1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2017-08-22 20:25:32

意地悪な日

テーマ:やましたひでこの独り言

ごきげんさまです。

断捨離のやましたひでこです。

 

 

 

{DAC54AEE-CF97-4A82-BC4A-D05038E1F8F5}
 
 
明日は晴れそう。
 
 
 
 

 

 

 

なんだかね、意地悪をされているような。

 

誰に?

 

いえ、人ではなく時間に。

 

 

そうですね、なんやかと用事や連絡が時間に乗ってやって来る日と。

 

時間という列車がピタっと止まったような日と。

 

 

来ない電車を待つのは辛いもの。

来るはずと思っているからなおのこと。

 

 

こんな日は、

 

来てくれない…

してくれない…

言ってくれない…

 

そう、くれない族の仲間入りをしてしまうもの。

 

 

さあて、ひでこさん、今日のあなたは、

いったい何が到着するのを待っていたのだろうね。

 

 

 

夏去りて来ない列車を待つホーム

 

 

拙句、お粗末にて。

 

 

 

 

  

◆このブログは、ameba公認ブロガーやましたひでこの個人ブログです。
 
シェア、リブログはご自由に。とても嬉しいです。
 

 

 

【断捨離】については無料【毎日配信】断捨離メールマガジンで学べます、こちらもご活用を。

 

http://yamashitahideko.com/

読者登録82,000人

 

 

◆『断捨離』は、やましたひでこ個人の登録商標です。無断の商業利用は固くお断わりいたします。どうぞ、お控え下さい。

 

 

 

jukubanner2

 

 

◆塾生4.000名、やましたひでこ断捨離塾  
http://www.yamashitahideko.com/sp/CPD_YDJR/index_of.php

  

 

 
いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-08-22 08:25:04

センスupの秘策 〜ありきたりからの卒業

テーマ:断捨離的に思うこと

おはようございます。

断捨離のやましたひでこです。
 
 
{30A3BD4A-9866-4F0D-A467-EA7925332BFD}

土器    私のお気に入り?                        写真 野村哲也
 
 
ありきたり、、、
 
ではなかったペルー土産の土器、これは、酒器なんだそう。
 
 
 
 
断捨離は引き算だから。
 
いわゆる、消去法。
 
まあ、消去法というと、
なんだか消極的なイメージを持つかもしれない。
 
でも、でもだ。
 
「なりたい自分になろう!」
 
なんて、励まされたとしても、
その「なりたい自分」が漠として、皆目見当がつかないのだから。
 
結局、トボけた目的設定をして、自分でもしっくりせず、結果、行動が起きないなんてことになる。
 
つまり、「なりたい」をイメージするのではなく、自分のまわりから「ありきたり」を取り除いていくことが手始め。
 
そうですよね、「なりたい自分」を求めるということは、今の自分を「ありきたりで、つまらない」と感じているからこその裏返し。
 
 
ところで、あなたの身の回りで、いつも、一番近くにあるものは何だろう?
 
それは、下着。
 
だから、断捨離はここからスタート。
 
 
黄ばんだ下着  、即、捨てる。
うらぶれた下着、はい、さようなら。
 
ありきたりな下着、そう、卒業。
 
身につけるのは、
 
シック、エレガントな下着。
 
さらに選び抜いて、艶っぽいそれ。
 
 
人に見せない、人に見られない、とかく、そんなモノたちが後回しとなる。
 
いえいえ、実は、ここが一番肝心なのだ。
 
そう、自分改革は、自分だけが知っているところから。そして、自分に一番近いところから。
 
 
もしも、あなたが、「なりたい自分」になりたがっているならば、ありきたりなモノに無自覚ではなりませんね。
 
まして、
 
黄ばんだ…
うらぶれた…
 
だなんて。
 
さてさて、この断捨離基準、もちろん、下着だけの話しではなく。
 
家中のモノ全部を、この基準で見直しを。
 
黄ばんだ
うらぶれた
ありきたり
シック&エレガント
 
これが、センスupの秘策
これが、感性upの秘訣
 
はい、あなたが「ありきたりな自分」から脱皮していく早道なんですね。
 
 
で、ひでこさん、あなたはどうなの?
 
