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狐が落ちるという名を持つ狐落城。

ここまでの道は普段履きだとフリクションがギリギリ、名前に恥じない急な尾根を登ってきた。

 

まだ続くのかと飽き飽きする頃に現れる『山之神』のすぐ上で尾根が狭まり、その先が明らかに段になっている😮

狐落城の山肌と木々


足元の急斜面には、竪堀を入れて尾根を抉ったような跡もある😮

ほんの数メートルで終わっているけど…

狐落城への山道、急な尾根と草木


登ってゆくと、道はS字を描いて登ってゆき、右側には石列らしいものも…

狐落城の急斜面と石列


ここが、どうやら城の始まりのようだ。

だが上にあったのは、六畳一間よりも狭く、北にだいぶ傾いた小さな空間だけだった…

尾根道の山城跡、急坂に石積


これでも、上から見ると動線をS字に狭めて寄せ手を一列縦隊にさせ、上から槍などで防戦するような堡塁になっていたか。

そんな妄想をしてると、緊張感の漂ってくるところ😨

狐落城の山道、急な尾根と木漏れ日


ここからは、ふたたび単調な登り💦

手すり代わりのロープの張られた杭まで…

足の裏のフリクションでギリギリかという急坂、ところどころに階段…

狐落城への急な山道とロープ


大きめの石を並べて階段になっている😮

相変わらずの急登で、手すり代わりのロープが有り難い😅
急峻な登山道にロープと石段

途中、標高600メートルあたりには、坂城町の中心地を正面に見下ろすような小空間があった。

樹林の中で景色は見えない…
狐落城の急峻な尾根道

ここから、さらに急な尾根上をエッチラオッチラ💦

トラロープの助けがなければ四つん這いになるようなところ…

 

いよいよ城近しか、というところで、足元には石段。

ひょっとして往時のものか?という気もしてくる不思議😮

石段のある急な山道、狐落城


そして、標高620メートル目前で、夥しい石に覆われたような山が😮

いよいよ、城の心臓部分が現れたか…

狐落城の石垣と急斜面


斜面のすぐ下、道の反対側にまたまた小さな平場がある。

曲輪というには極狭、歩哨の立ってた場所?

狐落城の急斜面と石積


ここから右に回り込み、急斜面に滑落しないようヒヤヒヤしながら登ってゆく。

最後は…

 

石積の強行突破か⁉️🤯

石積と木々が茂る急峻な山城跡


登りきると、そこはアパート一室ぐらいの曲輪になっていた。

ここが二の曲輪で、主郭の一段下に広がる。

狐落城の山頂付近の景観


いま登ってきたところは、一段低く凹んでいる。

これが枡形虎口なのだそうだ。

狐落城の石積のある曲輪


となると、崩れた石積の強行突破みたく登ってきた今のルートが、紛れもない大手道だったのか😮


そう奥行きのない二の曲輪…

主郭の切岸の前に説明板が立っている。

坂城町指定文化財 狐落城跡


ここから見上げる主郭。

高低差は5〜6メートルだが、どうやって登るのか💦という急斜面。

狐落城の石積のある急峻な山道


ここは、どちらかといえば左からが登りやすいだろう。

それにしても、ここもさっきと同じような崩れかけた石積の強行突破みたいな感じで、近世城郭のような綺麗な大手道なんぞ無いに等しい、スパルタな山城だ😨

狐落城の石積と急斜面


その前に、この主郭は総石垣ならぬ総石積だったようで、周囲の切岸に立派な石積が嵌め込まれている。

登りで危うく見落とすところだったが、復路で撮った東側✨

石積の山城跡、苔むす石垣


西側は、一部を残して痕跡程度になっている。

石列と急斜面の山城跡


周囲の山から採ってきた石を積んだのだろうが、こんな急峻な場所で重たい石を運んだり寸分たがわぬ位置に積んだりと、普請のありさまを妄想するだけで卒倒しそうな…

 

