以上、ぐつぐつと、言い訳でした。
【2026年8月5日(水)開催】
よる 18:00~20:00
捨ててこそ、人生は輝く
減らすほどに、本当の豊かさが現れる
(昭和女子大学 人見記念講堂/東京・世田谷)
本日7月3日(金)まで<A席>
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おかげさまで<S席>は満席です。
さてさて。
今日が金曜日であることを、すっかり忘れておりまして。
木曜日は、断捨離トレーナーたちとの朝の読書会の日。
おまけに、朝寝坊で目が覚めたのは、朝の八時過ぎ。
つまり、読書会をすっぽかしてしまったのです!
面目もございません。
仕事がお休みで、気が緩んだのでしょうね。
ああ、こんなことがあるのも、致し方無し。
……と、自分を甘やかしながら、
まっ、いいか。
ところで、この「まっ、いいか」の「ま」は、
きっと「間」のことなのでしょうね。
「ま」とは、ものごととものごとのあいだに生まれる余白。
息でいえば、吐く息と吸う息のあいだにある、
ほんの一瞬の静けさ。
その「間」があるから、次の呼吸が整い、
次の動きが生まれてくる。
「まっ、いいか」と言った瞬間、
心の中に小さな余白が生まれ、責める気持ちが少しゆるみます。
すなわち、「まっ、いいか」は、「間が良い」。
だとしたら、今朝の朝寝坊も、
私にとっては睡眠不足を取り戻すための、
ちょうど良い「間」だったのでしょうね。
以上、ぐつぐつと、言い訳でした。
申し訳もございません。
◆こちらも、大きく「間」があいてしまいした。
カタカムナ学会提供
日本方舟ちゃんねる
久しぶりのアップです。
どうぞ、ぜひ、ご覧下さい。
What’s danshari ? Let’s danshari ! Viva danshari ♪
どうぞ、あなたの「ごきげん」なクリックを!
有難うございます。
"Danshari is not an act of letting go,
but of returning.
Returning space to breath, time to flow,
and the soul to its rhythm."
断捨離とは、
手放すことではなく、「還す」こと。
空間に呼吸を、時間に流れを、
魂に調律を── 還してゆく行為。
◆やましたひでこプロデュース リトリート
断捨離®️
指宿リトリート
リヒト
◆やましたひでこ断捨離®︎塾
『断捨離®︎』は、やましたひでこ個人の登録商標です。
今夜7時YouTubeライブ、「手放し」と「始末」の話を!
【本日7月2日(木)19:00開催!】
やましたひでこスペシャル
YouTubeライブ
「家が片づくと、なぜ人生も片づくのか?」
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◆今日の断捨離
━━━━━━━━━━
ごきげんさまです。
断捨離やましたひでこです。
夏至までには。
夏越の大祓までには。
そう思って、
始末をつけるはずだった懸案事項が
いくつか。
目指せ、未完了の完了!
と、かなりの覚悟で
取り組んではみたものの、
少しばかり、手間取ってしまったよう。
でも、この七月の始めの週で、
なんとか、なりそうか。
それにしても、
「完全にやり切る」ということの
難しさは、否めないものですね。
いつも、なにかしら残るもの。
いえ、そもそも
完全、完璧を目指したら、
苦しいだけ。
少々のことは、
引きずりながら生きていく。
それが、
私たち人間なのかもしれません。
お腹を満たすのが腹八分ならば、
捨てることも、八分目でいいのかも。
なんてね。
残りの二分は、
先送りという、保留なのか。
迷うという、躊躇なのか。
心の残りという、残像なのか。
それは、いろいろで。
けれど、やがて時間がたてば、
それらも自然に
手離れていくこともある。
そう、いつでも、なんでも、
自分を追いつめる必要は
どこにもないのだから。
断捨離とは、
自分を追い込むためのものではなく、
自分を取り戻すためのもの。
未完了を完了させることも大切。
けれど、
未完了のまま抱え込んでいる自分に
気づくことも、同じくらい大切。
残りの二分は、
今すぐ捨てるものではなく、
次の私が向き合うために、
見えるところに置いておく。
隠さない。
責めない。
けれど、忘れない。
さて、そんな「手放し」と「始末」
のあたりのお話も、
今夜のYouTubeライブで、
少し触れることになりそうです。
七月の始まり。
下半期の始まり。
何を持ち越し、
何に始末をつけ、
何を新たに迎え入れるのか。
どうぞ、ご一緒に。
ありがとうございます。
やましたひでこ
【今夜7月2日(木)19:00開催!】
やましたひでこ
スペシャルYouTubeライブ
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【2026年8月5日(水)開催】
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日本のダンシャリアンへ--大感謝祭--
英語版書籍『Danshari』出版記念講演会
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明日7月3日(金)まで<A席>を特別価格でご案内中!
