やましたひでこオフィシャルブログ「断捨離®」Powered by Ameba -899ページ目

続・美しい決算書!

こんにちは、ラクシュミ♪です。

はい、昨日の【美しい決算書】の続き・・・

決算書に、美しいも汚いも、あるもんか!?
と、訝っておられる、はい、あなた。

稲盛塾長のいうところの【美しい決算書】とは。

【だだくさ決算書】の持ち主のラクシュミでは、
説得力の欠けまするもので・・・

以下、大阪の盛和塾生【子守@アンテリジャン】さんの
のメールマガジンより↓

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先週の金曜日、横浜市の中田市長とお話しする機会がありました。
衆議院議員を経て横浜市長として2期7年目、まだ44歳の若さです。
5兆円の借金と1兆3千億円の隠れ借金のあった市の財政を
この7年間で1兆円返したというのです。

職員数削減、53種類あった諸手当をゼロに、
敬老パスの見直しなど強い反対に立ち向かいながら
ひとつひとつ実践し、借金を減らしてきました。
私の担当しているラジオでもゲストに
来てもらうことになったのですが、
中田市長の話で一番印象に残ったのは
なぜ夕張市の財政が破綻したのかというポイントでした。

夕張はたしかに石炭産業の斜陽化や観光事業の失敗も
あったのですが、要は市民に嘘をつき続けてきたことが
破綻の最大の理由であったというのです。

身の丈に合わない施策なのに、市民にいい顔をしようと立案し、
赤字が出ていることをあの手この手で粉飾して
一度始めたことを見直さずに続けていったことで
夕張市は破綻状態にまでなってしまいました。
夕張メロンという全国に通用するブランドを
持っているにも関わらず、結果的に市民生活に
大きな負担を強いる結果を招いてしまいました。

私たち経営者にも対外的にいい会社に見せたい、
社員にいい顔をしたいという誘惑が常に付きまといます。

稲盛塾長のおっしゃるように「嘘をつかない」「隠さない」
といったプリミティブな規範が大切なのですね。

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美しい決算書とは、嘘・隠し事がないこと。

そして、言うまでもなく利益を出して、税金を納め、
社会に還元する・・・


間違っても、これ経費になるかな?
なんて、私費の領収書を、いじましく取っておいたりしないのよね~
タクシーを居酒屋化した国家公務員よ、猛省を促す!

とまあ、人のこと、とやかく言える立場にないわな。
期日までに、きちんと確定申告。

いつか、まっとうな税金が納められる身分を夢見つつ、
とっとと、領収書整理しよっと!


◆What's danshari ? ◆Let's danshari ! ◆Viva danshari ♪

愚直と美しい決算書!?

こんにちは、ラクシュミです。

まだまだ、使いなれていない、このブログ。
昨日ようやっと写真をUpできた。

不思議だ。
確か、最初に確認した時は、大きな写真だった。
だのに、次に見たら、ちっちゃくなっている。

なぜだ。


さて、昨日。
盛和塾の講演会・総会・懇親会に参加。

盛和塾・・・ご存知、京セラ最高顧問・稲盛和夫塾長の
経営者さんのための勉強会。

経営者!?
経営なんぞ、まったく無縁の女一匹狼&浮き草稼業が、
なぜこんな勉強会に、塾生として参加しているか、吾ながら不思議。

理由はふたつ。
ひとつは、事務局の女性社長のアシスト役をかってでて。
もうひとつは、経営者ばかりの、ラクシュミにとっては居心地の悪いであろう
世界を体験してみたかったから。

