リーンのガラパゴスサロン~趣味や娯楽の広場 -10ページ目

リーンのガラパゴスサロン~趣味や娯楽の広場

「リーンのガラパゴス批評」の兄弟ブログです。趣味に関する記事はこちらでどうぞ。

 

 山下達郎を聴くためだけ山中湖に行った。他のアーティストは聞かなかった。


 今までコンサートに16回、今年は3公演通ったが、そんな達郎慣れしてすれっからした私の中で、達郎さんを聴き続けることの新鮮さを保つために、安曇野から約5時間かけて富士山の麓を目指した。


 本当に素晴らしいコンサートでした。一見さんには極上の達郎体験を味わえたでしょうし、耳慣れた私は毎回聞きなれた曲を、また新鮮な気分でこれからも聞けると再認識した。贅沢なひと時を曇り空の下で堪能できて本当に幸せでした。


 松本から大月まで高速道路を自家用車を走らせ約2時間、富士急行から富士山駅を目指し(女性の車掌が観光案内しながらきびきび働いていたのが好印象)て着いたのがお昼過ぎだった。約1時間待たされてようやく山中湖方面のバスに乗る。渋滞というほどではないものの、のろのろ運転しながらやがて山中湖村に入る。途端に周囲は松林、これも富士の樹海というやつだろうか。目的地近くに土砂降りの雨が降る。雨具を持っていなかったのでライブ鑑賞がどうなるのか気をもんだが、交流プラザきららにつくとぱたりと雨が止んだ。だが空は曇り空のまま、いつまた雨が降ってもおかしくない。


 運動場を横目に見ながらやがてチケット改札口につくと、並んで待つことなく入場、ピンク色のゴム製リストバンドをつけてもらってあっさり入場した。14時を少し過ぎたころ、とっくに達郎さんが歌うはずのステージでは若手のバンドが爆音を響かせ、それに観客が呼応して人差し指をステージにさしながらみんなでリズムをとってノリノリの空気が充満していた。意外なことにこの場にいるのが心地よかった。エレキギターのギンギンするサウンドは聞かないのだが、この会場に満たされた音楽のノリに乗ってやろうといったはじけた気分がこちらを高揚させた。


 14時30分、演奏終了。


 ステージの近くに行こうと、雨でぬれて草も踏まれ放題の土の上をスニーカーで踏みしめ観客をかき分けた。ステージ中央から10列目ほど、マイクスタンドの正面に落ち着いた。隣の人と肩が触れ合うことがないので窮屈さを感じることがなく、残り1時間を待つのが苦にならなかった。仕事柄、立ち姿のままでいるのは苦にしませんので。ステージ上ではスタッフが楽器を運び込み準備に余念がなかった。達郎さんのコンサートで脇を固める柴田俊文さんがキーボードをチェックしに現れ、その近くで楽器テクニシャンの宮村貴史さんが黒色の夏フェス用スタッフTシャツを着てギターを何度も鳴らしながら音色を確かめていた。周りの人はじっと見ているから知らなかったのかな?30分前にはドラムの小笠原拓海さんが登場して、こちらは入念にスティックを振っていた。演奏開始5分前になってもまだステージにいた。


「ちょっと叩いてみてくれますか」


 聞き取れないほどの小さな声がスタッフからかかった。


 ドン、ドン、ドン、ジャン、ジャン、ジャン、……


 軽くインプロビゼーションして見せると、観客が一斉に拍手した。小笠原さんは満面の笑顔を見せた。のんびりと待っていた観客がステージに気を送るかのように少し張りつめた凛とした空気が一体に広がった。小笠原さんが袖に下がり、ほどなくステージ左横の画面に文字が浮かび上がった。そして、男性アナウンスの声。


「NEXT! 山下達郎!!」


 拍手、録音されたアカペラ、もちろん達郎さんの多重録音。現れるバックミュージシャン、そして登場する本日の主役。今日はパープル一色のシャツを着ている。今年のツアーは黒色のシャツを着ていたが今日のシャツの方が柔かい感じが出ていていいのではないか。


 15時30分。演奏開始。


 ギターのカッティング、宮里陽太さんのサックス、3人のコーラスの重なり。やがて達郎さんが聞き覚えのあるフレーズをテレキャスターのギターで弾きだす。だが恥ずかしいことに曲名が思い出せない。


 ランランラ、ランランラ、ランランララン、アイラヴュー~


 この曲が思い出せないなんて恥ずかしくなった。何年ファンクラブに入っているのだろうか、ったくもう。


01、LOVELAND,ISLAND


 オーゥオ、アイラァーンド!!