さて、主郭は二の曲輪よりは広く、南北に細長いヘチマのような形をしている。

北の端に祠が立っているぐらいで、のっぺりと何もない山頂の平坦地…

狐落城の山頂、石積のある尾根


そして、三水城へ向かうために城の奥へ向かって進み始める、そこには小さな土塁が横たわっていた。

狐落城の山頂付近の石積


そして、その向こう側…

 

すんげぇ堀切🤯

狐落城の尾根と森


主郭の背後は、恐ろしく深い二重の堀切で遮断されていた。

木と杭で張られたロープに掴まりながらでないと下れないような急傾斜💦

底に降りると、少し埋まった薬研堀の断面がシッカリ残っているのが見える✨

堀切と急峻な山城の道


で、向こう側はもっと深い💦

狐落城の堀切と山道


こちらもやや丸くなったV字の断面✨

堀切の斜面を降りるために張られたロープが、底よりはるか上を通ってる…😨

堀切と石積みの山道


ここから先の尾根は、小さくアップダウンしているようだ。

奥の方に、もう1条か2条の堀切が入ってるな…

狐落城の急峻な尾根道


手前のやつは堀切というには小さすぎるようだが、奥のやつは立派だった。

足元の尾根がザックリ😮

狐落城の急峻な尾根と石積


ここも底が少し丸まったV字の断面。

狐落城の深い堀切と険しい山道


狐落城の範囲はこのぐらいまでのようだ。

あとは水平に伸びる尾根が急に登り始めて三水城に繋がってゆく💨

 

坂城 三水城に続く)

 

★狐落城(こらくじょう)

長野県埴科郡坂城町網掛

登城口近くに普通車2台分くらいの駐車場がある。城までの道は急坂の連続で体力を要す。

山城

 

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(2025年9月25日 記)

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狐落城、三水城は坂城町も中心から千曲川を挟んで対岸の尾根末端にある。

かつては千曲川沿いの交通路がこの城の北側から南東の室賀峠を越えており、狐落城はここを扼する村上氏の城だった。ちょうど本城たる葛尾城の正面にあって、上田・佐久方面と長野盆地方面の間を連携して押さえていたらしい。

三水城の歴史は分かっていないようだが、室賀峠への尾根上すぐに6本もの堀切を連続させているところを見ると、その任務や晒された緊張感が窺えようかというところか。

3年前に砥石城で『砥石崩れ』と呼ばれる手痛い敗北を喫した甲斐の武田氏が、佐久方面を固めたうえで1553年に村上勢に大攻勢をかけたときにこの城にも攻め込み、守将小島兵庫助がここで討死、城は陥落したとのこと(現地説明板より)。


