進歩 3
例えば上達。上達することで満足を覚え、心地よさが増していく。
更に更にと努力し、未だ見ぬ領域に挑戦したくなる。「快楽のテニス
講座」の中で村上龍氏は、「テニスは、くやしいことに、うまくなれば
なるほど楽しめるようになっている、特権的なスポーツなのです」と、
テニスに嵌り始めた大学生の僕を上手に誘ってくれた。「特権的」な
どとは、今は到底思えないのだが、当時のあらぬ方向に向かって尖
った20歳の感性とやらには、充分魅力的な表現であった。「青が散
る」宮本輝、「エースをねらえ」山本鈴美香、と情緒豊かに読み進ん
だ後には、ちょっと心理学的な発想なんかに興味をもったりして。や
はり「インナーテニス」ティモシー=ガルウェイに辿り着いたりするの
です。もうあとは自然の成り行きに身を任せさえすれば、能書き好き
な俄かスポーツ心理学者のできあがり。それならば心理学を基本か
らとばかり、フロイト、ユング、エリクソン、フーコー、中でもユングの
説く「集合的無意識」の概念にインスパイヤされた。一丁自分の中の
「無意識」に接近してやるぜ、てな調子で瞑想の真似事を始める始末。
しかししかし、いかに心理学用語を憶えたところで、なかなかコントロー
ルできないのが自分の心と黄色いボール。哲学思想、社会心理学の
資料で頭の中のデスクトップが大混乱。整理不能の我が頭脳に辟易
した後に向かった先は、僕の思いの全てをとてもおおらかに見守ってく
れる壁打ちコートだった。様々な御託が頭に浮かぶ度に、ラケットに乗
せた僕のエゴを、思いっきり壁にぶつけ続けた。いつも思うことなのだけ
れど、あなたは何て大きな心をお持ちなのですか。あるがままの全てを
受け止める包容力が、ひたひたと溢れて僕の周りを包んでくれるのです
よ・・・・。