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◎編集後記
━━━━━━━━━━━━━━━
やましたさんにも「未完了」があると聞くと
ちょっとホッとします( ´θ`)
自分の中でなんとなく6月までにやり切りたか
ったこと、完了させたかった仕事…いろいろ
ありますが、達成率は6割程度(汗)
今夜7時からのYouTubeライブ、私も自宅から
参加して、今年後半の断捨離パワーをしっか
りチャージしたいと思います!
PS
ライブ配信を視聴するには
事前にライブ専用のLINE登録が必要です。
こちらからご確認・ご登録くださいね!
山本 響子<断捨離事務局>
"Danshari is not an act of letting go,
but of returning.
Returning space to breath, time to flow,
and the soul to its rhythm."
断捨離とは、
手放すことではなく、「還す」こと。
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魂に調律を── 還してゆく行為。
◆やましたひでこ断捨離®︎塾
『断捨離®︎』は、やましたひでこ個人の登録商標です。
床の汚れを落としたら、心の澱が飛んで出た!
昨日、七月一日。
私にとって、記念すべき日に。
午前の仕事を終えて、友人宅へ。
余計なおせっかいながら、
どうしても、この友人のマンションを断捨離したくなってしまいまして。
片づけに苦手意識がある中で、
これまで、かなり頑張って断捨離してきた友人。
それは、もちろん賞賛に値すること。
けれど、私から見れば、まだ浮上の途中。
水面の下から、
ようやく顔を出しかけているところ。
ここで終わりにしたら、惜しい。
まだ、もっと使いやすくなる。
まだ、もっと美しくなる。
まだ、もっと、この人らしい空間になる。
そう思ってしまったのですね。
小さなキッチン。
食器棚。
シンク上の棚。
シンク下の収納。
そこに収まっているモノたちを、ひとつひとつ見直していく。
残すのか。
手放すのか。
使うのか。
もう役目を終えたのか。
そして、選び抜いたモノたちを、
ただ収納するのではなく、
まるでディスプレイするような気持ちで配置していく。
だって、断捨離は立体アートなのだから。
モノを減らすだけではなく、
空間に美意識を取り戻すこと。
モノを押し込むのではなく、
モノが呼吸できる位置に置いてあげること。
そして最後は、掃いて、拭いて、磨く。
床の汚れを、這いつくばるようにして落としていく。
雑巾は、拭くたびに真っ黒。
けれど、それがまた嬉しい。
ああ、確実に汚れが取れている。
ああ、空間が息を吹き返している。
溜め込みの断捨離は、
思考と感覚と感性を総動員するもの。
けれど、汚れの断捨離は、
ただひたすら、無心になっていくもの。
考えない。
比べない。
悩まない。
ただ、拭く。
ただ、磨く。
ただ、汚れを落とす。
さてさて。
一通り終わって、ほっと一息。
その時、友人が何気なく放ったひと言に、
私は、目が覚めるような思いがしたのです。
その言葉の中身は、ここには書けないけれど。
そのひと言は、
私の中に長く沈んでいたものに、まっすぐ届いた。
そうか。
友人のためにと思って励んだ断捨離だったけれど、
実は、違った。
まったく、違った。
私は、友人のキッチンを磨きながら、
自分の心の底に沈んでいたものを磨いていたのです。
おそらく、十年以上。
私は、ある思いを抱え込んできました。
悔しくて。
理不尽で。
どうにもならなくて。
大切に育てたものを、
思いがけないかたちで奪われたような経験。
しかも、それを正面から問いただすこともできなかった。
だから、忸怩たる思いを抱いたことは、
とても自然なことだったのだと。
