自転車通勤 3
「放さないでー!」
自転車の荷台を支えてくれている母の両手が放れたと分かった瞬間、
気持ちとリンクするバランス機能を失って、よろよろとよろめいていくしか
ない自分の不甲斐なさといったらなかった。
幼稚園の年中だった僕は、近所に住む年長のミキちゃんと同級のテッ
ちゃんの見守る中、自転車の補助輪を外して、二人のようにすいすいと
乗り回したいと母に訴えて、いざ練習開始となったわけだ。普段ガキ大将
を自負していた4月生まれの僕にとって、幼馴染のみんなができることを
同じようにできないでいる屈辱を何とか受け入れながら、何度となく母の
手を借りての挑戦は続いた。2時間以上かかってみんなも疲れきった頃
に、やっとそのバランスの意味を、僕の全身が理解したようだった。
「やったー!」
「やったね!」
・・・・・・・・・・・・・・・
「おいしいね」
「うまっ」
「あちっ」
お祝いしようと母がいって、庭で焼いた薩摩芋をみんなで頬ばった。自転
車に乗れることと関係なく、用意してくれていたみたいだ。当時の僕は、で
きるかできないかで必死なだけだったと思うけれど、見守る母やみんなは、
結果に関係なく応援してくれていたのだな。そんなみんなの優しさは今で
も、通勤中の僕のバランスを、力強く支えてくれている・・・。
自転車通勤 2
今日で3日目。帰りのルートにバリエーションを増やし、5丁目公園で
満月を眺めながらお休み。辺りは計画停電中で、夜8時というのに真っ
暗で物音も聞こえない。こんなにも静かな夜。すこし湿気を帯びた草の
匂いがする。空には一つ一つが個性的に輝きを放つ星たち。そして圧倒
的な月の光。ドビュッシーやベートーベンも、このような深い夜の闇を、
優しく照らしてくれる月と寄り添って曲にしたのに違いない。
家に着くと、いつもは寝る時間が遅くなりがちな次男の声がしない。早々
と寝室で寝息をたてていた。リビングにも布団が敷かれ、妻と長女が身を
寄せ合っている。ダイニングテーブルの真ん中に燈したろうそくの炎を、
真っ直ぐに見つめる長男がいる。
「ただいま」
「おかえり パパ」
こんなに贅沢な夜は、かつて経験したことがなかった。
11ヶ月の長女の世話は、正直電気の恩恵に与りたい。昨日と一昨日のよ
うに0度を下回る夜にエアコンが使えないのも困りものだ。母が存命中は
呼吸器が手放せないでいたのだから、電気のない生活が最高だなどとは
言えないのだけれど、この暗さと静寂と月と星と家族と、今という時で繋が
れた優しい気持ちは、この上ない贅沢な時間を僕にもたらしてくれた・・・。
自転車通勤
「ただいまー」
「おかえりー!」
「パパがんばったね!」
長男次男が、揃って二階のリビングから一階の玄関へ僕のお出迎え。
こんなご褒美が待っているのなら、普段からそいうすべきだった、自転
車通勤。金曜日の地震の後から、ガソリンの不足、電車も動いたり止ま
ったり。もちろん「不足」や「運休」は、「充足」や「運行」に向けてのお休
み期間のニュアンスに過ぎず、今後心配される原発の状況と比べて、い
ささかのんびりと感じられる言葉だ。問題の拡大しないことを祈るばかり
だ・・・。
昨日は久し振りに一階で埃を被っていた自転車を、快適に走らせるべ
く近くの自転車屋さんへ。そう言えば米は米屋、赤ちゃん用品は小さな専
門店。近くに比較的小さい西松屋があった。そして自転車は自転車屋さん。
店主もあの30年前のおじさんに違いない。こんな時頼りになるのは昔なが
らの個人店。チューブ交換や雨避けの器具を買って万全の備えで今日に
臨んだ。
「気持ちいい」・・・・「すぐに疲れる」・・・・「坂はきついぜ」・・・・「排気ガスも
ちょっと」・・・・「下りは天国」・・・・「心地よくお腹が空いてきた」・・・・そして・・
「こんなにもいたんだ!自転車通勤のおじさん!もちろん自分も含めて・・!」
ある人は歩道を。車道を行くのはかなり乗り込んでる様子のロードタイプに跨
る颯爽たるおじさん。そしてノーヘルにスーツにママチャリの危ないあんさん。
(ヘルメットはしよう!)みんなの心が何故か一つに繋がっているようで、どこか
共感し合えているようで、何だか心温まってしまった。「よーし、みんな!あとち
ょっとだー・・・いや実はまだまだなんだけど・・・ファイトー!