これも変化刺激?
ちょっとした冒険心?
いえいえ、根っこのミーハー心が蠢いただけか(^^ゞ

まあね、居心地の悪さは、すぐになくなりましたね・・・

なんたって、売上が数百億単位の企業であろうと、
零細企業であろうと経営者の悩みは、なんだなんだ皆おんなじ。

人間関係・・・
側近、部下や従業員、顧客といかに信頼関係を築けるか。

こころの通いあわない悩み、
みんなみんな、悩んで経営している。


稲盛塾長の教えは、「心を高める経営」
利他の心・誰にもまけない努力・社員の物心両面の幸せ・・・

塾長自身も「愚直」と表現する、こんなことを、
真摯に追求し学びつづけている経営者が、こんなにいる。
ある意味、驚きでもあり、嬉しくも、心強くもあり。

2年間お世話になり、この「愚直」の力が、少しわかってきたような。

そして、この「愚直」が、結果、「美しい決算書」となる。

見えるカタチの「美しい決算書」が、
見えない世界の「真摯な経営者」の心の姿を映し出す。


それにひきかえ、わが決算書
だだくさ!な体裁&内容。

いけませんね、はい。


◆What's danshari ? ◆Let's danshari ! ◆Viva danshari ♪

ねずみ算

おはようございます、ラクシュミです。

可愛らしい芽を出していたチューリップ。
ふたたび、雪の中へ。
頑張れ、試練に耐えよ、と、応援したくなる・・・


断捨離、近頃、お仲間さんが、急増中。
嬉しい~のなんの。
数年前まで、孤軍奮闘、細々とやっていたのが嘘のようだ。

それもこれも、皆様が断捨離奮戦記を、あちらこちらで公開してくださるお陰。
感謝×感謝でありますm(__)m

今日も、断捨離の門を叩いて下さる方々と、メールのやりとり。
パソコンにへばり付いて、一日過ごす。
が、午後の4時頃、ちょっと休むつもりが、爆睡!

断捨離のお仲間さん・・・
このままだと、ネズミ算式に増える・・・
むふふ、世界制覇も近い。
おっと、その前に日本中を席捲して、会員を集めまくり、新規ビジネスモデルを構築しよう。
かの円天のごとく・・・

かくして、断捨離のラクシュミ、司直の手に落ちる・・・

目が醒めると、午後の6時半~あれあれ、妄想でもなく、夢想でもなく、
ただの昼寝の夢か・・・


はい、確認しておきましょ!

断捨離は、それぞれが、それぞれにつくりあげていくもの。
断捨離は、ひとりひとり、命の数だけオリジナルにあるもの。
断捨離は、卒業していくもの。

「守・破・離」

「離」とは、「自在」と解釈しよう。
もちろん、断捨離の「離」も、この「自在」を目指す。


わ~ん、昼夜逆転、
いけない、いけない。
とは言え、これがフリーランス稼業の有り難さ。
時間は、自分の裁量で自由に使える。

時間大尽!
時間セレブ!!

浮き草稼業に、乾杯!!!


◆What's danshari ? ◆Let's danshari ! ◆Viva danshari ♪

断捨離、モンゴルを行く・・・

おはようございます、ラクシュミです。


長年の友人、まちこちゃんと温泉で、1日、まったり。

背中をゴシゴシこすってもらって、垢の断捨離(^^ゞ
そうそう、先日は、とあるサロンで、眉カット=眉の断捨離(^.^)
この前は、歯医者さんで歯の治療、そう、虫歯の断捨離^^;

断捨離言いだしっぺが、諸々をちんたら&のらりくらりと断捨っているうちに、
いつの間にか、ロサンゼルスやモンゴルまで、飛び火。

びっくりだわ。

断捨離にずっぽり嵌まってしまった在東京のセラピスト・のんさんが、
断捨離実践録を、ご自身のブログに書きまくって。
それを読んだ友人たちが、いたく感銘・・・

交際範囲が海外まで及ぶのんさん、お陰で、断捨離は海を越えた。

経営コンサルタントのサミーさん。
現在、モンゴル大学で、経営学の教鞭をとっておられる。
「断捨離とモンゴル人」と題して、興味深いを考察を。
サミーさんによれば、世界で一番ダンシャリチックなのは、モンゴルの人々だとか。

サミーさんのブログ「断捨離とモンゴル人」、ぜひお読み下さいましね。
唸りますわ。


断捨離は、伝染する、はい、間違いなく(^_^)v

新型インフルエンザを凌ぐ感染力で、もっともっと、広まれ~
世界の人たちが、より良い変化を加速させますように。

けれどね、断捨離がどこへ行こうと、ベースは、

今、ここ。

今、ここにある「モノとの関係の問い直し」が、最初の第一歩。

今から、この場で、たったひとりでも、始められる、個と社会と地球へのコミットメント!
それが断捨離。


「見える世界」から「見えない世界」へ、
そして、「もっと見えない世界」へと、歩みを進めることも、実は可能。

ねっ、そうだよね、こまねち♪さん。


(注)こまねち♪さんとは、断捨離の跡継ぎ宣言をして下さった青年。
ラクシュミの隠居も近いか・・・


◆What's danshari ? ◆Let's danshari ! ◆Viva danshari ♪

むたくさ!

