ここ数年、地球温暖化とやらで毎年異常に暑い夏になっているが、一昨日の午後荒川近くにある公園に行っ

て驚いた。



この公園は、荒川に沿って浄水場やら遊水地やらと巨大な堤防の間にあって、やや小ぶりな池などもあり、

緑が多く自然に満ち溢れているところで釣り人や犬を散歩させる人たちの憩いの場となっている。

その池の周囲にあるサクラ並木の下の
舗装されている散歩道を進んで行くと、池の真ん中あたりに相当するとこ

ろに道に沿ったやや高くなった場所に、木製のデッキがしつらえてある。

自転車を押してそのデッキに横から後ろ側にまわりこんだ小さな道を通ってデッキに登ってみた。

ベンチに腰をおろして池の方を見下ろすとなかなかいい景色である。

しばらく、そこで休んでいると、なんと!

鳥の鳴き声に交じって蝉の声が!

おや?と思ってもう一度耳を傾けると、確かに「ツクツクホーシ」となく蝉の声がするではないか!

びっくりである。

すでに10月も半ばを過ぎて蝉の声である。


春蝉というのは知っているし小生もこの耳で聞いたことはあるが、これではまさに秋蝉ではないか!

まさか、秋蝉というのはいないと思うが。

地球温暖化もここまで来たか!

