原田コーチのブログ -5ページ目

忘れた!

 携帯電話を家に忘れた!


家を出て40分経過した後に気付き、職場はもうすぐそこ。


引き返さずに、ケータイのない一日を過ごすと決めた後の、


うすら寒いすがすがしさ。実際のところ僕のケータイは、レッ


スンの予約、キャンセル、振替の相談、新規入会希望のお問


い合わせなど、なくてはならない必携品なのではある。しかし


これが使えないとなったとたん、季節を越えた新しい風が吹き


抜けて、いつも以上にリアルな一日が始まるような気がするの


だ。もちろんお客様には迷惑をおかけして、充電器に残された


電話を見て「あらら・・・」と動揺する妻は、休憩ごとに僕からの、


ケータイチェックの問い合わせに対応させられてしまう。・・・と、


いやいや、今日は妻は朝早くから出払っていて、充電器に気付


いてなどいなかった。正真正銘!うすら寒くてすがすがしい風


が、僕の首の後ろを、「すっ」と通り抜けていくのを感じた・・・。



幸せ

「このジャンパー、なんか小学校の匂いするんだよね」


「中学生になってもう一年近くなのに」


「うん、でも何だか幸せ」


「変な子ねぇ」


   

 傍らで父親らしき方に見守られながら、母と息子がのどかな会話。


土曜日真昼の京浜東北線に、キラキラと冬の陽が差し込んでいる。


「変な子ねぇ」と言った後、目を細めて、旦那様と息子の間に視線を


落とした母親の表情が、何とも言えず素敵だった。

中道 2

 「素直」 


どこか完璧を求めている自分


不完全を受け入れていない自分


素直にならないといけませんね


スナオなオバケ、スナオナオのように・・・


久し振りに「窪田コーチのブログ」にありました


「中道」を歩む鍵が



素直になる 勇気のいる態度です


自分の至らなさを 認めなくてはなりません


欲しがる心と 正面から向き合わなければなりません


得られないと嘆く自分が 既に全てを得ていることに


一つ一つ気付いていくテンポは とてもたどたどしく 


ブルブル凍える北風が 柔らかな春の風にかわるように


行ったり来たりを繰り返しながら それでも確実に かわっていくのでしょう



 



中道

 昨日のヨガのクラスで、生徒の方がこのようにお話された。


先月末で仕事を辞めたんですけど、ですから今月からはど


れだけのんびりできるかって、すごく楽しみにしていたんです


けど・・・。やっぱり仕事中は何かと慌しくて、年末特に忙しか


ったこともありますし。でも違ったんです。


「はい」


忙しくしていたのは自分だったんです。ていうのは今月に入


てから、特にしなければいけないルーティーンワークもなく、


睡眠を削っての残業もないはずなのに、ぜんぜん時間が足


りないんです。次から次へと予定を入れてしまって。悠々暮


らせる筈だったのに。それで分かってしまったのは、仕事の


所為にしていた時間のなさは、実は自分の性質そのものだ


ったってことが。ちょっとショックでした・・・。でもそのことに


気付くために、今の自分が仕事から離れたのかな、なんて


思いました。


「よかったですね。そのような気付きがあって・・・」


そして自分のほうはといえば・・・何かの所為にして・・・・・・


「慌しいんだよね」 なんて言ってるよなー・・。次から次へと


予定を入れてしまっているのは、じゃじゃーん!もちろん僕


も同じこと。改めて気付きを与えていただきました。


「考えない練習」=小学館 の小池龍之介先生も書いていま


した。いろいろな物事を同時に味わうことをやめて、一つ一つ


と向き合うことで、今まで感じていたストレスが随分なくなるの


ではないですか。


ですよね。でも。


いろいろしたい自分にも、すこし優しく、そのやる気を認めてあ


げて、それから次に選択した目の前の事項に集中しましょうか。


そんな中道を行くしか、道はないのですよね・・・・!