おはようございます、ラクシュミです。


一転、雪がはらはら。

まだ、少女だった頃、もちろんラクシュミだって、そんな頃はあ~る。
一心不乱に読んだ「赤毛のアン」シリーズ。
何巻目だったかな、アンの友人が、こう語りかける。

「お天気に、文句をつけない。これって、大切なことだと思わない?」

以来、ラクシュミも天気に苦言を呈さないよう努めてきた、つ・も・り。

この北陸、冬は寒くて、夏は暑い。
一年中、高湿度。
1日の内に、晴れ、曇り、霙、霰、雨、晴れ、雹なんてことも。
なんたって、冬に、盛大な雷鳴、びっくりする。

この目まぐるしい天候、けっこう、ワクワクしたりて。
さしずめ、軽度の非日常期待症候群・・・
とりとめもない日常への、軽いジャブ、変化刺激か。


さて、ホットカーペットの上、1日ドデンゴロンしつつ、
昨日の能登の方言を慮る・・・

だだくさ!!!

強烈だ。

ここ、加賀では、むたむた!
レベルをあげると、むたくさ!!

むたむたは、多少なりとも愛嬌があるけど、くさに変化すると、イライラが伴う。

言葉にも、破壊の程度があるのだわ、うん。

むたむた!
むたくさ!!
だだくさ!!!

ジャブ!
ボディブロー!!
カウンターパンチ!!!

いや、こうも考えられるか・・・

言葉だと、カウンターパンチの攻撃力。
環境だと、ボディブロー、じわじわと破壊されていくような。

家の状態、住まいが、部屋が、むたくさだったり、だだくさかったりすると、
毎日が、ボクシング・リングにのせられているのも同じ。
しかも相手は、プロのボクサー、こっちはシロウト。

知らず知らず、自分か損なわれていくんだ・・・ひえ~


急いで、住まいのチェックシートを作ろう。
私たちの住まいの攻撃力レベル。

むたむた度 レベル1・2・3
むたくさ度 レベル1・2・3
だだくさ度 レベル1・2・3

まっこと、方言とは面白い!

でもね、今度は、だだくさの反意語を探さないと。
私たちの住まいの癒しレベルが、わかるようにね。

だだくさ!

おはようございます、ラクシュミです。


2月なのに、あったか春の陽気。
ニュースは、異常気象と騒いでいるけど。

この天気なら、自宅前の側溝のそうじができるぞ♪
落ち葉が、いっぱいいっぱい、詰まってる!

一冬、溜め込んだ落ち葉~まるで運気の詰まりの象徴ではないか!
そう自分を脅かして、腰を上げる。

そして、もうひとつ、一年、溜まりに溜まった領収書。
そうなんです、確定申告・・・数字、計算、算数、超がつく苦手!
毎年、今年こそはと整理するのだけど、たいてい二月で挫折。
そもそも収支が合うなんて、アンビリバボーな世界。
こればっかりは、いつも締め切りぎりぎり。

まあね、人さまに偉そうなこといっても、ラクシュミの根っこは、
先送り体質なんだ(^^ゞ


昨日は、とらちゃんが、叔母さんを連れて再受講にやってきた。
叔母さんは、友人をつれて。
そこに、遠く能登からの受講生さんも加わって、断捨離セミナー。

初対面のはずなのに、出身地が同じ能登の町だったり、
どこかのイベントで何回も一緒してたりと、
受講生さん、やはりなにかしらの共通点があって、今ここに集まる。

とらちゃんが、はじめて受講したのは2年前。
かえって、落ち込んだとか。
同期の仲間は、せっせと、いそいそと、嬉々として、捨てだした。
それにひきかえ、全然、動けない、捨てられない自分。
食器棚の奥から出てきた賞味期限切れの保存食。
あまりの量に仰天して、涙がこぼれる。

