この“手”から始まった、達郎は蘇った。「ずっと一緒さ」(2011.10.29記) | リーンのガラパゴスサロン~趣味や娯楽の広場

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 達郎 さっそく8曲目から、7曲目の「俺の空」が反響をいただきましてお便りをいただきましてありがとうございます。それに続きまして出てきますのが、一転しましてバラード3部作、今年のバラード(「愛してるっていえなくたって」)を入れますと4部作になってしまいますが、一番製作年度が古いやつ今から3年前の2008年のシングルでございますけれども、ここからこのアルバムの製作が実質スタートいたしております。これが一番さいしょに世に出た作品であります。2008年のおなじみの「ずっと一緒さ」。えーと、『薔薇のない花屋』という2008年のドラマの主題歌でございますが、実はこの曲「ずっと一緒さ」、ドラマの主題歌として世に出ましたが、この前に書いた一曲があります。ホントはその曲でやりたかったんですが、演出家の方がですね、その曲、ちょっと暗めのメロウな曲だったんですが、もうちょっとアップ(テンポ)な、ミディアムな作品だったんですが、野島信司さんの脚本だったので暗めの曲にしたんですが、演出家の方が


「ちょっと暗い。ドラマが暗いのでもうちょっと明るい曲にしてほしい」


 という、そういうオファーをいただきまして、もう一曲書き直しまして作り直しましたのが「ずっと一緒さ」であります。でも、演出家のおっしゃるとおり、この曲だと暗いドラマの中にすこし救いがあったかな、という結果オーライだな、と思いましたが。そのときはすごく製作期日がただでさえタイトなのに、もう一曲書くのですごくタイトで大変だったのですが、それも今では懐かしい思い出です。2008年のシングル、「ずっと一緒さ」



  ずっと一緒さ



 「ずっと一緒さ」。2008年の3月のシングルですが、2007年まで竹内まりやさんの『DENIM』のレコーディングをやっておりまして(プロデュースを手がける)、2008年の「ずっと一緒さ」から今回の『Ray Of Hope』の作品がレコーディングをはじめたという状況であります。その間に2008年、2009年、2010年とずっとツアーをやっておりまして、その間を見ながらレコーディングをやってまいりました。「ずっと一緒さ」、その取っ掛かりの曲でございます。服部克久さんにストリングスアレンジをお願いしました。



 リーン 『Ray Of Hope』のジャケットは楽器で人間の“手”を形作っているものですが、「ずっと一緒さ」のジャケットも生身のふたつの“手”が握り合う写真が飾っています。震災で傷ついた人の心によりそった今回のアルバムを先取りしたようなつながりを感じる写真、なんだか意味有り気に感じてしまいます。達郎さんはまったく意図していなかったことでしょうけれど。


『薔薇のない花屋』、見てました。文語的といいましょうか、童話のような非日常の言葉遣いに面白さを感じました。雫ちゃん、健気でしたね。八木優希ちゃんはこうした、やや古典的な喋りがよく似合います。むしろ周りの大人たちの表現がややこなれていない気がしました。血のつながりが実はなかったのに、実の子として育てることが謎を呼ぶドラマに、「ずっと一緒さ」のやや明るめの曲調がかえって合っていました。演出家の永山さん、卓見です。


 このシングルはオリコンチャートで最高3位まで行きましたが、それまで約6年ライブをやっていなかった時代の曲と違い、達郎さんの温かな曲調がようやくよみがえった感じがこの曲には感じられます。


 傷ついた

 心のかけらを

 ひとつ残らずひろって


 愛という 

 不思議なジグソー 

 つなぐ欠片(ピース)を探すよ


 本当の強さは

 「ひとりじゃない」って言えること


 風の中で寄りそう

 花のように

 秘めやかに


 3年前の曲なのに、今聞いても心が癒されます。