生の話には興味がなかった。
それでも進学はしないといけないので、要所は押さえて、いちおう高校は卒業した。
そして、高校卒業後は大爆発。
ちょうど、ロングボードブームが重なって、試合に勝って、スポンサーがつき、メディア出演も多数こなした。
何よりも、スポンサーがついたことにより、念願の夢だった世界への旅が実現した。
ざっとこんな感じで子供達に自己紹介し、自分の授業に入った。
自分の授業は、海を旅したゴミ物語。
海岸に打ち上がるゴミは全体のごくわすかで、90パーセントは海に底に沈む話しや発展途上国は明日食べるものも困っているので、ゴミどころの話ではないという話。
このままいくと、2050年には海に捨てられたゴミの総量が魚の総量を越える話。
かつて日本も発展途上時 (1960年代 )には、バンバン川や海にゴミを捨てていた経緯がある話。
やがて先進国になると少し余裕ができ、綺麗にしようという人達がたくさん現れる話。
そして、強調したことは、自分達が捨てたものは、食物連鎖によって自分達の食卓へ帰ってくること。
人間あっての自然ではなく、自然あっての人間。
そんなことを子供達に説明して、質問ある人と言ったら、これが凄いのなんの!! 質問の嵐で時間が足りん。
この後は材木座の海岸に降りて、鎌倉時代の陶器探しやゴミ拾い、マイクロプラスチックをマイクロスコープで見たり、拾ってきたゴミはリサイクルできるのか?を体験したり、自分で考えると言う授業。
不登校ということで依頼され、もっと暗い子達がくると思いきや、全然違うので楽しく授業ができたよ。
それと、思ったことがある。
不登校になるとそれはそれは孤独になる。
でも、同じような子達が集まったことにより、少し安心感が湧いて、元気になったところもあるように思える。
あとは、やっぱり海だよね。
僕の授業の前は、大学の先生の羊水の話。
お腹の赤ちゃんの時はみんな羊水に包まれ、その羊水と海水はほぼ同じ成分で形成されている話。
たまに僕も一週間海に入ってない時など、どこか調子わるいが、海に入ると本当に元気になるんだよ。
かつて、サンディエゴの教授達が論文を出していたよね、、、海に入ると頭がクリアーになると。
教授達はサーフィンをしていて、海に入っていると嫌なことを忘れ、海上がりは頭がリセットされると。
そんな話しを鎌倉教育長と話したら、今度から授業で子供達を海に入れたいと言っていた。
そして、今回のウルトラプログラムの内容は、しっかり教育委員会に報告しますと言ってくれた時には、個人的に感動した。
最後に、今回の企画はたくさんの協力者の元に行われた。
何度もズーム会議を開き、慎重に細かく準備したことで成し遂げた授業。
鎌倉は文化人が多く、日本の流行の出発点が鎌倉から始まっていることを僕はたくさん知っている。
この企画の発起人は文科省にも所属しており、アメリカより30年も遅れている日本の教育制度を長い年月をかけて変えていくスタートなのかもしれない。
机上の教育から、実践タイプへ
南高北低
冬は西高東低、夏は南高北低。
これは気圧配置のことで、今年の夏は南に高気圧、北に低気圧という気圧配置がずっと続いてる。
そうなると関東では、日本海に進む低気圧に向かって南風が吹き込む。
ただでさえ都心はヒートアイランドやエアコンの熱風で暑い中、この南風の影響によって暑さに拍車がかかり、凄まじい暑さになっている。
もっと凄いのは埼玉や群馬や栃木方面で、都心の空気が南風で運ばれ酷暑状態。
その反面、この連日の南風の影響で海水温が大変なことになっている。
それは高いのではなく、逆に低いのだ。
以前に何回か説明したコリオリの力というもので、関東で南西風が続くと地球の自転上、海水が東側、ハワイの方に寄る現象で、それを補う為、深海の潮が上がってくる。
今現在、近海の海水温は18度。
18度と言ってもピンとこない人もたくさんいるが、夏に18度はかなり冷たく、裸で泳げる時間は人にもよるが10分程度。
この南風の影響で沿岸の海水温が下がり、その上を風が吹くので、千葉県の外海の沿岸は涼しい毎日。
夏場に関東で一番涼しいのは勝浦とニュースにもなったが、本当にエアコン入らずで、夜は薄い布団ぐらいがちょうどいい。
この暑さのピークはきのうで、今日から少しづつ気温が下がるね。
この夏は、サーフィンスクールと監視員で忙しい毎日。
そして、不気味な9月が来る。
何が不気味かと言うと、ここまで台風が少ないと海が掻き混ざってない。
近海はコリオリの力により冷たいが、沖の海水温は30度を超えており、台風が発生してこちらに向かってきたら、930ヘクトパスカルで上陸も十分ありえる状態になっている。
そして話が変わるが、9月は鎌倉市で不登校の学生に授業することになった。
10年前は日本全体で7万人の不登校が、今は20万人を超えているらしい。
そして、これからどんどん増える。
理由は家庭の事情やSNSいじめ、片寄った食事による栄養不足や運動不足も関係あるように思える。
それと目的意識がはっきりしない日本の義務教育制度、いろいろあると思う。
授業内容は、海のことや波のことや天気のことや地球規模の自然循環、マイクロプラスチックのこと。
そして何よりも生徒さん達が興味があることを生かすように仕向けることかな。
僕も不登校の生徒さんに授業をするのははじめてのことだけど、正直、不安はない。
あれだけ世界中を旅し、荒海で死にそうになったり、時には危険な異文化と遭遇したり、サーフィン組織の革命をしたり、素人ながら原発問題に対してあれだけやって、その通りになった過去がある。
不登校の生徒さん達とは、まずは友達になって、楽しく授業が出来たらいいなぁーと思っている。
それにしても偶然なのか?鎌倉とはね。
鎌倉の教育委員会の方もたくさん見に来るらしいから、ここは腕の見せ所。
でも、楽しくね。