モノに埋もれた自己嫌悪の毎日がつづく。

もし家に遊びに来るなら、1年前に言ってね!
友人には、そう言って、来訪を拒むような状態。
このままでは離婚されると、実家のお母さんも、時々片づけにくる。
が、はかばかしい成果はえられない。

あまりに夥しいモノたち、短期間で、太刀打ちできるはずもなく。

見られたくなくて、覗かれたくなくて、窓さえ開けなかった日々。
空気も澱み、気分も沈み、ひとりぼっち。

それが、どうだ。
1ヶ月、1週間、3日と、期間が縮んで、今では、数時間の猶予で友人を招ける。
実のところ、突然の来訪でも大丈夫、ほんの少しの散らかりに目をつぶれば。

レトルトカレーの山の前で泣いたことも、今では笑い話。
友人も、沢山、遊びにやってくる。


そうだな、今回の受講生さんの共通点は、自信喪失。
今の自分に、違和感?後ろめたさ?、やりきれなさ?を感じながら、
このままではいたくないと、なにかしらの変化を求めている。

とらちゃんの叔母さんと友人は、この春から、カルチャーセンターに、
通う相談をしていた。
習う内容より、通うことで、なにか自信が持てるかのような淡い期待。

でもその前にと、とらちゃんが、叔母さんに断捨離をすすめた。
それは、とらちゃん自身が、これで、元気を取戻していったから。


能登では、住まいの惨憺たる有様を、「だだくさ!」と言うとか。
おお、なんと、インパクトのある響き。
性格や気質にも、「だだくさ!」という言葉をぶつけるらしい。
こんな強烈パンチを、浴びつづけていたら、ダメージは大きい・・・


家の中から、今の自分にとって、不要・不適・不快なモノたちを取り除いていくと、
その「だだくさ」も、剥がれ落ちていきますね、家からも、気持ちからも。
はい、間違いなく。

居場所づくり6 だんしゃり五段活用 浮上

おはようございます、ラクシュミです。


潜行、沈下、、、ここ数日、小学校あたりをウロウロしてたな。
その退行から、浮上。

一昨日・昨日のブログへの、のんさんのコメントのお陰。
さすがのセラピストのさすがのコメント。
なにより、愛でいっぱい。

のんさん、有難うございます。
皆様も、のんさんのコメント、読んで下さいませね。
励まされまよ(^_^)v


観念の断捨離。
不要・不適・不快な観念と、要・適・快な観念との入れ替え♪

サイモントン療法のビリーフ・ワーク。
信念・思い込みの書き換え。
不健全な信念と、健全な信念との入れ替え。

うん、一緒だ!


そして、のんさんのブログ、「断捨離ⅩⅢ」を読む。
のんさんは、そこで、「だんしゃって」と友人に呼びかけてた!

あはは、なんと愉しい(^^♪

はからずもパソリオで、小学校まで退行してた訳だけど、
浮上の途中で、中学の国語の授業に立ち寄ったような。
苦手だったな文法は^^;

「未然・連用・終止・連体・仮定・命令」・・・だんしゃりは、ら行五段活用。

・だんしゃらず
・だんしゃったり
・だんしゃる。
・だんしゃる時
・だんしゃれども
・だんしゃれよ。

自分を「主語」とし、モノを「目的語」として、だんしゃりを五段活用させ、
それぞれの文章を、完成させなさい。
ただし、可能な限り、視点の変化を促す内容であること。
<制限時間15分・配点各20点>