三連休の最終日にようやく晴れ間が覗き、暑いとは言え東京に比べればだいぶマシということで、登ろうとしてた鞍骨城…ではなく麓からの距離がずっと近いらしいここへ…😅

ったく何つうヘタれたチョイス…😮‍💨


駐車場は無いと聞いていたのでウロウロ探し回るのを覚悟していたのだが、なんと登城口近くに駐車場(Googleマップで)が整備されていた。

地元の土地を無料開放してくれている。これは有り難い🙇


登城口もわかりやすい✨

安心して登り始める。

狐落城登山口の石段と灯籠


石灯籠や石碑などが立って、すぐ上に鳥居。

狐落城への石段と鳥居


続いて防獣柵の扉。

開けて入ったら閉めますか…

防獣柵と苔むした石段


石段を登ってゆくと、正面に立派な石垣が✨

これは神社のもの。

石垣と緑に囲まれた古城跡


つづら折れになった道を登ってゆくと、正面に小綺麗な神社。

村上大国魂社とある。

狐落城への参道にある石灯籠と社殿


そして、傍らに立つ「坂城町指定名勝 十六夜観月殿」の標柱。

こっち側に狐落城の銘も入ってたか😮気づかんかった💦

狐落城 十六夜観月殿 標柱


少し登ると、十六夜観月殿。

十六夜観月殿の茅葺屋根と白壁


ここからは坂城町の千曲川沿いを一望できる。向こう側に葛尾城のある山並みも…

樹木で下の方が覆われつつあるが、名勝と言うに相応しいところ✨

長野の山々、里山、千曲川の眺望


さて、道沿いに立つたくさんの句碑に見送られながら、山道を登ってゆく💨

石碑が並ぶ山道


この調子なら楽勝🙌

と思ったら、尾根の上に出て一気に直登になる💦

尾根自体がかなりの急傾斜で登っていて、その上に階段道がしつらえられているので、避けようがない💦

森の中の登山道、木製階段


それでも、標高470メートルあたりで一旦平坦になる。

下の方を見下ろしつつ登ってくる寄せ手を迎え撃つ、堡塁とか出城とかに見えなくもないところ…

長野 狐落城の山道


その先に、もう一段😮

森の中の道、狐落城の遺構


この上は、細長い曲輪のようになっている。

狐落城への道、鬱蒼とした森と根


ってか、まだ上がある💦

この露岩交じりの急斜面の上が平場っぽい😮

長野の山道、城跡への急斜面


この上は、平坦ではなかった。

東西二段構造のようで、西の高い方は自然の尾根そのままみたいな感じ…

森の山道、枯葉と緑のコントラスト


その尾根上に乗っている、意味ありげな石龕…

石造りの灯籠がある山道


ここは城域の下限より100メートルぐらいも下だが、両側が鋭く落ちる急斜面で登ってくる正面も狭隘なので、上にある2つの城を守る前線に好都合っぽいところ。

見た目だけだと、これが出城だったようにも見える…?

シロウト考えだけど…😅


ここが詳しく調査されたかどうかは分からないけど、こういうところが土木の跡なのか自然地形なのか、科学の力でもって判別するのは、さすがに500年も風霜にさらされていると難しいのだろう。

それでも、急傾斜の尾根に突然平坦地が現れたり、ちょっとした平坦地の下側がザックリ落ちていたりすると、どうしても土木の力で築かれた堡塁とかのように見えてきてしまう…


で、ここを過ぎると再び単調な登り。

階段はなくなって土の道に変わり、森が広葉樹になったぐらいか…

狐落城の土塁と木々


もう少しで城か?という標高540メートルあたりに、幕末に刻まれたらしい山之神。

巨石と「山之神」標柱

で、その上…


あれは何だッ?🤯

どう見てもただの山だろ、なんてツッコミは却下っ😎

狐落城の急斜面と森


坂城 狐落城に続く)

 

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(2025年9月24日 記)

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上杉謙信の軍道だったという灰野峠をスタートして、はや1時間以上…