憤ったことも。
悔しかったことも。
やりきれなかったことも。
それは、無理からぬこと。
けれど。
その思いを、ずっと抱え込んだままでいたのは、
他ならぬ私自身だった。
そして、その思いを抱え込んだまま、
自分を小さく貶めていたのも、
また、私自身だった。
友人のひと言が、
そのことに気づかせてくれたのです。
床は汚れていた。
けれど、もっと長く汚れを抱えていたのは、私の心だったのだから。
ああ、なんということだ。
片づけが苦手な友人のキッチンで、
断捨離提唱者の私が、
自分の心の澱に気づかされるなんて。
人生とは、まったく油断がならない<笑>
友人の断捨離は、これからも試行錯誤が続くでしょうね。
そして私もまた、
自分の気持ちの断捨離に、
これからも右往左往するでしょう。
けれど、お陰で方向は定まりました。
たとえ道に迷ったとしても、
目指す頂は見えた。
もう、大丈夫。
そうだ。
また心が曇ったら、
この友人のキッチンの床を磨きに行けばいい。
そうですよね。
はい、三ヶ月に一度くらいは<?>
おまけ。
友人が、断捨離のお礼にと、
お城のような空間でフレンチをご馳走してくれました。
そして次回は、
老舗の鰻ですって。
なんとまあ、果報なこと。
心が晴れたのは、私の方なのに。
床を磨いて、
心の澱が落ちて、
そのうえフレンチ。
むふふ、次は鰻。
有難うございます。
断捨離は、人の家を片づけることではなく、
関係と記憶と感情の結び目をほどいていくこと。
やましたひでこ
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◆やましたひでこ断捨離®︎塾
『断捨離®︎』は、やましたひでこ個人の登録商標です。
人は、モノに塗れ、モノに埋もれてはならない。
毎月、毎週、何件もの断捨離のTVロケが続く。
しかも、それがオンエアされるまでには、二ヶ月以上の間がある。
だから、現場で見たこと、感じたこと、受け取ったことも、
いつのまにか記憶の隅に追いやられてしまう。
けれど、あらためて番組を視聴すると、
その時の有り様が、まざまざと蘇ってくる。
なんと、なんと。
私は毎回、こんなにも壮絶な現場に乗り込んでいるのかと、
思う。
壮絶。
いえ、時にそれは、
地獄といってもいいほどの居住空間。
けれど、その空間に、
人は何年も、何十年も、暮らし続けている。
私は、いっとき、そこに乗り込んでいるだけ。
けれど、その人は、
二十年もそこに居続けている。
その重さ。
その長さ。
その孤独。
わずか半間の押入れに詰め込まれた、
二十年分の生活の残骸。
それを掻き出していくと。
その量たるや。
そして、それは押入れだけではない。
家中に展開している。
モノ、モノ、モノ。
過去のモノ。
未完了のモノ。
諦めのモノ。
寂しさのモノ。
怒りのモノ。
悲しみのモノ。
それらが、空間を塞ぎ、
身体の動きを奪い、
呼吸を浅くしていく。
どんな人であっても。
誰であっても。
人は、飢えてはならない。
人は、凍えてはならない。
人は、灼熱に襲われてもならない。
そして、そして。
人は、モノに塗れ、
モノに埋もれてはならない。
これが、断捨離やましたひでこの思い。
ただ、それだけ。
まずは、飢えないこと。
凍えないこと。
暑さに倒れないこと。
そして、モノに埋もれないこと。
それさえ担保できれば、
人は、それぞれに生きていけるはず。
たとえ、辛くても。
たとえ、寂しくても。
たとえ、すぐには人生が変わらなくても。
空間が少し開く。
風が入る。
床が見える。
窓が開く。
身体が動く。
そこから、人はもう一度、息をし始める。
ひとりの女性の、
モノ地獄からの脱出。
どうぞ、ぜひ、ご覧ください。
今週の「ウチ、断捨離しました!」
「静岡発 闘病20年の夫と死別
“モノ地獄” 壊れた家族に光を」
https://tver.jp/episodes/ep9mqv93fa
