さっそく七福神の場所を確認するために、Googleで検索する。

大体人形町を中心にして、小伝馬町、小舟町、小網町、というふうに散らばって

いる感じがする。


よく調べてみると、なんと、どういうわけか日本橋七福神は全部で八か所もある。

どうやら、寶田恵比寿神社と椙森神社は二つまとめて一つとしているらしい。


ついでに、「麒麟の翼」の中で、被害者のカバンを盗って逃げた青年が隠れた茂みのある

浜町緑道をチェック。


被害者が刺された現場となっている、江戸橋と日本橋の位置関係も改めて見てみる。


全体を俯瞰してみると、大きな楕円の中に七福神が収まり、その端に浜町緑道、反対側に、

棒のように江戸橋と日本橋が突き出ている、という感じになる。


で、大体の位置関係を把握したところで、これらをどういう順序で廻るか、

という問題に。


地下鉄で一気に日本橋三越前に出るか、人形町かと考えているうちに、ふと、

地下鉄の場合、急に地上に出ることになるので、土地勘がないと自分がどこにいるのか

わからなくなってしまうことがよくあるのを思い出した。

出来れば、周囲がわかる状態でアクセスしたい。


ということで、バスを選択することにした。





東野圭吾の作品が好きである。

最近かなり人気の作家で、映画・テレビと映像化されたものも多数ある。

たしか、「容疑者Xの献身」という作品で直木賞をとったと記憶しているが、、。


さて、彼の作品の中に比較的最近書かれた「麒麟の翼」というのがある。

本を読んだ。

なかなか面白い。

次に、映画化され、さらにDVD化されたものを観た。

内容はすべて記憶していてもちろん真犯人もわかっているのに

やはり面白い。

長編小説を映像化すると、2時間程度に無理やりまとめようとするせいか、

ややもするとあらすじを追うだけの結果になって無味乾燥の作品に仕上がって

いることがあるが、この作品はそういうことを感じなかった。



で、この話の発端が日本橋の中央部分にある「麒麟の像」の下で被害者が

死んでいた、ということになっているのだ。

さらに、この話の中では、被害者が生前、日本橋七福神を廻っていた、という設定になってい

る。


小生不覚にも、今まで日本橋の「麒麟の像」に翼があること、日本橋界隈に七福神が

あることを知らなかった。



あんな都会のビルだらけの街に七福神?


確かに銀座のビルの屋上にお稲荷さんがあることは知ってはいるが、、、。


むーん、これはぜひこの目で確かめておかなければ、、、、。


ということで本当に久しぶりに日本橋界隈を歩いてみることにした。




毎年梅雨の時期になると決まって行くところがある。

JR王子駅から3分の飛鳥山である。

王子の飛鳥山は桜が結構有名で、桜の時期になるとたいそうな賑わいを

見せるのだが、梅雨時の紫陽花もまた見事なのだ。

桜は山の上の方にあるが(山といってもちょっとした丘程度だが)、紫陽花は

JR京浜東北線の線路沿いの小道側に群生している。

その量は大層なもので、人二人が並んで歩くとほぼいっぱいになってしまう

小道の上に、山側から覆いかぶさるように様々な種類の紫陽花が咲いている。

花の大きさといい、微妙な変化のある色合いといい見事なものだ。


平日でもカメラを持った人や携帯のカメラで多く行きかい、写真を撮っている。

時には浴衣姿の若い女性をモデルとして連れてきて、紫陽花をバックに写真を

何枚も撮っている人もいたりする。



赤みがかった紫の紫陽花。たまに部分的に青みがかったものもある。
$談腸亭日常-飛鳥山の紫陽花1


周りの白い小さな花が可憐な感じを漂わせる。
$談腸亭日常-飛鳥山の紫陽花2


まるで白いビロードの布でできている花のように見える。
$談腸亭日常-飛鳥山の紫陽花3


毎年この時期は、晴天も少なく湿度も高いため、なんとなく憂鬱だったり

体調を崩しがちであるが、雨の中や曇り空の下でつややかに咲いている

紫陽花のブルーがかったり赤みがかったりする紫の花を見ると、少し

気持ちが明るくなるのである。



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 子規庵と書道博物館への入館は今回はあきらめ、次の目的地を目指す。

次の目的地は「御行の松」。

 新聞のコラムで目にして興味を覚え、行ってみることにした場所である。



書道博物館と子規庵にはざまれた細い通りをそのまま、上野方面に向かって歩くと

T字路になるのだが、そのすぐ手前の左側に、幅一間ほどの狭い空間に、

普通の民家に挟まれた感じで、なんと神社が!