中学1年の学年末試験で、こんな問題が出題されるのだ。
凄いぞ。

断捨離が、普通動詞となって、日常であたりまえに使われる・・・
むふふ、その日は近い、ねっ、のんさん。

妄想?、いえ夢想が、現実となりますことを。
ひとりでも多くの方が、断捨離でより良い居場所づくりに、勤しまんことを(^^♪

有難うございます。

居場所づくり5 パソリオと断捨離と 退行

おはようございます、ラクシュミです。


退行が、はじまったみたいな。


パソリオは、まるで小学校のお教室の雰囲気。
自分も小さな小学生に戻る。

そして、断捨離受講生さんのブログ。
◆断捨離(だんしゃり)したり、落ち込んじゃったり、ラジバンダリ◆
息切れ人生のアラフォーに、断捨離との出逢いが待っていた

居場所を必死に確保しようとしている、いたいけな女の子が、そこにいる。
この少女の居場所、それは心地良さを求めているのではなく、
生存のための、生き残るための居場所。
うっ、つい自分と重ねあわせたりしてね。

母とのバトル。
淋しかった小さな子が、今の私の口を借りて、自分への愛を訴える。
もっと素直に表現すれば、言い争いにはならないのにね。


サイコ・ダイビング・・・

際限の無い深海に、どんどんもぐっていくかのよう。
小さかったあの頃の感情が、噴出してくる。

いやはや

けれど今、子供ではない図太い大人の私。
で、気がついた。

親が子を、愛情の対象にするとはかぎらない。
親が子を、支配の対象にすることがある。

すべての親が、子への愛に、一番価値をおいているとはかぎらない。
一番の価値を、たとえばお金においている親だって、いくらでもいるだろう。


観念の断捨離。


子が、求める親の有り様を捨てた時、もっと楽になれるのかもしれない。
同時に、親の観念で、親の価値観で、自分を縛ることもない。

親のモノサシにあわなくて、評価されなくても、それはそれ。

褒められなくても、
認められなくても、
関心をもたれなくても、

それはそれ。

親だって、必死の自分の人生。
回りを見渡すゆとりがない時もあっただろう。

子も親も、それぞれの被害者でいることはない、うん。


そんなこんなを、つらつらと思いつつ、
雲間から足を滑らせ、目指す親の、隣の親に落っこちる自分が見える。

・・・退行催眠の光景ではなく、想像だけど^^;

あはは、母との出会いは、こうして始まったんだ。

「生んでくれて、有難う」を言う前の、
「失礼、間違えました、ごめんなさい。」のお詫びの挨拶がすまないままに、
生まれてきちゃったのね、きっと。

どうりで、チグハグしてたんだ、ずっと。


◆What's danshari ? Let's danshari ! Viva danshari ♪◆

居場所づくり4  パソリオと断捨離と 甘え上手と甘え下手

おはようございます、ラクシュミです。


朝からちょっとディープかな、今日の日記。
まあ、こんな日もあるということで・・・人間だもの^^;



パソリオと母との衝突で、はからずも、自分の子供時代を反芻することとなる・・・
ずっと飲み込んでいることなのに、敢えて、口に戻すこともないのにね。
が、やはり、このトラウマ、消化しきれてないということで。


人は、どんな時に、ここは自分の居場所だと、感じるのだろう。
人は、どんな場を、ここは自分の居場所だと、感じるのだろう。


母から、褒められた記憶がない。
母から、認められた記憶がない。
母から、関心をもたれた記憶がない。

記憶がないだけなのかもしれない。
母は、そんなことはないと、主張しているし。
けれど、母親から包んでもらったような感覚、
その感覚はまったくないのだ。

たぶん淋しい子供だったんだ・・・

母は、家事一切が大嫌いな人。
家事を放棄する人ではなかったが、嫌いであることを公言して憚らない。
<後年、彼女は病気と引き換えに、まったく家事をしなくてよい境遇を手に入れた>

だから、子供らしく母に甘えるには勇気がいった。
甘えれば、それは、母に大嫌いな作業をさせることになるのだから。

たぶん淋しい子供だったんだ・・・


大人になって、この年になって、当時の母を思いやってみる。

おそらく母は、結婚生活に、自分の居場所が見出せなかったのだと。
そう間違いなく、母の居場所ではなかっだ。
自分の居場所と思えない場を、片づけや掃除で整える気になれないな、誰だって。
自分の居場所と思えない場で、お料理や洗濯、それは雑役のようなもの。