ようやく主郭到達というところで午後4時前、ひょっとして完踏あきらめかとの焦りがチラリと脳裏をかすめるが、それでも安全第一と言い聞かせながら探索続行。


主郭直下のしっかり刻まれた堀切から、わずかな急登で山頂に出る。

東西に細長い尾根の伸びる、ここが主郭。

雨引城主郭の堀切と山頂


先の方は、上下二段になっているようだ。

上の段に祠が祀られているのが見える。

山頂の祠と積石


祠。

傍らには三角点の標柱が引き抜かれていたが、現物はどこだ?😮

山頂の祠と石積


主郭の向こう側は、またもけっこうな深さのキレット。

ガスっているとは言え向こう側が霞むようなキレット全部が堀切にしては、大きすぎるようだが…

山道と緑の草地、霧の森


キレットの直降りは難しいが、北側から斜めに降りてゆく道がある。

降りてゆくと、自然のキレットの底を幅4メートルほど掘り下げて、堀切にしたようだ。

草地の茂る山道、霧深い森


北に向かって緩く下っている上にも堀を穿っている。

主郭直下の堀切と急登


掘って出た土は、主郭の反対側に盛って土塁にしたな…

雨引城:主郭直下の堀切と尾根


ここからは、また登り始めと同じようななだらかな山容に戻り、少しずつ登ってゆく。

雨引城跡の険しい尾根と草地


そして、小ピークに小さな曲輪。

ここまでが主郭部らしい。

草に覆われた山道、霧深い森


この先は、またまた20メートルばかりの下り。

なにしろ城の範囲が広く、アップダウンする尾根のピークというピークに曲輪を造成したような感じ。

一旦下って平坦になったところ。

霧深い山道の落ち葉と木々


尾根自体はまだ高度を下げていて、岩っぽくて滑りやすい道をさらに下ると、主郭部と西側の曲輪群との間の鞍部に出る。

降りてきたときの険しさがウソのような、たおやかな山容😮

霧深い森の小道と緑の草地


ここまで来てから降りてきた尾根を振り返ると、すごい大岩が折り重なるよう。

たしかに露岩が多めとは思ってたが、こんなんだとは思わなかった。険しい尾根だ😨

霧深い山中の苔むした大岩と木々


この鞍部からは、北にごく小さな竪堀状が5メートルほど落ちているが、よほど目を凝らさないと見逃すレベル💦

霧深い山道の斜面、落ち葉と草が生い茂る


なお、ここから北の大岩城方面へ行く道らしいものが出ているが、遠いうえに急峻な尾根で行くのは困難らしい。

 

