1983秋
「買ってクレープ」
中2の秋、文化祭でクレープ屋を立ち上げた。部活の仲間8人
がアイデアを出し合って、低予算ながら高品質な商品をと意気
込んだ。中学校に高校もくっついていて全員男子。そんなどよー
んとした重たい空気感が一掃されるタイミングが、年に一度の文
化祭この時。今まで床屋でカットしていた男が美容室に行き、対
外試合を予定しているサッカー部とバレー部は、毎日の練習に余
念なし。僕ら野球部は、対外試合の申し込みを相手校に断わられ
てしまい、どこかからふらり舞い降りる女子に、唯一アピールでき
る機会を失いつつあったのだ。
アイデアマンの桂が言った。「模擬店やらない!」 「模擬店?」
仲間も同じ思いだったらしく、試合では見せたことのないチームワ
ークでスムーズに話は進んだ。内海とナカジが生地を焼き、自分
と知念がバナナと生クリームをトッピング。
音を聴く 2
再び質問、してしまった。土曜のKさんに。
「今日は何か意識していますか(ボールを打つ時に)」
「いやー、こう暑いとねー、ターゲットにあたった時の音ですかね・・・」
やっぱり音ですか・・・。1メートルの幅の長椅子をターゲットにしていて、
確かに硬質ないい音が聞こえるのだ。ターゲットは音が命・・・。あたり易
さも大切ですね。「コン・・」 「コン・・」 今日もいい音、聴こえてますか?
そういえば今週の火曜日、久し振りに大学のテニス部に顔をだした。
数えてみると9年振り、結構な時間が経過したものだ。結婚、3人の出産、
随分ご無沙汰する筈だ。家の中がてんやわんや。「なあ、ちょっと明日、大
学行ってくるね」は、そう簡単に出てこなかったセンテンス。・・・「いってらっ
しゃい」 感動の朝を迎えて、外はピカピカの晴天、6時台のスーツマン、7時
台の横浜線、浮わっついた心躍る、隣に座るはS先輩、この話に二つ返事で
賛同してくださった。
夏の合宿前の強化練習。現役の幹部は「突破練」と呼んでいた。うむ、勢い
がある!とんでもなく暑い一日、基礎練、試合、昼休み、基礎練、試合、灼熱の
ラリー。何人の学生と打たせてもらったのだろうか。「お願いします」から「ありが
とうございました」までの輝ける時。ぬるくなってしまったポカリスエット、日照りと
風で剥がれてしまったコートの土、シャワーではなくホースで洗い流す靴下焼け
の足、すべてが最高のキャストとなって、黄金の一日を彩った。そして最後には
全員円陣となってのミーティング。幹部を終えた4年生は、幹部の3年生の監督が
役割。自然と厳しい指摘も多くなるもの。「真剣」 「誠実」 そして「おもいやり」 そ
んな言葉、真剣に口にできるシチュエーション、そう、ここしかないのです。後輩に
向ける真心の言葉たち。人と人のコミュニケーションの中に、こんなに内容のある
ものがあったものか。
真剣に打たれた一打一打が、必ず届く時を迎える。そんなふうに打ててるかな・・。
日頃の自分を、ちょっと反省してしまったのです。そんな音を聴いて、とても心地よか
ったのですが・・。
音を聴く
土曜のテニスのクラスに、フォア(フォアハンドストローク=利き腕側
でワンバウンドのボールを打つこと)の達人と呼べるベテランプレーヤー
がいらっしゃる。そんなKさんは言葉数こそ少ないが、いつも示唆に富ん
だ言葉をくださるので聞き逃してはいけない。レッスンはいつものメニュー
で始まり、さて僕らコーチが手でトスしたボールを打つストロークの練習へ。
アシスタントのAがKさんに、何気なく質問を投げかけた。
