ずるい!2
「今のは入ってるだろ!」
テニスの試合で相手選手にそう言われたことがある。12年前の長崎
での試合。
「アウトアウト、ここです!」
間髪いれずにラケットの先端で、ボールの落下地点をマーク。本来オ
ムニコートでは、ボールの跡が残っていてもそれがジャッジを左右しな
いが、砂の多いコートなどははっきりとボールマークが残っていて、相
手選手に信頼されるためにもマークを指し示すのがマナーだ。しかしあ
いにく二月の長崎には冷たい北よりの風が強く吹き、砂のほとんどを飛
ばしてしまっていた。つまり明確な跡を見つけることは出来ず、ボールが
落下した時に見た、自分の脳裏に焼きついた映像の記憶が頼りだ。そし
てやはり「アウト」の判断は変わらなかった。
対戦相手はついに断念、さて試合続行の段になった。
「カツーン!」 僕のファーストサーブはラケットフレームの先端にあたり、
コートサイドに連なるホテルの上階まで吹き飛んでいった。そしてセカンド。
今度は丁寧にスイートスポットで捕えるところまで目を離さなかったが、ネ
ットまでも届かない。一瞬何が起きたのか分からなかった。右手首の痙攣。
先程のお互いの討論の間、相手選手は冷静にベンチコートを羽織り、時折
足を動かすなど冷えに対応していた。対照的に自分は、その後のことなど
考えもせずに半袖短パンの試合モード。中断の15分でみるみる体温を奪
われて、見るも無残な痙攣男の出来上がり!ファーストセットの5-5から
6ゲームを連取され、ようやく2ゲーム返したが結果は5-7、2-6のストレ
ート負け。何のための討論だったのだろう。その一点に気持ちを奪われ、試
合全体を見失う。当然の結果だった。
試合の後は徐々に落ち着きを取り戻し、大浴場ですれちがった先程の選手
に、「やー、完敗でした」 と頭を下げた。 「また来月も試合でしょ。次行こー、
次!」 前向きな表情で励まされた。勝った選手が敗者を励ます常套句とは
すこしニュアンスが違い、彼の表情には共に「終わったこと」に対する敬意の
ようなものが感じられた。必死に戦ったことに対する尊い気持ちを、ほんの僅
かな言葉に込めているかのように。
その後、一緒に横浜から来ていた先輩の試合を見ていた時に、まるで自分
の試合と同じように選手同士がもめる場面に遭遇した。そしてこのポイントは、
僕の目からは明らかなミスジャッジだった。つまり先輩の放ったダウンザライ
ンのフォアストロークはラインの内側にコントロールされていたにもかかわら
ず、相手選手はアウトをコールした。そして当然のごとく言い争いとなった。結
果は相手選手の判断が変わらずアウト。先輩はそのポイントを諦め、次のポ
イント以降、それまで以上に集中力をあげて連取していた。
「出て欲しい(相手の打ったショットが)」
「入るはずだ(自分のショットが)」
地元に戻ってから、脳科学や心理学をすこし調べてみると、あまりに強すぎる願
望は、目の前で起きている事実をも変えて視覚を変化させる可能性があるとのこ
と。つまり、人は肉眼に映る情報を脳が操作して意識化させることができるという
のだ。もしかして・・・・・。
あれからの幾多の試合経験で、すこしはジャッジが上達しているかもしれない。
しかし究極のところ人間には、完璧な公正さは実現できないのだろう。あらゆる情
報を総合して判断することで、自分と相手とすべての環境それぞれに、同じだけの
敬意をもてることが、せめて自分にできる最善の方法なのだろう。
あの彼のように・・・・・。