こんにちわ、やました たつろう、です


 海をイメージした曲をコーラスだけ軽く歌っただけだがこの曲は湖にも合う。短い挨拶もそこそこに、一気に山下達郎サウンドが山中湖畔に炸裂した。


                            (次回に続く)

 達郎 お次は「HAPPY GATHERING DAY」であります。「希望という名の光」のカップリングで出したシングルでありますが、ケンタッキーフライドチキンの40周年のいわゆるイメージソングとして出したものです。私の一番中のいい友達ってのは、ほとんど中学時代の友人であります。なので、もう50年近くの付き合いになりますけれども、ま、お医者さんやってる奴とかですねいろいろおりますが、今でも昔アマチュアバンドやっておりましたが今でもそれでも交流がありますが、お互いに忙しいので一年に一度ぐらいしか会えないんですが、本当に昔からの友達というのはですね、若い頃からの友達なので何年も会わなくてもですね会ったらほんの短い時間でその頃に戻れます。お互いが歳をとりましたし、いろんなことがありますが、そういうような友達というのが一番こう、なんていいましょうかかけがえのない人間的な財産であります、そういうような歌といいましょうか、年に一度ぐらい集まってバカな話をするというそういうようなモーメントの歌であります。「HAPPY GATHERING DAY」文字通りそういう歌でありますけれども、こういうシャッフルビートといいましょうか、スイングした音楽というのは僕なんかが中学生から高校生にかけての1960年代のイーストコーストのグットタイミュージックと呼ばれるようなニューヨーク然としたサウンドですけれどもその頃の匂いといいましょうか僕が愛した空気感というのをアレンジした一曲であります。「HAPPY GATHERING DAY」



  HAPPY GATHERING DAY



 「HAPPY GATHERING DAY」。間奏はオルガンとオカリナの合わせた音であります。で隠し味で入っているウクレレが入っているんですが、これがちょっとのんびりしたテイストに引き立てているというか隠し味であります。余談でございますが。



 リーン 


 生まれた街は

 もう名前もない

 思い出だけ

 だけど決して変わらぬもの

 それは心つなぐ友達さ


 この詩の部分はシングル発売当時は町村合併を念頭において詩にしたと語っていたかと記憶しています。達郎さんもデビューから36年が経ち、年月が経たからこそ書ける時間的隔たりを書いています。達郎と同じ時代を生きている、そんなシンパシーも感じたりいたします。


 ところで曲紹介のなかでニューヨークサウンドの話をしています。実際は固有名詞をいくつか述べているのですが、オールディーズに無学な私の文章では間違いの元になりそうですので割愛しています。まあ、ビートルズのサウンドはここにはない、とか思えばいいんですかね。

 達郎 さっそく8曲目から、7曲目の「俺の空」が反響をいただきましてお便りをいただきましてありがとうございます。それに続きまして出てきますのが、一転しましてバラード3部作、今年のバラード(「愛してるっていえなくたって」)を入れますと4部作になってしまいますが、一番製作年度が古いやつ今から3年前の2008年のシングルでございますけれども、ここからこのアルバムの製作が実質スタートいたしております。これが一番さいしょに世に出た作品であります。2008年のおなじみの「ずっと一緒さ」。えーと、『薔薇のない花屋』という2008年のドラマの主題歌でございますが、実はこの曲「ずっと一緒さ」、ドラマの主題歌として世に出ましたが、この前に書いた一曲があります。ホントはその曲でやりたかったんですが、演出家の方がですね、その曲、ちょっと暗めのメロウな曲だったんですが、もうちょっとアップ(テンポ)な、ミディアムな作品だったんですが、野島信司さんの脚本だったので暗めの曲にしたんですが、演出家の方が


「ちょっと暗い。ドラマが暗いのでもうちょっと明るい曲にしてほしい」


 という、そういうオファーをいただきまして、もう一曲書き直しまして作り直しましたのが「ずっと一緒さ」であります。でも、演出家のおっしゃるとおり、この曲だと暗いドラマの中にすこし救いがあったかな、という結果オーライだな、と思いましたが。そのときはすごく製作期日がただでさえタイトなのに、もう一曲書くのですごくタイトで大変だったのですが、それも今では懐かしい思い出です。2008年のシングル、「ずっと一緒さ」



