コロナ禍で露呈したこと
先日 神奈川県の田奈高校を取材した
NHKの番組を見ました。
この高校には、家庭の事情をいろいろ抱えてまともに就学できていない生徒が多くいるようです。
とくにコロナ禍の今、親の仕事がなくなったために
生徒が学校を休みバイトに出るという状況も増えているようです。
さらに、親が生活困窮のストレスを子供にぶつけるために、子が家に帰らないということも増えているようです。
こうした生徒のケアを現場の教師や職員の方々は、
本当に親身に、生徒それぞれの置かれた状況に応じた対応をしているようで、心打たれました。
今の田奈高校の一部の生徒たちに起こっていることは、コロナ禍だから、ということだけでなく、今まであったことが、表面に出てきたことなのだと思います。
この田奈高校の話だけではなく、いままで陰にあった社会の歪や問題点が、コロナ禍でジワジワと浮き上がってきています。
それは、今の政治に大きな責任があるとおもいますが、私たちの生き方・考え方についても、見直さなければならないのかもしれません。
表参道の『蔦珈琲店』という生き方
うちの会社のすぐ近く(青山学院大学の裏手)に、
蔦珈琲店という喫茶店があります。
私が知っている限りもう20年以上前からあるから、
もっと昔からあるのだろう。
20年以上前も、今も何も変わらず。
すぐ近くにカフェがいくつかできても、ブレることなく。
コロナ禍でも営業時間はもともと8時までなので、
いままで通り。
違うのは、唯一マスターがマスクして
仕事していることぐらい。
表参道もコロナ禍で空き店舗や
休業する店舗も増えてきている。
そんな中この蔦珈琲店は、びくともせず、変わりない日常。
時代や流行に迎合せず、淡々と美味しいコーヒーと軽食、そしてホットできる時間を提供する。
これからの生き方の参考になるような喫茶店です。
蔦珈琲店の詳細は↓
http://tsutacoffee.html.xdomain.jp/
名前の通りツタに囲まれたお店(写真はFacebookより)
私はここのカレーセットがお気に入りです。
過去に囚われてばかりでは
原稿提案すると
「以前にこうゆうタイプ(企画)やったことがあってレスポンスなかったんですよね」と言われることがあります。
「それはなぜですか?」と伺うと
「わかりませんが、レスが取れなかったもので…」と。
こういう場合、その原因を追及しても
「なんとなく」という感覚だけで
論理的な答えが出ていないようです。
生牡蠣食べたらお腹下したので、
牡蠣料理はすべてダメみたいな感じです。
本当に、その企画が、その会社や商品の広告には
合わないのかもしれないけれど、
他社では成功事例もあるので
一概にすべてダメとかではないはず。
それに、レスポンスが取れなかった原因は
違うところにあったのかもしれません。
新聞広告でよく見る中吊り風の広告も、
当初レスポンスが取れないとか、
寿命が短いとか吹聴されていましたが、
結果はそれとは全く反対。
もちろん、レスポンスが取れる場合もあるし、
そうでない場合もあります。
やってみないと分からない部分はどうしてもあります。
だからこそ、過去に囚われず、しっかり内容を検討して判断したいものです。過去だけ見ていては、前に進めません。
過去の事例をもう一度検証し、仮説を立てて、
新たにトライすることも必要です。
コロナ禍で通販を始められる方へ
コロナ禍で通販を始められる方も多いと思いますが、
どうせやるなら、しっかりお客様の心を
捕まえるようにしたいです。
お客様の心を捕まえるためには、
商品を届ける時が重要です。
その時がお客様との接点ですから、
感謝の意たけでなく、商品の使い方はもちろん、
商品づくりの熱意や、取り組み、なども
伝えるようにしましょう。
通販も店販も、お客様の人数を増やすこと、
そして利用してもらう回数を増やすことがポイントです。
購入してもらった商品を送りすればいい、というのは
せっかくのチャンスを逃していることになります。
1回の購入から2回、3回へとつなげていくのが通販です。
初回注文のお客様へ、どんなメッセージを伝えるかを
よく考えてみましょう。
オファー3年 フルフィル5年