奥行きもそれほどはなく非常にコンパクトではあるが、石作りの鳥居、さい銭箱、

ご神体を祭ってある神社本体としっかりと保存されている。

神社正面入口は鉄製の扉で守られていた。


なんでも戦争中、ここの周囲だけは消失を免れたため、この神社のおかげだと

いわれて、終戦後大事にされたらしい。


さて、T字路を左折、尾久橋通りにでて尾竹橋通りに出る。

しばらく進んで右折しまたしばらく進むと、「御行の松」に出た。


「御行の松」は、西蔵院の境外の「不動尊」の境内にある。

初代の御行の松は枯れてしまい、今は三代目だそうだ。

江戸時代から、根岸の大松と人々に親しまれ、「江戸名所図解」や

安藤広重の錦絵にも描かれた名松だそうで、山本松谷画「根岸御行松」を

見ると、なるほど人の姿に比べてものすごく大きく描かれている。






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子規庵とはもちろん俳人・歌人として有名な正岡子規の旧居のことである。

所在地は台東区根岸2丁目。

JR山手線・京浜東北線の鶯谷駅から徒歩5分。


今回は隣の日暮里駅から歩いてみた。

途中これも有名な羽二重団子の本店前を通る。

子規は故郷の松山から母の八重と妹の律を呼び寄せて、明治27年2月にこの家に移り住んだそうで

ある。

この家は、もともと旧加賀藩前田家下屋敷の侍長屋で、2軒続きの1軒であったとのこと。

成程、そう大きくはない木造の質素なつくりだ。

今回は、残念ながら4時近くに到着したため、もう閉館ということであったので次回入館することに

する。


     朝顔の花木深しや松の中  

                  子規




子規庵のそばに設置されていた案内板

談腸亭日常-子規庵





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以前から行こう行こうと思っていた子規庵を訪ねてみた。


関東地方にも梅雨入り宣言が出されたばかりの6月10日、日曜日の午後、幸い天気は持ちそうだっ

たので思い切って出かけてみた。


子規庵は日暮里と鶯谷の中間あたりにあるため、どちら方面から行くか悩んだが、とりあえず、谷

中に行くために何度も利用して慣れている日暮里駅を起点とすることにする。


駅の改札を出て右に折れ、エスカレーターで下に降りる。

駅の反対側とこちら側はかなりの高低差があるので、反対側は改札を出て左にほんのわずか上る感

じだが、逆にこちら側はかなり下らなければ駅前に出られない。

駅前は最近高層ビルやそこに入る舎人ライナーの路線などが新設され、かなりのにぎわい。

いわゆる、商店街である。

駅前を線路に沿う形で右方向に進む。

最初はにぎわっていた通りも進むにつれて徐々に落ち着いた感じになっていく。

鶯谷駅に近づくと、通りの右側はかなり込み入った街並みになり、道幅も極端に狭くなった。

見当をつけて適当な通りを右に入る。


しばらく行くと道はますます狭くなり、目の前がJRの線路になる。

線路手前の猫の額ほどの公園で男の子がボール遊びをしていた。


そろそろ子規庵が現れてもよさそうだが、と思いながら今度はまた線路に沿って左側に折れた。

しばらく進みさらにそろそろ鶯谷駅に近いのでは?と思い始めたころ、やっと左手にやや大きなコ

ンクリート製の立派な建物が見えた。

書道博物館であった。

敷地の一部にかつての古い建築物が残されている。

石の建物のようで、レトロな感じの「書道博物館」と読める文字が。


談腸亭日常-書道博物館



子規庵はその書道博物館の道を挟んで反対側にあった。






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相変わらず歩いている。

東京、およびその近県も含めてだが。

昨年の夏はあんなに暑く、節電が四六時中叫ばれたのに、打って変わって冬も厳しいものだった。

そして、だらだらといつまでも長引いた気がする。

冬から春に変わるときの楽しみは、私にとっては梅である。

まだ厳しい寒さが残る中で、そろそろ暦の上では春になろうとしている2月になると、家の近くの住

宅街を歩いているときなど、かすかに梅の香りが漂ってくるときがある。

あの清楚で気品高い香り。

決して派手ではないけど、寒さの中で凛として前を向いている感じが何とも言えずに良い。

なんとなく、お前も頑張れよ、と励まされている感じもするのだ。


今年はその梅の開花も遅く、3週間近く後にずれ込んだ位寒さが続いた。