六角形の芸術

 「あのコート、ほら六角形にひび割れてたでしょ。構造になってる


証拠なんですよ。あれって」


「えっ、構造?構造になってるってどうゆうことなんですか?」


職場のテニスコートは、確かに抜群に整備の行き届いたクレーコー


ト(土のコート)。メンテナンスを担うOさんは筋金入りの職人だ。


「例えば赤土が多かったりすると固まりすぎてだめだし、砂が入りす


ぎると流れてしまって構造にならない」


「はあ」 どうやら僕が今まで土の面として見ていたグラウンドは、実


は弁当箱に敷き詰めたご飯のように、ある一定の塊となった構造が


幾重にも積み重なってできているらしい。中型のフライパンサイズの


六角形のブロックが、均一に並んで面をつくり、隣のブロックとの間の


溝が水分を下に吸い入れているのだ。


「田んぼと同じなんですよ」


「た、田んぼですか?それにしてもすごく詳しいですねぇ」


「あ、僕、大学で土壌学専攻だったんですよ・・・」


「土壌学、そのような学問があるのですね」


「そこでやるんですよ。構造になる、ならないっていう実験を。面白いで


すよ」


そうだったのか。どうりで皆が「すごいコートだ」と感嘆し、「こんなクレー


見たことない」なんてコメントする理由はそこにあった。六角形。絶妙な


配合で土と砂を混ぜ合わせ、絶妙なタイミングでローラーをひく。水で溶


いた石灰で、刷毛を使って丹念にラインをひいていく。雨が降ってラインが


流れて、またローラー、そしてライン。乾けばいいかといえばすぐに乾きす


ぎてひび割れる。そしてその様子が六角形。塩化カリウムを撒いてから少


し待って、乾いてくる頃にまたしてもローラー。


 地面をよく見てみよう。今日も六角形の芸術が広がる・・・・!