そうでした、そうでした、人様の下着をとやかく言っている場合ではありませぬ。
 
わ〜ん^^
 
 
 
◆このブログは、ameba公認ブロガーやましたひでこの個人ブログです。
 
シェア、リブログはご自由に。とても嬉しいです。
 

 

 

【断捨離】については無料【毎日配信】断捨離メールマガジンで学べます、こちらもご活用を。

 

http://yamashitahideko.com/

読者登録82,000人

 

 

◆『断捨離』は、やましたひでこ個人の登録商標です。無断の商業利用は固くお断わりいたします。どうぞ、お控え下さい。

 

 

 

jukubanner2

 

 

◆塾生4.000名、やましたひでこ断捨離塾  
http://www.yamashitahideko.com/sp/CPD_YDJR/index_of.php

  

 

いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-08-21 21:30:24

さあ、今夜はもうちょっと頑張ろうか。

テーマ:やましたひでこの独り言

ごきげんさまです。

断捨離のやましたひでこです。



{D69A5A1E-5442-403F-9F14-9D3D8584A443}


写真 野村哲也


 

 

 

 

私、やましたひでこは忙しい。

なぜなら、私がそう思っているから。

 

私、やましたひでこは疲れている。

なぜなら、私がそう思っているから。



でもって、そう思わなければそうではない訳で。


 

と、すべては自分の意識しだい…

と、確かにそのとおりなんだけれど、ね。

 

 

このところ、その肝心の意識がどこにあるのか、

定かでないような不思議な感覚。

 

いったい、私、忙しいの?

いったい、私、疲れているの?

 

どうなの?



 

 

仕事とは…

 

 

ひと昔ならば、「やればできる」式の根性論。

もう少し前ならば、「前向き」志向のポジティブ・シンキング。

このところは、「ワクワク」チョイスのいい加減思考。

 

でもね、本当は、もうどれも機能しない。

 

根性だけでは辛い。

ポジティブだけでは嘘っぽい。

ワクワクだけでは挫折。

 

そう思う。


あら、言うまでもないか、こんなこと^^

 

 

ならば、仕事とは…

 

任務?

使命?

天命?

 

いえいえ、ひでこさん、あなたの場合は残念ながらどれも違う。

 

まあ、これは、私の個人的な好みの問題なのだろうけれど、「使命」を語る人には、どうにも違和感を覚える。

 

本当は、「私の仕事は使命です」、なんて言えるとカッコイイなとは思うけれど。


そう、羨ましいほど(^^;

 

でも、私は、どうにも気恥ずかしくて、畏れ多くて、そんなことは言えません。

 

 

 

と、ここまで書いて気がついた。

 

こんな独りごとゴタクを並べている場合ではないのだわ。

 

 

さっさと、原稿に取りかからなくては。

 

24時間、いつでも仕事タイムの私、

さあ、もうちょっと頑張ろうか、今夜は!





 
◆このブログは、ameba公認ブロガーやましたひでこの個人ブログです。
 
シェア、リブログはご自由に。とても嬉しいです。
 

 

 

【断捨離】については無料【毎日配信】断捨離メールマガジンで学べます、こちらもご活用を。

 

http://yamashitahideko.com/

読者登録82,000人

 

 

◆『断捨離』は、やましたひでこ個人の登録商標です。無断の商業利用は固くお断わりいたします。どうぞ、お控え下さい。

 

 

 

jukubanner2

 

 

◆塾生4.000名、やましたひでこ断捨離塾  
http://www.yamashitahideko.com/sp/CPD_YDJR/index_of.php

  

 