尾根はしばらくダラダラ登ると、ふたたび正面に見えるピークに向かって急登になる。

この山は城内に入ってからのアップダウンが強烈だなぁ…💦

雨とガスで湿った岩角とか、滑りそうで怖いので慎重に登ってゆく。

灰野峠の山城、苔むした根と木々


ひとしきりの急登の上には、ふつうの丸い尾根が続いている。

雨引城主郭の堀切と土塁


が、すぐまた急登が始まる💦

尾根の堀切と木々、霧


裾に小さな堀切が刻まれていた。

霧深い森の登山道、落ち葉と苔むした岩


この急登は10メートルほどで、登りきれば曲輪状の平坦地に出る。

西側の曲輪群の中心になるところか。

雨引城跡の尾根と森


この平坦地はダラダラと西の方へ続いていて、けっこう先まで平坦😮

雨引城主郭の三角点と祠


そして三角点は、標高958メートルのここにあったか…

「本郷」という三等三角点。

雨引城 本郷三角点


三角点を過ぎると、ふたたび丸い尾根上の緩やかな下り。

下りは緩やかなんだが、尾根は細いし右側の斜面なんかほとんど真っ逆さまで、怖ぇ…🥶

雨引城の尾根道、霧深い山林


この尾根には、信州の城によくある石積の材料になりそうなな、一方向にひび割れの入った岩がところどころに顔を出している。

登山道の岩と苔、落ち葉


ひとしきり下ると、また狭い曲輪らしい平場。
尾根に毛が生えたぐらいの、わずかに広くなっているだけの場所…
曲輪と堀切のある山城跡

ここから、ふたたび急な下り💦

さっきまでよりは緩やかだが、こんどは掴まる立木とかが少ない💦

慎重に下ってゆくと、キレットに降り着く。

霧深い森の斜面、木々が生い茂る


ここも、本来よりわずかに掘り下げて、堀切に仕立てたようだ。

城跡の山道、紅葉と木々


ここから、また急登💦

雨引城跡の険しい尾根と岩場


もう城の最奥(登ってきた側から見て)だが、けっきょく城内は尾根のアップダウンが相当にダイナミックで、このような場所に詰めていた兵たちは相当に屈強だったのだろう…


そして、登りきれば最西端の曲輪。

全体が三角形っぽく、けっこう広い。

雨引城跡の苔むした岩と木々


険しい山のてっぺんにある城が周囲に切岸加工なんぞ施されれば、見るからに登れない超要塞になるのだな…😨
ってか、下が見えねぇ🥶
霧深い山道の落ち葉と木々

ここからは西と南に尾根が下っているようだが、南のやつが主要な尾根のようだ。

すぐ下に細い帯曲輪のような平場が見えるが、写真では分かりにくい…

霧深い森の斜面と木々

そりゃそうだ…

この帯曲輪、幅が人の肩幅ちょいしかない…

雨引城の登山道、倒木と落ち葉の斜面


それでも、これがこの城の西端を仕切る土木の跡なことは、間違いないようだ…

この尾根を下ってゆくと1km以上も先に古城があって、往時は連携していたらしい。だがここから古城を通って下山するのは本格登山の域だろう。

いまは徒手空拳だし、もう17時ちかくにもなるので、これ以上の探索はムリ〜


というわけで、退散💨


とにかく、一つ一つの曲輪は小さいのに東西が長いったら😮

ここから派生する尾根の下の方にそれぞれ城があるとなると、やっぱり尾根続きで連携してた要の城だったのかなぁ…

 

★雨引城

長野県須坂市豊丘、上高井郡高山村高井

林道の灰野峠が登城口で普通車2台程度なら路駐可。城域は東西700メートルにもなるので半日行程。

山城

 

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(2025年9月24日 記)

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1年ちょい前に信越国境の栄村山奥にある同名のヤバ城に登ったが、ここは須坂市の東側、明覚山の周辺に遺構を並べる街チカの城。

とは言っても麓の臥竜地区あたりからでも比高は550メートルほどもあって、西や北に派生する尾根上にかなり大きな城を従えてもいる。須坂のラスボスと言って良いかも知れない。というか長野盆地東側の山中にあるこのあたりの城は、鞍骨城にはじまって尼巌清滝といいこの城といい、麓から高く遠い場所にけっこうな規模の城が群をなすように築かれているのが、ヤバ。

麓の大岩城や須田の古城などは有力国衆の須田氏のものと考えられているようだが、雨引城に関してはよく分かっていないらしい。


三連休を狙って長野盆地までやって来たこの日、鞍骨城を狙っていたが朝からザーザー☔️降りでテンションだだ下がり😅

ぐでぐでしているうちに昼を過ぎてしまい、ようやくヤル気を復活させて…しかし城のすぐ脇まで車道が登っているこの城に目標変更してアタック💪


現在位置(Googleマップで)

