見切り発車で書き始めたこのテーマ。
夫の飲酒問題のあれこれと、話し合いの結果までを綴っていきます。
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⑦はここから。
「アルコール依存症になってしまう前に、適量を飲めるようになろう」
その約束を夫が守るなら、家族としてやっていくことにした。
その後もイヤイヤ期の息子に手を焼く日々は続いた。
泥酔事件からしばらくたったある夜のこと。
泣いて泣いてなかなか寝ない息子に疲れ果て、あやしたりすることなく放置していたら、夫に言われた。
「息子がかわいそうだ」
私の中で何かがぷつんと切れた。
「あんたは酔っぱらって記憶がないかもしれないけど、もっとひどいこと息子にしたんだよ
」
と、口から飛び出た。
「泥酔してるあんたに『だいじょうぶ?』って何度も息子は言ってたよ?
あんたのせいで、あの日の息子は夕飯も寝るのもかなり遅かったんだよ?
どの口が『かわいそう』って言ってんの
」
夫への怒りが溢れて止まらなくなった。ブチ切れた。
そして同時に愕然とした。
酔っぱらった本人と、周囲の人間とは、これほど乖離があるのだなと。
「飲酒問題に自覚がない場合は、酔っぱらっているときの様子を動画に撮って、本人に見せるのも効果的です」
と、アルコール依存症のサイトに書いてあった意味が分かった。
あの醜い姿を撮っておけばよかったと今でも思うくらいだ。
わたしは辛すぎて「もう二度と同じことは起こってほしくない」と思ったけど、夫には記憶がない。
つまり、わたしと同じ程度で飲酒問題を捉えているわけではないということ。
本人は記憶がなくてお気楽で、わたしだけにあの日の記憶が残っている。
埋めようのない溝に気づいて空しくなった。
幸いにも、ほどなくしてコロナ禍が始まり、飲み会は軒並み中止に。
外で飲む機会がない生活になり、夫の飲酒トラブルも必然的に無くなった。
週末に家で飲むこともあったが、私の目もあるからか、「350㎖の缶ビール2本まで」と決めたルールを守れていた。
穏やかな夫、穏やかな生活が戻った。
…ところが4年後。今から2年前。
東京への異動が決まったころは、運悪く(?)コロナも落ち着いていて、送別会という名の飲み会が連日開催されてしまった。
お酒を飲む理由や口実を、脳が巧みに作り出してしまう。
『飲酒コントロール障害※』に一度なってしまった夫が、適量を守る生活を4年間続けていたとしても、多量に飲む機会を得た途端、脳は再び暴走する。
※飲酒コントロール障害…酔うと飲酒量をコントロールできなくなる状態。
自分の送別会なのだから…
今夜は特別なのだから…
好きなだけ飲んでいい!
夫の脳が、約束を破ってでも多量にアルコールを摂取する口実を夫に与えてしまったのだと思う。
結果、何年も守れていた「適量を飲む」という習慣はあっさり放棄され、飲み会のたびに泥酔して帰ってくる日々がはじまった。
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