 
いいね!した人  |  リブログ(0)
2017-08-21 17:17:15

「生活と人生を詰まらせる」病

テーマ:やましたひでこ断捨離メールマガジン

━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆今日の断捨離
━━━━━━━━━━━━━━━━━

FROM やましたひでこ


{79C2A5E0-4181-4C65-A701-C8DDAAD29CA0}



8月21日、月曜日。
<旧暦水無月三十日>

夏大好き人間といたしましては、
あまり夏らしくない天候の夏は
寂しいものです。

しかも、八月も後半に突入。
あらら、私の今年の夏は
なかったような残念無念な気持ち。

私、モノは惜しみなく
手放すことはできるけれど、
この「季節を惜しむ気持ち」は
なかなかのようです。

さてさて、先週末は、
ひと月と少しの間が空いて
16名の受講生さんと再会。

彼女たちは、半年間の連続講座
「断捨離実践・徹底サポートコース」
第7期のクルーたち。

私は、この講座の受講生さんたちを
クルー、乗組員と呼ぶのです。
同じ「断捨離実習船」に乗り込んだ
仲間たちですからね。

先月にスタートした7期実習航海。
クルーたちはすでに互いの仲間意識
も高く、この2回目の講座を愉しみに、
とても待ち遠しく思っていたよう。

断捨離は、モノを通して自分と
向き合う行為だから、ともすると、
孤独であり、一人で思考が煮詰まって
動きが止まってしまうことがある。

断捨離初心者ならば、なおのこと、
それを経験するはず。

「捨てる」という思考と行動は、
一見、単純な作業のようでもあり、
その実、私たちが思っている以上に難しく
ハードルが高いもの。

なぜなら、捨てるということは、
「執着心」に戦いを挑んでいること
ですからね。でも、それに気づかず、
「なぜ、捨てられない?」と、
自分を責めてしまう場合があるのです。

まして、周囲の家族が断捨離を知らない、
断捨離を理解していないならば、
なおのこと、辛いもの。

だから、こんな時は、
共感し、励ましあえる
仲間たちの存在はとても有難い。

私たちは、もともと、
「捨てる=出す」ということよりも、
「入れる=溜め込む」という方が得意。

家に余計なモノを溜め込む。
身体に余計な老廃物を溜め込む。
心に余計な負の感情を溜め込む。

溜め込んで詰まらせて、
詰まらせてしまうともっと溜まる。

その悪循環の中で
右往左往しているか、
うつうつとした状態に陥っているか、
ついに限界がきて持ち堪えられなくなるか。

しかも、
その「溜め込み詰まり禍」、
溜め込み詰まらせることで
どんな「わざわい」、
機能不全が起きているかには
残念ながら無自覚。

住空間の健康を損なうのも、
身体の健康を損なうのも、
心の健康を損なうのも、
そして、生活と人生を損なうのも、

捨てることを知らない、
出すことが出来ない、
溜め込んで詰まらせていることに
原因があるにも関わらず。

ところで、冒頭の7期のクルーたち。
このひと月間は、これまでずっと
溜め込んだモノたち、
いつの間にかゴミガラクタと
化していたモノたちを、
ひたすら、捨てる、家から出す
という作業に取り組んで。
だから、一番待ち遠しい日が
「ゴミの日」に。

はい、こんな気持ちになった
ということは、
諸々の「溜め込み詰まり禍」
から卒業していく道を
歩み始めた証拠に違いありませんね。


「捨てる=出す」については、
こちらのブログ記事もどうぞ参考に。

◆「出すこと」
https://ameblo.jp/danshariblog/entry-12302479741.html


◆「出す」ことの不自由、これでは病気になる訳だ。
https://ameblo.jp/danshariblog/entry-12303185234.html


さあて、今日のあなたも、
一つでも余計なモノは断捨離して、
「詰まる病」を未然に防いで下さいね。

それでは、ごきげんさまにて。

 

 

やましたひでこ断捨離メールマガジン 2017/08/21

 

 

What’s danshari ?  Let’s danshari !  Viva danshari ♪

◆やましたひでこ公式HP『断捨離』
日々是ごきげん 今からここからスタート
http://www.yamashitahideko.com/

2017-08-21 08:01:00

モノに塗れて思考停止の群れに仲間入り?

テーマ:断捨離的に思うこと

おはようございます。

断捨離のやましたひでこです。
 
 
{04BF3498-84DF-43FE-906D-2404547DD9B1}
 
 
空間の撮影者を撮影しながら空間全体を俯瞰してみる。
 
 
 
 
天候不順。
 
涼しいというより寒い。
 
と思ったらエアコンの温度設定がうっかり!
 
おバカな私^^
 
 
 
 
 
 
さてさて。
 
あいも変わらず、「捨てる、捨てない」レベルで断捨離を語る人たちがいっぱい。
 
それは仕方がないこと。
 
ほとんどが、モノの「溜め込み病」に罹っているようなものだから。
 
私も驚く。
 
溢れるモノに塗れながら、「捨てなくては片づかないことに、はじめて気がつきました!」
 
そんな段階で、今もって難儀している人たちがまだまだいることに。
 
 
恐ろしいまでの「収納病」の蔓延。そう、納めれば片づくという勘違いの中で。
 
 
 
それは、やがて、
 
詰め込み病
突っ込み病
 
そして、
 
溜め込み病
 
へと重症化していく。
 
 
 
けれど、これら、住まいの病の根本原因はどこにあるかというと。
 
 
思考停止
 
 
なぜなら、
 
捨てられないモノなのか、
捨てたくないモノなのか、
 
捨てるべきモノなのか、
捨てるべきではないモノなのか、
 
それさえも分からず、それさえも考えることが出来ないのだから。
 
 
そして、その思考停止はどこからやってくるかといえば。
 
それはもう、多すぎる余計なモノたちに囲まれているからなんですね。
 
 
あなたが今いる空間は、
 
思考が淀む空間なのか、
思考が進む空間なのか、
 
そこに視点を高め広げていく必要があるのです。
 
それが、俯瞰力! 
 
