この星に光を分かち合いに来た仲間たちへ
この数年、
春分の日、秋分の日といえば、
惹かれる所に行き、
光の柱を立ち上げてきた。
昨年の春分の日は、
佐賀の巨石パークに行き、
秋分の日は、
小豆島の重岩に行った。
しかし、今回は、
これまでの流れが嘘のように、
何も感じず静かだった。
先週、
春分の日の午後に、
ヒーリングの予約が入った時も、
「春分の日にヒーリング、いいですね!」
といった感じで、
まるで他人事のようだった。
そして3日前、
母から、
春分の日の11時からお寺で法要がある
との誘いが来た。
これまでも、
妹2人のどちらかと、
一緒に行っていたそうで、
今回は上の妹と行くそうだが、
なぜか今回は、
初めてお誘いが来た。
私はもともと、
幼い頃から家に居るのが苦しくて、
15歳で家を出て上京した。
その後、35年、
ほぼ絶縁状態で過ごした。
さらに1997年、
OSHOの世界に入ってからは、
宗教⁈と眉をひそめるようになった。
なので、
春分の日や秋分の日にお墓参りに行く、
という習慣もない。
一昨年の1月、
父が亡くなってから1年間、
毎月命日に、
お坊さんにお経をあげに来てもらっていた。
私も参加していたが、
正直お経をあげることに、
何の意味があるのか、
分からないままだった。
そもそも、
お経の意味すらわからない。
幼い頃は、
たくさんのお経を暗記して、
一緒に唱えていたものだが、
何の意味も分かっておらず、
真似していただけだった。
でも、
ハートで感じていると、
生きている人に、
どう生きたらいいのかを説いている
ような氣がして、
死んだ人にお経をあげて、
何の意味があるんだと思っていた。
さらには、
死んだ後、いつまでもこの世にはいないだろう。
とも思っていた。
そして、
お坊さんを観ていても、
何かを知っているようには観えないし、
一般の人と何の違いがあるのかもわからず、
幸せそうにも観えなかった。
お経をあげて病氣が治ったからといって、
それが何になるのかと思っていた。
そして、
私自身、過去生で、
お寺で修行した時も、
苦行ばかりで何の救いにもならなかった。
なので、
母から誘いが来たときにも、
「妹のどっちかと行くんでしょ、
じゃあいいじゃないですか。」
と返信した。
でも、昨夜、
「明日、お寺に行ってみるか。」
閃いた。
何の期待もなく、
何のジャッジもなく。
そして今日、
行ってきた。
お寺について、
車を降りると、
ちょうど妹が、
母を乗せてやってきた。
すると母が、
「来てくれたんだ、ありがとう。」
と心底感謝していた。
正直、
その反応に驚いた。
そして,
そんな風に感謝されて、
嬉しかった。
そして、
本堂に入ってからは、
妹と色々話して、
いい時間を過ごせた。
法要が始まってからは、
目を閉じて手を合わせ、
静かに座っていた。
木魚を叩いたり、
鐘を鳴らしたり、
太鼓を叩いたりしながら、
いろんなお経をあげる様子を観て、
いろんなことを考えるものだ、
一体どうやってこういうことを考え出したのだろう?
と不思議だった。
そしてやはり、
お経をあげる意味は、
分からなかった。
そもそも、
お経をあげる以前に、
親が生きている内に、
自分の魂との繋がりを取り戻し、
その繋がりを通して、
親との繋がりを取り戻しておくことが必要。
それなくして、
お経をあげて何になるのか。
そう感じた。
その瞬間、
父が亡くなる前、
面会に行くたび、
愛と感謝と伴に、
ただ一緒にいた時のことを思い出した。
そして、
ハートの奥があったかくなった。
それを思い出す、
素晴らしい機会となった。
どんなに酷い親に育てられたとしても、
自分の中に蓄積した傷や感情を癒して、
間違った信じ込みを解放したら、
やられたことのすべては、
昨日食べた晩ご飯と同じただの記憶になる。
そしてやがて、
思い出すこともなくなる。
すると、
最後に残るのは愛と感謝。
酷い事をされ続けたけど、
そのすべては、
内奥に在った愛が、
親が抱えていた傷や感情によって、
歪められていただけだった。
愛されてないと思っていたが、
愛されていた。
と氣づく時、
親との親との繋がりを
取り戻すことができる。
それは先祖代々続く、
愛の繋がりを取り戻すことでもある。
父親のことを癒し切る前は、
父親のせいでこんなに苦しいし、
父親があんなだったのは、祖父のせいだし、
祖父がそんなだったのは、曾祖父のせいだと、
先祖代々を恨んでいた。
しかし、
父親にされたことを癒し切って、
父との繋がりを取り戻した時、
先祖代々続く愛の繋がりを取り戻すことができ、
おかげで自分は今生、
こうして人間として生まれることができたと、
感謝を感じた。
そして、
尋常でない苦しみを体験できたお陰で、
外側の物事で誤魔化すこともできず、
本当に癒されるものを求め続け、
内側深くヒーリングし続け、
それでも苦しみから抜け出すことができず、
内側深く瞑想し続け、
内側深くヒーリングし続け、
本当の自分に戻り目覚めることができた。
人生最大の苦しみが、
人生最大の恩寵だった。
そして、
それを計画したのは、
自分だった。
人生最大の敵だと思っていた父親が、
人生最大の味方だった。
人生とは、生きる神秘。
最大の神秘は、本当の自分とは何か?