  ずっと一緒さ



 「ずっと一緒さ」。2008年の3月のシングルですが、2007年まで竹内まりやさんの『DENIM』のレコーディングをやっておりまして(プロデュースを手がける)、2008年の「ずっと一緒さ」から今回の『Ray Of Hope』の作品がレコーディングをはじめたという状況であります。その間に2008年、2009年、2010年とずっとツアーをやっておりまして、その間を見ながらレコーディングをやってまいりました。「ずっと一緒さ」、その取っ掛かりの曲でございます。服部克久さんにストリングスアレンジをお願いしました。



 リーン 『Ray Of Hope』のジャケットは楽器で人間の“手”を形作っているものですが、「ずっと一緒さ」のジャケットも生身のふたつの“手”が握り合う写真が飾っています。震災で傷ついた人の心によりそった今回のアルバムを先取りしたようなつながりを感じる写真、なんだか意味有り気に感じてしまいます。達郎さんはまったく意図していなかったことでしょうけれど。


『薔薇のない花屋』、見てました。文語的といいましょうか、童話のような非日常の言葉遣いに面白さを感じました。雫ちゃん、健気でしたね。八木優希ちゃんはこうした、やや古典的な喋りがよく似合います。むしろ周りの大人たちの表現がややこなれていない気がしました。血のつながりが実はなかったのに、実の子として育てることが謎を呼ぶドラマに、「ずっと一緒さ」のやや明るめの曲調がかえって合っていました。演出家の永山さん、卓見です。


 このシングルはオリコンチャートで最高3位まで行きましたが、それまで約6年ライブをやっていなかった時代の曲と違い、達郎さんの温かな曲調がようやくよみがえった感じがこの曲には感じられます。


 傷ついた

 心のかけらを

 ひとつ残らずひろって


 愛という 

 不思議なジグソー 

 つなぐ欠片(ピース)を探すよ


 本当の強さは

 「ひとりじゃない」って言えること


 風の中で寄りそう

 花のように

 秘めやかに


 3年前の曲なのに、今聞いても心が癒されます。

 達郎 今日の一番最後の曲は7曲目に入っております、「俺の空」という曲なんですが、


「お前は本宮ひろ志か」


 とかそういう葉書をいただきましたが違います。えーっと、これは洒落です。久々の曲調でありまして、ようやくこういうのがPROTOOLSでやれるようになったということをですね、お聴きをいただけるという形で今日は本編の最後であります。いわゆるファンクな一曲であります。最近のボーカルエフェクターの主流にオートチューンというのがあります。一番有名なのがPerfumeとかですね、あとレディーガガとかケロケロ声になるやつですが、それを使ってなんかやってみたかったんですが、そっから発想しまして、これはファンクしかないだろうということで。「HEY REPORTER!」とか「“Queen Of Hype”Blues」ああいうやつしかないだろうと。それでファンクの曲をつくりましてメロディ-を考えまして、どういう曲の内容にしようか考えたときに、最近とにかく東京の街っていうのは高層マンションが林立しまして、すぐ建つんですよ。それでいきなりうちの前に高層マンションが立つところがありまして、そうすると空が真っ二つになるんです。今まで見えていたものが見えなくなる。そういう無定見な都市政策への怒りを込めて詩を考えました。「俺の空」



  俺の空


 

 今回のアルバム『Ray Of Hope』でのまっつぁらの新曲であります「俺の空」。CDをお買い上げになりましたらぜひとも最後のほうまでお聴きをいただければと思います。


 ……、でも一曲一曲こうやって御説明聞いていただきながら、なんか予告編聴いていただかないと、なんかCD出してる意味ないな、って感じがいたします。話が長いので全部をお聴きいただけませんが、ぜひともCDでよろしくお願いいたします。



 リーン 「俺の空」の一人称は


 “


 という言葉が使われていますが、ここが達郎さんのファンの間で話題になりました。それはほとんどの曲が


 “


 を使用しているためです。達郎さんらしくないと訝しがる向きもありました。曲紹介のなかで、洒落、といったのはそんなところも意識にあったのかもしれません。たまにはいつも使わない言葉も使ってみたい、ということでしょうか。私はたいして気にしません。むしろ、詩の中に


 “政治屋


 という言葉が使われていて、思わずニヤリとしました。


 イカサマな政治屋か

 ワガモノのゼネコンか

 目障りなおのビルごと

 みんなみんな吹き飛ばせ!