 
 
 
◆このブログは、ameba公認ブロガーやましたひでこの個人ブログです。
 
シェア、リブログはご自由に。とても嬉しいです。
 

 

 

【断捨離】については無料【毎日配信】断捨離メールマガジンで学べます、こちらもご活用を。

 

http://yamashitahideko.com/

読者登録82,000人

 

 

◆『断捨離』は、やましたひでこ個人の登録商標です。無断の商業利用は固くお断わりいたします。どうぞ、お控え下さい。

 

 

 

jukubanner2

 

 

◆塾生4.000名、やましたひでこ断捨離塾  
http://www.yamashitahideko.com/sp/CPD_YDJR/index_of.php

  

 

 
2017-08-20 19:23:35

「出す」ことの不自由、これでは病気になる訳だ…

テーマ:やましたひでこの独り言

ごきげんさまです。

断捨離のやましたひでこです。

 

 

 

{F7EEB27F-54EC-4642-8079-1B36DD488DFE}

 

 

 

 

 

 夫の愛人サンディ嬢。

 

正妻のワタクシに嫌いな入浴を強いられております。

 

ペットもつらいよ!

 

 

 

 

 

ゴミを出す。

 

排泄物を出す。

 

言葉を出す。

気持ちを出す。

 

 

これら、「出す」という私たちの行為を点検してみると、

いやはや、いっぱいの制限を受けていることに気づくはず。

 

それは、仕方がないこと。

私たちが社会的に生きている限りは。

 

でも、これが健康を損なう大きな要素であることを、

もっと、心しておかなくては。

 

 

ゴミ。

 

収集日が限られている。

収集場も限られている。

 

これって、とってもストレスフル。

 

ゴミの日を逃すと…

 

はい、誰もが経験があるはず。

 

 

排泄物。

 

当然ながら、トイレットという場所のみ。

それこそ、そこら中に撒き散らしたら大変だから。

 

それに時間の制限もある。

 

学校でも会社でも休憩時間に。

バスツアーともなれば、あらら、回数にも制限がある。

 

けれど、体調はそんな取り決め通りには行かない時がある。

 

もしも、満員の通勤電車の中でお腹の具合が悪くなったとした…

 

この冷や汗ものの経験もあるのでは?

 

汗を出すことだって嫌われる。

臭いを出すことも。

 

だから、デオドラントだなんて脇下にパウダーを塗りこめたり。

 

身体から出るものたちを封じ込めるのは、それこそ、身体によろしくないのに。

 

 

言葉。

 

私たちは、時として、出したい言葉を飲み込む。

 

理不尽な扱いに抗議をしたくても、

怒りの言葉を露わにしたくても、

 

大人気ないと自分を黙らせるか、

保身のためにじっと我慢をするように自分に言い聞かせるか。

 

 

そして、気持ち。

 

小さい頃から、みんな仲良くという建前市場で教育されているから、

「嫌い」という感情を出してはいけないとものと思い込むふしがある。

 

嫌いは嫌い、好きは好き

 

なんだけれどね。

 

だから、影では、嫌う相手を陰湿に虐めるケースもある。

 

人前で涙を出すことも憚られる。

これは、みっともない姿だと思わされているから。

 

本当は、わんわんと泣いて、涙を思いっきり流したい時もあるだろうに。

 

そう、悔しくて。

そう、悲しくて。

そう、嬉しくて。

 

気持ちを堪えて出さないのは、身体にも心にもよくないだろうに。

 

そして、そのせいか、感情に乏しい人も増えているような。ちっとも嬉しそうな様子がない人もいるものです。

 

 

 

私たちは、「出す」ことにいっぱいの制限がある中で生きている。

 

これじゃあ、病気になる訳だ…

 

 

だから、この頃、心して取り組んでいるのが身体の中のゴミ出し、つまり、デトックス、身体の断捨離!

