DIVE -9ページ目

御片付け

なんだかんだで忙しい1週間。

あまりに汚い部屋にうんざりして掃除した。


わけのわからない書類でいっぱい。

プリントアウトされた給与明細、もうどこかにいってしまった車の保険証書、

たまに銀行から送られてくる明細書、旅行保険証等々。

とにかく本も多い。自分で買った本だからなかなか捨てられないし、

いちいち売りにいくのも面倒だし重いし。


相当時間かかるだろうとずっと手をつけなかったんだけど、

我慢の限界がきた。間引きしてやらなければ植物は育たないみたいな。


ベッドの上にひろげたおかげで昨日の夜は眠れないかと思った。


それでも夜は恵比寿に「ある子供 」を観に行く。

リアルでストレートで、切ない映画。言葉にならない想い。


新宿では野口里佳の「in between」シリーズに参加している写真集、

チェコ・キプロス 」を買ってきた。

北海道のトークショーでも軽く触れていた作品...まだ観る時間が無い!



家に帰って作業続行。

片付けきれない分は床に放って眠ってやった。眠らせてくれ。


Days印度5

2005年12月31日その3


時折となりのおじさんが下の火葬場の人に指示を出す。

また1体運ばれてきた。ひたされる。のせられる。火がくべられる。

身体が熱くなるまでその光景を見続けていた。


ガートから離れ、町中へ。ゴードリヤー交差点近くの映画館を目指す。

昼間はもの凄い人だ。ひとひとひと。

来るときも凄いなと思ったけど、

今はその倍はいるんじゃないかってくらいいる。

いったいどこから出てきてどこに向かうんだろう?


映画館についてポスターをみる。

SHAKERとかいう映画を今やっているみたいだけど、時間合わず。

見た目はハリウッドっぽいけどインド映画のようだ。


映画館の入り口付近に居た屋台でポテトを食べる。

屋台は丸いボールみたいなものを沢山並べているやつ。

そのボールにカレーをつめたものを食べてみたかったんだけれど、

店のおやじが作ってくれたのはポテトをつぶした上にカレーをかけたもの。

5Rs。どれどれ、んーっ、凄くポテトの味が活きていてうまい。

カレーも辛すぎず(いや辛いか...チリソースもかけてた)ポテトにあってる。

なんだか店より安くて目の前で作ってくれておいしいぞ!

なんだこりゃ?!あなどれないな、屋台。


宿のほうに戻り、スパイシーバイツレストランでマサラチャイとマンゴラッシー。

21Rs。


17時宿に戻り、ドミトリーでカウントダウンパーティー。

今夜はフレンズGHのオーナー、ラジャさんが宿泊客のために無料で

パーティーを用意してくれた。ラムにウイスキー、ソフトドリンク、

それに軽いスナック菓子くらいだけど、その心遣いがうれしいね。

もっとも宿の主人にしたら、外でバカ騒ぎされて

何かあったら困るというところだろう。


日本人、韓国人、総勢20人くらいで飲む。

いろんな人がいるなあ。

21時くらいに近くのミュージックハウスにインド民族音楽を聴きに行く。

これもラジャさんの用意したプログラムですが・・・

150Rs。ちょっと高いね。

階段を上った部屋ではすでに演奏が始まっていた。

西洋人が4人くらい聴いていた。

タブラ、シタール、アコーディオン(名前は違うんだろう)などなど。

とにかく太鼓系は凄い。

そのリズム、そして手の動き。

ビデオじゃないのに、残像が見えるのだ。

目を凝らして残像をなくそうとしても、そのスピードには追いつけなかった。

次第に人が減っていく。まったりしているからかな。

途中、休憩が入ってご飯。カレーにプーリー、チョウメン。

揚げたてのふっくらと膨らんだプーリーをくれて、おいしかった。

このプーリー、揚げたてと時間のたったつぶれたプーリーでは

味が全然違う。油が良くないせいもあるんだろうけど、とにかく揚げたてだ。

その後踊りがあって、また演奏があって...