「何を意識して打ってらっしゃるんですか」
場合によっては特に意味をもたない、とても凡庸な質問でありながら、よくぞ
今この時を捉えて(A君は確かに時を捉えるのが上手い)、Kさんも即答して
くださった。
「音です」
おそらく僕だけではないのではないか。この時にある種の緊張を覚えたのは。
熟練の武道家のごとく一刀両断。一言でショットの本質的な部分を鷲掴みに
してしまった。以前、耳栓をしながらボールを打ち合ったことがある。いかに普
段、音を頼りにテニスをしているかを再確認する実験であった。実に細かく一
打一打の音を聞き分けて判断材料にしていることは、日常の生活においても
まったく同様に重要な要素であった。もう10年近くも前のことで、記憶も色褪
せてしまっていたのだ・・・・。
「音ですか」
その後のメンバーの練習に、それまでとは違う集中力が注入された。そして誰
よりも僕自身が、耳を澄まして一打一打、一音一音を聴いたのだった・・・。
DB 3
横浜市民のテニスフリーク集合。128チームによる団体戦。
ワールドカップ日本代表、南アフリカからの電波に乗せて、国
民皆による団体戦。エコでロハスでナチュラルな、地球全部で
行う環境コンシャスな団体戦。人と人が手を取り合って、地球
とボールと仲良くする。
そして今日はボール・・。先日勝ち進んだ3ラウンドの次は、当
然4ラウンド。相手は優勝候補のKTC。結果は、5試合全てを失
い完敗。僕は、すでにチームの負けが決まった後の第4試合に
シングルスで出場した。「フォールト」・・相手のサーブが入らなか
った時のバックハンドのレシーブで、完全にボールと一体になれる
瞬間を感じた。もっともプレッシャーのかからない状況であるこの
ケースでは、普段以上にナイスショットの確率が上昇する。そして
勿論ポイントとは無関係だ。チームの仲間も、相手チームの精鋭
達も、随所にボールと一体になって、ナイスショットを披露した。主
役のボールは、何度も何度も、鬼は外、福は内の要領で、向こうと
こっちを往復する。あまりに往復するものだから、炎天の悪戯や風
の気まぐれと対話する時間も生まれた。最後のポイントが決まって
握手をするその瞬間、雲間に隠れていた太陽が、その生々しい姿
を現した。敗戦後の背中を焦がす日差しの勢いは強く、明日に向
かっての充電を開始してくれているようであった・・・。
DB 2
団体戦の試合となると、やはり個人戦と違って一球に重みが
のしかかる。いやその重みの中身は、一点一点を見守る仲間
の視線だ。そして横浜市民大会の視線は、最早敵味方関係な
く、お互いの選手を応援する温度で保たれている。37度の炎天
下に、テニスウエアの100人が大挙して終結。 あっぱれ、尋常
ではない情熱趣味人!ただひたすらにボールを追う、その行為
は、あらゆる情報や物質の氾濫する世界の中で、ある種の瞑想
状態と考えてもいいのではないか。もちろん始めから、自分では
なくボールが主役だという真理に気づく訳ではない。コートの中を
動き廻っているボールが、最後に誰かの手の中に落ち着くその時
に、こころ穏やかな瞬間がやって来る。いろいろな欲に意識を奪わ
れ、右往左往彷徨う僕らの意識が、100人の笑顔と共に静まって
いく様子を、黄色いボールが恍惚の表情で見守ってくれた。
試合の結果は3試合、すべて3対2の僅差での勝利。最後の対戦
相手のリーダーは、「ナイスゲーム」と会場を去った・・・。
DB
グッドモーニング・・・今朝は早起き5時モーニング!