 

ただし、これが一筋縄ではいかないことといったら!

 

かなりの根気と積み重ねが必要で。

 

 

けれど、家の中はもちろん大丈夫。

日々、小さな断捨離を繰り返しているから。

 

そして、私の根城マンションはゴミ出し24時間フリー。

毎日毎日始末をしてくれるメンテナンス業者さんのお陰です。

 

感謝ですね。

 

 

断捨離とは、「出す」ことの取り戻し。

 

人間として当たり前に出すことが、こんなに不自由な社会に生きている私たちにとって必須メソッド。

 

断捨離とは、「出す」トレーニング。

 

人間が社会的動物であるならば、洗練された「出し方」を身につけて生きたいもの、そのための必須トレーニング。

 

 

そうですよね、ひでこさん! 

 

 

 

 

◆このブログは、ameba公認ブロガーやましたひでこの個人ブログです。
 
シェア、リブログはご自由に。とても嬉しいです。
 

 

 

【断捨離】については無料【毎日配信】断捨離メールマガジンで学べます、こちらもご活用を。

 

http://yamashitahideko.com/

読者登録82,000人

 

 

◆『断捨離』は、やましたひでこ個人の登録商標です。無断の商業利用は固くお断わりいたします。どうぞ、お控え下さい。

 

 

 

jukubanner2

 

 

◆塾生4.000名、やましたひでこ断捨離塾  
http://www.yamashitahideko.com/sp/CPD_YDJR/index_of.php

  

 

2017-08-20 14:50:46

そうすれば、いつも拾っていられるからね。

テーマ:やましたひでこの独り言

おはようございます。

断捨離のやましたひでこです。
 
 
{BD9C6E87-48FC-4518-831C-598A2D74D9FB}

 
今朝の空。
 
冴えない天気が続く。
晴れ渡る空、いったいいつからお目にかかってないのかしらね。
 
 
 
さてさて。
 
モノを持つとは煩わしいものだ。
 
モノが一つ増えれば、そのための維持管理の手間ひまが当然ながら増えるのだから。
 
細々とした小さなモノから、
家というとても大きなモノまで。
 
持つということは、それぞれに見あった覚悟が必要で。
 
けれど、たとえ、覚悟をしたとしても、それは移ろいやすいもの。
 
当初の、それらモノたちと、出会った嬉しさ、手にした喜びなど、たちまちにして消え失せ、放置という道を突き進んでいく。
 
 
その総決算が、今の家の有様。
 
家という大きなモノとその家の中にひしめく種々雑多なモノたちの放置の成れの果て。
 
 
だからと言って、どうせ、モノはいずれ放置される運命にあるのだからと、全く「持たない!」という選択に走るのもどうだろう?
 
 
 
それは、ある意味、
 
どうせ、人は死ぬのだから、私は生まれなければ良い。
 
と言っているのと同じ。
 
 
だから、やはり、モノと出会う嬉しさ、モノを持つ喜びは、存分に味わう暮らしをと、そう思う。
 
そうだね、私はモノを愉しみたい。
 
だから、そのモノをケアすることも、
だから、この家をメンテナンスすることも、
 
愉しんでやりたい。
 
 
モノが整う嬉しさ。
モノを美しくアレンジされる嬉しさ。
 
家が整う喜び。
家が美しくアレンジされる喜び。
 
 
そう、だからこそ、モノを選び抜き、モノを始末していくことを繰り返す。
 
そうすれば、
 
出会う嬉しさと、
持つ喜びと、
美しさを保つ愉しみ、
 
それらを、いつも拾っていられるからね。
 
 
ということで、今日も断捨離!
 
 

 
 
 
 
 
  
◆このブログは、ameba公認ブロガーやましたひでこの個人ブログです。
 
シェア、リブログはご自由に。とても嬉しいです。
 

 

 

【断捨離】については無料【毎日配信】断捨離メールマガジンで学べます、こちらもご活用を。

 

http://yamashitahideko.com/

読者登録82,000人

 

 

◆『断捨離』は、やましたひでこ個人の登録商標です。無断の商業利用は固くお断わりいたします。どうぞ、お控え下さい。

 

 

 

jukubanner2

 

 

◆塾生4.000名、やましたひでこ断捨離塾  
http://www.yamashitahideko.com/sp/CPD_YDJR/index_of.php

  

 

 
 