2010 春
3人目は愛称、「なっちゃん」がいいと妻が。
ぽてぽてっとしたオハギのような満月の夜、菜の花が初夏の
風に揺れていた。もうすぐ5月。1月が行き、2月が逃げて、3
月が去って、4月が退いてゆく。
「菜月」が生まれて、家族が一つにまとまった気がする。す
べてはこの愛娘中心に動いていく。妻は二人の息子達の時
と比べて、随分ゆったりと構えている。片っ端から子育ての
本を読み漁っていた頃が懐かしい。息子達は激しい喧嘩の
最中にあっても、妹が泣いたら一時休戦。あれやこれやと面
倒をみてくれる。
あれから10ヶ月。今日の菜月はめずらしくよく泣く。僕はよし
よしと抱きかかえる。本当はこのことだけで、いいのかもしれな
い。生きること。そしていつかいなくなること。将来を案じて、夢
を抱いて、計画に憧れて、具体的に動いてみる。いろいろな事
がきっと待っている。でもまた戻ってくるのでしょう。この場所に。
この掛け替えのない温もりとともに・・・・。
ターダアーサナ~山のポーズ
山のポーズ。
ターダの響きのまま、ただそこにすっくと立つ。足から大地と繋がり、
肩から降りた両腕も真っ直ぐ地面に向かい、背骨から首から頭頂ま
でも真っ直ぐに、こちらは遥か天空へ向かう。
アーサナの先生、クリシュナは仰った。
「一度爪先立ちになって足にプラーナ(エネルギー)を満たしてくださ
い。それからもう一度足の裏全部で地面を捉えるのです。しっかりと
大地に根付いた実感が湧いてきますよ」
野口整体の先生は仰った。
「爪先立ちになってから今一度足裏を全部地面と繋げてください。丹田
(下腹)に気が充実して、リラックスしながらも力が漲ってきますよ」
アヌサラヨガの先生は仰った。
「足の指を全部上に持ち上げて、足裏の4点でバランスを保ってください。
それから指を大地に下ろして、しっかりと根付いていってください。大地か
らも天空からも、力強く支えられますよ」
一度集中してバランスを整えていく必要がある状況をつくり、その後しっ
かり落ち着ける広がりを感じる。いつかそんな風に力強くたつために、毎日
の山のポーズが続きます・・・・。
共通言語
「何だか随分いい笑顔だけど、どこかリゾートにでも行ったかな」
月に一度だけのプライベートレッスンで会う大学生。女性であるこ
とを差し引いてもあまりに肌が白い。あまりテニスはできていない
ようだけど・・・。
「ニューヨーク行ってたんです。学校の・・一応代表みたいな形で。
えっと国際フォーラムっていうのに大学が参加、これは毎年やって
いるイベントで、たまたま今年は選ばれてしまって・・・行ってきまし
た」
「すごいじゃん!ニューヨーク。向こうの学生も勿論参加してるんだ
よね。どのくらい?」
「全部で50人でした。私の大学からは4人で」
「ほー!何スピーチしたの?」
「私に出来る国際貢献というタイトルが決まっていて、みんな同じテ
ーマに沿って英語でやるんです」
「そっか、英語かー、Aさんは帰国子女だったっけ?」
「ちがうんです。なんですっごく大変でした」
「がんばったねー、でどんなふうに国際貢献を?」
「えっと、私は理学部の数学科なんですけど、やっぱり数学が大好
きで、それを様々な形で伝えていきたいんです。で・・数学は言語に
関係なく数字と記号で進められるので、数学教育を通じて色々な国
や地域で活動していきたい、みたいな感じでスピーチしました」
「うぉー、いいじゃない!かっこいいよ」
おっといけない、またやってる。45分のレッスンすでに7分経過!い
くら話が充実していても、そろそろテニスの方向にいこうかな・・・
共通言語。それも数学。そうだよね。美しい。東海大の秋山先生み
たいに目を輝かせて話す人。数学の魅力を語るとみんな目がキラキ
ラしてきちゃうみたい。だとしたらテニス。ヨガ。自分が関わっている
これらも国際共通言語たりうるはず。そ、そうだった・・・。このあとやっ