それとも、3.11に影響されてでもいるのだろうか。

いずれにしても、地球はかなり変化しつつあるのではないか、と感覚的に思える出来事であった。

悪い変化でなければ良いのだが。












このブログのタイトル、「談腸亭日常」は言うまでもなく、永井荷風の「断腸亭日乗」をもじったもの。

特に好きだった作家、というわけではないのだが、ここ何年か何となく目にしたり耳にしたりする機会が少しず

つ増えて、頭に残っていたため、つい、このようなタイトルにしてしまった。

ま、とりとめのない覚書のような日記のような、思いついたことをだらだらと書き記していこうというコンセプト

のこのブログには、ぴったりではないだろうか。

もちろん、永井荷風には遠慮して文字は替えたが、ダンチョウテイニチジョウ という音の響きはとても気に

入っているのでそのまま使わせてもらった。


荷風が気になりだしたのは、数年前訪れた世田谷文学館で、偶然荷風がテーマの展示が行われていて、そ

の時初めて彼の生い立ちや、成育歴、生活スタイル、花柳界の人々との交流、淋しい老後等を知ったからだ

と思う。

そのとき、同時に展示場に置かれていた、荷風そっくりの、三つ揃いのスーツにソフト帽、右手には雨傘、

左手には鞄を持ち、丸眼鏡で口をへの字にした人形が妙に哀愁を帯びていたことも理由の一つかもしれな

い。
朝から雨が降っている。

久しぶりの雨だが、そのせいで気温がぐっと下がったようだ。

今朝の天気予報では17度くらいらしい。

熱中症を心配していたあの暑さの日々は、嘘のように遠い日の事となってしまった。


ココ何日か諸々の用事で外出することが多かったが、時々道を歩いているとほのかに甘い香りがしてくるこ

とがある。

金木犀の香である。

いよいよ本格的な秋だと実感する香りだ。

明日も雨が続くと天気予報が言っていたから、明後日あたりは雨に打たれて落ちた金木犀が、アスファルト

の端に小さなオレンジ色のビーズの絨毯を広げてくれるだろう。




以前から行ってみたいと思っていた池上本門寺に出かけてみた。

本来なら渋谷から東急池上線を使って行くのだろうけど、地下鉄の方が便利なので浅草線を利用して西馬込から向かった。

駅出口から反対側にまわりこむような形で、閑静な住宅街を抜け坂を上り下りしながら歩く。

午前中はすっかり秋めいてきて爽やかだった天気も、昼ごろからかなり日差しが厳しくなって、また夏が戻ってきたかのよう。

結構歩いて、緑多い公園に出た。
どうやら、本門寺の裏側あたりになるらしい。
公園の中を突っ切って行けばいいみたいだが、ちょっとした登り道で結構きつい。

散々歩き回って方向が分からなくなりかけたところで、墓地に入って行くと右手に大きな五重の塔が見えた。

どうやらやっと境内に入ったらしい。

少し歩くとちょうど総門から加藤清正ゆかりの階段を上がってきて仁王門をくぐったあたりに出た。
左手に総門、右手に大本堂と言った位置。

それにしても広大な敷地である。
小高い山の上にある寺といった感じで緑も多く、まだ蝉が鳴いていた。

玉砂利が敷き詰められている境内を、石畳の上を歩いて大本堂まで歩きお参りをする。

かつて日蓮聖人がこの地で没したということで、日蓮宗の聖地ともいうべきところからか、やたらと広い。

歴史上の有名人の墓が多いと聞いてきたが、案内の看板が出ていたのは力道山の墓だけで後は良く分からない。

徳川家や前田家ゆかりの人たちの墓などあるらしいがほとんど分からなかった。

帰りはまた西馬込から浅草線で戻る。

途中大門で下車。
芝増上寺に寄ってみた。





昨日「東京の空」というタイトルを付けてブログの記事を書いた。

書きながらふと思い出したことがある。

「東京の空」というタイトル名である。

つい最近終了した連続テレビドラマで、フジテレビ系列で放映された「それでも、生きていく」というドラマ。

そのドラマに使われていた音楽がこのタイトル名と同じ曲名だった。

小田和正の曲でいかにも彼の作品らしい透明感のあるメロデイー。

歌詞も作品に良くマッチしたしっかりした内容になっている。

もっともこの曲を知ったのはこのドラマを見たからだが。


ところで、このドラマ、久々に見る、骨のあるというか見応えのあるドラマだった。

あの、どちらかというと軽薄感漂うフジテレビが、良くこんな重いテーマのドラマを作れたなと感心するぐらいの内容だったと思う。

出演者の演技も素晴らしかった。

主人公役の瑛太が弟を友人に殺されて、その重荷を背負いながら生きている青年を好演。

その母親役の大竹しのぶが、さすがベテランの貫禄の熱演、特に長ゼリフの場面では圧倒的な迫力で、他のどんな役者もかなわないという感じの凄みを出していた。

多分今あれだけの演技が出来る女優さんはいないのでは?

特筆すべきは、加害者の少年の妹役の満島ひかり。

今一番輝いている若手女優ではないだろうか?

彼女の年代の若手女優には、演技派の女性が他にもいるけど、彼女はこのドラマできらきら光るものを見せてくれた気がする。

これからがとても楽しみな役者だ。



テレビは今良質なドラマがとても少ない。

どの局も、チャラチャラした似たようなトーク番組でお茶を濁している感じでつまらないことこの上ない。

大人がじっくりと楽しめる良質な番組は数えるほど。

製作者・スポンサー側も視聴率ばっかり気にしていないで、良質な番組を作るという気概を持ってもらいたいものだ。

NHKはなおさらである。

少なくても料金を取っているわけだからそれにふさわしい番組作りを是非ともしてもらいたい。

ついでだから、NHKには言いたいことがある。

NHKの底辺に流れる「子供から老人まで楽しめる」というかのような、あの誰にでもいい顔するコンセプトの番組作りを何とかしてほしいものだ。

誰にでもいい顔しようとするものだから、結局はピンボケの毒にも薬にもならない、間抜けな作品が出来てしまうことが結構ある。

人気がある役者や歌手を出演させたからと言って必ずしもいいものが出来るわけではない。

役者の演技力、脚本の力、演出の力がそろわなければいいものは出来ない。

情報番組などで何でもすぐクイズ形式にするな。

大して必要性を感じない時のクイズ形式ほど間抜けなものはない。


まだまだ言いたいことは山ほどあるがキリが無い。

また別の機会に言うことにしよう。


「東京の空」からずいぶん話がそれてしまった。

東京の空が、福島原発事故の影響を憂う必要もなく、ますます綺麗に澄んだものになっていくことを願う。
 




「東京に空はない」と言ったのは高村光太郎の妻、智恵子だが、近頃は東京も案外スッキリとした街になって来て、晴れた日には空も美しく、何より緑が以前より増えてきているのが嬉しい。

特に高層ビルの上の方から景色を見れば、空は広々としていて、かなり遠くの山並みなども見ることが出来る。

現在の東京の空を見て、智恵子は一体何と言うであろうか?

最近東京の街を歩いている。

どこへ行くという大した目的もなく、ただ東京の西へ東へとぶらぶらする。

最近まで車で移動することが多かったのが、電車に乗りバスに乗り、地下鉄、都電といろいろなものを利用して移動する。

もちろん出来るだけ歩く。

大した目的はないが、ただどこどこ界隈という感じで歩く。

今までなかなか行くチャンスが無かった寺社、美術館、公園、何とか商店街、川、池いろいろである。

歩き回って気がついた。

東京は実にいろいろ見るべき場所、楽しめる場所があるということだ。

もちろん海や山の大自然にははるかに及ばないが、それとはまた別の種類の面白みがある。

東京は人口が多いから賑やかのは当たり前だが、昔から多くの文豪や画家、音楽家などが居住していたし、今も住んでいる。

そういう人たちの足跡をたどるのもまた楽しい。


とにかく東京はいろいろな文化 が混在する街である。

そこがまた面白い。