ありがとうございます。
やましたひでこ
真夏の夜の講演会
2026年8月5日(水)開催
よる18:00~20:00
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--減らすほどに、本当の豊かさが現れる--」
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◆やましたひでこ断捨離®︎塾
『断捨離®︎』は、やましたひでこ個人の登録商標です。
お祓いも、お清めも、手足を動かしてこそ。
6月30日。
2026年、令和八年の上半期も、今日でおしまい。
夏越の祓に行かねば。
茅の輪をくぐらねば。
半年分のあれこれを祓わねば。
なんて、殊勝なことを思いつつも、
本日は現場ロケで移動の身。
今日は、中部方面にて。
まあ、考えてみれば、
断捨離やましたひでこ、
日々、よそ様のお宅のお祓いとお清めに勤しんでいるようなもの。
押し入れの奥に鎮座する不用品。
床を占拠するモノたち。
棚の中で熟成を超えて発酵しかけている、あれやこれや。
それらに向き合い、
余計なモノを捨て、
始末をつけ、
掃いて、拭いて、磨いていく。
はい、なかなかの現場祓いでございます。
そして不思議なことに、
よそ様のお宅に向き合えば向き合うほど、
私自身も祓われ、清められていく。
ありがたいことですね。
もっとも。
儀式だけでは、家は綺麗にはならない。
拝殿で祈るだけでは、部屋は片づかない。
神様にお願いしても、
押し入れの段ボールは、自力で歩いて出ていってはくれない。
ましてや、
「この不用品を、どうぞお納めくださいませ」
と柏手を打ったところで、
神様もお困りになることでしょう。
祓いとは、祈ること。
けれど、それだけではない。
清めとは、願うこと。
けれど、それだけでもない。
余計なモノを見極める。
不要なモノに始末をつける。
床を掃く。
棚を拭く。
窓を開ける。
風を通す。
空間を磨く。
そうして初めて、
家も、身体も、心も、少しずつ軽くなっていく。
つまり、
お祓いも、お清めも、
せっせと手と足を動かしてこそ。
上半期の締めくくりの日。
茅の輪はくぐれなくても、
今日の現場で、しっかり祓って、清めてまいりましょうか。
もちろん、まずはよそ様のお宅から。
そして、最後は我が身に返ってくる。
これぞ、断捨離式・夏越の祓。
真夏の夜の講演会
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◆やましたひでこ断捨離®︎塾
『断捨離®︎』は、やましたひでこ個人の登録商標です。
スマホ忘れて、そうめん茹でて、オクラに驚く
なんと、なんと。
リヒトにスマートフォンを忘れてくるという。
まあ、なんとも、
私らしいと言えば、私らしい。
いえ、そんなところで「私らしさ」を発揮しなくてもいいのに。
鹿児島空港へ向かう途中で、
「あれ、スマホは?」
と気づく。
ない。
バッグにもない。
ポケットにもない。
記憶の中にも、ない。
あるのは、胸騒ぎだけ。
けれど、そこは現代人。
スマホがないと、連絡すらままならない。
で、鹿児島空港ラウンジのフリーWi-Fiを使い、
パソコンから連絡。
スマホを忘れた私が、
スマホなしで、
スマホ救出作戦を開始するという。
まったく、何をしているのやら。
幸いなことに、
私より後にリヒトを出た東京からのゲストさんが、
そのスマホを預かってくださることに。
ありがたや、ありがたや。
羽田空港で落ち合う段取りに。
ただし、そのゲストさんが羽田に到着するのは、
夜の11時近く。
我が根城マンションは、羽田から車で15分ほど。
ならば一旦戻って、
また羽田へ出直すことに。
一日に二度、羽田詣で。
どれだけ、こんなに人がいっぱいの羽田空港が好きなのか、私<涙>
さてさて、