て来るあやつら達。スティーブにヘンリーにティファニー。まだ挨拶も
ままならない君達にテニスを伝えることは、あまり意識していなかった
けど、国際・・・・親善くらいには一役かっているのかな。いやいやハー
フの彼らだけじゃない。日本人のみんなこそ、これから国際的な活躍
の場に躍り出ていくのだろう。
「コーチー!ねーねー、早くボール打たしてよ!」
「こんにちは!」
「こちわ!」
「まずはエクササイズから。はい、みんなこっちに集まって、ストレッチ
始めるぞー!」 ・・・
2009 春
首の長い金髪のプラナバは言った。
「一度だけ日本に行った事があって、その時に食べた味噌スープを
思い出して作ってみたんだ」
「すごく美味しかったよ。そうか、日本に行ったことあるんだ」
「ああ、とても美しい国だったな。もう15年も前のことだよ」
「今日の味噌スープ、たまねぎ、わかめ、豆腐のトリオは日本でも王
道中の王道だよ。よく材料が揃ったものだね」
「そりゃシンに食べてもらおうと思って作ったのだから、美味しくしない
とね」
そうか、やっと気付いた。今日の夕食の献立はプラナバの提案で、
白米を炊いて、トマトのカレーと炒めた野菜、フレッシュなフルーツ
に豆腐の味噌汁、大学芋的さつま芋。一昨日アシュラムに着いたば
かりの僕のために、滞在している200人の夕食が日本風に彩られた。
「涼しくなってきたね、おやすみ」
赤道にほど近いヨガのアシュラムには、世界中から修行の徒が集い、
様々な形で仕事をしている。オーストリア人の彼は元スキーヤー。今
ではアシュラム随一のシェフである。カルマヨガと呼ばれる彼らの仕事
は、僕らのような新米来訪者をあたたかく迎え、アシュラム中に気持ちよ
く流れる空気を、より純度の高いプラーナ(エネルギー)に変えて満たし
てしまう。こんな空間に足を踏み入れたなら、呼吸法の練習や汚れ物の
掃除、アサナや瞑想、チャンティングなど、行為のすべてが「その空気」
に包み守られているようで、心から安心できてしまうから不思議だ・・・・。
「おやすみなさい。ありがとう」
進歩 3
例えば上達。上達することで満足を覚え、心地よさが増していく。
更に更にと努力し、未だ見ぬ領域に挑戦したくなる。「快楽のテニス
講座」の中で村上龍氏は、「テニスは、くやしいことに、うまくなれば
なるほど楽しめるようになっている、特権的なスポーツなのです」と、
テニスに嵌り始めた大学生の僕を上手に誘ってくれた。「特権的」な
どとは、今は到底思えないのだが、当時のあらぬ方向に向かって尖
った20歳の感性とやらには、充分魅力的な表現であった。「青が散
る」宮本輝、「エースをねらえ」山本鈴美香、と情緒豊かに読み進ん
だ後には、ちょっと心理学的な発想なんかに興味をもったりして。や
はり「インナーテニス」ティモシー=ガルウェイに辿り着いたりするの
です。もうあとは自然の成り行きに身を任せさえすれば、能書き好き
な俄かスポーツ心理学者のできあがり。それならば心理学を基本か
らとばかり、フロイト、ユング、エリクソン、フーコー、中でもユングの
説く「集合的無意識」の概念にインスパイヤされた。一丁自分の中の
「無意識」に接近してやるぜ、てな調子で瞑想の真似事を始める始末。
しかししかし、いかに心理学用語を憶えたところで、なかなかコントロー
ルできないのが自分の心と黄色いボール。哲学思想、社会心理学の
資料で頭の中のデスクトップが大混乱。整理不能の我が頭脳に辟易
した後に向かった先は、僕の思いの全てをとてもおおらかに見守ってく
れる壁打ちコートだった。様々な御託が頭に浮かぶ度に、ラケットに乗
せた僕のエゴを、思いっきり壁にぶつけ続けた。いつも思うことなのだけ
れど、あなたは何て大きな心をお持ちなのですか。あるがままの全てを
受け止める包容力が、ひたひたと溢れて僕の周りを包んでくれるのです
よ・・・・。
進歩 2