はるか南、薄いコバルトブルーの空に、飲料水の中に誤って
入れてしまったコーヒークリーム2滴。さっと濁っていく途中の
白い雲が漂う。向こうが透けて見えるシーツを空に泳がせてみ
た。昨日から日差しは夏そのもの。そして梅雨の重さから解放
されて、雲達の自由なダンスが始まる。
今日は中原街道沿いのテニスコートで、市民大会男子の部。
我がDBなるテニスサークルが、一年に一度集まってテニスを
するチャンス・・・。えっ、テニスサークルの活動、一年に一度だ
って?英会話CDの日本語訳のようなリアクションが聞こえた。
かつては週に一度、平日の夜に集まる練習会もあった。団体戦
(本大会)前に山中湖合宿も決行された。月に一度以上のペース
でボーリング大会を企画し、リストの強化に努めた(当時のはまボ
ール・・・横浜駅西口の老舗娯楽施設・・・にはストラックアウトテニ
ス版があり、テニスを職業としている輩も多い中で、メンバー全員
一丸となって景品のジュースの獲得に燃えた)。湘南や白子に足
を運んで、団体戦のリハーサルをしたこともある。持参したTシャツ
が何枚なのか、という「お泊まり保育」顔負けのピュアなゲームに熱
中し、チームの団結を確かめ合った。それが今は・・・。10年余りの
歳月を経て、状況はゆっくりと変化した。今日はエースのアックが結
婚当日、イン ザ ハワイ。おめでとう!我が家にも川の字プラスIの
家族あり。一番下のナツが泣き出さぬよう、無音の支度で家を出た。
仙台に転勤、九州に出張、30代から40代の僕らの中には、週末だ
け、いやこの大会時期だけ横浜に滞在して調整した選手もいる。個展
をひかえて多忙なアートマン(アートマンについてはいずれ詳述予定)。
バイク事故による肩甲骨の骨折で2ヶ月テニスをしなかったヒロも、痛
みをおして出場してくれた。満身創痍の僕らを見かねて、30代前半の
メンバーが加わってくれた。昨年結婚したKファミリーは、何故かKがテ
ニスウエアではなかったが、全力でサポートしてくれた。・・・・と、とにか
く8人のメンバーが揃って、大会はスタートした。
ベイブレード 3
やがて僕らは、それぞれのコマに名前をつけて、「ひー(あだ名)の
ブルーイーグルはいつもよりキレがあったなぁ」などとお互いを讃えあ
うようになった。その名前は自動車や~ブルーバードなど~少年野球
チーム~レッドスネークスなど~に習って、色プラス動物が主流となり、
ビニールテープで彩色を施した。当然一つ一つのコマへの愛情も深ま
り、頂き物のきれいな箱や、使わなくなったおもちゃの入れ物を宝箱の
ように両手に抱えて、第一公園などに集合したのだ。
アーサーアクイラ、ストームペガシス、バランスタイプに攻撃タイプ、
攻撃性に優れるアタックの動きを自ら作り出すタイプは、やはり持久力
に欠け、無駄な動きのないバランスタイプの静謐な回転の前に、敢無く
惨敗したりもする。そうかと思うとカプリコーネ(攻撃タイプ)の不規則な
アタックが一撃で相手を粉砕してしまう。・・・・なんだ、同じことをしてい
るんじゃないか・・・。それぞれのタイプや価格の設定が、スーツを着た
大人の企業戦略に則っているであろうことは疑いないが、自分達が熱
狂したコマ文化が、高度に発展し継承されていることは嬉しいことだ。
・・・いや、ちょっと違いも大きいか・・・ベイブレードは回した後は見てい
るだけか。あの猛烈なはたき込みによる後半の盛り上がりは、なしか・・
フリスビーを飛ばす要領で(右利きなら左側から)インサイドアウトに回
して、フォアハンドではたき込み。対してフォア(利き腕側)からアウトサ
イドインで回して、バックハンドではたき込む。こちらはサーフィンなどで
いうピーカブースタイル。逆手ではたき込む姿は一風変則的だが、慣れ
てくると順手のはたきにまったく引けをとらなくなる。コマ遊びの後は汗ま
みれで、何とも言えない充実感があった。
今のベイにはまだ欠けている。あのはたき込みの熱情が。将来、カーリ
ング(確かすごいスピードではたいてますよね)の選手か、テニスのコーチ
を志す理想高き若人よ、その脆弱に衰えていく回転を復活させるべく・・・・
はたき込むのだー!!
