「海の名前」

中村庸夫:文・写真

東京書籍

 

 

海洋写真家の中村庸夫氏が、今まで出会った海を、その海の名前と共に紹介する写真集。

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★〈自分が読んだ動機〉★★★

昔から「1日眺めていても飽きない」と思うくらいの海好きで、海の写真集をコツコツ集めています。その中でも特にお気に入りの、写真と言葉を一緒に楽しめる一冊です。

 

 

★★★〈著者について〉★★★ 

中村庸夫氏は、長年にわたり海をテーマにした写真を撮り続けている海洋写真家です。

写真集・著書は数多く、2006年に国土交通大臣から「交通文化賞」を受賞、2010年には内閣総理大臣賞「海洋立国推進功労者表彰」を受賞するなど、まさに海洋写真の第一人者です。

 

 

★★★〈海が好きな人は必見の書〉★★★

・とにかく海が好きな人

・海の風景写真が好きな人

・海の知識を得たい人

 

 

★★★〈海の写真と、海の言葉〉★★★

場所によって、季節によって、時間によって、海は様々に表情を変えます。

海の姿を表す言葉。海にまつわる言葉。

多くの言葉に、その光景の写真を添えた、「海の写真集」であり「海の言葉の辞典」です。

約200ページ、オールカラーで写真の数も言葉の数も多く、写真集としても言葉の辞典としても楽しめます。

 

 

★★★〈目次〉★★★

 

・地球は海の星

海はこうして生まれた

海の語源と神話・伝説

七つの海・広い海

 

・収録されている言葉の一部

水惑星・海原・ポセイドン・青海坂・竜宮・遠洋・四海・無人島・多島海・列島

 

 

・海流・潮流・潮

海流

潮の流れ・潮の動き

 

・収録されている言葉の一部

寒流・黒潮・流れ藻・潮汐・若潮・潮津波・瑞潮・逆浪

 

 

・海のいろいろな波

波の形

風と波

沖の波

磯波・岸に寄せる波

サーフィン用語

音・泡・飛沫

船の波

凪とさざ波

 

・収録されている言葉の一部

波高・波底・潮風・陸軟風・時化・砕け波・白波・引き波・八重波・グリーンルーム・リーフブレイク・潮騒・海鳴・海の泡・波の白糸・暗車流・汽船波・凪・さざ波・波の綾

 

 

・海の表情

海の気象

海の色と光

 

・収録されている言葉の一部

驟雨・鰯雲・蜃気楼・青海原・水天一碧・金波銀波・海火事・海の月・蛍光海水・漁火

 

 

・海岸地形・浜と磯

海峡と水路

湾・入江・河口

岬・海岸地形

岸・浜辺・干潟

浅い水中

 

・収録されている言葉の一部

水道・澪標・水潮・運河・灘・内湾・岬湾・汽水域・高海岸・喜望峰・貝殻海岸・磯の台・海蝕洞門・渚・波痕・白砂青松・潮溜・海底砂州・河口デルタ・流砂・砂紋・潮干潟・岩礁・海石・ブルーホール

 

 

・南の海・氷の海

サンゴ礁・南の海

氷の海

 

・収録されている言葉の一部

裾礁・卓礁・ネックレスアイランド・インド洋の真珠・カタバル・八重干瀬・星砂・サンゴ砂・氷海・蓮の葉氷・流氷鳴き

 

 

★★★〈とにかく美しい海の写真〉★★★

収録されている写真は、とにかく素晴らしいの一言に尽きます。

 

流氷に覆われた極寒の海から、サンゴ礁が続く暖かい海まで。

空から見下ろした海から、海の底まで。

朝日を浴びる海から、暗い夜の海まで。

あらゆる場所、時間、角度から切り取られた海はまさに自然が作り出した芸術。決して人が作り出すことのできない雄大な風景は美しさだけでなく、生命力を感じます。

 

表紙の写真は、空から見下ろしたパラオの海。宝石のようなブルーに惹かれた人は、きっと本書の内容に満足できると思います。

 

 