車道は舗装されていて道幅も1.5車線程度あり、勾配も緩めで楽に登れる。

そして稜線まで登ったところが登城口。

道幅が広くなっていて、車も停めておける。

須坂 雨引城 登城口 舗装路


さらには、案内も架かってる😮

ガチ物件だけに、これは有り難や🙇

雨引城への案内標識


案内には「灰野峠」とあるが、ここは上杉謙信が川中島の合戦にあたって軍道として利用したところで、上の城が大手をそちらに向けているのは、至極合理的だな…😮


登城道は尾根上をトレースしてゆく。

ササの中にトレイルが綺麗に入っている✨気温も麓よりだいぶ低くて、気持ちの良い登り。

それにしても雨雲の中へ入り込んだだけあって、めちゃめちゃガスってるな…💦

雨引城の登山道、笹と樹木に覆われた道


しばらく登って標高が900メートルを超えたあたりで、登りが急になって正面に岩が立ちふさがる。

岩に覆われた古城跡の登山道


トレイルは岩の右から急登して、上の細い尾根に出る。

雨引城 険しい尾根の曲輪跡


そこから少し登った先が、六畳一間ぐらいの小ピーク。

雨引城の東側最前線、草木が生い茂る小ピーク


どうやら、ここが城の東側の最前線らしい。

細い尾根上に築かれた山城で、こんなちっこい堡塁っぽいのをよく見かけるが、一気に最前線の緊張感がマシマシになってくるところ😨


この先には、尾根が大きく落ち込むキレット。

堀切ではなく元からの地形のようで、深さ7メートルぐらいあるか。

地理院地図では、その存在は全く読み取れない

霧深い森、急峻な尾根の城跡


向こう側の登り。

ずいぶん整った富士山型でないの😮

須坂 雨引城の遺構、霧深い山道


この登りの上は、ごく小さな曲輪になっていた。

幅5メートルばかりで丸っこい尾根に見えるが、ちゃんと削平されている。

霧の中の山道、長野の城跡


そして、この奥で尾根の高度が急に上がる💦

そして、裾が二段になって…

霧に包まれた森の登山道にある木々


ここが、主郭部の始まりを告げるか、という堀切。

深さ1メートルぐらいになっているが、往時は薬研堀だったろう。

山道と森、霧の風景


外側は、しっかり土塁を盛って堀に仕立てている。

霧の森、木々の根と草


この先、道は尾根の右側を斜めに登っていって、北東へ派生する尾根に出る。

直登すると45°ちかくの急斜面で、土が湿る中では怖い…

尾根に出てから上の方を眺めるが、ヤバ険しいな…🥶

須坂 雨引城 霧深い山道


なお、この尾根を下ってゆくと須田一族の城である月生城まで続いているようだが、下る気にとてもなれないような細くて険しい尾根だった…💦


ここからも尾根線直登ではなく左側へ回り込んでいき、上の小ピークより少し先に登りつく。

雨引城への登山道、霧深い森


このあたりは、20メートル四方ぐらいの範囲が皆伐されている。

霧深い山道、雨引城の尾根道


小ピークが、少し戻ったところにある。

削平されたような感じではなく、曲輪と言えるかどうか…

雨引城跡の尾根、苔むした岩と松葉


下に、大岩を挟んでもう一段あるようだ。

その下は麓に向かってストン💦

この間にもごく小さな堀切があったようだが、ほとんど見えなかった…

雨引城 尾根の防御遺構


ってか、ワタシにはここの北側の斜面のほうが、よっぽど迫ってくるものがあったデス。

ってかコレ、落ちたら死ぬって🥶

雨引城の尾根にある深い堀切


さて、ふたたび上へ。

皆伐された尾根の端っこ、ふたたび急登が始まる手前が、また曲輪のようだ。

ここも丸っこくて、削平されているのは斜面の裾のほんの僅かな部分らしく、しかも皆伐をコレ幸いと成長する🌿🌿に阻まれて見えにくい…

霧深い森の切り株と植物


裾には、またまた小さな堀切😮

これも凹が微かで分かりづらいったら…💦

須坂 雨引城 霧の山道 倒木


ここから、いよいよ主郭、標高982メートルの明覚山への登り❗️

トレイル見えん💦

長野の山城、雨引城の遺構と森


これまでより格段なる急登、しかも踏跡もあちこちに分岐して登りづらい山になってくる。

取り付きは正面やや左だが、あとは状況に応じてご自身の目でルートファインディングした方が良い。

急登を越えても、まだ登りは続く💦

須坂雨引城の尾根と森


すぐ上で、高さ3メートルぐらいの段になって登る。

雨引城 登山道 尾根の急斜面


裾には、小さな堀切。

こういうのを細かく何本も入れている城だが、ハッキリそれと分かるのは少ないかも…

雨引城 須坂 霧の山道


しかし、その先に…


なかなかデカいじゃん🤯

森の斜面と木々、霧


この堀切は立派なやつで、城外側から見ても人の背丈ぐらい掘り下げられている。

いよいよ最後の関門か。緊張感がマシマシ😨

須坂雨引城の登山道、霧深い森の風景


「最後の関門」なんて、後から思えば甘々な認識だった…😅

 (須坂 雨引城 その2に続く)

 

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(2025年9月23日 記)

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上田の町の中心地に今なお多くの土木の跡を遺し、街のシンボルともなっている上田城。