 
2017-08-19 19:20:35

モノは包み隠さず語りかけてくる。

テーマ:やましたひでこの独り言
ごきげんさまです。
断捨離のやましたひでこです。


{D21FE6A3-8B04-4BD4-9066-2E1CE9CF9B90}


花瓶   私のお気に入り                    写真野村哲也





モノとは。

私にとっては情報。

情報の塊り。
情報の視覚化。

だから、私はモノからたくさんことを読み取る。
だから、私はモノからたくさんのことを見て取る。

モノって饒舌。

私たちは、

自分を隠したり。
自分を誤魔化したり。
自分に嘘をついたり。

しかも、そんな自分に気づいてもいない。

でもね、モノは誤魔化せない。
もちろん、空間も誤魔化せはしない。


そうですね、

誤魔化せないからこそ、
向き合う意義と価値があるのです。


自分探訪は、目の前のあなたのモノと空間から。

それが断捨離。




◆このブログは、ameba公認ブロガーやましたひでこの個人ブログです。
 
シェア、リブログはご自由に。とても嬉しいです。
 

 

 

【断捨離】については無料【毎日配信】断捨離メールマガジンで学べます、こちらもご活用を。

 

http://yamashitahideko.com/

読者登録82,000人

 

 

◆『断捨離』は、やましたひでこ個人の登録商標です。無断の商業利用は固くお断わりいたします。どうぞ、お控え下さい。

 

 

 

jukubanner2

 

 

◆塾生4.000名、やましたひでこ断捨離塾  
http://www.yamashitahideko.com/sp/CPD_YDJR/index_of.php

  

 

 
 








2017-08-19 06:06:06

近頃、「家事ギャップ」なる言葉が登場している。

テーマ:やましたひでこyahoo!ニュース

おはようございます。

断捨離のやましたひでこです。

 

 

 

 

 

 

近頃、「家事ギャップ」なる言葉が登場している。

 

 これは、妻と夫の家事への温度差。妻は夫が家事を手伝ってくれないと思い、夫はそれなりに負担していると思っている、その食い違い。

 

 妻の言い分=<夫は>手伝ってくれない。

 夫の言い分=<自分は>負担している。

 

 つまり、妻の期待と夫の対応との差が大きければ大きいほどに、また、その差が長期間に渡れば渡るほどに、妻と夫の関係齟齬がより深刻に進行していくもの。

 

 たかが家事、されど家事が、結局のところ、空間と時間を高い密度で共有する運命にある夫婦に大きな影響をもたらすことは否定できない。当初は愛しい存在だったお互いが、やがて不平不満の対象となり、挙句の果ては、熟年離婚を考えるまでになっている。

 

 ところで、この生きていくために必須である家事というものを、面倒で虚しいものに貶めてしまう理由はなんだろう。

 

 それは、言うまでもなく、積んでは崩しの繰り返しだから。懸命に作った食事の後は、たちまち汚れた食器がシンクに溜まり、それを洗ったとしても、次の食事作りがすぐまたやってくる。山となる洗濯物も、洗っても翌日にはまた山となっている。散らかった部屋を片づけても、すぐまた散らかる。

 

 であるならば、毎度「元の木阿弥」の家事を生産性のない徒労感溢れるものとみなしてしまうのは無理からぬこと。けれど、家事をより辛くしているのは「やらされ感」、つまり「私ばっかり…」という意識。

 

 ひと昔前ならば、「飯炊き女」「洗濯女」「掃除婦」などと揶揄した言葉で自分を蔑んだ主婦もいたけれど、言葉は変わっても、家事で自分を否定している女性は今以て多くいる。だからこそ、夫は夫なりに家事に参加しているとしても、それだけでは十分ではない、またまだ、足りないと妻は思ってしまう。

 

 一方、夫にしてみれば「自分はできることをしているはずなのに、なぜ」という思いしかない。妻が自分にどんな家事を期待しているのか、どんなやり方の家事を望んでいるのかまでは考えは及ばない。しかも、家事へのスタンスは、どこまでも「手伝い」「ヘルプ」。

 

 妻は被害者意識

 夫は手伝い意識

 

 どちらにしても、妻も夫も家事に対して主体的ではないことは同じ。家事は誰のために、何のためにするのかを明確には意識してはいない。

 

 つまり、家事とは「たかが家事」でもなく、「されど家事」でもなく、私たちが生きていくための最重要の基礎となる行為。なぜなら、家事とは自分の命のメンテナンス。それは、家事が放棄されている家庭がどんなに悲惨な有様を呈しているかを見れば明らかなこと。