それは、人間が最も避ける、
怒り・恐怖・不安・恐れ・悲しみ・嫉妬・恨み・・・
といった感情の奥に隠されている。
だからこそ、
人生とは
最も難易度の高い
宝探しのゲーム
と言うこともできる。
法要に出かける前、
瞑想する時間がなかったので、
帰宅後、瞑想した。
すると、
いつもよりも楽に深く入り、
大きく広がった。
春分の日に悟りを開いた
という話を聴いたことがあるのも、
うなずけることだと感じた。
私たちはいつも、
今いる必要のある所にいます。
今いる所で感じる感情を癒すことが、
今する必要のあることです。
そして、
今いる所で幸せになると、
さらに幸せな場所へ導かれます。
これを続けていくと、
思えば遠くに来たもんだ
と驚くような人生が待っています。
でも、それは、
ただ今ここにいて、
今感じる感情を癒し続けた結果
なのです。
今いる所で感じる感情から逃げ続ける、
ということは、
今いる所に居続ける、
ということです。
そんな人生は、
つまらないですよね。
まだ観たことがない自分、
まだ観たことがない世界を、
観たいと思いませんか?
あなたもそれを
体験してみませんか?
その旅は
サトルボディヒーリングから
始まります
ここで提供しているセッションは
対面・電話・Zoomで
世界中どこにいても
受けることができます
本氣で変わりたい人のための継続セッション
思考との同一化に戻るのを防ぐため
ヒーリングとヒーリングの間に
フォローアップを組み込んで
継続的に進化していく
あなたの現実を作っているのは
あなたで
あなたの人生の主人公も
あなたです
無意識に
悩み苦しむ現実を
作ることもできれば
感情を癒して
自由で楽しい現実を
創造することもできます
あなたも
過去の傷や感情を癒して
愛に満たされて幸せな
本来の自分に戻りませんか?
いつも応援しています
愛と感謝と共に
Deva Ambho
自分一人では
どうしたらいいのか
わからない
そんなあなたには
サトルボディヒーリングの
一つ一つ丁寧に
ガイドしていくので
安心してお任せください
◆ダメな自分を認めたら、得意なことを頑張れるように、みんなが手伝ってくれるようになりました。
◆初めて会った瞬間に涙が溢れて、『やっと会えたね!』って声がしました。
◆【感想】傷つくことを恐れてすべてを無くしていたけど、今は、傷ついてもいいから愛したい愛されたい。
◆動悸や自律神経失調状態での特徴的な症状のオンパレードでしたが、全てなくなりました。
◆精密検査で見つかった前癌状態が、1回のヒーリングでなくなってました。た。
◆安定剤も睡眠導入剤も鎮痛薬も胃薬も、1ヶ月で全て必要なくなりました。
ここで提供しているセッションは
対面・電話・Zoomで
世界中どこにいても
受けることができます
本氣で変わりたい人のための継続セッション
思考との同一化に戻るのを防ぐため
ヒーリングとヒーリングの間に
フォローアップを組み込んで
継続的に進化していく
ハート瞑想の個人セッション
内なる感性を目覚めさせ
自分でも感情を感じ
癒せるようになるために
チャクラエネルギーバランシング
7つのチャクラを
光で満たしてバランスし
統合することで
大地から宇宙へつなぐ
真我覚醒セッション
●初めての方へ ●メニュー ●お客様の感想 ●お客様の質問 ●お問合せ ●セルフケア ●プロフィール
ヒーリングサロン
ディヴァイン・ロータス
長崎県大村市
全世界対応
対面/電話/Zoom
ホームページは
サトルボディヒーリングはこれまで、
ニュージーランド、カナダ、北海道、岩手、仙台、郡山、栗原市、水戸、鹿島、神栖、古河、常総、松戸、流山、千葉、野田、木更津、市川、大宮、川越、栃木市、秩父、江戸川、台東、練馬、港区、品川、目黒、恵比寿、世田谷、杉並、三鷹、武蔵野、調布、府中、狛江、多摩、東村山、国立、立川、福生、羽村、小作、河辺、青梅、日ノ出町、名栗、青葉台、町田、横浜、川崎、横須賀、相模原、鎌倉、長野、浜松、名古屋、春日井、豊田、大府、大津、京都、大阪、神戸、兵庫、宝塚、奈良、三重、伊賀、岡山、高知、今治、山口県、周南市、福岡、大宰府、鳥栖、長崎、諫早、大村、佐世保、雲仙
などにお住まいの方たちに受けていただいております。