ドイツ人でここで楽器を習っている女性も演奏に加わる。

恥ずかしがるのかと思っていたら、結構堂々と演奏し歌まで歌っていた。

なんだかすごい世界だな。

演奏が終わったときほとんど人はいなかった。

同宿の日本人と子供たちと写真大会。

きゃっきゃ言いながら子供たちと写真をとる。

クリスマス&カウントダウンの飾り付けをした舞台で撮った写真なんて、

まるで学芸会の写真みたい。とてもかわいらしかった。


ミュージックハウス


時刻は23時45分。まもなく年明け。

そのままガートに向かう。

ガートでは花火がパンパンあがり、ガート沿いのホテルは電飾で飾られていた。

ガンガーは闇の中どこまでも深く、その入り口さえ見えない。

恐ろしささえ感じさせる。闇の中に引きずり込まれそうだ。

マニカルニカーガートまで行った。そのとき0時。年明けだ。

ガートからは白い煙が立ち上る。1本ではなく3本。

まだここで焼かれることを望んで来た人がいるんだ。

その光景はどこまでも厳粛で、ちょっと前までの、

すぐ近くで鳴っていた打ち上げ花火の音を忘れさせるほど静謐な空間だった。


また宿のほうに向かう。

途中、韓国人らのグループが宴会している。

中にフレンズGHに居た韓国人の女の子が居た。

みんな凄いフレンドリーで話をしたり、写真を撮ったりで大騒ぎ。

おいおいこれで朝までいくのかい?

1時過ぎおやすみを言って宿に戻る。

明日の朝6時にガートからボートに乗ろう、と約束する。


宿に戻るとラジャさんが心配していた。

どこ行ってたのよ...ごめんなさい。

そう、俺は離れた部屋に行かなきゃいけないんだ。

荷物を背負い、暗い小道を進む。

おー暗くてわかんねえ。どこをどう行っているんだ?

明日の朝、もどれないよー。

でもそんなことも言えずについていく。


ベンガリートラから中に入ってしばらくしたところにあった。

白と青にペイントされた、まるでモロッコの建物みたいなところ。

ラジャさんの友人が住んでいるというその建物の今夜の

俺の部屋には天井にコイルヒーターがついていた。

これで凍えなくてすむ。


起きれるんだろうかと不安になりながらも、

だってラジャさんに明日はサンライズを見に行くよっていったら、

ほんと?明日は霧で見られないよ、眠っていなさいって、

こんな遅く帰ってきて何言ってんのって感じで言われたから。

そして目覚まし時計も日本に忘れてきたから。

でもいいや、午前2時、眠りに落ちる。


ホテル・ルワンダ

朝、目が覚めて、まさかと思い窓をあけると、真っ白だった。

東京にも雪が積もった。そんな感じだった。


午後から渋谷に向かう。シアターN に向かう。

今やっているのは「ホテル・ルワンダ 」。

1994年のルワンダ虐殺の映画だ。


前にテレビで紹介されていたときは、

ただルワンダという名前だけ耳に残った。

アフリカのことを取り上げている映画があるんだ、

ぐらいにしか思っていなかった。


映画館に着いたのは15時。

それでも15時40分からの回はすでに立ち見。

今は2館とも「ホテル・ルワンダ」を上映しているので、

すぐ後の16時25分からの回を観ることにした。

それでもぎりぎりの整理番号。すごい動員数だ。

こんな雪だから、誰も出てこないと思ったら沢山いた。

そんなことに少し喜びつつ。


映画を観て、ルワンダ虐殺を知った。

内部の種族の対立(元はといえば外国の占領が影響している)が

生んだ虐殺と内戦。人類の持つ差別心。


いったい俺はどこまで強い気持ちで弱いものの立場を考えられるだろう?

いったい俺はどこまで強い気持を持って行動することができるんだろう?

そんなときでも冷静に物事を判断できるのだろうか?