 最近のコンサートでは主に4,50代が多くなった客を前にして


「政治屋も権力闘争してないで、しっかり政治してくださいよ!」


 などと吠えているのを聞いているだけに、リストラなどで大変な境遇にあるファンを前にして政治的発言をしたくなる最近の心境がそのまま出ている。まあ、政治屋が都市生活に定見があるとは思えず、企業が利益をあげようと必死になっているのが現在の日本の姿といえる。スマートシティとかなんとか、太陽エネルギーを使用し節電に配慮したコントロールタワーのもとに管理された都市計画が進んでいるが、はたして使用エネルギーが変わっても統一された都市計画の匂いはやはり感じない。政治家と素直に呼べないのは、結局利権のために動いていることが見え見えだからだ。


 それはあんまりに突然な

 ネコの額の庭の前

 25階のマンションが

 タケノコみたいに生えてきて


 こんな状況はスマートシティ時代もきっと続く。それにしても、高層マンションを


 “タケノコ


 と表現できるのはおそらく達郎さんしかいないでしょう。不思議な感性です。


 ところで曲紹介のなかで「HEY REPORTER!」が出てきます。これは今の奥様・竹内まりやとの交際が報じられた際、そこで遭遇した芸能ゴロのことを強烈に皮肉った曲です。それに比べたら「俺の空」はかなりしっくりと聞ける。これも達郎さんならではの曲、突然変異で生まれたわけではないですね。


 達郎 えー、前半の曲はほとんどですね、生ドラムと生ベースがほとんどでありましてドラムはずっと生が続くというですね、久しぶりのそういう作品にできました。小笠原拓海君という若いドラマーがもう3年ぐらいずっと一緒にやっていますが、いよいよレコーディングの世界でもデビューであります。彼が一番最初にこのレコーディングに参加してくれたのが次の「僕らの夏の夢」、2009年のシングルでありますけれども。先週もおかけしましたが映画『サマーウォーズ』の主題歌でありました。えー、この『サマーウォーズ』というのは素晴らしいアニメで、僕のところにオファーをいただいてありがたかったんですけれども、おかげ様でいい曲が書けたと思います。この曲は自分では気に入っている1曲で、あのう、山の中の夏の歌なので、なんといいましょうか蝉時雨が山の中では、特に信州とか行きますと蝉時雨が響いているんですけれども、それでも一瞬、そういう音が聞こえなくなる瞬間といいましょうか静謐さが山の夏に、日本の山の夏にはあるような気がいたします。そうした静謐さをなんか曲にしたくて作った曲であります。えー、このシングルは出たときに散々そういう説明はいたしましたけれども、このアルバムのなかでお聴きをいただきますと、また違う感じがして(聴いて)いただくんではないかとおもいます。「僕らの夏の夢」



  僕らの夏の夢



 「僕らの夏の夢」。こうしたシングルの既発曲といいますのはですね、アルバムで並ぶとまた違う感じになる、僕らはアルバムを主体に物事をつくってかんがえてきた人間なので、最近はシングル=レコード(というレコード業界の流行)の戻りつつありますので、既発曲が多いと文句をいわれるんですが、僕らはやっぱり既発曲がアルバムに入るとまた違うニュアンスになるという、それがすごく楽しみ、並べ方があります。だからバラバラに聴かれるとすごく困る。CDになるとそういう流れが作りにくくなる、ということもあります。でも、まあ、パッケージが続く限りはそういう、アルバムという僕たちの中のひとつの価値観というものを(かたち)作っていきたいな、といってアルバムを作っております。今回は特にシンガーソングライター的なアプローチがすごく多くて作家性が低いアルバムなので、特に今回は流れというものをすごく重視して製作しているつもりであります。



 リーン 山下達郎という方は東京・池袋生まれ、まったくの都会人ですが、意外にも自然現象を取り入れた曲が非常に多い。


 雨は夜更けすぎに

 雪へと変わるだろう


「クリスマス・イブ」の歌い出しにもあるように、絵が見えてくるような曲が持ち味です。ZARDの「負けないで」のように


 負けないで

 もう少し

 最後まで

 走り抜けて


 こんな血潮を感じる詩は出てこない。達郎さんがこんな曲を書いていたら早々に音楽シーンから消えていたかもしれない。今回のアルバム発売に関し、いろいろな媒体でインタビューに答えているが、日経新聞のサイトで父方の先祖が信州・高遠(たかとお)の出自であるとかたっていた。高遠は桜の名所として有名ですが、達郎さんに流れる血がそうした自然現象に興味を向かわせるのかもしれない。


 太陽の行方を

 向日葵が追いかける

 風の音さえ

 聞こえないほど

 僕らは見つめあう


 絵を見ているような詩が、激しいビートに滑らかなメロディーに乗ってうたわれる。冬の足音が聞かれる昨今ですが、一瞬の夏を思い出させてくれます。


 また、アルバムアーティストとしての矜持は御本人が存分に語っています。どうかじっくりお読みくださいませ。