もとは天正十一年(1583年)に真田昌幸が北の方にあった真田氏館に代わる居城として築き始めたのが最初で、天正壬午の乱後と関ヶ原合戦時の二度にわたって徳川氏の軍勢を斥けた難攻不落の城として知られる。関ヶ原合戦後に破却され、やがて真田氏は松代に転封された。代わって入城した仙石忠政が新たに築き直され近世城郭の姿が整った。

明治維新で西櫓を残して他の建物は移築や破却されたりした。戦前の1934年に国の史跡となり、1949年には明治維新で移築された2基の櫓が南櫓、北櫓の位置に復元された。2006年に日本100名城に選ばれ、現在は二の丸の復元工事が進んでいる。


佐久平の登らない城ばっかり4つほど回って、翌日は長野盆地周辺の山城を攻めに行くつもりで西へ移動中に思いついて立ち寄った、といういつものテンション…😅


現在位置(Googleマップで)

いまは公園の広場になった尼ヶ淵から、照らし出された南と西の櫓が浮かび上がる。

夜空にポッカリという感じ✨

夜空に浮かぶライトアップされた上田城


見上げる南櫓。

尼ヶ淵の上に二段に築かれた石垣の上に構えている。この石垣も一部は現存だったっけな…

夜の上田城南櫓と石垣


少し尼ヶ淵の崖に沿うように見上げる西櫓。

崖に石垣を構えて守る要塞感がふつふつ✨

夜空に浮かぶライトアップされた上田城南櫓


続いては、本丸の中へ行ってみるか。

二の丸橋のところで上がれるので、上田温泉電軌が通っていたという二の丸堀へと入ってゆく。

途中真っ暗で怖えわ🥶

上田城跡公園、夜の遊歩道


街灯のない二の丸橋の石垣も、当然真っ暗😂

二の丸の中も街灯がまばらで、やっぱり真っ暗…

おまけにあちこち工事中で、どっから入ってくんだ状態だった😅

二の丸に入ってから、本丸とは反対側の博物館別館の方まで行ってから回り込んでゆくのが正解。

 

やっと辿り着いた、本丸東虎口🙌

上田城の夜間ライトアップされた櫓門


ライトアップを受けてドッシリ立っている櫓門✨

狭い扉の向こうは光の世界…
上田城本丸東虎口の櫓門

この櫓台の石垣には真田石とかあるが、ライトアップを浴びて仄かに浮かび上がっているだけ…

それでも、これで石の表情をしっかり写し撮れる今の写真技術ったら✨

上田城の石垣と木々


本丸は上田神社の境内。

絵馬とかおみくじとか、そして赤い幟旗と賑やか✨

上田城夜景、石畳と緑の木々


六文銭の兜モニュメントも、肩身が狭そうな…

六文銭兜モニュメントと神社


神社の本殿の前から左に抜けると、本丸の南西の隅に立つ西櫓の前まで行ける。

立派な現存建築✨

上田城の夜景、南櫓と西櫓


で、この下にある西虎口を初めて見た😂

やっぱり、まだまだ修行が足りんわ…

上田城址公園の夜景、ライトアップされた緑


最後は西虎口から退出することにした。

上田神社の参道から裏側へ入ってゆくと、打って変わってふつうの夜の公園の雰囲気…

そして、虎口の石垣と西櫓のツーショット✨

夜空に浮かぶ上田城の櫓と石垣

裏側照明になった西櫓も✨

夜の上田城、ライトアップされた南櫓

西虎口からは、西櫓の脇を階段道が降りていて、尼ヶ淵に戻れるようになっていたか😮

これも知らなかった😅ただし夜は街灯なく真っ暗。


夜はライトアップはされているが、基本的には町中や新幹線の車窓から観賞するためのもので、城内は真っ暗なところが多くて危ない。

個人的には満天の星空の下に浮かび上がるようすが見てみたいが、上田の夜空の明るさではムリか… 

 

★上田城

長野県上田市二の丸

周辺に有料駐車場多数あり。

平城

 

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(2025年9月22日 記)