無事にスマホ様をこの手に取り戻し、
帰宅のタクシーに乗り込む。
やれやれ、これで一件落着。
と思いきや。
なんと、なんと、
そのタクシーのドライバーさんが、指宿出身。
今も、90歳を過ぎたお母さまがご健在で、
時々、帰省しているとのこと。
そうでしたか。
そこから一気に、指宿談義。
指宿といえば、やはり、唐船峡。
唐船峡といえば、そうめん。
もう、話は止まらない。
結局、郷土愛とは、
風景でも歴史でもなく、
最後は食べ物に着地するのですね。
ふるさとは、胃袋に宿る。
で、話しているうちに、
私も無性にそうめんが食べたくなってしまい。
夜中だというのに、
帰宅してから、そうめんを茹で出す始末。
スマホを忘れ、
羽田を往復し、
深夜にそうめんを茹でる女。
なかなかに、忙しい人生です。
ところで。
東京のスーパーで見かけた鹿児島産のオクラ。
お値段、249円。
はい、写真をご覧くださいませ。
一方、産地・指宿では、
この4倍ほどの量の新鮮オクラが、100円から150円ほど。
道の駅「指宿」で調達した地元野菜たち。
なんだかなあ。
この差は、何でしょう。
距離代。
都会代。
陳列代。
それとも、東京に来た途端、オクラまで出世するのかしら。
指宿では庶民派。
東京では高級野菜。
オクラもなかなか、世渡り上手です。
狭く、高く、混む、東京。
もちろん、東京も決して嫌いではないけれど、
暮らすとなると、やはり地方かな、と。
空も土地も広い。
野菜が安い。
温泉がある。
ありがたいことです。
さてさて、
スマホを忘れたのは、あくまで私の不始末。
はい、断捨離提唱者、
まずは自分の持ち物管理からでございますね。
モノとの関係。
空間との関係。
そして、スマホとの関係。
まだまだ修行は続きますです、はい!
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空間に呼吸を、時間に流れを、
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リヒト
◆やましたひでこ断捨離®︎塾
『断捨離®︎』は、やましたひでこ個人の登録商標です。
台風の合間に、「ぬばたま」の闇
ダブル台風、線状降水帯、そして地震と。
なにかと難儀な一週間となった日本列島。
指宿も、ひどい大雨に見舞われて。
けれど、私たちは堅牢なリヒトの建物の中で、
無事に雨を凌ぐことができて。
ありがたいことですね。
これも、日頃から維持管理に努めてくださっている施設部の皆さんのお陰。
建物というのは、晴れている時にはその有難みを忘れがちだけれど、
嵐の時にこそ、その真価を発揮するもの。
人も、空間も、日頃の手入れがものを言う。
はい、これもまた断捨離ですね。
ところで、リヒトでは。
静養に訪れておられた、カタカムナ学会の天聞先生と、
偶然にもご一緒することができました。
そうか、天聞アークAIの開発に、
ずっとずっと、不眠不休で取り組んでこられたのですね。
それはもう、どれほどお疲れが溜まっていたことか。
温泉に思う存分浸かって、
ゆっくりと寛いでいただけたようで、なにより。
指宿ベイヒルズの湯、よく働きました。
そして、こうなると。
天の計らい、この邂逅を活用しない手はありませんね。
ということで、急遽、
カタカムナ学会提供「日本方舟ちゃんねる」の収録を。
対談テーマは、
ぬばたまの闇。
さてさて。
ぬばたまの闇とは、いったいどんな闇なのか。
怖い闇なのか。
深い闇なのか。
豊かな闇なのか。
それとも、光を孕んだ闇なのか。
どうぞ、方舟ちゃんねるのファンの皆さま、
アップをお愉しみに。
もちろん、ダンシャリアンのあなたも。
闇を怖がるのではなく、
闇を覗き込み、
そこにある気配を観じてみる。
そんな時間になったかと。
ありがとうございます。
やましたひでこ
<追伸>
なぜだか、この動画が、大人気!