「絶対音感のある人が、自分の演奏にうんざり」 byゴンさん
これは詩だよね、うん。前回の「進歩」という文章にコメントをいただきました。
ゴンさん。このリスペクト感漂うシニカルさってのがゴンさんの素晴らしいバラ
ンス。前に読んだ「石川くん」なる枡野浩一著、石川啄木への愛と皮肉の面白
解説&現代語訳本を思い出した。
いのちなき砂のかなしさよ
さらさらと
握れば指のあひだより落つ
生きてない砂はかなしい
さらさらと
握れば指のすきまから落ち
それはまるで、
石川くんの砂の歌みたいです。
石川くんの砂の歌みたいな、
さらさらとした人生たちです。
はらだしん
ダシンと呼ばれ
親しまれ
大学のテニス部に、4年の冬に入部し、今では立派にOB面で部活に
顔を出したりしている。きっと当初は、あるいは今でもちょっと、僕は変な
やつだったと思うし、「何考えてんだね」と言ってもらえればまだラッキー
な方で、「えっ」って顔されてお終い、なんてざらだったんだよな。
それが「はらだ」って先輩と「しん」て同級がいたお陰で、区別するため
に「だしん」と呼ばれるようになっていた。これがよかった。
最初はあまり好きな響きではなかった。「だしん」 「ださい」 「ださく」 「
だそく」・・・などと連想がつまらぬイメージを追ってしまう。しかし「だしんさ
ん」 「だしんさーん」 などと後輩から声をかけられるようになった頃から、
「だ」 の響きに対する感じ方が変化し、あー、この「だ」 のお陰でみんな
との距離が縮んだんだな、ということがわかってきたのだ。今では先輩か
ら「だしんの言いたいことは分かるよ」 なんて言われても、ただただ親し
みを覚えて感謝さえするようになりました。
所詮「だ」の付いただけのただの「しん」。さらさらの砂のようにどこへでも
吹き飛んでいってしまう儚き存在。風に舞う砂のような浪人生のごとき男を、
よくも受け入れてくださりました。そして「だ」をつけて呼んでくださった先輩。
あなたのお陰で「この社会で一緒に暮らしていてもいいのかな」 なんて思
えました。それぐらい周りとの距離に違和感を感じながら過ごしていたんで
す。ただただ感謝です。・・・何の話でしたっけ・・・・・そんな「だ」に対する解
釈が、進歩したってことですかね・・・!
進歩
ヨガのアシュラムの先生方は、シン、本は2冊か3冊にしなさい。
迷いの素は、自分で広げる興味の散乱。様々な欲もその広がりが
誘うものですよ、と教えて下さった。う・・・・・ぐ・・・・・!
相変わらず僕の部屋の机周辺、及び枕元近くには、うず高く積ま
れた無意味文庫の坂口安吾模様、人生参照書籍群が鎮座している。
しかししかし、あの40年近くに及ぶ「寝る前の読書」の習慣が、最近
ほとんどなくなったのだ。
もちろん嘗ては「よいこと」だと思っていたし、人は本を読むから知性
を磨くことができるのである、とばかりにグイグイ深夜遅くまで読書飛
行を続けてきたのだ。それがショウペンハウエルの著書に「読書によ
って他人の思考に魂を売るなかれ」などとあったり、小池龍之介の「考
えない練習」では、一つ一つを味わう生き方が説かれ、多読の弊害に
ついて示唆があった。ヨガの先生からは、「私はこれだけです」と「バガ
バットギーター」を手渡された。た、確かに・・・・・。
とっ散らかってしまった僕の脳内活動は、しばしの休息を求めていた
のでした。たんに眠いだけなのもいいよ。無理に読書して、字ずらだけを
追いかけて、まったく内容は上の空なんて。あったなぁ、そんな青春の
夢追う夜が。とりあえず読まなきゃ、なんてね。・・・という訳で最近、読ま
ずに寝れるようになりました。このような進歩を続けていけば、あのヨガ
の先生のような、柔らかくも重厚な、澄んだ眼差しに優しい微笑をたたえ
るあの、恍惚の表情の持ち主に近付くことができるのでしょうか。まずは
散らかった本をかたしてからですね・・・!