★★★〈圧倒的な情報量〉★★★

200ページ、オールカラーで、写真の量も言葉の数もとにかく多いです。

見開き2ページにわたる大きな写真や、1ページに大きく印刷された写真の他、1ページの中に2~3枚の写真が載っているページも多くあります。

 

似たような写真は1枚もなく、どのページを捲ってもそれぞれ全く違う海の表情を見ることが出来ます。海の写真集は数多くあれど、海の表情をこれほど詰め込んだバリエーション豊かな写真集はなかなか無いと思います。

 

巻末には索引もついているので、気になった海の言葉を探す時にとても便利。この海は何という名前なのか、「海の名前」で調べてみるもの面白いです。ページをパラパラと眺めるだけで、海に関する知識がどんどん頭に入ってきます。

 

 

★★★〈海の表情の豊かさ〉★★★

「海の青」といっても、サファイアのように深いブルーから、鮮やかな水色まで、実に多くの「青」があります。そして海の色は「青」だけではありません。

白い砂が透けるエメラルドグリーンの海。

曇天の下で波立つ灰色の海と、砕ける白波。

夕日を浴び金色やオレンジ色に輝く海。

 

色以外にも、海は実に表情が豊かです。

全く波のない青いガラス板のように真っ平な大凪の海、遠くにスコールが見える夕暮れの海など、条件がそろわないと見ることのできない現象。

波に侵食され削られ複雑な地形となった海岸線や崖、広大なサンゴ礁など、限られた場所でしか見られない光景。

また夜の海に無数に浮かぶ長崎のイカ釣り漁船の灯、海ギリギリまで家が立ち並ぶシドニー(庭先に海がある!)や、上空から見下ろした南アフリカの喜望峰のように、特定の場所でしか見ることのできない特別な風景も多くあります。

 

見たことのない海、おそらく一生見ることのできない海。写真には全て場所が明記されているので、いつか行ってみたいと思いながら、脳内で世界中の海を旅することも楽しいです。

 

 

★★★〈美しい日本語の数々〉★★★

海の言葉にはそれぞれ英語訳がついていますが、英語訳がついていないものもあり、それらはおそらく日本独自の言葉です。

日本独自の言葉は多く、どれもが琴線に触れる味わい深い言葉ばかりです。例を挙げると、

 

「蒼海・青海原・青海・碧海」・・・海の青の表現したいくつもの言葉。

「八重波・百重波・五百重波・千重波」・・・次々に押し寄せる波。

「河海の天」・・・水面に映った青空や雲、月、太陽など。

「水天彷彿」・・・空と海が一続きに見えて境が分からない。

「海の月」・・・海上の空に浮かんでいる月や、海面に浮かんだ月影(クラゲの別称でもある)。

「波の綾」・・・さざ波が綾織物のように見えることから、波で作られる水面の模様。

「波の花」・・・白く泡立つ波を白い花に見立てた。

 

風光明媚を謳う名前ばかりではありません。

例えば黒潮(海外でもKuroshioで通用)には地域によって様々な呼び名がついており、その中の一つに「子売り潮」という変わった名前があります。これは6月頃に流れが速くなり船が出せず、漁ができないことから、子どもを売るしかない程漁師が苦労したというところからこの名がついたと言われています。悲しい現実を乗せた、実に文学的な名付けです。

 

名前とは、役割を突き詰めれば物を表す記号で、「それが何なのか分かる言葉」であれば何でも良いはず。しかし昔の日本人は、味気ない事務的な言葉でなく、情緒あふれる美しい名前を付けました。

 

海の変化を敏感に感じ取り、愛で、一つ一つに美しい名前を付ける。

海と共に生きてきた日本人は、豊かな感性と細やかな心、そして美しく文学的な言葉を生み出す知性とセンスを持っていたのだと思います。

 

「海の名前」は、日本人が作り上げ受け継いできた「言葉」という素晴らしい文化の一端を教えてくれます。普段使うことのない言葉、聞いたことのない言葉も多くありますが、風化させずに残していきたいと思いました。

 

 

★★★〈終わりに〉★★★

美しい海の写真を堪能しながら、海に関する言葉・知識を学ぶことが出来る、至高の一冊です。海が好きな人に是非読んでほしい本です。