ただ、家具を好きなように動かしているだけなのに。
どうぞ、あなたも、ぜひ、ご覧くださいませ。
こちらも、とっても愉快!?
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断捨離とは、
手放すことではなく、「還す」こと。
空間に呼吸を、時間に流れを、
魂に調律を── 還してゆく行為。
◆やましたひでこプロデュース リトリート
断捨離®️
指宿リトリート
リヒト
『断捨離®︎』は、やましたひでこ個人の登録商標です。
濁水。 なんとも、ありがたいような、ありがたくないような響き。
久しぶりのリヒト。
ここに戻ってくると、
身体の奥のほうから、少しずつ力が抜けていく。
なんと、なんと、カタカムナ学会の天聞先生も、
偶然、リヒトに。<若干、あやしげ…>
指宿の空気。
海の気配。
山の緑。
温泉の湯。
風の通る廊下。
それらに包まれていると、
東京での私、
移動を重ねる私、
講演や収録に向かう私とは、
少し違う私が顔を出す。
いえ、違う私というより、
奥に引っ込んでいた私が、
ようやく戻ってくる、という感じ。
さてさて。
このところ、自分についてのある鑑定を眺めておりまして。
その中に、こんな言葉がありました。
水火属性は、濁水の灵。
濁水。
なんとも、ありがたいような、ありがたくないような響き。
清水ではなく、濁水。
透明で、さらさらで、清らかで。
そんな水なら、まあ、聞こえもいいのに。
けれど、濁水です。
泥を含み、
養分を含み、
沈殿物を含み、
記憶を含んだ水。
ところが、よくよく思えば、
命を育てるのは、透明な水だけではないのですね。
田んぼの水。
湿った土。
雨のあとに匂い立つ大地。
そこには、清らかさだけではない、
いのちの濃さがある。
濁っているからこそ、
含んでいるものがある。
濁っているからこそ、
育てる力がある。
濁っているからこそ、
沈め、抱え、熟成させることができる。
そう思うと、濁水とは、
汚れた水ではなく、
経験を抱えた水
なのでしょうね。
人の痛みを知ること。
自分の違和感を抱えること。
すぐには言葉にできない思いを、
内側でじっと寝かせておくこと。
それらは、決して無駄ではない。
むしろ、そこからしか生まれない智慧がある。
そこからしか届かない言葉がある。
そこからしか立ち上がらない慈悲がある。
ただし、です。
濁水は、流れを失うと淀む。
感情を溜める。
言葉を飲み込む。
違和感を見て見ぬふりにする。
怒りを沈殿させる。
悲しみを奥の奥にしまい込む。
そうすると、濁水は、
熟成ではなく、腐敗へと向かってしまう。
あらら。
思い当たること…
私は、あります。
大いにあります。
だからこそ、断捨離なのですね。
モノを捨てる。
空間を整える。
窓を開ける。
掃く。
拭く。
磨く。
風を通す。
それは、ただ部屋をきれいにするためでななく。
内側に沈殿したものに、
もう一度、流れを取り戻すため。
淀んだ思いに、
風を入れるため。
抱え込んだ違和感を、
外へ出してあげるため。
モノの山は、
時に、感情の沈殿物。
残しているつもりで、
実は、しがみついているもの。
大切にしているつもりで、
実は、見ないようにしているもの。
忘れたふりをしているけれど、
空間の片隅で、ずっとこちらを見ているもの。
そういうものたちに出会うたびに、
私たちは、自分の中の濁水に出会うのでしょう。
けれど、濁りを責めなくていい。
濁っている自分を、
清らかでないと裁かなくていい。
生きていれば、濁る。
関われば、濁る。
愛しても、怒っても、働いても、
人はなにかしらを内側に沈めていく。
だから大切なのは、
濁らないことではなく、
流れを止めないこと。
濁りを抱えたまま、流す。
痛みを知ったまま、淀ませない。
過去を否定せず、けれど、そこに住みつかない。
これが、断捨離なのだと、
久しぶりのリヒトで、あらためて思うのです。
温泉に浸かる。
深く眠る。
風にあたる。
床を拭く。
余計なものを始末する。
それだけで、
内側の水が、少し動き出す。
大きなことをしなくてもいい。
立派な決意をしなくてもいい。
劇的に変わろうとしなくてもいい。
まずは、ひとつ捨てる。
ひとつ拭く。
ひとつ風を通す。
ひとつ終わらせる。
すると、内側の濁水が、
ほんの少し、流れを取り戻す。