ベイブレード 2
10号の木ゴマがずっしりと重くのしかかっていく技、「こっぱ」。
何のことはない、伝説の技は、少し高額で手に入りにくいコマを
買える何人かに許された、プチセレブなマネーパワー。しかし・・
経済力に裏打ちされた他を圧倒する力強さの魅力も、しばらくす
ると色褪せていき、次に注目を集めたのは、小型中型タイプの持
っている瞬発力と持久力であった。やはり小学生の僕らにとって、
両手に余る大型タイプは回しにくく、ましてや「こっぱ」のように真
上から振り下ろしながらであれば、機動力があまりに弱い。更に
手にある縄ではたいて回転を増そうにも、どうにも重いので、直ぐ
に体力負けとなってしまうのだ。つまり「こっぱ」によって粉砕され
ずに、どうにかその回転を維持することが出来た小型や中型は、
その後のはたき込みによって完全に復活を遂げ、むしろそこから
充分にエネルギーを蓄えて(回転増量)相手に向かっていくことが、
戦い方の主流になっていったのだ。テニスに例えるなら、サービス
エースで呆気な く決まるポイントが減り、見事なラリーの応酬を堪
能できるまでに、そのゲーム性が多様化していったのだ・・・・!
ベイブレード
「二人ともよくやったな(月曜は水泳教室)、帰りに中央寄ってくか?」
中央とは中央公園のこと。住宅地内にしてはかなり広い公園なので、行
けば何とかなる公園として重宝している。しかし・・・。
「えー、中央行かなーい。ベイやりたーい。パパもベイやろうよ(ベイブレ
ードなる奇怪なコマ回し)」 「べ、ベイか・・・・」 「あ、雨が・・・・・・・・う・・」
それでも意地らしく中央を覗いて、もしみんなが楽しげに遊んでいれば・・
の妄想むなしく空は一段と暗さを増していった。
思い出してみれば、自分もさんざん回していたのだ。木ゴマやベイゴマ。
ベイとはこのことか・・・・。コマ回し。小学2年の冬から3、4、5年くらいまで、
正月気分をきっかけに、春先までは凧とコマのシーズンだった。
当時は天神橋付近の駄菓子屋さんが僕らの聖地。そこで手に入れる木製
のコマをぶつけ合って勝負した。地面と接する(相手にもアタックする)芯の
先端にベアリングも埋め込んだ。10号を超える大型のコマにはパチンコ玉を。
両手で頭の上に、ちょうどサッカーのサイドからのスローインの姿勢から、フリ
ーフォール(八景島などにある、天空から真下に落下するのみという、この世
のものと思えない乗り物)のごとく振り下ろして、相手のコマを一撃粉砕する。
この技は、こっぱ微塵の略で「こっぱ」と呼ばれ恐れられていた・・・。
エコ 2
さてさて、実際の生活はどうかな。
エコ・・・・。うーん、エレコ?
家に帰ればまず電気をパチリ。エアコンはあまり・・・なんて言って、
汗かいてシャワーはやはり電気制御。子供の頃は違ったトイレの
システムウォシュレット。さーて今日はブログでも・・・。
お陰で僕らの町には、夥しい数の電信柱と大小の電線が、ウエデ
ィングセレモニーのクラッカーテープを飛ばしたかのごときパーティ
ー模様を演出。愛車の軽は、もし飲み込んだら確実に死に達する量
のガソリンを、ワンちゃんのマーキングよろしく撒き散らしていく。
「ウォー、外したー・・・・惜しかった、いや感動の映像をありがとう」
先日の日本代表岡田ジャパン、遠く南アフリカからの電波に乗せて。
もしなかったら、それはそれで暮らしていけた筈のこれらの物達。仕
方ないのは僕らが、パーティーや感動が大好きだってこと・・・。
このようなアンチエコグッズに囲まれて、もっと寛大なエコロジーに
包まれながら、優しい大地に抱かれながら、刻一刻を味わっている。
いつか潰えてしまうかもしれない。僕らの命と同様に。だから僕達の
エコといえば、一つ一つを大切にするということ。電球もガソリンもトイ
レットペーパーも、丁寧に使って丁寧にしまって。ほんと?次にやって
来る時代の物達と対話していく。それしかないのかな・・・・・!?