ずるい!2

「今のは入ってるだろ!」


テニスの試合で相手選手にそう言われたことがある。12年前の長崎


での試合。


「アウトアウト、ここです!」


間髪いれずにラケットの先端で、ボールの落下地点をマーク。本来オ


ムニコートでは、ボールの跡が残っていてもそれがジャッジを左右しな


いが、砂の多いコートなどははっきりとボールマークが残っていて、相


手選手に信頼されるためにもマークを指し示すのがマナーだ。しかしあ


いにく二月の長崎には冷たい北よりの風が強く吹き、砂のほとんどを飛


ばしてしまっていた。つまり明確な跡を見つけることは出来ず、ボールが


落下した時に見た、自分の脳裏に焼きついた映像の記憶が頼りだ。そし


てやはり「アウト」の判断は変わらなかった。


 対戦相手はついに断念、さて試合続行の段になった。


「カツーン!」 僕のファーストサーブはラケットフレームの先端にあたり、


コートサイドに連なるホテルの上階まで吹き飛んでいった。そしてセカンド。


今度は丁寧にスイートスポットで捕えるところまで目を離さなかったが、ネ


ットまでも届かない。一瞬何が起きたのか分からなかった。右手首の痙攣。


先程のお互いの討論の間、相手選手は冷静にベンチコートを羽織り、時折


足を動かすなど冷えに対応していた。対照的に自分は、その後のことなど


考えもせずに半袖短パンの試合モード。中断の15分でみるみる体温を奪


われて、見るも無残な痙攣男の出来上がり!ファーストセットの5-5から


6ゲームを連取され、ようやく2ゲーム返したが結果は5-7、2-6のストレ


ート負け。何のための討論だったのだろう。その一点に気持ちを奪われ、試


合全体を見失う。当然の結果だった。


 試合の後は徐々に落ち着きを取り戻し、大浴場ですれちがった先程の選手


に、「やー、完敗でした」 と頭を下げた。 「また来月も試合でしょ。次行こー、


次!」 前向きな表情で励まされた。勝った選手が敗者を励ます常套句とは


すこしニュアンスが違い、彼の表情には共に「終わったこと」に対する敬意の


ようなものが感じられた。必死に戦ったことに対する尊い気持ちを、ほんの僅


かな言葉に込めているかのように。


 その後、一緒に横浜から来ていた先輩の試合を見ていた時に、まるで自分


の試合と同じように選手同士がもめる場面に遭遇した。そしてこのポイントは、


僕の目からは明らかなミスジャッジだった。つまり先輩の放ったダウンザライ


ンのフォアストロークはラインの内側にコントロールされていたにもかかわら


ず、相手選手はアウトをコールした。そして当然のごとく言い争いとなった。結


果は相手選手の判断が変わらずアウト。先輩はそのポイントを諦め、次のポ


イント以降、それまで以上に集中力をあげて連取していた。


 「出て欲しい(相手の打ったショットが)」


 「入るはずだ(自分のショットが)」


地元に戻ってから、脳科学や心理学をすこし調べてみると、あまりに強すぎる願


望は、目の前で起きている事実をも変えて視覚を変化させる可能性があるとのこ


と。つまり、人は肉眼に映る情報を脳が操作して意識化させることができるという


のだ。もしかして・・・・・。


 あれからの幾多の試合経験で、すこしはジャッジが上達しているかもしれない。


しかし究極のところ人間には、完璧な公正さは実現できないのだろう。あらゆる情


報を総合して判断することで、自分と相手とすべての環境それぞれに、同じだけの


敬意をもてることが、せめて自分にできる最善の方法なのだろう。


あの彼のように・・・・・。 



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ずるい!

 正月休みももうお終い。最後のお風呂は男三人(長男7と次男5と僕)


で「うー」大会。「うー」とはそれぞれが手の親指を二本出し、「うー2、や


うー4」などと声を出すタイミングで、伏せている親指を立てるゲーム。順


番に声を出し、その数と立っている親指(初め3人で6本のうち何本か)の


数が合えば片方の手を引っ込める。両手共引っ込めて上がりとなる。この


単純なゲームに白熱する我ら。ところが息子達は巧妙に、時にあからさま


に「ずる」をするのだ。例えば極端に早いタイミングで、「うっゼロ」と指を立


てる間合いを与えなかったり、微かに聞こえるか聞こえない程度の音量で、


「ゼロ」と囁きタイミングを外したりする。回数を重ね徐々に熟達してくれば、


「イチ」の「イ」や「ゼロ」の「ゼ」を聞いた瞬間に、伏せていた親指を立てて


何食わぬ顔。「それはずるいぞ!」・・思わず教育モードにシフトチェンジ。


っと、ちょっと待った!さも公正に、スポーツマンシップに則って行ってます


ぞの僕は、果たして「ずる」くはないのだろうか?というのは、子供達を楽し


ませるために行っている大義名分のせいか、本気で勝とうと思わずに、そ


れでも勝とうとしている振りなんかしちゃったりして・・・。口を尖らせて「ずる


い!」を連発している長男や、僕を見てニヤリとほくそ笑む策士の次男の真


剣な態度に比べて、自分の不誠実な感じがずるく感じられてしまった。


 よーうし、今度は真剣に勝ちにいってやる!いよいよ本気で「うー」に挑むぞ。


「うー4」 よっしゃー。「うっ2」  「ずるいぞ今のは、なしなし」   「うーぬ3」


「ぬ3て何だよ、だめ、抜かして次!」 「えー、ずるくないよ今のはー、サンて


言ったもん絶対」 「だめ、今のはぬ3て聞こえた・・・」 会話が本気になって、


ずるさにも厳しくなって、それでも真剣に取り組むならば、「ずるさ」のギリギリ


の際を攻めて、全神経を集中させ相手の声の入り方に耳を澄ます。「ゼ」が聞


こえた瞬間には即座に指を立てて上がりを阻止する。本当は「ずるい」と言わ


れる一歩手前にしか、真の公正さなんてないのかもしれない・・・。



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時間をかける 3

 テニスクラブのメンバーの中には、脱サラして蕎麦屋を


開業したこだわりの師匠がいる。他にも蕎麦好きの方、手


を挙げてとなれば、たちまち蕎麦談議に花が咲くことに疑


いはなし。そして今日も蕎麦のお話となった。事務のKさん


と外科のドクターのFさんは、共にリタイア後の仕事をペー


スよく配置しながら、優雅な趣味の生活、あるいは求道の


毎日に勤しむジェントルマンだ。


Fさん「原田さん、これお貸ししますよ。面白いですよー、


    蕎麦の世界は」


ボク 「ありがとうございます」


               ・・・・「蕎麦道楽大全」金久保茂樹


Fさん「こないだ行った秦野の石庄庵ね、移転した後ちょっ


    と味が変わっていたかしら・・箱根塔ノ沢の彦(ゲン)