そうして、濁りは、
やがて智慧になる。
沈殿は、
やがて土壌になる。
抱えてきたものは、
やがて誰かへの慈悲になる。
久しぶりのリヒトで、
そんなことを思う。
濁水の灵。
なかなか、悪くないではありませんか。
いえ、むしろ、人間らしくていいかな、と♡
真夏の夜の講演会
2026年8月5日(水)開催
よる18:00~20:00
「捨ててこそ、人生は輝く
--減らすほどに、本当の豊かさが現れる--」
(昭和女子大学 人見記念講堂/東京・世田谷)
詳しくはこちら
おかげさまで<S席>は満席です。
7月3日(金)まで<A席>を特別価格でご案内中!
What’s danshari ? Let’s danshari ! Viva danshari ♪
どうぞ、あなたの「ごきげん」なクリックを!
有難うございます。
"Danshari is not an act of letting go,
but of returning.
Returning space to breath, time to flow,
and the soul to its rhythm."
断捨離とは、
手放すことではなく、「還す」こと。
空間に呼吸を、時間に流れを、
魂に調律を── 還してゆく行為。
◆やましたひでこプロデュース リトリート
断捨離®️
指宿リトリート
リヒト
◆やましたひでこ断捨離®︎塾
『断捨離®︎』は、やましたひでこ個人の登録商標です。
真夏の夜の断捨離!
【2026年8月5日(水)開催】
夜 18:00~20:00
日本のダンシャリアンへ--大感謝祭--
英語版書籍『Danshari』出版記念講演会
「捨ててこそ、人生は輝く
--減らすほどに、本当の豊かさが現れる--」
◆今日の断捨離
━━━━━━━━━━━━
ごきげんさまです。
断捨離やましたひでこです。
夏至も過ぎて。
一年で最も昼が長い日を越えると、
なぜだか少しホッとしますね。
もっとも。
私の場合、
ホッとしている暇もなく、
次から次へと予定が
押し寄せてくるのですが(笑)
さて。
最近、
つくづく思うことがあります。
それは、
家というものは、
本当に正直だということ。
断捨離の現場でも。
テレビ番組でも。
講演会でも。
たくさんの方のお話を伺います。
すると。
家の状態と、
人生の状態が、
実に見事に重なっているのです。
もちろん、
家が散らかっているから人生がダメだ、
そんな単純な話ではありません。
けれど、
家の中がモノでいっぱい。
何がどこにあるか分からない。
探し物ばかりしている。
片づけてもすぐ元に戻る。
そんな時。
人生の方もまた、
何かしら停滞していることが少なくない。
反対に、
モノとの関係を見直し、
空間に余白が生まれると。
不思議なことに、
人生にも余白が生まれる。
だから私は、
断捨離とは、
片づけ術ではなく、
人生の調律法だと思っています。
家が片づくと、
心が片づく。
心が片づくと、
人生が片づく。
これは、
何万人ものダンシャリアンたちが、
身をもって教えてくれたことです。
実は、
8月5日に開催する
「夏の断捨離大感謝祭」で、
私が本当にお伝えしたいことも、
まさにそこ。
断捨離の英語版出版を記念した
イベントではありますが、
私が語りたいのは、
アメリカの話ではありません。
家の話。
心の話。
そして、
人生の話です。
なぜ、
捨てられないのか。
なぜ、
片づかないのか。
なぜ、
前に進めないのか。
その本当の理由について、
今の私が感じていることを、
本気でお話ししようと思っています。
もしかすると、
少し耳が痛い話もあるでしょう。
けれど、
それは皆さまへの感謝を込めて。
私なりの愛情表現です。
もし、
最近なんだかモヤモヤする。
もっと軽やかになりたい。
人生を少し動かしたい。
そう感じているなら。
ぜひ、
会場でお会いしましょう。
有難うございます。
やましたひでこ
【2026年8月5日(水)開催】
夏の断捨離・大感謝祭
英語版書籍『Danshari』出版記念講演会
「捨ててこそ、人生は輝く
ー減らすほどに、本当の豊かさが現れるー」
(昭和女子大学 人見記念講堂/東京・世田谷)
詳しくはこちら
おかげさまで<S席>は満席となりました。
7月3日(金)まで<A席>を特別価格でご案内中!