通販広告のグラフィックデザインは
他のグラフィックデザインと大きく違います。
特に違うのはオファーとフルフィルでしょうか。
オファーとは、価格や特典などの表示部分です。
ここの見せ方で、売れ行きが変わります。
お得に見せることがポイントですが、
ごまかして見せるのはトラブルを招くのでNG。
商品と価格を魅力的に見えるよう
演出することが求められます。
フルフィルは、
取引条件(規約)や注文方法・支払方法・お届け方法・申し込み先・会社名・住所などの注文周りの文言です。
このフルフィル部分は、通販広告では必須で、
実はかなり文字分量が多いのが常で、
スペースもとることが多いのです。
ですから、無駄なく、整然と、しかも読者が読みやすくデザイン処理することが求められます。
この部分のデザインレイアウト処理を見れば、
そのデザイナーの力量がわかります。
下手なデザイナーは無理に文字を詰め込み、読めないほどの級数で詰め込んでしまっています。
入っていれば、いいんでしょ?という感覚で
デザインした原稿は、印象が下品に見えます。
フルフィル部分がしっかり整頓され、無駄なスペースもなく、読みやすくスッキリしたデザインは、誠実な印象を与えます。
それほど、通販広告におけるオファーとフルフィル部分のデザインは難しいのです。
仮定のことを考えるのが仕事
ある国の首相が、「仮定のことには考えない」とTV番組で発言したようです。
彼としては、仮定のことに対して、いい加減なことを言ってしまうと、不安をあおりかねないという考えでいったことでしょうが、聞いている国民からすると、準備してないのか?と一層不安がつのります。
本来仕事というのは、すべて仮定のことに対して、対処していくこと。うまくいった時のこと。うまくいかない時のこと。トラブルが発生した時のこと。など考えられるすべてに対して準備をしていかないといけません。
こうなったら、こうする、という心構えがあるのと、行き当たりばったりとでは、安心感が違います。自分一人のことならいいですが、社員や取引先などを不安にさせてはいけません。
まして一国のリーダーとしては、様々なことを想定し、それに対して準備しておかなくては危機的状況に陥る可能性が高いといえるのではないでしょうか。
こういう時は性善説でいく
松下幸之助さんが、松下電機を創業して、
会社も軌道にのり、社員も増えてきた中で、
社員の中に、会社の備品をちょろまかしたり、
ちょっとした悪さをしたりする者がいたそうです。
松下さんはその事をどうすればいいか、
たいへん悩んだそう。
そして松下さんが考え着いたところは、
社員が増えていく中でそういう者が
1人くらいいたとしても当たり前だということ。
なぜなら、世の中に多くの人がいて、その中には罪を犯す人がいる。
ということは、自分の会社の中にもいてもおかしくない。
自分の会社には一切善人しかいないと考えるのは、
奢りではないか、と考えたそうです。
このあたりは松下さんの謙虚な人柄を感じさせますが、
私は単なる謙虚さというより、経営者としての合理的な考え、割り切りと感じます。1人の悪人のため、あれこれ手立てをするより、基本的に皆善人として考えた方が経営として効率的ではないかと。
今、コロナ禍でたいへん時に、
国会では罰則やペナルティなどが
先に議論されているようですが、
罰則云々の話より、
より優先すべき課題は、スムーズに救済するにはどうすべきか、だと思います。
もちろん世の中には悪いことをする人がある程度いる、と
考えておくことは必要ですが、
そっちの人の対策を先に考え、時間とコストをかけるより、今、困っている人を早く救うことだと思うのです。
こういう余裕のない時は、
性善説で考えるべきではないでしょうか?
無題
今朝方 母が永眠しました。
2か月前 誤嚥性肺炎で入院。
療養を続けていましたが。
現下のコロナ禍にため、
面会も一切できす。もちろん死に目にも。
地元住んでいる姉から、知らせがあり。
最後まで親不孝した感じです。
父がなくなり20年以上、
1人で気丈に生きてきた母でした。
ちっとも楽しませるようなことできなかったです。
ごめんなさい。
存命中 お世話になった方々に感謝申し上げます。