    ね、あそこも美味しいですよー・・・山中湖の天祥庵


    も二八蕎麦でいいんですよ・・・」


ボク 「すごいですね、秦野とか山中湖とかって、お蕎麦を


    食べるために行っちゃったりするんですか?」


Kさん「そりゃ蕎麦好きは行きますよ、秦野なんて近いしね」


Fさん「この本にもいろいろ載ってますよ」


Kさん「どれどれ、いやー、原田さんレッスンの間読ませてい


    ただいていいかな」


ボク 「どうぞ、よろしかったら」


Fさん「美味しいんだよね・・・蕎麦は」


っとまあこんな感じで止まらないわけです。しかし秦野かー。


蕎麦好きを自称していたことが急に恥ずかしく思えた。蕎麦


を食べるために、一時間、二時間と希望に満ちたドライブ、ま


たは電車の旅を楽しみ、舌や鼻だけでなく、眼耳鼻舌身(触


覚)意(こころ)すべてを満足させようとするような、蕎麦に対


する敬謙な態度と、自分の在り方はかなり隔たりがあるよう


に感じたからだ。勿論僕の一時間のランチタイムで、秦野に


行って帰ることはできない。かと言って今日は半日オフだか


ら、思い切って山中湖で蕎麦を食べよー!っともならないの


だ。決して忙しいから行けないのではない。お二人の場合、


長年培ってこられた、一つ一つの物事に対する気持ちの使


い方、時間の使い方が表われているような気がした。


 好きなことに時間を費やす。こう書いてみれば一目瞭然、


とっても素晴らしいことに違いない。この際、僕が真の蕎麦


好きかどうかはいいとして、好きなことに時間をかけることぐ


らい、丁寧に行ってみたいな、などとささやかな希望を胸に


秘めたのであった。



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時間をかける 2

 時間をかけたほうがよいのは分かっている。頭では


分かっているつもり。そしてこんな僕でも、実際かなり


丁寧に時間をかけて行う行為がある。ブックオフで購入


した古本に貼ってあるシールを、痕が残らないよう剥が


していく作業がそれだ。最初は少し戸惑いを覚えた。こ


のシールが貼られた時期が古いほど、きれいに剥がし


ずらい。「なぜもっと剥がしやすいシールにしないのか」


なんて愚問も思い浮かぶ始末。しかしほんの少し立ち止


まって考えてみると、例えばシール剥がしの薬品を買って


美しく剥がしてもよいし、スローモーションで上紙と下紙が


分離せぬよう用心深く剥がしてもよい。つまり手間を惜しま


ず時間をかければよいことに気付いた。


 夫婦喧嘩。子供のしつけ。ありとあらゆること。時間をか


けることを厭うあまり、上紙と下紙が分離して始末に終えな


くなること。最終的に、剥がし残った白い下紙を爪で引っ掻


いていく段になって、「初めからもっと時間をかける覚悟を


するべきだったな」なんて思ったりする。まずはシール剥が


しから、「時間をかける」トレーニングを始めるとする。



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時間をかける

 毎週日曜日、アシスタントとしてテニスレッスンを手伝って


くれているHコーチ。彼は普段、他のスクールでチーフコー


チとして人気を博しているが、無理を言って週に一度来ても


らっている。彼とは大学テニス部以来旧知の仲でありながら、


プライベートのあれこれについて話すようになったのはここ


最近で、聞けば聞くほど深遠な哲学が展開されて面白い。


その哲学を一言で表現すると、「時間をかける」となる。また


彼はこうも言った。「時間を買う(お金で)ようなことはしませ


ん」 例えば彼の実家は静岡県の中部だが、奥様を助手席


に乗せ、横浜から全て一般道を使い、5時間を要することも


ざらだという。東名高速を使って2時間で、などという発想は


ないのだ。


 そこで少し想像してみたくなった。自分には考えられないス


ローライフなドライブ。ガソリンスタンドやスーパー銭湯、かま


ぼこのお店やケーキ屋さん。湘南平の小山の向こうに雄大な


丹沢、そして徐々に迫り来る圧倒的な富士。湘南に比べ、旅情


をより盛り上げてくれる駿河湾。干物屋で休憩して魚の香りに


包まれる。・・・なんだか贅沢。そうなのだ、彼こそが人生の達人


で、現世を楽しむ術を知っているのだ。もっと言うと、「今を大切に


している」となるだろうか。移動することを手段としか発想できず、


その効率のことを最優先にしてしまう自分について、今更ながら


考えさせられてしまった。


 彼の奥様とは二回ほどの面識しかないが、そんなスローライフ


についてどう感じているのだろうか。きっと彼と一緒に、潮の香り


や波の音を楽しんでいるのだろう。羨ましいかぎりである・・・・!



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