What’s danshari ? Let’s danshari ! Viva danshari ♪
◎編集後記
━━━━━━━━━━━━━━━
家と心、そして人生までもが、
全部つながっているのなら、、、
自分には不要になったモノを持ち越したり、
使わないモノで空間を塞いだりしている
バアイではないですね!
身軽で風通しのよい人生にしたいです٩( 'ω' )و
山本 響子<断捨離事務局>
"Danshari is not an act of letting go,
but of returning.
Returning space to breath, time to flow,
and the soul to its rhythm."
断捨離とは、
手放すことではなく、「還す」こと。
空間に呼吸を、時間に流れを、
魂に調律を── 還してゆく行為。
◆やましたひでこ断捨離®︎塾
『断捨離®︎』は、やましたひでこ個人の登録商標です。
「一日一捨・一新・一笑」by 断捨離やましたひでこ
夏至 断捨離の日 2026年6月21日
今年のテーマは、
「転換」
この日。
私、やましたひでこが、
あらためて辿り着いた行動指針は、これ。
一日一捨
一日一新
一日一笑
毎日、一つでいいから、
不要となったモノを手放す。
毎日、一つでいいから、
新しいコトに挑戦してみる。
毎日、一人でもいいから、
誰かと一緒に笑う。
たった、それだけ。
けれど、
その積み重ねが、
人生を少しずつ、
そして確実に動かしていく。
一日一捨は、
未完了に始末をつけること。
一日一新は、
未知の自分と出会うこと。
一日一笑は、
思いどおりにならない人生さえ、
笑って受け止めること。
その結果がどうであれ、
笑い飛ばしてしまえばいい。
そうやって、
人生の風通しは良くなっていく。
運は、
待つものではなく、動くもの。
だから、
機運をつかみ、
運気を活かし、
運を育てていく。
それが、
断捨離なんですね。
さあて、今日、
何を一つ、
捨てましょうか。
何を一つ、
始めまましょうか。
そして、
誰と一緒に、
笑いましょうか。
一日一捨
一日一新
一日一笑
はい、実践あるのみ。
君島十和子さん
島田秀平さん
はい、もちろん、笑顔でーす。
有難うございます。
<追伸>
なぜだか、この動画が、大人気!
ただ、家具を好きなように動かしているだけなのに。
どうぞ、あなたも、ぜひ、ご覧くださいませ。
https://youtu.be/OVq26wG8T8k?si=Az9gFIBvbcrlUkLO
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"Danshari is not an act of letting go,
but of returning.
Returning space to breath, time to flow,
and the soul to its rhythm."
断捨離とは、
手放すことではなく、「還す」こと。
空間に呼吸を、時間に流れを、
魂に調律を── 還してゆく行為。
◆やましたひでこプロデュース リトリート
断捨離®️
指宿リトリート
リヒト
『断捨離®︎』は、やましたひでこ個人の登録商標です。

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