 

 ところが、なぜだか、私たちはメンテナンスという行為をないがしろにする。なぜだか、私たちはメンテナンスをただの作業としてか捉えない。そう、かつての「飯炊き女」「洗濯女」「掃除婦」といった類の言葉を持ち出していた時代の意識と、あまり変わってはいないと思えるほどに。

 

 そして今、妻と夫の家事ギャップを埋める手立ては、それこそ様々に提供される機会も増えているけれど、それは対症療法的なスキル、テクニック、ハウツーであることも覚えておかなくてはいけない。まして、「夫婦は感謝が大切」という精神論だけで現状が改善するものでもない。

 

 それら対症療法とともに、同時に根本療法、家事を物理的時間的に減らしながら、家事がどれほど価値あるものであるのか、私たちが意識を深めていく必要があるのです。

 

 なぜなら、家事とは命のケアであり、卓越した家事によって生活空間をアートにまでも洗練させていくことができるのだから。

 

やましたひでこ

 

yahoo!ニュース Japan  2017/08/19

https://news.yahoo.co.jp/byline/yamashitahideko/20170819-00074686/

 

 

 

 

 

 

 

2017-08-18 17:01:01

そうか、私、あの人のことをもっと思いっきり嫌ってみよう。

テーマ:やましたひでこの独り言

ごきげんさまです。

断捨離のやましたひでこです。
 
 
{ADD23323-DEAA-44DD-8450-5DD9FFDC11AC}

 
見猿のお香立 私のお気に入り         写真野村哲也
 
 
 
 
残念なことに。
 
何が何でも欲しい!というモノもなく。
 
また、その逆、
 
これだけは絶対にイヤ!というモノもなく。
 
これが、たいてい。
 
欲しいモノも曖昧。
厭なモノも曖昧。
 
すべてが何となく。
 
つまり、思考も感覚も感性も曖昧で何となくのレベル。
 
何となく欲しいような気にならされて、
何となく厭なような気にならされているような。
 
 
これでは、生活も、それを孕んだ人生も、曖昧で何となく過ぎていくわけで。
 
 
だから、この頃、こんなふうに思う。
 
強烈に何かを求め欲しがること、
強烈に何かを厭がり嫌うこと、
 
これが人生を面白くするなと。
 
 
ただし、あれもこれもと何でも欲しがること。
ただし、あれもこれもと何でも厭がること。
 
「あれもこれも」というのも、結局は、思いが曖昧であることの裏返し。
 
そう思う。
 
 
そして、モノではなくて人も。
 
誰かを強烈に求め好きになること。
誰かを強烈に厭がり嫌うこと。
 
これもとても大事なこと。
 
 
だから、まず。
 
そう、私、あの人のことをもっと思いっきり嫌ってみよう。
それを自分で堂々とやってみる。
 
わお〜
 
また、人との関係が面白くなってきそう。
 
だって、そうすれば誰かをもっともっと好きになれるはずだから。
 
 
 
あはは、ひでこさん、あなた、やはり過激!?
 
でもね、それが心の自由というものです。
 
 
 
 
 
  
◆このブログは、ameba公認ブロガーやましたひでこの個人ブログです。
 
シェア、リブログはご自由に。とても嬉しいです。
 

 

 

【断捨離】については無料【毎日配信】断捨離メールマガジンで学べます、こちらもご活用を。

 

http://yamashitahideko.com/

読者登録82,000人

 

 

◆『断捨離』は、やましたひでこ個人の登録商標です。無断の商業利用は固くお断わりいたします。どうぞ、お控え下さい。

 

 

 

jukubanner2

 

 

◆塾生4.000名、やましたひでこ断捨離塾  
http://www.yamashitahideko.com/sp/CPD_YDJR/index_of.php

  

 

1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

Ameba芸能人・有名人ブログ

芸能ブログニュース

    ブログをはじめる

    たくさんの芸能人・有名人が
    書いているAmebaブログを
    無料で簡単にはじめることができます。

    公式トップブロガーへ応募

    多くの方にご紹介したいブログを
    執筆する方を「公式トップブロガー」
    として認定しております。

    芸能人・有名人ブログを開設

    Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
    ご希望される著名人の方/事務所様を
    随時募集しております。

    Ameba芸能人・有名人ブログ 健全運営のための取り組み
    芸能ブログニュース