そんなことを考えさせられた。

多くの人に観て欲しいと思った。

いつもすごく混んでいるみたいだけど。



Days印度4

2005年12月31日その2


すいませーん、と追いかけていく。

日本人5人で朝食。スパイシーバイツ・レストラン。

まだ来たばっかりで道が全然わからない・・・


メニューに「セット・ブレックファースト」というのがあったので

それを頼む。トースト、プレーンオムレツ、シリアル、チャイグラスで40Rs。

挨拶する。ネパールやミャンマーを旅してきた女の子2人組、もう1人女の子、

そしてバンコク駐在の男子。みんなこの2日間くらいでフレンズに来たみたいだ。


食事を終えて、男児とガンガーを見に行く。はじめまして、ガンガー。

会えるのを楽しみにしてたよ・・・なんて感傷に浸る間も無くインド人が声かけてくる。

ボートボート、50Rs、OK? 全然OKじゃないし、少し歩かせてよ。


ガート沿いに下流に向かう。マニカルニカーガート。

もうもうと白煙がたつ。炎がたつ。

そばに行ってみようとしていたら、家族だけだと言われ、

階段を上がったところから眺めた。


白い布にくるまれた遺体が次々と運ばれてくる。

あるものは金色に飾られて、あるものはピンク色に飾られて。

一度ガンガーにひたされてから焼き場に運ばれる。

あるものは道に置かれている。

組み木の上に置かれた遺体に何かかけている。

そして少しずつ下から焼く。火が廻ると木を増やす。

いつの間にか白い布は真っ黒になり、炎に包まれていた。


すごく自然な行為だ。行為とさえ感じられない。

自然の摂理に生まれ、自然に戻っていくような。


Riff Man

会社をすたこらと抜け出し、新宿へ。


ZAZEN BOYS Ⅲ」の発売日(正確には前日だけど)。

アルバムのところにはたくさん人がいたよ。

視聴している人もいるけど迷わず購入。

現代の無戒」というDVDも購入。「感覚的にNG」が聴けるしね。


まだアルバムしか聴いていないけど、いいね。

ライブではちょっと間延びした感じの曲もタイトに仕上がっている。

Riff Man」って曲はビシッビシッときまっててかっこいい!


出張なのでDVDは週末だなあ。それも楽しみ。

Days印度3

2005年12月31日その1


朝もやの農村地帯を走る列車。

ところどころの踏切では住人が手動で踏み切りバーを下げて列車の通過を待っている。

8時半、バラナシに着いた。


韓国人グループと写真を撮ったりしながら、出口を目指す。

いるいる客引き、リキシャマン、ドライバー。

俺は国籍が違うから1人だと思ったのか、韓国人らとは別に声をかけられる。

韓国人5人と俺の6人。

初めは車でガンガーに向かうことになるが、交渉決裂で降りる。

で、やっぱりオートリキシャー2台に。

1台35Rsでゴードリヤー交差点までとなるが、はじめのオートリキシャーは

韓国人らがダメだったようで降りる。

リキシャーマンがコリアンはダメだ!と文句言って去っていく。

韓国人グループのリーダーに駅敷地の外で捕まえようといい、外に出る。

流しているオートリキシャーを1台ずつ捕まえて35Rsで行けることに。

自分の乗った1台はすぐに故障してしまったが、

別のオートリキシャーに乗せ変えてくれた。


ずっと車や人の多い通りを走った。

ずいぶん栄えているんだなあ、ここは。

20分くらい走ってゴードリヤー交差点で降りる。

すごい人だ。ひとひとひと。カオスだな。

ガンガーに向かって進む。

ガート近くになって韓国人グループと別れる。

彼らはエレナGHに向かうということで、俺はフレンズGH。

また一人だな。


すぐに「友達の宿」の看板が見え、右折。

案内に導かれて入り組んだ道でもすぐにゲストハウスに着いた。

ドアを開けるとインド人オーナーが。

今日泊まれる?と聞くと少し苦笑いしてうーんと言う。

やっぱり一杯かい...と思っていると、まあ上がってくださいと。

管理人室で話をする。

オーナーは日本人が無茶をするのが心配なのだそうだ。

そうここには惹きこまれるものがたくさんあるのだ。

いやちょっと待て、それより泊まれるのか泊まれないのかそのほうが重要だ。

ダメなら早く他を探したい。


今日は個室もドミトリーもフルです。

あなたには第3の建物に泊まってもらいます。

明日はどこか空くだろうからそこに移れるでしょう。

荷物はここに置いておいていいです。夜になれば部屋に入れます。

今夜はカウントダウンパーティーを17時からやりますから。

あっ食事しますか?今、ドミの日本人が行くみたいですが・・・

ちょっとすいませーん...早く早く、いってらっしゃーい!


という感じでいつのまにか仕切られ、食事に向かう。

まあこれで泊まれることになった。

Days印度2

2005年12月30日


シャワーを浴びて駅に向かう。寝台の切符を求めて。

今日バラナシに向かうのだ。


駅で迷った挙句、ツーリストビューローに到着。

ガイドブックに書かれていた通り、2階に上がる階段、エスカレータの

各所に旅行会社の人間らしきインド人が待ち構えていて、

今日の切符はオフィスじゃなきゃ買えないとか言う。


中の記入用紙にバラナシ行きの列車を書き込んで列に並ぶ。

といってもここは空いていた。韓国人が多い。

非常にスムーズに話は進み、16時15分発の列車が取れた。

1000Rsくらいすると思っていたのが、315Rsと言うので本当にバラナシ

行けるのかと確認すると、切符にVaranasiと書いてある。

ガイドブックの1000Rsはエアコン寝台の値段なのね。


チェックアウトまで時間があるので、そのままラールキラーへ。

駅前からサイクルリキシャーで40Rs。30分くらい。

ラールキラーの前の大通りにはマクドナルドもあった。

チケットは100Rs。朝もや。中はかなり広い。

緑の庭園と宮殿。外の喧騒世界とは正反対の静かな空間だ。

社会科見学らしき子供たちがいて、先生の説明を熱心に聞いている子も

いれば、後ろのほうで反対側を向いて立っている子もいて可愛かった。

彼は何を見ていたんだろうな。


帰りはサイクルリキシャーで30Rs。

ニューデリー駅前までだが混んでいて直前で降りた。

宿に戻りチェックアウト。荷物をクロークルームに預ける。

(Ajayゲストハウス近くに同経営のクロークルームがある)