なんと、4月1日にサクラでなく梅を観に行ったくらいなのだ。



「墨東奇譚」という作品をDVDで観た。

言わずと知れた永井荷風の作品を映画化したものである。

監督は今年確か90歳を超えてなお元気で、つい最近も新作を取った新藤兼人。

主演は津川雅彦。

10年以上前の作品のため、登場人物の俳優が皆若いのがなんとなく面白い。

さらに、興味深いのはすでに亡くなった役者さんがまだ元気で出演していることである。

例えば、佐藤慶、戸浦六宏、女優では杉村春子、乙羽信子など、そうそうたる役者さん

が出演していた。

内容そのものもさることながら、彼らを観ているだけでも面白い。

特に、乙羽信子は、ヒロインの若い私娼を管理しかつ面倒をみている、いわゆる「おか

あさん」役で重要な役どころ。

丸い黒眼鏡(この時代ではサングラスとは決して呼ばないだろう)を常にかけていて

重い過去を背負いながらも決して自分の心の内や弱みを見せない、暗く強い女を好演

している。

舞台は、向島の玉の井。

玉の井はいわゆる赤線と呼ばれた私娼街であった。

戦後の売春防止法が施行されるまで続いたそうである。

ヒロインはココで働く若い私娼。

墨田ユキという芸名の女優である。

この役で一躍有名になったようだがその後は鳴かず飛ばず状態で全くその名を聞くこと

が無いが、彼女は一体今はどこで何をしているのだろうか?

明るくのびのびした感じを上手く出していたが、決して演技力があるというふうには思え

なかった。

一時的にも話題になったのは、やはり彼女が大胆なヌードを見せたためなのか?


いずれにしろ、永井荷風という作家がどんな人物だったかが良く分かって興味深い作

品ではあった。


「東京時間旅行 ミニ荷風」という小冊子が私の手元にある。

以前都バスに乗った時に、車内にあったものを何となく手にしてそれをそのまま自宅に持ち帰った。

フリーペーパーである。

東京都交通局の発行で、内容は主に都バスや都営地下鉄、路面電車(都電)にかかわる東京の歴史とか食べ物と

かを現在と比較したりしながら紹介するものである。

表紙が面白い。

右下の方に永井荷風にそっくりな人形の写真が載っている。

三つ揃いのスーツに昭和初期にはやったような感じの帽子、右手にこうもり傘、左手に茶色の鞄。

丸い黒縁めがねをかけて目を閉じている。

口はへの字。

いかにも瞑想にふけっているようである。

そして、荷風の人形の写真の右横には

東京の街を歩くこと、

それは人生の

追憶の道を辿ること

とある。

そうつぶやきながら荷風は東京の街を歩いたのだろうか。

このブログのタイトルを考えたのは、この冊子を眺めながらである。


茗荷谷という地名が以前から気になっていた。


談腸亭日常-茗荷谷旧町名


茗荷の谷と言う地名からは、いかにもじめじめした日の当らない陰湿な場所で近くには小ぶりの沼地などがあっ

て、、、、。

などという感じがする。

一度行って実際にこの目で見てみたいと何となく漠然と考えていた。

本当のところは一体どんな感じなのか?

地下鉄丸ノ内線の茗荷谷駅で降りてみる。

春日通りと反対側に出てみると駅前からすぐ細い道がいくつか見える。

その中の一つがどうやら茗荷坂というらしい。

そこを行くと急に下り坂になる。

道は車一台が通ると端に寄らなくてはならない暗い狭い。

下ってすぐ左手に、茗荷町会の看板が。

左手は4~5メートルで切通しの感じになり、石を積み上げた壁に補強された台地が続く。

その上には家家が建っている。

時折、その家の玄関に続く階段が。

あっという間に、確かに谷の底だなと思えるような場所になった。

昔はこの辺に茗荷がたくさん自生していたのかも。

多分それが地名の由来であろう。

持参した地図を見ると~坂という名前がやたらと散見できる。

蛙坂、藤坂、釈迦坂、庚申坂、切支丹坂、荒木坂、新坂、薬罐坂等々、まだまだ見つけることが出来る。

言うまでもなく今歩いているところは茗荷坂。


談腸亭日常-茗荷坂


それだけこのあたりの地形は起伏に富んでいるということだろう。

かなり急な藤坂を上って再び春日通の方に出る。

車が激しく行きかう春日通りの反対側に渡ると、そこからまた播磨坂という名の下りの道路になっている。

ちょうど、春日通りが山の尾根のような形になっているようである。



近くが後楽園でもありこの辺はかなり大きなビルやマンションが林立しているのだが、茗荷坂の方は道もせまくこじんま

りとした静かな住宅街、という雰囲気であった。

それにしても今はどこかに茗荷は生えているのだろうか?