家事嫌いの公言は、ここに私の居場所はない!という、母の叫びだったかもしれない。


母に甘えた記憶がない。
甘えて、拒否されることが、怖いから。


我が長男殿は、甘える天才。
ごろにゃんと上手に甘える、が、そこになんの意図もない。
それは天性のもので、しかも、祖父母に囲まれた一人っ子。
ごろにゃんと甘えられると、誰もが彼に、喜んで気を注ぐ。
彼は、自分の居るところが、常に自分の居場所に。

甘え上手と甘え下手。

人生のスタートラインが違う。
海の底から浮上するのと、すでに上陸しているくらい違いがあるような。

きっと、母も甘え下手だったのだ。
きっと、父も甘え下手だったのだ。

母と私の衝突も、お互いが甘え下手だから。
お互いが、褒めてよ、認めてよ、関心をもってよと、主張合戦。
そして、お互いに、エンドレスな「批判」と「防御」と「見下し」が。
ハラペコ同士、さらに、飢餓状態を招いているような。


褒めて、認めて、関心をもって。
まずは、自分で自分に自分から。

それが、「自分の居場所」の基礎づくりというもの。
まずは、自分で自分の空腹を満たさないと。

断捨離だって、誰のためにするものでもない。
自分のためにするものだから。


◆What's danshari ? Let's danshari ! Viva danshari ♪◆

居場所づくり3 パソリオと断捨離と 「離れる」

おはようございます、ラクシュミです。


久しぶりに、母娘バトル勃発!

久しぶり?!
夫や長男に言わせると、おお、またか!
否、この頃は、驚きを通り越して静観、そして傍観の夫と長男。
おお、やってる、やってる・・・慣れとは、有り難いものでして。

母と私のバトルは、宗教戦争みたいなもの。
異なる価値観同士が、互いを自分の宗旨に改宗させようと、
不毛で徒労な消耗戦をしている。
ゆえに夫は、この実家を「ガザ地区」と呼ぶ・・・

実家の母とは、結婚以来、30年ぶりに半同居生活中。
わが母が、価値観のまったく異なる、いわば異教徒!?だと気がつくのに、
3年ほどの時間を費やしたかも・・・
彼女のやることなすこと、吃驚仰天の日々でありましたわ。


最近は、ひたすら自分に言い聞かせている。

イスラム教徒さんと暮らしているのよ、ね。
信条、風習、習慣は、違っているのよ、ね。
改宗は、無理な話よ、ね。
信教の自由は、保障しなくちゃ、ね。

これで、異教徒との暮らしを、維持しようとしてた。

が、どこか無理がある・・・


どうやら、母との暮らしに、自分の居場所が見あたらないことを
認めなくてはならいよう。
それを、認めたくないばかりに、ケンカをし、家族の平和をかき乱し、
消耗しているおバカなラクシュミ。

ラクシュミが、きいて呆れる。

ここを認めることからスタートしないことには、
基礎工事が終わらないうちに「信頼という家」を建てようとしているようなもの。


長男は、超簡単な解決法を提示してくれる。

「お母さん、ババちゃんと一緒に居なければいいじゃん!」

はい、おっしゃるとおりでござりますですm(__)m


言うなれば、「断・捨・離」の「離」!
母を「断つ」訳でもなく、母を「捨てる」訳でもなく、ただ「離れて」いる。
それだけのこと。


美雪先生が、自ら作詞なさったお母さんへの感謝の歌。

生んでくれて有難う・・・
育ててくれて有難う・・・

こんな心境、なんとも、羨ましいかぎり。
いつこそ、なれるやら、と慮る。

いやいや、ものごとには、なにごとも、段階がある。
いきなり、美雪レベルは、おこがましい。
そうそう、少しづづ、少しづつ。

断捨離だって、最初は、ゴミひとつから始めるのだよ。


それにつけても、つらつら思う。

人は、どんな時に、ここは自分の居場所だと、感じるのだろう。
人は、どんな場を、ここは自分の居場所だと、感じるのだろう。


◆What's danshari ? Let's danshari ! Viva danshari ♪◆