マルホトラレストランに入る。それほど混んではいなかった。

ベジチョウメン40Rs、ジンジャーエルが無いというのでレモンソーダ18Rs。


レモンを絞ってソーダ水を加えたシンプルなもの。甘くない。

店員がインド人らしくないので話してみるとネパーリだった。

インド人には見えないもんって言ったら、にこにこしていた。


ゲストハウス1階のカフェでくつろいだあと、荷物を受け取り、

1時間前に駅に向かう。駅員さんに聞いたプラットフォームに向かう。

ホームは待ち疲れそうなので階段のところで駅を眺めながら待った。

あっホームの上の屋根をサルが歩いている。写真写真、と思ったら、

その後続々とお出ましになった。

まあ人もプラットホームから線路に向かっておしっこしているし。

(でもその後怒られていたみたい、人だかりが出来ていた)


列車はプルーバエキスプレス。2時間近く遅れて18時出発。

S5 44と言う席番号。3段ベットの一番下。

向かいの3段は駅で会った韓国人グループだったので安心。

下の席は窓がある代わり、隙間風が寒い。


Days印度1

2005年12月29日


ニューデリーに着いたのは18時。すでに暗くなり始めている。

空港自体は3年前に来ているので安心感がある。

両替を済ませ外に出ると多くの客引きに迎えられた。


素知らぬフリをして市内に向かうエアポートコーチを探す。

50Rsでニューデリーステーションまでいけるはずだ。

さっきからインド人が何人も付いてくる。

そう同乗していた日本人はほとんどツアー客か駐在員かなんかで

個人旅行者は少なかったのだ。

インド人は言う。大きくきれいなツアーバスを指して言う。

「これがエアポートコーチだ。」

俺がバスに向かい、ドライバーに話そうとすると慌てて止める。

ならはじめから、言・う・な・よ!

インド人は言う。ワンボックスカーを指して言う。

「これがエアポートコーチだ。」

・・・


ようやくフロントガラスに50Rsと書いてあるバスを見つける。

乗り込むとさすがにインド人たちは散っていった。


40分くらい走っただろうか。

心なしか3年前より町中の牛が少ないように思える。

これも都会化?

バスの切符売りが「ニューデリーステーション?」と聞いてきた。

そうだ、と答えるとここで降りて向こうに歩けと。

駅見えず、道は続く。10分以上歩いた。


日本での情報でバスを降りて駅の反対側に渡ると思い込んでいたので、

駅の陸橋を渡る。駅は凄い人。人人人。

なんとか反対側に着いた。なんだかうら寂しい。

すぐそばのプリペイドタクシーチケット売り場に

「パハールガンジはどっち?」と聞いたら、駅の向こうだと。

そう来たほうはなんだか賑やかな駅前だったのだ。

また人をかきわけて戻る。

まあ駅の様子を見られたからいいや。


今度はメインバザールを見つけた。ずっと進む。

もう20時を過ぎているからか店も閉まり始めている。

Ajayゲストハウスに到着。フロントにはもう1人日本人が来ていた。

1泊250Rs(トイレシャワー付ダブル)、1階はカフェバーみたいな感じ。


さっきいた日本人と飯を食いに行く。

近くのメトロポリタンレストランへ。

少し高かった気もするが着いた日なのでいいか。

ベジタブルターリー150Rsとビール90Rs。

おおっ、インドのカレー、うまいぞ!

なぜかメタル話で盛り上がる。デリーで、しかも初日から。



繰り返される諸行無常

帰国→年始挨拶(食いすぎで気分悪くなる)→出勤→新年会、と慌しかった今週。

来週も出張とかあるけど、とりあえず週末は自分の時間持てる。後片付けしないと。


恵比寿に出来たスパイシーカフェSORAという店にカレーを喰らいに行く。

まだメニューも少ないんだけど、SORAカレーは辛さがちょうどよくっておいしかった。

そのほかのメニューも上品な感じ。


カレーを食べるとバラナシを思い出す。

帰国しました

そしてこれから年始の挨拶廻りです・・・ありえんっ!